DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第16話4

Last-modified: 2009-05-24 (日) 17:50:45

 歪んでうまく開閉しないコクピットハッチに何度も蹴りを入れて、ようやくこじ開けたルナは機体から身を乗り出した。
 右手に拳銃を握りながら振り返る。頭部から左肩、腕までごっそりと抉り取られた上全身が焼け焦げたバラージカスタムが、ミネルバの甲板右寄りに身を横たえている。
 頑張ってくれた愛機への感謝を胸の中で呟くと、すぐさま張り詰めた表情で振り返る。
 バラージカスタムに添うように、アビスが横たわっていた。色を失った機体各所は焦げ付き、特にトマホークを受けた胴体の損傷が酷い。胸の左上から砲口まで届いている切り傷を中心に、胴体全体が融解して歪んでいる。
 トマホークの一撃で損傷したビーム砲から放たれた高出力ビームは、半ば制御を失って全方位へ拡散した。その際トマホークの傷が噴射口となってエネルギーの大半が集中し、その余波をもろに受けたバラージカスタムは大破、アビスは深刻なダメージを受けてしまった。
 だが結果としてそれが功をそうした。もしあのままビーム砲が発射されていたらバラージカスタムはルナごと上半身を吹き飛ばされていただろうし、ビームが一方に集中せず全方位に拡散していた場合も二機が無事だったかどうか分からない。
 ルナは装甲の熱くなっている部分を避けてアビスの胴体に登り、コクピットへ近づく。
 なんとか無事だった外部スイッチを押し込むと、金属の擦れる嫌な音と共にコクピットが開いていく。こちらも大分歪んでいるようだが、動くなら問題ない。
 開いたコクピットの奥に拳銃を向けながら、パイロットシートに座る人影を確認する。
 パイロットスーツを来た小柄な体。内部爆発でも起きたのか内部は荒れ放題でスーツもボロボロ、ヘルメットを脱いだ頭から伸びる水色の髪の奥に、うっすら見える赤い色。
「……よう、久しぶり」
「ええ、お久しぶり。しばらく見ない間に随分ボロボロになったわね、アウル」
「テメェが言うか……」
 血が流れる頭を気だるげに傾けながら、アウルはルナを見つめて言った。
「そっちも似たようなもんじゃんかよ……ワリィ」
「お互い様よ、気にしないでいいわ。でも、メイリンにはちゃんと謝りなさいよね」
 泣き笑いのような表情を浮かべるアウルに、血が溢れ出る脇腹を左手で抑えながらルナは笑った。

 

 メカニックたちに発見された二人は、すぐさまミネルバの医療質へと運ばれた。
 その時ルナはようやくセイバーの撃墜を知り──この船のクルーで初めて、ステラが医療室から消えていることに気づいた。

 
 
 

 ギリッ……と、歯を食いしばり憤怒の貌を作ったシンは、飛び回るR・ビヤーキーを虚ろな瞳で睨み付けた。
「メイリン! 今から座標を指定するから、その位置に予備のチェストとレッグ、ブラストシルエットを射出してくれ!」
『えぐっ、ひっぐ……り゛ょ、了解!』
 インパルスをR・ビヤーキーに向かわせながら叫ぶシンに、酷い嗚咽が混じったメイリンの返事が返って来る。ルナとアウルが揃って死んだと思ったものの二人の生存が分かり、かと思えば直後にアスランの悲報。悲しみ、喜びと来て更に叩き落すかのような悲しみに、ただ滝のように涙を流すことしか出来ないのだ。それでもしっかり仕事が出来る辺り、彼女も一端のブリッジクルーとして成長している証だろう。
 だがメイリンの異変の理由などシンは知るよしもなく、また今のシンにメイリンへ気を向けるような心の余裕も存在しなかった。
「許さない……!」
 シンの顔は憤怒から更に歪んでいく。その脳裏ではアスランの最後の言葉と、これまで過ごしてきたアスランとの記憶が再生されていた。
 憎きアスハの護衛──それだけの理由で、最初は少し気に入らなかった。自分と関わる事はない、関わりたくないと思っていた。
 だが彼の強さを知るうちに、そんな気持ちはすぐ消えていった。ユニウスセブン破壊に尽力し、オーブとプラントの折衝に駆け回り、二つの名を使って二国を繋いだ。そしてその力をザフトに貸し、ティトゥスと共に自分達を鍛え上げ、支えてくれた。
 ──ああそうだ。自分はティトゥスだけでなく、アスランにも憧れていたのだ。
 ティトゥスとは違う強さ、優しさ。大樹のような揺るがなさと安心感を抱かせてくれる人。
 そして共にティトゥスに鍛えられる中で、常に一歩先の位置に立って見守ってくれた、兄弟子のような人だった。
 それを、それを、それを──!
「絶対に許さない……殺してやる!」
『ハッ、何マジになってんだよ! 敵を庇うようなマヌケが一人おっ死んだだけだろうが!』
 せせら笑うクラウディウスの声が油となって怒りの炎に注がれる。だが悪鬼と見紛うばかりの憤怒を撒き散らしながらも、シンの内面はその熱に浮かされることなく、クリアな思考の中で冷静に状況判断と戦闘理論を組み上げていく。
 まるで怒りがそのまま力へと変わっていく様な錯覚を、シンは感じていた。
 インパルスは真正面からR・ビヤーキーへと突き進みながら、ライフルを連射する。
『カミカゼのつもりかよ、タコが!』
 撃ち返されるライフルに、回避の素振りを見せず突き進むインパルスが見る見るうちにボロボロになっていく。インパルスもライフルを撃ち続けるが、まったく当たらない。
 二機の距離がかなり縮まっても、一方的な状況は変わらなかった。インパルスはなおもライフルをR・ビヤーキーに向け──数発の連射の後、銃口から何も発射されなくなった。同時にインパルスから、色の全てが消える。
『ヒャハハハハ! ガス欠かよマヌケ!』
 R・ビヤーキーが前方に加速、間合いを詰めたかと思うとインパルスの頭部がごっそりと消失した。風を帯びたR・ビヤーキーの左腕が突きこまれ、吹きすさぶ風が頭を抉り取ったのだ。立て続けに腕を上げ、胴体へ振り下ろそうとする。
「──今あぁ!」
『……んだとぉ!?』
 その時、ライフルから放たれたビームがR・ビヤーキーを掠めた。流石の反応速度でクラウディウスはビームを避けたが機体がわずかにバランスを崩す。その隙を逃さず、インパルスがR・ビヤーキーに腕を絡めて羽交い絞めにした。
『ガス欠はブラフ!? 舐めやがっ……ギャアァァァァッ!?』
 インパルス胸部のCIWSが火を噴き、ゼロ距離でR・ビヤーキーに叩き込まれた。火花を散らしながら、密着した二機が落下していく。
『クラウディウス! キサマァァァァァ! 離レろぉぉぉぉぉぉぉ!』
 C・クラーケンの両腕が伸び、インパルスの両足に爪を立てた。股から真っ二つに裂いてしまおうと、伸び続ける腕に力が篭る。
『ナニィィィィィィ!?』
 だがC・クラーケンが引き裂く前に、インパルスの機体が割れた。上半身はR・ビヤーキーを羽交い絞めしたまま、下半身はC・クラーケンの腕に捕まれたままで、中心のコアスプレンダーのみがその場から素早く飛び立つ。
 コアスプレンダーの進路の先には、ミネルバから射出された新たなチェストとレッグ、そしてブラストシルエットを積んだフライヤーが向かってきているところだった。
 シンは素早く三機の戦闘機に命令を送り、これまでで最も早いであろう速度で合体シークエンスを完了させる。再び身体を取り戻したインパルスは、背負った二門の大砲を即座に下方へと向ける。
 狙うのは当然、先ほどまで合体していた身体の残骸を掴み唖然とする二機のMM。
「消し飛べぇぇぇぇぇぇっっ!」
 砲口から放たれた二条の激しい光が、MMへと迸った。

