Lyrical DESTINY StS_第18話

Last-modified: 2019-01-21 (月) 11:22:35

これ以上何を失えば、許されるの?
私は、大切なもの・・・人をいつも守れない。
けど、だからといって怒りで見失いたくない。
我慢することが正しいとは思わないけど。
私はまだ・・・生きているから。
だから、一時だけは・・・怒らせて?泣かせて?

 

血が地面に滴る。
今は一般人もいて、とても戦えるような場所じゃない。
だが、見せ付けている。
男の死を。
殺した事実を。

 

「バルトフェルドさん!!」
はやては涙を必死にこらえ、叫ぶ。
ソレを聞いたシンは、かすかにだか眉を寄せ、バルトフェルドからゆっくり剣を抜く。
「ほらよ」
シンはバルトフェルドの身体をはやてのほうに放り投げる。
「なっ!」
はやては驚き、その場で足を止めてバルトフェルドを受け止めようとする。
だが。
「爆ぜろ・・・ケルベロス」
瞬間、シンの持つ刃の切っ先から赤い魔力砲が光り、それがバルトフェルドの身体を包む。
そして、その光が通り過ぎた後は・・・何も残らなかった。
「あ・・・」
目の前が白黒なるのがわかった。
そして、一瞬だが自分の中に溢れる黒い気持ち。
本当にはじめての感情に、はやては耐え切れず、嘔吐してしまう。
「う・・・あぁ・・・げぇ」
「主!」
「はやて!!」
そこにシグナムとヴィータが近寄り、はやてを支える。

 

「よくも!!」
「貴様ぁ!!」
そして、バルトフェルドの死が許せないのか、ヴィンターとエーラが飛び出す。
しかし、シンは微動だにしなかった。
その理由は二つ。
自分に決して触れられない自信。
もう一つは・・・家族の存在。

 

魔力刃のぶつかる音が聞こえた。
ヴィンターとエーラの魔力刃が・・・シンの前に立つ二人に遮られたのだ。
「別に助けなんて要らないと思ったけど・・・今は、俺の怒りもあったからさ」
「そうだな・・・奪われる痛みってのをもっと知るべきなんじゃないの?」
ヴィンターの刃を受け止めているのは・・・シュテルン。
エーラの刃を受け止めているのは、メーアだ。
目覚めたばかりの二人が来た理由も二つ。
一つは“慣れるため”・・・起きたばかりの二人にとって、
まだ戦闘データのコネクションが終了していないのだ。

 

ラウルが倒れたということと今回のことがあったため、ぶっつけで戦うしかなくなったのだ。
だが、レリックとの連動性をフルに働かせれば、レリック・ヒューマンである
彼らは普通の魔道士の数倍の力を発揮できるのだ。
そして、もう一つは、リリウェルやロート、シンの援護にあった。
彼ら家族にとって、その家族を失うことは心臓をえぐられるほどの痛みにつながる。
ソレは、今までの経緯を見ればわかる。
絆でつながっている誰よりも大切な家族を守るため、それ以外の誰を
否定しても、ソレを優先する彼らは・・・間違いなく、人間だった。

 

「君たちの言うとおりだ」
そして・・・最も怒りを感じる人は空にいた。

 

ソレは、ラウルだった。
ラウルは“賢者の書”を持ち、その鋭い眼光で管理局に組する者たちすべてを見ていた。
当然、壊れた人形となったロートのことも目に入っている。
瞳孔が開ききったその瞳は、もはや怒りというものを感じずにいられない。
ラウルを囲うようにして、ラウ、フィル、グラウの三人も彼らを見下ろしている。

 

ラウルは怒りとともに、科学者として・・・論理的な思考をめぐらせていた。
(壊れたものは元に戻らない・・・レリックが生命線だったロートは、たとえ別の
レリックを使おうと、レリックに蓄積されたものは戻らない。
記憶も能力も、ロート・ライネンスという人間も)
怒りに拳を握り、血が滲むことにも気づかないほど。
それほどにラウルは今怒っていた。
シンほどではないが、破壊衝動にも似た感情すら抱き始めていた。
心のどこかでソレを拒絶する。
怒りに染まってはいけない。
いつもの飄々とした自分を保ちたい。
なのに・・・どうして、心はこんなにも!

