DEMONBANE-SEED_種死逆十字_第18話3

Last-modified: 2009-10-17 (土) 17:07:57

 空から現れたMSが、自分を見下ろしている。シンは呆然とその姿を見つめていた。
 赤い翼を広げて、機体は一気に降下。エールカスタムへ向かってくる。
「ええ!?」
 衝撃がシンを襲った。半壊したエールカスタムが、MSに抱えられ再度空へ浮上していく。
『おい、まだ生きてるか?』
 接触回線越しに声が聞こえる。若い男の声。
「あ、あんた誰だ!?」
『ん? おいおい、俺を忘れちまったのか? えーと映像は、っと』
 ひび割れたモニターに映るパイロットの姿を見て、シンはまさかと息を呑む。
 オレンジのパイロットスーツ。バイザーの奥に覗く同じ色の髪と、不敵な笑みを浮かべる顔。
 何よりも特徴的なのは、声。聞き覚えのある、よく通る陽気な声を聞いて、何故すぐ思い出せなかったのか。
 ──何故なら、彼はこんな所にいるはずの人間ではないからだ。
「嘘だろ、なんであんたが……ハイネ!」
『話は後だ!』
 瞬間、急な加速にシンの身体が揺れる。エールカスタムを抱えるハイネの機体に、デストロイの攻撃が再開されたためだ。飛んでくる無数のビームを、ハイネ機は急機動で立て続けに避ける。
『ったく、やっぱピーキー過ぎるぜこの機体……一度ミネルバまで戻るぞ!』
 抗議の一声すら発せぬまま、再度の加速にシンの身体がコクピットシートに押し付けられる。
 翼から光を噴き上げてデストロイの攻撃範囲から離脱したハイネ機は、そのまま一直線にミネルバへと向かった。

 
 
 

 自身の身分を告げてミネルバのハンガーに着艦したハイネは、コクピットを飛び出すや否やエールカスタムへ駆け出した。走りながら、状況が分からず右往左往するメカニック達を、軽やかな走りで避ける、避ける、避ける。脊髄損傷で下半身がまともに動かなくなった男とは思えない動き。
 エールカスタムに辿り着くと、既にコクピットが開きシンが這い出ている途中だった。
「ようシン、無茶したもんだな。ギリギリセーブだったぜ」
「ハイネ……!」
「待て!」
 詰め寄ってくるシンと周囲のメカニックたちを、一喝で制するハイネ。静まり返るハンガーの中、ヘルメットを脱いでシンを見据え、有無を言わさぬ剣呑な表情を作る。
「今は悠長に話してる暇はねえ。シン、確認させろ……お前、まだ戦えるか?
 あのデカブツをブッ潰せるか?」
「……どういう意味ですか?」
「あー、つまりだ……割り切れてるか、ってことだ」
 シンがどのような経緯を辿ってきたかは、ハイネも知っている。
 エクステンデッドとの交友と戦い。アスランの死。捕虜の脱走の手引き。インパルスの剥奪──哀れではあるがザフトからすれば愚かな行為の数々。数日とはいえ行動を共にし、シンの気質を少なからず知るハイネには、シンがどれほど悩み苦しんだか、ある程度は想像が付く。
 潰れかけている、もしくは完全に潰れているようなら見限る──それがハイネ個人の判断であり、デュランダル議長にも既に了承を得ていた。
 だがシンは一度目を伏せた後、しっかりとハイネを見返した。
「割り切っては、います。戦えもします。でもあのデカブツは落としても……ステラは、殺しません」
 ハイネは目を剥く。理由はシンがパイロットを知っているからでも、殺さないと言ったからでもない。
 シンの目を見たからだ。真っ直ぐに自分を見つめてくる目を……迷いのない、決意を秘めた瞳を。
「俺は、俺達はステラを助けます……そう、決めたんです」
「……そうかよ」
 ハイネは笑った。シンはまだ潰れていない……いや、それどころか大きく化けたことを確認し、確信した。
 ──ならばこそ、渡す事が出来る。
「なら、こいつに乗ってけ」
 背後に立たずむ、自分が乗ってきた機体を指差す。
「ZGMF-X42Sデスティニー。お前の機体だ、シン」
「お、俺の機体……?」
「そう。こいつはインパルスの戦闘データを元に全てのシルエットの能力を統合する形で造られた、
 いわばインパルスの兄弟機だ。そしてお前のデータと能力に合わせ、各種調整が施されてる。まだ不十分だがな」
「け、けどなんで……俺は規律違反を犯して、インパルスを剥奪されたんじゃ!?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?」
 シンの背を叩き、赤い翼の機体──デスティニーの前に押し出すハイネ。呆然と、シンがデスティニーを見上げる。
「お姫様を助けに行くんだろ? こいつは、そのための力になってくれるさ」
「ハイネ……」
「行って来い。慣れない分は、俺が通信でサポートする」
「……はい!」
 意を決したのか、コクピットに乗り込むシン。見送りもそこそこに、ハイネは背を向け走り出す。
「さて、ブリッジに上がって通信を借りますか。多少の説明も必要かね、っと」