 
 
 

「これは、これは何という誤算か! まさかアスラン・ザラが捨て身で割り込んでこようとは!」
 言葉で驚愕を露にしつつも、ウェスパシアヌスの思考はしっかりと回転を続けていた。
 邪魔をされたとはいえ、肝心のフリーダムは既に動ける状態ではない。結局のところ、アスランの行動による結果は単に順番が入れ替わっただけの──
『──システム再設定──』
 ウェスパシアヌスの思考を、フリーダムとの通信コードから聞こえたかすかな声が遮った。
 フリーダムの状態のせいだろうノイズが混じった通信に、ウェスパシアヌスは耳をすませ──その内容に目を見開いた。
『エンジンリミッター強制解除欠損部位へのエネルギー供給カット余剰分再分配火器最優先FCSアクセス誤差補正途切れたネットワーク最短ルートで再構築スラスター出力再設定ビーム制御デバイス出力設定+40──』
 機械が発する音声のように無感情で、早回しのテープのように早口なキラの呟き。その異様な言葉がしめす内容は──機体のOSを、凄まじい早さで書換えている?
 ウェスパシアヌスの予想を裏付けるように、もはや満足に動く事も出来ないはずのフリーダムが、ガクガクと全身を震わせ始めた。
「こ、これは……ウィテリウス!」
 ウェスパシアヌスの命に、ファミリア・ドラグーンの一基がフリーダムへと突撃した。基部の顔を露にしたドラグーンが食いつく寸前、フリーダムは左腰のレール砲を展開する。
 レール砲は展開こそ出来たものの砲身が歪んでおり、まともに発射できる状態ではなかった。だがフリーダムはドラグーンへレール砲を突き出し、ドラグーンが食いつくと同時に引き金を引いた。
 レール砲が、ドラグーンの口内で暴発した。融合していた使い魔が異形の絶叫を上げ、デタラメな軌道でR・サイクラノーシュへと戻っていく。
「遅かったか……」
 フリーダムがひび割れた翼を広げ、R・サイクラノーシュへカメラアイを向けた。小さな挙動ではあったが、その動きは大破寸前のMSとは思えないほど自然だ。
 酷く傷付いている、故に危うさと鬼気迫るものを漂わせるフリーダムに、ウェスパシアヌスが頬を引き攣らせた。
「……いやはや、これは厄介だ、しくじったなあ」
 フリーダムの中にいるキラは答えない。R・サイクラノーシュに向けたビーム砲から、目が眩まんばかりの輝きが放たれた。

 
 
 

