KtKs◆SEED―BIZARRE_エピローグ

Last-modified: 2012-02-29 (水) 23:30:29
 
 

 『エピローグ:JOJO』

 
 

 Get back, get back(帰れ、帰れ)
 Get back to where you once belonged(もといた所へ帰れ)
 Get back jojo(帰れ、ジョジョ)

 

『Get back』byビートルズ

 

   ◆

 

 蒼穹の中を一隻の戦艦が飛んでいる。
ユニウス戦役最後の戦い、今では戦場となった場所が、南アメリカ合衆国の首都である
ブエノスアイレスであったことから、『ブエノスアイレス攻防戦』と名付けられた戦いで、
最上の戦果をあげた艦。
タリア・グラディス艦長が指揮する、ミネルバである。
その艦の中で、搭乗員たちは日課の訓練を行っていた。
「フッ!」
「痛ッ!」
 一人のザフトレッドが、相手の持っていたナイフを弾き飛ばした。
勝敗は決し、勝利した側が、安全のためにしていたヘルメットを脱ぐ。
「ふう、これで、昼飯はお前の奢りだな。スティング」
「ちっ、わかっている」
 スティング・オークレーは、自分に勝利した相手、シン・アスカを悔しげな目で見る。

 

「これで5敗目ね。負け越しじゃんカッコ悪ー」
「うっせえ! てめえは黙ってろ!」
 見物していた少女、メイリン・ホークが野次を飛ばし、スティングが怒鳴り返す。
一見して仲が悪いように見えるが、シンは割と仲がいいんじゃないかと思っている。
確かにいつも悪口を言い合い、小競り合いの絶えない2人だが、付き合いを断つことはない。
なんだかんだと言いながら、部署が違うにも関わらず、メイリンはスティングに会いに来るし、
スティングも追い返さない。互いに顔を合わせている時間が一番長いのだ。
 いつものように二人が仲良く喧嘩している間に、シンはスポーツドリンクを口にし、
水分とミネラルを補給する。視線を移動させると、金髪の少女と水色の髪の少年が、
シンたちと同じようにナイフの訓練をしている姿を捕らえた。

 

(………まさかこんなふうになるとはなぁ)
 シンは現状に対して、幾度も繰り返した感想を、胸中でまた呟いた。

 
 

 終戦後、ミネルバは勝利の象徴としてその名を大いに高めた。
その名を利用する形で、今度はミネルバを平和と協力の象徴とすることが決められたのだ。
すなわち、ザフトと連合軍の両陣営が、共にミネルバで活動し、協力し合って戦後の復興や、
戦後の混乱に乗じた犯罪の撃破などを行うことになったのだ。
ザフトからは元からのミネルバのクルー。連合軍からは人々の信頼も厚く、最後の戦いでも活躍し、
ミネルバとの協力の実績もある『スリーピング・スレイヴ』が選ばれた。
こうして今、彼らは共にここにいる。
 かつて敵味方であったものが、共に世界の未来のために、人々の明日のために、頑張っている。
その奇跡のような光景に、シンは何度もこの上ない喜びを胸に込み上げさせるのだった。

 

「シン! ご飯に行こう!」
「何ぼーっとしてるんだよ、早く行こうぜ」
 ステラとアウルの声が、シンにかけられる。
「………ああ、レイ、ルナ、お前たちも行こうぜ!」
 シンは、射撃訓練を行っていた二人にも誘いをかけた。
相変わらずクールさを崩さないレイ・ザ・バレルは、頷きを返した。しかし、ルナマリアの方は、
「だから、ブチャラティさんは私と一緒にお昼に行くんです! おばさんは遠慮してください」
「フン、ブチャラティは私と、今後の部隊のスケジュールについて話し合うのよ。
 心配しなくてもちゃんと私が昼食は作ってきたわ。お子様は邪魔しないで」
「……………」
 火花を散らすルナマリア・ホークとレナ・イメリア、青ざめた顔のブチャラティ。
これもまたいつもの光景だ。
「しょーがねえな、ったく。おいブチャラティ! さっさと食いに行くぞ!」
「今日はブチャラティの好きなホタテ貝のいいのが入ってるってよ!
 ボルチーニ茸といっしょにオーブン焼きにしてもらおうぜ!」
 アバッキオが助け舟を出し、ナランチャが続く。
毎度のことながら、アバッキオの度胸には感心させられてしまうシンだった。
さすが『スリーピング・スレイヴ』の副リーダー。リーダーを助け、支えられる男は彼しかいまい。
「レナ教官、一緒に行こう」
「お姉ちゃんも早くしないと、時間無くなっちゃうよ」
 ステラとメイリンにも言われ、ルナマリアとレナは、渋々ながらも対決をやめて、
二人ともブチャラティの両脇を歩きながら、共に食堂へと向かう。
ブチャラティもやや疲れた顔をしながらも、逃げはしない。
彼も多少の迷惑はあっても、決して二人のことを嫌っているわけではない。
むしろ好ましく思っているのだから。

 

 今、この太陽系で最も強く、最も名のある艦の日常は、おおむねこのようなものであり、
誰もがこの日常を好いていた。ここが彼らの居場所であり、彼らの帰ってくる場所なのだ。

 
 

