Fortune×Destiny_第37話

Last-modified: 2007-12-02 (日) 16:55:56

37 悲しき戦い、決意の戦い

 

シンはアロンダイトの柄に手をかけたが、磁力でも働いているかのように鞘から剣が抜けない。
「くっ!」
眼の前ではステラがどこからかサーベル──シンの作り出すサーベルと同様刀身にvajraの銘がある──二振りを出現させ、シンに向かって突撃している。
やけに足が速い。気付いたときにはもう逃げられない間合いだ。
「ぐあっ!」
慌ててフォース形態をとり、バックステップを踏んだが遅かった。袈裟懸けに斬られ、血が飛び散る。
怪我そのものは軽いが、このままではまずい。
「シン、何やってんの! あんたとあろう者が先手取られてどうすんの!」
どこからか聞こえるハロルドの声で、シンはアロンダイトを抜き放ち、さらに繰り出された攻撃を受け止める。
「ハロルド、どこにいる!?」
いつの間にか仲間達の姿が消えていた。慌てて周囲を見回すが、どこにも見当たらない。
「例の部屋に押し込められちゃった。リアラは多分この部屋の入り口よ。あんたが勝たなきゃ、あたしたちは出られないみたいね!」
勝つ、ということはこのステラを斃すということだ。しかし、今のシンにはそれができるかどうかわからない。
そんなことを考えている間に、声も発せずに斬撃を繰り出した。慌ててアロンダイトで受け止める。
「ステラを殺すようなことはしたくない……けど、このまま皆を閉じ込めたままにもできない、それに神のたまごが衝突する! やるしか、ない!」
アロンダイトが闇に包まれ、刃渡り2メートルの黒い大剣へと変化した。赤い軍服が黒くなる。破れたマントが背に出現し、血光を放った。
「うおおおおおっ!」
大剣と化したアロンダイトを肩に担ぐようにして接近し、ロングソードを振るうのと同じ角速度でステラに襲いかかる。しかし、ステラは俊敏さを生かして離れてしまった。
「速い!」
さらにステラは離れた位置から突きを放ち、風の槍を発生させた。シンの持つ穿風牙と同じものだ。
慌てて闇の膜を作って攻撃を弾いたが、その間に間合いを詰められ、恐ろしく速いサーベルが接近する。
「ここは……!」
何とかアロンダイトで弾き、飛翔能力を用いて舞い上がる。さすがに上空は安全圏のはずだ。
「ここから詠唱で……なんだと!」
エクセキューションの詠唱をしかけたが、それはできそうになかった。
ステラは一言も言葉を発することはなかった。しかし、彼女の体が闇に包まれ、飲み込まれていく。
その闇は巨大な円盤を背負った巨人へと姿を変える。シンがフォース、ソード、ブラスト、デスティニーと切り替えられるのと同様に、ステラも形態変更が行えるようだ。
先程までの俊敏な形態はおそらくはガイアであろう。そして、この巨人は間違いなくデストロイだ。
「また、あれを繰り返すのか! どこまでもふざけた真似を……!」
彼の激しい怒りの矛先は、当然の如くエルレインへと向けられる。
このステラを作り出したのはエルレインに間違いない。フォルトゥナはあくまでエルレインとリアラ、そしてシンに人々を幸せにする方法を探らせているだけだ。
つまり、フォルトゥナが加担しているわけではない。
その上、明らかに声や人格をコピーできていない。戦闘能力と容姿だけだ。自分の記憶から作り出された、自分を苦しめて破滅させるための存在。目の前にいるのはステラではない。
「絶対に……討つ!」
アロンダイトを構え、暗黒の巨人に向かっていく。しかし、巨人の胸部から激しい闇が放出された。

 
 

