Lyrical DESTINY StS
子供のころ、絵本で見た天使の翼にあこがれたことがある。
どうしてあんなに白いんだろう?
どうしてあんなに美しさを保てるのだろう?
子供のころ、天使の翼は穢れないと信じて疑わなかった。
けど、見てしまった赤い翼は・・・どうしてだろう?
見たくないとさえ思ってしまうほどに、血の色をしていた。
ああ、自分が天使になれたなら、あの人の翼を洗ってあげられないだろうか?
きっと、白くて綺麗な翼になってくれるんだろうと、願ってしまった。
第28話 砕かれる“希望”
激突は、いったい幾度目だっただろうか?
「あぐっ!」
そして、その激突の末に、自分が押し負け吹き飛ばされるのは一体何度めだっただろうか?
小さな悲鳴が自分の口から出る。
それと同時に体は後ろにあった廃ビルと化した建物の壁にめり込んでいく。
「どうした、この程度か?」
感情がこもらない、無機質とさえ感じられる言葉に、ゆっくりと顔をあげる。
そこにいるのは、自分たちの“敵”である存在。
その背中にある赤い翼を・・・その翼の持主の瞳を見るだけで、なのはは何度逃げたいと思っ たか知れない。
─いやだ、嫌だ!イヤダ!
心がそう叫ぶ。
戦いたくない、と。もう来ないでくれ、と。
なのはは戦場にいながらに、戦いを放棄しようとしていた。
そう、放棄だ。
「高町なのは、アンタもアスランと似ている。俺は、それが目障りで仕方無い」
否定の言葉と共に、赤い翼が羽ばたく。
その翼を持つ者、悲劇の主催者。“赤い翼”シン・アスカはその手に自らの剣たる
アロンダイトとエクスカリバーを構える。
そんな様を見て、顔には出さないが、なのはの心の中に悲鳴が上がる。
─来ないで、来ないでヨ、オネガイダから!
戦いを拒否したい、死にたくない、そう思うわけじゃない。
むしろ、決意をしたのだから戦わなければならない。
そうでなければ、オルガとの決着をつけてまで前に進んだ意味を、彼の死に報いれないのだから。
彼の翼・・・初めて見たとき、その赤い双眸。
それに宿る感情・・・表面的には怒りだと思えたが、その深い部分は・・・悲しみ、そう感じられた。
あなたはどうしてそんな目をするの、と問いかけてもきっと答えなど返ってはこないだろう。
「・・・なぜ、攻撃してこないんだ?手が出ないわけじゃないだろ?」
そこに持ちかけられたのは、ためらいともとれる言葉。
思えば、彼から戦意、殺意、そう言ったもの以外のものを感じるのは初めてかもしれない。
数えるほどの邂逅しかしていないのにおかしな話だ。
なのはのその感想は間違ってはいない。
確かに、シン・アスカは今疑問というものを心に浮かべていた。
だが、それはおかしいのだ。本来、シン・アスカという存在は現在において怒りというモノ以外は存在しないはずなのだ。
怒りという闘争心。感情と言えば怒り、シン・アスカはそれ以外持ち得ないはずなのだ。
だが、彼は今そのありえない現象を起こし、なのはに迫ろうとしているのだ。
シンから問いかけられた質問に、自分の中で浮かんだ回答をそのままに口にする。
「怖いの・・・あなたと戦うことが、すごく」
聞くや否や眉を吊り上げ、シンはなのはの顔面すぐ横に剣を突き立てる。
「ならば、なぜオルガを殺し、お前はここにいる?」
今度こそ、殺意のこもった言葉が降りかかる。
解答を一歩でも間違えれば、刃はなのはの喉笛をかっきり、そこから赤い液体がこぼれおちるだろう。
シンの怒りも当然だ。
なのははそれだけのことを言ったのだし、事ここに及んでまで言う言葉ではないはずだ。
それでも、なのははその言葉を吐き出した。
「すごく、悲しい・・・あなたを見ているとすごく切ない!・・・ねぇ、なんであなたは戦うの!?」
いつの間にか、自分が死ぬ寸前だということすらも忘れて、なのはは彼との対話を求めていた。
「!?」
一瞬、彼の腕が震えた気がした。
シンは、今までためらいなく人を殺してきた。
だが、目の前の女・・・なのはに対しそれをしようとしていない。
戦う意味など、この世界に降り立って問われたことなどなかった。
そんな余裕を与えた気もなければ、言葉を発せさせる前にすべてを“敵”と断定して殺してきたからだ。
そう、殺してきたはずだ。取り逃がしたことなど・・・ない?
本当にそうだったろうか?
記憶がぶれる・・・そもそも、なぜ自分がこんな風に記憶をあさっている?そんな必要がどこにあるというのだろう?