『シン・アスカ』
 ストライクフリーダムの撃墜等の功績により、ネビュラ勲章を授与される。
デスティニーは修理され、今もシンの専用MSである。
ヴェルサスとの最終戦で感じた『光の中』にいるような感覚、自分だけに馴染む行動は、
その後一度も感じることはできていない。しかし、スタンドは感覚で捉えられるようになった。
その白兵戦能力は、まさにザフト最強である。
しかし近ごろ、右腕の内部に『何か』があるような感じがしている。
検査でも異常はなかったが、どうにも気になっている。

 

『ステラ・ルーシェ』
 失われたガイアに代わり、連合軍からブルデュエルを与えられている。
あの戦いの後、ミーアたちと仲良くなり、辻彩からは化粧のやり方を教わったりした。
今も時々、連絡を取り合っている。

 

『レイ・ザ・バレル』
 戦後、ザフトのトップエリート、特務隊『FAITH(フェイス)』に任命される。
レジェンドは大破してしまったため、プロトカオスを機体として与えられる。
検査により、肉体の老化がなくなっていることが判明。
レイはこれを、形兆が残りの命を分けてくれたのだと解釈している。
ガルナハンの少女、コニール・アルメタとの文通は、継続中である。

 

『ブローノ・ブチャラティ』
 連合軍側の部隊のリーダーとして、毎日が激務の日々。
ルナマリアとレナの想いは理解しているものの、まだどちらを選ぶかは決めていない。
今、強引に選ばせれば、どちらの想いも断り、一人、戦いの道を歩き続けるだろう。
それはルナマリアとレナもわかっているので、無理に関係を迫ることはない。
アバッキオは、元ギャングらしく、二人同時に付き合ってしまえばいいのにと、
反倫理的なことを考えながらも、口出しするようなことではないと、静観している。

 

『スティング・オークレー』
 ダイアーから受け継いだ波紋の練習を、ずっと行っている。
波紋による身体強化ができるようになった彼に勝てるのは、スタンド使い以外ではシンくらいのものである。
メイリンと交際することになるかどうか、クルーたちの間で秘密裏に賭けが行われていたりする。
カオスが撃墜されてしまったため、ヴェルデバスターを使っている。

 

『アウル・ニーダ』
 アビスが破壊された後、ネロブリッツを使っている。
スティングから波紋を教わっているが、あまり才能が無いとわかりへこんでいる。
スティングを見返すため、ネオのような隊長となることを目指し、勉強中。
時折、ナランチャに算数を教えている。

 

   ◆

 

 古びたビルの中で、戦闘が行われていた。
いや、戦闘というよりは、圧倒的な殲滅戦と言った方が正しいのかもしれない。
戦力比は、1人に対してテロリスト25人。
テロリストの方は銃火器で武装しているのに対し、1人の方はせいぜい拳銃程度。
 しかし圧倒しているのは、その1人の方だった。
「何だって言うんだテメェ!! こっちは機関銃持ってんだぞ!」
 機関銃を乱射するテロリストの一員は蒼白であった。銃弾はかわされ、爆弾は炎と風を跳ね返され、
こちらは見えない何かに斬り裂かれて倒れ伏していく。妖怪か何かを相手にしているようなものだった。
「いやぁ、そりゃ俺でも機関銃を正面から相手にしたらやべぇけどよぉ」
 対する1人の男は気楽な口調で言い、指揮者のように指を振る。
すると、テロリストの機関銃が、綺麗な断面を残して切り裂かれた。
次いで、テロリストに衝撃が与えられ、気絶する。
「ホル・ホースみたいに自在に動く弾だったらともかく、真っ直ぐ飛ぶだけの弾丸なら、
 この距離からだったら、ま、銃口の向きを見てれば何とか事前に避けられる」

 

 全てのテロリストを倒した彼は、通信機を取り出して連絡する。
「ああ、こっちは片付いた。ブルーコスモスの残党は一人残らずだ。ああ、わかってるってサラ」
 1人でブルーコスモス過激派を打ち倒した男、ジャン・ピエール・ポルナレフは、
自分のパートナーに連絡を取る。
「ああ、こっちは傷一つ………何? ネギとトマトと酢を買ってこい? ミーアの好きなお菓子も?
 オイオイ、ガキの使いじゃねえんだぜ、って、ああもう切っちまいやがった」
 ため息をつきながら、ポルナレフは笑っていた。
この世界に思い出のある故郷は無いが、それでも待ってくれる人と、帰る場所があるから、
彼は幸せであった。

 
 

『ジャン・ピエール・ポルナレフ』
 戦後、ザフトを辞す。サラと婚約した。ンドゥールたちの行方や、『天国』について調べている。
時折、デュランダル議長に頼まれ、バイトでテロリストを壊滅させたり、要人警護をしたりしている。
その時、報酬などの契約をするのはサラの仕事である。

 

『サラ』
 戦後、ザフトを辞す。ミーアに助力し、ポルナレフを尻に敷きながら、
二人のマネージャーとして、力強く生きている。

 

『ミーア・キャンベル』
 ポルナレフとサラの養女となり、素顔のまま、歌手としての道を生きることを決意した。

 

  ◆

 

「フ~~、プラント最高評議会の議長というのはそんなにお暇なのかしら。
 よくここに足を運ぶ余裕があるものね」
「君にとっても損にはならない話だよ、辻彩」

 

