DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第10話2

Last-modified: 2007-12-16 (日) 10:12:29

『──なるほど。その話が真実ならばこれまで起こった不可解な出来事、その多くの説明が付きます。しかし、にわかには信じられない話ではありますな』
 モニターの向こうのデュランダルが組んだ手を口元にやりながら、語り終えたカガリに鋭い目を向けていた。
 カガリが語ったのは現在知りえる限りの『魔術』に関する全ての情報。ティトゥスの知識、体験を中心として、それを元にミナやユウナらが私見や憶測を交えて纏めたものだ。カガリがそれを語り終えたのは、既に一時間近く経過した後だった。
『異界より邪悪な魔術師が現れ、世界の裏で暗躍を重ねている。そしてついにその姿を表したと──非常に興味深いストーリーですが、信憑性があるかどうかは別問題です。それに──』
 デュランダルがその視線を、表情一つ変えず立ち続けるティトゥスへと向けた。
『彼が『ユニウスの魔神』の片割れを操っていたなどと、誰がすぐさま信じられるというのでしょう?』
 一同の視線がティトゥスへと集中する。ユニウスを単機で一刀両断する程の、圧倒的な力を持つユニウスの魔神──機械仕掛けの神、デウス・マキナ。その巨大すぎる力は、かのサムライがたった一人で行使することが可能なもの──正確には可能『だった』だが──だというのだ。そしてそのような力を持つ人物が今、直接確認されただけでも後3人は存在するという……信じられないのも無理からぬ話だ。
「彼については確かに、明確な身の証を立てる証拠はありません。しかし言い方は悪いですが、彼の異常性についてはアーモリーワンの件を知る議長やグラディス艦長らとて御存知のはず。
 そして我がオーブにも彼の異能──MSをも生身で倒し得る力を目にした者が居るのです。そこにいるトダカ一佐や……シン・アスカのように」
「……私も当時、あの光景を見た時は目を疑いました。まさかMSの足を刀で斬る人間がいるとは……事情を知ってからも信じられぬという気持ちが強かった故、つい先日までその場に居合わせた者以外に語る事はありませんでしたが」
『ほう。トダカ一佐はこう仰っているが、事実なのかね? シン・アスカ君』
 カガリとデュランダルのやり取りの中、今度はシンへと視線が集中する。困惑や奇異の視線に戸惑いを隠せぬ中、シンはようやく、何故カガリが自分を呼んだのかについて思い当たった。
(つまり俺に、ティトゥスさんの事について証言しろってことかよ)
 シン自身もティトゥスについてカガリが語った時は驚いた。普通の人ではないとは感じていたし、ユニウスの魔神についてももしや、とは思っていた。だがまさか魔術師などという常識外の存在だったとは!
 しかもかつては、先日オーブを襲ったあのゾンビピエロ達の同胞、アンチクロスなる悪党集団の一員だったという。ミネルバの仲間達が彼に向ける視線に懐疑だけではなく、警戒や恐怖の感情が見え隠れするのも当然だろう。シン自身とてわずかながら、それに似た思いを感じずにはいられない。
 しかし、それでもシンにとって、ティトゥスは恩人であることに変わりはなかった。
「……はい、本当です。俺はオーブが焼かれたあの日にティトゥスさんと出会い、そして助けられました。ティトゥスさんが居なければ、あの時俺は死んでいたかもしれません」
 たとえかつては極悪人だったとしても、シンにとってのティトゥスはあの日出逢って以降のティトゥスだけだ。そして彼は今や自分一人だけではなく、ユニウスセブンの破壊に貢献し多くの命を救った、世界全ての恩人の筈。そのような人物を悪人として嫌うなど、誰が出来よう。
 自分のような一介の兵士の証言でどれだけ理解が得られるかは分からない。アスハの考えに乗ってやるのはシャクでもある。しかし自分の証言でティトゥスの立場が少しでも良くなるなら、喜んで証言しようではないか。
 ──そう思いシンが言葉を発した時、カガリと再び目が合った。彼女の厳しい顔がわずかに緩んだのを見て、またしてもシンはカガリから目を逸らせる。初めて見る彼女の穏やかな笑みに照れてしまったことを、シンは頭の中で必死に否定した。
 そのシンの発言から間を置かず、カガリが続けて言葉を紡いだ。口元は既に締まりを取り戻している。
