Lyrical DESTINY StS_第05話

Last-modified: 2008-02-25 (月) 18:20:49

完膚なきまでに負けた。
世界には強い人はいると、知っていた。
だけど、足元にも及ばなかった。
自分にかけられているリミッターなど、関係ない。
恐怖が、その身にしみこむほど・・・敗北を味わった。

 

─地上本部医療機関─
機動六課スターズ隊長高町なのはは薬のにおいがする部屋のベッドで目を覚ます。
「ここ・・・は?」
天井だけでは識別がつかない。だが、起き上がるにはまだ少しだるさが残っていた。
「・・・起きましたか?」
横から声がして首を動かして、横を見ると・・・看護師さんがたっていた。
「ヤマト捜査官・・・高町一等空尉が起きられました」
看護婦は病室の外にいたキラを呼ぶ。
「あ、すいません!」
呼ばれたキラも申し訳なさそうに病室に入る。
「高町一等空尉ですね?僕はキラ・ヤマト特別捜査官です。初めまして」
「は、はぁ」
寝起きなのでうまく頭が働かなかったが、なのははキラの第一印象を
・・・綺麗な人と認識してしまう。
「え、えと・・・こんな格好ですいません」
「構いません・・・僕のほうこそ申し訳ないです。こんなときにお邪魔してしまって」
たどたどしかったが、とりあえずなのはもようやく頭が回転し始めてきたので
会話が始まりつつあった。
「ですが・・・ヤマト捜査官がどうしてこんなところに?」
当然の疑問だった。キラとの面識はなかったので、なおのことだった。
「・・・突然ですが、僕はあなたに管理局の辞職をお勧めしに来ました」
「!?」
唐突な発言に思わず聞き違いかと、思うなのは。
だが、キラの表情はいたって真面目・・・理由を聞くしかなかった。
「どうして、ですか?」

 

「あなたの主治医であるシャマルさんからあなたの状態を聞きました。
あなたがやっているのは、他人のための努力でもあると同時に
・・・自身を殺そうとしているんです」
なのはは、シャマルにも同じようなことをいわれた。
自分が無理をすれば、不安を心に住み着かせる人たちがいる、ということを。
「あなたは・・・若くして戦った。9歳でカートリッジシステムと
強制出力開放システム・エクセリオンモードの使用・・・
普通なら、9歳の子供がソレを持つこと自体が間違っているんです」
そう・・・だから、なのはは一度空から墜ちた。
「それに・・・蓄積されたダメージは軽くはなっても消える事はありません。
今回のケガでもわかるでしょう?生きていられたことすら奇跡に等しいんですよ?」
なのはの傷は頭部裂傷、両手足、肋骨にひび、著しい魔力消費に対する反動により
リンカーコアの出力が一時的に低下。
「・・・それでも、私は・・・飛び続けます。限界が来るまで」
「間違っています!あなたには、養子となる子供がいると聞きます!
その子を残して、悲しい思いをさせる気ですか!?」
キラの言葉がとても深いところまで刺さった気分だった。
なのはにはヴィヴィオという養子になる子供がいる。
「それ、でも・・・今更、やめられないんですよ。これが・・・私の生き方だから」
涙をためて、ソレと矛盾したように笑う。
キラはその笑顔がたまらなく嫌だった。
まるで、捨てることを・・・悲しませることを覚悟したような顔に見えたからだ。
「・・・少し、眠たいです・・・あの、また別の機会にお話しましょう?」
キラは言葉は発せず、ただ頷いた。
彼が病室を出た後、なのはを急な眠気が襲い、そのまま寝付いてしまう。

 

「これは・・・夢?」
眠りについたなのはだったが、自分が寝ていたベッドとは違う感覚に目を覚ました。
そして、暗闇の広がる空間に浮かんでいた。
「私は・・・いったいどうしたんだろう?」
すると、空間に光が生じ、そこから映像が流れ始める。
それは、なのはの幼いころの姿だった。
「・・・私?」
一人、テーブルの前のソファに座ってつまらなさそうな顔をする幼きなのは。
(どうして・・・)
「え?」

 

