LSD_Striker'S_第04話後編

Last-modified: 2008-05-05 (月) 17:57:48

・このお話は私lyrical Seed Destinyが書いたContact of Destinyの続編にあたりますので
Contact of Destinyを読むと、大体の世界観やキャラの関係が分かるかと思います。
もしよろしければそちらも読んでみてください。

 

4話 小さな歪み(後編)

 

六課の隊舎が夕焼け色に染め、並木道を歩き隊舎に向かっている人影が五つある。
それらはいつものように訓練を終えたぼろぼろのスバル達四人と、四人達までとはいか
ずともそれなりに汚れたシンだ。
 くたびれた五人の中でやはり一番疲弊しきっているのはティアナだ。ホテル・アグスタ
での事件以降の日々、スバルと共に早朝訓練の前の朝連と夜の深夜訓練。少しでも気を抜
けば、その場にへたり込んでしまうだろう。
「あれ?」
「どうしたの、エリオ君。……あ」
 前を見ると反対側の道を歩く人影がある。レイとプレアの二人だ。
「二人とも、こんな時間にどこ行くんだ」
「この先には訓練場しかないと思うのだが」
 怪訝そうなシンの問いに、そっけなく返すレイ。
「……あ、もしかしてプレアに訓練を」
「はい、そうなんです。ようやくレイさんが許可をくれて」
 嬉しそうに微笑むプレア。
「あの、バレル二佐。訓練の見学をしたいのですけれど、よろしいですか」
 興味しんしんといった風にエリオが訪ねる。
「見てもおもしろいものではないと思うが。まぁ、好きにすればいい」
レイは少しも表情を動かさずエリオにそう言葉を返すと、プレアを連れて訓練場へ歩い
ていく。
その後を追おうとするエリオだが、その首根っこをシンがつかむ。
「見学はシャワーを浴びた後だ。帰るのが遅いと隊長達に心配をかけるだろ。すっきりし
た後にドリンクでも飲みながら休憩所でモニター越しに見学すればいい」

 

「そ、そうですね。それじゃあ早くシャワーを浴びましょう!」
 言うとエリオは隊舎に向かって駆け出す。その後を慌ててキャロやスバルが追う。
「なんだかエリオ、プレアのこと妙に気にしてますね」
「そりゃあ気になるさ。自分と同じ男で魔導士、おまけに年もそう離れてないんだから。
 さ、俺達も隊舎に戻ろう。のんびりしてると見逃してしまう」
 シンに言われたとおり隊舎に戻り、シャワーを浴びて汚れや疲れを落とし休憩所に向か
う。
 すると休憩所には大型モニターの前にエリオとシン、一足早く上がったキャロ。さらに
は何故かなのはにフェイトなどの隊長達の姿もあった。
「ふーん。やるもんだなぁ」
「うん、いいよね」
「……あの、みなさん。どうしたんですか?」
 いつもこの時間は雑務を片付けているはずの隊長達を不思議に思い、声をかける。
「ティアナ達と同じだよ。レイがプレアくんに訓練をするからそれを見ようと思って」
「あたしやなのははお前達と一緒に鍛えるかって言ったんだけどよ」
 少し不機嫌そうなヴィータ。
「……断られたんですか?」
「『彼については自分が全責任を持っている。その責任を押し付けるわけにはいかない』っ
て。
 そんなこと気にしなくても、いいんだけどなぁ」
 苦笑するなのは。が、彼女はティアナを見て、
「それよりティアナ。よく見ておくといいよ」
「はい?」
 唐突ななのはの言葉に首をかしげながらも、ティアナもモニターを見る。
 二人が行っているのは自分がなのはに教わってる個人スキルとよく似ている。
 空中に浮かんでいる灰色の魔力弾。レイが指揮者のように腕や指を動かすたび、それら
がさまざまな軌道や変化、速度を見せてプレアに向けて発射されている。
『はぁっ!』
 白と青の騎士甲冑をまとうプレアは向かってくる魔力弾を見据える。すると彼の左右斜
めに浮かんでいる短剣のようなビットが水色の魔力弾を発射、撃墜する。
『遅い。もっと速く、正確に』
 淡々と告げて魔力弾を発射するレイ。プレアは必死な形相で水色の魔力弾を放つ。
「……!」
 しばらくの間、それを見ているとティアナは愕然となった。自分と似たような訓練をし
ている彼。しかし一部だけ自分と大きく違う部分があったのだ。