 

ラウルたちの登場は少なからず、なのはたちを震撼させた。
彼が黒幕。
シンの後ろ盾的な人物。
とても、人を見下したりけなしたり、そういったことをしなさそうな、善良な人。
それがその場にいた特殊戦技隊以外の人間の見解だった。

 

そして、その見解を持たぬ特殊戦技隊の反応は・・・怒りにも似たものだった。

 

「やっぱり、アンタがそいつらの保護者か?」
最初に口を開いたのは、バーンだった。

 

「・・・確か、ナンバー8だったかな?」
「ああ」
「・・・第72管理外世界のトール・ケーヒニを元に私が生み出した。
いや、特殊戦技隊の人間はすべて・・・そこにいるアスラン・ザラ執務官が
管理局に提供した優秀な人材のデータを基にした魔道士を造り上げるプロジェクトだった」
ラウルの言葉を聴いたアスランは驚きの声を上げる。
「つ、つまり・・・俺が渡したデータで、彼らが作られた、と!?」

 

「そう・・・だから、管理局は君が自分の世界に帰るといったとき、好機と取った。
君がCEの世界に行っている間に、ソレを完成させるため、ミッドや本局と
第72管理外世界の時間経過速度をいじり、君が感じた時間一週間足らずを君が
本局に到達するまでの時間を5年という歳月に仕立て上げた・・・そして、ソレを行ったのが、この私だ」
ラウルは苦々しく、そういった。
その言い方に、ラウルが少なからず悔恨の意を抱えている事は理解できた。

 

「なら・・・後悔があるのなら、どうして今更管理局に敵対を?」
アスランはただそれが聞きたかった。
「・・・腐った果実は食べられないし、再利用もしたくない。
そういう感情が私の中にある。腐敗した守護者など、あってはならないんだ」
ふと、殺気のこもった返答にアスランは冷や汗を流す。
「だが!腐敗していない人間・・・正義を全うしようとした人間は、
あなた方の行動に巻き込まれて死んだり、傷ついたりを繰り返している!」
当然のように沸き起こった怒りがアスランの口を動かす。
「フェイトやフラガさんだって・・・アナタたちの所為で!!」
黒い言葉だった。
誰かを傷つければ帰ってくる当然の歪んだ言葉。
どんな人だって口にする。口にされれば辛い・・・そんな言葉。
「・・・フェイトは、まだ生きているか?」
「え?」
「あの状況で・・・あの場にいた人間たちが脱出を図るには、
一人の犠牲、そして一人の人間が致命的な傷を負わざるを得ない」
ラウルはわかっていたのだ。
あの状況で二人は助かるということを。
そして、自身を犠牲にしたムゥに少なからず敬意を表してもいた。
大切な仲間という関係でもないはずのフェイトやクロノのために、彼は命を散らせた。
自分にも大切な人が・・・愛する者がいるだろうに。
ソレを割り切ってまで、彼は二人を生かした。

 

「・・・その罰も、私はいずれ受けるさ」

 

ラウルにとって、今は許せないものがあった。
ソレは特殊戦技隊の存在。
その存在を利用した時空管理局の存在だ。
「やはり、存在してはいけないんだ・・・支配するものの最初の人が善良な人物でも、
いずれ人は欲を出し、権力の椅子を求める・・・そして、悦に浸り、守る側の使命が、
いつの間にか望まれてするようになっていた。慈善事業だったものが、いつの間にか
歪んでいた。取り締まるという事は見返りを求めてはいけない・・・だが、今の
管理局の上層部はもう昔の・・・かの三大提督の時代とはかけ離れている」
憂いている。
ラウルはそう感じさせるような話し方で、いい・・・次の瞬間、“賢者の書”を開いた。

 