言葉が自身の中で反響する・・・彼女の言葉がどこまでもこだまする。
鼓動が速くなる・・・だが、焦燥感があるわけではない。
言い知れない感覚に、シンは初めて自身が“敵”として戦っている相手を前に二つの剣を消した。
気づけば、対話を・・・選んでいたのだ。
「高町なのは・・・アンタも大事なものを失くしているハズ。なのに、なぜあんな場所にいて戦う?」
質問に対する更なる質問をすることで、この感覚をどうにかしたかった。
思ったとおり、少しだが鼓動は治まりつつある。
そして、目の前にいる女が目を細め、答えを言おうとしているのか、苦い顔をしているのが見えた。
まさか、質問に質問で返されるとは思っていなかったという顔だ。
「守りたいものがあって、その失くしたもの、犠牲になった人たちの“犠牲”を無駄にしないためだよ」
あっさりと、回答を口にすることができた。
これは、オルガとの戦いでなのはが完全に見極めた彼女自身の答えだからだ。
ただ、言葉にするために勇気が必要だった、ただそれだけのことだ。
だが、ひとつひとつの言葉はなのはを揺らがせるには十分なものもある。
「なら、俺たちの“犠牲”はどうしたらいいんだ?」
「!?」
これも一つの可能性として、言葉として、なのはたちに放たれるであろうモノだった。
そして、今彼女に向い、シンはそう言い切り、それが、なのはに新たな迷いを生む。
「満足そうに死んでいったって、結局できなかったことと諦めるしかないのか?
俺たちは、数で負ける俺たちはお前たちに従い歩かなければならないのか?」
なのははその返答をすることはできない。
彼女にとっても、それは難しく、出すことのできない答えだったからだ。
ただ、それでも・・・。
「けど、それでも!私たちは進まないといけない・・・あなたたちが戦うというのなら、私は戦わなければならない!!」
叫ばなければ、きっと言葉にはできなかっただろう。
すでになのはは組織の人間。
そして、組織の意向・・・“大勢の人間を救う”ことをやめられない彼女は、妥協してしまうしかないのだ。
だってそうだろう?昔、夢見た空には、守るということは当たり前のことなのだ。
もし、その組織の意向に反してしまったら、それは壊れてしまう。
“大勢の人間”の平穏を脅かす者たちから守らなければならない。
これは、なのはが救いたいという願いを抱き、誰かのためになりたいと叫んだ瞬間から決まっていたことだ。
「だって、私にはそれしかないもの・・・私はそれを貫くしかないんだから」
どれほど自分が妥協したかを知れない。
「何度だって救えなかったことはあったよ、でも止まれなかった」
どれほど救えなかったことを嘆いたか知れない。
「悪魔って呼ばれたことは、一回や二回じゃなかった」
どれほどシンのような人を相手にしてきたか知れない。
「けど、そのたびに、私は逃げることができなかたった!!」
だが、なのははそのどれとも向き合うことをやめなかったのだ。やめられなかったのだ。
己が傷ついて、傷つけられて、落ち込んで、幾度か立ち止まって、けど前を向いて。
「そうして、言われるがままに戦って、自分も救われようとしたのか?」
嘲笑うでもない、無意味だったな、とかいう否定でもない。
ただ、聞いて思ったことを口にしたシンの回答。
「違う!」
それは、否定したかった。
自分が救われるとき、それは常に用意されていたから。
どんなに辛いことがあっても、仲間たち・・・そういったものがなのはの傷を緩和させる。
(だから、私は立ち上がってこられた!)
自信を持って言える。
「私は、今まで戦ってこられた!自分の意思で!」
そうだ。戦いの中にありながら、決して、この“不屈の心”だけは捨てなかった。
だが、それはなのはの・・・すべて、なのはのものだ。
「だが、アンタは、やはり言われるがままに戦ってきたんだ」
シンはまるで、なのはの心に爪を食い込ませるようにと、そんな笑い方をしてそう言った。
「!?」
目を見開き、なのははレイジングハートを持つ手と開いている手を見る。
震えていることが見て取れた。
それ以上に・・・シンの言う通りだった。
なのはは心のどこか、たとえ本人が否定しようが絶対にないとはいえないコト。
自信を持って、自分の意思を示したところで、客観論、結果論はこうなのだ。
“言われるがままに戦って、自分が悪くない、自分が正しい、自分は誰かを救えた”
「でも、それは・・・・・・!?」
それ以上は言ってはいけない。そう気づいて言葉を止めた。
目の前の少年は“答え”を待っている。
そして、その・・・シン・アスカが納得できる“答え”を持っていないことに気づいたとき、なのはは自嘲の声を漏らした。
「ああ・・・」
─私には無理だ・・・きっと、“求めるもの”をどんなに頑張っても与えてあげられない。
誰も、なのはを責めはしないだろう。
なぜなら、この“答え”とは、人が人の枠に入っている限り決して手に入らぬモノの一つなのだから。
今の私が彼にしてあげられることはもう何もない。
なら、自分のすべてを以て、目の前の悲しみに包まれた少年と戦おう。
めり込んだ体を無理やり引き抜き、シンから距離をとるため、ディバインバスターを撃ち込む。
当然のようにシンは避けるが、反撃はしてこず、ただ間合いを取った。
そして、なのはもゆっくりとレイジングハートを構え、叫ぶ。
「戦技教導隊第5班所属!戦技教導官高町なのは二等空佐!あなたを次元犯罪者“赤い翼”と断定し、あなたを逮捕します!」
思えば、最初の戦いの時もこう名乗った。
今は少し階級が違う、それに戦える力も魔力も充実している。
もう、あの時のように情けない姿をさらさない。
だが。
「やめておけ、アンタじゃ俺には勝てない・・・わかってるだろ?」
聞こえてきたのは、制止の言葉。
少し困惑してしまう。
狂気的に戦う節はあっても、警告してくるなど前例もないことだからだ。
自分でも驚くほどの言葉がいつの間にか口から出ていた。
なぜだ?なぜ、こんな言葉を口にした。
そんな自問自答をしていると、ザザッ、とまるで映りの悪い映像のようにシンの脳裏に何かが映る。
冷たい檻の中、自分と外から誰かが見下している・・・そしてもう一人、隣の檻の中。
「生きられる命なら、生きたいだろう?」
記憶の中で、誰かがそう言った。
だから、自分もそう口にする。
なぜだろう、今までの自分を否定している気分だ。
まるで、自分の中にもう一人いるような・・・。
なのはは、そんな言葉は許せなかった。
何を思いそう口にしたのか、それこそ問いだしたい気分だ。
(あなたは、今まで、いったい何人の人間を殺してきたの!?)