「うわああっ!」
血光を放出しながら間一髪というところで闇をかわし、アロンダイトを収めて双地輪を放った。地面すれすれを回転しながら巨人へと向かっていく。
その瞬間、巨人の姿が消えた。再びステラの姿が現れ、二振りのサーベルで小太刀を弾いてしまった。
「これは厄介だぞ……!」
モビルスーツとして戦ったガイアは俊敏性に優れているが、破壊力は必要最小限だった。それに対してデストロイは凄まじい破壊力と圧倒的防御力の代償に、ほぼ動けない的だった。
しかし、このステラはこの二つの形態を切り替えながら戦える。
うまく切り替えていけば俊敏性と破壊力を兼ね備えた、恐ろしい戦闘能力を有することになる。
「俺も同じようなもんだけど、ここまで性能特化されるとな……!」
已む無くシンは着地し、アロンダイトを手にして大剣へと変化させた。そこを狙ってステラが向かってくる。
「そう何度もやられるか!」
デスティニー形態は一種のトラップだ。小回りの利くフォース形態に入れ替え、ステラの繰り出すサーベルをロングソード形態のアロンダイトとサーベルで弾く。
「このっ!」
ジューダスから教えられた「手前に引く」動作を忘れずに斬りかかる。しかし、ステラのサーベルがそれを阻んだ。
一言も発さずに襲いかかってくるあたりが、あまりにも機械的だ。シンにはそれが、ステラへの冒涜だと感じた。
「もういい加減……!」
大きく振りかぶり、火炎を纏ったロングソードを叩き付けようとするが、あっさり回避された。
「速過ぎて攻撃できない! となると、身を食らわすしかないのか!」
再びシンはデスティニー形態をとり、ふわりと舞い上がる。先程と同様、ステラが闇に包まれてデストロイ形態へと姿を変えた。
さらに、背中の円盤が頭と肩を覆い隠し、腰から下が半回転する。デストロイの装脚要塞形態だ。円盤上部に突き出した4つの砲身から、強烈な高熱線が放たれる。
「このおおおおおっ!」
今度は避けずに闇の膜を発生させ、熱線を受け流した。しかし、背後から5つの風の槍が放たれる。
こればかりは避け切れなかった。背中にクリーンヒットし、空中で体勢が崩れる。
「ぐっ……!」
忘れていた。デストロイは自身の腕を分離して機動兵装として使用できるのだ。その能力まで再現するとは、エルレインも厄介な真似をする。
シンはアロンダイトを構えなおし、怒りを血光の翼へと変えてデストロイと化したステラへ向かっていく。その瞬間、それは訪れた。
「うっ……ぐああああああああああああ!」
願望の声だ。爆発的に脳内に広がり、剣を振るう力すら失われる。さらに追い撃ちをかけるように円盤から何かが打ち上げられるように放たれ、シンに向かってくる。
それがシンの手前で炸裂し、大量の石飛礫がまるで榴弾のようにばら撒かれた。
「……っあっ!」
シンは砕けたアスファルトの上に叩き付けられた。体が動かない。装脚要塞が自分を踏み潰そうと、地響きを立てながら接近している。
「…………。」
ただでさえステラの姿をした殺人マシンを相手に戦わねばならないというのに、この声が耳障りだ。
何もできない、自分だけ何故不幸なのか、苦痛はいらない、助けてくれ。
シンの脳髄の奥で暴れ続けるこの声に、シンは段々と怒りを募らせた。
「ふざけるなああああああああああああ!」
彼は足に力を込めて立ち上がり、大剣を構えた。
「誰だって苦しい思いをしている。どんな生活環境でも、苦痛のない人生なんてありえない!」

 
 

