DEMONBANE-SEED_種死逆十字_07_1

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:32:43

「凄まじいな──」

 オーガアストレイは乗り手の微細な操作に合わせ、両手の長刀を素早く上段に構える。同時にAMBACとスラスターを使い、眼前の敵との絶妙な間合いを確保する。

「この挙動の正確さ──」

 眼前で光が瞬く。認識と同時に頭部へ向かってきた一条のビームは、一瞬でその進路の前に出された左の刀に遮られる。対ビームコーティングされた刀身がビームを弾く。

「反応速度──」

 前方から高速で飛来する電磁加速された弾丸。人を超えた動体視力はその軌道を正確に捉え──瞬間、瞬きすら終わらぬ間に弾丸は右の刀に断たれる。

「そして刀の切れ味──」

 即座に構えを戻し、オーガアストレイは攻撃してきた敵機──フォビドゥン・ベルゼビュートとウインダムの猛攻を掻い潜り続ける。

「──完璧だ、ウェスト」

 ペダルを踏み込むと同時にブースターが火を噴き、間合いを詰める。機体を操る四肢への集中は途切れさせぬまま、コクピット内のティトゥスは感謝の言葉を呟いた。







 第7話『Blades──刃を取る者達──』







「ブェッックショォォイ!」

「うわ、キッタネーロボ!気をつけるロボ、博士」

「ううむ、誰かが我輩の事を噂しているとみえる……まあこの天才!ドクターウェストともなれば、噂されるなんぞ当然なのであるが!いかに世界が違っていても、我輩の強烈過ぎる天才波動は凡人達へと無意識に影響を与えてしまうのであるか……ああ、これも我輩が天才過ぎる故の悲劇。まっこと天才とは罪深きものよのう……電波に耐え切れない脳の弱い方はアルミホイルを頭にお巻きください」

 うっせ黙れそんなわきゃねえだろ黙ってろ、とツッコむべき所だが誰一人としてツッコまぬまま、ウェストの馬鹿デカイ高笑いが司令室の静寂を吹き飛ばす(エルザはガン無視を決め込んでいてツッコむ気無し)。

 クルーのほぼ全員が絶句している中、ウェストの横の司令官席に座ったミナのみが眼前のモニターに映る異形のMS同時の戦いを興味深そうに見つめていた。

「見事だ……これほどの物を作って見せるとはな。やはり口だけではなかったようだな、ドクター」

「当然であるっ!と言いたい所ではあるが、やはりあれはパイロットの腕が大きいのであるな。

 パイロットの技量前提の機体というのは、製作者としてはどうにも手放しで喜べんのである」

「そんなものなのか?その引き出された性能こそ真の性能、造り手の腕と才能が出る部分だと我は思うが」

「ううむ……」

 微笑むミナの少々遠回しだが混じり気無しの賛辞に、ウェストは複雑な表情だけを返す。だが直後のミナの問いと共に、二人の表情は引き締まる。

「それはともかくとして……率直に聞くぞ。勝算は有るのか?」

「……総合的に見ればティトゥスが上であろう。だが向こうは曲がりなりも鬼械神、呪法兵装がある以上、どう転ぶかは最後まで分からぬであるな」







『大丈夫か、カナード?』

『ああ、生きてはいる……クソッ!このオレがこんな無様を晒すとはっ!』

 イライジャのザクに支えられたボロボロのドレットノートから、悔しげな叫びが響く。敵はその標的を現れたオーガアストレイ一機に切り替えたため、半ば無視される形で放置されたドレットノートにロウ達はようやく接触できたのだ。

『ロウ、あの機体はなんなんだ?お前は知っているようだが』

「ん、まあな……おいおい説明するよ」

 問いかけてくる劾にそう返しつつ、ロウは戦場を見つめる。オーガアストレイが攻撃を掻い潜り何度も突撃し、F・ベルゼビュートとウィンダムは全力で後退しつつ、遠距離攻撃で足を止める──それが繰り返されていた。

 F・ベルゼビュートとウィンダムはとにかく距離を取っての攻撃に徹している。ウィンダムがバラバラにされたのを見て相当警戒しているのか、とにかく逃げてて距離を取り、攻撃する。