そんな言葉をいまさら、聞いてしまっては止まれない。
(犠牲を口にしながら、その犠牲をないがしろにする言葉!)
許すことなどできない。許してはならない。
(いまさら、いまさら、いまさら!)
「あああああああああああああああああああああっ!!!」
怒りが満ちていく。彼の言い放った無責任な言葉に、それこそ今までの犠牲なんて考えていない、悪意ともとれる言葉に。
自分の道をはっきりと進もうとしたのに。
なんで、そんなことを言うんだろう?いまさら!
初めて、自分の理性がはじけ飛ぶのを感じた。
「レイジングハートッ!!!」
名を呼ばれ、答えるように赤い宝玉は輝く。
「ブラスター3!リリース!!」
(ブラスター3。ブラスタービット射出)
四つのブラスタービットが不規則に動き、シンへと向かっていく。
「!!」
だが、シンは4つのブラスタービットのうち、二つを一瞬で切り裂いた。
切り裂かれたブラスタービットはそのまま地面に落下していく。
「くっ!」
「ハッ!いい怒りだ!その怒りがあれば、戦えるだろうぜ!!」
「!?」
「そうだ!戦いに必要なのは同情とかそういうのじゃない!!怒りなんだよ!!」
これこそが、戦いだ!と叫ばんばかりにシンはそのライトの落ちた目でなのはを見る。
今こそ彼は狂気の笑みを浮かべ、アロンダイト、エクスカリバーを構えなおし、さらにはバリアジャケットをも装着する。
デスティニーのバリアジャケットはやはり、彼の世界の機動兵器“デスティニー”とかぶって見える。
なのはのバリアジャケットの清楚さと比べるとやはり少し異端に見える。
だが、そんなカラフルなバリアジャケットよりも、なのはの目に入ったのはその背中の赤。
背中に生える赤い翼は・・・そう見えるはずはないのだが。
子供のころ、絵本で見た天使の翼にあこがれたことがある。
子供のころ、天使の翼は穢れないと信じて疑わなかった。
けど、目の前の赤い翼は・・・どうしてだろう?
見たくないとさえ思ってしまうほどに、血の色をしているのに、純粋な赤には見えないのに。
それでも、彼のその異端さが翼が、傷ついた天使を連想させる。
もちろん、違うはずなのに、それでも・・・そんなことをなのはは考えていたのだ。
そして、シンに言われたとおり、自らに沸いた怒りを抑えず、彼女は今“怒りのみ”で戦おうとしている。
静かに二人はにらみ合う。
なのははそれこそ、双眸を怒りに染めて。
シンは、今から起こりうる最高の戦いを楽しまんばかり。
二人は、ただ合図を待った。
そして、その合図は・・・シンに切り裂かれて、浮遊力を失ったブラスタービットの残骸の落下音となった。
「ふっ!」
「!!」
二人は同時に空を蹴った。
─Cポイント─
激突は幾度目だったか。
一撃毎の衝突が、大気を震わせ、お互いの肌をピリピリと刺激する。
「づぁっ!」
シグナムは幾度自らを叱責し、この意識を保たせてきただろう。
もう、数えることすら叶わず、むき出しの闘争本能、そして、勝たなければならないという想いのみで彼女は動いていた。
「しつこいぜっ!!」
時たま、思い出したかのようにスティングはそう叫ぶ。
彼もまた限界など突破しているはずだ。
その証拠に、所々破けたりひびが入っているバリアジャケット。
シグナムもやはり、最初に受けた一撃からの出血ですでに左目は視力を失いかけていた。
「っああ!!」
それでも気合一閃、シグナムは少し刃が掛け始めているレヴァンティンをふるう。
「な、りゃあ!!」
一方、スティングは魔力刃を両手に構えそれを受ける。
衝突するエネルギーは行き場をなくし、離れる際の二人に衝撃としてぶつけられ、それが体力を削る。
だが、互いにその衝撃でもよろけることなどなく、敵から視線は外さない。
「ぐっ!あああああ!!」
「のやらぁ!」
そして、二人はすぐに空を蹴り、持つ刃をふるう。
その刃は、必ず敵を討ちとる、という気迫がこもっていた。
連想するならば、縄張りを奪い合う獣、というのがしっくりくるだろう。
「ハッ!よくやるぜっ!さっさと倒れちまえばいいものを!」
スティングは呆れながらに、そう口にし、レヴァンティンをどうにかして捌く。
