Lyrical DESTINY StS_第29話

Last-modified: 2009-04-17 (金) 22:18:01

ともに、戦う道だってあったかもしれない。
ともに、反旗を翻す道すら、あったかもしれない。
正義の示し方に、必要な感情がいつの間にか欠け落ちていた。
だから、道を違え、その道を進むことしかできなかったのだろう。
人間は、未完成だ。
取れる最善の道を、少しの些細な事で見えなくなってしまう。
共存可能な生物であるがゆえに、その可能性を失くす。
もし、人間が完成したなら、このようなこと、すべてなくなるのだろうか?
そうであったのなら、どんなにいいだろう?
失われる結果を、もう見る必要がなくなるのだから。

 

機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナ。
“プロジェクトD”の要。
全長1キロ以上にも及ぶこの巨大な物体は、自らの周りで起こる戦いを静観している。
造られた顔は年老いた老人を思わせ、その頭にあるのはまるで平和を慈しむような花の冠であった。
なぜそんなものが取り付けられているかなどわからない。
ただ、あったのだ。
それを、ラウルは横目に見つめてから、小さく息を吐いた。
ラウルにとって、デウス・エクス・マキナとは、計画を遂行するための道具だ。
だが、その道具を造ったのは、実はラウルではない。
このデウス・エクス・マキナは時空管理局本局に“縮小された状態で保管されていた”のだ。
目覚めさせてはいけないもの。
先人たちが残した忌まわしき産物であるかのように、“D”は安置されていたのだ。
“D”の存在を知る者は、さほど多くはなかった。
それもそのはず。
“D”には何か発見を促す代物が何もなかったのだ。
魔力や存在感、そのすべてが圧縮され、一切漏れ出さずに放置されていた。
ならば、なぜラウルが気づけたのか?
それは、彼の持つ“賢者の書”の存在があったからだ。
“賢者の書”はラウルをデウス・エクス・マキナへと導き、この計画をラウルは考案した。
ラウルは思ったのだ。
これさえあれば、自身の根源的疑問“持つ者と持たざる者”という疑問を晴らせる、と。
だが、物事は悲しきかな、一人では成せないことが多い。

 

よって、ラウルが利用することを選んだのが、時空管理局の裏部分だった。
合法的な組織の陰に潜む非合法な存在。
それが間違いだと気付いたのは、自分の計画に濁りが入り始めてからだった。

 

管理局はデウス・エクス・マキナの存在をラウルの手から放そうとしたのだ。
だが、ラウルは“賢者の書”に選ばれた賢者だ。
とてもではないが、力でも知略でも敵わないと踏んだのだろう。
だから、念入りに、ラウルにも有益であるかのごとく、物事を押し計らった。

 

“レリック・ヒューマン”の製造。
ジェイル・スカリエッティの提唱した“プロジェクトF”と戦闘機人のプランを元に超魔力結晶体“レリック”を動力として動く人造人間。
“レリック”の入手は、さすがというか管理局下にあるおかげでたやすかった。
だが、肝心の“レリック・ヒューマン”を基にするパーソナルデータは手に入らなかった。

 

そこで持ち出されたのは、戦闘経験豊富・・・それも、“非殺傷設定”という概念どころか、
魔法という概念すらない世界からの“壊れたような人間のデータ”を入手することにした。

 

それは、都合よく進んだ。
第72管理外世界から、戦闘経験・・・それも、かなり有力な人物たちのパーソナルデータを入手し、
それを基にした“レリック・ヒューマン”の製造のために第72管理外世界の者を一時的に管理局から遠ざけた。

 

そうして、製造されたのが、現在稼働する“レリック・ヒューマン”たちなのだ。
だが、完成には至らなかった。
むしろ、不完全さが目に入ると協力者の科学者たちは口ぐちに言っていた。
人間のような感性。それが兵器に必要だろうか、と。
もちろん、不要であり、戦うだけならば邪魔だ。
ならば、なぜそのような・・・害にしかならない“感情”というものを彼らに植え付けたのか。
気づいてしまったからだ。
ラウル自身の根源的なものと、彼らは正反対のものだと。
“持つ者と、持たざる者”
この言葉には、解釈の仕方は人それぞれだ。
“持つ者”、ラウルの中でこの言葉の意味する者たちは、リンカーコアを持つ者。
すなわち魔法を使用できるものに限られたわけではなかった。
才能ある者。武に長けたり、知に長けたり、権力を持つ者。それは様々な才能ある者たちのことを指していた。
もちろん、ラウルも“持つ者”にカウントされる。
そして、“持たざる者”とは、その“持つ者”に及ばない者たちのことだ。
だが、その考えにも矛盾は走る。
“持たざる者”の下には、いずれもまた“持たざる者”が誕生するからだ。
ならば、“持つ者”とは、ひとつの存在なのか?否、そうではない。
その解答には、残酷な考えがつく。“持たざる者”とは、蹂躙されるモノ。“持つ者”とは蹂躙する者。
言うなれば、勝者と敗者のような関係でもあるが、それは勝敗を別つために必要な分配ではない。

 

常に考えていたのに、ラウルは片方の“持つ者”だけを造ってしまった。
片方に考えがよってしまっては、それこそラウル自身のすべてを否定するのだ。
それは、認められなかった。
だから、“持たざる者”の部分も埋め込んだ。
感情を植え込むことによって、失う辛さを理解させ、蹂躙されたときの痛みを知れる。
“持たざる者”のみが理解できる失う痛みを感じられる。
人間は、その痛みを感じる心があるから“完璧になりえない”という特性を持つ。
そして、レリック・ヒューマンをそのような“人間”に仕立てることが、バランスを保つ絶対条件になってしまったのだ。

 

だが、それでも答えは見つからない。作り出しても、答えは出ない。
なぜ、世界は、創造主がいるとするのなら、なぜ、こんな風に“持つ者と持たざる者”を分けてしまったのか。
その答えを、ラウルはその答えを欲しているのだ。
自分の身を削り、心を削り、魂を削り、生きながら苦しんでいるのだ。

 

「そのためならば、私は・・・この命すら・・・」

 

自らが求める答えのために、自らを投げ出す。
それは歴来の科学者、求道者、戦人・・・人間がしてきた行為だ。
他人から見れば、愚かであるかもしれない。
それでも、続けなければならないのだ。
それが、ラウル・テスタロッサにとって、根源なのだから。

 

