C.E.(コズミック・イラ)74……。
ブレイク・ザ・ワールドを皮切りに再度勃発した長き戦争は終結を迎え、
オーブ連合首長国とプラントは停戦協定を締結。
これにより、世界は平和へと向かおうとしていた……。
だが、
未だ戦争の亡霊に取り憑かれた者達が存在しているのも事実であり、
少なからず戦いの火は消えずにいた。
――世界は、未だ慌しくあったのだった――
「……調査、ですか?」
朝一で呼び出されて眠気がまだ覚めきっていない赤服の少年はさっきの言葉を反復するように吐き出す。
「うん、評議会で決定した事だからね」
トントン、とデスクの資料をまとめる白服の少年。
「でも、どうして俺達が行かなくちゃいけないんですか? そんなのは俺達の専門分野じゃ……」
「確かにそうなんだけどね……でも、これは"僕"に関わる事だから……」
赤服の少年の言葉を予想していたように返答を返す白服の青年。
だが、その言葉の意味を理解していない赤服の青年は疑問を浮かべたまま次の言葉を紡ぐ。
「……ちなみに、どこへ調査にいくんですか? キラさん」
名前を呼ばれた白服を身にまとった青年、キラ・ヤマトは一呼吸置き、開口する。
「……シンは多分知らないと思うけど、かつて、ある研究が行われていた施設……」
「コロニー・メンデル」
その日の昼にプラントを発ったエターナルは夕刻にはコロニー・メンデルへと到着した。
「え? MSで出るんですか?」
そのままメンデルへと入らずに少し間を置いている事が疑問だった。
そしてキラの言葉により疑問を覚えるシン。
「うん、一応念には念を……ね。とりあえず様子を伺ってそれから中に入ろう」
「わかりました」
その言葉を最後に駆け出すシン。
その足の先には自らの専用機がある格納庫へ向けられていた。
階段を駆け上がり、自らの専用機、"デスティニー"のコクピットの中へと潜り込む。
メインスイッチを押し、ディスプレイに映し出されるOSの表示。
機器系統も同時に動きだし、メインジェネレータが稼動する。
『デスティニー、発進シークエンスを開始します』
オペレータのボイスと同時にデスティニーがカタパルトへと運ばれる。
両足が設置される感触。もうすでに何度味わった事だろうか、数えた事すらない。
グリップを握り、いつでも行けるといわんばかりに前を見据える。
『デスティニー、発進どうぞ!』
オペレータのボイスに反応し、左手を出力レバーへと持ち替え一気に前へと押し倒し、ペダルを深く踏み込む。
「シン・アスカ! デスティニー! 行きます!!」
カタパルトから射出された灰色の機体がトリコロールカラーへと変色し、背面のウイングが開き、
ヴォワチュール・リュミエールとミラージュコロイドの光の翼が羽ばたき、黒き宇宙の空へと舞い上がる。
それに続き、後方から発進してくる白と蒼の入り混じった機体、ストライクフリーダム。
ピピッ、と通信回線が開く。
『シン、とりあえず一周してみてセンサーに何か引っ掛からないか探索してみよう』
「わかりました、それじゃ俺は左から回ってみます」
『了解。じゃ僕は右から行くよ。何かあったらすぐに連絡して』
「了解!」
コンソールを叩き、ディスプレイにセンサー類を表示させ、スラスターを吹かせる。
(……ここが、コロニー・メンデル)
周回しつつ、メインカメラの方向に映る廃棄された建造物を見て感慨深く思うシン。
そして、あっという間に一周し終わりキラと合流する。
『どう、何か反応はあった?』
「いえ、これといって特に変わった事はありませんでしたよ」
『そっか、こっちも特に問題はないから……じゃ中に入ろうか』
「了解」
先行するストライクフリーダムの後を追うデスティニー。
そして広い場所に出た所で機体を停止させ、MSから降りる。
「注意を怠らないで、いつどこに何が出てくるか分からないから」
「はい」
腰からオートマチックタイプのハンドガンを手に持ち、セーフティを解除するシン。
そして、中へと入っていく二人。
――コロニー・メンデル、メインラボラトリ。
中を進む二人、そして一際広い部屋へと辿りつく。
「……ここは……?」
「……設備とかを見る限りでは、ここが主な研究室とみて間違いないね」
先程までの部屋と違い、設備や機械の種類もかなり多数含まれていた――全て廃棄されているが。
「とりあえず、何か資料がないか探してみよう。どんな些細なものでもいいから」
「わかりました」
手分けして部屋の中を漁り始める二人。――だが、
「何にもないですね……」
「うん、そうだね……」
見つかるものは研究に関連したものではなく、どこにでも置いてあるような資料ばかり。
コンピュータ等も全て破損している為、起動すらできない。
「…………ん?」
何か無いものかと見渡すシンの視界に入る"不自然な光景"。
(……なんで、ここの一角だけが何も置いていないんだ?)
