Fortune×Destiny_第27話

Last-modified: 2007-12-12 (水) 10:03:49

27 賽は投げられた

 

アトワイトとクレメンテが捕らえられているのはダイクロフトの一室だ。
そこまで行くためには飛行可能なほどの推進力を持つ強襲揚陸艇が必要となる。
そのため、それを可能な限り早く製作しなくてはならない。
「とはいえ……いくらか出来上がってるものを改造するだけでも、たった二人だけじゃ疲れるって……。」
地上軍拠点開発室の時計は午後8時を回っていた。
明日には作戦が発令されるはずなので、あと4時間で仕上げたほうがいい。
休憩するのも軍人の仕事なのだ。だが、目の前の狂科学者はどこ吹く風だ。
「シン、そこのバルブとって。後、そっちの緩衝材とスタビライザーも。」
これである。しかし、彼は正確かつ的確に目的のものをハロルドに渡す。
「ほんとに優秀ねえ。あんたのこと、気に入ったわ。」
「あははは……便利な奴隷だよな、ほんと。」
ハロルドは彼のブロックワードを使用することにした。口答えは許さないらしい。
「裁きのとき来たれり……。」
「あー! いやー!」
シンから反抗する意思が失われたことを確認した彼女は、さらなる指示を出した。
「それじゃ、次はレンズジェネレーター……そこの丸い窪みがあるやつよ。それ取って。」
彼は少々涙目になりながら、一抱えはある動力炉を担いだ。
「う、重い……。」
「しばらく持っといてねー。ちょっとネジで固定するから。」
このジェネレーターは非常に重い。一応両手で抱えられるくらいの大きさなのだが、重量そのものは100kgをオーバーしている。
シンがソード形態をとらなければ、押し潰されはしないが腰は抜けるだろう。
戦わない分には形態変更もまたよし、である。
しかし、そのせいでこのような仕事をさせられることになるのだが。
「ぐえ……。」
「あと3本締めるだけだから。大丈夫よ、あんたはそれくらいで死にはしないわ。」
「重いものは重いんです……急いでもらえると嬉しい……。」
「急いだら不備があるかもしれないしー。あたしに手抜きしろって言うわけ?」
「手抜きにならない範囲で急いでください、お願いします……。」
これがハロルド・ベルセリオスか、とシンは溜息を吐いた。当のハロルドは鼻歌交じりでドライバーを使ってネジを締めている。
「後はそこの装甲板。それを固定したらオッケーよ。ネジで留めちゃうから。」
「……空気抵抗発生しない?」
「ちょっとだけランダムな動きした方が楽しいじゃない、ぎゅふ、ぎゅふふふふふ。」
どうやら「面白いかそうでないか」が判断基準らしい。
この分ではソーディアンやイクシフォスラーのとんでもない性能も「面白そう」だから作ったのかもしれない。
シンはそう思ったが、今は強襲揚陸艇を完成させるのが先だ。ドライバーを手にし、一緒になって装甲板を留めていく。
「作戦内容がどうなってるのか知らないけど、どう考えてもこの揚陸艇で地上に戻るのは無理だよなあ。」
「そうよ。兄貴たちは多分これを使い捨てにして、ダイクロフトの脱出ポッドで戻るつもりよ。
 こんな急拵えだもん、どう考えたってダイクロフトに乗り込んだところで破損するわ。」
ハロルドはただの狂科学者ではない。状況を把握し、必要な条件のマシンを製作できる。
大抵のマッドサイエンティストは自分の思い通りのものしか作らない。
しかし、どうやらハロルドは違うらしい。
シンは先ほどの「面白そうだけで物を作っている」という評価を訂正した。