 しかしどれだけ攻撃してもその攻撃は当たらない。どんな方向から、どれだけの数がこようと、どれだけ早かろうとも──オーガアストレイはその異常とも言える反応速度で攻撃を斬り伏せ、弾き飛ばす。もしあの刀の間合いに一歩でも踏み込めば……その際の結末は想像に難くない。

 そしてオーガアストレイの方も唯つっこんでいるだけではない。最初は突撃の度に射撃で足を止められそのまま逃げられていたが、突撃を繰り返すうち徐々に、再接近時の距離が縮まってきている。一見単調かつ直線的な動きで唯々正面から突撃を繰り返しているだけのように見えるが、実際は突撃の最中にも攻撃を見切り、AMBACやスラスターでの回避率が上がり始めている。見るだけで神経が磨り減りそうなギリギリの回避を繰り返しながら、オーガアストレイは徐々に近付いているのだ──勝機へと。

 傍目には単純な攻防の様にも見えるが、実質のところはお互いに危ういギリギリの綱渡り……そして、僅かながらペースを掴んでいるのはオーガアストレイの方だ。

(だが、油断は出来ねえ……向こうにはまだなにか隠し玉がある)

 そう、突然機体のエネルギーが奪われ、更に周囲で爆発が起こる原因不明の現象……おそらくあれはF・ベルゼビュートの仕組んだもので間違いない。アレのおかげでこちらはもうボロボロ、もうマトモに戦闘が出来る状態ではない。

 原理も何も分からない何か……これが、魔術というものなのだろうか?

(魔術か、不気味な感じはするけど……やっぱスゲエ!あの機体イジった時も思ったけどスゲエぜ!)

 こんな状況でも、ロウは目の前の新たな『技術』への好奇心を抑える事は出来なかった。







『ええい!ティトゥスアンタ!死に損ないのクセにウロチョロと!』

 F・ベルゼビュートから連射されるレールガンを回避し、間合いを詰めるオーガアストレイ。その剣の間合いに、とうとうF・ベルゼビュートを捉える。

「斬っ!」

 右腕の刀を横から振り払う。真っ赤な法衣に包まれた装甲に触れる寸前、その刃は前面に展開された魔術陣によって止められる。

 だが、その程度の事で手を休めるティトゥスではない。脚部のスラスターを吹かし、宙返りのように体を捻らせながらF・ベルゼビュートの頭上に移動する。

『な、何ィッ!?』

 一瞬の早業を相手が認識する前にトドメを刺さんと、障壁の張られていない方向から斬りかかろうとする。が、途中で振り下ろそうとした刀の軌道を変え、向かってきたビームへ刀身をぶつける様にして弾く。

 連射されるビームと振り向いたF・ベルゼビュートから逃れるように、一度こちらが後退する。視界の隅でライフルを構えたウィンダムが主を守るようにF・ベルゼビュートに近寄る。

(──ティベリウスもだが、彼奴も厄介だな)

 相対して分かったが、あのウィンダムの乗り手は非常に手強い。正確さや反応速度の面ではティベリウスと同等かそれ以上の動きを見せる。一機こそ強襲に近い形で手早く排除出来たものの、残った一機は学習してか中々間合いを掴まさせない。そして絶妙なタイミングでこちらの動きを止め、ティベリウスへの決定打を悉く防いでくる。

(ティベリウスよりも彼奴を先に倒すべきか?しかしティベリウス相手に気を抜くわけにも──)

 どう動くべきか、間合いを図りながらティトゥスは思い悩む。そしてそれは、相手も同様だった。







(なんなのよあの馬鹿みたいに速いMSは!?MM……いや、あんなカスみたいな魔力しか感じない機体如きが、アタシのF・ベルゼビュートと同等の存在な筈が無いわ!)