 エステサロン『シンデレラ』の女主人、辻彩は、店を造るための経費をくれた男、
ギルバート・デュランダルを胡散臭げに見る。ギブ&テイクの関係であり、貸し借りは無く、義理も無い。
その上、油断ならない狸相手に心許す気にはなれない彼女だった。
「少し、私に幸運を施してもらいたいんだ。
 これから行く場所で暗殺計画が練られているという情報があってね」
「フ~~、そういったタイプの幸運は私の専門ではないのですけど、まあいいでしょう。
 貸しにしておきます」
 やる気の低い態度で臨む彩に、デュランダルは苦笑する。
「よろしく頼むよ。君とは仲良くやっていきたいんだ」
「私も好んで敵対する気はありませんけど、下手に深く関わりたくはないの。
 愛人関係にある、なんて噂がたったらたまりませんわ」
 権力者におもねる態度の全くない辻彩を、デュランダルは好ましく思う。
タリアもポルナレフも近くにいないこの頃、自然な会話を楽しめるのは彼女とだけだ。
無論、恋愛感情が互いに芽生えることはないだろうが、それでもこの関係は長く続けていきたいと思う。
 そしてそんな二人の会話を、1人の男と、1匹の犬が眺めていた。
彼らはこのまま自分たちには関わることなく会話が続くのだと思っていたが、その考えは裏切られた。
「………ところで、そこの護衛の方。中々面白い素材ですわね。
 フゥーー、いわゆる美形というものではありませんけど、味のある顔つきですわ。
 いかがかしら議長、私への報酬として、彼で私のエステの試験を行わせてもらうというのは?」
 突然、矛先がこちらに向いたことに、男、すなわちモハメド・アヴドゥルは目を丸くした。
「ああ、そんなことくらいお安い御用だよ」
「な! ちょっと待ってください!」
 慌てるアヴドゥルをよそに、辻彩はアヴドゥルの顔に美しい指を伸ばす。
顔を真っ赤にして逃げようとするアヴドゥルを、面白がったイギーが、スタンドまで使って捕まえる。
たちまち大騒ぎになる店内で、デュランダルは彼にしては珍しい表情を浮かべた。

 

 いつも浮かべている、政治的な、造られた笑顔ではなく、
心からの安らぎと楽しさゆえに自然と浮かぶ、柔らかな微笑みを。

 
 

『ギルバート・デュランダル』
 プラントの最高権力者としての立場は継続中。
 護衛として、モハメド・アヴドゥル、イギーを常に連れている。
 最近、彼らを連れて辻彩の店『シンデレラ』に行くのが趣味。

 

『辻彩』
 デュランダルからの報酬で、プラントに念願の店を開く。
 既に雑誌に取り上げられるほどの大盛況である。
 最近、デュランダルが連れてくるアヴドゥルに興味があるようだ。

 

  ◆

 

 オーブ行政府に、帽子を被った、顔に傷のある男が訪れていた。
普通なら気後れしそうな堂々たる建物に、全く怖じることなく足を踏み入れ、目的の人物と顔を合わせる。
「ようカガリにアスラン。ユウナとウェザーも元気だったか?」
 スピードワゴンは、このオーブ連合首長国において最上位に立つ政治家2人と、
それぞれの筆頭護衛である2人に、軽く挨拶する。
「ああ何も問題はないさ。終戦条約を結んで以来だな、スピードワゴン。
 それで、彼らは上手くやっているかい?」
 カガリは、今スピードワゴンの部下となって働いている者たちのことを思い起こす。
思い起こしながら、少し寒気がしてくるのは抑えきれず、笑顔がひきつってしまう。
「まあな。相当クセがある連中だから、難しいがな。
 敬意を払って対応すれば、結構大人しいもんだぜ。舐めた真似した相手には、容赦しないがな」
 スピードワゴンも少し困ったように笑う。
 彼ら――かつて『暗殺チーム』と呼ばれた者たち。
リゾット、プロシュート、ホルマジオ、イルーゾォ、ペッシの5人は、
今、スピードワゴンの営む何でも屋の一員となっていた。
極力、荒事であっても殺人はしないように申し渡してある。
意外にも、と言ってはなんだが、その言い付けを守り、よほどのことが無い限り、
敵であっても殺しまではしないようにつとめてくれている。
かつて自分たちが不当に扱われているという意識から、反逆を起こした彼らだが、
正当な報酬と、相応の礼儀を守れば、割と忠実に従ってくれるようだ。
「有能なのは確かだからな。重ちーが抜けた分、助かってるぜ」
「重ちーか………。彼はキラとラクスについていてくれているんだったな。今頃どうしているか………」
 アスランは親友たちのことを思い出す。

 

 キラ・ヤマトとラクス・クラインは、かつての戦争で死んだことになっている。
彼らを下手に裁判にかけると、彼らをかくまっていたオーブを始め、ラクスの所属していたプラント、
キラが所属し、アークエンジェルの所有権のある連合など、様々な責任や関係性が絡み合うはめになる。
どこからどう解決していけばいいのか、誰を罪に問い、どう裁くか、わけのわからないことになってしまう。
これから世界を復興していこうというのに、そんなことで揉めている暇はない。
結局、国同士示し合わせて、キラたちは死んだものとして、無かったことにしてしまったのだった。
カガリたち以外は、生かしておいた方が後々役に立つこともあるかもしれないという考えもあったのだろう。
褒められたことではないが、今はそうするしかなかった。

 