「これで完成みたいね。そこに仮眠ベッドがあるからあんたはそこで寝ときなさい。」
「その間に俺の解剖をする気か?」
「んー、そうよ。問題ある?」
「あるよ。ハロルドだってどうせ明日の作戦でダイクロフトに行くんだろ。攪乱部隊とかでさ。まともに機械操作できる人間はハロルドだけなんだから、休んどかないと。」
ハロルドは嫌な笑みを浮かべながらシンを見た。
「な、何だよ。」
「あんた、兄貴に何か言われた?」
「うぐ……。」
やれやれ、とハロルドは呆れた表情で言う。
「全く、兄貴も心配性ねえ。あたしはあたしで何とかやってけるって言ってるのに。
 心配性のシスコンなんだから。」
シンにはカーレルが他人のことのようには思えなかった。自分もまさに心配性のシスコンだったのだから。
初めてのお遣いを頼まれたマユの後ろをこっそりつけていき、状況を確認しながら両親に携帯電話で報告していたこともある。
カーレルの頼みを聞くことにしたのも、同じように妹を持っていた兄としての気持ちを察したからだ。
「まあ、いいわ。あんたの気遣いは受け取っとく。あたしは最終チェックしてから寝るから。おやすみー。」
ハロルドは再び強襲揚陸艇に取り付き、あちこちを見て回っている。
それを見たシンは一つ欠伸をし、仮眠用ベッドに横たわった。

 
 

翌日、7人はソーディアンチームと共に強襲揚陸艇でダイクロフトへと向かうことになった。
ソーディアンチームのメンバーは監禁されているベルクラント開発チーム、アトワイトとクレメンテの両名の救出が担当である。
一方のハロルド率いる工兵隊はダイクロフト内部の警戒を自分たちに向ける遊撃部隊となる。
さらに、脱出時にベルクラントの機能を一時的に停止させる必要がある。
裏方の仕事とはいえ、表舞台の任務よりもハードなのだ。油断は出来ない。
「さてと、行くとするか。地上軍に入って初めての任務だ。頑張らないとな。」
しっかり睡眠をとったシンは朝食を頬張り、適当に体を動かして暖めると強襲揚陸艇に乗り込み、機器の調整をする。
「あんた、いい手つきね。」
「こういうのは得意なんだ。製作よりも操作する側だから、俺は。」
「ふーん、んじゃそれのパイロットはあんたに任せるわ。そこのレバーがアクセル、そのハンドルが方向調整。後は適当に覚えて。」
ハロルドも大雑把だ。しかし、シンは計器が何を意味するものなのかはすぐに理解できた。
さらに、スイッチを入れていない状態で操作して、レバーやハンドルがどの程度の重みがあるのかを確かめた。
「うん、何とかなりそうだな。」
「あんたの機械の知識、ただ事じゃないわねー。どこで身に付けたわけ?」
「俺は異世界の人間のコピーなんだよ。その異世界だとこういう機械使って戦争してたんだ、ずっと。俺はそのパイロットだったんだから当然だろ。」
ハロルドはぼそりとシンのブロックワードを口にした。
「裁きのとき来たれり……。」
「あー! いやー! ……な、なんだよハロルド!」
「ネタバレしすぎよ、あんた。これからその結論出すとこだったのに!」
「だったら、どこで身につけたか聞くなよな。俺は正直に答えただけだ。」
「あんたの素直さは便利だけど、こういうときは駄目ねえ。」
「俺はそこまで便利じゃないっ。」
シンは少々頬を膨らませ、ソーディアンチームとカイルたちが来るのを待った。
早朝を狙って行う作戦なのだ。すぐに来るはずだ。
ソーディアンチームはすぐに現れた。だが、カイルが問題だ。朝が弱い彼が、ちゃんと起き出すかどうか。
だが。
「お待たせ、シン、ハロルド!」
