Fortune×Destiny_第01話

Last-modified: 2008-01-08 (火) 09:59:18

彼が目を覚ますと、物置のように見える部屋にいるようだった。どうやら仰向けになっているらしい。
頭が酷く痛む。どこかぶつけたわけでもない。だが、脳内の血管が締め付けられるようだ。
「……英雄とは…………ましてなろうと思ってなれるわけでもない……。」
下から声が聞こえる。十代の少年のようだが、妙に落ち着いている。
「くうっ……とにかく動いてみないと……ってうわっ!」
彼は気付いていなかった。彼がいたのは天井に近い物置台の上だったのだ。起き上がったはずみで床へと落ちていく。
だが、固い床に叩きつけられずにすんだ。何故なら、誰かを下敷きにしていたからだ。
「あーいてっ、なんだぁ? 何が落っこちてきて……って人間?」
軽口を叩きながら立ち上がったその青年は、浅黒い肌とすらりとした長身を持っており、それでいて無駄のない筋肉を身に纏っている。
「なんだなんだ? 何が起きたんだロニ?」
ハリネズミのような金色の癖毛を持つ少年が自分を見下ろしている。好奇心をその小柄な体に収めきれない、といった体(てい)だ。
「あ……。その、すまない。ところでここは一体どこなんだ?どうして俺はここにいる……?」
彼は気付く由もなかった。自分が今いる世界が、かつて自分が経験した世界ではないことに。
この邂逅が、この世界を揺るがすことになる。

 
 
 
 

1 エスケープ

 

「で、ここがどこだかわからなくて、どうやってここに来たのかもさっぱり、と。また厄介な。尤も、同じような人間は目の前にいるけどな。」
色黒の青年、ロニ・デュナミスは自分の上に落下してきた赤い瞳を持つ少年、シン・アスカの話を聞くなり言い放った。
どうやってこの物置を改装した地下牢に入ったかわからない人物は、もう一人いたからだ。
「そうそう、ジューダスだっておんなじなんだからさ。気にすることはないって!」
ジューダスとはシンの目の前にいる、紫の炎をイメージした模様が描かれている黒衣の少年のことだ。自分とほとんど歳は変わるまい。だが、一貫として落ち着いている。それ以上に目を引くのはその仮面だ。竜族の頭骨を軽量化と視界確保のために削ったものを被っている。ただ、その立ち居振る舞いと隙間から覗く端正な顔立ちから、育ちのよさがうかがい知れた。少なくとも、他の二人よりは。
「お前……どうしてこう、いつもいつも脳天気なんだよ、全く。お前には先行きの不安とかこう、シリアスさはないのか!?」
ロニは金色のハリネズミの頭を押さえつけ、わしわしと髪の毛を引っ掻き回している。
「そんなこと言ったってさ。それよりここから脱出しないと! あの子に追いつけなくなっちゃうよ!」
このハリネズミの名はカイル・デュナミスという。ロニと同じデュナミスという姓を名乗っているが、どう見ても兄弟には見えない。
何か込み入った事情があるのだろうと、その話を後回しにすることにした。
「それで、シン。何か武器は持っていないのか? 話を聞く限り、元々は軍人だという話だからな。」
シンは現在赤い制服を着込んでいる。カイルたちがコスプレをしているようにも思えないから、服装から考えて中世に近い世界状況だろう。この派手な色さえ無視すれば、いや、自分の存在をアピールする軍人もいたようだから自然なのかもしれないが、少なくとも服の形式上は軍服に見えないこともない。
ジューダスに言われたシンは懐に収まっているはずの拳銃を取り出そうとした。
「あ、ああ。ちょっとした鍵だけだから、多分俺が持ってる拳銃なら鍵を撃ち壊せば……あれ?」
「どうした?」
「拳銃がなくなっている……ナイフだけならあるけど。」
代わりに懐から取り出したのは折りたたみ式のナイフだ。
この牢屋のなかに鍵穴はない。ナイフで鍵を開けようとするのなら、鍵穴にナイフを刺し込み、ピッキングの要領で開けるより方法はない。
「参ったな。とにかく、ここがどこか把握するためには脱出しなきゃいけないのに。よりによって拳銃をなくすなんて。」
「頼みの綱も駄目か。あーあ、やれやれだ。」
シンとロニが嘆いていると、ジューダスが鍵のかかった扉の前に立った。
「……どいていろ。」
ジューダスは背に隠し持った剣を抜き放ち、瞬時に扉を両断した。両断された扉は静かな音を立てて外側へと倒れた。シンはジューダスをまじまじと見た。そんな力をどこに隠し持っているのかと思いたくなる。
「いくぞ。」
黒衣の少年のその声で、呆然とした頭を現実に引き戻した。いつ見張りが戻ってくるのかわからないのだ。油断できない。
牢の入り口すぐ横にカイルとロニの武器が立てかけてあった。カイルは剣を背負い、ロニは槍と斧の複合兵器、ハルバードを手にした。この武器は二人によく似合う、とシンは思った。