「それはさておき。本題に入ろうか。貴方がここに来た理由のね」
「ああそうだったな。まずはこの資料だ」
 カガリに促され、スピードワゴンは書類を前に出す。
 書類に記されていたのは、目撃情報。
南アメリカのとある空港に設置された、監視カメラに映されていた映像。
杖をつく盲目の男、ンドゥールは連れの男たちと共に、小型飛行機を強奪して飛んで行ったという。
「アバッキオがいれば『ムーディー・ブルース』で行方を探ることもできたんだが、
 今は別の用で飛びまわっているからな。気軽に呼ぶことはできない。
 俺らが捜しまわるしかねえんだ。小型飛行機は乗り棄ててあったのを発見した。
 その後、船でアフリカ方面に渡ったとこまでは突き止めたんだが、そこで金が尽きた。
 捜査費の上乗せと、人員の増強を希望する」
「うーん………捜査費はギリギリまで出すけれど、人員はなぁ」
 ユウナが悩んでいると、ウェザーが声をかけた。
「あの二人を出してみてはどうだ?」
「あの二人って、こないだ見つけた彼らかい?
 そりゃ適任かもしれないけど、まだ詳しいことはわかっていないだろう? 信用できるかどうか………」
「おい、誰のことだ?」
「ああ。少し前、オーブ内で見つかったスタンド使いでね。
 一応、交渉してウェザーの部下になっているけど、まだ人格が見定めきれていないから、
 重要な仕事はさせていない」
「ふうん………そいつらに会わせてみてくれ。それから考える」
「君がそう言うなら、会わせるけど、用心してくれ。
 ウェザーが太鼓判押すほどの、熟達したスタンド使いらしいからね。
 味方であれば心強いが、敵に回したくは無い。名前は、えーと何て言ったっけ」
 ユウナに代わって、ウェザーが答えた。

 

「マウンテン・ティムと、ホット・パンツだ」

 
 

『カガリ・ユラ・アスハ』
 オーブ代表として精力的に活動中。
 精神的に落ちつき、以前よりも地に足がついた印象を受けるようになった。
 最近、一人でいる時に指輪を取り出して、薬指につけてはにやついている様子を、
 メイドに目撃されている。

 

『アスラン・ザラ』
 ザフトからオーブに戻り、カガリの護衛に戻る。最近、給料3カ月分ほどの買い物をしたらしい。

 

『ユウナ・ロマ・セイラン』
 カガリの補佐として活躍中。カガリとの婚約は解消した。
 ウェザーを側近とし、スタンド使い関連の出来事の対処について、ほとんどを任されている。

 

『ロバート・E・O・スピードワゴン』
 リゾットたちを部下とし、何でも屋は今日も営業中。
 マウンテン・ティム、ホット・パンツという新たな部下を得て、
 オーブとプラントの共同依頼である、ンドゥールと『天国』の捜索を進めている。

 

  ◆

 

 3人のスタンド使いが、ユーラシア連邦領にある、かつてのエジプトを訪れていた。
ンドゥール、スクアーロ、そしてデーボ。最後の戦いから生還した彼らが、そこにいた。
彼らはこの時代になってもなお古めかしい、石造りの屋敷に入っていく。
電気も通わぬ、暗い屋内を進んでいくと、大きな部屋に辿り着いた。
中には、十人ほどの人間たちがテーブルにつき、3人を待っていた。
「待たせたかな」
 ンドゥールが口を開いた。テーブルの最も上座にいた人物が、それに応える。
「何、時はまだ来ておらぬ。準備する時間はたっぷりあるわい」
 その人物は小さな老婆だった。
100年以上生きていても不思議ではないほど皺に覆われた顔は、魔女のそれを思わせる。
奇妙なことに、彼女の両手はどちらとも『右手』の形状をしていた。
「チョコラータからの通信は、受け取れたのでしょう?」
「おおとも。奴め、中々いい仕事をしてくれたわ」
 笑う老婆は、テーブルの上に置かれた機械のスイッチを押した。

 

『我が『アンダー・ワールド』は過去を掘り起こす能力………
 『DIOの血』の力を、掘り起こして『目覚め』させた!!
 目覚めた『DIOの血』は、生贄を、『36人以上の罪人の魂』を求め、活動を開始した。
 魂を吸収し終わった時、『天国』は生まれるであろう!!』

 

 ヴェルサスの声だった。チョコラータが持っていた通信機から得た声を、録音したものだ。
「ヴェルサスの奴め、チョコラータが自分を尾行していたことは悟っていても、
 チョコラータが別の誰かと既に組んでいたとは思わなかったようじゃ。
 おかげで、思いもよらぬ情報が手に入った」
 ヴェルサスにも気付かれず、チョコラータと手を結んでいた老婆は、爛々と輝く狂気じみた眼で言った。
「DIO様の血から生まれた『天国』………それが何かはわからぬ。
 ただ、DIO様は何かを計画しておられた。このわしにも隠し、何かを考えておられた。
 今ならば思い当たる節はある。しかし過去はもういい。問題は未来にある」
 老人の、見た目以上に力に満ちた手が握り締められる。
「もしもDIO様がその御意志によって計画していたことが、『天国』とやらの誕生であるというならば、
 それがどんなものであれ、わしらが手に入れねばならん」
 暗黒の意志に満ちた老婆は、決然と言葉を放った。
「それに………それがあの方の血から生まれたのなら、そこにあの方の魂も存在するかもしれない。
 それは、わしらの最大の目的を達成する糸口になるやもしれぬ………
 ゆえに『天国』の捜索は、もう一つの計画と並行して行う」
 もう一つの計画、と口にした時、老婆はテーブルにつき、獰猛に微笑む、一人の男に目を向けた。
黒い長髪を後頭部で縛ってまとめた、黒い肌の男。
熱い空気の中、はだけた服から素肌の胸がのぞき、その胸には文字が痕のように浮かんでいた。