どうやら、伝説のソーディアンチームとともに戦えるということで興奮しているようだ。
寝坊はしなかったらしい。
「よし、全員揃ったな。シン君、発進してくれ。」
ディムロスに頼まれ、彼はエンジンを点火し、いつもの掛け声とともに急加速する。
「シン・アスカ、強襲揚陸艇、行きます!」
地上軍拠点から真っ直ぐ上空へと舞い上がり、ダイクロフトへと向っていく。
「ポイント設定完了、乗組員は直ちに陸戦準備をしてください! 同時に衝撃に備えてください!」
この場にいるメンバーの大部分が彼よりも階級が高い。「総員陸戦準備!」とは言わなかった。
強い衝撃と共にダイクロフトの壁を突き破り、ダイクロフト内部に侵入した。
シンはハッチを開放し、それにあわせて乗組員11人は強襲揚陸艇の外に出た。
「ったく、ひでえ振動だったな、おい。」
「そうなるように設計したのよ。ぎゅふふ、計算どおり!」
「その方が楽しいからだってさ。諦めてくれ、ロニ……。」
ハロルドの奇行の直撃対象にされているシンが溜息混じりに言うのを聞き、ロニは沈黙した。こんなものは序の口なのだ、ということがロニには深く伝わった。
「すまん、シン。それじゃあ、俺たちの仕事と行くか!」
ロニは早速現れた防衛マシンに鎚矛を叩きつけ、一撃で叩き壊す。カイルやジューダスもそれぞれに剣を振るって撃砕している。
どうやら問題なさそうだ、とシンもサーベルを一閃させて自動殺人マシンを破壊した。
しかし、シンは何か違和感を覚えた。それが何なのかまではわからなかったが。
「よし、われわれはこのまま人質の救出に向かう。君たちの仕事は危険なものだが……。」
「任せてください! 俺たちならやれます!」
ディムロスの返事を待たず、カイルが返事をした。ディムロスは苦笑しながら頷き、カーレル、イクティノス、シャルティエを引き連れて奥へと進む。
「よし、このまま俺たちも奥に進もう!」
カイルが号令し、一行も彼に続こうとした。しかし、ハロルドが制止する。
「ちょい待ち。あんたたち、このマシン知ってる?」
「知ってる。それがどうかしたのか、ハロルド?」
ハロルドはシンが切り裂いたマシンを凝視し、唸る。
「こんなマシン、天上軍は使ってないわ。メイガスやアヴェンジャーによく似てるけど、これは違う。
 このマシン、かなり簡易生産されてる。」
「……そうか、さっきの違和感の正体がわかったぞ。このマシンはアラストルだ。
 似てるから気づかなかった……。」
彼は納得したが、周囲の人間はハロルドとジューダス以外首をかしげている。
「なるほど、アラストルということは未来から引き連れてきていたわけか。天上軍の援軍として。」
「ふーん、そうするとあんたたちの目的は歴史修正みたいね。そうでしょ? 
 あんたたちが歴史を改変しようと思っているようには見えないし、あんたたちが知ってる誰かさんは天上軍に手を貸してる。」
ハロルドは言葉を切り、さらに続けた。
「そんでもってあんたたちは改変目的以外で地上軍に加勢してる。
 そもそも、あたしがいるのに地上軍が負けるわけないし。
 誰かさんは天上軍を勝たせて歴史を改変したいわけね。全く、神様気取りね。」
どこか自信過剰な気もしたが、間違いではないのだから文句を言うべきではないな、とシンは思う。
そんなことを考えているとリアラが口を開いていた。
「気取り、じゃないわ。歴史を改変しようとしているのエルレインは神の力を使っているんですもの……。」
「ってことはあんたたち、神様と喧嘩してるってわけ? ぎゅふ、ぎゅふふふふ……面白いわねえ! 