「・・・そして、私は、君を救ってみせる」
造られた神の目の奥に、ラウルは視線を移す。
そこには・・・ひとつの人が一人入ってなお余りある大きさのポッドがある。
「シン・・・」
眉をきつく寄せて、絞り出すかのようにその人の名を呼ぶ。
ただ、切なく。

 

そこにあったのは、果たしてあっていいものなのだろうか?
ラウル・テスタロッサがそれを見て、表情を厳しくし、見つめたモノ。
本来なら、そこにはあるはずのないものなのだ。
もし、存在を許してしまえば、前提が覆る。
この、戦いの、だ。
そこにあるモノとは・・・今なお、高町なのはと戦っているはずのシン・アスカだったのだから。

 

「!?」
空気を裂く音とともに、白い光が4つ、ラウルに向かってきていた。
もちろん、ラウルに当たることはなかった。おそらくは威嚇なのだろう。
そうして、目線をその光が来たほうへと向ける。
ま白い帽子、ま白い髪、黒のインナーに、肩部分は黒く、他は白い上着。その上着から生える6つの黒く小さな翼。
「・・・君が、ここへの一番乗りだな。八神はやて」
ラウルは、目の前にいる剣十字の杖を持った少女、八神はやての名を呼んだ。
しかし、ラウルは少し意外だと思った。
この“D”に最も近い場所に現れる人物の候補の中で、はやてはそれなりに遠かったからだ。
「さて、最後の“夜天の王”よ。ここに何をしに来たのかな?」
あくまで余裕を相手に見せながらも、ラウルの手には“賢者の書”が開かれている。
はやての危険度を考えてのことだ。
それほどに、“夜天の書”はラウルにとって危険な代物なのだ。
「あなたを、捕えに」
彼女は短く呟いた。
「あいにくと、そうされるつもりは毛頭ない・・・だが、君には用がある。だから・・・」
言葉と同時に、ラウルは“賢者の書”を高々と掲げる。
今、ラウルははやての相手をしている余裕はないのだ。
これから先のことを考えても、はやての相手をする必要はないが、はやてはラウルの中で“招待客”の一人だ。
なら、早々に招待するのが上策なのだ。
「な、何!?」
はやての体に光が灯り、彼女は困惑と焦りの声を漏らす。
「行ってらっしゃい、映画館へ・・・“音と絵の館”」

 

紡いだ呪文に、はやての体は反応して、静かに光へとなっていく。
こうなっては、はやてに抵抗する術はない。
たとえ、“夜天の書”といえど、オリジナルの管制人格がないのであれば、抵抗は不可能なのだ。
最後に、悔しそうな彼女の顔を、ラウルは胸の奥にとどめてい置いた。
音もなく、はやては光の粒子となり、消えた。
また、この場所には、ラウルが残り、爆発音が聞こえてラウルはそちらを向く。
ラウルは見つめていた。
デウス・エクス・マキナと同じ視線、同じ高さから。
高町なのは、そして家族と呼ぶべき存在・・・シン・アスカの戦いを。

 

なのはは、焼けつくような頭痛に襲われていた。
その原因は自分でも理解していた。
限界点突破の“ブラスターモード”の発動と、それに伴い“ブラスタービット”の展開。
集中力はもはや限界を無視し、より鋭敏に、より複雑な思考をするように、極まっていた。
それをなのはにさせたのは、背中と名に“赤い翼”を持つ少年、シン・アスカ。
予想していたとはいえ、彼の戦闘能力になのはは全力以上を以て対峙するしかなかった。

 

不規則な動きをしながら、シン・アスカの接近、攻撃、防御に備えるブラスタービットの総数は10。
これが、なのはの焼けつくような頭痛の原因の一つでもある。
シューターのように、一発限りではないビットの操作は予想以上に精神力を使い、高い消耗を招いてしまう。
そして、それを厭わせないほどに、シンは強い。

 

「爆ぜろ、ケルベロス!!」

 

荒々しい叫びに、なのはは顔を上に向くと、そこにはブラスターの包囲に耐えきれず、いったん上空に逃れたシンが剣の切っ先をなのはに向けて構えていた。

 

「レイジングハート!」
(了解。プロテクション・ビット)
ブラスタービットが四つ、なのはの前に集まったかと思うと、その四つはそれぞれが
センサーのようなもので自分たちを繋ぎ、そのセンサーより内側に対して四重のシールドを張ったのだ。

 

放たれるケルベロスの魔力砲。
中距離砲撃のはずのケルベロスの威力は砲撃でありながらも、まるでヴィータのシュラークを受けているかのような錯覚を覚えるほどの威力だった。
一枚目のシールドは完全に砕け、二枚目のシールドにはひびが入った。
そこで、いったん砲撃は途切れる、がもちろん終わったなどと考えたりはしない。
すぐにシンの姿を目で追うと、予想通りに、もうその場にはいなかった。

 

その場にいないとなれば、すぐにでもその所在を探るべきだろうが、今はそんな愚鈍な行動はとらない。

 

なのははすぐさまにカートリッジを2発ロードすると、25度右に回頭し、

 

「エクセリオン・バスタァァァァァ!!」

 

振り返った勢いも殺して、必殺の砲撃を放つ。

 

「ちぃ!」

 

不機嫌な舌打ちが聞こえ、なのははさらにカートリッジをロード。
エクセリオンバスターに魔力を上乗せした。

 

砲撃には確かな手ごたえなど残らない。
だから、当たったというのは敵が墜ちるまで正確にはわからない。
しかし、敵があからさまな反応を示してくれれば、その前提は覆るのだ。

 

なのはの魔力を一心に防御しているシンの姿はそこに映っていた。
シンは、なのはに「勝てないから戦うな」と言った。
それは、つい先ほどまでの、シンに怯えていたなのはならその通りになっていたかもしれないだろう。
しかし、現状で戦いは五分五分。
どちらも引かず、どちらも屈せず、どちらも戦っている。

 

砲撃と防御。この二つを兼ね備え、ブラスタービットの補助により死角すら皆無とさせる高町なのは。

 

攻撃、防御、スピード、体内にある膨大な魔力の塊であるレリック。そのすべてが他人を蹂躙するためだけに存在する力持つシン・アスカ。

 