 
 
 

 ミネルバから飛び立つ、ZGMF-X42Sデスティニー。遥か前方にはデストロイとファントムペイン、そして彼らと戦うルナやレイ、ティトゥス、フリーダムの姿。
「なんて性能……!」
 戦場を視界に収めながら、コクピットの中でシンは舌を巻いていた。多少動かしただけで、デスティニーの凄まじい性能が理解できた。データベースに登録されたカタログスペックに目を通し、それは確信に変わった。
「一部関節のPS装甲化、新型の推進システム、分割式装甲駆動システム……
 それにこの動力源、ハイパーデュートリオンってのは……核エンジン!?」
『どうだシン。デスティニーの凄さが少しは分かったか?』
『押さないでください! そんなに寄ってこなくても向こうに聞こえますから!』
 ミネルバとの通信ラインから聞こえるハイネとメイリンの声。モニターに映ろうとメイリンを押し出そうとするハイネの姿が、やけに子供っぽい。
『ようやく艦長の説得が終わった……こちらはハイネ・ヴェステンフルス。
 FAITH権限により、これより俺がブリッジより戦闘指揮を取る。全機、聞こえてるか?』
『ハイネ!?』
『ということは、先ほどの機体に乗っていたのはお主か』
 繋がった通信から仲間達の声が聞こえる。溢れかえる困惑や納得の声を、静粛にとハイネが気取った声で鎮める。
『指揮を取るといっても、作戦は実にシンプルだ。シンのデスティニーを突っ込ませ、デカブツを止める。
 他の者はその他の敵機を迎撃、シンのサポートだけに集中しろ』
『デスティニーって……新型、今シンが乗ってるの!?』
『……しかし、突撃戦法は一度失敗しています。相手も警戒していますし、二度目は難しいのでは?』
『それが出来るんだよ、デスティニーならな』
 レイの指摘にニヤリと笑いながら、ハイネがシンに告げる。
『シン、デュートリオンビーム受け取り準備だ』
「え、でもこの機体って核……」
『いいから。驚くぜ? メイリン、ビーム照射だ』
 ハイネの言葉に従い受け取り態勢に入ったデスティニーに、デュートリオンビームが照射される。直後デスティニーに現れた変化に、シンは己が目を疑った。
「嘘だろ、このエネルギー供給値……インパルスの三倍、いや四倍以上!?
 いくら核動力だからって」
『それがハイパーデュートリオン。核動力とデュートリオンを併用し、既存のエンジンを遥かに上回るエネルギー供給効率を可能にした動力システムだ』
 シンの驚いた様子に、予想通りとハイネが笑う。
 核動力は半永久的にエネルギーを生み出すが、単位時間ごとに生み出すエネルギーには限界がある。ハイパーデュートリオンは核動力にデュートリオンのパワーを上乗せし、一時的にだが核動力の限界を超えたエネルギーを機体に供給する事が可能なのだ。
『上昇した出力は機体やスラスター、武装のパワーにも直結する。当然バカでかい出力を余すことなく
 使えるようデスティニーは設計されてる。核とは違ってデュートリオンのエネルギーは限りがあるから、
 全開出力だと五分程度しか保たないけどな……だがその五分の間は現行で、デスティニーに勝るMSは存在しない』
 モニターの向こうで、ハイネが自信満々な顔を浮かべる。予想以上の能力を持つデスティニーに、シンが唖然とする中、
『……ハイネがここまで豪語するなら、出来るのだろう』
『シン、もう一度やろう! ザコはまたあたし達に任せなさい!』
『レイ、ルナ……』
 励ましの言葉と共に、仲間達が再度ファントムペインに攻勢をかける。ウィンダムをインパルスのライフルが撃ち抜く。アビスのビーム砲が消し飛ばす──そして、オーガアストレイの刀が斬り裂く。
『行け、シン。己の言葉を、意思を全うせよ!』
「ティトゥスさん……皆、サポートしてくれ! このデスティニーで、今度こそやってみせる!」
『任せろ』
『ミスらないでよね、シン!』
 決意を新たにシンは操縦桿を思い切り前に倒し、ペダルを最奥まで踏み込んだ。
 限界まで広がったデスティニーのウィングスラスターから、推力を伴って赤い光が噴き出す。
その姿は光の翼を広げる天使か、はたまた悪魔か。
 光翼をはためかせ、デスティニーが凄まじい速さで空を駆ける。
 仲間が開いた敵機群のわずかな隙間を抜け、シンは一直線にデストロイへと駆け抜ける。