 ますます無謀なことするあんたたちに興味がわいてきたわ。」
面白そうな玩具を見つけた子供の反応だ。シンは苦笑し、任務を続行することにした。

 
 

「そういえばシン、あんた作ったの、その神様?」
「そうだけど。それがどうかしたか?」
「あたしも何度か異世界の存在を確認しようとしてるんだけど。
 今んとこ7つくらいは見つけてんだけど、あんたが言うような世界はなかったわ。」
彼は唖然とするしかなかった。
強襲揚陸艇を作っているときも「私の頭脳は神をも超えるのよーん!」と言っていたが、本当らしい。
さすがのフォルトゥナもここまではできまい。
「でもねえ、異世界から人間とか物体転移させるの、まだなのよねえ。うーん、燃えるわあ。」
「何でまた……。」
「あんたたちの知ってる神様はあんたを作ることはできたんでしょ? 
 なら、あたしはその一歩先を行くわ。異世界から物体を転移させる! 楽しいと思わない?」
「夢があるとは思うけど……。」
しかし、ハロルドは人差し指を立てて言う。
「夢で終わらせたら面白くないのよねえ。とりあえず転送技術からはじめることにするわ。
 異世界から物を持ってくるのはその後よ! ぎゅふ、ぎゅふふふふ。」
確かに神をも超える頭脳は持っているかも知れない。
少なくともシンには、ハロルドなら歴史改変などという手段を使わずとも目的を達することはできそうだからだと思っている。
歴史を作り変えて好き放題するなど、反則行為もいいところだ。
「おっと、考える暇はないな!」
未来からの増援であるアラストル、天上軍の殺人マシンのメイガス、アヴェンジャーが襲い掛かる。
アラストルは適当に捌けばいいが、残りはそうもいかない。
メイガスが扱える晶術はネガティブゲイトだが、兄弟機であるアヴェンジャーは光の中級晶術、プリズムフラッシャを使える。シンにとっては大問題だ。
彼は極端に光属性攻撃に対する耐性が低いのだ。
光に弱いこと自体は、元の世界にいた頃から知っていた。肌が病的なほど白く、日光は天敵だった。
それに、目の色素が極端に少なかったため、暗闇でものを見ることはできても日中の日差しの中ではほとんど前が見えなかった。
それがこの世界に来ると、属性としての弱点に変化したらしい。
自分の特徴がそのまま属性耐性に変化するとは皮肉なものだ。
「けど、攻撃させなきゃいいはずだ!」
アヴェンジャーに攻撃する暇を与えない。晶術のコアとなる晶術制御装置の位置は、ハロルドの性能テストの際に解体して確認していた。
瞬時に見つけ出し、剣を突き立てて破壊する。
「くっ……邪魔だ!」
敵のマシンが邪魔なのではない。自分の中に入り込んでくる狂気が邪魔なのだ。
押さえつければ押さえつけるほど余計に襲ってくる。
「シン、大丈夫か!?」
カイルが気遣って声をかける。
しかし、仲間の存在だけで抑えられるようなものではなくなりつつあった。
ハロルドの実験対象として戦い、力の器を広げたせいだ。
戦いの経験を積めば積むほど力もつくが、同時に狂気も強くなる。
このままでは力尽きるまで破壊を続けてしまう。
守るために力を欲したのに、その力のせいで仲間を傷つけるかもしれない。
矛盾が矛盾を呼び、シンは苦しむことしかできない。
「このっ……!」
目の前に現れるマシンに斬撃を与え、火花を散らせる。
仲間の存在と自分の意思で狂気に蓋をし、どうにか自我を保っている。しかし。
「うう、ぐっ……があああああああ!」
シンの精神力が途切れた。
ブラスト形態に入れ替え、ネガティブゲイトとケルベロスを放ち、殺人マシンどころかダイクロフトの設備まで破壊している。
「まずい! シンが暴走しちまいやがった!」
ロニは襲い来るマシンをハルバードで叩き壊しながら言った。