全くスタイルの異なる戦いは、どちらかに優勢をもたらすわけでもない。
なのはの砲撃も、シンは回避するだけの速度を備えているし、シンのクロスレンジに対しても、なのはは強力な防御能力がある。
ともかくこれが、二人の均衡の一つ。
次に、なのはの懸念すべきところは、シン・アスカの未知の力だろう。
八神はやてを破り、数多くの魔道士達を殺してきた彼が、まさか単純な砲撃、斬撃だけの魔道騎士なわけがない。
それに、シンの体内にはレリックの反応もある。
シンがレリックの発動を促した瞬間をしっかりと捉えられているモノはなく、
また彼がレリックを発動した瞬間は、まるで時間が止まったかのような錯覚すら感じられる。
それの正体が掴めていない以上、懸念材料から迷いは少なからず深くなる。

 

しかし、シンにも懸念材料はある。
それは、高町なのはが生粋の砲撃魔道士であること。
中途半端にバランスを重視する魔道士であるならば、何も苦労せず、突き殺して終わるだろう。
だが、なのはは違った。
おそらく数え切れぬほどの鍛錬を基に組み上げてきた砲撃スタイル。
それが物語る正確な砲撃。
自身より離れた魔力生成による物質の操作。
いくら、デバイスの補助があるといっても、このビットと呼ばれるモノはシンにとって脅威でしかない。
ただ、近づいてきていたずらに砲撃、不規則な動きの中の規則性を探したたき落とせばいい。
だが、このビットは危機感知、シンが攻撃しようとするならば、すぐにお互いを補助して回避行動をとってくる。
これほどの空間把握能力を危険と認知できないほど、シンは怒りに翻弄されているわけではないのだ。

 

明らかに、戦いのステージが変わったのだ。
その変化の引き金は、扉を開けたなのはにこそある。
戦いの根源へと進む道の扉を、なのははあけたのだ。
これこそが、シンとの戦いを極限のものへと導く、悲しい幕開けでもあった。

 

明らかななのはの変化に、シンは喜びのようなものを感じていた。
それは、先ほどまで“殺すこと”をためらっていた自分がいなくなったことへのものだ。
わけのわからない感情がうちにあることの腹立たしさが抜けたことで、今度こそ、目の前の女を殺すことに全力を注ぐことができる。
そう思って、思わず口元が歪むのがわかった。
「らぁ!!」
叫び、なのはのディバインバスターを弾き飛ばして、また自分も砲撃態勢に入る。
今度は、アロンダイトとエクスカリバーの二本によるケルベロスである。
「爆ぜろ、ケルベロス!!」
当然、先ほどより威力は二倍になり、それはなのはに向かっていく。
しかし、なのははその場から動かず、再びビットによる防御行動に入っていた。
今度はそこを狙う。
威力の残る砲撃であるケルベロスは、たとえ片方の魔力放出をやめたところで、放たれた部分はしばらく敵の防御壁を削る。
その瞬間、シンはエクスカリバーの砲撃を中断し、アロンダイトの砲撃をそのままに、エクスカリバーの投擲態勢に入った。
投擲されるエクスカリバーにシンはAMFのコーティングを施す。
いくら防御壁が固くとも、アンチマギリングを直接たたきこまれれば、なのはといえど・・・。
そう考え、シンは迷いなく、殺意を持ってエクスカリバーを投擲する。
「アンチマギリングエクスカリバー」
アロンダイトから放たれたケルベロスの横を駆け抜け、先ほどのなのはが展開したプロテクション・ビットの防御壁にぶつかった。
ケルベロスの光と、防御壁のぶつかりにより激しい火花が散る。
そして、少し遅れてからエクスカリバーがなのはの防御壁へと到達し、今度は火花ではない。
魔力により構成された防御壁が少しずつ、大気に消滅していっているのだ。
それが、シンの口元を邪悪に歪ませた。
シンにとって、高町なのはを殺すことは、怒りという感情が見せた願いのようなものだ。
殺せる、殺す、殺したい、それで、何かが、何かを感じられる、とそう確信しているのだ。
それを証拠に、シンの思ったとおり、なのはは苦悶の表情を見たとき、感じるものがあったのだ。
「死ね!死ね!死ねぇ!!」
なのはの苦しむ顔に、その感情は際限なく高まっていった。

 

なのはは、砲撃を受けた後に来たこの奇襲・・・AMFを付加させられている剣に予想以上の苦悶を見せる羽目になっていた。
「この、ままじゃ!!」
砲撃魔道士にとって、定めた位置から動くことは、隙を作ることにつながる。
だが、現状、動くどころか、このままでは防御を抜かれ、殺される。
なら、どうすればいいか?
隙を作らず、今向けられる殺意を持った剣をはたき落とす。
簡単なことだ。そう自分に言い聞かせる。
方法はある。
砲撃の威力を保っているシンが、今の場所から動かないのなら、防御に使っている4つをそのままに、さらに4つ、防御に足せばいい。
そのなのはの思考が追いついたのか、ビットはさらに4つ、なのはを守るためにセンサーで自分たちを繋ぎ、動揺の四重の防御壁を展開した。
それを察知したのかシンからの砲撃の威力が弱まる。
どうやら、威力を残す砲撃に切り替え、その場から移動したようだ。
まずい、と感じるより早く、なのはは打開を始めた。
「レイジングハート!」
(ビット・ストライクモード)
残った二つのビットはレイジングハートが命じると、二つのビットは重なって一つとなり、砲口から魔力刃が展開した。
「行って!」
なのはの言葉に、ビットはそのまま剣へと勢いをつけてぶつかった。
やはりAMFが付加されているだけあり、ビットが出した魔力刃は先端部分が削り取られ、ただの魔力素へと還ってしまう。
「なら!」
なら、対AMF処理をさらに施してしまえばいい!
ビットの魔力刃の質が変わる。
今度は、魔力刃もなくならず、力押しで剣を弾き飛ばした。

 

「それが限界だな?」
冷たい声を聞いた瞬間、血の気が引くよりも早く、なのははプロテクションを展開していた。

 