 アレは呪法兵装どころか遠距離武装一つすら持ってない。持っているのは二本の長刀、たったそれだけ。

 だがそれでも、あの異常な反応速度に隙を見出す事が出来ない。

 レールガンは通じず、接近出来ない以上バッド・トリップ・ワインも使えない。『切り札』は消費が激しい上、正面から当てられるかどうかは微妙だ。となると残るは『スター・ヴァンパイア』だが……

(機体が素早い上、相手があのティトゥスじゃあねえ……読まれる可能性も考慮に入れとかないとマズイわねぇ……)

 再現したはいいが、あれはまだ未完成。鬼械神に装備されたものと比べると機能は完璧ではなく、性能、特に速度面でも相当劣る。いざ使ってみると動きが単調な相手にはともかく、動き回る高速機相手には追いつけないという欠点が露呈した。早急な改良の必要があるのを痛感したが、そこは今は置いておく。

 そして相手がティトゥスなのも問題だ。アンチクロスの中でも特に肉体、感覚共に研ぎ澄まされていたティトゥス相手では、例え迷彩を施していても読まれるのではないかという不安がある。

(とにかく隙を作らなきゃどうしようもないわ……けどどうしましょ~かねぇ、そこの人形は役には立ってるけど 役不足よねえ、いくら──)

 ティベリウスは横のウィンダムに目を向け、そこでふとあることを思い付く。確かにコイツではティトゥスには勝てないだろう。でも何も勝つ必要はないのだ。

 ──そう、『一瞬動きを止めてくれさえすればいい』。

(オーホッホッホッホ、貸してくれたウェスパシアヌスには悪いけど……あのチョンマゲがザマアないくらい驚く顔が目に浮かぶわぁ~ん☆)

 仮面を揺らしニタニタ笑いながら、ティベリウスはある命令をウィンダムへと送った。







「む……?」

 敵の動きの変化に、ティトゥスは怪訝な顔をする。何を思ったかウィンダムがこちらへ果敢にも向かって来たのだ。

 サーベルを抜き斬りかかって来るウィンダム。その腕が振り抜かれる前に、一閃。腕はいとも容易く落ち、返す刀で胴体を斬り裂く。

(分からぬ……無駄な事をするような相手ではなかった筈だ。一体こ奴は何故このようなことをした?)

 ウィンダムのボディが中央から分かれるのを視界の端に留めながら、F・ベルゼビュートに目を向ける。F・ベルゼビュートは微動だにせず、嘲笑するような顔でこちらを眺めている。

 ──その一瞬、視線を外した一瞬こそ、ティベリウスの狙いだった。

「……っ!?」

 背筋に走る悪寒。四方八方からかすかに感じる、こちらに対しての明確な殺意。魔力も気配も感じないが、ただティトゥスの剣士としての感覚が殺意のみを感じ取った。

 だが向かってくる殺意目掛け刀を振るおうとしたオーガアストレイに、真正面から何発かのビームが叩き込まれる。出力はそこまで高くなく胴体や肩の一部にダメージを与えただけだったが、衝撃に機体がのけぞる。

「何っ!?」

 ビームの飛んできた方向、斬られて今にも爆発しそうなウィンダムに目を向け、ティトゥスは驚愕する。

 熔解して吹き飛んだコクピット、その奥に居たのは──腕をビームキャノンに変形させた、灰色の人造魔導兵器──レギオンだった。

 敵意も、殺意も、死への恐怖すらも──一切の感情を感じさせない真紅の一つ目を輝かせながら、レギオンはウィンダムの爆発に呑まれ、消える。

 そしてレギオンの作った一瞬の隙を突き、その姿を隠した殺意はオーガアストレイに殺到する。

「これは……ぐあぁっっ!」

 突然急激に減少する残存電力と、それと連動するように起こる爆発。至近距離の爆発は決して厚いわけではないオーガアストレイの装甲をひしゃげさせ、削っていく。

『オーホッホッホ!流石にレギオンがMSの操縦まで出来るとは思わなかったみたいねぇん☆どう?アタシの『スター・ヴァンパイア』の出来は?エネルギーを吸収し、奪ったエネルギーをそのまま爆発力に変える遠隔機雷、上手く再現できてるでしょ?……一度貪られたら、もう逃げられないわよっ!』

