GUNDAM EXSEED_B_5

Last-modified: 2015-04-17 (金) 17:03:18

「ぬぁぁぁぁぁぁぁキモイキモイキモイ!」
聖クライン騎士団のロウマ・アンドー大佐は全身をかきむしっていた。
「ウザいウザいウザいウッザーい!」
クライン公国の首都、アレクサンダリアの王宮でロウマ・アンドーは怒りに震えていた。
それもこれも公王のエミル・クラインのせいだと、ロウマは普段の表情からは想像もできない凶相を浮かべていた。
ディレックスが近くにいなくて良かったとロウマは思っていた。近くにいたら、殺してしまいかねないほど、自分は怒りに満ちているからだ。
それもこれも、公王のエミル・クラインのせいである。そうロウマは思った。
エミル・クラインがロウマにとってはクソ以下の戯言をことあるごとに言うため、ロウマの怒りは限界を迎えつつあった。
自分がお膳立てし、全てを用意しなければ公王になどなれなかった、チンパンジー未満の脳味噌の癖にと、ロウマは思うが、
そこは我慢し、全て公王様の仰せのままにと済ませてきたのだが、ロウマは自分に想像以上のストレスが溜まっていると感じていた。
では、どうするか、ロウマは少し考え、結論を出す。
「そうだ、ここを離れよう」
そうロウマは決めて、ディレックス大尉を伴い、コロニー視察に出かけることにした。
各コロニーがちゃんと、公国が示した通りの活動を行っているかという視察を名目にした気分転換の旅行をするのだ。。
ロウマはすぐに船に乗ると出発を命じた。ディレックスは不満げだったが、無視した。
ロウマからすれば、公王のエミル・クラインはチンパンジー未満の脳味噌だが、ディレックスはゴリラ以下の脳味噌だからだ。
最低でもオランウータン以上の脳味噌を持っていなければ、積極的なコミュニケーションの相手には至らないとロウマは思っていた。
「船長、行先はアービルで」
ロウマはそれだけを宇宙船の船長に伝えると全てを無視して、眠りについたのだった。

 

「じゃ、行先はアービルってコロニーで」
ハルドはクランマイヤー王国屋敷での朝食の最中、急にそう言いだした。
朝食のメニューはコーンクリームのスープに、炒めたベーコンとスクランブルエッグ、朝摘み野菜のサラダのプレート。それに自家製ドレッシング。
パンは自家製のものに、手作り感が伝わるバターと自家製のリンゴジャムだった。直前に、「クランマイヤーでのジャムの定番はリンゴと決まっていますので……」
そうバーリ大臣が言ってきたがセインは全く気にも留めず、朝食を全て平らげた。
「アービルとは、どんなコロニーだ?」
アッシュがハルドに尋ねるが、ハルドは、
「行けば分かる」
と言うだけだった。セインはあまり良い予感がしなかったが、朝食で得た満腹感が思考を妨げた。
「ちょっと、がっつきすぎだよ、セイン」
いつものようにミシィが母親のように言うが、セインは視線をアッシュに移す。アッシュは二人前を平らげている。すると、ミシィは、
「あの人はいいの!」
アッシュをかばうような物言いが、正直セインには気に入らなかった。が、一々目くじらを立てるのも大人げないので無視することにした。

 
 

出発する段になり、宇宙港に着くと、宇宙船は違う物に変わっていた。セインが
質問するとクランマイヤー王家の物だそうだ。
「コナーズ、操舵できそうか」
「問題は無いです」
セインは久しぶりにコナーズを見たようなきがして安心した。実際は一日程度の期間しか船を離れていないのだが。
セインたちは特に何事もなく、クランマイヤー王家の宇宙船に入った。
流石に王家の船であり、ハルドの船と比べて広かった。
「じゃ、出ますよ」
コナーズがそう言ったが、セインとしてはこう言う場合、掛け声が欲しかった。
「なんとか号、発進。とか無いんですか?」
そう言ったが、ハルドに全て無視されてしまったので何もなく、宇宙船は当然のように宇宙へと飛び立った。

 

宇宙船で目的地まで行く間は、とにもかくにもヒマだとセインは感じていた。
ミシィは姫やヴィクトリオとカード遊びに興じていたが、セインはそんな子どもの遊びに加わるわけにはいかないと思い、宇宙船のブリッジにいるハルドに尋ねた。
「戦い方を教えてくれませんか?」
セインは自分でも直球だと思った。しかし、ハルドは無視して、銃の調整をしている。
「教えてください!」
そう叫んだら、小突かれ、宇宙船のブリッジから放り出された。
アッシュに聞いても良かったのだが、セインはなぜかそれは出来なかった。
「喧嘩した相手と仲直りもできないんだ」
カード遊びをするミシィがそう言うが、セインは否定できなかった。クライン公国の名前がついているだけで、その相手とは仲良くできない気がした。
「別に良いだろ」
「良くはないとおもうけどなぁ。アッシュさん。良い人だし」
ミシィは遊びながら、セインに言う。良い人だというのはセインも分かっているのだ。だが、なんとも言えないわだかまりがあった。
「えー、みなさん。アービルまでは、1日とちょっとくらいなので、それまで、ご自由にお過ごしください」
直後にコナーズの船内放送があった。セインは手持ちぶさたとなって、ミシィから離れると、船がアービルに着くまで、自室でぼんやりと過ごすことにするのだった。

 

