「はぁ、はぁ、はぁ…」
下手に動けば、その瞬間すぐに殺されるという緊張感。
それに支配されながら、ルナマリアはガイアと向き合っていた。
「………」
一方のステラは、冷静に相手の動きを見つめていた。
目前の青い機体はデータにない。落ちてきたところを見るとまだ未完成なのか、パイロットの腕が悪いのか。
「……やればわかる」
ステラが言うと同時にガイアはライフルをサーベルに持ち替え、肩のビーム突撃砲を乱射しながらインパルスに接近する!
インパルスはとっさに左腕の機動防盾をかざし、ビームを防ぐ。
しかし盾に当たったビームはたった一つのみ、他のビームは全て外れ、周りに着弾した。
「え……!?」
どういうつもりなのか確認するためにモニターを見渡すと……先ほどのビームで崩壊した格納庫の破片によって、ガイアの姿が見えなくなっていた。
逃げたのかしら、とルナマリアが希望的観測を予測と取り違えていると。
「お姉ちゃん!後ろっ!」
「っ!?」
メイリンからの悲鳴のような通信。思わずブースターを吹かし、前に倒れ込む。
ギリギリでインパルスはガイアのビームサーベルを回避していた。
「あんな一瞬で……!?」
相手の技量に驚いたものの、それでも戦闘中に呆然とするほどルナマリアは素人ではない。
飛び退きながら胸部のCIWSを乱射。ビームライフルの破壊を狙った攻撃だが、あっさりと盾で防がれる。
ならばとビームライフルを連射したが、ガイアは変形して地面に密着することで簡単に避けてみせた。
「こ、こんのぉ!」
もう一度ロックオンし直そうとしたルナマリアだったが、その時には既にガイアが目の前に迫っていた。
ビームブレイドを防ぐためにインパルスは盾をかざしたものの、その動きを読んでいたステラはあえてビームブレイドを使わず、盾に向かって体当たりをする。
かなりのスピードでの体当たりに耐えきれずインパルスは転倒、激しい衝撃がコックピットを襲い、ヘルメットも着用していなかったルナマリアは一瞬意識が飛びかけた。
その隙にガイアは素早くモビルスーツ形態に変型し、インパルスの頭を踏みつける。
「これで終わりね、青いの」
そうステラが冷たく言い放ち、ビームサーベルをコックピットへ向けてかざした瞬間。
「ステラ!撤退だ!」
「……っ!?」
スティングからの通信と同時にガイアの脇をビームが掠め、ビームサーベルが弾き飛ばされた。
ステラが確認すると、モニターには数機のザクが写っている。
「どうやら増援きちまったみてーだぜ。俺が穴開けてやったから、さっさと逃げろよ」
不満げにアウルが言う。彼はスティングに言われて戦闘を途中で離脱、コロニーに穴を開ける作業をしていたため、戦闘にはあまり参加していない。
穴の位置を確認した後、ステラは先ほどまで踏みつけていたインパルスを見やった。
「……運、良かったね」
そう呟いて、ステラはガイアを離脱させた。
ミネルバの格納庫は慌ただしいことになっていた。
奪われた三機のモビルスーツを追撃するため、ミネルバは追撃に出ることになったのである。
そのために二機のゲイツR、二機のザクが急遽運び込まれ、調整を行っていた。
そんな中にルナマリアのインパルスは降り立った。
「………」
先ほどの戦いを思い出して、ルナマリアはまた自己嫌悪に襲われた。
自分の下手っぷりを再確認することとなったためだ。
整備士連中からも確実に嫌味を言われるだろうな、と考えながらコックピットを開放し、床に降りる。
「あ、ルナ!無事だったんだな!」
そう彼女に呼びかけたのはシンである。そんな彼にルナマリアは相当暗い声で返事をした。
「あ……シン……」
見るとシンは右腕を固定していた。どうやら骨も折れていたらしい。
もっとも、端から見る限りではシンの方がルナマリアより元気そうである。
「そんなに落ち込むなよ。俺だって始めてインパルスに乗った時はしくじったさ」
「でも……あそこまで歯が立たないなんて……」
そう言ってうなだれるルナマリア。
シンとしては彼女を慰めたいところだったが、あいにく彼はガイアとの戦いを見れなかったので慰めようもない。
仕方ないので、話題を変える事にした。
「それよりさ!今この艦にアスランがいるって噂だぜ?……あとアスハ」