「くっ!大した反応速度だ!!」
バリバリ、とプラズマのように散る魔力の眩しさが邪魔だ、と感じながらもその先に迫る
殺意を必死に防ぎ、もう片方の腕・・・レイジングハートの砲口をシンに向ける。
「それくらい、追い付けなければ、あなたを倒せないから!」
(ディバインバスター)
展開された防御壁を内側から貫いてのディバインバスター。
だが、シンはよけようとしない。
「!?」
それどころか、なのはが放ったディバインバスターを魔力刃で受け止めていたのだ。
「これくらいの砲撃で、俺をやれると思っているのか!!なめるなぁ!!」
「なっ!?」
ディバインバスターが切り裂かれ始めていた。
「前にも言っただろう!?AMFを付加させた攻撃に、お前たち魔道士は弱いんだよ!」
そう言われ、なのはは歯を食いしばるしかなかった。
だけど、そんなことを言い始めたらきりもない。
強い、弱いで、行動しようとしたことなんてない。
「強ければ、いいの!?」
魔力防壁をさらに強固に、ディバインバスターの出力を上げる。
内側から破られ、砕けるなのはの魔力壁が光を失いながら、視界から消えていく。
「ああ、強くなくちゃ何も守れないだろう!?」
「弱いことは、いけないことなの!?」
確かに、弱くちゃ何も守れないという図式は世に広がってる。
けど、弱くても、弱いからこそ、戦うということもある。
「私のこの力は、過去には及ばない・・・あなたの悲しみ、怒りを醒ますこともできない!!」
(ロード・カートリッジ)
排出されるカートリッジの音が、やけに小さく聞こえた。
それ以上に大きな音で、自分の叫びが、自分自身に響いていたのだ。
「やり直せないから、後悔して、私達は・・・戦う!戦うんだ!誰かのために、と決めた私のために!!」
それが、なのはが戦うことを決めて、すべてのマイナスの感情を抑え込むための決意。
「・・・ざけるな」
「!?」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
はたして、これは怒号だったのだろうか。
ディバインバスターを切り裂かれ、プロテクションを砕かれ、衝撃がプロテクションを展開していた右手のバリアジャケットを破っていた。
この物理的なものを全く無視したこれは、いったい何なのだろうか?
恐怖はない。
恐怖ではなく、好奇心と言えばいいのだろうか?
全く意味不明な力に、なのはは呆然として、興味を示していた。
「なら、次に悲劇が起きて、防げなかったら、またやり直せないから、後悔して、自分を鍛えて・・・終わるのか!?」
ああ、これは訴えだ。
シン・アスカという少年から、高町なのはへの。
なら、答えよう。
持ちうるすべて、見出したすべて、浮かべた自分だけの答えだけど、それでも、それがきっかけにつながることを信じて。
「防げない、と嘆くしかないなんて言わないよ!起こったらやり直せばいいなんて気持ちで挑んだことはないよ!
でも、結果には人は脆いんだよ!成功、失敗、どちらに対しても!だから・・・常に心を強く持って臨むんだよ!!」
これが、自分の中での理不尽に挑む答え。
理不尽な光景をもう見たくないと、そう願った自分の答え。
失う悲しみと、失わせる悲しみ、その二つを理解したからこそ到達できたのだ。

 

─そんな君だから、僕は好きになった。

 

─そんなあなただから、私は心を開けた。

 

もう取り戻せない二つの声を幻聴だなんて思わない。
確かに聞こえたから。

 

「なら」
だけど、それは、やっぱり自分だけの答え。
「それを、死んでから、“俺”に話してやるといい」
相手を導くのに必要な時間は、なのはとシンの間には皆無であった。
ただ、それだけ、ただ、それだけだったのだ。
シンの言った言葉の意味を理解できなかった。
振り下ろされようとしている刃だけが、一瞬でも戦いを忘れたなのはに対するシン・アスカからの失望の一念なのだと、思えてならなかった。

 

「さようなら、高町なのは・・・お前が、“俺”と出会っていたなら、変わる未来もあっただろうよ」

 

殺されたのだ、と思った。
次の瞬間を待たず、意識は痛みに支配される、そう思った。

 

「待て、シン」
声を聞くまでは。

 

今、彼女に退席してもらっては、困る。
そう思い、ラウルは、シンの攻撃を止めた。
不機嫌そうにこちらに振り返ったシンと、念のためバインドをかけ、苦しそうに呻いた高町なのはの姿を確認して、ラウルは口を開いた。
「シン、彼女は私の映画館の客人に選んである。すまないが、彼女をまだ殺さないでくれ」
シンは何も言わなかったが、静かに剣を手から消したので、肯定と判断した。
そのままシンはラウルの後ろに下がり、ラウルは少しきつくしめたバインドに苦しむなのはを見た。
「君と話すのは、初めてだな。高町なのは君」
「・・・」
彼女は何も言わず、ただ睨んできていた。
「そんなに睨まないでくれ。別に私は君を殺すつもりはないよ」
そう、殺すつもりなどない。
「・・・君にも聞いておくよ。何、ちょっとした私の疑問なんだ・・・私が未だ答えを出せていないのでね」
もう、長くないこの私の体が、答えを欲している。
「なぜ、この世界には“持つ者と持たざる者”が存在するのだと思う?」
長く、この答えを探してきた。
“賢者の書”に選ばれる前からずっと、ずっと探してきた。
もちろん、目の前の少女が答えを持っているなど思っていない。
ただ、どう考えるか、それを聞きたかった。
口を開くために、声を発するために、必要だろうとバインドのしめつけを少し緩める。
「答えてほしい」
高町なのはの、考えを。
そう思うと、彼女は口を開いた。
「わた、しは・・・それは、思い込みだと思い、ます!!」
思い込み・・・それはまた、新しい答えだな。
「なぜ、そう思うんだい?」
「だって、じゃあ、何を持って・・・そうだと、決めるんですか?」
同じだった。
この質問をして、何人かは必ず、この質問を私に返してくる。

 

「例えは、管理局と民間人」
言ってしまえば、それ以上の例はないだろう。
事実、そう言われて高町なのはは視線をそらした。
シンと戦っていたのだ。
その言葉だけでいったいどれほどのことを察したかは、すぐに理解できる。
「それでも」
彼女は、視線を戻した。その瞳には今まであった誰よりも、決意が満ち満ちていて。
「思い込みですよ。だって・・・持つ人は、持たない人のために、持つんですから!」
彼女の答えをくれた。
「そうか。君の考えはわかったよ・・・私も、君と話せてよかったよ。ありがとう」
いったい、どれだけの人間にこの質問の後の言葉を告げただろう。
「なら!」
期待に満ちた声。
ああ、汚いな私は、と自己嫌悪をする気にもなれない。
「お礼に、君を“映画館”に招待しよう」
「!?」
“賢者の書”のページをめくる。
「音と絵の館」
今回、これを使うのはまだ3人目。
“賢者の書”から魔力の光が灯り、高町なのはを包み込んでいく。
映画館に行った彼女たちが、何を思うかは・・・映画館の“館長”次第だ。
「行ってらっしゃい。高町なのは」
バインドも粒子となって消える。
どうやら、何か抵抗したかったようだが、それをする前に、彼女はその場から消えていった。