 

──ほとんど動いてない……
 体を反転したり前後左右に数歩ほど移動するなどの動きはあるものの、一定空間から大
きく動くことがないのだ。不規則な軌道の灰色の弾丸を、確実に落としている。
「見事なものだ。射撃能力だけで言えばティアナよりは未熟だろう。だがああもことごと
く撃ち落としている」
「空間把握能力がかなり高いみたいだね。どこから向かってくるのか、思考よりも反応の
方が速いみたい。魔法もそれに反応してるからだね」
「デバイスに頼っているのもあるけど、魔力弾の生成速度も結構なもんだな」
 隣で何やら話す隊長やスバル達の声を聞きつつ、モニターを見つめるティアナは思わず
己の拳を強く握る。
──やっぱり、あたしはまだまだだ
 殆ど訓練をしていないプレアがこれほどの技術を、力を持っている──それはティアナ
の心の中に鎮静化していた劣等感と焦燥感を膨らませる。
──もっと、もっと強くならなくちゃ

 

「うわー、それは災難でしたね」
「ああ。二人の起こすトラブルに巻き込まれるのはそう珍しいことではなかったが、進級
試験の再追試には少しまいったな」
 端整な指でフォークを器用に操り、スパゲティを絡めてレイは口に運ぶ。
「バレル二佐の方は問題なかったんですよね」
「ああ。俺としてもまさか二人がノートに俺が書き記した内容をそのまま写しているとは
思いもしなかったからな。
おまけに二人揃ってこちらに責任を押し付けてくる有様。二人の友情を少し疑ったな」
レイがわざとらしく肩をすくめると、彼に向けられていた無数の視線が非難という色を
帯び、シンに向く。
「シンさん……それはひどいですよ」
「そういうの、よくないと思います」
 ライトニング隊の年少組二人に言われ、シンは呻く。
「ぐ、だからそれは悪かったって謝っただろ。だいたい俺だけじゃなくてルナが」
「でもルナやシンが原因でレイは進級試験再追試やったんやろ? 自分には全く落ち度が
ないのに」
「二人がちこっとでも小論文を変えてればレイの追試はなかったわけだ。シンやルナはと
もかく」

 

 レイが頷き、皆の視線に呆れが加わる。
 朝食、昼食時と違いさして急ぎの仕事がない──一部の面々を除き──夕食時。六課の
隊員たちは和やかに料理に舌鼓を打ちつつ、談笑する。
 それは当然シンやレイも例外ではない。六課に来て幾度かザフト時代や戦後に次元世界
を旅していた時のことを話していた。
そして今日、最初はスバルとティアナの訓練校での話だったのだが、途中シンやレイの
訓練校──シンから言わせればアカデミー──はどんなものだったのかと聞かれたのだ。
 何を話すかシンが考えているうちに珍しくレイが話を切り出したのだが、なんと内容は
アカデミー時代の失敗談だった。
 慌てて止めようとしたがはやてが笑顔で部隊長命令を使い──当然冗談だとわかってる
だろうに──レイは律義に従い話し始めた。
 話されている間、シンは心の中で悶えた。失敗談の大半、いやほぼ全ての発生原因は自
分やルナにあったのだから当然と言える。先ほどの進級試験の話などもその一つだ。おか
げで周りが自分を見る目の痛いこと痛いこと。
 ちらりと六課の面々を見やる。苦笑したり、呆れたりなど様々な表情だが、やはり食事
前に比べていくらか自分への敬意が薄れているように見える。
<レイ、もうその辺にしてくれ。頼む>
 懇願が籠りに籠った念話を来ると、レイはこちらを見て、仕方がないなと言うように笑
み、話を変える。
「そう言えばティアナは執務官志望だったな」
「え、あ、はい」
 急な方向転換にティアナは呆けた返事を返す。話の中心が自分からレイとティアナに変
わり、シンは一人安堵する。
「今はまだ余裕がないだろうが、落ち着いてきたら少しでも勉強はしておいたほうがいい。
なかなか大変だぞ」
「バレル二佐も執務官を目指しているんですよね。次の執務官試験…六月でしたよね、受
けるんですか?」
「ああ。前回は管理局入りしてすぐだったからさすがに受けられなかったが、今回は違う。
必ず合格してみせる」
 平然と告げるレイにスバル達だけではなく、後ろに座るなのは達の視線も集まる。
「……すごい自信ですね。受けた人の大半は一度や二度、落ちるのが当たり前だって言わ
れてるのに」
「フェイト隊長やクロノ提督、ハラオウン統括官には多くの世話や迷惑をかけた。それに
報いるためにも試験ごときに手こずってなどいられない。
 必ず一発で合格してみせる」
 いつも通りいつもの様子で平然と言うレイ。皆から感嘆の声が上がる。