「ええい何ゆえ我輩の新たなスーパーウェ(中略)ロボが最終調整中のときに限って戦闘なのであるか!」
「ガタガタ言ってねえで手伝いやがれこんの狂人が! バラージとアビスをどけなきゃなんねえんだよ! エルザだって手伝ってんだろが!」
「えっさ、ほいさロボ」
 騒音と怒号と、何故かスパナで頭を殴りつける音が響くミネルバのドッグ。終わらぬ仕事と目まぐるしく変わる状況に翻弄され続けるメカニック達に、ふらふらと漂う線の細い少女を目に留めるのは難しかった。
「アスランさんが落ちたなんて、ウソだろ!?」
「シンは……インパルスはどうなってんだよ!?」
「フライヤーとシルエットの射出準備が何度もあるってことは生きてんだろ! んなことよりそっちは!?」
「問題ない! ようし行けい!」
 メカニックの叫びと共にインパルスの各フライヤーやシルエットが専用のカタパルトに移動し、次々と射出されていく。
 それらに一切目を向けていなかった少女だが、メカニックの言葉を耳にして一瞬その身体を硬直させた。
「シンが……インパルスに……!」
 少女はメカニック達の死角を無意識に通り抜けながら、ある機体に近づいていく。頭にコブの出来た白衣を来た男がスパナと一緒に機体の足下に転がっていたが、気にしないことにした。
 馴染み深い機体は多少外観や装備が変わっているようだが、問題はなさそうだ。意を決して、少女はまだ痛みに苛まれる身体を奮い立たせて機体のコクピットへと向かう。
「ん、あの子ってまさか……おい!?」
 浅黒い肌の少年が気づくが、もう襲い。階段と通路を一気に駆け抜け、コクピットに滑り込むと同時にハッチを閉じる。
 OS起動。今までとは少し違う起動画面の後、機体システムが正常に稼働する。
「……シン……私は……!」
 少女──ステラは呟くと、モニターに映った視界の先へ機体を一歩前進させた。

 
 
 

「……なんと」
 ティトゥスは、海面にホバー浮遊するインパルスが先ほど見せた動きに驚嘆していた。
 捨て身の特攻から、損傷した上半身と下半身を即座に切り捨て。それを囮に予備パーツと素早く再合体、強烈な一撃を叩き込む──それらの動作をよどみなく、凄まじい早さでインパルスは実行した。
 シンが時折見せる、驚異的な戦闘能力。ここ最近はシンの不調もあり鳴りを潜めていたようだったが──
「アスランの死が、力の呼び水となったか……」
 ティトゥスもまたアスランの死に様を見ている。ミネルバで短くない時を共にし、若手への付き合いや指導に協力してくれた彼の死は、ティトゥスにも少なからぬ衝撃を与えていた。
「……仇は取る」
 剣呑さを帯びたティトゥスの鋭い視線が、インパルスと対峙する二機のMMへと向けられた。
 ビーム砲の直撃を受けながらも平然としているC・クラーケンとは違い、魔術陣を展開しながらゆっくりと高度を下げるR・ビヤーキーには大きなダメージが見て取れた。ビームに左足をもがれ、それ以外の部分にもCIWSによる傷痕が目立つ。MMとはいえ機動性に長けた機体は、装甲は決して厚くはなかったようだ。
『……ざけんな』
 邪悪さに塗れた暗い呟きと共に、R・ビヤーキーから激しい風と殺意が吹き上がった。
『ざけてんじゃねえぞコラァッ! テメェマジバラすっ! 肉片すら残らないくらいブッバラして海にバラ撒いてやる、このクソザルがぁぁぁぁぁ!』
『ガアァァァァァァァアッッッ! 壊すコワス壊あァァァァァす!』
 C・クラーケンからも同様の殺意と、戦場全てを震わせんばかりの咆吼が響き渡る。先ほどの攻撃は、感情丸出しな魔術師二人のプライドを甚く傷つけたようだ。
 インパルスは怯むことなく、ミサイルとレールガンを撃ち放つ。痒いとばかりに全てを受け止めるC・クラーケンを盾にしながら、R・ビヤーキーがライフルを連射する。回避するインパルスだが、砲撃戦仕様に換装したためかその動きは少しおぼつかない。
 弾幕が途切れた直後、C・クラーケンが両腕をインパルスへ向けた。オーガアストレイがすぐさま、双剣を構えて駆ける。
 飛び出そうとした両腕を、横合いから切り込んだ刃が打ち据えた。
『ティトゥゥゥゥゥゥゥス! 邪魔ダァァァァァァァァ!』
 突き出される鉄拳を刀身で受けながら、軌道を逸らして受け流す。まともに喰らえば刀ごとオーガアストレイを粉砕しかねない強撃を受け切りながら、もう一方の刀を振り下ろす。
 だが浅い。関節を逸れ肩口に打ち下ろされた刃は、装甲一枚に食い込んでその動きを止めてしまう。C・クラーケンの腕が横薙ぎに振るわれ、オーガアストレイはすぐさま一歩間合いを空けた。
「……厄介な」
 ただ力があり、ただ硬い──圧倒的なまでに。単純であるが故に恐ろしいカリグラとC・クラーケンの特性に舌打ちするティトゥス。
 海上で剣と拳を打ち合う二機を素通りし、R・ビヤーキーがインパルスへ迫る。肩越しにそちらを向いたオーガアストレイの視界に、砲身からビームジャベリンを引き抜くインパルスの姿──そして、その後方の空から迫る機影を捉えた。
 真逆──ティトゥスの脳裏に、嫌な予感がよぎる。
「よせシン! 彼奴等に同じ手は……!」
 言いかけたティトゥスの背に走る悪寒。すぐさま振り向くと、先ほどまで打ち合っていた筈のC・クラーケンが影も形も残さず消えている。
 直後、足元の海面から二本の豪腕が飛びだしてオーガアストレイの両腕を掴んだ。

 
 
 