 

「『天国を捜索する』、『遺体を収集する』………
 どちらもやらなくちゃならんのが、つらいところじゃが………
 すべては、DIO様と再び逢わんがために」

 

   ◆

 

 ベルリン。かつてドイツの首都であり、コズミック・イラにおいても
ユーラシア連邦の大都市であったそこは、デストロイの攻撃によって壊滅状態にあった。
視察に訪れていたシュトロハイムも、陰鬱なため息をつく。
「ため息をつくと幸せが逃げると言う。胸を張っていない君など、らしくないぞ。花京院はどうした?」
 彼に声をかけたのは、復興支援に訪れていた、ロンド・ミナ・サハクだった。
「お前か……ふん、俺だってこういう風になる時はあるさ。ここは、向こうの世界では俺の故郷だったんだ。
 それと、花京院は瓦礫の下に貴重品や重要な物が無いか探っている。
 あいつのハイエロファントはこういう時に便利だ。
 それはそうと、支援については改めて礼を言おう。
 お前もライブラリアン事件とかいうので大変だったろうに」
「まあな………だが心強い味方も二人いてくれたのでね。今度紹介しよう。君の世界から来たらしいしね」
「………名前は聞いたが、多分、俺はそいつを知っている。
 シーザー・ツェペリと言ったな。バンダナをつけた、女好きのイタリア人だろう。
 なら十中八九、知っている。もう一方の、あー、ジャイロと言ったか? そちらは知らないが」
「ほう……縁と言うのは奇妙なものだな」
 そんな話をしていると、シュトロハイムはミナが手にしている古い紙――動物の皮で造ったらしい――に
気がついた。

 

「何だそれは?」
「ああこれか? さきほど古い教会跡を片づけていたら出てきた物だよ。
 博物館で調べたら価値があるかもしれないが、多分偽物だろうな。
 面白そうだから見せてもらっていたのだが」
「偽物?」
「見ろ、箱の日付が、教会に収められたものだとすると西暦でいう15世紀のもの、
 実際はもっと古いだろうに、こんなに詳細な世界地図になっている。当時にそんな知識があるはず無い」
「なるほど確かに偽物だな」
 描かれた地図は、イスラエルを中心としたメルカトル図法で、海岸線も正確に表されており、
南極まで記されていた。地名などは無いが9つのバツ印がつけられていた。
「宝の地図か何かか? それにしても凝った悪戯だな。この古さ、偽物とは思えん」
 シュトロハイムがそう呟いたとき、

 

「いや、それは本物だろう。西暦が始まって間も無い頃に描かれた地図だ」

 

 突然、背後から声がかけられた。
(な! 俺ともあろうものが、気配に気付かなかった?)
 驚き振り向くシュトロハイムが見たのは、二人の男だった。
 一人は洒落たスーツを着た、細い口髭を生やした男。
 一人は大きな襟のある服を着た、武人的な男。

 どちらも只者ではないと、シュトロハイムは直感した。

 

「驚かせてすまないね。私はウィル・A・ツェペリ。彼はウェカピポ。
 こうしてここでその地図と出会うのも運命というものか。
 ここに地図があるらしいことは突き止めていたんだが……」

 
 

『ルドル・フォン・シュトロハイム』
 ブルーコスモスの盟主となってから、以前にも増して溌剌と働いている。
 側近である花京院は毎日ため息をついている。
 元々上昇志向が強いので、今度はユーラシア連邦の首相になろうという野心が炎上中。
 ウィル・A・ツェペリたちに出会い。古地図と遺体について知る。
 できればこの世界におけるヴァレンタイン大統領にならないでほしいものだ。

 

『ロンド・ミナ・サハク』
 色々と苦難も経験したが、更に仲間を増やし、以前よりもその力を強めていっている。
 シュトロハイムのことは面白い男として評価しながらも、その向上心と愛国心が過ぎて
 新たな戦争の火種にならないか心配し、目を光らせている。

 

   ◆

 

 仲間と合流した後、ンドゥールの新しい役目は護衛であった。
危険な笑みを浮かべる、その護衛対象の名は、ルカス・オドネル。
元ザフトのエースパイロットであり、今でも鍛え抜かれた肉体は健在である。
通常なら護衛など必要の無い存在であるが、もし今、彼を狙う相手がいるとしたら、
その相手は決して通常の存在ではありえない。ゆえに、非常の対応が求められる。
更に言えば、護衛対象のルカス自身、目を離すと何を企むかわからない危険人物である。
監視もまた必要なのだ。
「………それは、わかっているのだがな」
 それでもンドゥールはこの任務に気が向かない。
彼がやりたいことは、やはりポルナレフたち、DIOの敵の抹殺である。
そもそも、なぜルカスを護衛せねばならないのかが、あまりよく説明されていないのだ。
「というわけでだ………そろそろ詳しいことを聞かせてくれ」
 ンドゥールは、傍らの男に言う。
格子模様の大きな帽子を被った、暗い雰囲気をまとうその男は、頷いて口を開いた。
「ルカスには、『遺体の心臓』を所有している………それは説明されたな?」
「ああ……しかし、納得できない。パワーをもたらす『聖人の遺体』だと?
 今更、そういったものが実在することを驚きはしないが、この『宗教の消えた世界』で、
 キリスト教の聖人に、一体何の力がある?」

 