その声でシンの様子に気づいたジューダスが素早くシンの背後に回る。
「ちっ、シンの力を解除するぞ! カイルも手伝え!」
「わかった!」
ジューダスはシンを羽交い締めにし、身動きを封じる。
しかし、シンは刃物を手にしている。凶器を持つ狂人ほど危険なものはない。
危うくジューダスは斬られそうになり、シンから離れる。
「ううううう……がああああああああああ!」
完全に殺人衝動に取り込まれている。何かを殺さずにはいられない状態らしい。
カイルが接近し、シンの頬に拳を叩きつけ、仰け反ったところをジューダスが彼のブレスレットを外した。
彼の顔から狂気は失せ、鎗も消え去る。シンはがっくりと膝をつき、肩で息をした。
「はあっ……はぁっ…………。」
「危ないところだったな。お前はしばらく戦うな。
 いくらお前が僕たちを守りたいと言っても、お前がその調子では何もできん。」
「シン、無茶するなよ。シンが苦しむのは……俺、見たくないから。」
ジューダスとカイルの気遣いは痛いほどよくわかる。彼は二人の言を受け入れ、とりあえずは引き下がった。
しかし、戦闘に何も参加しないわけではない。
全身のばねを使って注意を引きつけ、ソーサラーリングでダメージを与え、必要に応じてナイフを使って殺人マシンの配線を切断する。

 
 

「あんた、力使わなくたってそれなりに戦えるじゃない。」
「これだけじゃ足りないんだよ。」
「でも、あんたのあの力は神様が与えたもんでしょ? そんなの使ってていいわけ?」
ハロルドの言っていることは尤もだ。しかし、シンは言い返す。
「神の力を借りて歴史を好き勝手弄くってるやつが、同じように神の力を持つ人間に斃される。
 いい皮肉だろ?」
「性格悪いわねー。」
性格はおそらく変化しただろう。
この世界に来たこと、そしてコピーであることを知ったことなど、シンに大きな変化をもたらしてもおかしくない出来事が続いている。
しかし、悪くなったかどうかはわからない。
むしろシン自身は、仲間という希望のお陰でいい方向に向ったと思っているのだが。
「エルレインのやることなすこと邪魔し終わったら破棄するつもりだから。
 それまでは使いこなせるようにしておきたいんだよ。」
「ま、いいわ。あたしがその狂気をどうにかする方法を探してあげるわ。投薬とか不自然な機械なしでね。」
「恩に着るよ、ハロルド……。」
「あたしとしても実験してみたいしねー。」
走り回っているうちに、監禁室にたどり着いたらしい。
既にたどり着いていたディムロスたちの事情を聞くと、監禁室のロックが解除できないそうだ。
「まーったく、こんなもんこーしてちょいちょいといじってやれば……ほい、開いた。」
一瞬の出来事だった。
ミクトランしか知らないパスワードを入力しないと開かないはずの扉が、ハロルドの手によって一瞬で開いてしまった。
「兄貴は常識家すぎるのよねー。だからこんな扉も開けられないのよ。」
そういう問題ではないと思うのだが、とシンは心の中で呟いたが、それを口に出すとブロックワードを使われそうなので言わないことにした。
彼の目の前ではディムロスが監禁室の中に入り、人質達に呼びかけていた。
「私はユンカース隊所属、ディムロス・ティンバー中将です。我ら地上軍はベルクラント開発チームの皆さんを歓迎します。我々の指示に従ってついてきてください。」
ベルクラント開発チームのメンバーは皆やつれていたが、ディムロスの言葉で生気を取り戻したらしい。
彼らと一緒に監禁されていた、青紫色の髪をした女性もだ。
「ディムロス……中将。」
「アトワイト大佐、よく無事でいてくれた。」
この遣り取りを見て、シンは気付いた。この二人はおそらくは男女の仲だろう。