 高速で向かってくるR・ビヤーキーを虚ろな赤い目に捉えながら、シンは連結したジャベリンをインパルスに構えさせて身構えた。
 敵のスピードは完全にこちらを上回っている。不意を突かない限り、ブラストシルエットの武装を命中させるのは難しいだろう。
「なら……回避できない状態でぶち込んでやる!」
 R・ビヤーキーの機動性に機体はついてこれない。だがその動きを目で追うことは今のシンにとって不可能ではなかった。
 スピードは凄まじいが、動き自体は直線的で単純。動きの先を読むことは容易い。先読みの攻撃すら避けられるほどの機動性は恐ろしいが、充分に詰めた距離とわずかな隙があれば当てる事は不可能ではない筈だ──
 R・ビヤーキーがライフルを撃ちながら左手に風を纏わせる。ライフルを回避した直後、突き出される左腕。暴風を巻き付けた一撃が、シルエットの右砲身を破壊した。
 即座にビームジャベリンを突き出す。見え見えの手だと言わんばかりに身をかわすR・ビヤーキー。突き出した右腕を撃ち抜くビームを無視し、残った左砲身から全エネルギーをつぎ込んだビームを発射する。
 急上昇したR・ビヤーキーにビームは掠めるだけに終わる。しかし回避の際R・ビヤーキーに生まれた一瞬の隙を突き、再び分離したコアスプレンダーが空へと飛ぶ。
「当て切れなかった……でもまだ!」
 既に要請しておいたチェストとレッグ、そしてシルエットフライヤーがこちらに向かってくる。すぐさま合体フォーメーションを取るシン。
 捨て身の攻撃でダメージを蓄積させ、こちらは負ったダメージを換装で帳消しにすればいい。先ほど成功したこともあり、シンはこの方法に自信を持っていた。
 だが、奇策が通用するのは最初の一回だけだということをシンは思い知る事になる。
『──モロバレなんだよ、単純バカが』
 あざ笑うかのような声と共に、レッグフライヤーを閃光が貫いた。爆発に揺さぶられ、合体フォーメーションが崩れる。
 揺れる視界の先で、ライフルを構えたR・ビヤーキーが呆れたような仕草をした。
『同じパターンが二度も通じると思ったのかよ、マヌケ! ドジの代価は、テメェのタマで償えやっ!』
「くっ……!」
 迂闊だった。一度上手くいったからと調子に乗って、こちらが動きを読まれている可能性を完全に失念してしまっていた。
 ライフルがコアスプレンダーに向けられる。爆風に煽られた機体は一時的に安定を失い、もはや回避行動を取る事も出来ない。
『くたば……っ!?』
 ライフルが放たれようとした瞬間、R・ビヤーキーが脚部スラスターを噴かせ半回転する。そのすぐ傍をビームの光が通り過ぎ……たかと思うとそのビームは大きく軌道を変え、再びR・ビヤーキーへと向かっていった。
『んだとぉ!?』
 再び回避行動を取るR・ビヤーキー。しかしビームはしつこく、何度回避しても目標を追いかけ続ける。
「あれは……【我、埋葬にあたわず】!?」
 シンばビームの飛んで来た方向に目を向ける。予想通り、自身の母艦であるミネルバが存在していた……が、
「エルザ……じゃない!?」
 その甲板に立ち、先ほどのビームを撃った存在は、シンの予想を大きく裏切っていた。
 四本の足で立つ、犬に似た姿を持つその機体は──
「ガイア!?」

 
 
 

「ハァ……ハァ……!」
 ドクターウェストに(無断で)改修されていたガイアのコクピットで、荒い息を吐きながらステラはトリガーを引いた。MA形態のガイア下部に取り付けられたシールド、その内側に追加搭載された砲からホーミング機能付きのビームが放たれる。ビームはしばらくは敵を追いかけ続けたが、突然現れた複雑な模様の壁に阻まれて消えてしまう。
 MSの操縦は思った以上の負担だった。狙いを付けトリガーを引くだけで疲労が襲い、今更のように痛みがステラの全身を駆け巡る。あまりの疲労と痛みに、今すぐにでも意識を放り出したい衝動に駆られる。
 ──だめだ、それじゃあ。
 ふらふらと宙に浮くコアスプレンダー──先ほどまでインパルスの姿をしていたそれに目を向ける。
「シン……」
 守るといってくれた人。守ってくれると約束してくれた人──ステラの、大事な友達。
 ──そのシンを、いじめるやつがいる。
 ステラの表情が苛烈なものへと変わる。インパルスに銃を向けていた敵──R・ビヤーキーを、ステラは睨み付けた。
「お前ぇ……シンをいじめるなーーーー!」
 ガイアの前腕部両肩に装着された装備──巨大な一対のドリルが、急速回転を始める。
 ドリル後部に装備されたブースターから炎を噴き上げ、ガイアは海上を疾駆して一気にR・ビヤーキーへと迫った。

 
 
 

『どいつもこいつも単純バカすぎんだろぉが!』
 決死の特攻を仕掛けたガイア。だがその動きを見切ったR・ビヤーキーはガイアの下方向に滑り込むように回避し、真下からライフルを連射する。
 ウェスト謹製のドリルはビームを受けてもビクともしないが、それ以外の部位はそうもいかなかった。基部を打ち抜かれたドリルの一基は海に落ち、脚部の爆発に吹き飛ばされた一基は回転を止めぬまま宙に舞う。そのまま全ての足を破壊され、胴体だけになったガイアをライフルがポイントする。
「やめろ……」
 震えるシンの言葉を無視し、ライフルが放たれる。ビームの光が、MA形態のガイアの頭部を消し飛ばす。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 絶叫と共に、シンはインパルスの合体シークエンスを強制的に起動した。
 コアスプレンダーが勢いを殺さぬまま変形し、前方のチェストフライヤーに激突するように合体。なけなしのエネルギーにVPS装甲が起動、トリコロールカラーが機体を彩る。
 スラスターを噴射し落下軌道を調整、加速をつけてR・ビヤーキーへと一直線に落ちる──その最中にライフルとシールドを捨て、宙を舞っていた【あるもの】を両手で掴む。
 R・ビヤーキーが振り向くが、もう遅い。
「抉れろぉぉぉぉぉぉぉ!」
『んだとぉぉぉぉぉぉぉ!?』
 掴んだガイアのドリルを構えて、インパルスがR・ビヤーキーに突っ込む。
 ドリルに抉られ、ライフルごとR・ビヤーキーの右腕と右足が消失した。だがそれでもなお、R・ビヤーキーは動いている。
「浅い!?」
『こんのクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 R・ビヤーキーの左腕が叩き込まれる。突き飛ばされたインパルスはガイアにぶつかり、揃って海へと落下していった。