「それはお前も同じだ!・・・それに、余力を残されては、倒れられん!!」
そう。スティングはまだ余力を残しているのだ。
何のためか、と問われれば、自分を倒した後にもまだ戦わなければならないからだろう。
「ちっ!見破られてやがったのかよ!?」
だが、余力といってもそれは魔力的なモノ・・・つまり、レリックによる全魔力の解放を意味している。
レリック・ヒューマンが一度その力を解放すれば、なるほど魔道士などはひとたまりもない。
それは自分にも言えたが、あいにくと自分は普通の魔道士ではなく、普通の人間でもない。
「アンタも、最後の力は残してるようだが!?」
質問を攻撃に乗せて、スティングは問うてくる。
彼の刃は実にこう語っていた・・・“俺ごときじゃあ、本気は出せないのか?”と。
それを受けて、シグナムは冷静に思考をめぐらす。
何か、ひとつのストッパーのようなものを与えているのだ。
「・・・しょーがねぇ!もう消耗戦はあきたぜ!」
シグナムの考えなんぞ、知ったことか、と言わんばかりに、彼は眼の色を変えた。
金色の瞳・・・レリック・ヒューマンが体内の生命線たるレリックを解放した証である。
こんな所で、使ってしまっていいのかと問われたらそれはNOだろう。
スティングにとってシグナム一人が敵ではないのだ。
だが、それでもスティングは力を解放したのだ。
「くっ!?」
圧倒的な魔力に、シグナムはたじろぐ。
自身の呼吸が耳にうるさく聞こえ、鼓動の音も同時に聞こえてくる。
思えば、ここまで来て、後ろを振り返ってしまいたい、などと思ったことがなかった。
だが、少しくらいはいいだろう。
追い詰められた絶望的状況、諦めはないが、どうしてだろうか、シグナムは・・・
今はもう取り戻せない過去を・・・戦友、強敵たちの姿を浮かべる。
(“ここ”にいたい理由など、昔はなかった・・・)
戦うだけの血塗られた騎士。主を守るという大義名分だけが、自分たちの存在を許していた。
しかし、そこに優しさはなく、感情などなかった。
(・・・だが、今もそれがあるわけではない。私から戦いを取れば、残るのは過去の罪、払拭できぬ悔恨のみだ)
自嘲するように、表情に笑みを浮かべ、シグナムは眼を閉じる。
(さぁて、幕間劇に興じるわけにもいかんが、そうだな、少しの自信もほしい)
スティングの魔力が大気を焦がし、その空気がシグナムの肌をたたく。
だが、そんなもの関係なく、レヴァンティンにその想いを問いかけてみる。
「レヴァンティン、私は負けるか?」
(・・・ええ)
長年の相棒の答えがシグナムの顔を幾分綻ばせる。
「負け戦も悪くはない・・・だが、やはり悔しいな」
(・・・マスター)
レヴァンティンがかすかに悲しそうにつぶやく。
それと同時に、もう一つ声が聞こえた。
(それでいいのか?烈火の将)
「!?」
今はいるはずのない、忘れられない声。
(お前は、主のためにここまで来た。鉄槌の騎士ヴィータもよく言っていただろう?
一対一でベルカの騎士に敗北はない、と。そして・・・お前は、守護騎士ヴォルケンリッターの将だろう?)
幾度、過去にこの励ましの言葉を受けたのだろう?思い出せないのが少し恨めしい。
(そうだぞ!あたしらがいない分、お前がはやてを守らなきゃなんないんだぞ!)
ああ、そうだなヴィータ、と相槌を打つ。
(後少し・・・少しだけ、頑張って!)
シャマル、私はまだ大丈夫だ、とレヴァンティンを握りなおす。
いつの間にか、魔力が少しあふれるのを感じた。
(今こそ、主のための最後の戦、勝利しろ)
その言葉に応えようザフィーラ、と笑みを表情に出す。
幻聴ではない・・・ましてや、妄想でもない。自分の中に確かにある想いたち。
力が溢れていく・・・心が充実する。
(さぁ、もう敗北する感じなどしないだろう?・・・一人じゃないのだから)
遥かな時代より共にあった戦友、リインフォースに勝利を誓い。
「ああ!!!」
叫ぶ。
表情から今まで感じていたものが消え、その顔はまさに騎士・・・百戦錬磨の騎士の顔だった。
「レヴァンティン!フルドライブ!!」
(フルドライブ、ツヴァイ・シュヴェルトフォルム!)
