GUNDAM EXSEED_06

Last-modified: 2015-02-26 (木) 13:23:07

「ちょっといいか……」
リーザがベッドに横になっている時だった、不意にチャイム越しにハルドの声がした。
「少し話しでもしないか?」
ハルドはそう言ってきた。1人でいることも不安になってきた、リーザはドアを開けた。
ドアのさきにいたハルドの様子は悲惨だった。左頬と鼻に大きなパッチが貼ってあり、端整な顔が台無しだった。
「少し話しでもしないか?」
直接、顔を合わせてハルドは繰り返す。
「いいよ……」リーザがそれだけ言うと。二人は歩き出した。歩いている途中はお互い無言だった。
やがて、二人がたどり着いたのはベルゲミールの甲板である。二人で何かある時に話す場所は何となくここになっていた。
基地内で警戒の必要もないため、甲板上に待機しているMSはいない。時刻は夕方なっていた、水平線上に夕日が沈んでいく様子が見える。
ハルドとリーザはどちらが何を言うでもなく、甲板上に並んで座った。二人はしばらくのあいだ、沈みゆく夕日を見ていた。それでも、最初に切り出したのはハルドだった。
「指、痛くないか……?」
「……まぁまぁかな」
「ハルドくんは……?」
「……まぁまぁかな」
ハルドは真似して返してみた。すると若干だがリーザが微笑んだ気がする。
「痕、残るって?」
「うん」
答えるリーザは自分の指を見ながら言う。
「まぁいいよ」
ハルドは包帯が巻かれた指を痛々し気に眺めながら言う。
「俺もやられた」
そう言って、ハルドは左手を見せた。確かに薬指には傷跡が残っている。
「綺麗な指だからって理由で食われた」
ハルドは最悪だった時を思い出す。
「で、不味いって言われて地面に吐き捨てられた。くっ付けたのは自分でだ。
だから傷跡が酷いけど。医者がやったなら、そんなに酷い痕は残らないよ」
リーザはハルドの言葉を聞きながらも、ずっと左手の薬指の痕を見ていた。そして、少し考え込んだ後で話し始める。
「……私はエンゲージリングだって言われた」
ハルドの顔には、なんだそりゃという言葉が浮かんでいる。
「キミとのエンゲージリングだってさ」
リーザは沈みゆく夕日に包帯にまかれた指をかざす。
「そう考えたら悪くないかもって思うことにしようかな」
ハルドは、ハッと吐き捨てると、おどけた調子で言う。
「それなら、僕と結婚してくれますか?リーザ・アインさん」
そう言われ、リーザはわざとらしく考え込むふりをしてから言った。
「危険のない安定した職業に就いていて、毎日定時に帰って来てくれるなら考えます」
「それじゃ、しばらくは無理だ」
ただ、まぁ希望はあるのかとハルドは思う。そしてリーザは言う。
「考えますって言ってるんだから、努力次第だよ」
「はい。頑張ります。あなたをお嫁さんに出来るように頑張ります」
我ながら何を馬鹿げた話しをしているんだと思ったがリーザは楽しそうだったので良かったとしておこうと思った。

 
 

「ねぇ、ハルドくん」
気付いたら、リーザは真面目な表情に戻っていた。
「私たちは誰かの所有物じゃないよ」
所有物じゃない、いや自分はエルザの所有物だとハルドは思う。
「私たちは誰かの物にはならない。あの人が私に傷を与えたのは辛い思いをさせるため、だけど、私は今すごく楽しいよ。
指は痛いけど辛くない。きっとそうなるなんて、あの人は思ってない。
私たちは誰かの思い通りになんかならないで生きることが出来る。だから、私たちは誰かの所有物じゃない」
何も知らないからそう言えるのだとハルドは思う。だが、目の前にいる少女は自分より遥かに強い心を持っていると思った。
「それでもさ、俺は心が弱いから」
この少女のようには言えないのだ。殴られれば容易く折れる弱い心だとハルドは思う。
「弱いなら強くなる!」
少女はハッキリ言う。
「ヒーローの基本だよ。ハルドくん!」
少女はハルドの手を握る。
「狭い研究所から私を連れ出したヒーローのキミなら必ず出来る」
あれは仕事でやっただけで、ハルドの頭の中には色んな言い訳が浮かんでくる。だが、なぜか握られた手を通して力が湧いてくる気がする。
そうか、俺はバカなのかとハルドは思った。多少は賢い自信があったが、この少女の前では台無しだ。
「じゃあ、頑張るよ……」
そんな返事しかできない自分をハルドは情けなく思った。しかし、少女は微笑んでいる。
「頑張って。未来の婚約者さん」
最後に婚約者と来たか。申し込んだ以上は頑張るしかないなとハルドは思うのだった。

