Lyrical DESTINY StS_第22話

Last-modified: 2008-07-23 (水) 12:24:37

散って行った。
ユーノが散った。
同時にヴォルケンリッターもシグナムを残し、はやての中に還った。
時をさかのぼることができるなら、人はその再起を望むだろう。
だが、それは成してはならない。
そのために、今がある。
戦う心が人から消えないなら、その望みもまた消え去ることはないだろう。
仕方がない。
でも、明日へは行ける。
人間だから。

 

ユーノは自らの死と引き換えに、傷ついた者はその身から傷を消した。
その恩恵は本局にいるすべての人間に行きとどいていた。
キラ・ヤマトという青年にも。
「・・・僕、は?」
キラは一人、自分の体から消えた痛みを不可解に思うも、ぐっぐっと拳を数度握り、
自分の体が完全に調子を取り戻していることを確認していた。
「フリーダム?」
(あなたの体調、すべてオールグリーン。異常見当たりません・・・
おそらく、先ほどの魔力があなたを癒したのでしょうね)
キラもフリーダムと同じ見解だった。
これで、キラはため込んだダメージを皆無にできた。
もし歴史にこのことが載るなら、この出来事は“偉大なる癒し”とされるだろう。
だが、きっと残るまい。
本当に些細な出来事だ・・・記憶には残っても史実にはなりえない。
ここはそういう所だ。
「・・・これは、また僕に戦えってことなのかな?」
キラは辛そうに、表情を暗鬱とさせながら愛機であるフリーダムに問いかけた。
しばらく間をあけて、フリーダムはその問いかけに答えようとする。
(そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません)
なんとも曖昧な答え・・・だが、キラにはそれで充分だった。
フリーダムはこう言いたいのだ・・・答えは自分で選ぶものだ、と。
「他人に選ばされたら、意味ないからね」
キラは笑う。その笑みは、純粋としか言いようがなかった。
「それにしても、誰もいない・・・フリーダム、情報を」
(しばし、お待ちください)
そう言って、フリーダムが新しいデータを検索し始め、キラはその間に服を着なおしていた。
「・・・嫌に静か、だな」
キラのいる場所は本局でも端のほうにある集中治療室だ。
第97管理外世界で、キラが限界を超えた力を行使し、結果彼の体はボロボロだった。
そして、集中治療室にて、完全治療体制に入っていたのだ。
(マスター、わかりました・・・先ほど、ゲーエン・アードリーガー少将が殺害されたようです)
「・・・そっか」

 

衝撃の事実を、キラはただ一言で片づけた。
キラはこの出来事を予想していたのだ。
それが誰の手によるものか、ただそこに着眼するほかは、キラは何も思わなかった。
(冷静なんですね?)
そんなキラにフリーダムは静かにそういった。
「予想できたことだからね・・・あの人は、いずれ誰かが
殺してた。冷たい言い方だけどああいう人は、世界から弾かれるものなんだよ」
弾かれるべき者の中にゲーエンは含まれていたのだろう。
(・・・それより、マスター・・・本局医療機関近くにて
魔力反応・・・ですが、その放出魔力、普通の魔道士のものではありません)
そのフリーダムの言葉が、どの程度不吉さを出しているか、
キラは肌で感じ、すぐにその場所へと向かうことを決めた。

 

二人の男が見合っていた。その視線を浴びただけで
一般人は卒倒しそうなほどに、覇気がこもるその視線。
「久しいですね・・・聖王陛下」
先に口を開いたのは、ラウルだった。
聖王と呼ばれた男は・・・その端正な顔を崩すことなく、皮肉げに笑って「ああ」とだけ頷いた。
「よもや聖王の器を利用して、この時代に再臨するとは・・・ずいぶんと、未練がましいことですね?」
皮肉めいたラウルの言葉に聖王は鼻を鳴らす。
「貴様がいたからだ・・・賢者の名を継ぐ私とおなじ存在。すでに時の中に
その名を埋もれさせてもおかしくはないだろう?時空大賢者トウジ・センベルよ?」
聖王はどこまでも挑発的だ。
そして、その挑発の結果たとえ、ラウルが襲いかかってきたとしてもはじき返すほどの技量が彼にはあるのだろう。
彼の前に突き刺さる二本の剣・・・銘はないが、
その切れ味とそれを使いこなす聖王の技量がそれを名刀にまで伸し上げたのだ。
「・・・あなたにその双剣をぬかせはしません。予定外ではあるが、想定外ではありませんから」
ふと、勝ち誇った顔をするラウル。
そう・・・彼は管理局にヴィヴィオという聖王の器が“ある”ことをあらかじめ想定の中に入れていた。
そして、“賢者の書”を開く。
「!?」
聖王はラウルが臨戦態勢であると判断し、目の前の双剣に手を伸ばす。
「正しき向こうの丘、相対する力の壁、光と闇は籠の中に、籠の鳥は無数の怒りをかい行く。
神を制し、砕く無垢なる混沌・・・時針が場をなくし、崩す・・・“無時の死監獄”」
ラウルが詠唱するその魔法は・・・古代魔法という形容が似合う絶対的なものだ。
彼を中心に、一瞬風圧がぶわっと広がるとともにその波動は本局全体に広がっていく。
「これは・・・ぐっ!?」
次の瞬間、聖王をはじめ、部屋にいたすべての・・・
いや、時空管理局本局全体に加重力フィールドが発生しているのだ。
「な、なんなの!?」
フェイトたちもその発生する力にただ屈するしかなく、両膝を地面につけていた。
「くっ・・・うぅ」
聖王はただ一人、その力に抗い両足に踏ん張りを入れて、ラウルと同じ視線にまでその高さを戻す。
「さすがは聖王陛下・・・ですが、私はあなたを
ここで倒せるなどと思いはしない。ただ・・・犠牲になっていただければ、それで」
言葉にこもる感情とは裏腹に、ラウルは苦い顔をしていた。