聞こえる自分の幼い声。
(どうして、私だけ一人なんだろう?)
それは、押し殺していたかつてのなのはの本音。
幼かったなのはにはそう思うことしかできなかったのだろう。
「仕方ないじゃない・・・」
その問いかけに答えるようにつぶやくなのは。
(さみしいよ・・・一人はいやだよ・・・お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん・・・)
聞こえてくる幼い自分の声・・・なのははそれが苦痛でたまらなく思わず、耳をふさぐ。
「いや!聞きたくない!こんなこと、いまさら思い出したくない!!」
(一人はいやだよ・・・寂しいよ)
耳をふさいでも聞こえてくる声はなのはに苦痛となる。
「いやああああああああああああああああああ!!」
叫ぶなのは。悲痛な叫びは誰が聞くわけでもないが、痛々しかった。

 

現実ではちょうど、はやてがお見舞いに来ていたのだが、なのはが
うなされているので心配になり、椅子に座って手を握っていた。

 

夢の中でのなのはは幼い自分を見て、耐えられなくなっていた。
だが、耳をふさいでもその声は聞こえてくる。それがなのはの胸を苦しめていく。
(私は一人はいやだ!なのに、なんで・・・私だけ!)
一人の辛さ・・・家族の愛は知っていた。
だが、それは幼いなのはには少し足りなくて、かまってもらえないのを我慢していた。
自分がわめくと、迷惑だと・・・子供のくせに大人ぶってそんな感情を抱いていたからだ。
(だから・・・友達ができた時はうれしかった)
すると、自分の親友・すずかやアリサの姿が浮かぶ。
「すずかちゃん・・・アリサちゃん・・・」
二人の友人が幼いなのはを誘うシーン。嬉しそうな幼いなのは。
少し心に光が差し始める。
(ここから、私は一人じゃなくなった・・・)
「!?」
突如、なのはの後ろに出現する幼いなのは。
(知っていたのに、あなたは・・・友達を選んだのに
心の底ではまだ貪欲に愛情を求めていた)
「違う・・・」
幼いなのはの言葉を否定するなのは。
(あなたは過去と向き合ったふりをしていただけ・・・
自分にはこんなことがあったと、無理やり納得しているだけ。
それが、どれだけ自分の傷を広げているかを知っているのに。他人の前では強がる)

 

残酷な言葉。誰が言うわけでもなく、語っているのはなのは自身。
幼いなのはの言葉はひたすらに、なのはの過去を引きずりだしていく。
(魔法と出会ってからあなたは変わった気でいた・・・
ユーノ君と出会って、ジュエルシードを追って、フェイトちゃんと出会った)
映し出される映像。魔法と出会い・・・ユーノとともに、ジュエルシードを追う姿。
(世界が変わった気がした。だけど・・・そのせいで友達と溝を作って
迷いを他人に伝染させて・・・不安をまき散らした)
後悔が胸をつつく。アリサを怒らせた自分の姿。
「私は、あの時のことは忘れないよ。迷惑をかけた・・・アリサちゃんやすずかちゃんに」
認めて、目をそらすなのは。
(なら、なんで目をそらすの?認めているのなら、いいじゃない?)
幼いなのはは、なのはに問いかける。
(・・・答えられないのは、あなたが弱いから・・・今回の失態も、あなたの甘さと
無茶が生じた結果。あなたは、自分がすべてしょいこめばいいと思ってる。
他人の悲しみも、つらさも、全部自分一人がしょいこめばって考え方を持っている)
「別にいいじゃない!?誰かが悲しむくらいなら・・・自分で背負っていたほうが!」
なのはの返答。だが、幼いなのはは不敵に笑う。
(そうして、他人の中に新たな不安を生むの?)
「!?」
(そうなることは浮かばなかった?あなたが、背負い、少しでも迷いを見せれば
それは他人に伝わる。フェイトちゃんやはやてちゃん・・・あなたと関わりあるもの
すべての人間が、そう思うわ)
幼きなのはの言葉に、なのはは何も言い返せなかった。
苦しむ姿が見たくなかった。泣いてる子を救ってあげたかった。
この手の魔法は、悲しい“今”を撃ち抜く力・・・そう思って、手にとって・・・だから・・・。
(結局、あなたは他人の苦しむ姿を見ることで苦しむ自分の姿を見たくないのよ。
偽善に満ちた願望。それが、あなたなのよ?)
「違う!!」
否定するなのは。だが、幼きなのはの言葉は、本来の自分の言葉。
言い換えれば、ため込まれてきた本音。
(違わないわ・・・友達になろうと・・・なりたいと告げたフェイトちゃんの母親を
見殺しにして、闇の書事件では、親友であるはやてちゃんの家族に成り得た
夜天の魔道書・リインフォースを破壊した)
「仕方がなかった・・・だってそうしなきゃはやてちゃんが!!」
どんどん追い込まれていくなのは。だが、幼きなのはは決して言葉を止めない。
(仕方がなかった。誰もがそういうわね。けど、あなたは内心で傷ついていた・・・
みんながはやてちゃんの無事を祝う中、壊してしまった彼女の大事な存在の命の
重さ・・・忘れられなかった。だから、しばらくの間、ご飯も食べられず
思い出すだけで吐いた)
幼いなのはの言葉と同時に、苦しむなのはの姿が映し出されていた。
涙を流し、叫び、苦しむ姿。