「君たちが私たちを捕える、殺すというのなら・・・私たちは全力で抵抗しよう。
そして・・・君たち管理局の存在を滅ぼす!」
その言葉と同時に、フィルたちはそれぞれのデバイスを起動させる。
第97管理外世界に魔力が溢れた。
もう一般人の目に付くことなど構いはしないのだろう。
だが、一人だけ・・・違うことを思い、行動したものがいた。
「待て」
ソレは、シンだった。
シンはラウルの肩を掴み、首を横に振る。
「まだ、お前たちは破壊者でなくていい・・・ただ、魔法を知るものに、示してくれ」
ラウルはシンの言い出したことに、理解が及ばなかったが、シンの言葉を
自分なりに解釈し、シンたちに自分を守るように言った。

 

ラウルたちが密集陣形を取り出し、何かをするつもりだ、
と思ったシックザールたちはすぐに飛翔魔法でラウルたちを追う。
なのはたちも追おうか、迷ったが・・・今ははやてのこと、
一般人のこともありそこにいることにした。
なのははスバルとティアナに一般人のことを任せて、はやてのほうを振り向く。

 

「はやてちゃん!」
「八神!」
なのはとアスランははやてのことを心配し、彼女のそばに近寄る。
「あ、なのは・・・ちゃん?アスラン君も?」
嘔吐した後、はやては呆けていた。
だから、二人に対して少し疲れたような笑顔を見せる。
「しっかりしろ八神!何を逃げている!?」
「え・・・?」
「おいアスラン!今は!」
ヴィータがはやての前に立ち、アスランを止める。
「・・・はやてちゃん、逃げないで!」
なのははアスランの後ろからそう一言。
すると、後ろでドサッという音が聞こえた。
振り向けば、先ほど激しい戦闘を繰り広げていたキラが、力尽き倒れていたのだ。
「キラさん!」
なのはが走って近寄る。
アスランも心配そうな顔をするが、はやてのことも気がかりで駆け寄れなかったのだ。
「私、大丈夫・・・やからね?行って?」
そこに、アスランの気を察したように、笑ってアスランにキラの元に行くように示唆する。
「あ、ああ・・・」
アスランははやてに気がかりを残すが、仕方なくキラの元に行く。

 

「・・・主」
だが、はやてがかなり無理をしていることに気づいているシグナムとヴィータはやはり苦い顔をする。
「大丈夫・・・やで?な、リイン?」
リインはユニゾンして、はやての中にいたが、呼ばれてユニゾンを解除する。
「・・・嘘はつかなくていい、ですよ?伝わってきました・・・マイスターの悲しみと・・・怒りが」
「リイン・・・」
察して自分の後押しをしてくれるのかと思いきや、
すんなりと胸のうちを明かしてしまうリインに対し少し残念そうな声を上げる。
「・・・死んじゃった・・・バルトフェルドさん、死んじゃったよ!!」
少しして、はやては涙を流し始める。
好きだったから・・・憧れたから。
けど、もういない・・・そう思うだけで。
涙は止まらず、溢れてきた。
「ああ・・・あ・・・・ああああああああああああああああああああああ!!!!」
地面に拳を叩きつけるはやて。
そんなはやてにかける言葉が見つからず、シグナムとヴィータ、
リインはただ黙っていることしかできなかった。

 

この任務が始まってからいつも思っていた。
誰かが死ぬかもしれないということを。
そして、自分が好きだと思えるような人がそうなることを。
いつも怖かった。
いつかそんな日が来るんじゃないかということが。
そんな日が来ないことを祈ると共に、そんな日が来たときのことを考えていた。
そんな日が来る前に何かを残したかった。
なのに・・・それも叶わなかった。
この胸を締め付ける何かがきつく・・・苦しい。
何一つ残せなかった・・・思いを伝えることもできなかった。
頭の中で考えていた小さな願いが散っていく・・・もう何もできなくなってしまった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
だから、この悲しみが止まらない。
涙腺は枯れることを知らず、叫び声が続く。

 