今まで、自分は一つの剣で戦ってきた。
あるときは刃を鞭のように、ある時は弓矢にして・・・だが、この10年で自分もさらにその戦い方を強化してきた。
レヴァンティンの鞘が静かに魔力を帯びて、左右対象の剣となる。
つまり、二刀流。
フェイトのライオット・ザンバーに対応するために作りだしたシグナムとレヴァンティンの新たな戦闘スタイルである。
右の剣は目線より高く、左の剣は腰より高く構え、どちらの刃も内側に傾ける。
二つの剣を持つ者としてはオーソドックスな構えをしている。
フルドライブのかすかな魔力の奔流に後ろの髪留めが緩んだのか、彼女の髪が下に落ちる。
「へぇ、髪の毛、そっちのほうがいいぜ?」
余裕満々でシグナムを見下ろすスティング。
「ああ、我が主も気に入ってくれたのだがな、やはりまとめたほうが様になるだろう?」
その余裕さに、シグナムも不敵な笑みで答えた。
「ちっ!さぁ、終わらせようぜ!互いに本気!どっちかが消えるんだ!!」
スティングは余裕はもったが慢心はない。
気を抜けばやられることを分かっているのだ。
今まで激突のみだったのに、今度はにらみ合い・・・お互いに、間合いを計っているのだ。
スティングは間合いを測りながらも、まったく別のことを思考していた。
(おかしいぜ・・・ラウの近くに、レリック・ヒューマンの魔力反応。
これは、確かラウと同じようなデバイスを持つ奴のモノ。
それに・・・フィルの近くにもレリック・ヒューマンの・・・
しかも、これはリリウェルのモノ?何が起こっているんだ!?)
波紋が広がるのを感じた。
スティングたちにとって、この作戦はリリウェルという一人の少女。
そしてシン・アスカという悲劇にまみれた少年を救うための計画のはずだ。
少なくとも、ラウル・テスタロッサはそう言っていたはずである。
だが、現状・・・戦う場所にはリリウェルは出てきている。
そして、敵だったはずの反応がともにある。
おかしな話だ・・・疑問という波紋がとどまることを知らず、広がっていく。
「・・・くっ!」
歯を食いしばり、目の前の敵に集中しようとスティングは頭を振るが。
「どうした?スティング・オークレー」
そこに投げかけられた言葉が、それを許してはくれなかった。
何があったのか、と敵に問いかけるとはまだ余裕があるな、と笑みを浮かべるが、その間にも返答は帰ってこなかった。
だが、そんな余裕はない。
すでに精神が肉体を凌駕しているとはいえ、いつ意識が飛んでもおかしくはない。
「はっ・・・余裕があるんだな?なら、その余裕無くさせてやらぁ!」
そんなことを考えていたら、一瞬で間合いをあっさりと侵略してくる敵。
ともあれ迎撃しなければならなかった。
「ふっ!」
魔力刃が来たので二つのレヴァンティンを交差させてそれを防ぐ。
散る火花にも似た魔力刃の光は、うっとうしいくらいに眩いが、それでも眼は閉じれない。
「はぁぁぁぁぁ!!」
押し負けるわけにはいかない、ならば押し勝つのみ。
「なっ!?」
スティングも驚きの声をあげるが、声のみだ。
それ以上はスティングも負けるわけにはいかなかったのだろう、そこで力は均衡した。
だが、絶対的魔力量が違うのだ。
ぶつかり合えば、出力の違いがモノをいう。
「・・・くっ!」
「そらぁ!どうしたぁ!」
「ふっ・・・まだまだぁ!!」
交差させたレヴァンティンを力任せに十字に振りきり、スティングをはじく。
そして、いったん後ろに下がって二つのレヴァンティンを高々しく掲げ、それぞれからカートリッジを一発ロードする。
「レヴァンティン!」
(ツヴァイ・シュランゲフォルム)
二つの刃はしなやかに伸びる連結刃へと姿を変え、シグナムのまわりを舞う。
あまり余裕がない以上、牽制は不要。ならば、あとは行くのみ。
「剣閃双炎・・・」
レヴァンティンの連結刃の先にまで炎が伸びてゆく。
「こ、これは!?」
驚きの声はスティングのモノだ。
その炎の線はいつの間にか、スティングを取り囲んでいた。
「くっ!」
逃れるために、スティングは魔力弾を連射するが、それもシグナムの前に壁のように現れたレヴァンティンの刃がはじく。
「なんだと!?」
もはや、逃げ道などありはしない。あとは、聞き洩らさず、この技を刻め。
「双竜・・・炎棺!!」
ほぼオールレンジ、と言っても差支えはないだろう。
何せ、炎が死者を入れる棺のようにスティングを包んでいるのだから。
二つの炎竜がまさにとらえた獲物を焼く様。
それは、残酷に見えるほどに、完璧にスティングをとらえていた。
「がぁああああああああああああああああああ!!」
彼の悲痛な叫び声が、その威力、残酷さを物語る。
だが、この技をスティング相手に出すには、シグナムは万全の状態でなければならなかった。
自身の状態を完璧な状態にしておかなければ強力な敵をしとめることなどできないのだ。
そして、今彼女が相手にしているのはその強力な敵だ。
想いの力は人を強くするとは言うが、それでも完璧などありはしない。
時には数値、絶対値がモノをいうこともあるのだ。つまりは、魔力量の絶対的な差。
レリック・ヒューマンであるスティング・オークレーにはいかなる魔道士でも
彼らと同類にならない限り、その差を埋めることはできないのだ。
「!?」
シグナムは焦燥感を感じ始めた。
そう・・・目の前で自身の死を与える炎の中で、魔力がどんどん膨れ上がっているのだ。
すると、次に聞こえてきたのは・・・悲痛なものから自身に活でも入れているような気合のこもった声だ。
「はぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
炎の棺にひびが入ってきている。
おそらく、長くはもたないだろう。