 

ハルドとリーザの二人は変わらず夕日を見ていた。
別に言う必要はない。だが、ただ何となく言いたくなったのだ。
ハルドは言う。
「俺の子ども頃の話しを聞いてくれるか?」
リーザは何も言わず、ただ頷くだけだった。
誰にも話してない話だ。マスクド・ハウンドの他のメンバーに聞かれた時も適当に誤魔化していた。
そうなると生まれて初めてちゃんと話すことになるのかとハルドは思う。自分のルーツを。

 

「実のところ、俺もリーザと同じで実験体だった……」
とはいえ、待遇は全く違うが。ハルド・グレンは選ばれた少年だった。

 

ハルドは思う、自分が選ばれたと言っても、優れているわけではない。平凡であるという理由であるからだ。
後は顔か。顔だけは良くないといけない理由で選ばれた。親の顔は知らない。物心がつく前に孤児だったからだ。研究機関も、そういう子どもを選んでいた。
親元から離すのは可哀想だからという理由だとあとで聞いた。何ともぬるい研究機関である。
研究機関の目的は平凡な人間から最高の人間を作り上げること。
最高の人間というのは顔も良くないといけないという理由で、顔だけは先天的に持っている物、つまりは才能由来で選ばれた。
研究機関には顔だけは良い平凡な幼い子どもが集められた。
そして最高の教育を受けた。ありとあらゆる学問の最高権威が極秘裏に集められ授業をした。
正直、ハルドにとっては悪くない生活だった。先生は皆、面白い授業をしてくれたし、学問に対する興味は尽きなかった。
それに、メンタルケアも万全で精神的に健康に育つような配慮もしてくれていた。食事も良かった。
舌も肥えてなければ最高の人間になれないという理由で食事も健康バランスを考えながらも味が良かった。
好きだったし今も役に立っているのは格闘術と機械工学そして医学の授業だったか、自慢ではないがこれらに関しては最高の成績を取っていた。

 
 

正直な話し最高の生活だったのだ。あの女、エルザ・リーバスが現れるまでは。
軍事的な能力も必要、そういう理由だけでエルザ・リーバスは研究機関に呼ばれた。
その時から狂っていたエルザは取り敢えず、子どもたちを走らせた。戦場のど真ん中をだ。隠れたり、賢い手段を取ろうとした子どもはエルザが殺した。
死んだ生徒がほとんどだったというか、生き残ったのは自分しかいなかった。そしてエルザは最後に残った自分にこう言ったのだ。
「戦場で一番重要なのは運だ。生き残ったキミは最高の幸運。最高の兵士になれるぞ」
エルザは最高に喜んでいた。あの女があそこまで表情を崩したところをハルドは、その時しか見たことがない。
色んな責任問題になったと思うが詳しくは知らない。最終的に研究所は閉じた。自分にとって最高の環境は失われたのだった。
エルザは元気に生きていた。責任追及があったはずだが、何ともなかったようだった。その時にエルザが言ったことを今でも覚えている。
「大抵の事柄は殺せば終わる。終わらなければ皆殺しにすればいい。問題になるのならそれは殺す量が足りないのだ」
最終的に自分は孤児になった。研究機関も拾ってはくれなかった。
身を寄せる先は、最悪なことにエルザ・リーバスのもとしかなかった。それ以降は、特別に話すことはない。
エルザの元で様々な腕を磨き続け、15歳になったらマスクド・ハウンド隊の所属にされた。
それ以降は隊の任務をしながら、エルザに殺せと言われた相手を殺し、エルザの友達らしき人物が殺して欲しいと頼んできた相手を殺す日々だった。

 