 このコズミック・イラには、キリスト教や仏教と言った、
かつて世界的な宗教であったものがほとんど存在しなくなっている。
 一説によれば、C.E.22年、地球外生命体が存在する証拠となる『エヴィデンス01』の発見により、
地球外を視野に入れない、既存の宗教の信頼度が下がったためとされているが、
その程度で廃れるようなら、進化論が出てきた辺りで滅びていてもいいだろう。
それ以前から、既に既存の宗教は衰退していたのだ。
キリスト誕生を始まりとする『西暦』が使われなくなった時点で、それがわかる。
理由は多々あるだろうが、おそらく人類はもはや『神』というものを必要となくなっているのだ。
強力な宗教組織が無くなっても、人類が存続していることからそれがわかる。
 宗教の存在意義。それは、信仰対象を同じくすることによる組織の結束の強化、
神という上位存在や、死後の世界を持つことによって安心を得るといったものがあるが、
そういったものが無くとも、この世界では人は存続できるのだ。
なればこそ、『聖人の遺体』などありえない。信仰は力であり、信仰が失われた神は無力。
神に連なる聖人もまたしかり。実際に聖人が存在したとしても、この世界では無力のはずなのだ。

 

「確かにそうだ。ほんの少し前までは、確かにそうだった。しかし、もう違う。
 この『遺体』があること、『奇跡』が発揮されていることが、その何よりの証拠だ」

 

 信仰は力であり、信仰が失われた神は無力。
逆に言えば、力があるのなら、それは信仰があることに他ならない。

 

「人々は神を求めている。人を超えた力を求めている。
 なぜなら、もはや人の力は、人ではコントロールできないほどに強くなってしまったからだ」

 

 かつての大戦、ヤキン・ドゥーエ戦役の終盤にて、『ジェネシス』が撃たれた日、
人は、自分たちが地球さえ滅ぼせてしまうことを、理解してしまった。
ゆえに人は、自分たちを自分の力で滅ぼさないために、神を求めている。
ゆえに、『遺体』は再び力を得た。
そして人々の願いのままに、より大きな『奇跡』を引き起こした。
『遺体』を完成させ、『神の力』を完成させるために。

 

「そのために、我々がこの世界に来た、と?
 我々がここに来たのは、『ボヘミアン・ラプソディ』なるスタンド能力のためではなかったのか?」
「それも正しい。これは推察だが、まず『ボヘミアン・ラプソディ』によって、君たちの世界から、
 多くのスタンド使いや、スタンド使いでなくとも、スタンド使いと深い運命で繋がっている者たちが、
 この世界に招かれた。それが始まり」

 

 多くのスタンドたちがこの世界に来た時、この世界の『遺体』は、
スタンド使いとスタンド使いが引かれ合う力を利用した。
やってきた者たちがいたのとは別の世界、『遺体』を奪い合うスタンド使いがいる世界と、
この世界を繋げ、『遺体』の争奪戦に脱落した者たちを、この世界に呼び寄せた。
信仰がまだ弱い、こちらの世界の『遺体』だけでは、世界を繋げるまではできても、
スタンド使いたちを呼び寄せることはできなかっただろう。
だが、同じ『遺体』であるということにより、向こうの『遺体』と同調し、
向こうの『遺体』と力を合わせて、この『奇跡』を成し遂げたのだ。

 

「その奇跡によって、『遺体』は『遺体』を知る者を、より強い信仰を持つ者をこちらに呼び寄せ、
 その力を更に強めることができた。そして、スタンド使いたちの不可思議な力により、
 この世界の人々は信じてしまった。
 神も奇跡も、ありうるということを。自分たちの持つ、科学や道理だけでは、計れぬものがあることを。
 その未知への畏怖こそが、更なる信仰を生む。信仰は増え続け、更に『遺体』を強くしていく。
 そして、『遺体』の争奪戦がこの世界でも起こるだろう」

 

「………つまりこう言いたいのか?」

 ンドゥールは、情報を整理し、自分の頭の中でまとめて、結論を出した。
「ユニウスセブン落下から始まる、この大戦争が、信仰を醸成し、
 『遺体』の力を強めるためのものであったと。
 ユニウス戦役が、次に来るだろう『神の力』をめぐり行われる戦いの、下準備にすぎなかったと」

「そういうことになるな」
 男はあっさりと認めた。

 

「だがそれも人々が求めたがためだ。『遺体』の力は人々の信仰、人々の意志によるもの。
 戦いと犠牲の果てに得られる、絶対の力を、人々は求めている。
 遺体はいわば『種』だ。今回の戦争は『種』を芽生えさせるための、水や肥料のようなものさ」
「『種』か………」

 