「くっ!さすがに強い!!」
バーンが降り注ぐ魔力弾の雨を防ぎながら、口のように言葉を漏らす。
直撃コースの魔力弾はすべてシュベルトゲベールで弾くも、
下から追いかける彼らには不利な状況でしかなかった。
「くっ!援護しろ!!」
そこに、エーラが一人焦燥感に耐え切れなかったのか、魔力弾の雨をかいくぐって一人前に出る。
「ま、待てよエーラ!」
制止の言葉をかけるが、エーラはそのまま左に装備した手甲の中にある四つの銃口が光る。
「“統一の守護たる先駆者の力”・・・見せてやるさ!!」
(ドラウプニル)
オレンジ色の魔力弾がそこから発射され、それが防御を担当していたフィルに向かう。
だが、フィルの防御力を抜くことはできなかった。
そんなこと、エーラは計算済みだったのだろうか、ソレを目くらましにしてフィルの
構えるフォビドゥンの盾にテンペストソードという両刃の魔力刃剣を突き出した。
「貫けぇぇぇ!!」
背中のバーニアを全開にし、さらにスピードを上げるエーラ。

 

「・・・突撃がすべてじゃないんだよ、ナンバー10」
フィルは冷たく、そして悲しい瞳でエーラを見た。
フィルの言葉はエーラに届いていて、何を言うのか、と彼は思ったが次の瞬間、
それは彼の聞いた最後の言葉となった。
四方から衝撃と痛みが走った。
視線を下に向ければ、エーラの身体にいくつかのドラグーンビットが突き刺さっていた。
「カハッ」
完璧にエーラの心臓部を貫いていたドラグーン。
ソレを放ったのはラウとグラウだ。

 

「エーラァァァァ!!」
バーンが叫ぶ。
「これが・・・失う痛みだ」
フィルが呟いた・・・ソレと同時に、エーラが落下していく。

 

ラウルは墜ちていくエーラを見つめて、悲しい瞳をするが、目を閉じて自分がいましていることに集中する。

 

(良いのか?今、お前がしようとしていることは・・・
下手をすれば、“今まで積み重ねてきた世界”が壊れることになる)
“賢者の書”がラウルに語る。
「・・・構いません。正しさを示し間違いを消す・・・過去の偉人がそうしたことが
あるのも事実・・・私がソレをしても、咎めるのはそれにより害を浴びる悪魔たちだけですよ」
かすかな笑みを浮かべ、ラウルは行動を起こす。
その行動とは・・・第97管理外世界の魔法を知るものと、ミッドチルダ、本局への魔法通信だった。
ラウルの顔が指定された世界の映像機器などに映る。

 

「こ、これは!?」
本局で会議をしていたゲーエンが立ち上がり、冷や汗を流す。
他にも、管理局の魔道士やリンディたちなど、階級が高いものから
下士官まですべての人間がラウルの顔を見ていた。
「・・・一体何が?」

 

「この映像は、第97管理外世界の魔法を知るものと、
ミッドチルダ、時空管理局本局に届いているはずだ」
ラウルは語りだす。
その語りを邪魔せぬために、シンたちはラウルの防御を固める。
だが、その心配はなかった。
ラウルが何を言うのか、なにを示すのか興味があったからだ。
「突然のことで、驚かれたと思いますが・・・とりあえず、少しの間ご静聴ください」
ラウルは礼儀正しくすると、少し目つきを鋭くする。
「私の名は元時空管理局特殊研究者・・・所属していたときに名乗っていた名は、ラウル・テスタロッサ」
驚愕が走る。
知る者は知っている・・・そのファミリーネーム。
10年前、ジュエルシード事件の発端となった人物プレシア・テスタロッサ、
そして時空管理局に執務官として所属するフェイト・T・ハラオウンと同じものだ。
「驚いているでしょう?だが、私はフェイトの父親じゃない。なぜなら、彼女は
プロジェクトFの産物であって、私の愛したプレシアとの子供・・・アリシアじゃないのだから」
ラウルの言葉は明らかにフェイトを否定していた。
「それはどうでもいいこと・・・私が言いたいのはそんなことじゃない。
幾人の人に問いかけてきた言葉を、魔法を使えるものに・・・今回は知るものにも問いかけましょう」
一息、間をおいてラウルは口を開く。
「どうして、この世界には持つ者と、持たざる者がいるんだと思いますか?」