ロウマ・アンドー大佐は徹底的に服装を整えた上で、アービルの地を訪れた。上級士官用のコートをキッチリと着こなし、コートの上に着けるベルトには左腰に軍刀、右腰にはホルスターに納めた拳銃を身に着けていた。そして、髪を整え軍帽を被る。
鏡でも見たが、我ながら、ウットリするほどの軍人姿だとロウマは思っていた。民間人はもとより、ここアービルの地の人間が見たら自分に対して畏敬の念を抱かざるを得ない姿だとロウマは自分の姿に絶対の自信を持っていた。
ここアービルのコロニーはクライン公国が侵略し、制圧した、クライン公国の占領地なのである。

 
 

アービルの民からすれば、ロウマのようなクライン公国の軍人は恐怖の対象でしかない。それが、これだけ見栄えよく他者を威圧するような恰好をしているのだから、アービルの民はどれほどの恐怖の念を示すのか、ロウマは、それが楽しみで仕方なかった。
「さて、視察にいくとするかね。ディレックス君」
ロウマは、そう言って、自分を歓迎しない人間しかいないであろう、コロニーの地に降り立った。

 

「えー、アービルに到着、アービルに到着です。みなさん、忘れ物をしないように」
コナーズの船内放送を聞いて、セインは目を覚ました。自分がいつの間にか眠っていたことに気づいた。
「あ、セイン。起きた?」
ミシィがノックもなくセインの部屋の扉を開けた。
「ハルドさんが呼んでるよ。コロニーの中に行く前に一旦、集合だってさ」
それを伝えると、ミシィはさっさと去って行ってしまった。ミシィのデリカシーの無さやプライバシー侵害について、セインは色々と思い、うんざりしながら起き上がると、ミシィの後を追った。
皆が集まっているのはブリッジであった。皆の中心にはハルドがいた。ハルドはセインの姿を確認すると、全員集まったと理解したうえで、何やら講釈を始めるのだった。
「んじゃま、全員、揃ったところで色々と確認しとこうかね」
そう言うと、ハルドはミシィを指さした。
「では、ミシィさんに質問です。ユウキ・クラインの手による、クライン公国の成立以降、宇宙でのコロニー統治の基本理念は何でしたか」
急に質問が来たため、ミシィは驚いた表情を浮かべるが、ミシィは学力的には優秀な部類なため、問題なく答えられる。
「独立と自治が基本理念だったと思います」
そう言うと、ハルドは大げさなしぐさで頷いて見せる。
「そう、その通り。ユウキ・クラインは宇宙の各コロニーには基本的に、独立と自治を認めた。
もっとも例外はいくつもあるが、基本的にクライン公国は各コロニーの統治に干渉しないって約束があった。それを考えれば、各コロニーへの侵略や制圧なんてもってのほか……」
そこまで言ってから、ハルドは言葉を切り、首を横に振って見せる。
「そのはずだった。が、今は違う……」
そう言うと、横合いからアッシュが横から口を挟む。
「馬鹿な。コロニーの自治と独立を認めるというのは、公国成立以来の基本原則だぞ!それが、覆されるなど……」
そこまでアッシュが言うが、ハルドはアッシュに制止をかける。
「お前が、そう思いたいのは分かるが、現実は違う。現実を直視するってのが、このアービルってコロニーを見学する目的さ」
そう言ってから、ハルドは今度はセインを指さし、質問する。
「セイン。お前の市民等級は?」
セインも急に質問され驚くが、別段困る質問ではなかったので、すぐ答えた。
「三等市民です。ミシィも同じ」
まぁ、そうだろうな、とハルドは頷くが。アッシュには訳が分からなかった。
「なんなんだ、その市民等級というのは?」
疑問を言葉にすると、ハルドがすぐに答えた。

 
 

疑問を言葉にすると、ハルドがすぐに答えた。
「3年前、エミル・クラインが公王に即位してから、すぐに始まった制度さ。何でも、国民を優秀な順に等級で分けるんだそうだ。で、国民は等級に相応しい生活をするのが真の幸せへの道だってのが、エミル・クラインの言葉だ」
ハルドがそう言うと、セインがその後を続けた。
「ほとんどの人が三等市民で、官僚とか軍人とかは二等市民、一等市民は、正直よくわかりませんけど本当に特別な人しかなれないみたいです」
ハルドは冷やかすような口調でセインの言葉に付け加える。
「まぁ、その等級分けだって、どんな基準でやってるかわからんしな。厳正な選考の結果とか言ってるが、それだけ綺麗に分かれちまってる。まぁ、権力の独占とかの理由づけに使ってるんだろう。三等市民は劣っているから、政治に携わってはいけないとかな」
そこまで言うと、アッシュは激昂した様子で、ハルドを見て言う。
「ふざけるな!公国は、確かに公王という絶対の存在こそいるものの、それ以外の民は万民が平等。そんな中世のような差別的構造が……!」
怒鳴る、アッシュに対してハルドは落ち着いている。
「落ち着けよ。それが、ほんとかどうかを確認するためのアービル見学だぞ」
そう言いながら、アッシュはセインとミシィの方も見た。
「現実がどんなものか直視するための社会見学だ。お前らの住んでいたアレクサンダリアじゃ見られない現実も見られる」
そう言って、ハルドは再び二人に質問する。
「お前ら、等外市民――アウターでもいいが、聞いたことあるか?」
セインもミシィも聞いたことがない言葉だった。ハルドの質問が分からずに二人は顔を見合わせるしかなかった。
「なら、お前らにも勉強になるだろうよ。まぁ良い勉強とは思えねぇがな」
次にハルドは、それまで黙って聞いていた子どもたちに顔を向け、言う。
「これから、外へ行くけど、俺が目を閉じろって言ったら、必ず目を閉じるんだぞ。約束だからな」
ハルドにしては優しげな口調ではあったが、奥底には有無を言わさない響きがあった。
ハルドの言葉に対して、小さな姫とヴィクトリオは、
「はいです!」
「わかった!」
と、大きな声で返事をするのだった。その元気な様子に全員の顔がほころぶ。
「んじゃ、事前学習は、この程度として社会勉強に行くとしますか」
そう、ハルドが言って締めると、全員は宇宙船から降りて、コロニーアービルの地へと足を踏み入れるのだった。