「ティトゥスについて以外にも、この場の人間は己の目で見たはずです。人知を超えた高度で不可思議な技術──魔術、その力がもたらす圧倒的な破壊力を。その脅威が現実に存在するという事実を。
 そしてこれまで陽の光の下に現れる事が無かったそれが、徐々に我々の世界を犯し始めている──信じるか信じないかは、一人一人の自由です。ですがどうかこれまでの体験、事象を踏まえた上で、我々の言葉を信じていただきたい」
 最後に再び一同を見渡した後、カガリは一礼して一歩下がった。沈黙がその場を包む。
 ──信じ難い話ではあったが、決して根拠の無いでたらめと断じてしまえる話ではなかった。しかし──思案と困惑に囚われ誰も言葉を発せぬ中、自然とデュランダルに一同の目は集中する。例え個人の考えがどうであれ、最高議長の答えがいわばプラントの答えとなるのだ。
 だが当のデュランダルは目を伏せ、頑なに沈黙を保っている。延々と続く沈黙に痺れを切らしそうになったカガリを、アスランが止めようとしたその瞬間。
「私は彼等の言葉を信じてみようと思います」
 狙ったように、沈黙が破られた。一斉に全員の視線が発言した人物に集中する。
 その人物は、皆が固唾を呑んで見ていたデュランダルではなかった。
「未だ疑念の全ては拭えませんが、完全に否定しきれない部分が存在しないのもまた事実。そしてアスハ代表のお言葉は非常に真摯で、虚言とは思えませんでした。信じるに足るお言葉だと私は認識いたしましたわ」
「グラディス艦長……」
 多くの者は予想外という顔でタリアを見る。特に慌てふためいたのはアーサーだ。厳しい現実主義だと思っていた上官の肯定的な意見を信じられず、半分パニックになっている。
「かかかか、艦長ぉぉっ!? ホントに、本当に信じるんですかさっきの話を!? しかも議長より先に意見するなんて!?」
「いいのよアーサー、私はそう思ったのだから。それにこのまま沈黙が続いても、期待されてる本人が喋る気ないなら何時まで経っても話が進まないでしょう? なら誰かが切り出さなければしょうがないじゃない……ですわよね?」
 苦笑しながら、タリアはその視線をモニターの向こう側にいる人物へと向けた。
「いつまで考え込むフリをして皆様に気を揉ませるおつもりですか、議長?お気持ちは既に決まっている……私はそう確信していますが?」
 そうタリアに振られた議長はゆっくりと閉じていた目を開く。ずっと物事を思案していると思われていたその顔が、突然人が変わったかのように温和な笑みへと変わった。
『──やれやれ。もう少し引っ張ろうと思っていたのに、酷いじゃないか艦長』
「ハァ……やっぱり最初から信じるつもりで、わざととぼけてらっしゃったんですね、議長」
『いやいや、このように成否の結果を引っ張りに引っ張りぬく事で相手を引きこみ、印象を強くするという手法がかつての地球で確立されているのだよ。つまりは駆け引きというものだ、悪気があったわけじゃない』
 それが悪ふざけと言うんです、とタリアは大きく溜息を付く。状況に誰もが付いていけずに固まる中、デュランダルはカガリに告げた。
『……アスハ代表。魔術の存在について、私は全面的に認めるつもりです……というか、私個人は既にかなり前から認めているのですよ。実は元々、この世界にも魔術は存在しているのです。それにはポピュラーな黒魔術はもとい、少数民族に伝わる降霊術や、考古学の皮を被った高度な陰秘学など数多くの種が存在します。勿論、極々一部の人間しかその存在を信じているものはいませんでしたが』
「……は? その、ぎ、議長?」
『ああ、何故私がそんな事を知っているのか、ですか? 恥ずかしながら、私は自らをプラントでも一、二を争うオカルトマニアであると自負しておりまして。数少ない同好の士もそれは認めるところです。ああ、出来れば他言は無用に願いますよ。評議会議長の肩書きには余り好ましくないと自分でも分かっているのですが、この役職に着く前からの趣味はそう簡単にはやめられぬものでして』
 全員を完全に置いてけぼりにし、デュランダルの口はかつてないほどに回り始めた。ふとその視線をティトゥスへと移し、ぺこりと一度頭を下げる。その瞳には財宝を発見した冒険家のような、熱っぽい興奮が見て取れた。
『ばれてしまった所で、改めて礼を言わねばならんな。よくぞユニウスセブンの被害を抑えてくれた、ティトゥス。流石は鬼械神を召喚出来るほどの位階に達した魔術師だっただけの事はある。
 それで、出来るなら君の持つ魔導書はなんなのか教えて欲しいな、どうだね?』