 

その問いかけはラウルが数人の人間に問いかけた言葉。
もちろん、一方的に話しかけているのだ。答えなど帰ってくるはずもない。
だが、ラウルは答えを求めていた。
「たとえば、魔法を扱うために必須であるリンカーコア・・・これも持つ者と
持たざる者に別れる・・・なら、持たざる者は必然的に守られるか、逃げ惑うしかない」
その言葉を多くの犠牲を見てきた者の言葉だと気づくものはいない。
「なのに、逃げることしかできない者たちは、抵抗することをしてはいけないのか?
私は一度その問いかけを時空管理局にしたことがある。
返答は、“我らの存在意義と魔法という死をもたらさぬ技術の発展のために、
多少の犠牲はやむなし”だった」
語尾に少しの怒りがともる。
ソレを感じた者たちは、その話の内容の管理局に嫌悪感を抱かずに入られなかった。
「戦えないものを守ることが、管理局の設立時の存在理由・・・そして、少し安定した
状態となり、災厄、災害をもたらすロストロギアの回収に踏み切った。
それは構わない・・・それがあっては、安全な生活ができないのならね。
けど、ロストロギアは、必ずしも回収しなければならないものなんかじゃない!」
張り上げられた声にこもる感情は・・・怒り。

 

「ロストロギアの所有権は誰にもありはしない・・・悪用するものだけを
取り締まればいいじゃないか!?それがなければ生き残れない者を犠牲にしてまで
回収するのか?!何の危険性もないのに!!」
ロストロギア規制・・・ソレには苦しむ者たちの声もあった。
管理局は時にソレを力を持って取り締まった。
取り締まるからには特別は許されないからだ。
そこから、弱さを生んで管理局の体勢に弱体化を示しては意味がないから。
「悲鳴を上げるのは、いつも持たざる者たちだ・・・そんな思いがあるのなら、
質量兵器規制を行うべきではなかった!!」
魔法が使えない一般人が、違法魔道士などに遭遇した場合、逃げ切れる確立はないようなものだ。
理由は簡単・・・抵抗する術がないから。
「だからこそ・・・民衆から抵抗する術を奪い、自分たちの存在意義を強調した
時空管理局に、私は宣言しよう・・・私の提唱した“プロジェクトD”を今こそ発現させると」
“プロジェクトD”・・・その単語が出たとき、真っ先に驚いたのは
ゲーエンたちと特殊戦技隊をメンテナンスしていた科学者たちだ。
「“プロジェクトD”・・・デウス計画と言う。腐敗した管理局に終焉をもたらす最後の造られた神による審判」
ざわめきが走る。
彼の言ったこと、その中にある管理局の終焉が予想外だったのだ。
そして、彼の力を知る限られた人間は、冷や汗などではすまないほど、顔が濡れていた。

 

「私の存在は、誰かにとって邪魔だろう・・・世界は一色ではならないという
決まりはない。だが、混ざらない色があったとき、それは崩壊する」
一瞬、悔やむような顔。
「だが、私はやはり・・・必要だと思う。憂いやそういった感情で、反旗を翻すものが・・・
ただ、想いをためて言葉にできず、不毛な痛みを与えるくらいなら、世界に訴えるべきだと考えるから・・・」
言葉が聞いている者すべての、心に入り込む。
心に入り込んだ言葉は、いったい何をもたらすのだろうか?

 

「ゲ、ゲーエン少将!!」
ゲーエンに緊急回線が開かれる。
「い、今は会議中だ!後にしろ!」
焦っていることが丸わかりだが、あくまで平静であると自分に言い聞かせるゲーエン。
(あの男が・・・動くと言うのか!!)
ゲーエンにとってラウルはあってはならない存在だった。
彼らにある縁もまたこの混迷する状況を引き起こした因果なのだろう。

 