 

だが、しなくてはならない。それもまた、事実だ。
「私は・・・あなたと戦えるなど思いはしない。
今こそ・・・終焉とともに、すべてを終わらせる。もう・・・私は疲れました」
ラウルは本当に疲れきったような顔でそう言った。
それが何を意味するのか、何を引き起こすのか・・・時がたつまで誰にも分らなかった。
「私は失礼します・・・この場所の人間が死ぬか生きるかは、あなた次第。
その身に宿る聖王の力、使いて救うか捨てるか、選んでください」
そう言い残して、ラウルはその場から消えた。
残ったのは彼が解き放った“賢者の書”による“無時の死監獄”のみだった。
(これは、ただのフィールド魔法ではない!
おそらく、空間、次元、そう言ったものに干渉していく最悪の魔法・・・呪いだ)
憤る聖王。そして、彼もまた選択を迫られていた。
(カイゼルファルベの力を最大に発揮すれば、術者を倒すまでの間は守りきれる
・・・だが、あくまでこの身体は借り物・・・どうする!?)
考えても最悪の結果以外が浮かばない。
自らを犠牲にするとしても、その身体はヴィヴィオという一人の少女の身体。
完全に切羽詰まった状況だった。
(いい・・・よ?)
だが、それを打開する・・・させてくれるヴィヴィオの言葉。
(だめだ!君はまだ生きなくてはならない!・・・人間なのだから!)
簡単に受け入れられるものではなかった。これは死を強要しているのとなんら変わらない。
一人の少女を犠牲にすれば、結果・・・他の者たちの生存率を上げることができる。
だが、犠牲にしてしまってもいいのか?自分のよりしろとなってくれているこの少女を。
(ヴィヴィオね、きっとここで頑張らないと、だめな気がするの・・・だから、お願い!力を貸して?)
それは小さな願いだった。
揺るぐはずのない聖王が揺らいだその問答に、たった一人の少女は揺れることなく決意した。
きっと怖いのだろう。心が震えている・・・きっと辛いのだろう。
愛した人たちに別れを告げなければならないことが。

 

「あああああああああああああああ!!」
そんなヴィヴィオの言葉に、聖王は動いた。
二つの剣は再び地に刺さり、聖王はまるで祈るように両膝を地面につけ、手を顔の前で合わせる。
「神よ・・・私は、今はじめてあなたに頼る!私の魂のすべてを尽くしてもいい!
だから・・・この素晴らしき世界を・・・彼らの世界を壊さないでくれ!!」
瞬間、聖王の体からあふれた魔力・・・カイゼルファルベの光はゆっくりと、
ラウルの施していった“無時の死監獄”の力を中和していく。
もちろん、消しているわけではない・・・その威力を押しこめているのだ。

 

「う、動く?」
しばらくして地に伏さされていたフェイトたちが立ち上がる。
「ヴィヴィオ!」
そして、フェイトはすぐさま聖王・・・ヴィヴィオのほうへと振り向くが。
すでに聖王は身体の半分を石化させてしまっていた。
「ヴィヴィオ!?」
(・・・君が、この子の母、か?)
ふと、フェイトに念話が入る・・・聖王からだ。
「あなたは・・・?」

 

フェイトもその声がヴィヴィオのものではないことがわかり、すぐさま態度を変える。
(かつては、聖王と呼ばれていた・・・だが、そんなことは関係ないさ。
私はたった一人の少女にとりついてしまった悪魔だ)
「そんなことは・・・・・・」
ない、と言い切れなかった自分に思わずフェイトは嫌悪感を抱いてしまった。
(それより、よくきいてくれ・・・私がこの状態を維持できるのは、
おそらく三日程度、その間に決着をつけろ・・・この魔法の発動者を殺せ)
何とも物騒な言葉が飛び交う。だが、フェイト以外は動揺はしなかった。
「・・・殺す以外の方法は?」
むしろ、今フェイトが言った言葉に動揺が走るほどだ。
今のフェイトの考えは間違っているのだろうか?
(ない。この子の決意、無駄にするな!そなたは、母親なのだろう!?)
「でも!」
この念話は室内にいるすべての人間に届いている。
スバルにも、ティアナにも、エリオにも、キャロにも・・・そして、今入ってきた、なのはとアスランにも。
「フェイト・・・ちゃん?」
「!?」
自分の名を呼ばれ、フェイトは初めてなのはの存在に気づく。
なのはの表情はすでに絶望に彩られていて、身体は震えていた。
(君が、もう一人の母か?)
聖王はなのはにも念話で話しかけていた。
その問いかけが、今のなのはには残酷すぎた。
目に映る光景は・・・一人の男が祈る体勢で体が少しずつ石化していっており、
その奥の・・・血の色が一番濃い場所には、大切な・・・穏やかな顔のまま
死んでいるユーノの亡骸があったのだから。
「ユーノ君!?」
ユーノの姿を見つけた瞬間に、なのはは声をあげて彼の亡骸に走り寄る。
「ユーノ君!ユーノ君!ユーノ君!?」
血だまりに、その顔に血を、片腕はすでになく。だが、穏やかな死に顔。
なぜ?そう思うと、なのははあの時のユーノの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