 
 
 

「うおおおおおお!」
 両腕を掴まれた状態で、アナコンダアームに振り回されるオーガアストレイ。アームの本体であるC・クラーケンは海中に隠れたまま、一方的にオーガアストレイを蹂躙する。
 急な軌道で振り回されながら海面へと叩きつけられ、コクピットのティトゥスを幾度となく強い振動が襲った。抵抗しようにも刀を持った腕は凄まじい力で抑えられ、まったく操作を受け付けない。
「このままでは……!」
 不意に、振り回されていたオーガアストレイが急停止した。空高く持ち上げられたオーガアストレイの真下に、水を滴らせながらC・クラーケンが姿を現す。
『ガハハハハハハハ! 無様だナ、ティトゥス!』
 ミシリ、と嫌な音が耳に入る。アナコンダアームがその爪を腕部に突きたて、同時に腕を左右へと引っ張った。宙で大の字に広げられたオーガアストレイの腕が、アナコンダアームからかけられる二つの力に異音を上げる。
『潰れルか引き千切レるか、それトもォォォォォォッ!』
 C・クラーケン胸部のビーム砲に光が灯る。ティトゥスが舌打ちするも、オーガアストレイは動く事が出来ない。
「チィッ……!」
 万事休す。腕は半ばほど潰れ、更に肘関節が内装から千切れかけている。肩からアーマーシュナイダーを射出したところで、C・クラーケンの装甲には傷一つ付かないだろう。
「このようなところで……!」
 歯を食いしばるティトゥス。C・クラーケンから放たれたビームの奔流が、オーガアストレイに迫り──
「……っ!?」
 ティトゥスが諦めかけたその時、視界を影が覆った。
 フォビドゥンストライカーのアームが展開し、ゲシュマイディッヒ・パンツァーを機体前面に展開していた。力場に屈折されたビームが、オーガアストレイの頭上を通りすぎる。
 ディスプレイに表示されたメッセージと情報に、ティトゥスが目を見開く。

 

【──Sub arm control shifted to manual. And sub arm atack mode standby──】

 

「これは……!」
 一瞬の躊躇の後、ティトゥスは表示された情報どおりにコンソールを操作し、操縦桿を握り込んだ。
 フォビドゥン・ストライカーのアームが、半自動制御から通常の腕部と同様の手動操作に切り替わる。同時に偏向装甲が力場の展開を停止、代わりに装甲とアームの付け根からビームの光が伸び、刃を形作った。
 二本のビームソードが、アナコンダアームに振り下ろされた。火花を散らしながらビームが装甲を熔かし、じわじわと内部へと食い込んでいく。
『ナニィィィィ!?』
 カリグラの絶叫と共にアナコンダアームの力が弱まる。すぐさま拘束を振り払い、全推力を噴き上げてオーガストレイが突撃した。腕部の操作系を通常に戻し、まだ動く両腕で双剣を構える。
「──刺っ!」
 刀の切っ先が、C・クラーケンの両肩に突き立った。装甲の隙間を見事に突いた一撃。そのまま刀を一気に振り上げる。
『アギャアアアアアアアアアア!』
 両腕の力が失われ、海面に落下したアナコンダアームが激しく海面を打った。ゲシュマイディッヒ・パンツァーを足裏に戻し着水、ティトゥスは再度C・クラーケンに切りかかろうとするが、
『こんのクソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 クラウディウスの叫びにティトゥスが振り返ると、上半身だけのインパルスが半壊状態のR・ビヤーキーに弾き飛ばされ、ボロボロにガイアと一緒に海に落ちる光景が映った。
「シン……!」
 ティトゥスが一瞬迷う。あのままではシン達が海の底に沈みかねないが、かといって目の前のカリグラやクラウディウスがそんな暇を与えてくれるとも思えない。
 その時、ティトゥスの目にR・ビヤーキーとC・クラーケンの輪郭が一瞬ぶれたように見えた。
「錯覚か……?」
 目を凝らして再度確認しようとするが、突然R・ビヤーキーは踵を返すとティトゥスを追い抜いて空の彼方へと飛び立ち、C・クラーケンも海に潜ったかと思うとそのまま姿を現さない。
「……退いたというのか?」
 見れば、R・サイクラノーシュも姿を消している。訝しみながらも、ティトゥスはシン達を救助する為に機体を海中へと沈めた。

 
 
 