 

「なんだか、物々しい雰囲気だね」
宇宙港のロビーへ降り立ったハルド達の中で、最初に感想を述べたのはミシィであった。
「まぁ、そりゃそう感じるわな。周りを少し見渡せば、公国軍人ばかりだからな」
ハルドがそう言うと、セインもミシィと同じ感想を持ち、宇宙港の警備は完全に公国の軍人が行っていることをセインは理解した。

 
 

「あの、僕たちの身元は大丈夫なんでしょうか……」
セインは小声でハルドに尋ねる。なんといっても自分とミシィは反体制主義者の家族として指名手配されている身なのだ。
「あんまり気にすんな。お前ら程度の罪状じゃ、他のコロニーにまで指名手配は出回らねぇ」
ハルドも小声で答えたが、それだけではセインは不安がぬぐえなかった。
「まさか、こんな……」
アッシュは宇宙港の警備をする公国軍人の姿を見て、ただでさえ痩せこけ青白い顔色が更に白くなったようだった。
「こんなもんは、まだ序の口だ。街の方を見て見りゃもっとひどいぞ」
そうハルドが言って、全員は宇宙港を後にした。
「まさか、こんな……」
アッシュはすぐに、宇宙港で呟いたセリフと同じセリフを呟くこととなった。
コロニーの街中は完全に公国軍に占拠されており、街の各所に公国の軍人がいる。その中にはコロニーの住人に暴力を振るう者もいた。
ハルドは姫やヴィクトリオには、それとなくそう言う場面を見せないように気を使いながら、コロニーの街中を散策した。
「だいたい分かったろう。俺の話しがマジで。公国がコロニーの侵略と占領を進めているってことが」
「独立と自治を認めるという基本原則はどうなった!」
「そんなもの公王がエミル・クラインになった途端、みんな忘れちまったよ。そんで、この有様さ」
アッシュの怒りを軽く流しながらハルドは言う。その後もハルド達はコロニー内を歩き回るのだが、アッシュの表情は段々と暗くなっていく。
「公国の誇りはどうなったんだ……」
「埃になって消えたんじゃねぇの」
先頭を歩くハルドが冷たく言い放った。その瞬間、アッシュは怒り、ハルドに掴みかかろうとしたが、不意にハルドが鋭く言う。
「姫様、ヴィクトリオ。目を閉じろ」
急に言われ、姫とヴィクトリオの二人は戸惑ったが、言われた通りに目を閉じた。
「一体、なんだ……」
不意にハルドが言ったため、掴みかかる機会を失ったアッシュだったが、すぐにハルドが目を閉じろと言った理由がわかり、唖然とした。
「まさか、こんなこと……」
「なんだよ、これ……」
「ウソ……」
セインもミシィも唖然とした表情を浮かべる。ハルドは皆の唖然とした表情を見ながら、自分は感情消した表情で言い放つ。
「“吊るし”だよ」
皆の視線の先、そこは街灯であり、その先端には首を吊るされた死体があった。

 

「いやー壮観だね。ディレックス君」
ロウマは軍用車の中から、外の街灯に吊るされた死体の数々を見て、歓声を上げていた。
「アレクサンダリアじゃ、景観の問題で、このような絞首刑は不可能ですからね」
「そうだね」
答えながら、ロウマには若干の不満があった。綺麗な死体があるな、という不満である。
「知っているかい、ディレックス君。首つりには綺麗な殺し方と汚い殺し方があるんだ」
「初耳です」
「綺麗な殺し方ってのは、首を吊る時に上手く首の骨が外れるようにすること。これだと一瞬で死ぬから、綺麗に殺せる。
逆に汚い殺し方ってのは首つりの時、縄が首に締まるようにするんだ。絞殺と同じだね。
これだと苦しいし、目玉は飛び出る、顔色が凄くなる、体内に残っている排泄物が漏れ出るで、汚く殺せるんだ」
そんな風に説明されても、ディレックスにはピンと来なかったし、ロウマも説明したところで分からないだろうと思っていた。
ただ、ロウマとしては苦しんでいる人間を見る方が面白いことは面白いので、なるべく苦しませて殺して欲しいと思うのだった。

 
 