彼の場合、異常なほど苦痛が多いが、しかし、充実した生活を今は送れている。結局はどれだけ前向きに生きられるかだ。
自分の身の不幸を嘆いても、その不幸が帳消しになるわけではない。それを理解したとしても、そういうことができない人間が多いのも、また確かではある。
だが、そのために楽な方向に逃げては何も始まらない。失敗を恐れていては成功もまたありえないのと同じだ。
目を見開き、耳を塞がず、前に突き進む。それこそが幸せへの過程であり、また、その過程そのものが幸せともいえる。
それが、シンがカイルたちから学んだ幸福論だった。
「自分のないもの嘆くな! 失ったものから得るものだってある! そいつを活用する道、選ぶってこと、いい加減に気付けえええええええええ!」
シンにもないものはいくらでもある。ハロルドのような閃き、ナナリーのような気丈さ、ジューダスのような思慮深さ、ロニのような信頼感を放つ雰囲気、リアラのような一途さ、カイルのような明るさ。
そして、失った家族やステラ、元の世界。どれもこれも手に入らないものであり、欲しいものでもある。
だが、なくていいのだ。なくてもかけがえのない仲間がいる。前向きに生きる気力を与えてくれた、協力し合うことの喜びを与えてくれた仲間が。これ以上の幸せはない。
だから、彼は願望の声の主たちに叫んだのだ。眼が見えなくても聴覚や嗅覚が強化されると聞いたことがある。それを生かす方法もある。
何もないと嘆いても、嘆くことができるのなら最後まで残されるものがある。それは命だ。命があるだけでも幸せなはずだ。
生きる者にしかない幸せを忘れ、嘆いた挙句に自らの命を絶つ者もいる。今のシンならはっきり思うだろう。折角のチャンスを投げ出すなんて、と。
自分が思ったこと、感じたことはいずれ仲間達が世界の人々に教えてくれるはずだ。そして、今自分にできることは破滅を食い止めるということである。
「俺は勝つ! 全てにおいて!」
願望の声が完全に沈黙した。装脚要塞の左足がシンを踏み潰そうとしたが、彼はそれに対して閃翔牙をカウンターとして放ち、押し返した。
「はああああああああっ!」
続けて閃翔旋刃を炸裂させ、装脚要塞の左足を破壊する。同時にステラの周囲を取り巻く闇が掻き消えた。
ひらりと着地したステラに、シンは猛然と大剣を振りかざした。さすがに着地前なら避けようがない。ステラは崩壊寸前のビルの壁に叩き付けられた。
しかし、それでもステラは立ち上がった。より憎しみを込めた瞳でシンを射抜く。
「お前はステラじゃない……ただの人形だ! ……俺の前から……消えてしまえ!」
彼は全身の力を込めて穿風牙を放つ。ステラはそれを避けながら猛スピードで接近し、サーベルを振りかぶってシンに斬りつけた。
再びシンの体から赤い血が尾を引いて飛び散る。さらに、彼女はガイアの四足歩行を真似るようにサーベルを捨てて5本の指を地面につけた。
そのまま地球軍制服を切り取って露出させた肩から、地属性エネルギーによって作り出された刃を出力した。一気に四足歩行体勢から疾走してシンを切り払いにかかる。
「うぐああああああああああっ!」
体を捻ってかわそうとしたが、右の脇腹を切り裂かれた。新たな傷口が生まれ、さらに血が流れる。
しかし、ステラの攻撃をそれに留まらない。今の攻撃で背後に回りこんだステラはサーベルを手元に戻し、すれ違いざまに背中を斬りつける。
さらに、振り返る勢いをつけてサーベルを一閃させ、シンを斬る。避け損ね、顔を横切るような形で目の下に大きな傷ができた。
それに続けてムーンサルトキックを顎に食らい、彼は仰け反る。止めにとサーベルがエックス字に、胸部に炸裂した。
「がはっ……!」
シンが倒れたことを確認すると、ステラは再び暗黒の巨人と化し、口吻部から青い火炎を放った。
しかし、今まで身動きすらできていないと思われたシンが、血光を放ってそれを回避する。