─約束、守れないかもしれない。

 

「嫌だよ!?どうして!?どうして!?」
まるで狂ったかのように、なのはは叫んでいた。
それはどこまでも痛々しかったが、一人の叱責の言葉でそれは止まる。
「やめないか!高町二佐!!」
それは、キラの言葉だ。キラのどなり声に、
なのはだけでなく、意外性からかその場にいた全員が振り向いた。
「死んだ人に・・・これ以上、重荷を背負わせちゃいけない。わかるだろう?」
キラの言葉にこもるのは悔恨。
それが過去に守れなかった人、現在進行形での守れなかった人に対するものだ。
「そうだよなのは・・・背負うことをやめちゃいけないよ。ユーノは・・・ぐっ」
フェイトも途中までいって悲しみから、嗚咽がこぼれだし言葉を途切れさせてしまった。
悲しくないわけがなかった。
なのはとフェイト、はやての三人はユーノと一番係わりが深い。なのはにとっては始まりの人だ。
尋常じゃない悲しみを堪えろと言うほうが無理な相談だ。
「けど!けど!」

 

これほど崩れたなのはの姿を誰が予想しえたか、今だからスバルやティアナ、
エリオにキャロは実感する・・・なのはもまた、普通の人と変わらない・・・
いくら肩書があろうと、人はそう変わらないのだ。
「なのはさん・・・」
すると、スバルが彼女の前に立つ。その手は少し震えていた。
「ごめんなさい!」
パシンッと音が響く。スバルがなのはの頬をぶったのだ。
ぶたれた部分は少し赤く紅潮し、なのはは箇所を抑える。
「スバル!アンタ何を!?」
ティアナがおろおろしながら、スバルを咎める。
「しっかりしてください!・・・あなたは、あなたは・・・・・・」
スバルの言葉に嗚咽が混じる・・・そこで、なのはは気づかなければならなかった。
自分が教え子にこんなことを言わせていることを。
「なのはさんは!私の・・・私たちのあこがれなんです!
いくらエースって呼ばれてるからって、そんな物に縋っちゃいけないってことは
わかってます!それでも!・・・なのはさんは“私たち”にとって“エース”なんですから!」
涙を我慢はしない・・・流してしまえばいい、こんなところで涙をふくことに意味はない。
今ここで、言わないと・・・なのはを立ち上がらせないと、すべてが壊れてしまう。それはスバルの直感だった。
「あなたに・・・何がわかるの?」
冷たい言葉に、スバルは目を見開く。それは、おそらく二度目だろう冷たい目。
高町なのはが他人に見せる怒りという感情だろう。
「わかります。大切な人を失うことの辛さ・・・知ってます。
けど、それで立ち止まったら何もできないじゃないですか!?」
スバルはひかなかった。だから、なのはもむっとするしかなく、状況に合わない険悪な空気が流れる。
肝が冷える、と隣にいたティアナは思った。
それは、その場にいるなのはの教え子たち全員が同じ気持ちでもあった。
「スバル・ナカジマ二等陸士」
「はい」
静かに呼ばれた名前に、スバルは返事をする・・・そして、それと同時に、パチンッという音。
「上官に対しての暴力、とりあえず今はこれを処罰とします」
「・・・はい」
スバルから顔をそむけ、なのははようやく冷静さを取り戻す。
そして、大切な人の亡骸を血で汚れることなんて構わずに抱き上げる。
「お疲れ様、ユーノ君・・・」
ぎゅっと抱きしめる・・・ただ、それだけが今なのはにできるたった一つのことだったから。
そんなとき、彼女はユーノの声を聞いた気がした。

 

ありがとう、とごめん、という二言を・・・空耳かもしれないが、それでもいいと
なのはは思った。大好きな人の最後の言葉を聞けてよかった、と少しだけ安堵の息をもらした。

 