意外に大したことない人生かもしれないとハルドは思った。
基本的には決まった習慣をする生活だったのだ。勉強も殺しまとめれば、ルーチンワークだったと言えるかもしれない。
「さみしい人生だねぇ」
リーザが言う。別に同情を狙ったわけではないが少し堪える。
「これから何か夢とかはない?」
リーザに言われてハルド少し迷いながら答える。
「でっかい湖のそばの小屋で静かに暮らすとか」
これも正直受け売りだ、確かガキの頃、文学の先生が言っていた。
「いいじゃない。ロマンチック」
リーザはわりと好感をもったようだった。
「私もそう言うところに住みたいね。ねぇ、小屋の中はどんな感じ?」
それからは夕日が沈むまで、ハルドとリーザは、あーでもないこーでもない、と言った感じで小屋の内装について議論を交わすだけだった。

 

エルザ・リーバスと会ってから数日後。ハルドの顔のパッチが外れ補給とMS、そして艦のメンテナンスが済んだ頃だった。
ハルドはベルゲミールのブリッジにいた。
「ふむ、いい男に戻ったな」
ベン艦長はハルドの顔を見て言う。実際には多少の傷跡らしきものはあるが気にはならないレベルだった。
「では、任務についてだが」
ベンは早速、切り出す。
「オーブまでのルートは連合軍が掌握している。今回は安全な航海だろう」
「そうだな」
ハルドも同意する。
「対空装備のパトロール艦もある以上、航空襲撃は心配いらないから、安全にオーブだな」
久しぶりというか、初めてに近い感じでの安全な移動である。
「一応、警戒番は用意するが、そんなに気にもする必要はないか」
「まぁ気を抜きすぎるな」
ベンが釘をさすと、ハルドはわかったわかったとい様子でブリッジから去って行った。
「まぁ、大丈夫だろう」
ベン艦長は一人つぶやく。彼の人生上、安全と思った時のカンは当たるのだ。

 
 

[クライン公国 航空母艦グラン・バルトフェルド]
艦内を1人の男が悠々と歩いていた。そしてその男の後ろを規律正しく歩く男がいる。周囲は怪訝な目でその二人を見ている。
なぜなら、男の服装が聖クライン騎士団宇宙兵団の物であり、グラン・バルトフェルド内に存在するには畑違いであるからである。
聖クラインにも制服の違いというのはある。大気圏内の任務を主とするものは赤、宇宙での任務を主とするものは黒といった違いである。
二人の男の制服は黒であり、グラン・バルトフェルド内では明らかに浮いていた。
「やぁだね、ディレックス君。服の色の違い程度でこんな風に見られちゃさ」
悠々と歩く男は後ろを歩く男に言う。ディレックスと呼ばれた男の反応は型どおりというべきか
「やはり、宇宙兵団所属の我々が堂々と歩くのは目を引くのでしょう」
「そうだね」
前を悠々と歩く男はディレックスという男の言葉を適当に流していた。
二人が歩いていく先は、グラン・バルトフェルド内でも最重要の場所、聖クライン騎士団総団長ビクトルの部屋である。
二人は怪訝な表情の周囲を一向に気にせず、総団長室の前にたどり着くと、悠々と歩いていた男は何の気づかいもせず、室内に入り込む。
「ロウマ・アンドー大佐でーす。ちょっと用があってきました」
全く持ってふざけた態度であったが、ビクトル総団長は僅かに顔をしかめるだけだった。
「来客中でなかったから良いものを、人がいたらどうするつもりだった。アンドー大佐?」
「知りませんよ。俺にはそんなこと。まぁ、多分失礼しましたって言って部屋から出るんじゃないですかね」
アンドー大佐と呼ばれた男は聖クライン騎士団の総団長を相手にしても、臆する様子はない。
「それで、何の用だ貴様がいるということは何かの任務だろう」
ビクトル総団長はアンドー大佐に対して、何らかの私的な感情を抱いているのか、無表情を装いつつも額には青筋が立っていた。
「いや、ちょっとオーブに用があって。兵隊を借りたいなと思ったんですよ。俺の護衛にね」
青筋を浮かべているビクトル総団長に対して、アンドー大佐は飄々としていた。
「別に構わん!1小隊持っていけ!」
とうとうビクトル総団長は怒鳴り、アンドー大佐を追い出すように叫んだ。
「じゃ、適当なのを貰っていきますよ」
それだけ言うとアンドー大佐はさっさと部屋から出ていってしまった。
「いやだねぇ、バカの相手はさ」
部屋の外、アンドー大佐はわざとらしく肩が凝ったふりをして肩を回していた。
「ビクトル総団長は優秀な指揮官ですが」
ディレックスという男がそう言うが。
「そうだね」
アンドー大佐は全く相手にしていなかった。