「負けるか! 死んでたまるか!」
上空へと舞い上がりながら、彼はポケットに詰め込んだグミのうち、黄色いレモングミを口に含んだ。
怪我を負ったときに効果があるアップルグミの強化版だ。これで少しは持つだろう。
「はあああああっ!」
シンのSEEDが覚醒し、血光の翼を拡大しながら猛加速する。残像が揺らめき、シンの正確な位置がわからなくなった。
暗黒の巨人が装脚要塞と化し、円盤の縁から風の槍を全方位に放つ。だが、所詮は盲撃ちに過ぎない。シンにはかすりもしなかった。
彼は形態解除する暇をも与えなかった。円盤の真上から全力で斬りかかる。
「ふっ、はっ、せいっ!」
強い衝撃を受け、暗黒の巨人の姿が掻き消える。核となったステラにシンは追い撃ちをかけた。
「閃翔牙! こいつを食らえ!」
再び腰だめに大剣を構え、飛翔力に任せて突撃する。彼女の体がアスファルトに叩きつけられてバウンドした。それでも彼は自分を止めなかった。
あれはステラではない。ただの戦闘マシンだ。
そう思わなければ、攻撃の手を緩めてしまいそうだったからだ。
バウンドして浮いたステラに、さらに回転の勢いをつけた一撃、閃翔旋刃を叩きつけて弾き飛ばした。
「まだだっ! 獄炎掌鎗撃!」
左手から炎を放ちながら突撃し、ステラを押していく。さらに、その間に右手の剣を収め、右の掌に闇を溜めていく。
強い衝撃をもたらす右手の闇を叩き付けた。ステラの体がきりきり舞う。シンの目から雫が零れた。
だが、彼は容赦なく秘奥義を発動させた。
「闇に堕ちて光を消し去る!」
両手に闇を纏い、下から潜り込むように拳の連撃を20発叩き込む。続けて右回し蹴り、左踵回し蹴りを炸裂させ、それに連繋してステラがシンにしたようにムーンサルトキックを放った。
「黒拳! 護闇掌!」
宙返りをしながら両方の掌をステラに向け、浮いたまま生命力を根こそぎ奪い去る闇をその掌から放つ。
ステラの姿が崩れ、砂へと姿を変えていく。シンの赤い瞳から、一際大粒の涙が零れた。
「ステラ……。また死なせるような真似をして……ごめん……!」
両方の目から涙を流す様は、かつての乗機、デスティニーの血涙を流す顔立ちによく似ていた。涙と一緒に、目の下に作られた傷の血が洗い流されたせいだ。
ステラの消滅と同時に、荒れ果てたベルリンが掻き消え、代わりにデリスエンブレムの間へと変わっていく。これで神のたまごとなるレンズまでの道は開けたはずだ。
「シン、苦しい戦いをさせちゃったな。俺、何もできなくて……。」
カイルが駆け寄ってくる。心配させまいと、彼は涙を拭って充血した瞳をカイルに向けた。
「大丈夫だ。所詮、あれはステラの姿をしただけのマシンだ。だから……大丈夫。」
そのシンの背後に近寄ったのは。
「裁きのとき来たれり……。」
「あー! いやー!」
シンは頭を抱えて叫び、振り返る。そこには声の主、ハロルドが立っていた。
「あんたね、死んだ昔の女が出てきて錯乱しない男なんかいないわよ。それなのに、あんたはそんな態度して。」
「……。」
「あんたはほんとは優しい男なんだから。全力で泣いてなさいよ。わざわざ冷血人間装う必要なんかないわ。」
口調は厳しいが、ハロルドの真意がシンには伝わった。本当に辛いときは泣いていてもいいのだ、と。
「ハロルド……すま……ない…………。急がなきゃ……いけないのに……ぐ……う……。」
左手で目を覆い、涙が吹き零れないように押さえつけていたが、指の隙間から塩分を含んだ暖かいものが零れていく。
それはシンの弱さではなく、心の温かさそのものだった。誰も傷つけたくない、大事なものを守りたい。
そのために、エルレインが作り出したステラの人形と戦い、また心を痛める。
シンが傷つくことを、仲間の誰もが望まない。彼を傷つけたエルレインはやはり許せない。
仲間の6人はそう思った。