フリーダムを無視して振り向いたデストロイから、ビームとミサイルが一斉に放たれた。
『シン、ビームシールドだ!』
 突き出した両手の甲に装備されたナックルガードから光が溢れ、二枚の盾となってデスティニーを守る。
ザムザザーやデストロイのリフレクターと原理は同じ、効果範囲を絞りMSサイズまで小型化させたものだ。
 攻撃をビームシールドでことごとく防ぎ、デストロイへ攻め込むデスティニー。だが上空から新たに
ウィンダムの一団が迫り、ビームライフルを連射する。
 ビームシールドを一旦カット。分割式装甲を採用し、人間並みの滑らかな動きをする機体がビームを避ける。
機体を捻りながらライフルで牽制をかけつつ、背部の左右に装備された武装ラックの左側を展開。
脇の下に展開した砲身のグリップを左手が掴む。
 ガナーウィザードやブラストシルエットのデータを元に造られた、高エネルギー長射程ビーム砲。長い砲身に、
ハイパーデュートリオンから大出力が限界まで供給される。
『フルパワーでぶっ放せ!』
「どけえぇぇぇ!」
 トリガーオンと共に、迸るのは熱と光を伴った凄まじい出力のビーム。ビームの放出を続けたまま、
シンは機体ごと砲身を振り回す。光の奔流が、ウィンダムを次々と薙ぎ払う。
 だがビームを巧みにかわし、デスティニーに迫る一機があった。ライフルから放たれるビームを
ビームシールドでで受けるデスティニーへ、紫色のウィンダムが距離を詰める。
「ネオか!」
 ライフルを腰の裏にマウントし、ビーム砲をラックに収納。今度は右背部のラックに右手を伸ばすデスティニー。
グリップを掴んで構えると折り畳まれた刀身とビーム刃が展開、デスティニーの全長を超える巨大な剣となる。
 対艦刀アロンダイト──英雄の剣の名を頂く、大型ビームソードだ。
 サーベルを構え、デスティニーへ迫るウィンダム。デスティニーにアロンダイトを構えさせ、
シンはデスティニーを加速させる。
 デスティニーとウィンダムがすれ違う──ウィンダムの右腕と右足、そしてジェットストライカーの
右翼が宙を舞う。全く反応出来ぬまま、ウィンダムはデスティニーの超高速の斬撃に右半身を断ち切られたのだ。
 動きの鈍ったウィンダムを捨て置き、デストロイへ向かうシン。フリーダムの攻撃をものともせず、
デストロイはデスティニーに右腕を打ち出した。
「今度こそ……ステラ!」
 アロンダイトの切っ先を正面に構え、デストロイの右腕へ突っ込む。ビーム砲に併設された
陽電子リフレクターにより鉄壁の守りを持つ腕だが、リフレクターにも完全には防げぬものがある。
『アロンダイト先端の刃は対ビームコーティング仕様だ! デスティニーのパワーと加速が合わされば、
 リフレフターを貫ける!』
 ハイネの言葉通り、リフレクターにアロンダイトが突き立った。
デスティニーのパワーに翼の推力を上乗せし、 一気にシールドを貫通。
ビーム砲に深々と剣の突き刺さると、発生装置に異常が起こったのかリフレクターが消える。
「うおおおおおお!」
 突き刺さったアロンダイトのビーム刃を展開、そのまま一気に振り払う。ビーム砲が真っ二つに切り裂かれ爆散、残った右腕の動きが鈍る。
 右腕を退けデストロイに向き直ったその時、シンの顔が蒼白になった。デストロイは戦艦数隻や町の大半を
一撃で吹き飛ばした、両肩の超大型キャノン砲をデスティニーへと向けていた。
 すぐさまアロンダイトを戻し、両腕のビームシールドを起動。防御範囲を設定できる最大限まで広げる。
 ビームシールドの展開と同時に、キャノンが火を噴いた。凄まじい破壊力がデスティニーを襲い、
コクピットが揺れる。だがビームシールドはかろうじてキャノンの威力に耐えていた。シールドに遮られて散るビームの飛沫が、デスティニーを照らす。
 やがてビームが減衰を初め、シンが軽く息を吐こうとしたその時、
「なっ……!?」
 左右から迫る黒い影。巨大な二つの影の正体は、デストロイの両腕だ。掌を広げた巨人の腕が、デスティニーを押し潰さんと迫る。高出力ビームが間近にありセンサー能力が一時的に低下していたのと、
一瞬の安堵に認識が遅れた。回避が間に合わない。左右から迫る大質量。
『シン! 両腕の──』
 鈍い音と衝撃が、ハイネの声を遮った。