 
 

「まぁ、俺が言いたいのは俺憎しで、顔合わせも嫌がりオーブ行きについても詳しく触れないところ。そういうのがバカの由縁だね」
言って、アンドー大佐歩き出す。
「欲しいのはクラインのお坊ちゃんなんだけど、いるかしらね」
「護衛程度ならば、どの部隊でもいいのでは?」
ディレックスが言うがアンドー大佐は
「そうだね」
と言ったきり無視する。
「クラインのお坊ちゃまには唾をつけておきたいのさ。今後を考えるとさ」
アンドー大佐はディレックスに聞かせるように言うが、実際には独り言であった。
適当に艦内を歩きながらアンドー大佐は人探しをする。
服装のせいで怪訝な顔をされるが、少し話す兵士は、喜んでアンドー大佐に情報を渡すのだった。
「まぁ、こんなものだよディレックス君」
「クライン小隊を探すには、もう少し歩く必要があるのでは?」
「そうだね」
同意しながらも、アンドー大佐はディレックスの言うことを無視して、適当な休憩用のベンチに座る。
「ディレックス君、喉が渇いたよ、飲み物を二人分。俺のは炭酸入りなら何でもいいコークがベストだがな、クライン君のは……スポーツドリンクで良いだろう」
アンドー大佐が言うとディレックスは何の疑問も挟まず、自動販売機に向かっていった。
「さて、ディレックス君が先かクライン君が先か」
アンドー大佐がそう呟いた直後、アッシュ・クラインは息を切らしながら、アンドー大佐の前に走って現れた。
「アンドー大佐!自分を、お探しとききましたが?」
釣りはこうやってやるんだよ、ディレックス君。アンドー大佐は心の中で、そう呟いた。

 

「まぁ座ってくれよ。クライン君」
アンドー大佐はベンチの脇が空いていることを手で示した。
そうされれば座らないわけにはいかないので、アッシュはアンドー大佐の隣に座る。
「あと、クライン君。アンドー大佐は良くないな。俺が君付けなんだから、キミも呼び方を考えるべきだ。おっと、待ってくれ、アンドーさんは止めてくれよ。苗字で呼ばれるのは嫌いなんだ。呼ぶなら、ロウマに適当になんか付けてくれ」
そう言われ、ハルドは戸惑いながらも、
「ロウマさん……?」
その言葉にロウマ・アンドー大佐は大げさに喜んで見せる。
「そうそう!それでいいんだよ……ところで歳はいくつ?」
「18ですが……」
「俺は26歳。なんだじゃあ、兄弟みたいな歳の差じゃないか!じゃ、この際、アッシュって呼んでも良いかい?」
「ええと、はい構いませんが」
「よし、じゃあ、今日からキミはアッシュで俺はロウマさんだ!」
ロウマがそう言った直後、ディレックスが飲み物を持って現れる。
「今日の出会いの記念に飲み物だ。疲れてると思ってスポーツドリンクだ」
ロウマはディレックスから飲み物を受け取ると、それをアッシュに渡した。
「次の任務を一緒にやる仲だ。乾杯といこうか、アッシュ!」
言われ、アッシュはロウマの言う通り、盃を交わした。

 

適当に任務を説明した後、アッシュは準備に去り、ロウマはその場に残った。
「ありゃ駄目だな。綺麗すぎる。少し汚せばものになるか?」
「しかし、アッシュ・クライン中尉は優秀なパイロットです」
「そうだね」
ロウマは色々と考えを巡らせていた。ディレックスが喋るのは余計な要素だ。
「まぁ、オーブへ着くまでに様子を見るかねぇ。駒としちゃ妹の方が優秀だし」
ロウマは考えを巡らせる。その間、ディレックスには一言もしゃべらせなかった。

 
 

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