「して、どうするつもりかね?ゲーエン・アードリガー少将?」
「!?」
ゲーエンが物思いにふける中、そんな彼を現実に引き戻す声。
事実上の管理局最大権利者キール栄誉元帥だ。
その両隣にミゼット提督とフィルス提督が堂々と座っていた。
その瞳は厳しく、いかにも歴戦を伺わせるかのようなものだった。
「はっ・・・こうなれば、彼らを管理局の総力を持って殲滅」
「愚か者!!!」
ゲーエンの言い訳じみた案はキール元帥に一喝される。
「彼は代弁しておるのだ・・・私たちの至らなさゆえに犠牲になった者たちの声なき
叫び声と言うものをな・・・そして、彼の目は、私たちがまだ若かりし頃に
戦った、“真に守るべき者”を持つ者の目だ」

 

「しかし、それでは管理局はどうなるのですか!?」
「そうです!我々が築き上げてきたこの秩序・・・
腐敗と呼ばれようと、時間をかけて今の体勢を作り上げたのも事実!」
ゲーエンをはじめとした上級尉官以上の者たちは反論の声を上げる。
「・・・あなたたち、少し落ち着いて」
そこに、少しおおらかな声・・・ミゼット提督が口を開いた。
「老獪の言うことなど、今更と・・・あなたたちは思うかもしれないけれど、私たちも
この管理局を構築した一人として言わせてもらうわ。たぶん、総力は
集まらない・・・私が思うに、どちらに正義を見つけるか・・・そこが鍵だもの」
ミゼットの言葉は的をいている。
なぜか・・・ソレは、ミゼットが現役の頃に同じようなことを、
未来に起こりうるビジョンとして見据えていたからだ。
彼の三大提督は、こうなることを予見していた。
肥大化しすぎた欲望に飲まれ、管理局は自らの掲げる理念に
身を焼かれ、その身を土に返すことになりえるかもしれないと。
「ですが、今は・・・まだ、守ることを捨てるべきではない。
私たちには、守れる力があるんですからね?」
会議室にいた人間のだれがその言葉を否定できただろうか?
黎明期の管理局を今の形にまでした功労者たち・・・三大提督。
今でこそ前線からは身を引いたが、それでも彼らの存在は大きいのだ。
「だから、宣言します・・・時空管理局本局統幕議長ミゼット・クローベル」
「レオーネ・フィルス法務顧問相談役」
「そして、ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥の名の元に、ラウル・テスタロッサ以下の
者たちへ、対抗戦力を結成することを宣言する。この宣言は、あくまで彼らの
破壊衝動などを抑えるためのものであり、彼らの尊厳を損なうものではない」
あくまで破壊を止めるため。
三大提督は動いた。
この行動は結果的にだが、ゲーエンたちの隠れ蓑にしてしまっていた
・・・だが、真実はどんなに隠そうとも、いずれは表に出るものだ。

 

「・・・それが、アナタの答えですか?ラウル博士」
シックザールが静かに問いかけた。
「ああ。君が、シンと袂をわかっている時点で、この展開は決まっていたのかもしれない」
ラウルもまた静かに答えた。
彼らの間には、それぞれの味方がいる。
だが、そんなことで彼らの間にある何かは広がらない。
距離などなかったのだ。

 

その頃、管理局の医療機関で何も知らず眠るフェイトの傍らにソレを見る少女の姿があった。
「・・・なのはママ」
ソレはヴィヴィオ。
ヴィヴィオはモニターに映るラウルの顔を見て、どこか辛そうにしていた。
「フェイトママ、どうして起きないの?悪い人達を・・・やっつけなきゃ?」
そっと、フェイトの頬に手をやり、ヴィヴィオは切なげな顔をする。
ヴィヴィオにはフェイトの詳細を知らせていない。
教えても理解できない、と誰もが思っているのだろう。
実際にヴィヴィオのような少女に説明したところで、疑問符を浮かべられ、説明が徒労に終わりかねない。
だが、ヴィヴィオはある時から、少しの理解はできていた。

 