 
 
 

「終わったか」
 デスティニーが潰される様を、ウィンダムを何とか安定させたネオは見つめていた。
 PS装甲も衝撃は殺しきれない。あの大質量をもろに受けては関節や内部機構、それにパイロットは無事では済まないだろう。エネルギーの喰い過ぎでフェイズシフトダウンを起こし、ペシャンコになっているかもしれない。
 あの機体にシンが乗り換えたのに、ネオは動きで気づいていた。だからこそステラに殺させたくはなかったが結局自分は返り討ちにされ、シンはデストロイに返り討ちになった。
「これが戦争だ……いやだねえ」
 言いながらも、ネオは現実を肯定する。目の前の現実を生き抜くしか自分には出来ないから。
血塗れで悲惨な現実を潜り抜けた先に、エクステンデッドたちの未来を望むしかできないから。
「すまねえな、坊主……?」
 その時ネオの耳に、遠雷のような音がかすかに聞こえた。
 ──音の発生源は、デストロイの両腕の間。
「……まさか」
 二度目の雷音。両腕が震え始めたかと思うと、徐々に合わさった掌が離れていく。
 中心で翼持つ機体が両腕を突っ張り、デストロイの腕を押し返していた。
 押し返そうとする機体の両掌が青い輝きを発し、その手が触れているデストロイの掌は焼け爛れ、ひび割れている。
「なんなんだ……その機体はなんなんだ、坊主!?」
 眼前の現実が信じられず、ネオが叫ぶ。冷静さを失った彼は、背後から迫る巨大な機影に気づかなかった。
「……がっ!?」
 背中からの衝撃に、意識が刈り取られる。
 おぼろげに認識できたのは薄暗い視界に映る、黄色に塗られた機体と白い戦艦の姿だった。