シンの視界に入った不自然な光景、それは丁度人一人分の奇妙な空白空間。
他には壁伝いにびっしり機械が並んでいるのに対して、この空間だけが際立って見える。
とりあえずその空間に何かあるかどうかはわからないが、そのスペースを調べてみるシン。
――そして、
「…………ん?」
壁に薄く見える切れ目。壁紙の模様などではなく。不自然にここだけが若干浮き上がっていた。
とりあえずその辺を色々触ってみる。――すると、
パカッ。
その切れ目が開き、その中には一つのボタンのようなものがあった。
「?」
とりあえず押してみる、ポチッっと。
ウィーン…………。
「「!!!?」」
すると丁度シンのいる空間の床が動き出し、壁の奥へとスライドし消えていく。
間一髪スペースから飛び、危険から回避したシン。そしてその床が消えたそこから――
「……キラさん、これ」
「……下へ続く、階段……だね」
暗い闇の底へと続くように連想させる階段。
「……行こう」
キラの言葉を皮切りに、二人は黒き闇の先へと足を運んでいく。
――コロニー・メンデル、???
「……ここは……」
階段を降りた先にあったのは先程のラボよりも広い空間だった。
そこには幾つもの培養液が混入された水槽がいくつもあり、上と違って機械の方も稼動していた。
「……こんな部屋があったなんて」
早速メインと思われるコンピュータに触ろうとするキラだったが、表示されている文字が解読できなかった。
「これは……どこの文字なんだ……?」
コンソールを色々叩いてみても何も反応しない。
そんなキラを余所に部屋の中を物色していたシン。
そして、部屋の隅に置かれた黒い箱のようなものが視界に入る。
「?」
触ってみるが特に変哲もない箱のように思えたが、それにしては変哲が"無さ過ぎる"。
なぜだかわからないがこの箱が無性に気になっていたシン。
そんなシンに気付いたキラが呼びかける。
「どうしたの?」
「あ、いや……この箱が……」
そういってキラに黒い箱を差し出す。
受け取ったキラも見てみるが、変わった所は何も無かった。
さして重要なものではないと思ったが、シンの視線はそれに注がれたままだった。
「……とりあえずこれも持って帰ろうか」
「他には何かあったんですか?」
「うん、あっちの戸棚に残っている資料を幾つか、ね」
そういったキラの手に握られた複数の書物。
「とりあえず一旦引き返そう。危険も特にないみたいだし……この部屋の施設だけでも生きているみたいだから収穫はあったよ」
「そうですね」
二人は階段を上がり、各自のMSの元へと戻っていった。
そして……二人が過ぎ去った後にディスプレイへ文字が表示されていく――。
――――"Those who suit are discovered …… The Relic and the forwarding sequence are begun ……."