「アレクサンダリアじゃ景観が悪くなるからってやらないが、他のコロニーじゃこうだ」
ハルドは見慣れた光景であり、何とも思わなかったが、アッシュ達にはショックの大きい光景だった。
「なぜ、こんなことを……」
アッシュがかろうじて声を出し、ハルドに疑問を投げかける。
「見せしめだよ」
ハルドは何でもないように言う。
「見せしめ……?」
セインが真っ青になった顔色で尋ねる。
「アレクサンダリアとかじゃ、公国の政策に対して反意を持つ反体制主義者は逮捕、悪くて銃殺だが、アレクサンダリア以外のコロニーじゃ、反体制主義者は、たまに見せしめに、こうやって吊るされるんだよ」
まぁ、たまにって言うほど少なくもないんだがな、とハルドは付け加えつつ、先に進むよう皆に促した。
「反体制主義者?」
アッシュは歩きながら、ハルドに尋ねる。
「エミル・クラインが公王に即位してから、公国に言論や思想の自由は無くなったよ」
「馬鹿な。言論や思想の自由は、初代公王ユウキ・クラインが直々に認めたことだぞ」
アッシュがあり得ないといった口調で言うが、ハルドはそれを軽く流す。
「それは昔の話し、今は国に文句を言えば、反体制主義者って呼ばれ犯罪者扱いさ。セインの親父たちも、それで逮捕されたり殺されたりな」
言いながら、先導するハルドが不意に道を変える。不思議に思ったアッシュたちは、ハルドが行こうとした道を見て、更なるショックを受ける。
広い通り、その街灯1つ1つに死体が吊るされていた。そして、その中でも、アッシュたちにとって衝撃だったのは、年端もいかない子どももその中にいたことである。
「ここにいたら、アタシたちもあんな……」
ミシィがか細い声で言う。セインはおそらく、そうなっていたろうとミシィの考えが分かり、声には出さずとも同意する思いだった。
「ふざけるな……こんなことが許されるはずがないっ……」
アッシュは怒りに震えているが、ハルドはそれも軽く流すだけだった。
「それが許されんのが、いまのこの国、クライン公国の現状さ」
歩きながら答えるハルドの表情も決して明るい物ではなく、嫌な物を見たという感を露わにしていた。
「なぁアニキー、もう目あけていい?」
不意にヴィクトリオが言う。するとハルドは辺りを見回し、
「オーケーだ。目開けていいよ。二人とも」
そう言うと、姫とヴィクトリオは目を開ける。
「どうして、目を閉じなければならなかったんです?」
小さな姫が尋ねるとハルドは苦笑いしながら、答えるしかなかった。
「ちょっと、怖い物があってね」
それだけ言うと、そこまでに見てきたもの全てを誤魔化した。しかし、アッシュ、セイン、ミシィの心には先ほどまでの光景は深く刻まれていた。
「まぁアレにも多少だが、良いことはある。臭くなるから消臭剤をコロニー全体にぶちまけるんで、アレがされてるコロニーでは悪臭問題は全くない」
ハルドが軽口を叩くが、それがセインの逆鱗に触れる。

 
 

「ふざけているんですか!」
セインはハルドに掴みかかろうとするが軽く躱される。
「そりゃ、ふざけるさ。あんな光景見たんじゃ胸糞悪くて、真面目じゃいらんねぇよ」
ハルドはそう言うと、セインを軽く小突く。
「だが、まぁ、俺も悪かったよ。デリカシーがなかったな」
そう言うと、ハルドは皆に背を向け、先導を再開するのだった。
「多分、ここからは直接的に見たくないシーンてのはねぇよ。ただ、まぁアッシュには色々きついかもしれないけどな。昔の公国とのギャップがありすぎて」
「もう充分に、それは体感したよ……」
アッシュは疲れ切ったように言った。セインの目から見て、このコロニーに来てから、アッシュは更に痩せたように見えた。
ハルド達は更に歩みを進めていく。確かにハルドの言うように、衝撃を受けるような光景はなかった。だが、やがて、セインには異常に見える光景に遭遇した。
それは街の広場で軍事訓練のようなものを受けている大人たちであり、その大人たちの首には一様に首輪が巻かれていた。
「あれが等外市民(アウター)だよ」
ハルドは視線で首輪を巻かれた大人たちを示す。
「占領地になったコロニーの人間で三等市民にもしてもらえなかった人間たち」
セインは気になってハルドに尋ねる。
「あれは何をしている所なんですか?」
「見ての通り軍事訓練だよ。ただし、アイツらはマトモな兵隊としては扱われない。アイツらが何て呼ばれているか知っているか?」
知るわけはない。だが、セインは嫌な予感しかしなかった。
「奴隷兵だよ」
ハルドは淡々と説明する。
「等外市民には人権はないってことになっている。公国いわく人間の扱いをするに値しない能力の存在だそうだ。アイツらの首輪が何だか分かるか?」
セインは分からなかったが嫌な予感しかしなかった。
「……爆弾だろう」
アッシュが疲れた様子で答えた。
「知ってたか?」
「いや、予想がついただけだ……」
アッシュは心底ウンザリしたような様子で、そう言った。
「まぁ、その通りで首輪は爆弾だ。反逆しようものならドカンだし、偉い奴の気分しだいでドカン。なにせ等外市民に人権なんて無いから、何をしても自由なわけだ」
ハルドは何でもないことのように言うが、セインとミシィには、ゾッとするような話しだった。
「これもアレクサンダリアじゃ見られない光景だろう。セインとミシィも運悪くこのコロニーにいたら、ああなってたかもな」
「あの人たちは、どうして等外市民に?」
疲れた様子のアッシュがハルドに尋ねると、ハルドの答えは極めて簡潔なものだった。
「運が悪かった」
それを聞いて、アッシュは眩暈を起こしそうになった。
「別に何をしたわけでもなく、コロニーが占領された途端にアイツらは等外市民の烙印を押されて爆弾付首輪を着けられ、
軍事訓練を受け奴隷兵として使い捨てられる運命を背負わされる羽目になった。結局、運が悪かっただけとしかいいようがねぇんだよ」
ハルドの説明を聞き、全員の表情が暗くなる。