そして、部屋にいた者すべての人間がユーノに対し、敬礼をした。
なのはもユーノの遺体を静かにベッドに安置すると、次に目を向けたのは“ヴィヴィオだったもの”の姿。
「・・・えと、あなたは一体?」
なるべく平常心を保とうと、必死になるなのはだが・・・それとは裏腹に表情は冷静さしか見えなかった。
(君の娘を奪った悪魔、というのが正しいかもしれん)
聖王はいたって自分の罪を肯定し、なのはの回答を待った。
だが、聖王が覚悟していた回答とは違うものをなのはは言葉にした。
「・・・選んだんですよね?ヴィヴィオが・・・ユーノ君も。
二人とも、強いから・・・私なんかより、ずっと・・・だから、ヴィヴィオも
選んでそれを受け入れているんですよね?」
理解ある回答・・・だと、その場にいる人間は思わなかった。自分の感情を押し殺して、
ある事実を次々ともう無理に受け入れようとしている。そう思えた。

 

(受け入れられないなら、拒絶してくれても構わないんだ・・・
そう、そのほうが救われる時だってあるのだからな)
自嘲のこもった言葉に、なのはは少しだけ怒りを覚える。
だが、その怒りすらもすぐに消えた・・・醒めたといってもいいだろう。
今のなのははどこか弱々しい感じしかしなかった。
(・・・とにかく、この身が持つ間に、術者・・・トウジ・センベルを・・・殺してくれ)
再度紡がれたその言葉に、やはり暗い表情を落とすフェイト。だが、なのはは違った。
「殺しません」
「!?」
その場にいる誰もが、驚いていた。
(君は、自分の正義のためにほかのすべてを殺すというのか?)
「・・・違うと思うんです。きっと、あの人を止めれば・・・いいんですよ」
かすかに笑みを浮かべて、なのははそう言うが、部屋にはそれをよしとしない者たちのほうが多かった。
「高町二佐」
そして、最初に口火を切ったのはアスラン。表情は厳しく、今にも怒鳴り散らしそうだ。
「なん、ですか?」
「君は最低だ」
その一言を、なのはは苦笑とともに受け入れた。
「そうですね。私は最低です」
あっさりと肯定する・・・肯定してきっと何もかもをなすがままに受け入れるつもりなのだろう。
そんな心構えにいるなのはをアスランは歯をくいしばって、彼女の首元をつかむ。
「君は・・・そんな風になってはいけないはずだろう!?なぜだ!?なぜ目をそらす!?」
必死の形相で、アスランはなのはに叫ぶ。だが、なのははまるで
今まであった彼女の強い意志を持たない人形のようにアスランを見つめていた。
「ア、アスラン!」
あまりの光景に、フェイトが思わず止めに入るが、アスランは言葉をつづけた。
「進むことをやめて!事象から目を遠ざけて!逃げて!
いったい何が変わる!?ただ、死を享受するだけなのか!?」
その言葉に、いったい誰が、何を言えただろう?
フェイトですら、その言葉を聞いた時止める手を止めたほどだ。
「答えろ!高町なのは!!」
「それ、は・・・」
「・・・なのは!」
口ごもるなのはに、今度はフェイトも声をかける。
「なのはは優しいから、きっと・・・誰でも助けるって言うと思うよ?
私も誰も死なせたくない。けど、世界はきっとそんなこと許してくれないよ?
だから、戦って・・・あの人を、楽にしてあげなきゃ?」
うるむ瞳からは涙がこぼれない。だが、ひたすらに悲しい顔だった。
「フェイトちゃん・・・」
親友の名を呟くなのはの表情は・・・耐えている風にしか見えなかった。

 

「そうやで、なのはちゃん・・・皆が戦った意味をなくしたらあかん」

 

ふと、声がしたほうに全員が振り向く。
そこには、はやてとリイン、シグナムの3人がいた。

 

「はやて!今までどこに!?」
と、フェイトが尋ねるがそれはシグナムによって止められる。

 

そして、はやてはなのはをつかむアスランの手を放させ、なのはの顔を見る。
「皆が・・・今まで死んでいった人らが何のために戦ったんか
・・・何のために命をかけてまで戦ったのか。なのはちゃんならわかるやろ?」
「・・・わかる、けど・・・けど、残った私が何をするべきなのか、もう・・・わかんないよ」
俯き、なのははその瞳にいっぱいの涙をためる。
「私も・・・きっとわからへん」
だが、はやてはそんななのはの肩に手を置き、優しい目で彼女を見る。
「みんなわからへんねん・・・わからへんからもがいて、もがいて」
今度は自分の胸に手を当て、うつむくはやて。
「もがいた結果が、たとえ誰かの命を失わせる結果になっても、それでも・・・
生きている限り、その人たちのことを想うなら、進まなきゃならない。それが、生きるということだから」
「そう・・・」
今度はシグナムが前に出る。
「なのは、お前は・・・主はやてと同様に生きなければならない。
大事な人から託された想いを捨ててはならないんだ」
シグナムの言葉はどこか涙ぐんでいるように聞こえた。
そして、はっと彼女の目元を見れば少し赤い・・・泣いていた、という考えにはすぐ至った。
「ただ、生きればいいわけじゃない・・・今を見据えて、なすべきことをなす・・・
それが生きるということだ。お前が今、投げ出すということは、ユーノの死に
何も報いてやれないということだ。そんなことでいいのか?本当にお前は・・・」
その問いがなのはの中で回る・・・気づけば、それに乗じて、
たくさんの思い出と呼ばれるものが、脳裏をめぐっていた。