 

と、その時六課隊舎に鳴り響くアラート音。和やかでゆるゆるの空気が一瞬にして凍り
つき、引き締まる。
「何が起こったん?」
 モニターを開き管制室に尋ねるはやて。
『し、市街地付近に未確認体出現!』
響いた声に、食堂にいたシャリーたちロングアーチスタッフは席から立ち上がり駆け足
で食堂から出ていく。
「なのはさん!」
「スターズ、ライトニングはヘリポートで待機してて。シン君」
「ああ。わかってる。四人とも、行くぞ!」
『はいっ!!』
 威勢のいい応えが返ってくる。四人を連れてシンはヘリポートへ急ぐ。
 外は日が落ちたばかりで周囲は薄闇に染まっている。ヘリポートに鎮座するJF-704ヘリ
は駆動音を響かせており、すでに準備万端な様子だ。
 自分たちより一足先に遅れてヘリポートにやってきたヴァイスが乗り込むしばらくする
と、空中にはやてが映るモニターが出現する。
『ロングアーチ0からフェイス01へ。未確認体はガジェット・ドローン。一型が二十機。二型が一五機。三型が六機や』
 フェイス01。これはシンのコールサインだ。
『現在は緊急出動した近くの武装隊員が対応しとるけど結果は思わしくない。合流後彼ら
は市街地への通路封鎖へ向かうから、残ってるガジェットは全機撃破すること。決して市
街地に通したらあかんよ』
「わかった」
『空のガジェットはスターズ1、スターズ2が対処する。地上の方はよろしくな』
 モニターが消えると同時、シンは四人と共にヘリに乗り込む。
「数は多いが、相手はしょせん機械だ。訓練通りに、いつも通りなら簡単に倒せる。みん
な、落ち着いていこう」
『はい!』
「それと今回俺は皆と初めて一緒に戦う。よって指揮はティアナ、お前に任せる」
「えっ!? 私、ですか? シン三佐ではなく?」
「ああ。今回は俺がお前達と共に戦うのは初めて。慣れてない俺がするよりもお前がした
方がいい。何回か俺を混ぜての集団戦の特訓はしただろう? あの通りにやればいい」
 不安げな様子のティアナ。自分より上の階級に命令を与えるということに気遅れもある
のだろうが、それ以上にもしかしたら先日のミスを気にしているかもしれない。
シンはティアナの肩に手を置き、努めて明るく言う。

 