 
 

「そんなのひどすぎる……」
ミシィが、か細い声で言うが、ハルドの返しは冷たいものだった。
「ひどいって言っても現実なんだからしょうがない」
そう言うと、ハルドは歩き出しながら言う。
「クランマイヤー王国もクライン公国に占領されたら、ああいう人間が大量に出るわけだ。つっても、公国の基準じゃ等外市民は人間じゃねぇわけだが……」
ハルド達のコロニー散策は続く。途中、セインは廃墟を見かけた。するとハルドが説明をする。
「ありゃ、文化破壊の後だな。どのコロニーにも、それぞれ歴史やら文化やらを象徴するものがあるだろ。公国はそれを壊すように命令している。
公国いわく文化や歴史は公国のもののみに統一されるべきで、他にそれを象徴するものは存在してはならないってことだ」
ハルドの説明の直後にアッシュは肩を落とす。
「ユウキ・クライン公王は歴史や文化財の保護にも熱心な方で、公国の在りようもそれを受け継いでいたはずなのに……」
このコロニーに来てからというもの、アッシュは今のクライン公国に対して失望することにしか出会っていない、そう思っていた。
「あの、もしかしてクランマイヤー王国が占領されたら……」
姫がハルドに尋ねる。子どもながらにどうなるか、嫌な想像が浮かんだのだろう。しかし、ハルドは姫に微笑んで返す。
「大丈夫ですよ。姫様。クランマイヤーのは文化じゃなく生活です。みんな普通に生きているだけなのに、それを壊すわけがないでしょう」
そうハルドが言うと、姫は安心した表情を浮かべた。だが、アッシュはハルドが嘘をついていると分かった。ハルドが言ったのは姫を安心させるための嘘だ。
クランマイヤーのあの穏やかな世界がそのまま残されるとはアッシュには到底、思えなかった。おそらく全てが破壊されるに違いない。
今のクライン公国ならそれをやりかねないだろうと、このコロニーに来てからの公国への失望を経て、アッシュはそう考えた。
セインとミシィもアッシュとほとんど同じ考えである。
「さて、もう少し歩くとするか。まだ少し見せるものもあるしな」
そう言うと、ハルドは再び歩き出し、皆を先導する。そして、ハルドが連れてきたのは、公園のような場所であった。
「あれ、子どもたちがいる?」
「そりゃ、いるよ。一応、人が住んでいるんだから」
ミシィが何かに気づいた様子で声をあげ、セインがそれに応えて、公園の方を見ると。奇妙な子どもたちの一団がいた。
全員が揃いの制服を着て、一列に並び、並んだ子供たちの前には騎士団の制服を着た男がいる。
「あれは思想教育だな、子どもの内から公国のために命を捨てるように教え込んでるんだよ」
誰かが、アレは何かとハルドに尋ねる前にハルドは答える。

 
 

「騎士団が行っているのは、なぜだ?」
アッシュは、そう聞かざるをえなかった。アッシュのその質問に対し、ハルドはどうにもバツが悪いと言った様子で答えるのだった。
「そりゃ、騎士団の担当だからだよ。思想教育も“吊るし”も奴隷兵の管理、文化破壊、その他もろもろ、コロニーの占領政策やら反体制主義者の逮捕なんかも全てが、聖クライン騎士団の担当なんだよ」
その答えを聞いた瞬間だった。
「馬鹿なっ!」
アッシュは今までで最大に驚愕した。
「聖クライン騎士団は、特権があるとはいえ只の戦闘部隊だったはずだ!」
「それは3年前までだよ。エミル・クラインが公王に即位してからは、とんでもない強権を与えられ、エミル・クラインの独裁政治を支援する私兵だよ」
そんな馬鹿な!という思考が、アッシュの頭を駆け巡る。自分がいた頃の聖クライン騎士団は確かに特権が与えられていたが、政治とは無縁の存在であり、ただ公国のために無私の心を持って戦う存在。
だが、決して弱者を虐げるようなことはせず、弱者の存在があれば、それが例え敵の陣営に属する民間人であっても手助けを惜しまない寛容な精神を持った集団のはずだ。
そうアッシュは自分が所属していた頃の聖クライン騎士団を思い返していた。しかし、今の聖クライン騎士団は政治によって動き、弱者を虐げるような集団になり下がっている。アッシュは、到底信じがたいという思いに襲われていた。
「あのアッシュさんって、もしかして……」
苦悩するアッシュの様子を見て、ミシィがハルドに尋ねる。
「そう、聖クライン騎士団だった。マトモだった頃のな……」
アッシュの様子を見て、ハルドも少しながら哀れに思えてきた。アッシュは縋り付くようにハルドに尋ねる。
「なぁ、本当に騎士団は変わってしまったのか……?」
答えたのはハルドではなく、セインだった。
「僕の母を殺したのは騎士団です。そして僕の父とミシィの両親を反体制主義者として逮捕したのも」
その答えを聞いた瞬間、アッシュは絶望した。まがりなりにも自分が青春を賭けてきた誇りある組織が、今のような下衆な集団に堕ちているとは考えたくなかった。だが、それが事実と分かり絶望したのだ。自分が賭けた青春はなんだったのかと、アッシュはそんな思いに囚われた。
アッシュが絶望する中、不意に、辺りの雰囲気が一変する。ハルド達の周囲にあるモニターが一斉にある人物の顔を映したのだ。
それを見て、アッシュは力なく呟く。
「エミル……」
そう、モニターに映る人物はエミル・クラインだった。彼女はひたすらにクライン公国に尽くすことが幸せであり平和へと続く道であることをモニターの中から伝えていた。
ハルド達はマトモに聞いてはいない。このコロニーの惨状を見た上では、全て戯言にしか聞こえないからだ。