 

「そうだ・・・そうだったよね」
そこで、なのはは口を開いた。
その時、再び彼女らしい力強さが戻っていた。
「悲しい出来事、理不尽な痛み、どうしようもない運命・・・そんなのが嫌いで
認められなくて、撃ち抜く力が欲しくて!私はこの道を選んで、同じ思いを
持った子達に、技術と力を伝えていける仕事を選んだ!この手の魔法は、
大切なものを守れる力、思いを貫き通すために必要な力!」
奥底に眠る、自らの道を歩くときに決意したなのはの根底にあるもの。
それは、たとえ、誰かがいなくなろうがなくしてはならない、彼女だけに許された彼女だけの決意だ。

 

「わかったよ・・・私、まだ頑張るよ!もう少しだけ・・・」
そこにあったのは、エースオブエースという肩書を冠する無類の少女の姿だった。

 

─???─

 

靴の底が地面をたたく音が響いている・・・ラウルが歩く音だ。
「博士・・・」
その道の途中、ラウが立っていた。
「やはり、君たちも回復したか?」
「ええ・・・どうやら、かなり幅広く、“苦しむ者”を救ったみたいですね?ユーノ・スクライアは」
どうやら、彼らにもユーノの使った魔法が届いていたのか、ダメージを感じさせない。
「全員が、完全回復したのか?」
「ええ。感謝しなければいけませんね?」
その会話は、とても感謝をしている風には見えないだろう。
だが、きっと心の奥ではその犠牲を悼む心も確かにあった。
「・・・灯台もと暗し、彼らも私たちが本局の使われていない
廃棄区画にいるなどと、夢にも思っていないでしょうね?」
「ああ・・・“D”をミッドに移す・・・決戦は、ミッドチルダだ」
それだけ言うと、ラウルとラウは部屋の奥へと進む。
そう・・・ここは確かに本局だ。時空管理局の中で、誰も近寄れない忘れられた区画。
所謂廃棄区画だ。
ここには、人手不足やら何やらで全く干渉できていない時の中に埋もれた場所でもある。
そして、彼らは目的のためにここにいて、それを果たすために生きている。
「博士、先ほど、魔力行使をかなりの範囲にしましたね?ここにまで影響が出ていましたよ?」
「ああ、聖王が現れては使わざるを得なかった。すまないね」
振り向かず、ラウルは謝罪の言葉をラウに送る。
「・・・博士、リリウェルはどうするんですか?」
思わず、ラウルは足を止め、振り返る。
「どう、とは?」
苦しむように、絞り出したその声には明らかに迷いのようなものが感じられた。
「言葉の通りですよ。“プロジェクトD”の発動は、勝者と敗者を“まず”別つ。
そして・・・造られた神は、あなたの思う通りの行動をするでしょう」
問い詰めるような言葉に、だが、ラウは言葉を止めはしない。
確認しておかなければならないのだ。彼の口から・・・彼の言葉で。
「だが、リリウェルはたとえ我々が勝者となろうと
敗者となろうと、レリックを持たない彼女は残される」
救われることはない・・・とラウは言った。
その言葉が何を示すのか、ラウルは理解しているのだろう・・・だからこそ、苦しみに耐えるような顔をしている。
「・・・許してはくれないか?」
「ええ、許せません」
即答で、ラウは返す。
「ならば、私と戦うか?ラウ・ル・クルーゼ」
その瞬間から、圧倒的な威圧がラウに向けられた。
自然とラウの頬を伝う汗・・・だが、彼がたじろぐことはなかった。
「・・・本気ですか?」
ようやく出たその言葉は、だがラウルは気迫をゆるめることはなかった。
「あぁ、私には目的がある・・・矛盾した話だが、リリウェルも承諾してくれているんだ」
「・・・」
嘘ではないが、自分たちには教えられていない何か。
それはラウにとって歯がゆさを増していくことになった。

 

「リリウェルの願い、私の償い・・・君たちの戦い、すべてはシンのために」
「!?」
目を見開いて、ラウはラウルを見た・・・その時の彼の儚い笑みを彼は忘れることができないだろう。
「あなたは・・・」
言葉をつづけようとするが、ラウルは再びラウに背を向けて歩き出す。
「大丈夫だ・・・ラウ」
安心させるように、諭すラウル。
どこまでも優しい声が、ラウにはとても嫌なものに感じられていた。

 

そして、二人は全員が集まる部屋に入る。

 

「みんな、気分はどうだい?」
ラウルの問いかけに、グラウ、フィル、シュテルン、メーアの4人は厳かに頷いた。
「いい感じだよ博士」
とフィル。
「問題ないさ」
とシュテルン。グラウとメーアも問題ないといったようにうなずいている。

 