「大丈夫だ。何か失敗したら俺がすぐにフォローする。俺はもともとそのためにいるんだ
からな。遠慮せずに頼ればいい」
「……はい」
 わずかではあるが微笑を見せたティアナに、シンも同じように笑顔を見せる。
「お話は済んだか? そろそろ到着するぜ!」
「わかった! ハッチを開けてくれ!」
 ヴァイスにそう返し、ハッチへ向かう。わずかに昼間の熱を残す突風が減りの中へ入り
込み、体をなでる。
「さぁ、行くぞ!」
 言ってシンは飛び降りる。襟についた“デスティニー”に触れ、騎士甲冑を身にまとう。
ぐるりとあたりを見回し、三型ガジェットに追い詰められている局員の姿をとらえる。
「下がれっ!」
 叫ぶと同時、右肩から“フラッシュエッジ”を引き抜き、三型へ向けて投擲。さらに“ア
ロンダイト”を引き抜く。
 “フラッシュエッジ”を三型が弾いた間に局員たちは視線をこちらに向け、すぐに下がる。
「カートリッジ・ロードッ!」
 カートリッジの伸縮の音が耳に響く。カメラを局員からシンへ向けるガジェット三型。
「エクス、カリバーッ!」
 振り下ろす必殺の剣刃。三型のベルト状の腕で受け止められるがそれも一瞬、灼化した刀身は易々とガジェットの体を切り裂く。
──リミッターがかかっているとはいえこの程度とは。多分“アロンダイト”も同じぐら
いになっているはず。今の状態じゃあ発射型を使わず、斬撃型一つに絞った方がいいな
 爆風を腕で遮りながらシンがそう思っていると、そぐそばに四つの着地音が響く。
「もっとも近かった奴は今片付けた。ティアナ──」
「はい。指揮は私が」
「頼む。──さぁ、皆行くぞ!」
 迫るガジェット軍に向きなおり、シンは雄々しく叫んだ。

 

『ディバインシューター』
 十数個の桜色の弾丸が漆黒の空を駆け、ガジェット二型へと襲いかかる。

 

 回避行動をとろうとする二型だが、全方位から迫る弾丸をかわし切れるわけもなく、鋼
の体に風穴を開けられて爆散する。
<ガジェット・ドローン二型、残数六──>
 そうレイジングハートが言いかけたとき、なのはの右斜め上で新たな爆発の光が輝く。
爆煙から飛び出してきたのは“グラーフアイゼン”を両手に握るヴィータだ。
「残数五だね、レイジングハート」
<イエス。マイ、マスター>
 どこか憮然とした口調で返す相棒になのはは小さく笑み、眼前に迫る二型を見据えなが
ら、同時に地上の状況にも気を配る。
──うん、いい感じだね。シン君もいい具合にチームに融和してる
 シンを加えたスターズ、ライトニング隊員の初実戦。シンが頑張りすぎてスバル達が暇
を持て余すようなことになるかもしれないと思ったが、やはり杞憂だったようだ。彼は四
人の動きをしっかり把握しつつ自分も動いて、時にはフォローに回っている。
 ああも見事に援護に回れるのは訓練のせいか、と言うよりも彼の騎士としての特色のせ
いだろう。シンの戦闘スタイルは超高速起動による近接戦闘。ゆえに大半の人間が近接近
特化型魔導士と思いがちだが、実際はそうではない。
 シンは近接はもちろん、中、遠距離においても大差ない能力を持っている。クロノやフ
ェイトと同じ万能型だ。近接近が多いのは本人の気性ゆえではないかとなのはは思ってい
る。
 それにしても本当にいい感じで戦っていると、なのはは改めて思う。
 四人の個人スキル、特化部位が際立ちながらチームとして戦えているのだ。
──ティアナ、よくやってるね
 自分と同じセンターガードのオレンジ色の髪の少女を見て、なのはは微笑する。チーム
の指揮を自分ではなくティアナに任せたシンの判断になのはは異論はなかった。
今はシンがいるとはいえ、基本的にはティアナ達四人が基本のチームである。これから
先のこととティアナの指揮能力向上のために、あえてシンは指揮を任せたのだろう。
 ティアナも気負う様子もなく指揮を出している。いつものように前に出る様子もない。
自分のポジションの意味、役割をしっかり理解したからだろう。先日のミスの後、話をし
ていてよかったな、となのはは思う。
<下方よりガジェット接近>
 レイジングハートの警告を受けて下を向くと、体当たりのように迫る巨体を視界に捕ら
える。
なのはは慌てず回避し、直後砲撃を叩き込む。
『残り三機です!』
 シャリーの声を聞いて、なのはは地上へ気を向けるのをやめる。
残りあとわずか、一気に片付ける。そう思い、ガジェットへ向けて飛翔する。