「アスランって……あのアスラン?」
「そうそう」
明らかに「アスハ」の名を呼ぶ時のシンは嫌そうな表情だったが、泣きたい心境にあるルナマリアはそれに気付かなかった。
「ミネルバにいる奴の話はみんなそれで持ちきりだぞ」
「ああ……だから私がインパルスで完敗したのは話題になってないのね」
「………」
こりゃだめだ、とシンは白旗を揚げた。
一方、艦長室では三人の人物が話し込んでいた。
「なるほど…だから彼女がインパルスに乗っていたのか」
顎に手をあてながら納得した表情を見せたのはプラント評議会議長、ギルバート・デュランダルである。
長い黒髪を持つ理知的な男で、「インパルス計画」の発案者、そしてインパルスの製作に関する責任者も兼ねている。
「しかし艦長…本当に『あの』ルナマリアをインパルスに乗せ続けるのですか?」
「アーサー!そういう言い方はやめなさい。あなたの性格だとうっかり本人の前でもそう言いかねないわ」
「す、すみません艦長。しかし彼女の成績はあまりに有名というか……その……」
そう不安げに言ったのはミネルバの副艦長アーサー・トライン。
管理職に付き物である書類の処理などの雑務には見事な能力を発揮するものの、不測の事態には弱い一面がありタリアはそこが不安である。
「しょうがないわ。とっさに基地から集めた兵士にはあまりいいパイロットはいなかったし、一回でも乗ったルナマリアの方がまだ上手く使えるはずよ」
「私も同感だな。少なくともインパルス自体の合体は一回で成功させたのだろう?」
タリアの発言に対し、デュランダル議長はうなずいて見せた。だがアーサーはそれでも不安げらしい。
「ですが、シンとルナマリアでは実力にかなり差があるのは確かです。ルナマリアがインパルスの実力を出し切れるとは…」
「……まあね」
確かにタリアもそれには同意だった。ルナマリアの実力を考えれば、まだザクに乗せた方がいい戦いをできるかもしれない。インパルスの操縦はかなり複雑なのだ。
だが、かといってせっかくの新型を格納庫で眠らせておくわけにはいかない。
考え込むタリアを見たデュランダルは、突然話題を変えた。
「ところでタリア。今シンはどうしている?落ち込んでいる様子は無かったか?」
「シン…ですか?ルナマリアを迎えにいったはずです。別に落ち込んではいなかったようですが……」
いったいなぜこんなことを聞くのか図りかねる表情をタリアとアーサーはしたが、途中でタリアはその言外の意味に気付き、はっとなる。
それに応じて、デュランダルはゆっくりと語った。
「軍医の話によると、シンはもうモビルスーツパイロットとして働くのは不可能だそうだ。
日常生活の動きならゆっくりリハビリすれば大丈夫だそうだが、以前のように素早く動かすのは無理らしい」
「え、えええええええ!?」
「アーサー!静かに!この話がシンに聞かれたらどうするの!」
素っ頓狂な声を上げたアーサーを叱りつけるタリア。
そんな二人をたしなめることもせず、デュランダルは話し続ける。
「この事がシンに知れれば、恐らく彼は相当傷つくだろうな。彼は熱心に訓練していたからね。
しかし自分の事だ、私達が秘密にしてもじきに気付くだろう。彼に新しい役割を与え、自分は無駄な存在で無いと思わせる必要がある。
そこでだ、妙案があるんだがね。おそらく、大した手間はかからないはずだが…」
「お姉ちゃん、いつまで引きこもってるのよ。らしくないよ~」
そういってベッドに寝転がるルナマリアを揺さぶるのはメイリンである。
ステラのガイアによって完膚無きまでなけなしの自信をうち砕かれたルナマリアは、今度は突発性引きこもり症候群を発症した。
「ね~、お姉ちゃんったら~」
「優秀なあんたには私の気持ちは分からないわよ…」
ふてくされながらうつぶせになるルナマリア。
アカデミーの成績は合計すればルナマリアの方が上なのだが、ルナマリアの成績は器用貧乏すぎてどれも中途半端にしかこなせないのに対し、メイリンは一部の科目だけなら赤服の兵士さえ遥かに上回る成績を打ち出しており、優秀な通信士として重宝されている。
「も~、前々からインパルスとかに乗りたいって言ってたのはだれ~?ほら起きろ~!」
「馬鹿、やめ、私のトレードマークを引っ張るんじゃないわよ!」