 
 
 

 激しく鳴り続けるアラートをやかましく感じながら、シンは状況を確認する。
 二度の攻撃で損傷を与えても、デストロイの腕の力は未だ強大だ。デスティニーの内部機構はかなりのダメージを追い、関節部PS装甲が鉄色の光と共に蓄積する熱を放射し続ける。
 だが、あと一撃加えれば──デスティニーの掌に宿る蒼い光が、その輝きを増していく。
「止まって、いられるかぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
 デスティニーに搭載された新機軸装備の中でも、最も特異で未知数の力を持つ武装。掌に露出した、
高出力のビーム発生装置そのもの。冠された名の意は──
『そうだ! その兵装こそ、【掌に握った槍】──』
「貫け──パルマ・フィオキーナ!」
 悪魔の両腕から放たれた霹靂の如き砲声と閃光が、巨人の両腕を貫いた。
 爆発を起こし崩壊していく両腕を押し返す。翼から赤い光を放ち、掌に蒼い輝きを灯して、デスティニーが駆ける。
『デュートリオンはあと一分も保たねえ! 一気に決めろ!』
 デストロイの口から腹から背中から、細いビーム太いビーム無数のミサイルが次々と、立て続けに放たれる。
デスティニーは右に左に上に下に、縦横無尽に空を駆け全てをことごとくかわす、かわす、かわす。猛火が
捉えることができるのは、軌跡と残ったデスティニーの残像だけ。
 デスティニーがデストロイに迫る──その途中、シンは両腕を失ったデストロイに攻勢をかけようとした
フリーダムを視界に捉えた。
「やめろ!」
 方向を転換し、フリーダムに肉薄するデスティニー。迎撃される前に、デスティニーはフリーダムに
体当たりする。
 街を破壊するデストロイを倒す──フリーダムの行動する理由はともかく、行動そのものは間違っていないとシンは思う。しかし、
「俺はステラを助ける! あんたに殺させるわけには、いかないんだ!」
『……っ! 君は……!』
 接触は一瞬。デスティニーに体当たりされフリーダムが吹き飛ぶ。二機の間を、デストロイの攻撃が通り過ぎた。フリーダムから踵を返し、デスティニーは再度デストロイへ向かう。
 デストロイの眼前で急停止。側頭部に装備された機関砲四問が連射されるが、デスティニーには
豆鉄砲程度の効果しかない。しかしこの距離でデスティニーに攻撃できるのは機関砲か、さもなくば
口部分のビーム砲だけ。果たして、口部ビーム砲がチャージを始める。
 光を宿す顔面の前で、デスティニーが右腕を引く。掌に宿る光が、これまでで一番の輝きを放つ。
「こんな兵器……ステラにはいらないんだ!」
 口から放たれたビームに、デスティニーは右腕を突き出し突っ込んだ。ビーム同士が干渉しあう中、
光の奔流を引き裂いて突き進む。
 ──破壊の光の中を、破壊者は駆ける。大切な物を救うために。
 デスティニーの掌が、デストロイの頭部に触れ──蒼い光が、顔を撃ち抜いた。

 
 
 