 

(そして、11歳のとき・・・体に違和感を感じていたのに
強がって・・・また、他人に不安と悲しみを与えた)
入局2年目の冬に起こった事件。ヴィータたちとの任務で、彼女は空から墜ちた。
(多くの人が心配した。お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、フェイトちゃん
はやてちゃん、ユーノ君にクロノ君、ヴォルケンリッターの皆、アースラの皆)
浮かぶのは、その時のなのはの負担に“気づけなかった”ことを悔やむそれぞれの姿。
「や、めて」
なのはも限界に近かった。そう精神的に追い詰められている彼女はもう限界だった。
(・・・ヴィヴィオのこともあるわ。
あなたはあの子を受け入れた・・・なら、あなたは責任を果たさないといけない。
あの屈託のない素直な笑顔を守るために、あなたは夢を捨ててでも
そばにいなければならない)
なのはの中で眠っていた、今のなのはに対する言葉なのだろう。
幼いなのははなのはの中に眠っている気持ちを掘り出しているのだ。
(あなたは・・・犠牲なしには何も救えない。所詮、人は自らを生かす為に何でもやる。
 あなたもそうだ。自らの正義を高々と掲げて、己の意にそぐわぬ者を排除していく。
偽善者・・・正義の味方を気取って・・・そして、受け入れた子供にも悲しみを
強いる最低な大人)
そう言って、なのはに近づき、なのはの手に自分の手を重ねる。
(あなた(私)はたくさんの人を傷つけ、間接的には殺してもいるんだよ?この手で)
その言葉に、なのはの鼓動が速くなる。
「ちがっ・・・私は、そんな!」
(いい加減、認めようよ?誰も、もう気にしてないんだからさ?)
幼いなのはの言葉は、なのはにとってだんだんと心地のいい言葉へとなっていく。
なのはは瞳を閉じようとしたとき、声が聞こえてくる。
「・・・だ・・・れ?」
(世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ!)
それは、過去の映像の言葉。フェイトの兄クロノ・ハラオウンの言葉だった。
そして、次々と知り合いの言葉がなのはに聞こえてくる。
(世界中の誰からも、どんな出来事からもあなたを守る)
フェイトが実の母親プレシア・テスタロッサに放った言葉。
(なのははひとりじゃない・・・)
ユーノがなのはに言った救済の言葉。
(友達だ)
フェイトがなのはのことをしっかりと友達と呼んだ言葉。
(我ら守護騎士、主のためならば騎士の誇りさえ捨てると決めた!もう、止まれんのだ!)
シグナムの騎士としての言葉。
(この涙は主の涙、私は道具だ。悲しみなど・・・ない)
今は失われた悲しい瞳をした女性の言葉。
(私はもう誰も傷つけたくないから!なくしたくないから・・・強くなりたいんです!)
自分に対し、牙を向いて銃口を向けたティアナの言葉。
「(なのはママとずっといたい・・・ママ、助けて?)
自身を母と呼び、助けを願った幼き少女の心からの言葉。
聞こえてくる過去の声。友達の声。大切な人の声。
それは、なのはをいつも力強く前に押してくれた。手を引いてくれた。