なら、次の手を即座に取るべきだ、とそう思いシグナムはレヴァンティンを引き上げる。
連結刃はすぐさまただの刃の形に戻り、自身も炎の中へと突っ込む。
だが、数瞬、遅かった。
「だぁりゃあ!!」
バリアジャケットを焼かれながらも、その消えぬ炎を身にまとって、スティングは
突っ込むシグナムに対し、同じく突っ込んで魔力刃をふるった。
すり抜けるように二人はすれ違うと、すぐさま変化は訪れる。
「ぐぁっ!」
「はっ・・・熱かったぜ!」
それは、シグナムの悲鳴。右肩から少し斬られていた。
だが、その痛みも知らず、スティングの追撃・・・二つのビットがシグナムへと向かう。
「ちっ!」
どうにか痛みに耐えて、体を半回転させ、その勢いでビットを一つは切り落とす。
そして、もう一つのビットも左のレヴァンティンをシュランゲフォルムに変えて切り落とす。
「反応が遅れてきてるぜ?」
瞬間的に、血の気が引いていくのがわかる。目前にまで迫ってきていたスティングはすでに魔力刃を振りかぶっていたからだ。
「もらったっ!!」
「くっ・・・やるものかぁ!!」
生死の狭間でシグナムは一瞬、帰るべき場所、はやての笑顔を垣間見た気がした。
超反応により、魔力刃を振り下ろされる前に、全力で体当たりし、スティングの体勢を崩させる。
「ちぃ!」
しかし、その状態から斬りつけるということまではできず、シグナムはそのまま後ろに下がる。
「ハハ、しぶとい・・・な。どっからそんな力が、湧いてくるんだ・・・って決まってるか。仲間たちとの絆、だろ?」
「・・・そうだな。私は守りたいのだ。
そして、それを守るべく・・・主の笑顔のためならば、我が命、その礎にすると決めたのだ」
それは覚悟。幾度も繰り返してきたが、正真正銘これが最後の覚悟だ。
「なぁ?」
「なんだ?」
ふと、スティングは迷ったような仕草を見せたので、思わず聞き返す。
ダメージも相当にひどいが、まだこちらに分がある。とスティングは考えていた。
そう、考えていたのだが、シグナムの力を鑑みると状況はどちらに転ぶかわからない。
先ほど頭の中で考えていた疑問・・・味方の増加。そして、本来いるはずのない者たちの登場。
明らかに自分が知らないことが起きている。
これはつまり、ラウル・テスタロッサのみが握っていた計画書のはずだ。
その計画に、自分は入っているのだろうか?いや、もちろん入っているだろう。
だが、それでも・・・守るべき対象が戦場に出てくるなどおかしな話だ。
計画に何らかの変更があり、そして対象物が減ったということだ。
(博士は、リリウェルを切り捨てたんだな・・・そして、シン・アスカを選んだ。より悲劇にまみれた男を博士は選んだんだ)
すべてを救うことはたとえ神にもできはしない。ここから見える造神にもなおさら無理な話だ。
だからこそ、ラウル・テスタロッサはシン・アスカを選んだのだ。
(だから、リリウェルは他の誰かが守ってやらないといけない。
もうほとんどの奴らは引き返せないし、きっと・・・だが、誰かが残らなきゃ守れない。なら・・・)
「やめねぇか?この戦い・・・俺は、決着をつけたくねぇ。決着ってのは、どちらかの死という結末がなくちゃならねぇ」
そして、俺は・・・“もしかしたら”ってのを考えている。
「ふざけるなっ!」
「!?」
「騎士として、すでにこの命をかけたときから、その結末は恐れてなどいない!貴様、私を愚弄するのか!?」
怒りをあらわに、シグナムは怒った。
だが、スティングはそれでも・・・最後には自分勝手なことなのだが。
─守りたいものが、増えたんだ。
目の前の騎士を、死なせたくない、と考えたのだ。
家族以外にそんな感情は持ってはいけないと教えられたことはない。
そして、今の家族が壊れている・・・そうなれば、自分が守るあの少女の居場所がなくなってしまう。
どんな人間にも居場所は必要だ。
だから、スティングはそれを作りたいのだ。
そして、仲間のために命をかけられるシグナムたちこそ、それに相応しいと考えたのだ。
「確かに、いまさらだ・・・ああ、そうだ」
まるで、自らの存在を自嘲するかのように、スティングは目を細め、シグナムから少し視線を落とす。
「・・・?」
それを、シグナムは怪訝そうに見つめるが、構えは下ろさない。
「アンタを愚弄してるわけじゃない。むしろ、尊敬するさ・・・一介の魔道騎士にすぎないアンタが、ある意味完全な兵器とタメ張ってるんだからな」
「それは、ほめてくれているのか?」
表情はすでに無、怒りの表情すらシグナムはすでに消していた。
ただ、彼の言葉に耳を傾けているのだ。
ため息をひとつついて、スティングはまた口を開く。
「敵に同情したことはあるか?」
開いた口から出たのは、そんな言葉だった。
「・・・いいや」
シグナムも短く、そう返す。
「俺は・・・敵どころか、味方、自分にまで同情している」
「それは、なぜだ?」
「・・・レリック・ヒューマンはな、ある程度の期間戦ったら、勝手に死ぬようになっているんだ」
「!?」
さすがのシグナムも目を見開いてしまう。
これこそが、レリック・ヒューマンの真実。
時空管理局が「戦うためだけ」に生み出した使い捨て兵器の本質。
「適合素体である器を用意し、それが壊れたら中身だけ取り出して、新しい容器に入れる。
完璧なシステムだ、と誰かが言ってた気がする」
考えてみれば、当然の帰結である。
高町なのはのような例を見る限り、その完成された魔道士であっても
限界を超える魔力を出すことは難しくはないものの、リスクは高い。
人間は脆い。心も・・・体も。その高いリスクに耐えられる人間は一握りだ。
なら、レリックという半端のない魔力を放出しようものなら?
