KtKs◆SEED―BIZARRE_第31話

Last-modified: 2008-12-26 (金) 23:14:18

 『PHASE 31:疾走する時代』

 
 

 ディオキアの基地は、常ならぬ興奮に沸き立っていた。
 一人の少女を見送るために。
 少女の名はラクス・クライン。
 この戦争の中、兵士たちの慰問のためにコンサート活動を行ってきた彼女が、いよいよ宇宙に帰るのだ。
 本来ならもっと早くに活動を終え、プラントへ戻るはずだったのだが、ある宗教団体によるものと思われるテロ活動が発生し、そちらの捜査に人員が裂かれ、ラクス帰還のための人員が足りなくなったため、帰還は延長となっていたのである。

 

 基地のロビーではラクスが兵士たちに囲まれ、笑顔を浮かべて色紙にサインを書いている。
 その隣にはサングラスをかけたスーツ姿の男が立っていた。
 ラクスのマネージャーという話であるが、髪型にも特徴が無く、外見的にはあまり目立たない。
 しかし言葉遣いはなまりがきつく、かなり印象的だった。

 

「まぁだシャトルの準備はできへんのか? 急いどるゆうたやろ!」

 

 苛立った声に、係官は恐縮した様子で、

 

「も、申し訳ありません。なにぶん、予定よりも早いおつきでしたので」
「予定が狂うとるときでも、上手くこなすのがおたくらの役目やろ! 言い訳はええからさっさとしい!」

 

 怒声に急き立てられて、どうにか通常よりも早く、宇宙へ昇るシャトルの用意は整った。

 

「ご苦労さん! 助かったわ! ラクス様、それではまいりましょう」
「わかりましたわ。では皆様方、これからも平和のために、頑張ってください」

 

 マネージャーが怒りをころりと喜色に変えて、声を張り上げる。
 ラクスもまたそれに答え、名残惜しそうな兵士たちに向けて手を振り、シャトルの搭乗口へと向かった。
 その後姿を見送りながら、ふと係官は疑問を抱いた。

 

(そういえば……あの付き人の女性、確かサラといったが、彼女はどうしたのかな。母親のようにラクス様の傍にいたあの方が、離れるとも思えないが。まあ予定が変わったという話だから、ラクス様だけ先にご帰還するのかもしれないが……)

 

 そう考えているうちに、彼らはシャトルに乗り込み、ハッチは閉じられた。

 

 そしてマネージャーを名乗っていた男は口を開く。

 

「では、シャトルジャックと行きましょう」
「お任せいたしますわ」

 

 口調をガラリと変えた男に、ラクスはにこやかに答えた。

 

 派手なピンク色のリムジンが基地についたとき、ラクスの、正確にはラクスを名乗るミーア・キャンベルと言う少女の、付き人兼護衛を務める青年は、違和感を覚えた。

 

「……おかしいな。出迎えがない」

 

 トップアイドルが来たと言うのに、愛想がなさすぎる。マネージャーのキングや、付き人のサラも怪訝そうだ。

 

「ちょっと……私が話を聞いてくるわ」

 

 ロビーに来てなお、誰もミーアに気付きもしない。彼女がいるはずがないと思い込んでいるかのように。
 さすがにおかしすぎると感じたサラが、基地の人間に話を聞きに行く。
 あくまで付き人、お世話係りに過ぎないはずの彼女だが、いつのまにかその権限は本当のマネージャーであるキングよりも上になっている。
 女は強しと言うべきか、母は強しと言うべきか。

 

「何か……あったのかしら」

 

 いつもなら自分が訪れれば黒山の人だかりができるのに、この閑散とした状況。
 ミーアは自分が無視されたことに、不機嫌になる前に恐怖を覚える。
 ミーアであるべきか、ラクスであるべきか、自分の存在に悩む彼女にとって、ファンにちやほやされることは嬉しくないわけではないが、素直に浮かれて調子に乗れるほど、喜べることでもなかった。
 何かまずいことがあったのかと、恐々するミーアの耳に、サラの大きな驚きの声が届いた。

 

「なんですって!? ラクス・クラインは30分前にここに来ている?」

 

 サラの叫びに、護衛の青年が顔をしかめ、周囲に視線を走らせる。
 そして滑走路を見下ろせる窓のところで、目を留めた。

 

「あのシャトルはっ!!」

 

 その形状や外壁に書かれた番号から、滑走路を走り出そうと起動を始めた一機のシャトルが、本来自分たちが乗るはずだったものであると、青年は確認した。

 

「あのシャトルを止めろ! あれに乗っているのはラクス様ではない……!!」

 

 青年は叫んでからハッとして、声を止めた。見れば、ミーアやサラも顔色を変えている。
 何も知らない者であれば、今シャトルに乗っているのはラクス・クラインの名を騙る偽者であると思うだろう。
 だが、今ここにいるラクス・クラインが本当はミーア・キャンベルであると知っている者ならば、別の可能性を思い浮かべる。
 今シャトルに乗っている人物こそが、本物のラクス・クラインであるという可能性を。

 

「………とにかく止めろ!」

 

 たとえ本物であったとしても、このまま行かせるわけにはいかない。
 議長からの話によれば、ラクスは今、テロリストの艦と目されるアークエンジェルに乗っている。
 つまり、キラの操るフリーダムによる騒乱などは、彼女の指示によるものである可能性が高い。
 このままラクスを放っておいては、状況は混乱するばかりだ。
 青年がそう判断して、シャトルの発進中止を係官に命令する。だが、係官がパイロットに連絡する前に、

 

「大人しくしていてもらおう」

 

 二人のザフト兵士が動いた。拳銃を抜き、青年とミーアに向ける。

 

「あのシャトルが無事飛び立つまで、誰も動いてはならない」
「貴様ら……!」

 

 警護の青年が唸る。係官は当惑した顔で、

 

「お、お前たち一体なんで!?」
「黙れ。彼女たちを宇宙に送り出すことが我々の使命。それを邪魔する愚か者には容赦なく罰を与える」

 

 彼らは簡潔に自分たちの目的を表明する。
 係官の様子からすると、基地内に潜り込んでザフト兵のふりをしていたわけではなく、本物のザフト兵であるようだ。
 裏切り者とは判別できない分、偽者よりもたちが悪い。

 

(しかし『彼女たち』……か。本物のラクス・クラインの部下であるとしたら、呼び方に敬意が足りない。ラクスの部下というわけではないのか?)