そして、彼らを元にしたソーディアンはスタンとルーティのてに渡った。これは偶然なのだろうか。
そんなことよりも何よりも、脱出する際にベルクラントでも撃ち込まれては一大事である。
ベルクラントを含めたダイクロフトのエネルギー供給システムを停止させなくてはならない。
とにかく開発チームの護衛が最優先事項だ。
アトワイトと白髪交じりの茶色い頭をした老兵、クレメンテを加えたソーディアンチームが開発チームと共に脱出ポッドのある部屋へと向かう。
「それじゃ、皆。ベルクラントの制御室に行くわよ!」
それを確認したハロルドがそう声をかけ、一行はさらに奥へと進んでいく。
さすがにベルクラントの管理は機械に任せられないのか、珍しく人間の護衛兵がいた。
しかし、そこはシンが猫科の動物を思わせる動きで鳩尾に膝蹴りをめり込ませて沈黙させる。
あっという間の出来事である。
「んー、いい仕事。それじゃちゃっちゃとハッキングしてベルクラントをおやすみさせるから。
 皆頑張って防いでねー。」
相も変わらずのハロルド節だ。彼女は鼻歌を歌いながら、コンソールを操作してベルクラントや自動殺人マシンを停止させるプログラムを作成する。
しかし、ベルクラント制御室の定期連絡が途切れたためか、迎撃部隊が接近する。
自動ドアは開放したままだ。
このままダイクロフトの機能を停止させてしまうと閉じ込められてしまうことになる。
「この大軍、どうにか押し留めなきゃ!」
「カイルたちは順番に叩いて! それからリアラとナナリーは晶術と弓で援護! 俺もソーサラーリングで迎撃する!」
ソーサラーリングのダメージなどたかが知れている。
衝撃を使って晶術発現部を破壊するか、カメラアイを攻撃するかのどちらかだ。
現状でブレスレットの力を使うわけにはいかない。あまりにも危険すぎる。
仲間を守るための力なのに、仲間を傷つけては意味がないのだ。
「ハロルド、頼む! 長くは戦えないぞ、これは!」
扉の外はメイガスやアヴェンジャーで溢れている。
リアラが最近覚えた上級晶術、エンシェントノヴァや、ナナリーの虚空閃での援護は強力なのだが、如何せん戦力差がありすぎる。
しかし、一斉にマシンの動きが止まった。照明も消え去り、辺りには暗闇と沈黙が漂う。
「はい、しゅーりょー。ダイクロフトはこれでお寝んねよ。
 そうそう、緊急脱出用の転送システムだけは動くようにしといたわ。
 それのせいで時間かかっちゃったけど。」
シンにはほとんど時間が経過したようには感じなかったが、これもハロルドだからだろう。
どうにも彼は、ハロルドという名前さえ使えば全てが収まる気がしてきたようだ。
それはそれで便利だとは思うが、都合がよすぎるような気もする。
「うーん……俺って変なのかな。」
「何か言った?」
「いや、何でも。」
7人は停止したマシンの海を掻き分けて装置のある場所までたどり着くと、緊急脱出用転送システムを使って脱出ポッドのある格納庫に向かった。

 
 

一行は格納庫に到着した。
既に開発チームはディムロスとアトワイトを除くソーディアンチームと共に脱出ポッドで地上に降りたらしい。
ディムロスとアトワイトだけが残っていた。どうやら7人を待っていたらしい。
「ご苦労だった、ハロルド。それから、カイル君、シン君。君たちもよく頑張ってくれた。礼を言う。」
「ありがとうございます、ディムロスさん。」
「私など何の役にも立てておりません。お恥ずかしい限りであります!」
背筋を伸ばすだけのカイルとザフト式の敬礼をするシンが言う。
ディムロスは少し微笑むと、残された脱出ポッドに乗り込もうとした。その瞬間。
「久しぶりだな……ディムロス。」
地の底から響くような、狂気に満ちた声。闇の中から姿を現したのはバルバトスだった。