――宇宙空間。
エターナルへ向かう二機のMS。
その中ふと思い出したようにシンは通信回線を開く。
「そういえばキラさん、来月でしたっけ? 結婚式」
『うん、そうだよ』
先日――キラ・ヤマトとラクス・クラインの結婚式が来月の某日に執り行われるとの招待状がシンの元にも届いていた。
元々そういう関係だった二人なのは明々白々であったから自然な事である。
『そういえば……シン、ルナマリアとは最近どう?』
ズキッとシンの心に響くキラの何気ない言葉。
「あー……いや、その……」
言葉に詰まるシンの様子を見て、しまったと思ったキラ。
『あ、ごめん……聞いちゃ不味かったかな……』
「いや……別にキラさんが悪いわけじゃないですから……」
前大戦の際に互いに愛し合ったはずの相手、ルナマリア・ホーク。
だが、元々は戦争中の極限状態での好意。長くは続く事は無かった。
戦後の処理に追われ、交わす言葉も無くなり、いつしか彼女から告げられた別れの言葉。
だが、自分でも思っていた以上に揺れ動く事はなかった。
そして、最後に二人が交わした言葉は、偶然にも同じ言葉だった。
――――――――"ごめん"――――――――――
『……ン、……シン』
思考と回想の波を瞑想していたシンは自身の名を呼ばれ、顔を上げる。
「あ、はい、すみません……」
『とりあえず、エターナルに戻ったら僕らは本国へ戻ろう。後は調査隊にまか……ザ、ザザ……』
「? キラさん?」
突然回線にノイズが入り始める。通信調整モジュールを設定しようとするが特に問題はなかった。
だが、ノイズは先程よりも段々と大きくなり始め、ノイズに耐え切れなくなったシンは強制的に通信を遮断した。
「何なんだ……一体……」
――"The medium is begun with those who suit and the confirmation and the forwarding sequence are begun ……"――
「そういや……この箱、何が入ってるんだろ……」
メンデルから持ち出してきた黒い箱をまじまじと見てみる。
――――"Count……10……9……8……"――――
「つか、どうやって開けるんだ……これ……」
ボタンも引っ掛かりも何も無い、見た目通りのブラックボックス。
再度触ってみるが何もない。
――――――"7……6……5……"――――――
「うーん…………わかんね……諦めるか」
道具も何も無い今の状況ではどうしようもないと結論に達したシンは箱を横に置く。
――――――――"4……3……2……1……"――――――――
「……だめだ、繋がらない……エターナルに戻ったら診て貰うか……」
突然なぜこうなったかは皆目検討もつかないが、通信の問題だけで特に異常はないと判断したシンは再度グリップを握り直す。
――――――――――"0"――――――――――
カッ――――!!!!
「な、なんだ!!?」
突如黒い箱から漏れる眩い光。
あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまい、グリップを握っていた手を離し、両手でヘルメットフェイスの前を覆う。
そして、目を閉じていただけと思っていたシンだったが、その意識は既に遠く離れていった。
突如シンとの通信が切られ不審に思ったキラだったが、背後を見ると普通にこちらについてくるデスティニーを確認し、
通信機器の故障かな、と自己完結した瞬間。
背後からの眩い輝きがコクピットの中を包み込む。
ブレーキを踏み、その光の発生元がシンのMS――デスティニーから発せられているものだとわかった瞬間。
その光はより一層大きさと輝きを増し、あまりの眩さにキラも目を瞑ってしまった。
数秒後。
目に差し込んでくる程の眩い光は消失し、ようやくまぶたを開けるようになった。
そして、その目に最初に映る光景は――
「……え?」
いない。
いや、確かについ先程までここに"あった"のだ。
間違いない。だって自分の後ろにそれは"いた"のだから。
レーダーを確認する。先程まであった反応は綺麗さっぱり消失している。
すぐさまコンソールを叩き、データを入力し、検索する。
だが、その答えは全て『Not Found.』だった。
もう一度、落ち着いて冷静になって正面を向く。
だが、何度見回しても、その姿は無かった。
「なん、で…………」
キラ・ヤマトの見た光景、それは
――シン・アスカの乗るデスティニーが光と共に消失してしまったという非常識極まりない光景だった――。