結果は見える・・・いくら、レリックに適合するようにと造られても“人間”なのだ。
つまるところ、消耗品扱いにされながらに、命が劣化し、摩耗していく日々を、感情を持ち得ながらにすごさなければならない。
いくら“整備”しても、劣化は進む。
完璧で不完全な兵器。
それが、ラウル・テスタロッサが家族と呼んだ者たちの正体なのだ。
「・・・つまり、このままでは何も守れず、ただ死んでいくだけだ、と?」
そう感じ取ったのか、シグナムはそう口にした。
あながち間違ってはいないが、それでは後ろ向きすぎる気もする、とスティングは思うも口には出さない。
「俺は、今もこうして生きて、戦っているのは・・・一人の少女のためだ。
それが、今俺がアンタと戦い、アンタたちの仲間を殺した・・・理由だ」
刹那的な罰を求めているようにも聞こえるスティングのその言葉。
シグナムはどう受け取ったのだろうか、と思いまた言葉を紡ぐ。
「どうだ?同情してくれたか?」
「・・・いいや」
スティングはその解答を半分残念そうに、もう半分当たり前のように受け取る。
「戦う理由は、守るものがあるから・・・そして、もう戦って死ぬしかない俺は、その守るべきものをどうすればいい?」
「・・・自分で勝ち取るがいい」
ふと、ギリギリ聞き取れたその言葉に、スティングはシグナムを見た。
表情に変化はなく、構えにも、殺気にも、敵意にも、何ら変化はない。
だが、ひとつの解答は貰ったのだ。
あとは自分次第で、自分のその願いをかなえるためなら、そう。
「俺は・・・つけてやるよ、決着を!」
その決意も高らかにしようと、彼は決めた。
空気が変わったことは、シグナムも理解できた。
そして、その激しい殺気に目眩すら覚えそうになるが、耐える。
二つのレヴァンティンの柄をしっかりと握り、正真正銘、最後の魔力を込める。
残ったカートリッジもすべてつぎ込み、容量オーバーになるのではないか、などという心配も切り捨てる。
いま必要なのは、力。すべてを屠る力なのだ。
それはスティングも同じだった。
背水の陣、というのがしっくりくるだろう。
彼もシグナムの覚悟に応え、そのすべての魔力を自分の持つ魔力刃へと回す。
太くなった魔力刃はその密度も高く、実態のない魔力刃としてはこれ以上ないほど完成されていた。
互いに一太刀で決めるのだという覚悟が見られ、そこに退路はない。
「「いざ・・・」」
二人はもう、お互いしか見えていない。
それぞれの覚悟の先にあるものもすべてを切り捨てて、今あるすべてに全力を賭す。
不器用なのである。
だが、だからこそ、そんな彼らに世界は決着を促したのだ。
踏み込みは一瞬、シグナムはレヴァンティンを十字の構えで切りつけ、一方のスティングはただ魔力刃を振り下ろす。
「あああああああああああああああああああああああ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
二人の叫びは、ただただ響き渡る。
それは永遠には続かない。
続く先には答えが待っているのだ。
ひびの入る音・・・スティングの魔力刃が砕け始めているのだ。
─負けられねぇんだよ、踏ん張りやがれ。
ただ、ただその一言がスティングの中で響いていた。
シグナムもまた、同じように、勝利をもぎ取るという感覚でレヴァンティンを押し出す。
想いは交差し、そして、願いは儚く。
決着は・・・今、ついた。
完璧に物質が砕ける音が響く。
「あ・・・なっ・・・?」
砕かれた者は絶望を味わうかの如く、声を漏らした。
勝利を確信はしていなかったにしても、いざ敗北となるとやはり信じられないものだ。
希望があったからこそ、叶わなかった絶望は何よりも強い。
“シグナム”は砕けた二つのレヴァンティンの刀身を見つめ、そして悔しさとともに、前から来た衝撃に吹き飛ばされた。
「はぁ・・・はぁ・・・俺の、勝ちだ!」
息も絶え絶えに、スティングはもぎ取った勝利を高らかに宣言した。
そして、土煙りあがる瓦礫、シグナムが吹き飛んだ場所を見る。
そこには、シグナムがうめき声をあげて、スティングを見つめていた。
そうして、彼女は疑問の言葉を叫ぶ。
「なぜ、非殺傷設定に!?」
わけがわからなかった。
なぜ、非殺傷設定なのだ、と。シグナムは叫ばずにはいられなかった。
命のやり取りをこれまで繰り返してきたはずだ。
なのに、なぜいまさらこんな結果になるのだろう、と問わずにはいられない。
「そんなに、殺してほしいのか?」
返ってきたのは、そんな言葉。
当たり前だ、生き恥をさらすくらいならば、潔い死を選ぶのが騎士だ。