 

残ったのは、ラウルとシンの二人。

 

「どういうつもりだ?」
「・・・私はただ、答えを探しているだけだよ」
冷たい声に、ラウルもまた、冷たい声で返事をする。
「君は、君の思う通りに行動すればいい。結果私たち以外を壊すことになっても」
破壊の後に得られるモノも確かにある。
あるのだろう。
答えてほしい・・・シン。
「私は、“D”に戻る・・・君は?」
「・・・キラとアスラン、あの二人の所へ行く」
「では、また後で・・・」

 

短いが、別れと再会を約束する言葉とともに、ラウルはシンに背中を向けたまま、“D”へと向かった。

 

これから、真実を知る三人、君たちは・・・それぞれ答えを出すだろう。
高町なのは、八神はやて・・・そして、フェイト・T・ハラオウン。

 

フェイトの顔を思い浮かべて、ただ表情を歪ませるラウルだった。

 

小鳥の囀る音が聞こえ、意識がだんだんと起き上がってくる。
朝のまどろみから、目を覚ますような感覚を経て、なのはは眼をあけた。
「あ・・・れ?」
つい先ほどまで感じていた戦意や敵意、殺気、それに耐えようとする想いはどこへいってしまったのか?
本当に夢から覚めたような感覚で、なのははあたりを見渡す。
少し懐かしい感じのする自分の部屋。
ありえないと感じながらも、先ほどのことが夢だったのかと感じてしまうほどリアルな光景。
昔から愛用していて今はフェイトとヴィヴィオとで暮らす部屋に置いてあるはずの目覚まし時計が
まだ自分の部屋にあることに不思議を抱けず、ちょうど鳴り響いたので、止めるためにスイッチを押す。

 

「今日・・・何日だっけ?」
あいにく、デジタルではない目覚まし時計では日にちがわからず、もう一つの目覚まし代わりであるケータイを探す。
しかし、ケータイはどこにも見当たらず、代わりにあったのは赤い宝石だった。
「レイジング・・・ハート?」
常に肌身離さずに持っていた長年来の相棒の名を呼ぶが、レイジングハートはなのはの言葉になんの返事もせず、本当の宝石のように佇んでいた。
そこから、なのはにいやな予感がし始める。
浸食された心に、もう一度本当の「戦っていたはずの自分」が目を覚まし始めていた。
「レイジングハート!?」
声を少し荒げて、もう一度相棒の名を呼ぶが、また返事はない。
代わりに、部屋の外、つまりはドアの向こう側から、聞きなれた声がした。
「なのはぁ?起きたのなら、顔を洗って早く下りてらっしゃーい」
母、桃子の声だ。
つい少し前にロストロギア捜査で家には帰ったので、あまり懐かしいという感じはしない。
というより、不信感が増してしまった、という感じだ。
「違う・・・ここは、本当の場所じゃない。違う・・・」
思い出せ。自分の目の前に現れて呟いた男が自分にした行為を。

 

“音と絵の館”

 

確かに、そう聞こえた。
その言葉から推測されるものは、ここが何らかの方法で作られた虚構空間であること。
おそらく、捕らわれた本人の思考、精神を読み取り、創造される空間。
そこまでわかったなら、早く脱出しなければならないのだが、
「・・・魔力の結合が、できない?」
まるで、“初めからそれが当たり前かのように”なのはは魔法、というモノが扱えなくなっていた。
もちろん、魔法事態が完全に使えないというわけではないだろう。
空間に何らかの強固なAMF処理が施されており、魔力を結合できないというのは、JS事件でのゆりかご内部脱出の際にも経験したことだ。
「なのはぁ?」
再度聞こえる母の声に、なのはは仕方なく返事をし、扉を開ける。
「ごめーん!ちょっと待ってー!」
「待ってって、今日はフェイトちゃんとはやてちゃんと映画に行くんでしょ?なら、急がないと!」
と、母の言葉を聞いて、そうなのか?と小首をかしげた。
一度ドアを閉めて、振り返って机を見れば、確かに映画館のチケットが一枚あった。
そのチケットを手に取り、タイトルを読み上げる。
「運命に弄された・・・少年?」
なんとも、自分の趣味・・・見に行く二人の趣味じゃないような内容を思わせるタイトルに思わず目を細めてしまう。
なんて皮肉めいたタイトルなのだろう、と細めた眼のままに眉間にしわを寄せてしまう。
きっと、この少年とは、先ほどまで戦っていた“赤い翼”のことだろう。
こんなものを見せて、何がしたいのか・・・その意図すら見えぬまま、ただ、そのチケットを睨んだ。
「あ・・・」

 

時間を無駄にしてしまうところだった。
ともかく、約束があるのなら、たとえ偽物の世界でも行動をしよう。
他に術がないのなら、行動するしかない。
そう思って、そそくさと着替えを済ませ、貴重品の類を身につけ、最後にレイジングハートを首から下げる。
部屋を出ると、朝食のいい匂いが鼻につき、そこで初めて自分が空腹感を感じていることに気づき、思わず苦笑いをしてしまった。
朝食の場には父、士郎と姉の美由希が席についており、桃子が最後のサラダを抱え、それをテーブルの中央に置いて席に座った。
「おはようなのは」
士朗が最初になのはに声をかけると、桃子と美由希も「おはよう」となのはに朝の挨拶を向けてきた。
当然、返さないわけもなく、意識せずなのはも「おはよ」と笑顔で返して自分の席に着いた。
これは、魔法というモノと出会わなかったなのはが過ごしていたかもしれない“日常”だ。
前に、フェイトに聞いたことをなのはは思い出す。
“闇の書”の閉鎖空間の中にあったフェイトが感じた至福の時のこと。
きっとこれも、その一つの現象なのだろう、と思い目の前に出されたコーヒーカップを持ち、口まで持っていく。
感覚はリアルそのもので、実際に感じているのだろう。
コーヒーの温かさとほろ苦さ。
自分はこんな日常を望んでいたのだろうか、という疑問が浮かぶ。
朝食を家族とともにして、その後学校や仕事に行く。
魔法なんて御伽噺で終わっていた世界が・・・あったのだろうか?
「なのは、食べないのか?母さんの作ったサラダはうまいぞ?」
と、士郎が笑顔で問いかけてきたので、首を振ってなのはは立ち上がる。
「ごめんね・・・私、行かなきゃ」
今、思い出や選ばなかった人生を夢見ても仕方がないと、そう思いなのはは家族に背を向ける。
「なのは!」
一歩、なのはが足を動かしたと同時に、士郎の声が聞こえた。
「・・・頑張れよ」
思わず、振り返ってしまう。
そこには・・・なのはが守りたくて、そして帰る場所である家族の温もり・・・笑顔があった。
「うん!」
夢でもいい。幻でもいい。たとえ敵の罠でも、力強く頷くことができた。