 
 

シンが何とか落ち着いてから、7人は奥へと足を踏み入れる。
神のたまご中核部は何故か水のある洞穴のような雰囲気をたたえていた。そして、その奥には巨大レンズがある。
「あそこにエルレインが……。」
「いよいよ、神様と直接対決ってわけね。」
「ここまで……長かったね。」
長い旅だった。しかし、忘れてはならない。これで終わりではないのだ。
「だが、まだ終わっていない。ここで負けてしまっては元も子もない。」
「縁起でもないこと言うなよ! 俺たちは絶対に勝つ! そうだろ、カイル。」
「勿論! 俺たちは勝つ! そして、全てを終わらせる!」
「そう、これで最後だ。やつらがどんな手を使ってくるかわからん。準備だけはしっかりしておけ。」
ロニはやや呆れたように言う。この状況でいつも通りというのが、信じられないからだ。
「やれやれ、最後の最後までクールって言うか、冷めてるっていうか。」
「お前達が無鉄砲すぎるだけだ。」
「はいはい、そこまで。全く、最後までこんな調子かい。」
「いいんじゃない? 変に緊張するよりよっぽどマシよ。」
確かにそうだろう。それがこの7人の強みなのかもしれない。
「はっはっはっ、ちがいねえ。それじゃあ、行くとしますか!」
「ああ、やってやろうじゃないか!」
「あたしの頭脳が神をも超えることを証明して見せるわ!」
「やつらに思い知らせてやろう。人の力というものを!」
「行きましょう、カイル。」
「ああ、行こう、皆!」
レンズの近くにエルレインは佇んでいた。このレンズはかなり奇妙な形をしている。
細長いたまごのような形のレンズの両端に、巨大な球体状のレンズが接続しているようだ。その球体状レンズの大部分が埋まっているらしく、表面の一部しか見えない。
ただ、この埋まっているレンズこそが外から見えた二つの赤い発光体であることが、シンにはわかった。
エルレインはゆっくりと振り返りながら口を開いた。
「何故ここに……お前達に神は殺せはしないというのに。」
「見縊るんじゃないよ! 勿論戦うためにここに来たんだ! あたしたち自身の意志で!」
「それがどのような結果をもたらすのか、わかっているというのに……?」
このエルレインの口調からは、本当に善悪が感じられない。純粋な思いだけが宿っているようにシンには感じられた。リアラのような感情すら抱かぬ、それこそ目的を達するだけの機械のように彼には感じられた。
「覚悟は……できている!」
「エルレイン、私達は人々の救済という同じ使命を背負った存在……けれど、彼らと過ごした日々の中で私は知ったの。人は救いなど必要としないということを。遥か先にある幸せを信じて、苦しみや悲しみを乗り越えてゆける強さを持っているということを。」
「お前は何もわかっていない……人は脆く儚い存在。自らの手で苦しみを生み出しながら、それを消すことすらできない。だからこそ、神によって守られ、神によって生かされ、そして神によって救われるべきなのだ。」
「へっ、冗談じゃねえ! 俺たちがほしいのはまやかしの幸せじゃない! たとえ小さくても、本物がほしいんだ!」
「何が幸せで何が不幸せか、それを決めるのはあたしたちでしょ。神様なんかお呼びじゃないっての。」
苦しみを嘆く者もいれば、それを跳ね返すべき壁だとして挑戦する者もいる。確かに、生死に関わるような苦しみならば、嘆く者の救済は必要だろう。
しかし、嘆かぬ者への救済は、挑戦の機会を奪うことになる。それは、その人間に対して不幸を提供していることになる。

 
 