 

(いつも、悲しいことの連続だった。
私は、悲しみから誰かを救えたことなんてありはしない。
いつも、誰かを悲しませてばかり・・・その感情すら押し込めて、自分を曲げて
他人を助ける道を進んで・・・この手の魔法はユーノ君に出会って、もらった力
・・・不屈の心はこの胸に今もある。レイジングハート・・・私とずっと一緒に
戦ってくれた。もう引き返したくない。人に力を向けた代償とその決意、私は背負うよ?
たとえ、人を傷つけ、時には殺めなきゃいけなくても、そうしなきゃ
守れないことだってあるから・・・そのことを忘れずに、私はこれからも戦っていくよ)
なのはの決意。砕ける暗闇の空間。微笑みながら消えていく幼いなのは。
そして、消えゆく彼女はこうつぶやいた。
(がんばって・・・)
そして、なのはは現実に目を覚ます。
「あ・・・」
「あ、起きた?なのはちゃん!」
目の前には友人のはやてがいて、右手に体温を感じるから見てみると
彼女の手が添えられていた。
「うなされてたんよ?悪い夢でも見たん?」
「ううん」
なのはは首を横に振る。
彼女の瞳に、もう迷いはなく・・・とても澄んだ色をしていた。
「なのはちゃんは・・・どうするん?ケガ事態は一月ほどで治る。
今回の件はアスハ提督らが担当する見たいやわ・・・
私らの意向しだいで参加することもできる」
「・・・その前に、あの後どうなったか、教えてくれない?」
なのははことの結末を知らない。自分がリミッター解除して、それからの記憶が無いのだ。
「あ、うん・・・“赤い翼”は最終的にはヤマト捜査官が撃退。
その際に相手の左腕の消滅に成功。しかし、“赤い翼”は何者かに連れ去られ、消息不明」
淡々と語るはやて。微妙な悔しさがにじんでいるのがわかる。
「極秘で取り扱ってたレリックも奪われた・・・ホンマ、何やってんのやろなぁ」
はやては笑っていたが、実際にはかなり無理をしていることがわかる。
「・・・大丈夫、皆でなんとかしよう!」
はやてを優しく慰めるようになのはは言った。
「私は戦うよ?皆を守るために」
「・・・そっか」
はやてはうれしさ半分、悲しさ半分といった感じだ。
「もし、私に何かあったら・・・ヴィヴィオのこと、お願いできる?」

 

──パチンッという音が病室に響いた。なのはの頬をはやてがぶったのだ。
「そないなこと聞くために、私はきたんとちゃう!
そんな弱気な言葉、なのはちゃんから聞きたくない!!」
怒鳴り声はとてもよく響いた。看護師が部屋を覗き見るほどだ。
「・・・ママ?」
ふと、声がしてはやても振り向くと、そこにはなのはが養子にする予定の少女
ヴィヴィオが立っていた。
「ヴィヴィオ・・・どうしたの?お見舞いに来てくれたの?」
とりあえず、優しい言葉で出迎えるなのは。
「うん・・・怪我したって聞いて、ユーノさんと
エリオお兄ちゃんキャロお姉ちゃんと一緒に来たの」
なにやら心配そうに母に近寄るヴィヴィオ。
「なのはママ・・・ほっぺ赤いよ?どうしたの?」
先ほどはやてにぶたれた部分は赤くなって目立っていた。
「なんでも、ないよ?大丈夫」
ヴィヴィオを安心させるための言葉を口にするなのは。
そんななのはに対し、はやてはなぜか後ろめたかった。
「あっなのは!大丈夫?」
さらに病室に人が入る。なのはたちと付き合いの長いユーノだ。

 