 
 

「……あれな、僕の妹なんだよ……」
アッシュが力なく言う。
「……知ってたよ」
突然の発言に驚いたのはセインとミシィだけだった。ハルドと姫は特別驚くような様子も見せない。
「少し休むか……」
ハルドはアッシュに気を使って、そう提案した。そしてハルド達は適当な喫茶店へと入り、アッシュを休ませることにするのだった。

 

「あーいいねぇ、たまには忙しい職場を離れるというのも」
聖クライン騎士団のロウマ・アンドー大佐は、視察という名目で来た以上は仕事をした。
奴隷兵の管理や子どもへの思想教育は充分行き届いているかを適当に見た。そして、担当者へ難癖をつけ、嫌味を言ってストレスを解消した。
「こういうリフレッシュもありだね」
「一応、まだ仕事としては反体制主義者への尋問が残っていますが?」
「そうだね」
ロウマは、それも面白そうだと思っていた。なにせ今回は、元騎士団員が反体制主義者として尋問対象なのだ。
ロウマは、気分を高揚させながら、元騎士団員が収監されている独房へと向かった。しかし、興ざめだった。
「なんだ、マワしてないのか?」
「いや、それは……」
ロウマは名前も知らない騎士団員が口ごもる様子を見て、なんとも使えない奴らだと思い、収監されている元騎士団員を見た。
元騎士団員は女であった、金髪を短く切った凛々しい顔立ちの女だ。世間的には充分美人の範疇に入るのだろうとロウマは思ったが、ロウマは女性の美醜に対して興味はなかった。
「相手は女騎士だぞ。俺が来る前に、もう少し面白い演出をしておけよ」
ロウマは興がそがれたという感じを露わにしながら、元騎士団員の女に問う。
「えーと、名前はなんだっけ?」
「セーレ・ディアスだ」
セーレと名乗った元女騎士は毅然とした態度であった。
「階級は大尉だったんだ。22歳?若いのにすごいねぇ。俺より昇進スピード早いじゃんムカつくなぁ」
ロウマはセーレの態度など気にしない様子で進める。
「えー、親はアービルの代表。ああ、それでか。故郷がぶっ壊されてムカついちゃって反体制派に転向か。馬鹿だねぇ。気にしなけりゃいいのに。賢く生きなよ」
「黙れ、蛇が!」
セーレはロウマを罵倒し、その顔に唾を吐く。
「いいねぇ、俺を蛇って陰口を叩く奴は多いけど、面と向かって蛇って言われたのは初めてだ」
ロウマは顔に吐きかけられた唾を自身の舌で舐めとる。常人と比べても長い舌であった。
「強気な女は好きだよ。俺の女になるなら助けてやるけど、どう?」
「ふん。誰が、蛇の言葉を信じるか。どうせそれも嘘だろう」
ありゃ、ばれたか、とロウマは悪戯がばれた子どものように長い舌を出して見せる。
「ディレックス君、この女は“吊るし”だ。準備をしてくれ。なるべく目立つところで頼む」
セーレに対して処刑の宣告がなされた。だが、セーレは一向に態度を崩さない。
「なんか、ムカつくなぁ。この女」
ロウマはセーレという女の態度が気に喰わなかった。どうせ殺すのだから、別に自分が拷問をして殺してもいいのではないかという気分にもなっていた。
ロウマは自分の手にかかれば、拷問で泣かせられない人間はいないという自信があった。そして、この女の泣き顔がみたいなぁという極めて暴力的な衝動が湧き上がるのをロウマは感じていた。
だが、残念なことに道具が無い。愛用の道具が無いと拷問の精度が落ちるのだ。ロウマは仕方ないと思い“吊るし”で我慢することとした。
「大佐、大きな広場を用意しました」
ディレックスが準備を整えたという報告をしてきた。ロウマは名残惜しいが“吊るし”でこの反体制主義者の元騎士団員を始末することにした。
ロウマはもう一度女を見るが、やはり態度は毅然としており、死への恐れなど無いように見える。だがまぁ、いいかとロウマは思った。
どうせ“吊るし”をすれば嫌でも、もがきみっともない姿を見せるのだから。それで良いとしようとすることにした。
「いやぁ、楽しみだね。ディレックス君」
ロウマは、このセーレという女がどんな顔で死んでいくのかを想像し、気持ちが昂るのを感じていた。

 
 