 ンドゥールはルカスの方に耳をすませる。
今、彼は昼食をとっており、サンドイッチを咀嚼する音がしている。
ルカスの左胸には、『聖人の心臓』が宿っており、ンドゥールには見えないが、
すでに何らかの神託を示す聖痕が文字として浮かび上がっているという。
聞いた話では、聖痕は『GUNDAM』となっているらしい。
「この世界、この時代の要となるのはMSであり、MSの最高峰である『ガンダム』。
 誰もが知り、誰もが最強と信仰し、その力を信頼し、畏怖している。
 この世界において最高の信仰の対象だ。ならば遺体の所有者として、ガンダムパイロットが最も相応しい」
 それがルカスを護衛する答え。ライゴウガンダムの凄腕パイロットであり、
同時に善人でもない彼は、ンドゥールたちにとって非常に有用だ。
「既に他のガンダムパイロットにも遺体が宿っているかもしれない。彼など怪しいな」
 男は傍にあった週刊誌を手に取る。その写真の一枚に、シン・アスカのものがあった。
反コーディネイター派テロリスト殲滅の記事だが、その写真のシンの右腕に、
文字のような痣が浮かんでいるように見えた。
「まあ今は遺体も大した奇跡を起こしてはいない。少し違和感がある程度だろう。気付きはすまい」
「奪いに行かずともいいのか?」
「我々にはまだそこまでの力は無い。まずは力をつけなくてはな。幸い、ポルポという大男を仲間にできた。
 彼はスタンド使いを生み出す『矢』を所持してこちらに来ていた。時間さえあれば、仲間は増える」
「まずは力をつけてからか。仕方ないだろうな」
「そうだな。遺体が所有者にスタンドを授けるようになるまでは、準備期間とするべきだろう。
 ルカスにもスタンドは見えている。スタンドを得る資格はある。いずれはな」
 ンドゥールはルカスが昼食を終え、移動を始めたことを感じて、立ち上がる。
歩き出そうとして、一度動きを止め、ンドゥールは男の方へ顔を向けて言った。

 

「まだその『遺体』に、果たしてDIO様を復活させるような力が、
 あるかどうかもわかってはいないのだ。過度に期待はしない。
 しかし、それでも今のところ、『遺体』がこの世界における最大のパワーであり、
 可能性であることも確かだ」
 死者を復活させ、自らも蘇ったという至高の存在の遺体。二つの世界を繋げた、凄まじいパワー。
それならばDIOを復活させられるかもしれない。
あるいは、まだDIOが生きている世界へ連れて行ってくれるかもしれない。
だからと、ンドゥールは殺意を垣間見せる。

 

「裏切りは許さんぞ。もしDIO様が蘇るのなら、その後は遺体などくれてやる。
 だからせいぜい力を尽くすことだ―――アクセル・RO」

「裏切りはししないよ。少なくとも、そちらとは、利害が一致しているからな」

 

 遺体の力は求めても、遺体そのものは求めないンドゥールと、
遺体そのものによる、聖なる救いを求めるアクセル・RO。
信頼も信用も無く、互いに己が求めるものへの執着と執念によって結ばれた、邪悪の同盟。
彼らは想いを馳せる。次なる戦いに。前よりももっと、恐ろしいであろう戦いに。

 

   ◆

 

「一目でわかった………」

 

 金髪の眉目秀麗な若者が、そのしなやかな腕に抱いたモノに向けて語りかけていた。

 

「『俺』と『お前』は『同じ』だってな」

 

 彼は数日前まで、強い野心に溢れた連合軍人だった。多くの敵を殺し、手柄をたててきた。
その甲斐あって、若くして大尉にまで上り詰め、このままユニウス戦役が集結した後は、
佐官に出世することは確実とされていた。
しかしブエノスアイレス攻防戦の後、腕に抱くモノと出会った時、
すぐさま周囲にいた同僚の連合軍人たちを皆殺しにし、自分も死んだと偽装して、
全てを捨て去って出奔した。
 会った瞬間、感じたのだ。この『緑色の赤ん坊』は、自分と通じるものであると。
その正体はまったくわからないが、自分の魂が教えるのだ。これを手放してはならないと。
「いつか必ず、俺とお前は一つになる。鍵さえあればいいんだろう?
 わかっている。見つけ出してやるさ。待っていてくれ………『俺』」
 男は知識を持たずとも、本能的にするべきことを理解しながら、緑色の赤ん坊を愛しげに撫でる。
しばらく撫でた後、彼は赤ん坊を鍵のついたボックスに入れ、蓋を締める。
赤ん坊は暴れることもなく、大人しくしていた。

 

「さて………仕事の時間だ」
 男は軍人として生きていた間に手に入れた情報やコネを駆使し、ある種の何でも屋になっていた。
盗み、詐欺、脅迫、暗殺、どんな汚れ仕事でも行う、何でも屋に。
戦争が終わっても、人の悪と欲は尽きないゆえに、商売は中々繁盛している。
 今日の仕事は暗殺である。男が最も得意としている仕事だ。
標的は、この赤道連合を形成する国々のうちの一国を代表する政治家の一人。
護衛は多いが、何も問題は無い。
標的の居場所を確かめて、彼は己の力を発動させる。

 

「『スケアリー・モンスターズ』」

 

 男の肌が硬質化し、鱗を生やしていく。手の爪が鋭く伸び、ナイフのように尖る。
目は蛇よりもぎらつき、歯は鮫よりも凶悪になる。
十秒とかからずに、男は爬虫類と人間を掛け合わせたような怪人と化していた。
男は獣の俊敏さで跳躍し、命を刈り取るために走り行く。
いずれ来るべき時まで、自分たちが一人の自分となり、全てを手に入れる日まで。
飢え続けた自分が、満たされる日まで。

 

 ディエゴ・ブランドーは、走り続ける。今までも、これからも。

 

   ◆

 

 かつてのインド、今は汎ムスリム会議領となっている地域で、二人の女性と、一人の少年が、
三人とも心配そうな顔つきで、店のテーブルにつきチャーイを飲んでいた。
 女性二人は、ミリアリア・ハウとFF。少年は重ちー。
彼らはカメラマンとそのアシスタントという身分で、世界を巡っていた。
FFがMSパイロットとして得た報酬のおかげで資金は万端。
写真の評価も中々で、生活や仕事に、彼らの顔を曇らせる要因はない。
 彼らが気にかけるのは、今、ガンジス川のほとりでその流れを見つめている二人の少年少女にあった。
どちらとも、傷はまだ癒えず、体に包帯を巻いている。