 

机には、チケットの他にメモ用紙が一つ置いてあって、「9時に駅前」と短く書かれていた。
それに従い、今駅前へと行こうと思ったのだが、ふとハラオウン家が気になったので、そのマンションまで来ていた。
ドアの横のポストにはしっかりと「ハラオウン」と書かれており、なのはの知る者たちの名前が書かれていた。
「・・・」
固唾をのみながらも、なのははインターホンを押す。
インターホンの音が大きくなると、「はぁーい!」と返事が返ってきた。
クロノの母リンディ・ハラオウンの声だ。
ガチャリ、とドアが開くと、記憶の中のリンディと違わぬ笑顔のリンディが立っていた。
「あら、なのはさん?フェイトのこと迎えに来たの?」

 

どうやら、映画のことは知っているようで、なのはの返事を待たずに、彼女は奥のほうへフェイトの名を呼んだ。
しばらくして、どこか面持ちの暗いフェイトが出てきて、リンディが「暗い顔しないの!」と励ましていた。
「じゃ・・・行ってくるね、リンディ義母さん」
「はい、いってらっしゃい!」
手を2、3度振ってからリンディはドアを閉めて、そこにはなのはとフェイトの二人が残った。
「・・・フェイト、ちゃん?」
恐る恐る、となのははフェイトの名を呼ぶと、フェイトは今にも泣きそうな顔で、なのはのことを見た。
「なのは・・・ここって、現実?それとも・・・あの人が作った虚構?どっちなの?」
絞り出したかのような声に、なのはも少し辛くなる。
「虚構だよ。ここは現実じゃない・・・私は本物だよフェイトちゃん。
フェイトちゃんもあの人に・・・ラウル・テスタロッサに、ここに連れてこられたんだよね?」
コクン、と頷くフェイト。
これで、なのはは一つの推測を考えた。
映画のチケットと桃子の言った三人で映画に行く約束のこと、つまりなのはとフェイト、はやての三人だけが、この虚構空間に連れてこられたのだ。
目的はわからないが、映画の内容から“赤い翼”のことについてなのだろう。
「行こう?」
フェイトの肩をポン、と叩いてなのはは時計を見る。
メモの約束に従えば、駅前にはもうはやても来ているだろう。
フェイトもなのはがいることに少し安心したのか、大きく頷いて、「行こう」となのはに返した。
ハラオウン家の階から見える風景は、思い出のままで、何一つ変化はなかった。
それに、少しだけ安心してから、なのはは歩き出し、フェイトもそれに続いた。
「なのはは、レイジングハート、起動できる?」
歩き出したのもつかの間、フェイトがそう問いかけてくると、首を横に振り、「バルディッシュも?」と問い返す。
「うん・・・魔力も結合できないし、まるで魔法が最初から使えなかったみたい」
なのはと同じ感想をフェイトも抱いたことに少し苦笑する。
やはり、それほどになのはたちにとって、魔法とは、日常の一部のようなものになっていたのだろう。
「ねぇ、なのは・・・私はね、こんな世界認めないよ。けど、現実も悪夢で終わってほしいって、思っちゃう」
もう戻らない日常・・・確かに、悪夢であってほしい、と思う。
でも、それはあくまで願望だ、と思い、フェイトに振り返って彼女の額をつつく。
「だめだよフェイトちゃん!私たちは進むの!
振り返るのもいいけど、ユーノ君やヴィヴィオ・・・他の皆が作ってくれた道を見失わないためにもね!」
ここの来る前にレイジングハートに言われたことを思い出す。
─強くないくせに、弱くないふりをする。
確かに、と思うが、それでも今はそうすると決めた。
精一杯笑って、精一杯強がって、精一杯弱さを隠す。
この先にあるものが暗闇でも、そのさらに向こうに希望の光があればそれでいい。
目指すものがあれば、ともかく進める。
その道が犠牲に成り立っていたとしても、その犠牲になった人たちが何を思って道を作り出したかを忘れないようにして。
「さ、行こう!」
フェイトが頷くのを待って、なのはは彼女を見つめると、フェイトはすぐに頷き、ようやく笑顔を見せた。

 

駅前に行くと、そこにはやはり暗い面持ちのはやてが駅前の電柱に背中を預けていた。
そして、なのはとフェイトに気づいたのか、はやては一瞬戸惑ったように目線を二人からそらした。

 

不可解だ、とは思わなかった。
なのはとフェイトが同じだったように、はやても目覚めた時は家で、きっと何かがあったのだろう。
もしかしたら、なのはたち以上に辛いことがあったのかもしれない。
10年前、自分を守るためにその命を空に返した彼女がいたのかもしれない。
そう思うと、やはり辛くなるが、今その感情を優先するわけにはいかない。
「はやてちゃん!」
強めに彼女の名を呼ぶと、はやてはビクッと体をすくませてから、視線をなのはたちに戻してきた。
「あ、なのはちゃん・・・フェイトちゃん」
力なく、まるで半死の病人のようだ。
「しっかりしてはやてちゃん!」
近づき、なのはははやての肩を掴んで、強くはやてに訴える。
立ち止まるな、と。今ここにいることを考えてみて、という思いを瞳にこめて。
「はやて!ここまで来たら、もう辛さだけで押しつぶされるだなんて、ナシだよ!」
フェイトもまた、そう自分に言い聞かせているのだろう。
心を強く持たなければならないからこそ、それを他人に言って、もう一度自分に確認しているのだろう。
「・・・そ、やね。うん・・・」
儚げな笑みを浮かべ、はやてはなのはの手に自分の手を重ねた。
「ごめんな、二人とも・・・ホント、ごめん」
薄くなっていたが、彼女の目元には涙の跡らしきものがあって、泣いていたんだ、となのはは苦い顔をした。
「・・・けど、このチケットの・・・“運命に弄された少年”って、やっぱり“赤い翼”のことなんかな?」
いつもの口調ではやてはそういうと、ポケットから一枚のチケット・・・なのはとフェイトも持ってる映画チケットを取り出した。
「だと思うけど・・・その映画館に何があるかは、わからないよ」
不確定の中にある情報は、やはり深く考えても答えは出ず、明示された駅前からすぐの映画館に行くしかないようだ。
「行こう!」
同じくチケットを見つめていたフェイトもやはりほかに手立てがないようで、なのはとはやても頷いた。