「少しは落ち着いたか?」
ハルドは喫茶店の店内で疲れ切った様子のアッシュに尋ねた。
「まぁ、それなりだ」
アッシュはそう言ったが、落ち込んでいる様子は隠せない。
「なんだか可哀想だな」
セインもアッシュの様子を見て、同情する。話しを総合すれば、アッシュは実の妹の手によって3年間も監禁され、その間に自分が大切に思っていた組織は様変わりをしていて、その変わり様に絶望しているということだ。
セインが同情を向ける中、アッシュはハルドと姫に対して、自分が理解したことを伝え始めた。
「このコロニーを見て、騎士団の話しを聞いて、少し合点が言ったよ、クランマイヤー王家の人々が僕を人質にしようとしたことが……」
アッシュは力なく言葉を続ける。
「おそらくだが、クライン公国に侵略されないために、公王の兄である、僕を人質にしようとしたんだろう?クランマイヤー王国を、このアービルのようにさせたくなくて」
姫は迷いなく頷く。クランマイヤー王国の狙いは極めて単純で、現公王のエミル・クラインの実の兄であるアッシュ・クラインを人質とすることで、クランマイヤー王国へクライン公国が侵略することを躊躇わせる狙いだった。
「はい、そうです」
答えた姫。その答えに対して、アッシュは首を横に振るしかない。
「だが、実際には、僕には人質の価値など無い。妹はむしろ僕を疎ましく思っているからね」
それに対してハルドは頷く。
「そりゃ、大事な家族だったら、3年間も監禁しねぇよ。むしろ嬲り殺す気マンマンて感じの対応だが、妹になんか恨みでも買ってんのか?」
「特に思い当ることは無いが。元から兄妹仲は良くなかったな。妹は口では色々言うけど行動が伴わないから叱られることも多くて、僕と比較されることが多かった」
それを聞いてハルドは首を傾げる。
「出来の良い兄と出来の悪い妹。妹はコンプレックスで兄を殺そうと考えた?」
「流石にそこまで恨まれるような関係ではないと思うが……」
まぁ、考えたところでハルドもアッシュも仕方ないと思った。結局の所、アッシュの妹がどう思っていたかは分からないが、アッシュを3年も監禁する命令を出したのは事実だ。
「それで、このあとはどうするんですか?」
セインが会話が途切れたところでハルドに尋ねた。
「もう、見るものもないし帰るよ。お前らだって、ここにはそう長居したいとは思わないだろ」
アッシュが全員を見回すと殆どが頷いた。しかし、ヴィクトリオだけは別の方向をぼんやりと見ており、ハルドの話しを聞いていなかった。
「どうした、ヴィクトリオ?」
気になりハルドが尋ねるとヴィクトリオは喫茶店の窓の外を指さし、言うのだった。
「アニキー、外で何かやってるよー」
そう言われ、皆も窓の外を覗いてみると確かに人だかりが出来ている。気になったハルド達は、喫茶店を出て外の様子を確かめるのだった。

 

「さて、ご集まりの紳士淑女の方々、これから愉快な催しをお見せしましょう」
ロウマはわざわざ用意させた演台の上に立ち、気取った様子で集まった人々に語り掛ける。
「今日の催しはこれ!」
ロウマがそう言うと、金髪の女性がロウマの横に引きずりだされた。
「麗しき女騎士セーレ・ディアスの首つりショーでございます!」

 
 

「あの男は……!」
騒ぎが起きていた場所にハルドたちが辿り着くと、そこでは今まさに悪趣味なショーが開かれようとした。
ショーを仕切るのは、軍服を完璧に着こなした若い男だった。セインは、確かにその男に見覚えがある。それどころか、決して忘れられない男だった。
「ロウマ・アンドー……!」
アッシュにも見覚えはある。一時期、自分の上官であり、そして自分を嵌めた男である。その名前と顔は忘れることが出来なかった。
ロウマ・アンドー大佐。聖クライン騎士団の人間だ。
「あいつはっ!」
セインが演台の方に向かい走り出そうするが、その瞬間にハルドはセインの服の後ろ襟を掴んで引き留める。
「何をしようとしてんだ。お前はよぉ?」
事情を知らないし、知っていたとしてもハルドは止めただろう。騎士団相手に余計な騒ぎは起こしたくなかったからだ。
「あいつが、僕の母さんと父さんをっ!」
セインはハルドを引きはがして、演台に立つロウマの元に向かおうとするが、ハルドがそれを許す訳はなかった。
「落ち着けよ。場所を考えろ」
ハルドは思い切り力を込め、セインを地面に引き倒す。
「こっちには子どもがいるんだぞ。騒ぎになったら不味いんだよ」
ハルドはセインの頭を動かし、姫とヴィクトリオの方に向ける。確かに自分が騒ぎを起こせば子どもたちに危険が及ぶかもしれないが、それでもセインは仇を討ちたいと思う。
「でも……」
「でも、じゃねぇ。そもそも今のおまえに何ができるってんだ」
確かに何も出来ないとセインは思う。しかし、でも……という思いが頭を占めていた。
「今は無理だ、セインくん。ここは抑えるしかない」
アッシュもロウマに対する恨みはあったが、この場で何ができるわけでもない。アッシュはセインに落ち着くよう穏やかな声で語り掛けた。
「クソっ!」
無理であることを諭され、セインにはこの場では悪態をつくことしか出来なかった。
ハルド達がセインを引き留めている最中も、演台では悪趣味なショーが続いている。

 