「私たちは最後の戦いを管理局に挑む」
ぎらついた双眸にともるのは強く儚き意思。
「そして、終わらせよう・・・すべてを」
4人は頷くこと以外はしない。だが、一人が口を開く。
「博士、俺は先に決着をつけるぜ?」
シュテルンだ。
「決着?誰との?」
「高町なのは」
出た名前にラウルは少し意外性を覚えたが、だが彼女は最も危惧するべき敵の一人。ならば、シュテルンに任せてもいいだろう。
「ああ、機動六課の者たちはきっと私たちの前に立ちはだかる。
この際だ・・・他の者たちにも任せよう。機動六課の者たちは君たちが抑えてくれ。
他の管理局員たちやナンバー7以降の者たちは、“ガジェットⅤ型”でせん滅させる」
「残る六課メンバーは高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、ティアナ・ランスター、
スバル・ナカジマ、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、ヴォルケンリッターか」
シンが八神はやてを殺したからな、とシュテルンは続ける。
「いやな要因が残ってるぞ?
キラ・ヤマトとアスラン・ザラ・・・管理局内で唯一シンと同等以上の力を持つ魔道士」
とフィルが言う。
「まぁもともと、魔道士の規格じゃないんだがな・・・まったく」
とグラウ。
そう・・・ここにいる全員やCEこと第72管理外世界から来た者たちは魔法文化に
順応する力があっただけで、魔道士としても規格ではないのだ。
だが、その規格外が彼らのネックになっていることでもある。
「だが、倒さなければならない・・・でなければ、何も果たせないだろう?」
ラウルは、そういうと懐からデータチップを五つ取り出す。
「これに君たちのデバイス専用のドライブシステムが積んである・・・
これをセットすれば、それぞれがフルドライブの使用が可能になる。どう使うかは任せるが」
そのチップをそれぞれは受け取り、それをデバイスに早速取り付ける。

 

その後は、それぞれ最後のチェックに入り、ラウルは一人リリウェルの元へと歩を進めていた。

 

リリウェルは一人、ポッドの中で眠っている。
特に具合が悪いわけではなく、戦う姿を見せたくないがためのラウルなりの処置だった。
「ごめんね、リリウェル・・・私は君にだけは、
戦う姿を見せたくなかった・・・これは、懺悔なのかもしれない」
ラウルはすぅ、と目を閉じ、瞼の裏に浮かぶ愛した女性とその子供の姿を思い浮かべた。
自分の髪の色を受け継いだ小さな女の子・・・母親譲りの将来有望な容姿。
成長した姿をこの目で見たかったが、それも叶わなかった。
愛した女性の・・・プレシアの歪んだ愛の形、プロジェクトFから生まれた
フェイト・テスタロッサ。アリシアの偽物である彼女を、なぜか自分は殺せなかった。
チャンスはいくらでもあったのに、心のどこかで、誰かがそれを止める。
「だが、もう次は迷わない・・・私の前に立ちはだかるなら、誰であろうと排除してみせる」
そう、すべてが始まったのは、彼がすべてを失った日から。
管理局とかかわったその瞬間から、この出来事は、彼のこの決意は必定なものだったのかもしれない。

 

ラウルは、リリウェルの入っているポッドをなでる。反応はないが、どこか笑っているように見えた。
「リリウェル・・・約束したよね?私は、シンを助けると。
君に救えなかったシンを私は救う。それが、私にできる償いと、
この世界に対する答えになる。だから・・・悲しいけど、さよなら」
嗚咽の混じった別れの言葉は、ただ室内の薄暗さに溶け、次の瞬間にラウルはその場を去っていた。

 

そして、彼は再び“家族”の前に戻ってきた。
その横顔は、最終局面を迎え、あと一歩でゲームクリアを目前にするような子供のようで、
だが、冷酷さだけが独り歩きしているような悲しい顔でもあった。
「さぁ行くぞ!私たちの・・・最後の戦いだ!」
その号令に、それぞれが頷く。
そして、足元にはひとつの巨大な魔法陣・・・そして、鼓動が響いた。

 

─時空管理局・地上本部─

 

地上本部がそれを感知したのは、意外と速かった・・・ラウルたちへの警戒が功を奏したのだ
「ミッドチルダ首都に転移反応!!」
「大きいぞ!なんだこれ!?」
「落ち着け!状況確認!ただちに、魔道士部隊出動だ!」
ミッドチルダ首都・・・そこに唐突な転移魔法、それは絶望しか呼ばないだろう。
予想だにしていないことに、街にはまだ人もいる。

 

「反応、転移してきます!」
モニターに映る首都圏、そしてその上空にある巨大な魔法陣。
そこから、現われたのは・・・巨大な人形のようなものだった。
一見してみれば、巨大な人間だ。
グレーの肌に、顔、体、手足がしっかりある。
だが、違うのは背中に翼があり、それは石像のように直立しているということだ。
「な、なんだ・・・あれ?」
その不気味さに一人の局員がそう漏らすと、同時に・・・通信が管理局すべての端末に入った。

 