「あ、やっと元気になってきた?」
「メイリン、あんたいい加減にしないとぶっ飛ばすわよ!?」
「……お前ら何やってんだ?」
ルナマリアの特徴である一本だけ逆立った髪の毛を引っ張っていたメイリンは、シンが部屋の入り口に立っている事に気付いてやっと髪の毛を離した。
「あ、シンどうしたの?腕大丈夫?」
「ああ、腕はそのうち治るってさ。それよりお前ら、俺と一緒にコアスプレンダーがある格納庫に来いって艦長が言ってたぜ」
「「?」」
いったい何の用だろう、と二人は姉妹揃って顔を見合わせた。
地球軍特殊部隊「ファントムペイン」が保有する艦の一つ、ガーティ・ルー。
カオス・ガイア・アビスの三機を収容したこの艦は、地球軍基地がある月へと急いでいた。
その艦内部にある特殊な一室で、士官らしき男と仮面の男が話し込んでいた。
「かなりの損害を被りましたな…」
そう言ったのはイアン・リー少佐。この艦の副艦長である。
ステラ達が脱出する際に追撃されないよう、ファントムペインはダークダガーやブリッツにより軍港を奇襲した。
しかしブリッツ隊は全滅、ダークダガーも生存機は一機だけと手痛い損害を負っている。
「なぁに、あれだけの損害を与えれば組織だった追撃など不可能なはずだ。
これだけやって見せればジブリール閣下も万々歳だろう」
そう答えたのは仮面の男、ネオ・ロアノーク大佐。
ファントムペインの総指揮を執る男であり、凄腕のパイロットであると共に優れた指揮官である。
特殊部隊員としての経験は長く、こと奇襲に関しては彼に勝る人材はいないとされる。
「それにイアン。特殊部隊ってのは結構死人が多いもんだ。大抵は難しい任務だからな。
長続きできるのは俺みたいな運のいい奴か、さもなくばあいつらみたいな規格外の人間だ」
そう言ってネオは室内を見やる。そこにはベッドともカプセルとも言い難い物が並んでいた。
あえて言うなら、丸いベッドに半分に割った球状のガラスをかぶせた物。それが三つある。
その中ではそれぞれ、ステラ、スティング、アウルが眠っていた。
彼ら三人は特殊な強化を受けており、圧倒的な戦闘力の代償としてこの特殊ベッドで最適化を受ける必要がある。
「何かある度に揺り籠に戻さねば使い物にならん兵器ですか……いくらなんでも信頼性が低すぎるのでは?」
不満げにイアンは言う。当然だろう。何が出るか分からない物に命を賭ける人間はめったにいない。
「まぁ、そう言うな。まだ実験段階だからな。何もかもが手探りだ。
そういった状況の突破を担当するのが特殊部隊ってもんさ」
ニヤリ、と笑みを浮かべてネオは言った。その瞬間、突如艦内電話が鳴った。
「俺だ! どうした?」
「大佐ですか?レーダーにザフト艦を感知しました!」
「数は!?」
「1! しかしどうやら、セレモニーで発表した新型艦のようです!」
「ほう…なかなか面白そうな相手だ。いいだろう。俺はエクザスで出る、準備をさせとけ!艦内は全員第一種戦闘配備だ!」
そう言って電話を切ったネオは、不安げな顔のイアンと直面した。
「あの三人は最適化までまだ時間がかかりますが…」
「おいおい、あいつらを使ってばっかじゃ俺の出番が無くなるだろう?」
「……あの三人抜きで戦うのですか?この艦に残っているのはダガーLが四機、ダークダガーが一機だけです」
「なぁに。ここに来る途中のデブリを見て面白い策を考えてあったんでな。確か廃棄コロニーとその周りを漂う巨大隕石があったな?」
そう言うネオの顔は、不敵な笑みを浮かべていた。
「お姉ちゃんとシンならインパルス絡みだって分かるけど……なんで私も?」
「さあ? シンは聞いてないの?」
「ああ。来いって言われただけだ」
三人はのんびり話しながら格納庫へ向かっていた。
なんだかんだ言っても、メイリンの荒療治はルナマリアに少しは自分のペースを取り戻させたらしい。とりあえずまともに会話ができるようになっている。
格納庫に到着した三人を待っていたのは、意外な人物だった。
「もう来たのか。意外と早かったね」
「えっ!?」
「ぎ、議長!? ど、どうも」
「あ……つうっ!?」
よりにもよってプラントの最高権力者がこんなところにいるとは予測できなかった三人は呆然とし、その後急いで敬礼した。ただしシンはつい右腕を動かそうとしてしまい、痛みで盛大に顔をしかめることになったが。