 
 

「駄目だ、見張りがいる。このままじゃ出られないよ。」
「別の道はないのか? 強行突破するか?」
「危険すぎる。余計な戦いは避けた方がいいんじゃないか?」
カイル、ロニ、シンが額を集めて悩んでいると、一人離れていたジューダスがただの壁にしか見えない場所に立っていた。
「こっちだ。」
「こっちだ……って、ただの壁じゃねえか。こんなところに何があるんだ?」
「……見ていろ。」
ジューダスは懐から指輪を取り出した。何か円盤状の結晶体を嵌め込み、ある一点を狙って光線を発射した。途端に、そのすぐ近くの壁が崩落し、通路が姿を現した。
「隠し通路? こんなのがあったのか。よくこんなの見つけられたな、ジューダスさんよ。」
「これしきのものを見つけられないほうがおかしい。ここから地下水路を通って脱出できる。逃げ出したかったらさっさと付いて来い。」
ジューダスはマントを翻し、そのまま先へと進んでいった。慌てて三人も続く。こんな湿っぽいところには長居したくはない。
「なあ、ジューダス。今のリングは何だ? あれで壁を破壊したわけじゃなさそうだけど。」
シンの問いかけに、歩きにくいはずの水路を難なく進むジューダスは先程のリングを取り出し、そしてシンに投げ渡した。
「ああ、これか。これはソーサラーリングという道具だ。過去にオベロン社が開発したもので、レンズを1枚消費する代わりに衝撃を与える熱線を放つことができる。」
オベロン社だのレンズだのと言われても、シンにはわかるはずもない。今は話で時間を浪費できないのだから、時間のかかりそうにないレンズに関して聞こうと思った。
「あー……レンズって何? 俺にはわからないんだ……。」
「レンズってのはこいつだよ。」
ロニが皮袋から取り出したそれは、正しく「レンズ」と呼ぶべき形状をしていた。直径2センチほどの円盤で、表面は緩やかに盛り上がっている。
「こいつにはエネルギーが蓄積されててな。こいつのエネルギーを引き出して術を使うこともできるわけだ。」
完全に剣と魔法の世界に迷い込んだらしい、とシンは思った。
しかし、どうにか元の世界に戻るためには脱出して方法を考えなければならない。
嫌でもここから脱出し、この世界のやり方を覚えて生き残らなくてはならない。
「でも、そんな都合のいいもの、そこらに落ちてるわけがないよな?」
「そうでもないよ? ほら、来た!」
カイルの声にあわせるかのように、水中からモンスターが出現する。
「モンスター? まるでゲームじゃないか!」
シンはナイフを構え、目前に迫った巨大化した魚のようなモンスターの脳天にナイフを突き立てた。弱いモンスターだったのか、そのままそのモンスターは絶命し、彼がつけた傷口から何やら結晶体が吐き出された。レンズだ。
「生物がレンズを取り込むとモンスターになっちまう。人間だって同じだぜ? 晶術……ってまあ……。」
ロニはシンが斃したモンスターが吐き出したレンズを拾いながら言葉を続けた。
「そいつはレンズで使える術のことだが、それが使える人間も化けもんみたいなもんだな。俺たちとかな。」

 
 