 

 警護の青年はしかし、大して動揺することはなく、冷静に分析しながら足を踏み出す。

 

「! 貴様ッ! 動くと言ったのが聞こえなかったのかぁッ!!」

 

 怒りに顔色を赤く変えた裏切り者が、今にもトリガーを引きそうになる。しかし、青年は裏切り者になんら恐怖心のない足取りで近寄った。

 

「聞こえなかったんじゃない」

 

 青年が言ったと同時に、裏切り者二人が盛大に吹っ飛ばされた。
 まったく誰の手も触れなかったというのに、大の男がゴムボールのように跳ね飛んだのだ。

 

「がっ!?」
「うげっ!!」

 

 裏切り者たちは全身に傷を負って倒れ、背後の窓ガラスまで砕け散る。

 

「聞く必要が無いだけだ」

 

 青年はクールに言った。裏切り者たちは完全に意識を失い、もう起き上がる気配もない。

 

「な、何をしたの?」

 

 ミーアがその現象に目を白黒させる。しかし青年は説明することなく、

 

「係官! シャトルに連絡を!!」
「ハ、ハイッ!」

 

 係官が慌ててパイロットに命令したが、まるで応答がない。
 すでに始末されたか、あるいはパイロットも裏切り者だったか。

 
 

「MSを出せ! シャトルを行かせてはならん!」

 

 更なる命令が下され、空戦用に開発された新型MS、AMA-953『バビ』の起動が開始される。
 だが飛び立つ前に発進できるかわからない。

 

「サラ! 俺はあのシャトルを追う! ラクス様を頼んだぞ!!」

 

 青年はそれだけ言い放つと、革靴を脱ぎ捨てて、今さっき開いた窓ガラスの大穴から、外に飛び出した。
 墜落死してもおかしくない高さの階から。

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 係官その他、その場にいた人々の声があがるが、飛び下りた青年は、建物の壁を幾度か蹴り付けて落下速度にブレーキをかけていく。
 しかも大地に激突する矢先、見えないクッションに受け止められたかのように、彼の体は空中で静止し、最後にはゆったりと、かすり傷一つなく着地できた。
 そして走り行くシャトルを睨むと、その長い脚を作動させた。

 

「ふっ!!」

 

 一つ息をついたかと思うと、爆発したかのような強烈なスタートを切る。そしてカモシカのように軽く、矢のような速度でシャトルへ迫る。

 
 

『シャトルに男が向かった。同志が二人、手も触れずに薙ぎ倒された。どうやら師のおっしゃったスタンド能力者のようだ』
「む……!」

 

 操縦席に座る、キングに変装していた男は、シャトル停止命令の次に、協力者の通信を受け取った。

 

「なんとか止めろ。いかにスタンド使いとはいえ、お前の乗っているそれなら止められるだろう」
『しかし、私の正体がばれては、この基地内で動ける者がいなくなる』
「それよりも重要なことだと、わかっているだろう。この計画が失敗すれば、ケンゾー師から破門されてしまうかもしれんぞ」
『………わかった。だが、異教徒の貴様が師の御名前を軽々しく口にするな』

 

 協力者であるその男。ケンゾー率いる宗教結社の信者であるザフト兵士は、苦々しくも了解した。

 
 

 走る青年の前に、進路上に一体のバビが立ち塞がった。
 青年はそのバビがシャトルを止めるために来たのかと考えたのだが、バビはまだ起動中のはず。
 既に動いてこの場に来れるのは、命令が下る前から動けるようにしていたからだ。

 

「こいつも裏切り者かっ!」

 

 青年が相手の正体に気付くのと同時に、バビは右手のMA-M343ビームライフルを彼に向ける。
 人間一人相手には過剰な威力の攻撃にさらされた青年に、何をすることもできないはずだった。
 だが青年はナイフを一振り取り出すと、バビに向けた。まるで象に向けて牙を向ける蟻の如し。
 バビのパイロットはそう考え失笑を抑えられなかった。
 傍から見れば、余りに滑稽な対比であったが、彼は恐怖など微塵も含まない目で、ナイフを振り回した。
 直後ビームライフルが一条の烈光を放った。
 真っ直ぐに青年へと飛び、その姿を塵一つ残さず、消し去らんとする。
 しかし、破壊なす光は、青年の一歩前の空間で切り散らされ、男に一筋足りと触れることなく、四方八方へと拡散し、消滅した。

 

『……な、んだとぉっ!!』

 

 青年はビームを防ぐとバビに近づき、更にナイフを振るう。
 すると、今度はビームライフルがザクザクと、野菜を切り刻むような音をたてて、バラバラになった。

 

『うわあああああああ!!』

 

 バビのパイロットは恐怖にかられ、性急にバビの右足を動かし、青年を踏み潰そうとする。
 だが青年は、走り抜けることも、左右に避けることもしなかった。

 

「はっ!」

 