(ヴィヴィオ、母はこのままでは起きぬぞ?)
ヴィヴィオだけに語りかける声。
「・・・そんなことないもん!」
ヴィヴィオは声の言葉を否定する。
(認めなさい・・・認めれば、君はもっと強くなれる。そして、その眠り姫を救うことすらできる)
声はどこか高貴さを感じさせる話し方でヴィヴィオをなだめるよう、刺激しないように語り掛けているようだった。
「けど・・・私は・・・」
(君には力がある。王の力だ・・・といっても、解放すれば君は見ているだけになるがね)
声はヴィヴィオの言葉を遮り、そう諭す。
確かに彼女には多少の力はあるだろう・・・聖王の器として、一度は聖王の力を
解放して見せ、その力は・・・大切な人を傷つける結果を招いてしまった。
「イヤだ・・・もう傷つけたくないよ・・・誰も」
ヴィヴィオは耳を閉じる。
そんな事は無意味だともわからず・・・ただ、自分に力を
渡そうしている声の言葉を遠ざけたいがために。
(大丈夫だ・・・私がその想いを守る。
今君が聞いていた彼らの言葉を許せば、それ以上の悲しみが君に降り注ぐだろう)
例え世界を見捨てても、死と言う安息を求めるのか?
死は結局逃避にも似たものだ。
戦って死んでも最後は一人・・・寂しいものだ。
だが、大切な人々と最後まであきらめずに戦う事は愚かな事ではない。

 

旋風が、爆発が、血が、人が、色々なものが吹き飛んでいたあの時代。
数え切れないほどの人が死んだ。
死が当たり前の世界といっても過言ではなかった。
だが、私は守りたかった。
だから、私は生き残った・・・なぜだかわかるか?
戦ってでも守りたいものがあり、人々の望むものが戦いの先にあると信じていたからだ。
私にはその力があった。
世界を平定に導けるだけの優れた力・・・だから、人々は私をこう呼んだんだ。

 

─聖王と。

 

「・・・ヴィヴィオにも、そんな力があるのかな?」
嗚咽が混じった言葉。
ヴィヴィオはその声を聞くと、なぜか心が悲しみに見舞われ、気づけば涙が頬を伝っていた。
(ああ、あるとも・・・私が時代を超えて君の心の中で生きているように、君にはその力がある)
表情は見えないのに、ヴィヴィオにはその声の主が笑ったように思えた。
そう思えたら、自分も笑えていた。
ヴィヴィオは受け入れたのだ。
声を・・・聖王という存在を。

 

(ヴィヴィオ、もし・・・ここに敵が来たなら、私は守るために戦おう。力を貸してくれるかい?)
「うん!」
少女の思いは硬く、そしておおらかだった。
時代を紡ぐには、たった一つの想いが重なり大きくなっていく。
世界が望むのはいつの日も平和だ。
人の業はソレを乱すが、ソレを戻す存在もいる。
人は変わることができる・・・その存在に導かれれば・・・必ず。

 

決意を固めた娘の・・・そんな声を聞いて、横で眠るフェイトは、少し笑ったように口元が緩んでいた。

 

フェイトは夢を見ていた。
損傷した身体、心、魂・・・だが、夢を見ていた。

 

─か・・・さん?

 

懐かしい、夢だった。
闇の書に見せられた夢ではない。
受け継いだ、ささやかな思い出。

 

まだ笑う母・・・そして、自分のオリジナルになった姉の笑顔。

 

もし、戻れたなら・・・アリシアがいて、母がいて、リニスがいて、アルフがいて・・・私がいる。
そんな世界を夢見たことがあった。
けど、私は離別した・・・姉の切なげな笑顔に、願いに、別れを告げた。

 

暗闇が広がる。
切ない気持ちで一杯になる。
けど、目は開けない・・・いや、開けられないんだ。
全身に力が入らない。
まるで、身体と心が分かれてしまったみたいだ。

 