これらのことは、全て現実で処理すべきものだ。神の力によってまやかしを与えるなど、言語道断なのだ。
「確かに生きることは苦しいさ。でも、だからこそその中の幸せを見つけることができるんだ!」
「幸せとは誰かの手で与えられるものではない! 自らの手で掴んでこそ価値があるんだ!」
「神の救いこそが真の救い……それがわからぬとは……。神はもうすぐ降臨する。そう、完全な形で完全な救いを人々にもたらす……。」
激しい怒りを心に宿しながらシンはエルレインに向けて言葉の矢を放つ。
「あんたの思い込んだ幸せ、あんたの思い描く幸せを、他人に対して押し付ける。そいつはな、この世界そのものに対する冒涜なんだよ!」
この世には書く権利と読む権利がある。読む側の中には書かれた物が気に入らないからと、自らの読まない権利を行使せず、書く権利を侵害する者もいる。
公共のもので、本当に害を為すものならば止めねばならない。しかし、本なら手に取らなければいい。誰かに読ませたくないなら、知人に伝える程度で留めればいい。それをしない人間が多いのだ。
エルレインも同じだ。世界という「他人」が自然な形になるように書いたシナリオが、そして世界そのものが気に入らないからと、世界を破壊しかねない方法で歴史の内容を書き換えてしまった。
そして、それを妨害されたからと天体を落とす。これ以上ないほどの愚かさだ。
シンの言葉が聞こえないように、エルレインは陶然と語る。
「それを邪魔するというのなら……私の手で神の下に還してやろう。それが……私がお前達に与えられる唯一の救い。」
「救いと言わずにはっきり消すと言ったらどうだ。邪魔者だ、殺してやる、とな。あんたはそういう存在だ。ここまでずっと平行線、そして世界に破滅をもたらそうとする。俺は遠慮せずに言うぜ! 俺たちはあんたを消し去ってやる!」
シンは腰のアロンダイトを抜き放ち、大剣に変化させて血光を放ちながらエルレインへと向かっていく。
エルレインは虹色に輝く両刃剣を出現させ、シンの攻撃を受け止めた。
「私の救いこそが唯一絶対の……。」
「やかましい! ハロルドが言っただろ、幸せなんて千差万別だ! あんたが勝手に設定するな!」
シンの思いの強さがそのまま剣へと伝わり、エルレインの体が泳ぐ。そこを狙い、彼は左手を突き出した。
「大爆掌!」
左手に生み出された爆風がエルレインを突き飛ばす。しかし、炎症を起こすはずだというのに全く効果がない。何かで防がれたらしい。
「愚かな……。」
床を滑るようにエルレインが接近し、両刃剣で薙ぎ払いにかかる。それを大剣で受け止めた。
「あんたはレンズの力を集めて自分を強化したんだろうがな、俺たちはここまで苦難の連続を自分の手で乗り越えてきたんだ。その俺たちがあんたに負けるかあああああっ!」
エルレインの攻撃を再び弾いたシンは一度バックステップを踏んで離れる。代わってカイルがエルレインに立ち向かう。
「俺たちは負けない。お前の救いは人間を駄目にする。俺たちは俺たちの力で歩いていく。」
ピュアブライトの一撃をエルレインは再び両刃剣で受け止めたが、まったく余裕はない。
「お前たちでは歩いてはいけない。神の救いあってこそ全ての人々が救われるのだ……。」
「勝手に決め付けるんじゃない! 俺たちはそうやって歩いてきた人たちの姿をずっと見てきた。お前はそれから目を背けてあるはずがないと思い込んできたんだ! お前の目の前にあるものが全てじゃない!」
カイルはさらに爆炎剣を使い、エルレインの体勢を崩させて後退する。入れ替わりにロニが突撃してくる。
「誰だってな、全部を見られやしねえ。俺たちだって極一部しか見てねえよ! けどな、自力でやってける人間がいれば周りに火をつける事だってできるんだよ。カイルがそうだ。俺たちをここまで引っ張ってきたのはあいつがいたからだ! あいつの思いを邪魔させねえ!」
「お前たちだからこそ共鳴できたのだ……大半の人間はそれを実行することはできない……。」
「やかましい! お前が見てる『大半の人間』とやらはお前が堕落させた人間だ! それを理解せずに語るな、エルレイン!」
狂戦士のハルバードを振るい、虹色に輝く剣を弾き、重い一撃をエルレインに直接叩き込んだ。エルレインは攻撃を受けて仰け反りはしたが、傷一つついていない。
「ロニ、代われ!」
今度はジューダスだ。シャルティエ・フェイクを素早く繰り出し、エルレインに反撃の暇を与えず攻撃し続ける。
だが、それすら通じていないらしい。エルレインはジューダスの斬撃を受け止めた。そのまま鍔迫り合いになる。
「リオン・マグナス……まだ私に逆らうのか……私の手で蘇ったというのに……。」