 四方八方から迫るファミリア・ドラグーンを、すべて見切ったとばかりにギリギリの間合いでかわし続けるフリーダム。ビームも突撃も、ありとあらゆる攻撃が当たらない。
 ウェスパシアヌスの焦りが、包囲網にわずかな隙を生んだ。その隙をキラは見逃さず、通常の限界を超えた推力でドラグーンを振り切りR・サイクラノーシュに接近、ビーム砲を向ける。
 慌てて防御壁を張るがフリーダムは急機動で展開面から機体をずらし、がら空きの側面からビーム砲を叩き込んだ。四本足の一つが装甲を抉られ、大きく歪む。
「くおおっ!?」
 すぐさま全方位型の魔術陣を張ってフリーダムを弾き飛ばそうとするウェスパシアヌス。しかしその時には既にフリーダムは充分な距離を取り再度の隙をうかがっている。
 ダメージ自体はそう深刻ではない。だが半壊状態でありながらあそこまでの動きを行なうフリーダムに、ウェスパシアヌスは冷汗をかいて驚愕していた。
「その力が完全でないとはいえ、やはり恐るべきスーパーコーディネイター、恐るべきSEEDといったところか……」
 どうするべきか、ウェスパシアヌスは思案する。フリーダムの挙動は完全なオーバースペック、おそらくエンジンやビーム兵器、スラスターの出力リミッターを無理矢理はずして引き出している状態だ。ある程度粘れば機能停止するだろう。しかしこちらも長々戦闘を継続できず、また時間を掛けすぎると質は落ちるとはいえせっかく手に入れた素材を駄目にしてしまう可能性も──
「おっと!」
 真横の何もない空間から突然現れたゴールドフレームの黒翼を、R・サイクラノーシュは一気に上昇して回避した。ミラージュコロイドで姿を隠しても、簡単な感知魔術を常時展開していれば接近を気取るのは造作もない。
「ふむ、どうやらクラウディウスやカリグラに抑えてもらうのも限界か。私はまだしも、加減を知らぬあの二人の機体稼働時間もほとんど残っていまい」
 鬼械神の記述を組み込んだMMは持ち主の魔力とそれを増幅する魔力炉にその能力を大きく依存している。過度の魔術行使や魔力消費によっては増幅が追いつかず、また魔術師の魔力枯渇が機体の魔力枯渇にも直結してしまうのだ。魔力が尽きれば機能停止どころか、組み込んだ記述が剥離し機体が崩壊する可能性もある。
「もったいない、非常にもったいないが……ここは引くとしよう。あまりのめりこんで全てを不意にするのは避けたいからなぁ」
 クラウディウスとカリグラに撤退を告げ、ウェスパシアヌスはR・サイクラノーシュの姿を隠す隠蔽魔術を行使する。
「次こそは確実に、一切の逃れる隙を与えず、絶対のタイミングを見計らって君を頂くとしよう、キラ君!」
 周囲の風景に溶け込んでいくR・サイクラノーシュの中で、ウェスパシアヌスは笑いながらフリーダムを見つめる。
 その熱を帯びた目が見るのはキラではなく、キラを手に入れた先にある己の芸術【アート】の幻想だった。

 
 
 

「……逃げたか」
 R・サイクラノーシュが消えていくのを、ロンド・ミナ・サハクは滅多に見せぬ悔しさと苛立たしさに歪んだ顔で睨みつけていた。
 邪悪なる魔術師が駆るMM──あの機体が、結果としてアスランを殺した。
「愚か者が……貴様は、フリーダムを倒せとカガリに命じられただろうが」
 そう吐き捨てて、ミナはゴールドフレームを振り返らせる。そこにいるのはボロボロになりながら、異様な雰囲気を纏ったフリーダム。両腕は失われ、残った武装も破損した状態で無理矢理出力を引き出したためもうほとんど使い物にならないだろう──にもかかわらず、ミナはフリーダムに危険なものを感じていた。
「……何を恐れるというのだ。今我が成すべきは一つ」
 アスランに代わり、カガリの願いを遂行する。それがオーブ軍司令として自身が成すべき事であり、アスランへの最大の供養──同時にカガリの願いに背いた罰であると、ミナは決断した。
「年貢の納め時だ……覚悟せよ、英雄狂【ドンキホーテ】」
 黒翼を広げ、ゴールドフレームがフリーダムに飛び掛かろうとする。しかし突然、下方から放たれた実弾とビーム入り混じった弾幕にゴールドフレームは動きを止めた。
「アークエンジェルだと? 現れてすぐ海中に身を隠したかとおもえば……仲間の危機には出てくるか」
 急浮上したアークエンジェルがフリーダムを守るように弾幕を張り続ける。そのままフリーダムを収容すると、再び海中へとその姿を沈めていった。
「おのれ……またも逃したか」
 追撃したい衝動に駆られるが、そうも言っていられない。MMとフリーダムが去り、この場に残っているのは元々争っていた連合オーブ混成軍とザフト軍となる。しかし両軍とも先の混乱で大きく消耗しており、戦闘を続行するにしても中止するにしても大きな建て直しが必要となる。司令官であるミナが優先すべきはそちらだ。
 ──だが。
「胸騒ぎがする……今日仕損じた事が、後々大きな禍根とならねば良いが」
 嫌な予感に後を引かれながらも、ミナは指揮を取るため旗艦タケミカズチへと帰路を取った。

 
 
 

『スティング、撤退するぞ! これ以上戦闘を続けてももうロクでもない潰しあいにしかならん!』
「ふざけるなよテメェ! 今までロクな指揮もせず逃げばっか打って、いざ邪魔者が消えたら撤退かよ!」
 ネオからの命令に、スティングは苛立ちを隠そうともせず叫んだ。MMが現れて以降、何故か消極的な命令しか出さなかったネオへの不信感が、ここに来て爆発していた。
『仕方ないだろう、あんな連中まともに相手していられるか! 実際その逃げ優先でもこれだけボロボロになって、撤退せざるを得ないほどの被害を出してるんだぞ!』
「クッ!」
『とにかく戻れ! ……アウルは落ちた。俺に、これ以上部下を捨てるような選択をさせるんじゃない!』
「っ……クソッ! クソッ! クソォォォッ!」
 怒号を上げて、スティングはカオスの機首をJ.P.ジョーンズへと向けた。その背からレイの声が飛んでくる。
『待てスティング! ステラは、アウルは……!』
「黙れよ!」
 一度だけ振り返り、スティングはエールカスタムへと吐き捨てた。
「忘れるな……ステラとアウルの仇は、この俺が絶対に討つ!」
 すぐさま振り向くと、カオスは全速力でその場を飛び去る。
 コクピットの中でヘルメットを脱ぎ捨て、スティングは頭を抑えながら怒りと悲嘆が綯い交ぜになった雄叫びを上げた。