 なんと彼は、踏み潰そうとする右足に跳び乗り、そのまま脚を駆け上ってきたのだ。
 そしてナイフを、前方に踏み込まれた右足と逆に、背後に伸ばされて体を支えている左足に向けると、また振るう。
 それによってバビの左膝の間接部分が破壊された。

 

『こ、こんな、これほどの!』

 

 超能力を持っているとは聞いていたパイロットだが、MSを破壊できるほどとは考えていなかった。
 予想以上の威力に驚愕しているうちに、青年は仰向けに倒れようとするバビの機体を巧みに駆け上り、その途中で腹部や右翼、胸部のアルドール複相ビーム砲などを破壊して、頭部まで到達した。
 同時に、バビは完全に仰向けに倒れ込んでいた。
 倒れた衝撃に対しても振り落とされることなく、青年は冷静にバビの頭部を切り裂き、完全にバビを行動不能にした。
 破壊能力もさることながら、恐ろしく強靭な脚力だ。
 だが、彼はバビの体が邪魔になって見えなくなっていたシャトルの姿を確認し、目を吊り上げて唸る。
 シャトルは既に飛び立っていたのだ。
 それを追うように、ようやく他の、本当に味方のバビが数機、発進した。
 その光景を見て、青年はどうやらシャトルに追いつくことはできそうだと安堵する。
 白い光が、バビを一機、粉砕するまでは。

 

「なにっ!?」

 

 今にも追いつきそうだったバビの群れが、一機、また一機と落とされていく。
 それをなしているのは、黄色に塗られたムラサメだ。

 

「……おのれっ!!」

 

 新たな敵を倒すため、青年は己の能力を発動させる。しかし、そのとき彼は気付いた。
 ムラサメに撃たれたバビの残骸が、ミーアやサラが待つ建物の方へ落ちていくのを。

 

「まずい……!!」

 

 青年は大型の拳銃を抜き、落ち行くバビに向ける。

 

「『イン・ア……」

 

 引き金が引かれ、撃鉄が起き、弾丸に込められた火薬がはじける。そして弾丸が放たれた。

 

「サイレント・ウェイ』………!!」

 

 青年の背後に、異形がたたずむ。シルエットは人間に酷似。インディアンがつけるような羽飾りを頭につけた、髑髏のような形相。蟹や海老のような硬質な殻をまとう上半身。刺青を施された下半身。

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』

 

 それがこの力の名。物体が破壊された音などを、形にして対象に送り込むことで、その音が発されたときと同様の現象を、対象に引き起こす。
 放たれた弾丸には、『イン・ア・サイレント・ウェイ』の能力により、火薬による爆発音が張り付いた。
 そして音が張り付いた物体の移動は、ある程度操ることができる。
 かつて、音が張り付いた蜂の巣や、ドット・ハーンという男は、本人の意志にかかわり無く、目標に向かって突進していったのだ。
 弾丸も同様に、墜落するバビに向けて軌道を曲げながら飛んでいく。
 そしてバビに弾丸が命中したとき、貼り付けられた爆発の音が発動し、バビの一部を爆発させる。
 その爆発の勢いで落下の角度を変えた残骸は、建物を破壊することなく、滑走路に落ちた。

 

「ミーアたちはこれで助けられたが……」

 

 空を見ると、シャトルとムラサメは、既に彼の力も届かないところまで昇っていた。

 

「くそ……とにかく議長に知らせなくては」

 

 護衛の青年・サンドマンは、二本に編んで垂らした長い前髪を、忌々しそうにかき上げた。

 
 

 バビを全機破壊した一機のムラサメ。
 かつてはバルトフェルドの搭乗機であったそれに、今、乗っているのは、最強のMSパイロット、キラ・ヤマトその人だ。

 

「キラ様がやってくれたようです。ラクス様」

 

 キングに化けていた男は後部座席に座る、本物のラクス・クラインに声をかけた。
 今回の計画は、ヴェルサスの考案(ヴェルサスは『原作』の知識を流用しただけだが)である。
 ラクスはプラントの様子や議長の内面を探るために、宇宙へ上がることを決意したが、そのためには地球の外へと行けるだけの乗り物が必要だ。しかしすぐに調達できるものではない。
 そこで、ラクスを演じるミーアが乗るはずだった、このシャトルを奪うということになった。
 本物を演じる偽者を、更に本物が演じるという奇妙な計画が実行されたのだ。
 ただ原作とは状況が違い、現在フリーダムは修理中で動かせない。
 キラはバルトフェルドが乗っていたムラサメを使ってシャトルを守る手筈にはなっていたが、不安は残る。
 そこでケンゾーに連絡し、ディオキア基地にいる彼の信者三人を使わせてもらった。
 結局信者たちは、足止め程度の役にしかならなかったが、それでも足止めが無ければ今頃追いつかれていただろうことを思えば、充分役立ったといえるだろう。

 

「しかし……キラ・ヤマトは敵を殺さないと聞きましたが……」

 

 男が見たところ、ムラサメに撃墜されたバビのほとんどは、コクピットまで破壊され、パイロットの命も助からないだろうと思えた。

 

「……キラは、バルトフェルドさんの死によって思い切ってしまったのです。人を殺めることを。私たちを守るために」

 

 ラクスは哀しげに顔を伏せる。キラは、バルトフェルドの、死から逃げるなという遺言を、半端に受け止めてしまった。
 死を背負う覚悟を決めぬままに、死をもたらすことを決意してしまったのだ。

 

「お止め、しないのですか?」

 

 男の言葉にラクスは首を振り、

 

「今は無理です。世界のために、戦いをやめるわけにはいかないのですから。私にできることは、一刻も早く、キラが戦わなくてもよい世界にするために、宇宙に昇ることだけです」

 