「お前に恩を感じはしない。僕はあのまま死していても問題なかった。僕を蘇らせたのはお前の目的を遂行させるためだろうが、そうはいかない!」
「どこまでも恩知らずの裏切り者だな……。」
「僕はお前に一つだけ感謝していることがある。それはカイルたちと出会えたことだ。そして、その礼はこれだ! 月閃光! 散れ! 食らえ、魔人滅殺闇!」
シャルティエ・フェイクの斬り上げと共に発生した三日月、短剣の振り下ろしによって生み出される闇の三日月、さらに斬りつけと同時に滅殺する闇により、エルレインにダメージを与えていく。
与えたはずだった。しかし、全くと言っていいほど効果がない。シンは少々離れた位置で首を捻る。
「どういうことだ……? リアラ、ハロルド!」
「了解!」
「ラジャ!」
二人とも既に詠唱待機状態だった。二人とも同じ晶術を解放する。
「氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ! インブレイスエンド!」
巨大な氷塊がエルレインを押し潰そうと頭上に2つ出現する。しかし、この攻撃もエルレインの旋回する両刃剣によって破壊された。
「晶術もこのざまか……こうなったら止むを得ない! 神のたまごのエネルギーを使って神のたまごの運動を停止させる! そうすれば落着による神の降臨だけは防げる!」
シンは神のたまごの核であるレンズの近くに舞い降り、左手をかざして力を解放する。これだけのエネルギーの裏付けがあれば、いかに解放できる力の弱いシンであっても止められるはずだ。
「うおおおおおおっ!」
ブレーキがかかり、進行方向へと体が流れる。しかし、シンはそれでもやめはしない。
「シン・アスカ……どこまでも邪魔を……。」
レンズに集中しているシンに、エルレインが晶術を放とうと構える。しかし、それがシンの目的だった。
「今だナナリー!」
シンに向かって晶術を使おうとするとき、詠唱に意識を向けなくてはならない。一瞬であっても、それは大きな隙を生み出す。シンはその隙を狙っていたのだ。
「はいよ!」
メテオストライクから放たれた矢が、エルレインの右の袖を刺し貫き、構えていた手があらぬ方向へと向けられる。エルレインの狙いは逸れ、全く関係ない方向にトリニティスパークが放たれた。
「待ってたぜ、この瞬間を!」
作業を中断しながら素早くシンは向き直り、大剣を構えて突撃する。閃翔牙だ。さらに閃翔旋刃による回転力をつけた一撃を叩き込んだ。今度ばかりはダメージを受けたらしい。
「この機を逃すな! 行くぞ、翔牙月影刃!」
閃翔牙と同じように突撃し、続けて剣を振り上げ、闇の三日月を伴いながら大上段から振り下ろした。
「おのれ……!」
シンの攻撃を切欠に、仲間たちの一斉攻撃が始まった。逃げ道などありはしない。多くの時間を費やして作り上げた信頼関係に勝るものなどない。
「蒼破刃! 逃がすか! 牙連蒼破刃!」
「続きは俺だ! 雷神招! どぅりゃっ! 空破特攻弾!」
「幻影刃! ここだ! 千裂虚光閃! はっ! はっはっはっ!」
ふら付くエルレインに、止めの一撃にとシンはアロンダイトを構えた。
「食らえ、穿風牙! ぶっ壊れろ!」
突きと共に放たれた風の槍がエルレインに命中し、さらに仲間が散開したところでカマイタチを伴う暴風を放った。
これでエルレインは斃せた。そのはずだった。しかし。
「まだ終わらない……ディバインセイバー!」
身動きが取れないシンに向けて、強大な破壊力を持つ電撃が放たれた。囲い込むような電撃により、逃げ場がない。
だが、その窮地を救ったのはシンを大事に思う人物だった。
「裁きの時来たれり、還れ虚無の彼方! エクセキューション!」
あろうことか、ハロルドはシンに向けてこの晶術を放った。だが、これが正解だった。
光の力と闇の力がぶつかり合い、共に虚空へと果てた。言うなれば対の属性を用いて中和したのだ。
「ハロルド、助かった! しつこいぞ、エルレイン!」
シンはフルブーストを用いて血光の翼を拡大させてエルレインへと向かう。しかし、エルレインまで後5メートルというところで体が硬直した。
全身に冷える感覚がある。よく見ると、エルレインの足元に魔法陣が描かれている。フィールドオブエフェクト、つまり魔法陣を使った術の一つだ。
「しまった……!」
全身に霜がついていく。これではいずれ氷漬けになるかもしれない。
こうなったらどうにもならない。彼は力の限り叫ぶ。
「ハロルド! リアラ! 俺ごとエンシェントノヴァをエルレインに叩き込め! カイルたちも詠唱だ!」
「そんなことしたらあんたまで吹っ飛ぶわよ!」
「俺を信じろ! やり遂げるまで……死には……しない…………!」
氷が徐々に迫ってくる。この魔法陣を消し去るにはエルレイン自体にダメージを与えるほか方法はない。
「くっ……!」