 立て続けに三回、爆発がオーガアストレイを打ち据えると共に、F・ベルゼビュートが迫る。斬り払おうと

した右腕を、再び爆発が襲う。左腕を構えた時には──もう遅い。

 紫電を絡ませ、バッド・トリップ・ワインがオーガアストレイの腹に叩き込まれる。電流が通常の機構を、瘴気が魔術回路を汚染し、各部への魔力供給が止まる。魔術回路によって反応速度を高めているオーガアストレイにとっては、致命的だ。

 電流と魔力が操縦桿まで逆流し、迸る電流がティトゥスの腕を弾き飛ばす。

「グッ……!」

『オラオラどしたどしたぁっ!?さっきまでの威勢は何処に行ったのよ、ええ!?』

 オーガアストレイの機能が低下した事を確信し、ティベリウスは更に数度ナックルガードを叩き付ける。だが吹っ飛んだオーガアストレイを追撃はせず、二機の間合いは再び離れる。

『本当ならもっと甚振りたいところだけど、スター・ヴァンパイアもムダ使い出来ないし、アンタを生かしておくともっとウザい事になりそうだから……動けない内に、跡形も無く吹き飛ばしてあげるわ!』

 フォビドゥン・ベルゼビュートが両腕を掲げると、その両手の間に圧縮された球状の瘴気が生まれる。徐々にその瘴気は大きさを増してゆき──



 ──死にたくない。



「……っ!」

 呟きのような、小さな声。聞き間違いとも取れるようなかすれた声は徐々に大きさと数を増やし……やがて何百、何千もの悲嘆と嗚咽と……生者への呪いの叫びを響かせていく。



 ──痛い。怖い。寒い。暑い。苦しい。助けて──死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ね死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ね死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ね死にたくない死にたくない死ね死にたくない死にたくない死にたくない死ね死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ね死ね死にたくない死にたくない死ね死にたくない死ね死ね死ね死にたくない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……皆死ねっっっ!









「これは……怨霊!」

『オーホッホッホッホ!ティトゥスちゃんはよく知ってるわよねえ?そう、これぞベルゼビュート最大の呪法兵装、『怨霊呪弾』!アタシが殺し、アタシを恨んで死んでいったクズ共の成れの果て!

 死人使いは殺せば殺すほど……恨まれれば恨まれるほどに強くなるっっ!ギャハハハハハハハハ!』

 瘴気は更に呪弾に圧縮され、更に過剰分が黒風となって周囲に拡散していく。打ち付ける瘴気がアストレイオーガの装甲を徐々に侵食し、腐らせていく。



 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね痛い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね怖い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね助けて死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死助けてね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね──



 怨霊の声は苦しみを訴える声と共に、新たな死者を誘う声も上げる。自分だけが死んでいるのは許せないとでもいうのか、生きている者を呪うように、ティトゥスに怨嗟と憤怒に満ち溢れた叫びを投げかける。

『ホンットこの世界の人間は妬みや憎悪の感情が強くていいわねぇ☆。おかげで怨霊呪弾の威力もウナギ上りよぉん♪』

『ぐっ……あああああああ……ぐああああああああああああっっっ!』

 今のティトゥスですらはっきりと感じられるほどの瘴気と呪詛は、ついに彼の精神にまでその牙を伸ばす。瘴気が肉体の生気を奪い、呪詛の言葉が心をズタズタに切り裂いていく。

「あああああああああああああああああああああっっっ!」



 ──おとーさん……おかーさ……



「──っ!」

 呪詛の声に混じって、その声は聞こえた。

 子供の声。年端も行かぬ子供の声だ。死よりも、いや死ということを理解するまで生きる事無く親を求め、その願いは決して敵わない哀れな捕らわれ人。

 声は一つではない。膨大な呪詛の中に紛れてかすかにしか聞こえないが、似たような力無き声は、罪無き者の嘆きは幾度も、幾つも聞こえてくる。

「──ティベリウス、貴様という奴は──!」

『オーホホホホホ!さあ、これで終わりよ!アンタも腐りきって、亡者共の一部になりなさぁいっっっ!』

 嘲りと喜色に満ちた声を上げ、F・ベルゼビュートの手から怨霊呪弾が解き放たれる。黒風を纏った怨念と瘴気の塊が、オーガアストレイへと一直線に飛んでくる。

 ティベリウスは勝利を確信しているのだろう。狂ったように笑いながら、この後残りの戦力やアメノミハシラをどう甚振るかでも考えているのだろう。実際問題、もやはティトゥスに打つ手は無いように思える。

 ──どうする?