 ラクスはキラが現状情緒不安定であり、他者を殺してでも親しい者を守らなくてはならないという、一種の強迫観念にとりつかれていることはわかっていた。
 それを無理にやめさせることは、彼の精神を更に傷つけ、闇に押し込めることになることも。
 彼女はどれほどの犠牲が出ても、自分の行動を曲げることはない。
 自分が正しいことをしていると信じきっているために。
 しかしかといって、彼女に他者を思いやる愛がないわけではない。
 その善意が余計なおせっかいであっても、無理矢理押し付けてくる、危険な優しさであることは否めないが、それでもだ。
 だからラクスは、恋人であるキラを思いやり、その思いやりを正しいことと考え、キラが犯す殺人も、正しさを貫くための犠牲として受け入れる。
 プラントの行いが、正当防衛と言葉を飾っても結局戦争であることに変わりないと、批難するのに、キラの行動は許す。矛盾だらけの思考に思えるが、ラクスはその矛盾に気付いていない。

 

『ラクス!!』

 

 キラの顔がモニターに映る。そのとき、この空域にいるMSは、ムラサメ一機のみとなっていた。

 

「キラ!」

 

 ラクスの顔が嬉しそうに輝く。

 

『ラクス……本当に僕は一緒に行かなくていいのかい?』
「お気持ちは嬉しいですがキラ。あなたが守るべきは、私だけではありません。私が宇宙に行っている間、地上にある、守るべきものを守っていただかなくては……」

 

 以前より、若干生気の薄い顔のキラは、心配そうな表情をつくる。

 

『けど……』
「わたくしなら大丈夫ですわ。必ず帰ってきます」
『でも君までいなくなってしまったら僕は……』

 

 キラの目に、チラリと狂気の片鱗が覗く。唇が引きつり、体が小刻みに震える。

 

「任せてください。私が責任を持ってお守りいたします。ヴェルサスさんの依頼ですからね」

 

 男は、以前命の危機を、ヴェルサスに助けてもらったそうだ。
 そのとき負った怪我は酷かったらしく、今は身体部分の幾つかを機械で代用している。
 そのときの恩を返すため、ヴェルサスからのラクス護衛任務依頼を請け負ったとのことだ。

 

「そういうことです。あなたはあなたのために戦ってください。バルトフェルドさんの分まで」

 

 ラクスが子供をなだめるように言い、ようやくキラは頷いた。

 

『……わかった。本当に、無理しないでよ』

 

 やがて通信は届かなくなり、シャトルは大気圏外へと脱した。

 
 

「さて……連絡しておいたクライン派と合流したら、議長が研究をしていたというコロニー・メンデルの調査、新型MSの開発状況の視察……いろいろとやることはありますな」

 

 男は、ヴェルサスから『原作知識』の情報を聞いていた。
 これからラクスがどこで何を見つけるのかといったことも少しはわかっている。
 それでも、この時期のラクスの行動は原作においても描写が少なく、確かなことはわからないので注意せねばならない。

 

「存じています。確かに課題は山積みですが、世界の平和のために、骨身を惜しんではいられません。ところで……二つほど言いたいのですが」
「何か?」

 

 ラクスは男に質問する。

 

「もともとこのシャトルに乗っていらっしゃった、パイロットの方々はどうしたのでしょうか?」
「ああ、彼らなら丁重に降りてもらいましたよ」
「あら、何時の間に。ではもう一つは……」
「もう一つは?」
「もう、変装を取ってもよろしいのではないかしら?」
「……ああ。これはうっかりしておりました」

 

 男はかつらを取って、横に放り、顔をぬぐってメイクも落とす。

 

「ともあれ、私も精一杯務めさせて頂きますよ。ラクス・クライン」

 

 男は嘘を言った。パイロットはシャトルを降りていない。ただ、原型がないほどにグシャグシャになり、ゴミ箱に捨てられてしまっているだけだ。

 

 男は真実を言った。精一杯務めるつもりだ。ヴェルサスからの依頼……ラクスの監視と、後々、邪魔になりそうなクライン派メンバーの排除に。

 

(さて……いかに殺人と思われぬように殺すかが問題だな)

 

 かつらを取り、触覚を何本も生やしたような髪型に戻った男は、楽しそうに考えをめぐらす。そんな男の思考に気付くこともなく、

 

「頼りにしていますわ。チョコラータさん」

 

 ラクスは男の名を、にこやかに呼んだのだった。

 
 
 

 ラクス・クラインのシャトル強奪。この報告はすぐにデュランダルの耳にも届いた。
 彼とてこの事件は予想外であり、驚きの声を漏らさずにはいられなかった。

 

「申し訳ありません。私が撃ち落としていれば……」
『いや。君がミーアたちの命を優先した判断は正しい。君の任務はミーアの護衛なのだから』

 

 デュランダルはため息をつきながら、サンドマンを慰める。

 

『ラクスの調査はこちらでする。君は今までどおりの任務を続けたまえ。今の情勢だと、いずれ別の任務を与えるだろうが……』
「了解しました」

 

 通信は切れ、サンドマンは基地の通信室を出る。
 現在、基地は墜落したMSによる被害、シャトルの喪失などで、ミーアの帰還もおぼつかない状態だ。
 それでも明日にはミーアを送り出すようにする手筈だ。このまま地球にいるのは危険すぎる。
 ラクスたちに協力し、サンドマンの邪魔をした3人は、捕らえられた後、死んだ。奥歯に仕掛けてあった毒のカプセルを飲んだのだという。
 彼らの部屋を探したが、特に何も見つからなかった。
 ただ状況や言動からして、なんらかの狂信的な組織に所属していたことは確かだった。
 計画はそれほど緻密ではない。より調べれば、何かつかめるであろうが、それはサンドマンのすることではない。
 彼はミーアに割り当てられた客室に戻った。ノックをして中に入ると、ベッドの上に膝を抱えて座るミーアがいた。