 

 キラ・ヤマトとラクス・クライン。
大戦を掻きまわし続けた存在。死んだことにされた存在。
彼らに悪意があったわけではないし、利用されていたのも確かだが、
やはり彼らの行動はあまりに迷惑だったし、責任が無くなるわけではない。
 今や、彼らの自分たちの過ちは理解している。キラの方は、まだ償おうとする意志がある。
だが、ラクスの方は完全に止まってしまった。
ほとんど言葉を発することもなく、ろくに食事を口にすることもない。
今まで自分についてきてくれた多くの人々は、ただ自分の能力によって傍にいてくれただけと知り、
絶望してしまっている。その、人を引き付ける能力も、今は無い。
リゾットに傷つけられた喉は治療され、声は出せるようになったものの、
以前とは声質が微妙に変わったらしく、そのため力も消滅した。
 もはや彼女には何もない。カガリやアスラン、ミリアリアたちのような、
以前からの友人以外の人間には区別なく怯え、夜に眠ってはうなされる。
どこに行き、どんな人と出会っても、どんな景色を見てもその調子で、
このインドでもそれは変わらなかった。
 キラはそんなラクスを悲しげに見守りながら、ずっと傍についている。
「どうしたもんかなぁ………」
 FFはぼやきながら、カメラを構える。たとえつらい時間でも、思い出は思い出として残しておくため、
彼女は気が向くとキラとラクスの写真を撮る。いつか、彼らの笑顔を撮れることを祈りながら。

 

 しかしこの時、FFはキラたちに近づく人影を発見した。
それだけなら大したことではない。
ナンパか、商品の売り込みか、お恵み(バクシーシ)のおねだりか、大抵はそんなところだ。
その程度はキラが何とかする。強盗や犯罪者なら、FFがここから撃てばいい。
彼らが死んだはずのキラとラクスであると、気付いた人間であったら面倒なことになるが、
まあ逃げれば何とかなる。
 だが、今回はそのどれとも違った。
近づく者たちは二人の男女。
どちらも外見は20歳ほどと若いが、見た目通りの若さとは思えぬ、深く落ち着いた雰囲気があった。
服装は、どこにでも売られている、動きやすく丈夫ではありそうだが、さほど高価でもないものだった。
しかし、身なりではなく、その内面から発せられる輝きが、彼らの人間的な気高さを見る者に教えていた。

 

「ねえ貴女………何を見ているの?」

 

 女性の方が、ラクスの傍に立ち、声をかけた。ラクスはビクリと身を震わせ、キラにしがみつく。
その体を抱き止め、キラは女性を申し訳なさそうに見る。
女性の方は、ラクスの反応に気を悪くした様子も無く、

 

「ああ、ごめんなさい。怖がらせるつもりはなかったの。
 ただ、あまり悲しそうにしているものだったから。怪我をしているの?
 大丈夫。痛い触り方はしないわ。こう見えても、私、看護婦をしていたの」

 

 そうして女性が浮かべる優しい微笑みを、キラとラクスは夜闇を払う朝日を見るように、
雨の止んだ空にかかる虹を見るように、眩そうに見つめていた。
キラはともかく、ラクスが他人をそのように注目するなど、戦争が終わってから一度も無かった。
 今まで、元からの知り合い以外に、キラたちをこんなに優しく見た人はいなかった。
その慈愛は、まるで聖母のようだった。

 

「少し、いいかな?」

 

 そこに、今まで口を出さなかった男性の方が、キラとラクスにそっと両手を差し出す。
男性は、二人を怖がらせないよう、生まれたばかりの赤ん坊にするように、
ゆっくり優しく、手を伸ばし、二人の肩に触れた。
 その途端、男性の手が、太陽のような力強い輝きを放った。
同時に、キラとラクスの体に、強く暖かい力が流れ込み、血の流れを通して全身を巡った。

 

「「!!?」」

 

 その光が止んだ時、キラとラクスの体に残っていた傷は癒えており、痛みもすべて消えていた。
キラもラクスも、その現象に驚いて目を見張る。

 

「ふう………治ったかな?」

 

 キラとラクスが頷くと、男性は良かったと笑った。
 その笑顔を、FFは知っていた。重ちーも知っていた。
 違いはあれど、本質は同じだ。
 人間が賛歌に値する存在であると、証明するかのような輝かしい笑顔。

 

「僕は、キラ・ヤマト」
「私は………ラクス・クラインです」

 

 キラたちは、自ら進んで名乗っていた。ラクスさえも。彼女の時間が、今動き始めたのだ。
他者はありのままの自分など見ないと思っていたラクスを、見た人がいたことで。
そして、ラクスの方から、自分を見てほしいと願ったのだ。
 FFも重ちーも、それがわかる。
自分たちだって、彼らに憶えていてほしい。思い出に残ってほしい。忘れられたくない。
その気持ちを知っていたからこそ、FFと重ちーは思う。

 

 ああ、もう大丈夫だ、と。

 
 

「私は、エリナ」
「僕は、ジョナサン・ジョースターだよ」

 
 

 新たなる出会いは、新たなる運命を生み出す。
 今ここに、新たなる『冒険』が芽生えた。

 

 それゆえに、古い冒険の物語、『種』が芽生えるまでの『奇妙』な物語は、これで、終わりとなる。

 
 

        『ガンダムSEED・BIZARRE』

 

                【完】