 ティトゥス自身不思議な感覚だった。何時の間にか瘴気と呪詛による苦しみは無くなり──いや、感じてはいるのだが強制的に遮断していた。死その物とも言える攻撃が目の前に迫っていると言うのに、やけに落ち着いていられる。思考は至って明瞭、まるで憑き物が落ちたかのように一切の躊躇も、迷いもない。

 そして、頭はそれだけの冷静さを保っていながら──ティトゥスの心は、これまでにないほどの熱く、

熱く燃え上がっていた。

 ──このような邪悪を許して良いのか──

 操縦桿を握る。魔力が回路を伝わるのと同時に、回路を汚染する瘴気が伝達を遮るのも感じる。

 ──人の命を弄び、苦しめるこの外道を見過ごして良いのか──

 怨霊呪弾が距離を狭めて来る。ティトゥスの目には、それがやけにスローに感じられた。

 ──そのような下衆を滅せられぬまま、こんな所で無様に倒れて良いのか──

「──否」

 呟く。オーガアストレイも屍食教典儀も、未だに沈黙を守ったまま──



「断じて……否っっっ!」



【──Yes my lord──】



 瞬間、背後の『屍食教典儀』が内蔵された装置が激しく煙を上げ始める。同時にティトゥスから操縦桿へと、残っている魔力が根こそぎ流されていく。

 汚染された魔術回路に突然想定以上の魔力が流れ出し──魔力の激流が、強制的に瘴気を外へと押し流す。魔力の流れを取り戻したオーガアストレイが腕を掲げ、両刀を前面でクロスさせる。

『んなっ!?で、でも今更自由を取り戻したところで!』

 ティベリウスの言葉通り、怨霊呪弾は既に眼前へと迫っている。既に回避出来る距離ではない。

 ──だが、それがなんだというのだ?

 感覚を研ぎ澄ませる。呪詛と悲嘆を叫び続ける怨霊に包まれた瘴気の砲弾──その術式の奥、更に奥へと感覚を潜らせる。深く感覚を沈めていく度、力と数を増やす呪いの声はティトゥスの意思を死へと誘う。だがティトゥスはその誘惑に耐える。時折聞こえる弱弱しい声がティトゥスの思考をより冷たく冷静に、心をより熱く燃え滾らせる。

 ──そして、見つけた。呪弾の中心部、怨霊と瘴気、その全てを繋ぎ止める高度な術式によって構成された極々小さな瘴気の塊を!

「ぬおおおおおおおおおおおおっっっ!」

 躊躇する事無く、×時に構えた刀を振り下ろす。刀とぶつかった呪弾の表面から怨霊と瘴気が弾け、オーガアストレイの装甲を更に腐食させる。それは刀身も同様で、内部に進むたびその刃はゆっくり、しかし確実に毀れていく。



 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねママ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね怖い死ね死ね

死ね死とうさんね死ね助けて死ね死ね死ね死ね死ねかあさん死ね死ね死ね死助けてね死ねパパ死ね死ね死ね

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死にたくない死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね──お前も死ねっ!



「死ねぬ……拙者はまだ、死ねぬのだ!おおああああああああああああ!」







【──I'm my lord's blade──】(──私は我が主君の刃──)



 屍食教典儀が組み込まれた装置が輝き、魔力の流れが一時的に両腕部へと集中する。魔力は腕を伝い──ウェストとロウに『斬鬼刀』という名を与えられた二振りの長刀へと流れ込む。



【──There are all of me──】(──私の全ては──)



 魔力の輝きを与えられた二本の長刀は、その刃で怨霊と瘴気を斬り裂き──



【──for my lord──】(──主さまの為に!──)