 怖い。怖い。怖い──デストロイのコクピットで、ステラは涙を流して震えていた。
 恐ろしいモノが来る。赤い翼を持ち、全てを壊す蒼く輝く手を構え、悪魔のような顔をしたMSが来る。
 どんな攻撃もあいつには通じない。当らない。敵は近づいてくる。
 そしてとうとう目の前まで来たそいつが頭を吹き飛ばし、視界がノイズに染まった。
 怖い。怖い。怖い──このままじゃ殺される! 死んでしまう!
「イヤ、イヤァ! 死ぬのはイヤ、イヤァ!」
 頭を抱え泣き叫ぶステラ。恐怖に呑まれ、ただ涙を流すことしか出来ない。
 もう誰も守ってくれない。ネオも、■■■■■も、■■■も、そして──
「え……?」
 今、自分は誰のことを考えた? 知らない顔、知らない声……知らない人の、記憶。
「あ、あう……イヤ、イヤァ……誰か、だれか助けて!」
 頭が割れるように痛い。痛みを伴う記憶の奔流が、ステラの恐怖を更に煽る。

 

『──泣かないで。もう、大丈夫だから』

 

 通信機から聞こえる声に、ステラは涙に濡れた顔を上げた。
 聞いたことがない声。なのに聞いたことがあると、胸の中で自分の声が叫ぶ。
『もう、怖がらなくていい。怖いことなんてない……怖い思いなんて、させないから』
 コクピットを開くよう、声が促す。ステラは声に従い、震える腕で開閉スイッチを押した。何故声に従う気になったのか、ステラ自身よく分からない。ただその声を聞くだけで、恐怖は幾分か柔らいでおり、
「この、声……」
 自分はこの声の主を知っている──奇妙な確信を持って、ステラは開いたコクピットの先に目を向けた。
 眼前にいたのは、赤い翼を広げるMS。血の涙を流す顔の下にあるコクピットが開き、
赤いパイロットスーツを着た人影が現れる。
 幼さを残した顔、黒い髪、紅の瞳──優しい笑みを浮かべる少年の顔を見た瞬間、
ステラの記憶のキャンパスに塗られた白の絵具が一気に剥がれ落ちる。
 蘇る記憶と共に、再び溢れ出る涙。翼のMSが近づき、コクピット同士が触れ合う。
「約束を、果たしに──助けに来たよ、ステラ。ルナやレイと一緒に」
 少年が──ステラと約束を交わした彼が、手を伸ばす。
「……っ! シィィィィンッ!」
 シンの胸に、ステラが飛び込んだ。しっかりと抱き止めるシンの胸で、ステラは泣き続けた。

 
 
 

「……なんなんだ……」
 フリーダムのコクピットで、キラは身を震わせていた。
 大型MSとザフトの新型らしき機体が接触し、パイロット同士が抱き合っている。
その光景を前に、キラの心は大荒れに荒れていた。
「何をやってるんだよ、君たちは……!」
 フリーダムが二人へと駆ける。右手には、刃を形成したビームサーベル。
 抱き合う二人が気づいて驚愕の表情を向ける中、サーベルを振りかぶる。
 敵を助けると言い、それを実行したザフトのパイロット──まだ歳若い少年の視線とフリーダム──キラの視線が重なった。
「君たちは何をしてるんだ……僕は、僕達は平和のために戦っているのに……」
 ──僕は、助けられなかった。犠牲にするしか出来なかった──トールも、フレイも、そしてアスランも。
 キラは少年に叫ぶ。初めて感じる名状しがたき昏い思いに、激情を煽られて。
「なのに、君たちは……君は!」

 

 君は いったい なんなんだ!

 

『させて……たまっかぁぁぁぁ!』
 サーベルが振り下ろされる直前、フリーダムの左翼を地表から飛んできたビームが撃ち抜いた。
バランスを崩した機体を建て直し、キラはビームの飛んで来た方向を見る。
「なんで!」
 右腕と兵装ポッドを失ったカオスが、左腕でライフルを構えフリーダムへ向けていた。
外部音声から、荒い息と共に叫び声が響く。
『そいつらは……そいつらはなぁ……俺の、俺の大事なヤツラなんだよ! 俺の妹分とダチに、
 舐めたマネしてるんじゃねぇぇぇぇ!』
 カオスがライフルを乱射する。回避しながら、キラの苛立ちが更に増していく。誰も彼も──
「……ふざけるな!」
 ライフルを撃ち返し、棒立ちのカオスの左腕を破壊する。更に両足、頭部と四肢をもぎ、
ダルマになった胴体が地に落ちる。
 その様にキラの顔が無意識に笑みを作った瞬間、
『『やめろぉぉぉぉ!』』
 背後から、重なった男女の叫び。光の翼を広げて、デスティニーが大剣を構え迫っていた。