ロウマは絶好調といった様子で、観客に向け語り掛ける。
「なんと、この女は誇りある聖クライン騎士団に所属する身でありながら、騎士団を裏切り、この地アービルを守るために戦ったのです!」
ロウマは人々を見渡す。ここの人間たちは完全に負け犬だとロウマは思い、人々に語り掛ける。
「みなさんは、そんなことが許されると思いますか?」
ロウマは人々の反応が返ってくるのを待つ。しかし、反応は返ってこない。まぁそんなものだろうと思い、もう一度繰り返す。
「“クライン公国の国民”である、みなさんは、許されると思いますか?」
まだ、反応は返ってこない。だが、表情が変わった人間が何人かいることにロウマは気づいており、さらにもう一度繰り返す。だが、次は声の調子を低く変え、脅すように。

 
 

「みなさんは、許されると思いますか?」
そう問いかけた直後、人々の中から「許されない!」そんな叫びが漏れ、それは次第に広がり、最終的には全員が「許されない!」と叫びだした。
これだから負け犬は面白いとロウマは思うのだった。少し脅せば、すぐにご主人様のご機嫌取りに走る。
「許されないってさぁ、セーレちゃん。どうする?」
ロウマはセーレの耳元でささやく。
「蛇が、貴様が言わせただけだろうに!」
吐き捨てるようにセーレは言うが、その言葉に対してロウマはニヤニヤとしながら、
「いやいや、これが現実。結局、ここの奴らはキミを見捨てたんだよ。俺が怖くて、我が身可愛さでさ」
そう言うと、他の騎士団員に縄を持ってくるように命令する。
「さて、人生最後に着けるアクセサリーはネックレスになるわけだが、少しデザインが悪いかな?」
騎士団員が先端に輪っかのついた縄を持ってくる。輪っかの用途は当然明らかである。
「蛇め、絶対に許さん!」
セーレはひたすらにロウマを睨みつけるが、ロウマは何ともない様子で、強烈な殺意がこもった視線も、どこ吹く風と言った感じだった。
「最後くらい、もっと面白いことを言ってくれよ。俺は、そのセリフは聞き飽きてるんだよ」
ロウマは、ウンザリとした様子で、縄の先端の輪っかをセーレの首にひっかけた。

 

「ハルドさん。あの人を助けてあげられませんか?」
悪趣味なショーが終わりを迎えつつある中、姫はハルドにそう言った。その視線は毅然としており、真っ直ぐとハルドを見据えていた。
「王族として、自国を守るために勇敢に戦った勇士を見過ごすということはできません」
10歳の少女の言葉にしては、あまりにも堂々とした物言いだった。ハルドを含めその場にいた全員が、これがあのリスのような可愛らしい小さな姫なのかと思わずにはいられない変貌ぶりだった。

 
 

「ですけど、あの女は他所の奴ですよ」
「ですが、勇士です。勇士である以上、助けるのが王族の義務です。お父さんとお母さんも言ってました。それが、王族の義務だって」
小さな姫は譲らない。これがあの姫様かとハルドは正直、舌を巻く思いだった。人間は時と場合で人が変わることはあるが、変わりすぎだと思った。
「姫様の身に危険が及ぶかも……」
「王国を離れた時から、命を失うことも覚悟しています」
それだけは勘弁してほしいとハルドは思う。どうすればいい?という視線をアッシュに送るが、アッシュはお手上げといった様子で首を横に振る。
「ハルドさんが助けに行かないと言うなら、私自らが参ります。彼女のような勇士の命を無残に散らせてはいけません。民が動かない時は王族が手本を見せろとお父さんとお母さんも言ってました」
いや、それだけは本当に勘弁してほしいとハルドは思い、ハルドはこう言うしかなかった。
「分かりました。助けますから、姫様は落ち着いてください。お願いします」
我ながら情けないと思いながらも、ハルドはこう言うしかなかった。姫に乗り込まれて何かあっては一大事どころで済まないからだ。
「そうですか。では、ハルドさん。あの女騎士の人をよろしくお願いします」
姫は急に元に戻ったようだった。ここまで変わり身がすごい人間がいるとは、ハルドは思わなかった。それもこんな幼い少女がだ。
「実際、策はあるのか」
アッシュが小声でハルドに耳打ちする。
「俺一人なら問題ないとは思うが……」
そう言って、ハルドはメンバーを見回す。子ども二人に少年と少女、そしてガリガリの男だ。とても戦力になりそうなメンバーではなかった。なので、ハルドはこう指示した。
「全員、今のうちに船に戻って待機。出港のタイミングはアッシュに任せる」
ハルドはアッシュに視線を送るとアッシュは何も言わず頷く。状況によってはハルドを置いて、出港することもあるということだ。
「じゃあ、ハルドさん。よろしくお願いします」
姫はぺこりと一礼をする。そして、その場から駆け出す。他のメンバーもついていくが、セインだけは最後まで残ろうとしていた。
「お前も足手まといだから、行け」
「でも」
それでも残ろうとするセインをハルドは小突く。
「アッシュはあの通りだ。お前が姫様を守るんだよ」
そうハルド言うと、手でセインを追い払う仕草をみせる。
「お前が頼りだ。任せたぞ」
ハルドがそう言うと、セインは表情を硬くし、姫様たちを追いかけていった。
ハルドの本音では、おそらくセインは役に立たないだろうが、ああでも言わなければ、この場を去らなかったろう。
「さて、じゃあ、ヒーローごっこをするとしますか」
一応、姫に言われた以上は仕事を果たす。そう思い、ハルドは悪趣味なショーの続きを見ながら、救出のタイミングを狙うのだった。

 
 

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