 ──呪弾の中心を、断ち切った。







 全体を構成していた術式を断ち切られ、怨霊呪弾を形作っていた瘴気と怨霊は霧散するように掻き消える。

『そ、そんな……嘘よっ!こんな、こんな事あるはずが……っ!』

 ティベリウスの驚愕の声を聞きながら、ティトゥスはボロボロに腐蝕したオーガアストレイをF・ベルゼビュートに向ける。外装はともかく、まだ内部の回路はやられていない……刀も相当刃毀れを起こしているが、斬れない事はない筈だ。

 くすんだガラスカバーの奥の紅い眼がF・ベルゼビュートを見据えた直後、巨体は敵目掛け一直線に駆け抜ける。

『ヒッ……!』

 動転していたティベリウスには、魔術陣を展開する余裕すらなかった。袈裟切りが頭部ユニットごとボディを斬り裂く……が、無意識に後ろに下がったのか、その傷は決して深くはない。

『ヒィィィィィィィッ!く、来るなぁ!ア、アタ、アタシに近付くなぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!』

「最後は潔く散れ、下郎!」

 オーガアストレイが刀を上段に構える。ティベリウスもようやく障壁を展開しようとするが、遅い。瞬きする間すらなく、その刀は振り下ろされる──



 ──その筈だったが、何故か突然刃はその速度を低下させ、展開された障壁にカツンとぶつかった。

「『なっ……』」

 ティトゥスとティベリウス、驚愕の声が重なる。どこか気の抜けたアラームと共にオーガアストレイのモニターにディスプレイが現れ、文が流れる。



【──System error. Main system is shifted to the normal mode──】







「ば、バカなァァァァァ!?この大!天!才!ドクターウェストの作品が!この、このタイミングで故障だとおおおおお!?」

「ハァ……別に不思議じゃないロボ。所詮、博士の造ったものロボね」

「エェルザァァァァァァァァァァ!?」







『ふ……巫山戯てんじゃねえぞこのゴミがあああああああああああああああ!』

 F・ベルゼビュートが動きの鈍ったオーガアストレイを殴りつける。腐食の進んでいた装甲をボロボロと落としながら、オーガアストレイが吹き飛ばされる。

『どこまでも……どこまでも人をコケにしくさってぇ!今度こそ骨まで腐らせて蛆共の生贄にしてやらぁ!』

 再びF・ベルゼビュートの腕に瘴気が集まり出す。先ほどのオーガアストレイの一撃で出来た傷も、ゆっくりとではあるが再生を初め……

「腐れ!呪え!憎め!そして死ぃ……っ!?」

 フッと、集まってきていた瘴気が霧散する。傷の再生も、何故か止まっている。ティトゥスが怪訝に思った直後……

『ア、ガ、アガガガガガガガガガガガッッ!?アタ、アタ、アタシの、ベルゼビュートの身体ガァァァァ!』

 突然、F・ベルゼビュートの全身の像がぼやけだした……否、正確にはその外装が実際に崩れ始めている!紅いローブは大半が粒子となって消え、その下の装甲も粒子化と実体化を交互に繰り返す。

 ──まるで、召喚された時の皇餓のように。

『チィィィィィィ!アタシとしたことが、調子に乗って魔力をムダに……頼りにならないわねこのポンコツ!』

 喚き散らすティベリウスを他所に、ティトゥスはまだ状況を飲み込めない。そしてティベリウスは悔しげに、だが憎悪に満ちた声でティトゥスに言い放った。

『仕方ないけど、今回は退いてあげるわ……でも覚えときなさいティトゥスちゃぁん……アンタは絶対に、このアタシがズタボロのグチャグチャにしてあげる!タダじゃあ殺さない、生きながら蟲共の餌にした後、死んでも永遠に苦しみ続けるような地獄に叩き落してやるわ!』