眼前ではエルレインが、凍りゆくシンを叩き割ろうと迫っている。全く抵抗できないシンにはどうしようもない。
急ぎ二人は詠唱する。方法がない。シンを信じることしかできない。
「間に合って! 古より伝わりし浄化の炎よ……落ちよ! エンシェントノヴァ!」
リアラの詠唱が完了する。シンとエルレインの中間地点にそれは炸裂した。
彼の火属性に対する耐性の強さが幸いし、シンの体が後方へと弾き飛ばされただけですんだ。しかし、エルレインには決定打を与えられていない。
「もう一発! 古より伝わりし浄化の炎よ……消えろ! エンシェントノヴァ!」
今度は直撃弾だった。エルレインの体が吹き飛ばされ、神のたまごの核となるレンズに叩き付けられる。
エルレインは最後の力を振り絞り、究極の術を発動させた。
「お前たちに救いを……インディグネイト・ジャッジメント……!」
ウジャド眼の浮き彫りがなされた刃根元を持つ剣が落下し、凄まじい衝撃波を放つ。7人はまとめて弾き飛ばされ、倒れ込んだ。
しかし、その中でカイルとシンが力強く立ち上がった。
「負けられるかあああああ!」
二人は同じように叫び、エルレインへと向かっていく。既に氷結の魔法陣は消えうせていた。遠慮なく接近戦を挑める。
「行くぞ、カイル! 俺の翼の後ろからついて来てくれ!」
「わかった!」
シンの血光の翼が再び拡大し、シンの輪郭がぼやけて多重の残像を生み出す。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
上下左右に進路をずらしながらエルレインに接近する。トリニティスパークを用いても、全くシンには命中しなかった。
「効くかあああああああああああああああ!」
猛然とシンがエルレインに上から斬りかかろうと構えた。それを受け止めるべく、エルレインは両刃剣を高い位置へと掲げる。
しかし、それがシンの狙いだった。シンは攻撃せずに上へと舞い上がった。エルレインがいぶかしむ間も与えず、カイルの後ろからナナリーがメテオストライクから矢を放っていた。
そうなのだ。以前にバルバトスに仕掛けたように、彼は味方の体勢を立て直す姿をエルレインに見せないようにし、全員で攻撃を仕掛けるための間を作っていたのだ。
「見えるもの、聞こえるものしか信じなかったあんたの負けだ、エルレイン!」
ナナリーの矢がエルレインの肩を撃ち抜いた。続けてリアラの上級晶術が炸裂する。
「古より伝わりし浄化の炎よ……落ちよ! エンシェントノヴァ!」
火柱がエルレインに直撃する。さらに、リアラは具現結晶へと繋ぐ。
「我が呼びかけに応えよ! 我が力、解放せよ! 灼熱と、業火の意志よ、焼き尽くせ!」
全身に鎧を纏った火の精霊、フランブレイブが姿を現し、獄炎を放って全てを焼き払う。止めにとエンシェントノヴァ以上の爆風を叩き込んだ。
だが、まだ油断はできない。火が収まるのもそこそこに、カイルは飛び出していた。
「これで終わりだエルレイン! 屠龍連撃破!」
斬撃と斬り上げを連続して炸裂させ、エルレインにかかるダメージを増やしていく。そして。
「見切った! でりゃ! でりゃ! とどめだ!」
斬り上げと共に衝撃波を発生させて薙ぎ払い、同じように衝撃波を纏う突き3発を放つ。
「蒼龍! 滅牙斬!」
そして、高く跳躍のエネルギーを溜め込み、振り下ろしと共に青白いエネルギーでエルレインの止めを刺した。
「神を……越えるというのか……。」
エルレインは光の粒子と化し、そして拡散して消えた。
「よし、まずは第一段階が終わったな。今はフォルトゥナが現れるまでの間にブレーキをかけないと!」
万が一エルレインを消し去ったことによってフォルトゥナが暴走した場合、神のたまごの衝突を防げなくなる。少しでも減速しておく必要があるのだ。
「止まれえええええええええええっ!」
シンが左手を巨大レンズにかざし、意識をガントレットの結晶体に集中させる。
強い衝撃が7人を襲う。激しい慣性の力に揺さぶられ、カイルなど壁面に叩き付けられたほどだ。
「ぐううううう……止まれ……止まれえええええええええええええ!」
揺れが収まった。ブレーキによる慣性力も緩やかになった。
「どうやら停止したようだな。」
「うん、停止してる。これで衝突の危険はとりあえずは回避できたみたいね。シン、あんたは偉い。」
「燃費の悪い俺だからな、とりあえずは止めることはできたってところだけど。」
しかし、これで全てではない。眼の前に光が現れたのを見て、7人は一斉に武器を構えた。

 
 
 
 

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 技
 黒拳護闇掌:コッケンゴエンショウ 闇→物理→闇