頭が痛くなってきた。
完全にゲームの世界に入ってしまっているように思えた。こんなことで脱出できるのかわからない。
しかも。
「よおっし、ここの水路のモンスターもなんとかなりそうだ。ロニ、これならあの子に追いつけるかな?」
「このバカカイル。俺たちは完全に足止めを食ってるんだぞ!? そんなわけがあるか。」
「もう少し静かにしてくれないか。お前達の馬鹿な話を聞いていると頭が痛くなる。黙っていてくれ。」
これである。なんともまとまりのない面々だ。
ただでさえ困難な脱出だというのに、さらに面倒になってくる。
苛々が募ったのか、つい言ってはならないことを口にしてしまった。
「あの子に追いつくとか何とか言ってるけどさ……事情がよくわからないんだけど、それってストーカー行為じゃないのか?」
カイルが凍りついたように見えた。その場で固まり、目が虚ろになっている。
「あ、あのー、カイル・デュナミスさん……?」
「ほら、言わんこっちゃない。絶対そう言われるって思ったんだよ、全く。……っておーい、カイル?」
カイルは頭を激しく振り、シンに顔を向けた。
「そっ……そんなことあるもんか! あの子は英雄を探している。俺は英雄を目指してる。これって運命だと思わないか? なあ、なあ!?」
あまりの勢いに、シンは吹き飛ばされそうな気がした。最早頭を縦に振るより他はない。そんな気分にさせられたものである。
「そっちは片が付いたのか? いくぞ。」
ジューダスが自らの感情を封印したかのような声で促す。もたもたしていると気付かれて追っ手が来るだろう。
シンは再び前進を始めようと足を上げた。と、またも水飛沫だ。魚型のモンスターが躍りかかる。
「ってまたモンスターか? いい加減にしてくれ!」
先程斃したモンスターから得られたレンズをソーサラーリングに嵌め込み、モンスターに狙いをつけて発射する。
「どうだ?」
撃たれたモンスターはもんどりうって倒れたが、再び起き上がって牙を剥いて突撃してくる。
「チッ、面倒な。シャドウエッジ!」
ジューダスが何やら唱えて剣の切っ先をモンスターに向けた。その瞬間、闇の刃がモンスターの頭上に現れ、串刺しにした。
さすがにこの攻撃には耐えられなかったらしく、レンズを排出して絶命した。
「これが晶術だ。お前にできるかどうかはわからんが、ここから脱出してから試すといい。今練習するなよ、足手纏いになるだけだ。」
ジューダスの言葉にむっとしたが、それが正しいことに気付いていた。確かに練習をこの場でしたところで邪魔になるだけだ。とはいえ、負けず嫌いの性格ゆえに試したくなる。シンはレンズを握り締め、ジューダスの真似をして詠唱してみた。
「ええい、シャドウエッジ!」
さすがのジューダスも目を剥いた。彼の目の前に闇の刃が出現したからだ。
「……できた……。」
「ほう、足手纏いにはならないらしい。シャドウエッジだけできるなどとは言わないでほしいものだな。」
通常、晶術を使える者は4種類の属性を持つ。カイルならば風、火、光、地の4種、ロニならば光、闇、地、水だ。また、それとは別に回復晶術が存在し、この場ではロニが使えるだけだ。回復は破壊以上に難しいものなのだから、使える者が少ないのは当然だろう。
「俺は今の今まで晶術の存在なんか知らなかったんだ。今のは見よう見まねでたまたまできただけで……ん?」
彼は左手首の違和感に気付いた。腕時計ではなく、ブレスレットのようなものが巻きついている。腕時計の時計盤にあたる部分には、レンズのような形をした銀白色の結晶が嵌め込まれており、何やら神秘的な輝きが宿っているようだ。
「何だこれ? こんなの持ってたっけ?」
「あれ? あの子が持ってたペンダントにそっくりだ! シン、それ拾ったの?」
カイルの言葉にジューダスが振り向き、一瞬シンの手首に巻かれたそれを見たようだったが、すぐに彼は進行方向に向いてしまった。
「いや、気付いたら手首に巻きついてた。もし本人に会って、それで本人のものだとはっきりしたら渡すよ。」
彼はそのままにしておくことにした。もしかしたら、これが元の世界に帰る鍵になるかもしれない。
そう思ったからだ。

 
 