「ユーノ、君・・・」
忙しい彼が来たことが意外だったのか、なのはは少し驚く。
「・・・うん」
なぜかユーノの顔を見て、やりづらくなってしまったなのは。
「ヴィヴィオ、ちょっと外にいこか?スバルとティアナのお見舞いもしよな?」
はやては二人に気を使ったのか、ヴィヴィオの肩に手を置いて、
「え、でも?」
ヴィヴィオはなのはの顔を見る。
「行っておいで?・・・はやてちゃん、ヴィヴィオをお願い」
先ほどと同じセリフ・・・だが、意味はまったく違う。
「うん。任せとき」
笑顔で返事をし、ヴィヴィオの手を引いてはやてとヴィヴィオは病室を後にする。
残ったのはベッドのなのはと椅子に腰掛けるユーノだけだった。
「・・・大変だったね?」
「うん・・・心配かけて、ごめん」
ユーノに対して、申し訳なさそうな態度をとるなのは。
「いつものことだけど・・・さすがに、ね?はやてに聞いたけど・・・どうするの?」
すでに彼女の答えはわかっていた・・・長い付き合いだ。
なのはとユーノには強い絆がある。誰にも切ることのできない絆が。
「このまま他の誰かに任せるなんてしたくない・・・だから!」
「だから、ヴィヴィオをおいて・・・戦いに行くの?」
言葉をさえぎったユーノの表情がいつの間にか、厳しいものになっていた。
なのは自身もユーノのこんな表情は始めてみるかもしれないことだった。
「僕は、君が“理不尽なことから他人を救いたい”って言う気持ちと
“空”への“夢”があることを知ってる・・・だけど、それは大切な人を
無視してでも貫くべきことなの?」
─なのはに力を与えたことを後悔したときがあった。
彼女が・・・自分の事を省みず、誰かを救うために、自分の思いを通すために
無茶をする。それは一生曲げる事はないだろう。
「けど・・・君には、君がそばにいてあげなきゃいけない
・・・ヴィヴィオがいるじゃないか?」
真剣で・・・とても強い言葉。ユーノから発せられたそれは
なのはにどう届いたのだろうか?
「・・・」
簡単に揺らぐ決意・・・そう。彼女がその身を犠牲にして“誰か”を救えば
その“誰か”は感謝するだろう。同時に、大切な人はソレを悲しむだろう。
「簡単な連鎖だ!その連鎖を断ち切るためには、どちらかがあきらめなきゃいけない!
救うことをあきらめるか・・・救われることをあきらめるか、だ!!」
かつてないほど、なのはは今のユーノに対して何もいえなかった。
彼に、どれほどの迷惑をかけたかを知っている。
自覚しているから・・・彼の感情を犠牲にしているから
絶対に自分の信念は曲げてはいけないものだと、そう言い聞かせてきた。
「じゃあ、どうしたらいいの!?私は・・・今まで積み上げてきた犠牲を
今更振り払って、ヴィヴィオのそばにいるしかないの!?」
─パチンッ・・・またも、病室に響いた音・・・はやてと同じように
彼はなのはの頬をぶったのだ。
「君は・・・そんな覚悟でヴィヴィオの面倒を見ているのか!?」
先ほどとは違う痛みがなのはに広がった・・・はやてのときとは違う。
痛みがそのまま涙腺を刺激し、気づけば涙が頬を伝っていた。
「私に、は・・・選べ、ないよ!だって、ど・・・ちもたいせ、つ、だもん!」
途切れ途切れに言葉を紡ぐなのは。
「・・・知ってるよ。君を支えるすべてのものを僕は間近で見てきた」
泣きじゃくるなのはから目線をそらし、ユーノは病室の窓の外に映る空を見た。
「君の・・・誰かを思う心が綺麗だったから、僕は君のことが好きになった」
突然の言葉に、なのははばっとユーノの顔を見た。
「ユーノ、君?」

 

「・・・出会って、君と・・・ジュエルシードを探して、フェイトと出会って・・・
色々あった。闇の書事件も。ずっと一緒だった。
ずっと横で見てきた・・・ずっと思ってた」

 

─君が・・・好きだって。

 