 

「サラたちはどこに?」
「……明日、シャトルに乗れるよう、手続きに」
「そうか」

 

 サンドマンはミーアの隣に座る。そして待った。何十分か経過した頃、

 

「………サンドマン」
「うん?」
「ラクス様、怒っているよね?」

 

 ミーアが震える。

 

「私を……偽者の私を、怒っているよね。だから、だからこんなことに……だから、基地の人も死んじゃって……」

 

 その水色の目から、涙がこぼれる。MSのパイロットが殺されたということを知ったミーアは、恐怖と罪悪感に沈んでいた。
 今までに抱えていた、不安が現実に具現化したことに、震えていた。

 

「私がいなければ、こんなことには……」
「なんだ、そんなことか」

 

 だがサンドマンはなんでもないように、そう言った。

 

「そ、そんなことって」
「君に責任がまったくないとは言わない。責任を感じることは、責任を感じないことよりはいいだろう。だが、死んだパイロットたちの命まで、全部君が背負おうと思うのは、さすがに傲慢というものだ」

 

 サンドマンは首を振り、

 

「彼らは自分たちの意志でMSパイロットとなり、それぞれの理由で戦った。彼らが全員、君のために戦ったと言うのか? 君は、彼ら全員が命を賭けるほどの存在か? 君は自分が世界の中心にでもいるつもりか? この世の死は全部君が原因だとでもいうのか?」
「そ、そんなの、でも、ミーアはそうでなくても、今の私は、ラクスで」
「君が本物のラクス・クラインで、シャトルを強奪したのが実際に偽者であったとしても、同じことだ。ミーアもラクスも、ただ一人のちっぽけな、砂漠の砂粒程度の人間だ」

 

 サンドマンはどうにも腹立たしくてならず、ついつい攻撃的な口調になってしまう。
 あのラクス・クラインの行いが、ミーアを傷つけていることが、許せないのだ。
 ラクスを騙ったミーアと、破壊と強奪を行ったラクス、どちらがより正しいかは問題ではない。
 正義や善意ではなく、ただの身贔屓で、サンドマンはミーアの味方だった。
 だからこそ、彼は絶対的にミーアの味方であるともいえる。
 守りたいもののためなら、悪であっても構わないし、どんな汚名も犠牲も身に受ける。それがサンドマンという男であった。

 

「……だから、あまり気に留めるな。ドゥワミッシュ族の言葉にこんなのがある。『死は存在しない。生きる世界が変わるだけだ』とな。彼らの死を哀しむより、向こう側での幸せを祈ってやれ」

 

 やや目をそらし、とあるインディアン部族の言葉を引用するサンドマンに、ミーアは目をパチクリさせた。

 

「あの……ひょっとして慰めてくれてたの?」
「………」

 

 サンドマンは何も言わなかった。照れているらしい。

 

「くすっ、ありがとう」

 

 ミーアは笑った。そのことにサンドマンは安堵する。
 彼は彼女の歌が好きだった。歌う彼女が好きだった。
 昔、彼はサンドマン(砂男)ではなく、サウンドマン(音をかなでる者)という名であった。
 だが、故郷も部族も、最愛の姉からも自らの意思で遠く離れ、サウンドマンの名で呼ばれることはなくなってしまった。
 今の彼にあるのは、破壊をもたらす音の力、『イン・ア・サイレント・ウェイ』のみ。
 だからこそ、人々を楽しませ、元気付けられる音を出せるミーアは、彼にとって尊敬にさえ値した。
 自分よりもずっと、高貴な音の力を持っている彼女を、守ろうと思った。
 親が子を守るように。兄が妹を守るように。―――自分を、姉が守ってくれたように。

 

「……姉ちゃんなら、もうちょっとうまくやれたんだろうけどな。どうも、俺は自分の考えを他人にわからせるってのが苦手らしくてさ」

 

 サンドマンは他人に理解してもらう前に、一人で突っ走ってしまう欠点がある。人と協調することができないその性格を、よく姉に叱られたものだ。

 

「あら、お姉さんがいるの?」
「ああ。サラと同じくらい力も気も強い人でさ。頭が上がんないよ」
「ひょっとして、だからサラが苦手なの」
「……否定はしないけどね」

 

 それから二人はサラが戻ってくるまで、とりとめのない会話を続けた。その頃には、ミーアの顔から影も消えていた。
 

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ラクスが天へ昇っていった頃、ミネルバはジブラルタル基地に到着していた。
 ここでしばしの補給と休息をとる。そして時期が来たら、おそらくは目と鼻の先にある地球連合軍の最高司令部、アイスランドの『ヘブンズベース』との対決に駆り出されるだろう。
 この戦争も煮詰まってきている。それも全体的にはプラント優位で。王手をかける時期も、そう遠くはあるまい。
 しかし、そうしたことに考えをめぐらす余裕は、ルナマリアには無かった。

 

「お姉ちゃん。ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?」

 

 食堂で、向かいの席に座るメイリンが話し掛ける。

 

「………食欲、ないの」

 

 運ばれてきてから、少しも手をつけていないミートソース・スパゲッティを前に、ルナマリアは答えた。

 

「そんなこと言ったって、自室にいるときも全然食べないじゃない。ただでさえ体力のいる仕事なんだから、体持たないよ!」
「……ごめん」

 

 ブチャラティとの衝撃的再会から、ルナマリアは仕事の時間以外はほとんど自室から出ていなかった。
 ろくにものも食べない彼女を、メイリンは心配して、無理矢理食堂に引っ張ってきたのだが。