モンスターの妨害もなんとか切り抜け、粘着質が絡んだ部屋もカイルがフレイムドライブを乱射して焼き払ったため、あっさり通れた。
「謎解きも何もないな。力任せとはよく言ったものだ。」
と二人ほど呆れていたが。
しかし、呆れていても足元の水に変化があることくらいは気づく。何かが蠢いている。
「皆、何かいるぞ!」
シンの声に呼応するかのように水面が盛り上がった。
黒く長い水蛇のような姿のモンスターがこちらを睨んでいる。ヴァサーゴだ。
「時間の無駄だ、さっさと決めるぞ!」
ジューダスが背に隠した剣を抜き払い、さらに左手に短剣を持って斬りかかる。
だが、ヴァサーゴの鱗が固いのか浅いダメージしか与えられない。
逆に長い尾でジューダスとロニを叩きのめした。二人が宙を舞い、水飛沫が上がる。
「チッ、シン、晶術を使え。最悪ソーサラーリングで直接攻撃してもいい。」
「言われなくたって! シャドウエッジ!」
シンのシャドウエッジが炸裂し、ヴァサーゴの体が揺らぐ。そこを狙ってカイルが剣を振るう。
「はっ! 散葉塵!」
斬りかかり、さらに素早く三連撃を加えてヴァサーゴをのけぞらせる。
だが、ヴァサーゴもやられてばかりではない。口を開き、晶術を発動させた。
高速回転する水の弾丸がシンに命中した。アクアスパイクだ。
骨こそ折れなかったが、衝撃は大きい。彼の体はもんどりうって水面に叩きつけられた。
「くっ……これでも食らえ!」
ソーサラーリングを構え、ヴァサーゴの下顎に命中させた。
衝撃を与える道具だけに、弱点を打たれたヴァサーゴの体勢が崩れる。
「よし、後は俺に任せろ! いくぜ、双打鐘!」
ロニの裏拳がソーサラーリングで打ちのめしたヴァサーゴの下顎に炸裂し、さらに切り払う。
この攻撃に耐えられず、ついにヴァサーゴは水面下に沈んだ。
「ふう、そんなに強いモンスターじゃなかったから助かったあ。これで外に出られるんだよね?」
これで強くないというのだから、これからどんな危険が待っているのかと思うと身震いがした。
しかし、こんなことで挫けてはいられない。戻らなければならないのだ。
自分を待つ、あの強気な少女が脳裏に浮かぶ。
「いろいろと学ばなきゃならないらしいな。しかし聞く相手がこれか……。」
彼の視線の先にはカイルとロニが映っている。正直なところ、彼らの行いには頭痛がする。
「悪い連中じゃないんだけどな……。」
あれこれ考えているとジューダスがどこかへ行ってしまった。
どうやら脱出の手伝いだけをしただけのことらしい。
「もう日が傾いてる。早いとこ孤児院に戻らないとルーティさんが怒るぜ。」
「母さんに黙って出てきちゃったからなあ、絶対怒ってるって。でも、旅に出ることは伝えなきゃいけないし。」
「俺が代わりに言っておこうか?」
「いや、こういうのは自分で言わなきゃ。そうでないと意味ないもんね。」
ふざけているように見えて、実は責任というものをよく知っている、とシンは思った。
先程の評価を訂正しなければなるまい。
「なあ、シン。お前、これからどうするんだ? 行く当てもなさそうだし、俺たちの孤児院に来るか?」
彼は間髪いれずに答えた。
「ありがとう。そうさせてくれると嬉しい。それから、何か手伝えることがあるなら、俺に手伝わせてほしい。」
「ほんとに?」
カイルの期待に輝く瞳を見て、まさかと想像したが、そのまま続けることにした。
「ああ、この世界のことを知らなきゃいけなくなったんだ。できれば見知った人間と一緒の方が心強いしね。」
「じゃ、一緒に来てくれるかい? シンは晶術も使えるみたいだし、それにあの子のペンダントに似てるもの持ってるし。」
ああ、やはり、とシンは思った。いよいよゲームの流れそのものだ。
「くぅぅぅっ、ねえ、ロニ。やっぱりこれって運命だよな? 俺が英雄になるためのさ。」
どうして英雄になりたがっているのか、全くわからない。
シンは英雄に近い立場に祭り上げられたことがあるが、それほどいいものではないのだ。
だが、その手伝いをしたくないとは思わなかった。カイルには好感が持てる雰囲気がある。
「英雄になる手伝いをすることが、世界を知ることになるのかな……。」
シンは水路から海岸に出た。
この一歩が歴史を巻き込む冒険の始まりであることなど、今の彼には想像できることではなかった。

 
 
 
 

TIPS

 

称号
  赤い瞳を持つ少年
   血を思わせる瞳を持つ少年。その瞳に宿るのは怒りかそれとも……。
    NO ABLITY

 

  激情家
   激しやすい性格。周りが見えなくなることがあるので注意が必要。
    攻撃+0.5 命中-1.0

 

  異世界の住人
   まさに右も左もわからない。究極の迷子。
    防御+0.5 SP回復-1.5