 

 ミサイルを放ってくる二型。軽やかになのははかわすが追尾性なのか、こちらを追って
くる。
「アクセルッ」
 動きを止めて放たれる光弾。猛禽のように速く鋭い軌道を見せてミサイルとガジェットを粉砕する。
 さらになのはは振り向きざま、背後に迫っていた最後の一機を見て、“ディバインシュー
ター”を発射。
 即座の発動のため普段と比べ数も足りなく速度も遅いそれらを回避する二型。しかし回
避しきったところで降り注ぐ四つの鉄球に打ち抜かれ、爆発する。
「ありがとう、ヴィータちゃん」
「気にすんな。──シャーリー、増援などの気配は?」
『今のところは特に何の反応もありません。地上の方も』
「ってことは、あとはシンやスバル達が頑張れば、終わりか」
 言ってヴィータは地上に目を向ける。なのはも同じように再び地上を見下ろした。

 

<保有魔力、残りあとわずかです>
 残っていたガジェットの一斉射撃を“ソリドゥス・フルゴース”で防いだ後、“デスティ
ニー”が警告してくる。
<小型はほとんど片付いてます。残るは大型が三機。牽制しますんで懐に入って撃破してください!>
「わかった! スバル、エリオ! ついてこい!」
『了解っ!』
 二人の返事と同時にシンは飛び出す。シン一人でも三型三体を倒すことは容易だが、そ
れでは意味がない。
 今行っているのは実践ではあるが同時に訓練でもある。自分だけが頑張っては意味がな
い。主役はあくまでもスバル達四人なのだ。
 逆にいえばこの程度の実戦を易々とクリアできないようであればそれこそ六課にいるの
も、自分と共に戦う資格もない。
 三型のアームやわずかに残っている小型が発射するビームを縦横無尽に動き回って回避
しながら、
<俺は一番手前の右の三型を片付ける。残りは任せたぜぞ!>
 二人の念話で言い放ち、シンは“アロンダイト”を腰だめに構える。薬莢が二つ、宙に
飛ぶ。

 

「すべてを貫けっ!」
<アロンダイト>
 ガジェットがAMFを張るぎりぎりの位置で発動する“アロンダイト”。その次の瞬間、
真紅の鏃と化したシンが三型の球体のど真ん中を通過。大きな風穴を空ける。
 爆風が残る三型ガジェットを包み込むと同時にシンは後ろへ跳躍。スバルとエリオが撃
破し損ねたことを考えて念のため、両肩の“フラッシュエッジ”を引き抜くが、眼下で新
たに二つの爆発が起こる。
「心配いらなかった、か」
 ほっと安堵の息を漏らして視線をティアナ達に向ける。
 バックスの二人へ迫るガジェット一型の姿が見えたが、わずか二機だけだ。援護するま
でもない。
 目の前に迫ってくる一型にティアナは慌てず、二つの“クロスミラージュ”をガジェッ
トへ向ける。
 しかし弾丸が発射される直前、横並びだった一型が、突然縦並びに代わる。
 それに構わず打つティアナ。膜状バリアに包まれたオレンジの弾丸はAMFを展開した
ガジェットを難なく粉砕する。
 だが、次の瞬間、爆煙から飛び出してくる一型。
──後方に下がったガジェットのAMFを展開させていたのか。だが、
 その程度でティアナが驚くと思うのか──シンがそう思ったとおりにティアナは表情を
変えず、先程打たなかったもう一つの“クロスミラージュ”を向ける。
 放たれる弾丸。戦いを終結させるその弾は、何故かガジェットが展開したAMFにかき
消される。
「なっ!? 消えただと!」
──まさか、打ち損じた!?
 シンは驚きの声を上げ、しかしすぐティアナのもとへ急降下する。
 すでにガジェットとティアナの距離はセンターガードが維持するべき距離ではない。あ
の距離ではティアナが新しい“ヴァリアブルバレット”を撃つより、ガジェットの攻撃の
方が速い。
「キャロ! ティアナの前にラウンドシールドを!」
 返事が返るのも聞かずシンは“フラッシュエッジ”を投擲する。
──間に合え───!
 祈りが通じたのか強襲する真紅のブーメランは縦長いガジェットの体を二つに割る。
「ティアナ…!」
 ピンク色をした円形の盾の向こう側に、ティアナは回避の態勢を取っている。
 ほっと安堵の息をつくと、シンの胸の中に急速な速さで怒りが湧きあがる。駆け寄りテ
ィアナの襟を掴んで無理やり起こす。
「シ、シンさん!?」
 キャロの驚く声が聞こえたが、シンは気にせず、ティアナを見据えて怒鳴る。