 

映画館の前に立つと、看板が目に付いた。
“運命に弄された少年”
タイトルとともに、描かれていたのはやはり“赤い翼”の少年シン・アスカだった。
だけど、それは戦っている彼の姿が描かれていたわけではなく、民間人、というのがしっくりくるどこにでもいそうな少年が、泣き叫んでいるモノだった。
「これ・・・?」
「なんなんやろな。この子も悲劇に見舞われてるから、知ってくれ、とでもいいたげやな」
皮肉を込めた言葉を発するはやて。
さすがに口に出してそう言うつもりはないが、なのはもそう思ってしまっていた。
それはフェイトも同じようで、看板から目をそらしていた。
「いらっしゃい」
「「「!?」」」
そうしていると、看板のさらに奥から声がして、そちらを見れば、髪の色はすでにすべて白く、
顎には白く長い顎鬚をたくわえた齢70はくだらないだろう杖を持った老人が立っていた。
「チケットは持っているカネ?」
なのはたちの驚きなど無視して、老人は話を進める。
手を差し出しているのは、持っているなら、チケットを渡してくれ、ということなのだろう。

 

「あなたは・・・一体?」
なのはも、ただ情報がないままでは動けず、チケットを出す前に老人に問いかけた。
すると老人は出した手を引っ込めて、なのはをマジマジと見つめる。
「ワシは、ここの館長をしているジジイじゃ。お主ら客人をもてなすためにここにおるんじゃよ」
それはおかしい。
駅前の映画館は規模は大きいとは言わないまでも、それなりの規模だ。
だから、館長自らが、というのは少し納得ができなかった。
「信じられんかね?しかし、本当のことじゃよ。ラウル・テスタロッサがワシにそう命じたのじゃから。ワシはそれ以上のことは知らんよ」
老人の口から発せられたソレは、これ以上ない説得力を持っていた。
「感動・・・とは少し違うかもしれんが、ハンカチの準備はしておくがいい。ワシは耐えられなかった」
言い終わると同時に、老人はまた手を差し出してきた。
今度こそ、チケットを渡せ、ということだ。
なのはは左右にいるフェイトとはやてをそれぞれ見てから、頷いて映画チケットを老人に渡した。
「じゃあ、そこのエスカレーターを昇って行ってくれ・・・」
示された先には左側が上へ、右側は下へ向かうエスカレーターがあり、老人は杖をつきながら、右側のエスカレーターで、下へと降って行った。
最後には、なのはたちに背を向けたまま手を振って。
「・・・じゃあ、行こうか?」
確認すると、全員頷いた。
エスカレーターに乗ると、自動で昇っていく。
二階に着くと、粗末だ、と感じない程度には綺麗なドアがあり、そこが入口なのだろう。
なのははその扉に手をかけ、ゆっくりとあける。
手入れされているのか、そのドアは何かに詰まることもなく、錆びた音もせず、開いて行く。
「いらっしゃいませ、お客様」
開けると同時に、そんな声が聞こえた。
そこには、ピエロのような派手な仮面をつけた変声機を使ってぼかしてあっても
声音から察するに男性だろう人物が頭を下げてなのはたちを迎えていた。
今さらこんなものでは動じるわけもなく、なのはたちはゆっくりと館内へ入る。
「お客様方は優先座席ですので、一番前になります。どうぞこちらへ」
仮面の男はなのはたちを先導して、座席へと案内していく。
仮面の印象とは違い、対して派手なことはしない男だったが、その男もすぐにお辞儀を一度して、館内から出て行った。
館内を見渡すと、客はそれなりに多いようで、人影がたくさん見れた。
「不思議、だね。ここにいる人、偽物ばかりなのに、いやに落ち着くよ」
と、フェイトが言うと、はやても賛同し「映画館にはポップコーンがほしいね」と冗談まで言っていた。
「二人とも、だいぶ落ち着いたね。後は・・・何があるのか、だね」
なのはのかすかな不安と警戒も、当たり前のことだが、やはり日常的な場面を使われているだけに、薄れやすい。
そう思っていると、放送が入る前のマイク音がして、館内の照明がゆっくりと暗くなっていく。
「お客様、大変長らくお待たせしました。ではこれより“運命に弄された少年”を放映したいと思います。どうぞ、お楽しみください」
定番の文句が放送され、始まるのか、と息をのむ三人。
ゆっくりと幕が上がり、奥にあるスクリーンが顔をのぞかせた。
そして、後ろから光があふれ、それがスクリーンにあてられると・・・映画が始まった。
始まった・・・はずだった。
だが、映画が始まった瞬間に、上下左右の間隔がなくなり、館内という光景は一瞬で無となった。

 

「なのは!」
「なのはちゃん!」
「フェイトちゃん!はやてちゃん!」
散り散りにならないように、互いの手をつかむ。
しかし、それも無意味なことだとすぐに気付いた。
三人は同じ空間に収束され、球状のエネルギーが包み込んでいたのだ。
光がパっと照らすと、次に三人が見たのは、白い雲・・・地上からかなり離れた上空にいたのだ。
「ここ・・・は?」
見慣れない光景。
今度こそ、日常の光景ですらない場所に出され、困惑するなのは、フェイト、はやて。

 

「父さん・・・母さん・・・マユ!?」

 