そう思っていると、スティングはシグナムの眼前に移動していた。
「なら、殺してやるよ!」
それは、一度だけの嘘。
そう言われ、シグナムは静かに目を閉じだ。
これで、夜天はすべからく終わるのだ、と諦観とともに死を受け入れようとしているのだ。
刃が風を切る音が響く。
(こんな、中途半端な結末に陥ったのも・・・私の至らなさ、か)
閉じた目の裏には、やはりいつも隣、背中を任せていた仲間たちの姿。
敗北した自分を別段叱る様子もなく、ただ笑みを浮かべていた。
お前は頑張った、あなたは頑張った、よくやった、勝利だけが将のすべてではない。
そう、語りかけているような笑みだった。
後悔はたくさんある。
仲間たちのこともそうだが、やはり一番気になるのは、自分の今の主の姿。
悲しみを背負った、今度こそ守りたいと願ったのに、もう自分はここまでだ。
(悲しみを帯びた剣十字・・・主、あなたはどうか、死なないでください)
最後の願いを、万感の思いをこめて念じた。
(・・・世界は、本当に、こんなはずじゃないこと・・・ばかり、だな)
そこから、シグナムの意識は途絶えた。
彼女が最後に聞いたのは、気持ちいいとすら感じる風を裂く音と何かがつきささる音だった。
瓦礫の中に埋もれて彼女は意識を閉ざしたようだ。
前の俺は、突っ込んで戦うことしかできなかった。
グラウ・レーゲンは殺戮を好んだが、それでも・・・冷静な思慮深さはあった。
そして、それらを経たスティングは・・・考えてしまったんだ。
“敵”を殺す必要は決してないんじゃないか、ってことに。
だからこそ、スティングは目の前の女性に対し、刃を振り下ろせなかった・・・愚かなことだとはわかる。
わかっているんだけど、それでもスティングは・・・自分の正義に、自分の心に殉じようとした彼女のように、自らの意思に殉じてみようと思う。
突き立てた魔力刃は何を切り裂くこともなく、ただ女性の顔の横に突き刺さっている。
「・・・これが、俺が勝ち取ったからこそ、得たモノだ」
スティングはまだ息が整わないのか、肩を揺らしているが、それでもただ一言意識を閉ざしたシグナムにそう告げた。
「俺の手前勝手、だけど・・・もし、アンタが助かったなら、俺はラッキーだと、あの世から・・・いるかわからねぇ神様に感謝するぜ」
そうして、その魔力刃を引き抜くと、魔力刃は静かに大気へと返って行った。
「博士、俺は・・・いや、まだわからないか」
レリックの発動もとめ、瞳の色は本来の色に戻っていた。
(マスター、終わりましたか?)
エモーションリンクが途切れたことにより、カオスも再び起動したようだ。
「・・・さぁな」
あいまいな答えを出してしまい、カオスは黙り込む。
「だが、やるべきことはできた。行くぞカオス」
(はい)
最後に、シグナムを見る。
「違う出会い方なら、きっとアンタに恋い焦がれていたろうよ」
そして、スティングは目の前にある造神を見ていた・・・本人は気付いていないだろうが、その視線は厳しかった。
世界に再び生まれた青年は1つの答えを見出した。
「守る」こと。
だが、それが自身の手で叶わぬことだと彼はわかっているのだろう。
それはまさに、砕かれた希望だった。
散りゆく命をこの手にとどめられないように、終わりを迎えてしまうその命。
終着駅が決まっているこのストーリー。
我々がいかに抗おうとも、それはまぬがれぬ時もある。
そう、いかなるものもそれを運命と呼ぶのなら抗うことはかなわない。
見えない道を旅し、行き着く先にあるものは必ず終焉なのだ。
それが、世界に生きる人の究極の結論ではないだろうか?
儚くとも・・・そう、儚くとも。
スティングの行動はラウルにとって何を示すのか、またこの変化を管理局側にもどう降りかかるのか。
結果を待ち遠しく思う今を、ただ待つしかないのは嫌なものだ。
だが、必ず変化は訪れる。
その変化をどう受け入れるか、それは今を生きる人間一人一人が考えなければならないもの。
だからこそ、人は生きるのだろう。
たとえ、歩いて行く先にあるのが砕かれている希望であったとしても。
人は生きていかなければならない生き物なのだから。
なのはとシンの激戦はもう血戦といっても差し支えがないだろう。
もともと、その狼煙は上がっているのだ。
ゆえに、あとはその結末を見るのみなのだが。
その結末を見るのはもう少し先になるようだ。
それを促すのは、やはり悲しみを背負う賢者なのだろう。
二人の間に割り込み、彼はまた呪文を唱え、なのはを“映画館”へと誘う。
次回 彼のいう“映画館”
“映画館”は、悲しみで泣く人ばかりだった。