その言葉をユーノはぐっと飲み込み、ただなのはの目をまっすぐ見つめた。
「ユーノ君・・・」
「行くといいさ?そうでもしなきゃ、自分を貫けないなら・・・行って
すべてを守ってくるといい。君の帰りを、皆で・・・待ってるから」
その言葉がほしかった・・・心で望んでも、決して叶わないと、そう思っていた。
「大丈夫・・・ヴィヴィオのことは任せてよ?」
なのはをぎゅっと抱きしめるユーノ。
その言葉が・・・今彼がそばにいてそういってくれたことが
何よりうれしく・・・なのははしばらく止まらぬだろう・・・涙を流した。
「あり、がと・・・ありが、とう・・・あり・・・がとう!」
途切れ途切れの感謝の言葉に、ユーノはただ微笑んで、なのはの背中をポンポン、と
傷に触らぬ程度にたたいた。

 

しばらくたって、二人は少し距離を置いた。
なのははまだ目元が赤い。
ユーノも少し顔が赤かった。
「・・・なのは、今回のことが終わったら、ゆっくり・・・話をしようね?」
「うん!」
屈託のない笑顔。ユーノが常に望んだ彼女の笑顔だった。

 

「二人とも、話は済んだかい?」
「「!?」」
突然声をかけられて、なのはとユーノは同時に振り返る。
そこには、あちゃー、という表情のはやてとニヤニヤしたままの
バルトフェルドの姿があった。
「え、と・・・はやて、そちらの方は?」
ユーノはどうにか動作し、はやてに問いかける。
「ええと、こちらの方は・・・」
はやてが、つつーっと視線をバルトフェルドに持っていくと、彼は口を開く。
「初めまして、アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく」
「あ、ユーノ・スクライアです」
「こんな格好で失礼します。高町なのはです」
「別に構わんよ・・・それに、君たち二人は有名人だろう?名乗る必要もあまりないがね」
相変わらず、自分のペースで話を持っていこうとするバルトフェルド。
だが、はやては二人の態度で察して彼の紹介に追加をする。
「一応、二人より階級上なんやで?この人」
はやての追加事項に二人は少しバルトフェルドを見る。
対して、上階級に見えない・・・が、雰囲気がなんとなくそう思えた。
「え、と・・・もしかして佐官さん?」
なのはが思いつきを口にするがはやては首を横に振る。
「・・・将官・・・さん?」
もはや顔がひくついているなのはだった。
「そう・・・アンドリュー・バルトフェルド少将」
ソレを聞いたなのはとユーノは「えぇ!?」と声をそろえていい
バルトフェルドは笑っていた。はやてはため息だった。
「さて、団欒はここまでにして・・・今回の件を話しておこう」

 

バルトフェルドが表情を少し切り替え、資料を手元に表示させる。
「今回、“赤い翼”の討伐に、アスハ提督率いる“第12艦隊”所属のX級三隻が
担当となった。だが、参加戦力は多いほうがいい・・・八神二等陸佐の申し出により
君たち六課の戦闘員はこの部隊に参加してもらうよ?」
バルトフェルドの言葉に、はやてとなのはは頷き、ユーノも真剣な表情で聞いていた。
「X級艦船が三隻、ですか?・・・失えば、かなりの痛手ですよ?」
ユーノが言ったことは確かだ。たとえ、大部隊でも、敗北する場合はある。
その場合は取り返しのつかない管理局の衰弱が伺えるというものである。
「何、万全は喫してあるさ?今回に任務には・・・ようやく上を説得できてね?
特殊戦技隊を引っ張ることができたんだ」
「!?」
真っ先に驚いたのは、なのはだった。
彼女は空戦魔道士のエリート部隊であり、教導官の集まりである航空戦技教導隊に
所属している。そして、その教導隊のさらに上を行くトップエリートたちが所属するのが
特殊戦技隊という部隊なのである。
ちなみに、なのはも何度かその部隊と訓練しており、何人かとは仲良くもなっている。
「特殊戦技隊・・・5名の超エリートで構成される少数精鋭の事実上
管理局最大戦力ですね」
はやても息を飲み、その作戦の凄さを理解した。
「だが、すべてをそろえるにはまだ時間がかかる。決戦は最低でも一ヶ月は先だ。
さすがにJS事件の後だからね・・・ソレより、君たちコーヒーはどうだい?」
伝えることだけ伝えたのか、彼は表情を緩めて自前のコーヒーセットを病室で広げる。
「え、と・・・じゃあひとつ」
ユーノも断れそうになかったので、受けることにした。
「ふふ・・・僕はコーヒーには少々うるさくてね。
待っていたまえ、いいブレンドをご馳走しよう」
心底うれしそうなバルトフェルド。まぁ味は悪くないので、はやてもいただくことにした。
なのはは入院中ということもあるので、断った。
しばらくして、コーヒーの匂いが病室に充満して、看護婦さんに怒られたそうな。