 
 
 

 オーガアストレイに支えられたインパルスとガイアが、ミネルバのドッグに下ろされる。
 シンは開いたコクピットから飛び出すと、一目散にガイアへと走り出した。近づいてきたヨウランやヴィーノが何か言っているが、耳に入ってはいなかった。
 海水に濡れた外装に足を取られかけながら登る。コクピットは開いているが、そこからステラが出てくる気配はない。
「ステラ! 大丈夫か!?」
「あ……シン」
 ステラは力なく、コクピットシートに身体を横たえていた。駆け寄るシンにステラは儚い笑みを浮かべるが、直後身体を痙攣させて苦痛の貌を浮かべる。
 痛みに震えるステラを、シンが抱き寄せる。
「ステラ、何でこんな無茶を……」
「……ごめんなさい……」
「え……」
「シンに……ううん、ルナにも、レイにも、メイリンにも……知らないなんていって、ごめんなさい……」
 涙を浮かべながら訴えるステラの姿に、シンはステラの記憶が戻っている事を確信した。
「でも、シンもみんなもザフトで……私たちの敵で。でも、守ってくれるって言って……逃げようとしたけど、シンがインパルスに乗ってるって聞いて……シンが落とされそうになってて、それで……」
「ステラ……」
 泣き笑いの表情で言葉を紡ぐステラ。シンはただ、その言葉に耳を傾けるしか出来ない。
「でも、シンは約束を守ってくれた。わたしは敵なのに……わたしのこと、守ってくれた……うぅっ!」
「ステラっ!」
「あ……ありがとう……シン……」
 ステラの瞳が閉じられる。力の抜けた身体を抱きとめながら、シンはただ己の無力さを痛感する。
「……守れてなんか、いないよ」
 アスランを守れず、敵を倒す事も出来ず──目の前で苦しむ友達に、何一つしてやることができない。
 俺は──大切なものを何一つ、守れてなんかいない。
「アスランさん、俺は……俺は、どうすれば……!」
 ステラを抱きしめながら、もういない先輩に答えを求め、シンは涙を流した。

 
 
 