 

「その……お姉ちゃん。ブチャラティさんのことだけど……」

 

 メイリンは、あれから初めて、そのことを切り出した。

 

「……言わないで」

 

 ルナマリアは短く、しかし完全無比なる拒絶を返す。

 

「もう、あの人のことは忘れた方が……」
「言わないで」
「想っていたって、あの人は敵で」
「言わないでって言ってるでしょうッ!!」

 

 テーブルを強く叩き、その衝撃でコップが倒れ、水がこぼれる。食堂にいた者たちが、その怒声に驚き、彼女らを見る。

 

「ひょっとしたら、お姉ちゃんに近づいたのだって、何か情報を聞き出すのが目的で」
「あの人はそんな人じゃない!!」

 

 実際、状況から分析しても、計画的に接触したのでないことは確かだ。
 けれどルナマリアは理性ではなく、感情によって、妹の言葉を否定した。

 

「ブローノさんは、ブローノさんは……!!」

 

 目に涙を浮かべて、姉は妹を睨みつける。久しぶりに見る、沈み込んでいた姉の生きた表情だったが、妹は喜べなかった。

 

「片手で数えられる程度しか会っていない人でしょ! お姉ちゃんがそんなに苦しむ必要ないじゃない!」

 

 今まで姉を案じ続けたストレスのたまっていたメイリンは、ルナマリアの怒りに触発されるように、感情を発散してしまう。

 

「あなたは人を好きになるってことがわかってないのよ!!」

 

 もう一度テーブルを強く叩き、ルナマリアは妹に背を向ける。
 メイリンが呼び止める声も無視して、ルナマリアは食堂を出て行った。
 その姉妹喧嘩を見ていた人々は、重く気まずい空気に潰されたように、その場を動けずにいた。
 ただ一人、食べかけのサンドイッチを残し、ルナマリアに続いて食堂を後にした男を除いては。

 

―――

 

 ルナマリアはこぼれる涙をぬぐいもせず、廊下を歩いていた。
 その勢いと速さは、走っているというに近く、身にまとう激しい空気に、通りがかる者は皆、振り返りながらも話し掛ける勇気を持てなかった。

 

「馬鹿……馬鹿……!」

 

 ルナマリアの口からは罵りが流れていた。その罵声は何に対してのものか。
 愛する男が敵であったという事実。妹への苛立ち。戦争という時代。そのすべてを内包した世界の全てに、彼女は怒りを向けていた。
 それは、かつてシン・アスカが抱いたものに、近しいものだった。
 あまりにままならぬ、無情な運命に怒りを燃やす。
 しかし彼女も愚かではない。ただ運命を恨むだけでは、何も解決されないのは理解している。
 ただ、何をどうすればいいのかわからないだけだ。

 

(私は……あの人と戦えるの?)

 

 ルナマリアが戦えるようになったのはブチャラティのおかげ。
 シンにとってのステラとポルナレフを合わせたような存在なのだ。今の自分の支えたる人物を、自ら討つことなどできようか?

 

(間違いだったの……? 出会いも、想いも、何もかも………!!)
「ルナマリア・ホーク」

 

 彼女の背中に声がかかった。それは、つい最近出会ったばかりの男の声だった。

 

「……何よ」

 

 つい立ち止まってしまった彼女は、不機嫌な声をよこす。

 

「話を聞かせてもらおう。少しは助言できるかもしれない」

 

 ウェザー・リポートは、無礼な返答に苛立つこともなく、彼女に手を差し延べた。

 
 

 ルナマリアは話した。ブチャラティとのことを。なぜ、ろくに知りもしない男に話したのか。
 あるいは、ろくに知りもしないからこそだろうか。
 ともあれ、自分の心理を分析できるほどルナマリアは落ち着いた状態にはなかった。
 ただ話したら楽になるかもしれないと単純に考えて話した。
 話している間、彼女はウェザーの反応を見ず、虚空を眺めながら、心の内をただ吐き出す。
 その内容は、最初は惚気話に近かったが、最後には自分自身を切りつけ痛めつけているかのようなものになった。
 それをウェザーは黙って聞いていた。

 

「好きだった。愛していた。信じていた。もっと彼のことを知りたかった。………けど、敵だった……」

 

 その言葉を最後に、ルナマリアは口を閉ざした。

 

「……それで終わりか?」

 

 やはりウェザーの顔も見ずに、ルナマリアは頷いた。

 

「なるほど……そうか。それで?」
「……それで?」

 

 これ以上何があるというのだろう。最も愛しい人が、自分の敵で、おそらくは自分の同朋を何人も殺した事のある存在であった。
 この悲劇以外に、何があるというのだろう。

 

「好きな男が、敵の陣営の存在だった……。許されない恋だった。それはまあわかったが……それで」

 

 ウェザーは、ようやくこちらを向いたルナマリアに、

 

「それでなぜ……それが間違っていたことになるんだ?」

 

 冬の晴れ空のように、静かで冷静な表情で問いただした。

 

「なぜって……」
「聞けば、そのブチャラティという男は、狙ってお前に近づいたわけではない。お前がザフトで、彼が連合だったというのはたまたまだ。彼がお前を騙していたというのならともかく……そいつは間違いなく『いい奴』なのではないか?」

 

 ルナマリアは目を見開いて絶句する。ウェザーが、ブチャラティを肯定したことに驚いて。

 

「お互いの立場は確かに問題だろう。だが本当にそれだけだったら……お前もこんなに苦しんでいないはずだ。お前が苦しんでいるのは……その想いが間違っていないのに、許されないからだろう。
 はじめから悪くないものを、正すことはできない。解決できない。だから……苦しむ以外、どうしようもない」