 
 
 

 そこからしばらく、熱く語る議長の魔術講演会オンステージが展開された。
『──とはいえ所詮、素人に毛が生えた程度でしてね。鬼械神ほどの高度な術に出くわしたのはユニウスセブンが初めてでしたが……まさか魔術の中でも最高峰と言われる、機神召喚に立ち会えるとは思いませんでした! あの鬼械神、皇餓といいましたか。あの不完全なれど美しい姿を見た時は、不謹慎ながら感動を禁じえず……そもそも現在、この世界は多くの価値ある魔導書の原本が失われ──』
 突然矢継ぎ早に知りうる魔術の知識──ようは己の薀蓄を嬉々として語り始めたデュランダルに、オーブ勢は勿論ザフト側、ティトゥスやエルザですら呆然としていた。カガリはそそくさとタリアに近付き、小声で話しかける。デュランダル議長はそれにまるで気付かない。
「あの、グラディス艦長は議長の趣味についてご存知だったのか? だから魔術について納得を?」
「ええ、まああの方とは色々ありまして……申し訳ありませんが、アレはその内収まるのでしばらくお待ちを。特殊すぎる趣味で理解できる人物も少ないので、好き放題誰かに喋れる機会が嬉しいのでしょう。私も何度か似たようなことがありましたし……正直、ウンザリですが」
「は、はぁ……」
 カガリは正直、頭が痛くなった。真面目で優秀、博識でいて平和主義者のプラント最高評議会議長というイメージは今や、木っ端微塵に弾け飛んでいる。目の前にいるのはタダのはしゃいでいる根暗なオタ──もとい、一人の奇特な趣味人以外の何者でもなかった。
 とはいえいい加減再開せねばと思ったのか、通信費持ちでもあるミナが議長に促す。
「議長殿。高尚な趣味は結構なのだが、そろそろ話を進めたく思う」
『……おっと、これは失礼を。いやはや大変申し訳ない』
 デュランダルも流石に己の暴走に気付いたのか、コホンと咳払いしつつ、姿勢を引き締める……全く反省の感じられぬ声色と目に未だ燃え残っている興奮の色が、少々心配ではあったが。
「では議長も落ち着かれたようなので、話を続けよう……ここからが、ようやく本題になる」
 表情を引き締めたカガリに、全員が倣う。ようやく最初の緊迫感が戻ってきたようだ。
「デュランダル議長。こちらが手渡した親書の内容を覚えておいでですか?」
『無論です。連合との同盟という望まざる道を進まねばならぬオーブの現状と、プラントとの繋がりを求められる説明が丁寧かつ分かりやすく記されていました。出来れば今後もアスランを通じてパイプを持ち、出来得るならオーブに攻め入る事は避けて欲しいと……そしてまず誠意の証としてミネルバの無事な帰還を約束するという内容でしたな』
「その通りです。そして議長は見返りの少ない我々の勝手な願いを、承諾するという返答をして下さった。本当に有り難く思っています」
 しかし、と一拍置くカガリ。
「あの親書の内容に、若干の変更を加えたいと思うのですが」
『ほう……どの部分にです?』
「現状ではミネルバを、確実に危険なく送り出すのはほぼ不可能です。既に我が国の周囲で連合の艦隊が動いているという情報もある。その代わり、といってはいささか心許ないかもしれませんが……」
 そう問うデュランダルに、カガリは淡々と変更点を告げる。だがその内容はデュランダルの目を見開かせ、ミネルバのクルー、特にシンを驚愕させるには十分だった。
「こちらのアレックス・ディノを非公式ながらアスラン・ザラに代わる新たな特使として……そしてティトゥス、ドクターウェスト、エルザの三名を我が国が契約した傭兵として、ミネルバに派遣したいと思うのです。それと同時に、ミネルバにオーブへの専用直通回線を増設する事を許可してもらいたい」

 

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