「・・・」
すると、気配がフェイトの前に現れた。
だが、目が開けられないので誰かわからない。
誰だろう?
その疑問は次の瞬間に解消された。
「お寝坊さんのフェイトは・・・まだ眠るしかありませんよ?
たまには寝過ごしても誰もしかりません」
もし身体が動いたなら、私はきっと声の主に飛びついただろう。
今はもういない、あの人の声。母さんの優秀な使い魔・・・リニスだ。
声も出せない・・・だが、彼女が声を発し続ける。
「プレシアとアナタの関係を私は知りません。
知らなかったから・・・勝手に安心して消えちゃいました」
リニスは後悔しています、といった感じに言葉を口にする。
「けど、フェイトはもうこんなに大きくなって・・・私はうれしいんですよ?
・・・そんな娘が、大きくなったことを喜ばない母親はいませんよね?」
一瞬、リニスが何を言っているのか、理解できなかった。
まるで、彼女の近くに・・・そんな淡い期待を抱いてしまった。
「アナタは今、死人に一番近い・・・だから、魂の交流が少し可能になったんですよ。
さぁ、目を開けて・・・見てください」
リニスにそういわれると、突然、瞼が軽くなった。
そして、言われるようにフェイトは目を開けた。
目を開けたとき、幻かと・・・夢か、と思い、フェイトは呆けてしまった。

 

「・・・久しぶりね?」

 

いた・・・母が・・・プレシア・テスタロッサが、少し仏頂面でそこにたっていた。
「プレシア!」

 

リニスがソレをとがめるような声を上げる。
プレシアは肩をすくめて、少しだが、微笑んで見せた。
「フェイト・・・アナタに、言ったこと。すべてじゃないわ」
「・・・え?」
いつの間にか、言葉も発せられていた。
「確かに、アナタを人形だと思っていたけれど、私はあなたのこと・・・嫌いじゃなかったわ」
表情を崩さず、プレシアはそう言った。
その言葉に、フェイトがどれだけ救われたか・・・きっと、誰にもわからないだろう。
「か、母さん・・・」
涙が溢れた。
望んだ言葉に、フェイトは涙を拭うことすら忘れていた。
「・・・ごめんなさいね?けど、誇っていいわ・・・あなたは、プロジェクトFの
産物じゃない。だから、証明するわ・・・今更だけど、この私、
プレシア・テスタロッサがアナタに名を与えるわ。運命に負けず、
真っ直ぐに自分の道を歩けるように・・・あなたの名前は“フェイト”よ」
初めて見た、母の笑顔・・・身体が動くなら抱きつきたかった。
「フェイト・・・いい名前だ」
すると、プレシアの横から見知らぬ・・・だが、誰かに似ていると思える男性が現れた。
「僕にとっても君は娘だからね・・・お母さんの願いに、答えてあげなさい」
「あ・・・はい!」
温かい言葉だった。
フェイトの返事を聞いて、笑顔を見せ、男性はフェイトの頬をなでる。
「クロノもこんな妹がいて、幸せだな」
「あ・・・もしかして、アナタは」
「そう。クロノの“駄目な”父親・・・L級2番艦エスティア艦長クライド・ハラオウンさ」
通りで似ているはずだ・・・義兄に。
フェイトは今、子どもの頃に失った幸せを取り戻した気分だった。
「・・・フェイト、私からの最後のお願いよ」
ふと、プレシアが口を開く。
「なんですか?母さん?」
「ラウルを止めてあげて」
「ラウル・・・さんを?」
不思議な思いだったが、反論はしない・・・母が望んでいるのだから。
「あの人は、きっと世界を壊すわ・・・リセットする気なのよ」
「・・・止めて見せます」
「じゃあ、ソレまで、アナタは眠りなさい?起きるタイミングはもうじき来るわ」

 

その言葉を聴くと、フェイトの意識は遠くなっていった。
最後に三人が“頑張れ”と口にしていたような気がした。

 

戦うたびに被害は出る。
ソレは平等に、だ。
痛みを知る者、知らぬ者。
いずれにせよ、戦いに身をおくものは知ることになる。
失う痛みを。
もし、ソレを感じないものがいるとすれば、ソレは世界の敵なんだろう。
特殊戦技隊とラウルたちは第97管理外世界上空で戦いを始める
なのはやはやて、ヴォルケンリッター、アスランとキラも戦わなければならないだろう。
その結果が巻き起こすものとは?
そして、新たなる犠牲が生まれる。

 

次回 第97管理外世界の“黄昏”

 

終わらぬ戦いも、犠牲を見れば終わらせたくなる。