 
 
 

「やらせるか!」
「スティングを、いじめるな!」
 ステラを足の上に乗せ、シンはデスティニーをフリーダムに向けた。振り下ろしたアロンダイトが、
フリーダムの右翼先端を掠める。
 距離を取り、デスティニーとフリーダムが睨み合う。
「何考えてるんだ、コイツ!」
 先ほどのフリーダムは、間違いなくシンとステラを殺そうとした。これまでメチャクチャしながらも、少なくとも故意には直接命を奪うことを避けてきたフリーダムの、突然の凶行。
「なんで、いきなり!」
『シン!』
 デスティニーの傍にインパルスが並ぶ。カオスを庇うように、アビスとオーガアストレイが立つ。
そして遠方から放たれたビームの奔流が、フリーダムを牽制する。
 デストロイの停止と共にファントムペインの戦線は崩壊し、生き残りは次々と離脱を始めている。
状況はフリーダム対ミネルバMS隊の様相を呈していた。
 囲まれて冷静さを取り戻したのか、フリーダムは離脱しようと背を向けた。反射的にシンは追いかけようとするが、
「うわ!?」
 フリーダムの後方から迫る四本の光。デスティニーとインパルスがかわすと、ビームは無防備のデストロイに突き刺さった。装甲を貫通こそしなかったが、そのままデストロイの巨体が倒れる。
『シン、アークエンジェルだ! フリーダムが逃げる!』
 現れたアークエンジェルに、フリーダムが着艦する。すぐさま踵を返しエンジン全開で離脱しようとする大天使の殿には、黄色で塗装されたムラサメが付いていた。
「追いかけることは、出来るけど……」
 抱えたステラとアビスが抱えたカオスの胴体、そして周囲に広がる荒れ果てたベルリンの街に目を向ける
シン。今はなんとか救い出した友人たちの身体や、住民の救助が優先だ。
『深追いはすんなよ。憎たらしい連中ではあるが、それよりも目の前の自体をなんとかしなきゃな』
 FAITHであるハイネの言もあり、追跡を選択から消し去る。戦いを終わらせステラや、そして図らずも記憶を
取り戻したスティングまで助ける事が出来た。ようやく感じる安堵と嬉しさに力を抜くシンのパイロットスーツを、ステラが弱々しく掴んだ。
「ステラ?」
「シン……」
 節目がちに、言うべきか否か迷うような素振りを見せるステラ。シンは彼女が何が言いたいのか、
なんとなく理解できた。
「捕虜って形になるけど、連合の兵士だって生きてるなら救助する……もちろんネオだって。だから安心してくれ」
「ありがとう、シン」
 弱々しい笑顔を浮かべるステラに、シンは微笑み返す。
 ──【連合とザフトによる戦争】の末期に起きたベルリンの戦いは、ようやく幕を閉じた。

 
 
 