「バルバトス・ゲーティア!」
カイルとディムロスが叫んだのは全くの同時だった。
どうやらディムロスはバルバトスと顔見知りらしい。それも、因縁浅からぬ関係のようだ。
「ほう、ディムロス中将閣下が、小官ごときを覚えてくださるとは光栄ですな。」
「お前はあの時死んだはずだぞ!?」
「そう、確かに俺は死んだ。だが、俺の無念がこの世に舞い戻らせたのだ!」
シンが猫科の獣のような狂い方なら、バルバトスは恐竜染みた狂戦士振りである。
狂気の満ちようが尋常ではない。
「ならばもう一度私の手で葬り去るまで!」
ディムロスは剣を抜き放ち、バルバトスに斬りかかるが、バルバトスは多くの者を屠ってきた斧でその剣を弾き飛ばした。
さらに衝撃波を放ってディムロスの体を壁に叩きつける。
「なっ……!」
「こんなものか、ディムロス。俺は時空を越えて多くの英雄と呼ばれる者を屠ってきた。とはいえ、この差はどうだ? お前でも俺の渇きを癒せないのか。なら、断末魔の悲鳴くらいは楽しませてくれよ?」
嗜虐に満ち満ちたバルバトスの声が格納庫に響く。
シンがソーサラーリングの熱線をバルバトスの肩に向けて発射したが、何の痛痒も感じないらしい。
「シン・アスカ。お前の調理は後回しだ。今はディムロスの方で忙しい……。すこぉしずつ、切り刻んでやろう……。まずは……右足からだ……!」
バルバトスの憎しみが波動となってカイルたちを襲う。
激しい悪寒が身を竦ませてしまい、その場に硬直してしまう。
しかし、その状況でも身動きでき、あろうことか言葉まで発せた人物がいた。
アトワイト・エックスその人だ。
「やめなさい! 天上軍に裏切ったばかりかおめおめと生き返って逆恨みとは! 
 軍人としての誇りが残されているのならばこの場から立ち去りなさい!」
彼女の毅然とした態度はカイルたちを勇気付けたが、バルバトスはさらなる咆哮を格納庫に反響させた。
「アトワイト! お前はいつもそうだ。いつもこの男を庇う。
 いっそ、俺の女になれ! そうすれば何もかもが手に入る。金も、権力も、永遠の名声さえも!」
「私はそんなもののために戦っているのではないわ!」
バルバトスはそんなアトワイトの言葉が聞こえないかのように呟いた。
「待てよ、そうだ、その手があった。ディムロス、あったぞ。お前を苦しめる最高の方法が!」
バルバトスは以前にも見せた、その巨体に似合わぬ俊敏さでアトワイトの背後に回り、彼女のほっそりとした首に逞しい腕を巻きつけた。
「やめろ、アトワイトは関係ない!」
「お前には死以上の苦しみを味わってもらわねばならん。
 くっくっくっくっくっ、ぶぅっはっはっはっは……!」
バルバトスは闇に包まれ、アトワイトもろとも姿を消した。
「アトワイトさんが! 追わないと!」
「アトワイトさんを連れてはそんなに遠くへは行けないはずです。今なら追いつけるかも知れません!」
カイルとリアラがディムロスに訴える。しかし、ディムロスは首を縦には振らなかった。
「今はまだ作戦継続中だ。それに、このような事態は彼女も軍人なら想定しているはず。
 それに甘えさせてもらおう。」
「けど!」
「はいはーい、行くわよー。」
なおも言い募るカイルの襟首を抓んだハロルドは、そのまま脱出ポッドにカイルを放り込む。
「ハロルド!」
「いい加減にしないか。彼女のことは後で考えるべきだ。」
冷静なジューダスにそう言われてはどうしようもない。カイルは沈黙せざるを得なかった。
シンも追いたかったが、今は手出しできない。沈痛な面持ちのディムロスを見て、彼もまた悲しい顔をした。
とはいえ、あの様子では彼女を殺しはしないはずだ。
それだけが救いだろう、とシンは思うことにし、アトワイトを除く全員が乗り込んだ脱出ポッドを作動させていた。