「双方撤退で戦闘は中止、か……なんとも煮え切らない結末だ」
 プラント首都アプリリウス、最高評議会議事堂。自身の執務室で、ギルバート・デュランダルはディスプレイに表示された、クレタ沖海戦の最新情報を見つめていた。
 今回の戦いは此度の戦争で最も大規模な戦いだった。ここで勝利を収めれば戦況はザフト有利に大きく傾き、連合同盟国やロゴスの多くをこちらになびかせることができたろう。
 それが第三者の介入により痛み分けというだけに終わった──多くの犠牲を出しながら、それに見合うだけの成果を上げることが出来なかったのだ。この結果にデュランダルも憤りを禁じえない。
「キラ・ヤマト、ラクス・クライン……彼らは純粋だ。そして力がある。だが純粋であるが故に世界を知らず、
 力がある故に己が絶対だと過信する。そんな人間に世界をまとめるなどできるはずがないでしょう……」
 ここにいない何者かに語りかけるように、デュランダルは一人ごちる。
 自分は『あの方』とは違う。自分の分相応は理解しているし、やろうとしている計画の問題点も把握している。
 ──その上で、私はSEEDを否定した。万一の為の『保険』こそ確保しているがね。
 偶然発見し確保したその保険は今、目覚しい活躍をしている。彼を計画の中心に置く事で計画はより確実性を増し、同時にあの方の考えの否定にも繋がるだろう。
 偶然というなら、カガリ・ユラ・アスハという頼もしい同志を得たことも大きい。彼女の存在のおかげで連合やロゴスを内側から打ち崩し、吸収する算段がついた。これならば予想よりも戦争は長期化せず、失われる命や戦力は最小限で済む。
 無論、自身の計画を明かせば味方でなくなる可能性もある。だがそれでもこの計画は避けて通れぬし、計画の発表の仕方や細部の調整によっては味方のままでいてくれる可能性も残っているだろう。
 何よりも重要なのは、来るべき危機に備えて人類が一つになること──出来るだけ早急に、人類同士の戦いで無為に力をすり減らす前に、だ。
「そのために、私は……む?」
 デュランダルの眼前で情報を表示していたディスプレイ。そこに表示されていた映像が、不意に乱れた。
『……やあやあ、久しぶりですな。ギルバート・デュランダル最高評議会議長殿』
 ディスプレイの乱れが徐々に人の顔を形作り、ノイズ混じりの声が聞こえる。デュランダルは一瞬浮かべた驚愕を、すぐさま貼り付けた余裕ある笑みの奥に押し隠した。
「……フラウィウス・ウェスパシアヌス。いや、アンチクロスが一、ウェスパシアヌスと言ったほうがいいかな?」
『ふははは、やはりご存知でしたか。いや、隠すつもりはまったく、毛頭、これっぽっちもなかったのですが。あの時言っても仕方のないことだったもので』
 ディスプレイの向こうで笑うウェスパシアヌス。デュランダルは笑い返しながら、その顔で唯一笑っていない目でウェスパシアヌスを見据えた。
「見え透いた世辞や誠意のない敬語は結構……で、不正な通信をかけてまで私に何の用かね? 評議会議長として、君のような邪悪なる魔術師と歓談出来る立場でもなければ、時間もないのだが」
『はっはっは、これは手厳しい……随分と邪険じゃあないか。私達は友人じゃなかったかな、わが友よ』
「君の正体を知るまでは、私も数少ない同好の志として君を買っていたのだがね……正体を知った以上、私と君は友人にはなれんよ……いや、メンデルで初めて出会った時、君を生かしていたのは間違いだったのだろう。今になって酷く後悔している」
『フハハハハハ! ……殺せぬよ。悪いが、残念ながら、いくらあの頃の私が力を失っていたとはいえ、君程度の位階では私は殺せぬとも、そう殺せなかったろうさ!』
 互いに友人と口にしたとは思えぬ剣呑な会話が、笑顔を向け合って繰り広げられる。
『おっと、そんな話をしようと声をかけたのではないのだよ。いやいかんな、ついつい熱中して本題を忘れてしまった……今日は、君と取引をしたいと思ってね』
「取引だと? そんなものに私が応じるとでも思っているのかね」
『君が持つ魔導書……その中でも最も位階の高いあの魔導書を、我々に譲って欲しいのだよ』
「……っ!?」
 取り付く島も見せないデュランダルを無視し告げられる言葉。デュランダルの表情から笑みが消え、両手をデスクに叩きつけながら立ち上がる。
「馬鹿なっ! あれを世に放てばどんな災厄を招く事になるか、が分からぬとでも思っているのか!」
『そうだろう、そうだろうともさ! あれの危険度は君が一番よく分かっている、それは承知しているとも』
「ならば私の答えも分かっているだろう……断じて、貴様らのような邪悪な魔術師にあれを渡すものか!」
『話は最後まで聞きたまえ』
 普段の冷静さをかなぐり捨て激昂するデュランダルを前に、ウェスパシアヌスは笑みを崩さずまあまあと宥める仕草をする。その目が醜悪に、嘲るように歪められた。
『もし、君が魔導書を提供してくれるなら……君が何より一番欲していた情報を提供しよう。それが私が提示する取引の交換条件だ』
「……! ま、まさか……」
 デュランダルの顔から怒りが一瞬で消え去った。その顔に浮かぶのは戸惑いと……ほんのわずかな希望の色だ。
『そう、君が魔術を追い求めた最大の目的……それを果たす為の方法を私は持っている。ちなみに、魔術要素はほとんど関係しない。膨大な人体実験データから得られた、れっきとした人の叡智、科学の一環だ。多少、現行の技術不足を魔術で補う必要はあるだろうが。遺伝子工学に解を見出せず、魔術にそれを求めた君にとっては皮肉な話かもしれんがね』
 ウェスパシアヌスの言葉を聞いているのかいないのか、デュランダルはデスクに手を付いたままワナワナと震えていた。その顔には苦悩と迷い、そして後悔の念が形を持って浮かんでいる。
『さて、答えをもらいたいのだがね。考える時間が欲しいというならば、また後日連絡を入れるが』
「……取引を受けよう。受け渡しの手順は?」
 デュランダルが短く告げた。震えこそ止まっているが、手はデスクに付いたままその顔は俯きディスプレイを見ていない。下卑た嘲笑を、ウェスパシアヌスはこちらを見ていないデュランダルへと向けた。
『隠し場所を教えていただければこちらで出向こう。データはお望みなら今すぐにでもそちらにお送り出来るが──無論、下手なブラフや誤魔化しは無しでお願いするよ』
「分かっている。あの魔導書は廃棄コロニーの一つ、その奥深くに幾重もの封印をかけて隔離してある。本来コロニーなどないとされている座標だ。正確な位置は──」
 受け渡しの手順を確認し、ウェスパシアヌスは満足げに頷く。
『──さて、それではこれで失敬させてもらおう。貴殿の協力に感謝いたしますぞ』
 ウェスパシアヌスの顔がノイズの波に崩れ、ディスプレイから消えた。画面の隅に、送信元不明のデータが送られてきた事を示すメッセージが表示される。
 デュランダルは顔を俯かせたまま、力なく椅子に腰を落とす。数分前の凛とした議長の姿はなく、身にまとう雰囲気は疲れ果てた老人を錯覚させた。
「……こんな様では、あなたの否定など出来ませんな、師よ……そして友よ。君は私を笑うかね?」
 許しを請うような呟きを漏らし、デュランダルは再び身を震わせ……ガバリとその身を起こすと、顔の前で手を合わせて強く握りしめる。
「……いや、まだだ。あれを手に入れたところですぐどうにかなるわけでもあるまい。利用される前に、アンチクロス共々抹消すればいいのだ……」
 自身を納得させるように、デュランダルは呟き続ける。取り急ぎ今は送られたデータの吟味と、本当に有効なのか実践データを取らなければならない。
 ──幸いにも、被験体になりそうな人材の目星はある。
 一度目を伏せ覚悟を決めるかのように表情を正すと、デュランダルは内線を取った。
「私だ。最高評議会議長の名で、地球の軍本部へ通達して欲しい──」

 
 
 

「……さて、聞いていたかねティベリウス?」
『オッケーよ~ん、すぐに回収に向かうわ~ん☆ それじゃ♪』
 通信の中継地点の一つとして繋がったメンデルにいるティベリウスが、仮面を揺らしながら通信を切った。
 コロッセオに戻っていたウェスパシアヌスは、軽く肩から力を抜くと背後を振り返る。
「さて、キラ君に関しての下準備はしっかりしておくとして……こちらにもある程度手を加えておかねば。全体に手を加える前に、まず無くなった部分をゼロから作ってみるとするかな?」
 幾つもの操作盤やモニターが周囲に埋め込まれた一室。中央にある円筒状の水槽を見て、ウェスパシアヌスはにやりと笑う。
 口にマスクをはめられたアスランが、水槽の中に浮かんでいた。露になった裸身は何本ものコードに繋がれ──その左腕は、存在していなかった。

 
 
 

to be continued──

 
 
 

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