「どうやらザフトの追撃はなさそうだな」
「お疲れ様でした、バルトフェルド隊長」
 ムラサメを降りブリッジに戻ってきたバルトフェルドをミリアリアやノイマン、チャンドラが出迎える。
しかしこの場にいるべき一人が見あたらないことに、バルドフェルドは首を傾げた。
「ラミアス艦長はどこにいったんだい?」
「それが……医務室に」
「……なるほど」
 歯切れの悪いミリアリアの言葉に、複雑な顔でバルトフェルドは頷いた。
 ベルリンに入ってすぐに撃ち落した、隊長機らしいウィンダム。何故かアークエンジェルのカタパルトに
突っ込んできた機体からパイロットを引きずり出すと、出てきたのは仮面の男。
 その仮面の下から現れたのは、アークエンジェルのクルーなら誰もが知っている──
そしてマリューにとっては、忘れられない男の顔だったのだ。
「本当に彼なのかね?」
「DNAデータの解析がまだ途中ですけど、今のところ同一人物なのは疑いようがないってことです」
「そうか……で、キラは?」
「それが、また部屋に閉じこもっちゃって……マードックさんや整備班の人達が止めようとは
 したらしいんですけど、その……」
「どうかしたのかい?」
「……投げ飛ばされたらしくて」
 バルトフェルドが頭を抱える。それだけ動けるなら怪我の心配はないが、
どうやらキラは相当参ってしまっているらしい。更にこんな時に、あの男の幻影まで現れる始末。
 救いを求めるように、バルトフェルドは独語した。
「ラクスは不在、キラは情緒不安定、オマケにムウ・ラ・フラガそっくりの男…
 …まったく、厄介なことばかりだよ」

 
 
 

 深遠から、意識が浮かび上がる。
 意識だけでなく、身体にも感じる浮遊感。左腕だけがやけに重い。
 薄く開いた目に軽い痛みを感じ、すぐ閉じる。水の中で目を開けたときと同じ感覚。
 その時ようやく、自分は今水の中にいるのだと分かった。何故息ができるのかと思って、口元や鼻、耳に
呼吸器やら何やらが取り付けられているのに気が付く。
『……そうか、ベルリンに。いやそれは誤算だ、予想外だ。今回は動かぬだろうと踏んでいたし、
 アウグストゥスからもそんな動きは聞いていなかったのだがね。ターミナルも知らぬ独断で
 動いたということかな?』
 男の声がする。くどい物言いの老人の声。しかし情熱と野心を感じる、精力的な声。
 再び目を開ける。ぼやけた視界に見えるのは目の前を下から上に流れていく泡、そしてずっと奥に立っている輪郭の歪んだ人物の影くらい。その人物に右手を伸ばすが、途中で透明の壁にぶつかる。
『おや、これはこれは。この段階で目覚めるとは、やはり抵抗力があるのかな?』
 目の前の人物がこちらを向いたようだ。耳に聞こえる声は、この人物のものらしい。
 この声はどこかで聞いたことがある──誰だったかと考えるが、目覚めた直後で回転しない頭は思い出せない。
『気分はどうだね? 今しがた左腕の移植が終わったばかりなのだが』
 男の言っている事もよく分からない。ただ言葉の中の、『左腕』という言葉が引っかかった。
 自分の左腕を持ち上げ、視界に収める──瞬間、自分の時が止まった。
 この腕は──これは、何だ?
 水にぼやけた視界でも、はっきり分かる。直線と曲線の混じった輪郭。鮮やかな赤で染められた外装。
獣のように鋭く伸びた指先は、五本全て自分の意思通りに動く。
 自分に繋がった、自分のモノではない金属の腕。自分の本来の左腕は何処に……そう、あの時に──!
 意識が一気に覚醒していく。自分は何者か、意識を失う前の自分が何をしていたか、目の前の男が何者か──
全てを思い出したアスラン・ザラは声を上げようとし、
『目覚めたところ悪いがまだ、まだ君への処置が完全に済むには時間がかかる。
 暫く、もう暫く眠っていてくれたまえ』
 口元の呼吸器から酸素以外の何かが送られてくる。呼吸器を外そうとするも体に力が入らず、
覚醒しかけた意識が再び沈み始める。
 呼吸器から排出された二酸化炭素が大きな泡となり、暗くなっていくアスランの視界を通り過ぎた。

 
 
 

to be continued──

 
 
 

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