声が聞こえ、なのはたちは下を見下ろした。
地上からはそれなりに離れているはずなのに、声は聞こえた。
鮮明に、そして、まるで映像を見るかのように声の主の姿を見つける。
焼け野原、という言葉がぴったり当てはまるだろう、草や木がそこに落ちたとてつもない
威力と風圧で中心地から外側へ木々が傾き、盛り上がりえぐられた地面、燃え盛る炎の中。
悲しみでいっぱいのシン・アスカの姿がそこにはあった。
なのはこそ、その姿に少なからず苦い感情を抱いていたが、それはなのはが前線の人間だからだ。
その証拠に、苦い顔をしてこそいるが、それは実際にあるものだと認知しているフェイトとはやてが傍らにいるのだ。
そう思っていると、シンの叫びが聞こえた。
悲痛な・・・理不尽に耐えきれず、心の崩壊とともに放出された叫び。
「これが、シン・アスカが戦いに身を投じることになったきっかけ、とでも言えるでしょう」
声・・・先ほどの仮面の男の声だ。
説明口調をそのままに、男はなのはたちの前に姿を現し、説明を続ける。
「CEという世界について、あなた方はどこまでご存知で?」
もはや、映画という形は完全に失われているようで、これでは説明会のようだ。
質問の答え、ということでなのはは「あまり」と口にする。
「では、説明いたしましょう。CEとは、年号コズミック・イラといいます。この世界では・・・」
男は淡々と説明していく。
第72管理外世界、CEについて。視点こそ傍観的だったが、わかりやすく、何もかも伝えてくれた。
怒りの在処、悲しみの在処、不幸の在処、理不尽の在処、戦争、差別、数えきれない感情が行き交い、譲らず、引かず、戦う。
まだ見ぬ宇宙という真空の世界で起こる悲劇に、抵抗できず死んでいった数多くのナチュラルとコーディネイター。
その中で、戦ったシン・アスカという少年。
「彼は、プラントの統治者に才能と意思を買われ、最新鋭の機体を与えられ、戦いました。
戦争です、と割り切れないほどの悲しみを経験し、憎悪で敵を討ったこともある」
流れる光景はどれも、シンが関わっているモノばかりだった。
これはきっとシンの記憶をもとに作成されているのだろうが、それでも男の説明は中立的だった。
「しかし、最後にはアスラン・ザラ・・・キラ・ヤマトや、友人、生き残った恋人とともに世界を守るために戦うことを誓った」
風景が、穏やかな海と、荒れ果てた場所、吹き飛んでめちゃくちゃの花が散乱している場所にたたずむ慰霊碑の前だった。
そこで、涙しているシン、そして、キラとアスラン、女性が3人映っていた。
「ここで、シン・アスカは一時的に救われた・・・でも、不満がないといえば、嘘になる」
また光景が変わる。
「戦いは、防衛という形に切り替わり、世界のシステムはゆっくりと変わっていった。
差別は少なくなり、人の心は変わった。だが、シン・アスカの心は世界に未だ囚われていた」

 

つまらなさそうな顔をしながら、自室のベッドに寝転がるシンが映る。
「彼は、守れないことにやはり苛立ちを覚えていた。そう、防衛といえど100%命を守り切れない。
数字でしかないとしても、結果は残り、疎まれたりもする。そういうのはうんざりだったが、彼は軍に残った」
何が、彼をそうさせたのか、なのはにはわからなかった。
あれだけのことを言うのだから、やはりそれなりに悲しみを背負っているはずだ。
そう思ってみていて、確かに悲しみ、悲劇を連続して受けている彼だが、傍観者としてみれば、彼は同じようなモノを与えてきた人生のはずだ。
「何か、言いたげですね?高町なのはさん」
そんな考えが顔に出ていたのか、男がなのはに問いかけてきた。
説明をいったん区切ってまで話しかけてきたのだから、それなりにやはり確信があるのだろうと、口を開く。
「彼は・・・ただ、八当たりみたいに怒りをばらまいてるだけ、なんじゃ?」
言いすぎただろうか、と思ったが、男は肯定であるかのごとく首を縦に振った。
「その通りですよ。彼はね、力があって、悲しみの行き場を戦うことにしたのですよ。
彼は“持つ者”だった。ただ、それだけで彼は悲しみを力に頼って発散し、ため込んできたんですよ」
ハッとする。
男の言った“持つ者”という言葉。
そして、ラウル・テスタロッサが言った”持つ者と持たざる者”という言葉。
最初こそは、“持たざる者”だったシン・・・だが、次第に“持つ者”へと変わるシン。
「“持つ者と持たざる者”の特性を持ったシン・アスカに、ラウル・テスタロッサは惹かれた。
そして、彼を救うことを考えた。それが、“プロジェクトD”・・・“Delete・Destiny(運命の消滅)”なのですよ」
「デリート・・・デスティニー?」
「運命を、消す?どういうこと!?」
フェイトが声を荒げ、男を問いただそうとする。
おかしな話だ。
運命なんて不確かな、確認しようのない要素を消す?どうやって?
「運命とは、あなた方が想っているようなモノじゃない。それに、ラウル・テスタロッサは運命だけを
消去しようなどとは思わない。運命に付随するモノなど、いくらでもある。たとえば、魔法を使う才能、とかね?」
男の言葉に、なのはたちはただ愕然とした。
ラウルが行おうとすることが、一人の人間が、一人の人間に惹かれただけなのだと気づいた瞬間には、もう、時間は過ぎ過ぎていた。
この戦いに高尚さなんてものはない。
ラウルが述べた数多くの言葉はただの付属だ。
行う行為をより高尚に見せるためのブラフ。
真なる彼の願いとは・・・・・・。

 

誰しも“持つ者”などになるから苦しむことになる。
なら、すべてが“持たざる者”ならばいいのではないか?
一人の少年を見て、ただそう思った。
探し求めていた答え、だが、あまりにも安直すぎるのでは?
そう考えたが、それくらいがちょうどいいのかもしれない。
この世界は、理不尽があってもかまわない。
差別もあっていい。
だけど“持つ者”だけは、あってはならない。
だから、完成させるんだ。すべてをかけて、あの少年を救うのだ。

 

招待された映画館、その中で語られ始める物語と、追随していく賢者の意図。
誰が悪かったのか、と問うことも、
誰が正しかったのか、と考えることもなく、
時間だけは、過ぎて行った。
“赤い翼”を見た賢者は、何を思ったか。
運命を信ぜず、ただ己の知識で何を壊すのか。

 

解放された力、自由の翼持つキラ、赤き正義を持つアスランは、死力を尽くして“敵”と戦う。
先にある一つの結果意外を知らず、先にある結果に興味を持たず。
否、答えを知っているから知らず、興味を持ちたくないのだ。
戦えば、どちらかが滅びる。
分かっているからこそ、今滅びるわけにはいかない両者の激突は空を裂く。

 

次回 望んだのは、儚い“希望”

 

例え犠牲を払っても、明日がほしいんだ。