 

─???─
薄暗い空間・・・そこに、シン・アスカの眠るポッドがあった。
「シン兄、まだ治んないの?」
そのポッドの前に、見た目10歳前後の少女が立っていた。
その少女の横顔はかつて、シンが守れなかった少女ステラ・ルーシェの面影があった。
「仕方がないさ、彼らに左腕を千切られてしまったんだ。回復にはしばらくかかる」
少女の後ろから現れたのはシンをつれてきた仮面の男。
「・・・痛そう」
少女は自分の左腕を見て、そんな言葉を漏らす。
「そうだな・・・可哀想に、嫌なものだな?私たちにとって
“家族”が傷つけられるというのは」

 

その時、仮面の男の表情はわからなかったが、言葉には状況に合わせた口上という
意味合いは込められていなかった。本当に目の前で眠るシンのことを心配しているのだ。
「・・・ラウは、仕返し、しないの?」
不安そうに仮面の男・・・ラウを見つめる少女。
「今はまだ・・・だ。かつての私なら、こんなことで動じはしないだろう。
だが、少なくとも・・・今は理性で怒りを縛りつけ、計画の時間まで待つさ
・・・リリウェル」
その答えに少女・・・リリウェルはラウから目線を外し、再びシンのほうを見る。
「難しくて、わかんない」
「我々で味あわせるんだ・・・失う辛さを・・・私は“理解”したからね?
君たちと出会えたことで・・・フフ、ハーッハッハッハッハッハ!!」
また高笑いをするラウ・・・どうやら俺は彼の癖のようだった。
「・・・ラウのその笑い方、嫌い」
リリウェルの言葉はラウの心臓を間違いなく串刺した。
「リリウェル・・・大人は時に傷つくから、もう少し優しくしてほしいな?」
口元がひくつくラウ。だが、リリウェルはそんなことに気づかず、疑問符を浮かべていた。
「・・・シン兄、早く元気になって」
リリウェルはただ、目の前で眠るシンの回復を祈るのだった。

 

その頃、六課襲撃に何もできなかった雷の子は。
「まだだ!!」
ライトニングのエリオ・モンディアルは自身のデバイスストラーダを構え、叫んでいた。
そのエリオの相手をしていたのは、フェイトの紹介でエリオの訓練を担当するアスランだった。
「直線的動きじゃ俺は捉えきれないぞ!」
エリオがストラーダを突き出すが、すべてを悉く弾くアスラン。
「ぐっ!」
弾き飛ばされても、すぐに体勢を立て直そうとするエリオ。
「ストラーダ!」
(エクスプロージョン)
槍の中心部からカートリッジが一発排出され、加速するエリオ。
「だぁぁぁ!!
だが、直線的な動きに変化はない・・・それでは、アスランに通じる事はなかった。
「甘い!」
エリオを薙ぎ倒すアスラン。
「・・・少し、休憩にしよう?それに、いくらやったって今の君じゃあ進歩は望めないぞ?」
アスランはため息をついた・・・かれこれ、彼の訓練に1時間ほど付き合っているからだ。
「まだいけます!僕は・・・強くなりたいんです。今回、僕とキャロは何もできなかった!
大切な人たちが傷ついているのに、のうのうと・・・なのはさんたちがいるから
安心だって!そんなことを思っていた!!」
平和ボケしていた・・・大事件を解決した自分たちの力を過信しすぎていた。
そんな自分がエリオは許せなかった。
「なら・・・まずは休め?あせって体を壊しては意味がない」
アスランはそんなエリオの心情を理解し、わかりやすい言い回しでエリオを落ち着かせる。
「・・・わかりました」
エリオもそこまで言われては休まないわけにも行かず、ストラーダを待機モードに戻す。
「飲み物を取ってくるよ」
そういい、アスランは席をはずす。