 捨て台詞をはき捨てた直後、F・ベルゼビュートは振り向きブースターを噴かせて去っていく。

「……ハァ……ハァ……ええい!」

 『何とか助かった』事と『ティベリウスを逃した』事を認識し、ティトゥスが安堵と後悔を同時に感じたのは、数分経った後だった。







「……なんとか、危機は去ったか」

 後方で待機していた敵の母艦が去っていったのを確認し、ミナは司令官席の背もたれに深く身体を預けた。

「……あれが魔術、か……恐ろしいな」

「あの程度は序の口なのである。本来ならあ奴等一人一人が鬼械神を使役しているのであるからな。

 そしてそれが六、いや七人」

「『ユニウスの魔神』が七体か……想像も出来んな」

 ウェストの言葉にミナは溜息を付き、額を押さえる……魔術。改めてその力に戦慄を覚える。

 死者を操る術、MSを瞬く間に腐らせる力、そして『魔神』──どれか一つでも十分に恐怖を掻き立てる。そしてそれすら、強大でおぞましい魔術の一端に過ぎないのだ。

(だが抗う事を諦めるわけにはいかん。ナチュラルもコーディネイターも関係なく、人として……人間として、未来を勝ち取る為に……)

 それに、今この時に希望がないわけではない……かつて魔道を歩み、魔道を知り……魔道を捨て、魔道に抗う『刃』と『知』は今、此処に在る。

「とりあえず、今は……」

 いつもの不敵な笑みを取り戻し、ミナは席を立った。

「今日のヒーローの出迎えをしなけらばならんな」







「やってくれたねティトゥスの旦那!くぅ~、よくもまあ此処までコイツをボロボロにしてくれたぜ!」

 ほうほうの体で格納庫に戻ったティトゥスは、熱烈な歓迎を受けていた。

 ロウは自分の手にかけた機体をボロボロにされた腹いせかティトゥスの背をバンバン叩いたが、その顔は笑っていた。劾とイライジャからは握手を求められ、カナードはティトゥスを見てフンと不機嫌そうに顔を背けたが、「助かった」と一言言ってその場から去っていった。それ以外にも先ほど助けたジャンク屋の面々や、ミハシラの兵や技術者達からも温かい言葉がかけられた。

「ご苦労だったな、ティトゥス」

 ようやくミナが現れ、ティトゥスの前に立つ。ミナが手を差し出したのを見て、ティトゥスや他の面々も目を丸くした。

「よくやってくれた。貴公のおかげでこのアメノミハシラは救われた。主として礼を言わせてくれ」

「礼を言わねばならぬのは此方だ。貴殿の計らいのおかげで拙者は新たな軍馬を得ることが出来た。感謝する、サハク殿」

 握手を交わす。周囲から盛大な拍手が上がり……その音を大音量のギターが遮った。

「おおティトゥスよ、よくぞ戻った!待ちわびたのであ~る!」

「お帰りなさいロボ~!」

 ■■■■とティトゥスの間に一瞬で空間が広がる。アメノミハシラでのウェストへの評価は「関わるな」の一言で全て片付けられていた。

「ウェスト、丁度良い。ちと御主に言っておきたい事があってな」

「ん~?拙者への礼であるか?意外と謙虚ではないか、では聞こう!さあ我輩に惜しみない賞賛を!」

「確かに感謝の念が無いわけではないのだが、な……」

 ゆっくりゆっくり、ティトゥスはウェストへ近寄っていく。大方の予想が付いているエルザはウェストからそっと離れ……

「目を……もとい歯を食い縛れぇっ!」

「ペコポンポコペンダァレガツツイターーーーーーーッ!?」

 食い縛る暇もなく、神速の右ストレートがウェストの左頬に叩き込まれた。







「~♪~~♪」

 アメノミハシラに平穏が戻った丁度その頃、セトナはアメノミハシラ下層部──未だ無事の遺体やゾンビの残骸が氾濫しているブロックで歌っていた。

 まるでステージ上で踊る女優のようにポーズを取りながら、彼女はお気に入りの平和の謳を歌う。

 やがて飽きたのか、ようやく彼女は歌い終わるとその場から歩き出す。ブロックの出入り口で首を僅かに傾け、ブロックを一瞥する。

「まったく、ウェスパシアヌスさんの所のお犬さんは躾がなってないですね。『ボク』に喧嘩を売ってくるなんて、身の程知らずもいいトコですよ~?」

 そう言ってセトナはスキップでブロックを後にする。その場に残っているのは死体とゾンビの残骸、そして何かに引き千切られたかのようにボロボロに破壊された、侵入した『四体』のレギオンの内一機だけだった──







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