 

 誰も悪くない。それなのに現状は最悪。今更な、どこにでも転がっている理不尽な運命の一欠けら。

 

「少しはわかる。……俺にも経験はあることだからな」
「じゃあ……どうしたらいいの? この苦しみ、想いを、どうすればいいっていうの!?」
「……忘れるな。報われないかもしれないが、それでもその想いには、想い出には、意味があるはずだ。忘れてしまったら、きっと本当に取り返しのつかないことになる」

 

 ルナマリアの絶叫に、メイリンとは逆のことを言うウェザー。
 その言葉は、実感と経験に裏づけされていた。

 

「いずれまた……そのブチャラティとも会うだろう。それほど縁があるのなら。そのときに決着をつけられるだろう。それまでは……耐えろ」
「………耐えられると思う?」
「耐えるだけの強さは、ブチャラティからもらったのだろう?」

 

 ルナマリアはその言葉に、やや悲しく、弱々しいながらも、久しぶりの微笑みを浮かべた。

 

「………そうね。そうだった」
「あともう一つ忘れるな。他の誰が間違っていると否定しても、この俺だけは否定しない。そういう奴もいるということをな」

 

 ウェザーには否定できない。彼もまた、許されない恋をした者だから。
 あのプッチ神父の言葉が正しければ、血の繋がった妹と、知らなかったとはいえ恋に落ちた者だから。 もしもあの悲劇が起こる前に、ペルラが自分の妹だと知っていたら、恋を諦めただろうか?
 ペルラの意思を確かめようも無い今となっては、わからない。
 しかも、自分は彼女のことを忘れてしまった。
 プッチ神父に記憶を奪われ、愛も、苦しみさえも、なくしてしまった。
 記憶を奪われたあの虚無感。
 徐倫に出会うまでの無感動なつらさに比べれば、記憶を取り戻した後の痛みや憎しみの方が、まだ満たされていた。
 それは、自分と彼女の愛の証明であったから。
 ウェザーはルナマリアに助力する術はなかったが、せめて、彼女の幸福を心から祈り、願おうと思った。

 

「うん………ありがとう。あなた、ブローノさんの次くらいに、いい男だわ」
「光栄だな」

 

 ルナマリアは少しだけ救われた。
 自分の想いに価値があると、認めてくれる賛同者の存在によって。
 たとえどんなに先が見えなくても、耐えられる。
 ウェザーの言葉どおり、強さはすでにこの手に宿っているのだから。心の温もりと共に。
 彼女はそれを思い出していた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 二人の少女が、共に慰められ、いつもの自分を取り戻そうとしている頃、デュランダル議長はポルナレフと通信を交わしていた。

 

『こいつは……!!』

 

 モニターに映った映像に、ポルナレフは息を呑む。
 そこには一人の男の姿が映されていた。
 頭に銃創を刻まれ、血を流しながらなお、殺意衰えない眼力を宿した男。
 長い黒髪をなびかせ、貴公子の如き美麗な顔ながら、口元から覗く鋭い犬歯が、男の異様さを浮き上がらせていた。

 

「先日、ラクスとアークエンジェルの行方を調べていた部隊が、全滅した。犯人はこの男だ。この映像は、マシンガンでヘルメットをふっとばし、中の頭部にも多少の損傷を与えて、やっとふらつかせることに成功した隙に、撮ることに成功したものだ。
 この映像を持ち帰ったのはたった一人。部隊の他の人間は皆殺しにされ、帰った一人も重傷で、昨日、息を引き取った」
『ダボが……!!』

 

 ポルナレフが拳を握り締めて唸る。

 

「不死身と噂される漆黒のテロリスト。形兆から後に話してもらった話では、レイを勧誘した吸血鬼。今回、調査隊を襲ったところから見て、おそらく、アークエンジェルにいるという謎の邪悪、ヴェルサスとも繋がっているのだろう」
『そんなことはどうでもいい』

 

 ポルナレフは、今にもモニターの映像を切り崩してしまいそうな衝動を抑えていた。

 

『俺が奴をぶっ殺すことに、変わりは無いんだからな』
「そう……そうだね。それが君がザフトにいる理由なのだからね」

 

 デュランダルは沈痛な表情をつくる。それは人を惹き付ける為の、好意を買う為の演技などではない。友を心配する本物の感情であった。

 

『ああ……シェリーの仇……必ず』

 

 そいつこそは、かつてポルナレフの友、シェリーを殺した男。

 

『待ってな……ストレイツォ!!』

 

 ポルナレフは仇の名を胸のうちに刻み込むように、呟いた。

 
 

 通信を終え、デュランダルは知らず知らずにため息をついていた。

 

「不確定要素が多すぎる……」

 

 キラやラクスもそうだが、ポルナレフたちも立派な不確定要素だ。
 J.P.ポルナレフ、虹村形兆、サンドマン、辻彩……誰もが凄まじい『魂』の持ち主だ。
 その強靭な精神は、他者にも影響を与え、勇気を与えている。
 『彼ら』は、こことは異なる次元から来たはずだ。
 人間が月に行くのがやっとの科学しか持たない時代から来たはずだ。
 巨大なロボット兵器など夢物語の世界から来たはずだ。
 サンドマンに至っては、ガソリン自動車も生まれたばかりの時代から来たという。
 にもかかわらず、彼らは立派にこの世界に順応している。
 いくら人間が状況に慣れる生き物のいっても、その対応力は驚異的だ。

 

「それが……スタンド使いというものなのかもな」

 