「時空管理局の諸君・・・私は、トウジ・センベル・・・時空大賢者と呼ばれる者だ。
これより、私たちは、終焉の宴を始める。止めたくば止めにきたまえ・・・
もちろん、ただ享受するもいい。君たちに見えているこの巨大な人形・・・名を
“デウス・エクス・マキナ”という・・・ラウル・テスタロッサが進めていた“プロジェクトD”の完成系だ」
不敵な笑みで、そういうと、その人形は不気味に稼働音を奏でている。
「“D”が完全に起動すれば世界は終わる・・・起動まであと23時間、さぁ・・・
守護者を破り、こいつを止めて見せろ!法の守護者、時空管理局よ!!」
通信が切れる。
それと同時に、今度は極めて人型に近い小型の機械兵器が5体、“D”を守るようにそれぞれの方向を向いていた。

 

─時空管理局・本局─

 

ラウルの与えた猶予時間ともとれる時間は、すでに1時間を経過しており、
今は作戦会議ということで今回の事件を受け持つ者たちが主に指揮を執っていた。
最高責任者は次元航行隊艦長クロノ・ハラオウン提督。
部隊指揮にはマリュー・ラミアス提督、前線指揮官にはアスラン・ザラが抜擢された。

 

“D”の出現とラウル・テスタロッサの宣戦布告から1時間、その間に2度に渡る
地上本部魔道士たちによる戦闘があったが、“D”を守る5体の小型戦闘機
・・・通称“ガジェットⅤ型”に悉く跳ね返される。

 

この“ガジェットⅤ型”は人型サイズかつ人型のため、機動力が半端なく、
さらには対人用の兵器を両腕に仕込んでおり、魔道士を
物理的にも“殺害”できることから、危険度は最悪でもある。
先行した航空魔道士部隊からのデータによると、彼らは一定の距離を迫った魔力を
持つものを敵視し、また登録された魔道士・・・つまり、敵の人間には攻撃を
しないようにできているようだ。
彼らの最大の武器は、胸部に装着されている魔道砲だろう。
ロングレンジの上、物理的な威力を込めてあるSSランククラスの砲撃。
食らえば、並みの魔道士はおろか、AA以上の魔道士でも下手をすれば撃墜されてしまうだろう。
さらに、こちら側のアウトレンジ一杯の高密度収束砲も、フィールド系のシールドにより、はじかれる。
もはや八方塞がりなこの状態で管理局がとれる行動は、超規格魔道士投入による
せん滅戦以外にはないわけだが、それでも相手も超規格のレリック・ヒューマン魔道士と
“ガジェットⅤ型”という脅威がある。これを突破できなければ、“D”には・・・
ラウル・テスタロッサには届かないだろう。
それ故に、管理局は限られた時間内での作戦構築が必要だった。

 

「・・・5体の“ガジェットⅤ型”は、我々が引き受けます」

 

会議の中で、そう宣言したのはシックザールだった。
その両横で元特殊戦技隊の者たちも同意している、と言わんばかりにうなずいている。
「だが、君たちに4人では・・・たとえ各個撃破作戦にしたとしてもひとつあまるが?」
クロノはともかく、完璧に打破できる作戦を求めるがゆえに、冷たい言葉を彼にぶつける。
「そのために、誘導作戦を引いてもらいたい・・・二か所のこのⅤ型を
私の元に誘導してもらえれば、私が2機を撃破しましょう」
「無茶を言うな。今は理想論を語るべきじゃない・・・君にどれだけの実力があろうと、
Ⅴ型の能力は、おそらくSランク魔道士すら上回る。個人の能力ではどうしても余りある敵だ」
クロノの冷静な分析は妥当だろう。
管理局魔道士との戦闘データからもわかるように、あの5体だけで、それこそ戦争ができてしまう。
それほどの兵器なのだ。
「だから、やはりこちらの作戦を選ばせてもらう・・・5方向からそれぞれスターズ、
ライトニング、八神准将、ヤマト二佐、ザラ執務官、で行ってもらう。
君たち元特殊戦技隊にはそのバックアップを頼む」
「っと待ってください!」
すると、会議室に響く声がある。
扉のほうを見れば、そこにいたのは、六課ヘリパイロットのヴァイス・グランセニックだった。

 