 

「ストラーダ・・・僕は、どうしたら強くなれるのかな?」
一人になったエリオは相棒であるストラーダに問いかけていた。
(マスター・・・あの人の言うとおり、あせっても意味はありません。あなたは
一人で戦う者じゃない・・・孤独を知り、愛を知り、優しさを知っているでしょう?)
ストラーダの優しく諭す言葉にエリオは少しうずくまって涙を一筋流した。
「うぅ・・・」
「エリオ、飲み物だ!」
そこにアスランが戻ってくる。
飲み物を受け取り、エリオはソレを一気に飲み干す。よほどのどが渇いていたのだろう。
「ありがとうございます」
エリオはいつも通りの礼儀正しいエリオに戻っていた。
「・・・エリオ、君の戦法について、少しいいか?」
アスランは唐突に話を切り出す。
「何ですか?」
「君は一撃離脱型だが、あの直線的動きじゃ対応が限られる。そこで提案なんだが・・・
少し訓練は厳しいが、三週間のハードメニューを受けてみないか?」
エリオは突然そんなことを言われて正直と惑った。
「考えてみれば、君はフェイトと似た特性を持っている。
なら、訓練しだいで限りなく彼女に近づけるはず」
そう、エリオはフェイトと似た部分が多い。フェイトと同じく、防御性を捨てた速力。
そんなエリオに必要なのは、やはり速力を活かしきる技量だった。
「だから、デバイスもソレにあわせた改良を入れて・・・ソレを受けてみないか?」
アスランは不安だった。
今のままの彼が“赤い翼”であるシンと戦えば、確実に殺されるであろうことを。
「・・・・・・やります」
小さな声だったが、確実に決意が込められていた。
「いいんだな?」
「はい!」
今度は大きな声で返事をした・・・アスランは少し罪悪感はあったが
それでもきっかけを与え、彼が決めたことを汲み、アスランも決心する。

 

輝く星の砲撃手は大切なものを見定め、ソレを決意した。
雷の子も強くなるために、決意を促す。
それぞれが、確実に戦いのために・・・自身の大切なものを守るため
それぞれの道を行く。
だが、不安は絶えない。
それでも、彼らは戦わなければならない・・・“守るために”

 

それぞれが、傷を癒そうとする中、フェイトは一人“赤い翼”の
調査に出向いていた。
彼が関わった研究所をしらみつぶしに探る。
彼女もまた、その身に大切なものを傷つけられた傷は残している。
そして、彼女はある研究施設で大きな手がかりを見つける。

 

次回 存在した“計画”

 

始まりは・・・終焉がきっかけだった。

 

オマケ
─スバル・ティアナ病室─
スターズの二人はそれぞれベッドに寝そべっていた。
といっても、軽傷だったスバルだけだが。
「アンタってホント頑丈よね?打撲程度なんて・・・信じらんないわ」
鼻歌を歌いながら雑誌を見るスバル。
一方のティアナは・・・左足をつるしており、所々包帯まみれだった。
「しょうがないよ!私は他の人より頑丈にできてるんだから~!」
苦笑いで答えるスバル。
ティアナは深々とため息をつき、自身も雑誌を読む。
「けど、キャロからのお見舞いのフルーツはありがたいんだけど・・・八神部隊長のあれ」
ティアナはフルーツのさらにおくにおいてある見舞い品・・・“これで骨が頑丈に!”というパッケージの食品を指差す。
「・・・あんなの食べても、二週間はかかりますって!」
「明らかに通販品だよね・・・アレ」
見舞い品を凝視し、なんとなく冷や汗と苦笑いが絶えない二人だった。