 スタンド使いの条件は強い精神だという。
 強い精神というのは曖昧で漠然としているが、デュランダルはそれを、状況に流されず、社会に依存せず、己の意思を曲げずに生きるということではないかと考える。
 『彼ら』は周囲がどれほど変わっても、その意志や本質を変えようとしない。
 どれほどの力を得ても、そのことで思い悩んで自分を追い詰めたり、気を狂わせたりしない。
 ただ状況を受け止め、受け入れ、その上で自らの本質を変えずに、生き続ける。

 

「どれほど世界が変わっても、どんな能力を持ったとしても、結局のところ、彼らは彼ら……人間は人間。そういうことなのか?」

 

 だとすれば、自分がこの世界を変えたとしても、人間は結局変わらないのだろうか。
 それともそもそも、遺伝子によって個人個人の生き方をあらかじめ決めることは、無理だというのか。
 自分が考えていた以上に、人が思うままに生きようとする意志は強いのではないか。

 

「……いや、今更迷ってなどいられるものか」

 

 デュランダルは、己の疑問を握りつぶす。
 長い時間と多くの謀(はかりごと)を費やして、ようやくここまで来たのだ。
 そのために出してきた多くの犠牲のためにも、こんなところでやめるわけにはいかない。

 

「『彼ら』のような、我侭な自由意志こそが私の敵だ。自分の意思のままに生きることで秩序を破り、人を傷つけ、最終的に戦争に至る。それこそが私の敵だと、最初から決まっていたことではないか……!!」

 

 人は理不尽なる運命に対抗できない。ならば、最初から抗わなければいい。
 抗うからこそ、人は不幸になってしまう。
 最初から運命を知り、それを受け入れれば、何の不安もなく、平和な人生を過ごせる。

 

「私は……世界を救ってみせる!!」

 

 それほどに自分に言い聞かせなければならないほど、デュランダルの心は揺れていた。
 シンたちよりもよほど多く、長く『彼ら』とつきあってきた彼もまた、『彼ら』の魂の輝きに、影響を受ける者の一人だった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 
 

「もうじきだな」

 

 ロード・ジブリールが赤ワインの入ったグラスを手にする。
 時が来たらばそれを掲げ、勝利を祝って飲み干すために。
 吹雪も激しいユーラシア最北端、ロシア平原で、300メートルの巨体が動いている。
 地球連合軍の地上空母『ボナパルト』。その中央部に存在するドームには、ロード・ジブリールの黒い野望が鎮座している。
 その名は『デストロイ』。単純かつ、非常に正確にその存在の本質を表した名を持つMS。普通のMSの2倍を超える巨体。禍々しい漆黒の怪物。
 これから始まるのは、地獄。成功しようと失敗しようと、正気の沙汰ではない。

 

「さあ、我らの敵の何もかもを、その名の通りに破壊し尽くしてしまえ。デストロイ……!」

 

 本来なら、ネオ指揮下にあるステラ・ルーシェが、能力や相性からいって、デストロイの力を最も発揮できるはずだが、もはやネオはブチャラティと親しすぎて信用ならない。
 この作戦が終わったら、ブチャラティもネオも、まとめて『処理』する必要があるだろう。
 デストロイがあれば、その力を持ってすべて思い通りにできる。
 ブチャラティを使って、民衆のご機嫌をとるなどということも必要なくなるのだから。
 力。それによってすべて支配し、すべて叩き滅ぼせばいい。

 

「それはそうと……ストレイツォは何をしているのだ?」

 

 彼は自分直属の特殊機関、『ブードゥー・キングダム』の一員の名を口にする。彼らは通常は自由にしており、任務を受けたときのみ動く。
 ジブリールとて、常人を超えた力を持つ者たちを完全に支配できるとは思っていない。
 使いたいときに使えればそれでいい。そう考え、連絡がすぐ取れるようにするという以外、行動の制限も監視もしなかった。
 しかし、現在ストレイツォとの連絡が取れない。

 

「……裏切りか?」

 

 彼らとの主従関係は、ただ利害の一致につきる。
 彼らが望むものをジブリールが与えるから、彼らはとりあえず従っている。
 チョコラータには殺戮を。フェルディナンドには、コーディネイターを罰する権利を。リンゴォには決闘の場を。そしてストレイツォには、その吸血鬼の力を、存分に発揮し、味わえる状況を、与えていた。

 

「しかし……奴らはコーディネイター以上の化け物。信用はならないな。調べる必要があるか……」

 

 裏切りを疑うジブリールだったが、さすがにストレイツォがジブリールの配下になる前に、既にヴェルサスの下についているとまでは予想の範囲外だった。
 いずれにせよ、ジブリールは彼らを危険視していた。味方としての『ブードゥー・キングダム』の存在を頼もしく思っていたが、敵とすればこれほどおぞましいものも無いとも、考えていた。
 能力もさることながら、その邪悪さは、ジブリールをして鳥肌を立たせるほどのものだ。
 しかも話によれば、そんな彼らでさえDIOやディアボロといった者たちの部下であったらしいが、彼らの上に立つ者がどれほどの怪物だったか、考えただけで立っていられなくなるほどだ。

 

「まあいい……。それでも所詮、私の持つ力には勝てないさ」

 

 スタンド使いも吸血鬼も、所詮は個人。いくら人間離れしていようと、軍隊と兵器を持ってすれば蟻も同然。
 たとえブルーコスモスの支援者にして黒幕であるロゴスの、財力と権力をもってしても、今の肥大化した武力と暴力を御すことはできない。
 そこまで思考し、ジブリールは気付く。

 

「そうだ……今の私は、ロゴスにも止められないのだ」

 

 そして、陽光届かぬ深海のように、深く暗い、見る者の背筋を寒くするような笑みを浮かべる。
 自分の暴走が、もはや誰にも止められないと、確信した笑みを。

 
 
 

TO BE CONTINUED