 

「何をやってるんだお前は! 一型ごときをどうして倒せない──……」
 間近でティアナの顔を見て、シンの言葉は尻すぼみになる。
──なんて顔、してるんだ……
 訓練後の出動とはいえ、ティアナの顔には濃い疲労の色が残っている。先ほどのミスも、
この疲労のせいなのだろう。
 どうしてこんなに疲労しているんだ──反射的にシンは思い、すぐその理由に行きつく。
 腹にたまった憤りをぐっと抑え、シンはティアナから手を離す。
「ティアナさん!」
「シンさん、ティアに何を……!」
「静かにしろ。今ロングアーチに報告するところなんだ」
スバルの抗議を抑え、地上のガジェット殲滅をロングアーチへ伝える。
『周囲に敵影はありませんが増援がないとも限りません。もうしばらくの間、警戒態勢を
維持してください』
「了解。皆、ロングアーチが確認するまで警戒態勢だ」
 そう言い放つとシンは四人へ背を向け、離れる。今は四人と、特にスバルとティアナと
は話したくなかった。

 

「スバル・ナカジマ二等陸士。ティアナ・ランスター二等陸士」
 感情がこもらない声音で名を呼ばれ、スバルは思わず寒気が奔る。
 二人がいるのは起動六課のNo2、レイ・ザ・バレル二佐の部屋だ。その隣には険しい
顔をしたシンの姿もある。
 警戒態勢が解かれて隊舎に戻ってきた直後、何故かティアナと二人、呼び出されたのだ。
「ここに君たちを呼んだ理由は、わかるかな」
「それは…その……」

 

 正直な話、スバルにはさっぱりだ。ここに呼ばれた理由も、先ほどの任務でシンがティ
アナにつかみかかったことも。
 警戒態勢が解除された後シンに訊ねようとしたが、彼は自分とは顔を合わさず、今ここ
でこうして顔を合わせることになったのだが──
──さすがに、今聞けないよぉ
「先ほどの任務中にて、私がガジェットを撃破できなかったことについてでしょうか」
 表情を曇らせたティアナが言い、それを聞いたスバルは愕然となる。

 