「俺とストームレイダーにガジェットⅤ型の一体を任せちゃもらえませんか?」
どよめきが走る。
「ちょおヴァイス君!何言うてんの!?」
はやてもさすがに驚いていた。
「・・・ダチが一人、死にました」
悲痛にそのことを訴えるヴァイスの言葉に、室内の全員はじっとヴァイスを凝視する。
「これは、俺だけの発案じゃないんです。
だから、ちょいと賭けでもあるんですが、任じてもらえませんか?!」
気持ちはわかる・・・だが、今は個人の感傷で何かをさせるとかそういう次元の話ではないのだ。
ヴァイスには可哀相だが、それは叶わない。
「・・・一応、どんな考えなのか、言ってみて?ヴァイス君」
だが、なのははそう言った。
誰もがなのはに注目を集めるが、一人冷静に意見を取り入れようとするその姿勢は前向きであった。
「えぇと・・・データを送りますが、技術部のダチが考案したもので、
一発限りの精密射撃による・・・多魔道士による魔力圧縮超長距離からの狙撃っす」
画面にデータが映し出されると、そこにはヴァイスのストームレイダーと
連動するように作られているのだろう巨大な砲が映っていた。
「これは?」
「技術部が開発した魔力砲っす。
本来は次元航行艦に取り付けられるような代物なんすけど、それを魔道士数十人の力で撃とうという者です」
「・・・それなら、航行艦が撃ったほうが効率がいいんじゃないか?」
クロノが言う。
「実際はそうなんすが、実はこれ規格違いで航行艦じゃあ撃てないらしいんですよ。
だから、生身の魔道士からの魔力吸収とそれを使って正確な射撃をすることが肝心なんです」
ヴァイスは自分の射撃能力に自信を持っている。
もちろん外すかもしれない・・・及ばないかもしれない。
だが、今やらなければならないなら、彼はやると心に決めているのだ。
「最大射程距離は?」
「地上本部からの狙い撃ちなんで、まぁ200キロすかね?」
「200っ!っておい!そんなものを人が撃つというのか!?」
あまりの数字にクロノが驚きの声を上げる。
だが、ヴァイスは続ける。
「その代り、威力は保証しますし、何より、今回はいろいろな
ファクターを総動員しなきゃ、乗り切れないと思うんですよ!」
確かに、彼の言う通りだが・・・。
「必ず、撃墜できる自信がありますか?ヴァイス・グランセニック陸曹長?」
今度はフェイトが質問する。
「っ・・・はい!」
それには、期待と自信を込めてヴァイスも返事をした。
「よし、僕も賛同しよう・・・君たちはそれを進めておいてくれ」
「了解!」
ヴァイスはうれしそうに顔を上げ、敬礼し部屋を後にする。
そして、そのほかの作戦、順序も一通り決まった。
決行は3時間後・・・その3時間が、彼らの最後の時間となっていた。

 

機動六課組は、それぞれが部隊長であるはやてのもとに集まっていた。
そして、はやては語った。
自分がいなくなっていた間に起こったことを。
「そんな!ヴィータ副隊長たちが?!」
驚きの声を上げ、立ち上がったのはスバル。
「そう・・・私の命を救うために、ヴォルケンリッターはシグナムを残して私と同化した」
驚くほどに落ち着いた声で言うはやてに、分隊員であるスバルやティアナ、
エリオとキャロは動揺を隠せなかったが、隊長であるなのはとフェイトはその動揺を表に出すことはなかった。
なのはは立ち上がり、はやての前に立ち・・・。
「はやて、ちゃん」
親友の名を静かに紡いでからはやての頬をぶつ。
それを誰も咎めない、スバルたちは驚きの声を上げたが、フェイトやシグナムはそれすらしなかった。
その後、今度は打って変わってはやてを優しく抱きしめるなのは。
「大丈夫・・・皆、皆で頑張って・・・ヴィータちゃんたちの分まで、今は・・・」
振り返る暇なんてない、そう思いなのははそう優しく諭した。
はやても、気を張っていた分、その言葉に不意打ちをくらったように涙腺を緩めて
しまったようで、ギュっとなのはの服の袖をつかみ、震えながら彼女の胸で涙を流していた。

 

キラとアスランたち第72管理外世界から来た者たち、そして特殊戦技隊の者たちが第2会議室に集まっていた。
「それで、話というのは?」
アスランは厳しい表情で特殊戦技隊の者たちを見つめていた。

 

「我々は、戦うことしかできません・・・ですから、もしも我々が崩れたとき後ろを見ないでほしい」
「・・・」
「あなたたちの後ろは必ず守る。この命をかけても・・・それが、我々のせめてもの償いですから」
償いという言葉に、アスランとキラは反応する。
「それは、どういう意味だい?」
そうキラが問いかけると、誰かの鼻で笑った音が聞こえた。
バーンのものだ。
「どうも、こうも・・・俺たちは存在自体が罪なんだ。それくらい察してくれよ」
バーンは階級も無視した物言いでそう言うと、キラは彼をきっと睨む。
だが、その睨む視線を遮るようにバーンの前に立つメルクーア。
「ヤマト二等空佐、無礼は謝ります・・・けど、彼の言うことは事実ですから」
メルクーアも厳しい表情で睨むまではいかないも、キラを見ていた。
そして、キラも苦しむ。
二人の顔は、親友と好きになった人に酷似するのだから。
「・・・援護はありがたく思います。だけど、それで死ぬとか言わないでください。僕はもう誰も死んでほしくありませんから」
ただ、それだけを伝え、キラは顔を伏せる。
それには、二人も苦笑し、また全体でも苦笑だった。

 

命を懸ける最後の戦いが始まろうとする。
ついに姿を現した“デウス・エクス・マキナ”
それは神々しくもなく、ただ機械であり、不気味な駆動音を奏でるだけのもの。
だが、存在はまさしく神なのだろう。
造られた神は何を示すのか。
“D”と呼ばれるこの存在こそは、大賢者の叡智の結晶なのだ。
人に絶望し、たった一人の少年を救うと誓った賢者の最後のあがき。

 

次回 血戦の“狼煙”

 

穿て、最初にて最後の一撃。