その様子を見てデュランダルは柔らかい笑みを浮かべた。
「はは、シン。無理はしなくていい。さて、君たちがホーク姉妹か。恐らく君たちは私がインパルス計画の発案者である、とは知らないな?」
「え、そうなんですか?」
「はい、初耳です」
ほぼ同時に言う二人。その様子を見て、うなずきながらデュランダルは続ける。
「まあ、当然だろうな。それはともかく、私はインパルスの事はだいぶ詳しいところまで分かっているつもりだ。
そこで、君たちの力を上手く使いこなせるようにコアスプレンダーに改造を施させた。自分の目で見てみるといい」
その言葉に反応して、コアスプレンダーをのぞき込む三人。真っ先に反応したのはシンだ。
「複座式……ですか!?」
シンの言うとおり、コアスプレンダーの中にある座席は二つに増えていた。もっとも、前からあった座席を前にずらして後ろにもう一つ座席を増やしただけのようだが。
「そうだ。君はインパルスのサブパイロットとして、メインパイロットとなるルナマリアへ様々な助言を行ってくれたまえ。
もちろん怪我をしている事を考え、君の座席はできる限り衝撃を軽減できるようにしている。
インパルス自体もいくらか衝撃が緩和できるよう、OSやヴァリアブルフェイズシフト装甲の堅さを変えてある。
性能は多少落ちたが、この程度なら支障がないはずだ」
そう言った後、デュランダルはメイリンに向き直った。
「君が通信する際は、ルナマリアではなくシンに対して行ってくれたまえ。彼女には操縦に専念して貰うからね。
もっとも、通信機などはシンの座る後部座席の方にあるから、自然に通信の相手はシンになるな」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
いきなり大声を上げたのはルナマリアだった。この表情には不安げな様子がありありと写っている。
「い、いくらなんでも私がインパルスのパイロットだなんて…ガイア一機さえ相手にできなかったのに」
「だが、ちゃんと生き残れただろう?」
ルナマリアの意見を、デュランダルは笑顔で軽くいなした。
「で、でもシルエットとの合体も…」
「そのためにシンがいるのだ。心配する事はない」
「しかし……」
なおも渋るルナマリアだったが、ここで突然警報と鳴り出した。
「……ふむ、もう敵艦に追いついたか。さすがミネルバだな。メイリンはブリッジに行きたまえ」
「は、はい!」
デュランダルに促され、メイリンはブリッジへと向かう。そして、デュランダルはルナマリアの肩に手を置いた。
「二人での初仕事だ。頑張りたまえ」
「で、でも!」
あいにくデュランダルにルナマリアの返事を聞く気は無かったらしい。
ルナマリアが声を上げたときにはすでに後ろを向き、ブリッジへ向かっていた。
呆然とするルナマリアに声をかけたのはシンだった。
「しょうがないさ、こうなったらやるだけだ」
「でも……私がミスったらシンも死んじゃうわよ?」
ぽつりと言うルナマリアに対して、シンははっきりと答えた。
「議長は、ルナはインパルスでやれると判断したんだ。俺はそれを信じるさ」
「インパルス発進、どうぞ!」
「ルナマリア・ホーク、コアスプレンダー! 出るわよ!」
ルナマリアが答えるとともにコアスプレンダーは発進。その後を追う形でチェスト・レッグの両パーツも射出される。
「宇宙空間とコロニー内では感覚が違う。コアスプレンダーを気持ち遅めにするんだ」
「分かったわ」
シンの助言に従いつつ、ルナマリアはコンソールを操作。合体の手順をこなしていく。
危なげなく合体を済ませたインパルスは、更に後を追って射出されたブラストシルエットとの合体を図る。
「宇宙空間ならコアスプレンダーとインパルスの操作感覚の違いは少ないはずだ。無理に動かすな」
「う、うん」
前回失敗したこともあってか、ルナマリアの返事はどこかぎこちない。
それでも多少ぐらつきながらブラストシルエットがインパルスの背部に接着し、緑色にヴァリアブルフェイズシフト装甲が展開されていく。
「行くよ、シン!」
「ああ!」
掛け声と共に、緑色の衝撃がガーティ・ルーへ向かって発進した。