 まさかあのことを注意しようというのか。確かにティアはガジェットを撃破できなかっ
たが、元々の責任はバックスへガジェットを通してしまった前衛である自分たちだ。ティ
アに責任は──
「そのことも関係はしているが、そうではない」
 レイの回答にスバルはますますわけがわからなくなる。そうでないとしたら、いったい
どんな理由で呼び出されたのだろう?
「先日のホテル・アグスタでの事件以降、君ら二人は早朝と夜に自主練を行っているな」
「えっ!?」
 どうしてそれを──。スバルが驚きに固まっていると、シンが不機嫌そうに言う。
「レイからティアナのことで少し相談を受けてな。俺自身も気になっていたし、しばらく
君らの様子をうかがっていたんだ」
「ティアナ、先ほどシンが君を叱責しようと引き起こしたときに気がついたそうだ。君が
ひどく疲れた顔をしていたことに。
 高町隊長の訓練はきついが、それでも隊員たちが動けるギリギリまで抑えている。だが
君はそれ以上の疲労を残していた。
 ──さて、ここまで言えば俺たちが君らを呼びだした理由もわかるだろう」
 俯き、しかし射抜くような鋭い視線でレイを見るティアナ。
「……自主練をやめろってことですか」
「そうだ」
 即座に返ってくる答えに、思わすスバルは息を飲む。
「バ、バレル二佐。でも今ちょっといいところなんです。もう少ししたらあたしとの新し
いコンビーネーションが出来上がりますし、ティアの──」
「駄目だ。自主練習をやるのは別にかまわないが、任務や訓練に差し支えるのであれば話
は別だ。明日から控えること。朝と夜はしっかり休息をとるんだ。これは命令だ」
 取りつくしまもないレイにスバルも言葉を返せない。
「君たちは高町教導官の訓練で精一杯のはずだ。余計なことをして体力や時間を無駄に使
うな」
とどめのような言葉に、わかりました、と口から出そうになった時、
「不満そうだな。ランスター二士」
 スバルは思わず横を振り返る。そこには全く納得いかないと書かれたようなティアナの
顔があった。
 俯いていた顔は上げられ真っ直ぐに、鋭い眼差しでティアナはレイを見て──いや、睨
んでいる。一方のレイも先程以上に冷厳な雰囲気を発している。
──ティ、ティア~~
 険悪な雰囲気にスバルがおろおろしていると、シンがふぅっと疲れたような溜息をつく。
「レイ、ちょっと交代。──ティアナ」

 

 レイの肩に手を置くシン。ティアナを見る顔は先ほどのように険しくなく、落ち着いて
いる。
「一つ聞きたい。君は自主練を続けたいか」
「……」
「レイにも俺にも憚ることはない。正直に答えてくれ」
「……続けたいです」
 落ち着いたシンの声音に、いつもの状態に近い声で返答を返すティアナ。
「でも今の自主練がオーバーワークってことは、わかってるな」
「……はい」
 再び硬くなるティアナの声。しかしシンはそれを気にした様子はなく、小さく頷き、少
しの間何かを考え込むようなしぐさを見せて、
「わかった。それじゃあ君らの自主練のメニューを俺たちが考える。それの通りにすれば
今まで通り自主練をしてもいい」
「へ?」
「え?」
「何」
 三つの驚きの声にしかしシンは何の反応も見せない。
「とりあえず今、やってきたメニューや自主練習のテーマを俺かレイに教えてくれ。それ
を元に作ってみるから。明日には完成すると思う。
完成したメニューで何か納得がいかないところがあったら遠慮なく言ってくれ。譲歩で
きることろは譲歩する。
 言っておくけどメニューが完成するまでは、自主練は休みだ」
「シン、待て。何を勝手に話を進めている。それに俺は手伝うなど一言も言ってないぞ」
 そう言うレイに、シンはじろりと睨みつけて、
「レイ、最初にティアナの様子が変だから様子を見ておこうと頼んだのは誰だよ。手助け
は借りるくせに、俺の手伝いはしてくれないのか?」
「それは手助けという問題はない。それに──」
「頑張っている部下の努力を無碍に扱うのは、上司としてどうかと思うぜ」
 シンが発した言葉に、何故かレイは言葉をつぐむ。
「危なくならないように俺たちが見ていればいい。危険だと思ったら無理やりにでも止め
る。それでいいだろ?」
「しかし……」
「無理に協力してくれとまでは言わないよ。いざとなったら俺一人でもやる」
 言いきるシン。レイは自分たちから見てもはっきりとわかるような渋面になる。
「……わかった。手伝おう」
 しばらくして、諦めの吐息と共に口から出る言葉。
「そう言うことだ。二人とも、それでいいな?」
「え、あ、はい」
「……わかりました」
 思わずスバルは反射的に答え、ティアナも遅れて返事をする。
「よし、それじゃあ教えてくれ」
 気軽そうにシンは言った。