RePlus_小ネタ

Last-modified: 2011-08-02 (火) 13:58:43

「アスカ、アンタ何してんの?」
「うん…ああ、ちょっとな」
 ティアナが、隊舎のロビーに座り、小難しい顔をしながら雑誌と睨目っ子するシンを見つ
けたのは偶然だった。
 外は灼熱只今夏真っ盛り。
 非番だからと言ってもとても街へ出掛ける気分では無かった。
 車でもあれば別だろうが、ティアナは免許こそあれ自分の車を持っていない。
 社用車である六課のジープはあるが、軍用仕様のジープで近所のショッピングモールに行
く気にはなれなかった。。
 目立つ云々では無く単純に貸し出し手続きが面倒くさいのだ。
「席いい?」
「ああ…いいぞ」
 シンは、ティアナに目もくれず以前雑誌を睨みつけている。
 ティアナは、怪訝に思いながらもシンの隣に座ろうと思ったが、気恥ずかしくなりシンの
正面に腰を下ろした。
「車のパンフレット…アスカ、アンタ車買うの?」
「うん?…ああ。無いと不便だって最近思い始めてさ」
「でも、アスカのお給料じゃ維持費も高くつかない?保険料とか税金とか」
 一体全体何をそんなに真剣になっているのやらと思えば、シンは車の中古専門誌と各社デ
ィーラーのカタログを目を皿のようにして睨みこんでいる。 
 雑誌には、中古から新車までの多種多様の車がならび、新車はそれなりの値段が提示され
ている。
 元ザフトレッドであるシンは、優遇権限も多く基地の車、単車を問わず身分証一つで自由
に借り受ける事が出来た。
 だが、シンのミッドチルダでの身分は三等陸士。
 世間の一公務員にしか過ぎず、訓練校を卒業した新人が最初に拝命される身分で、言って
しまえば超下っ端だった。
 当然給料も安く、危険手当と深夜勤務手当てが無ければ、雀の涙程の量しか無いのが現実
だ。
 ティアナも似たような物で、災害救助に従事した経験が加味されている分、基本給はシン
よりもマシだが、安くも無く高くも無いと言った所か。
 因みにミッドチルダでは、税金の額は車のエンジン出力の大きさで決まっている。
 特にフェイトが乗っているような、高出力低燃費のコンセプトカーは、お値段が一桁違い、
下手をすればマンションが一部屋購入出来るお値段である。
「軽出力車なら…何とかいける…はず」
 端末を片手に見積もりを弾き出すシン。
 確かにその計算ならば毎月ギリギリ黒が出るであろう。
「って言うか、アスカ。アンタ、この雑費の項目ちょっと多すぎじゃない」
 確かにシンの家計簿は、雑費の項目だけが他の出費より頭一つ、二つ分飛びぬけて多い。
 この項目を減らせば、もう一段上の車が買えるのでは無いだろうかとティアナは思う。
 ティアナが、端末の雑費の項目を指差した瞬間、シンが眉を潜めながらなんとも形容し難
い顔をティアナに向けて来る。
 その様子は不貞腐れた犬そっくりで何とも情けない。
「な、なによ」
「…いや、何でもない」
(…お、お前らが、クレープだのアイスだのってなぁ)
 シンにして見れば、非番の日にティアナとスバルに奢らされる食事代は馬鹿にならない。
 確かにクレープやアイスなど、一回の値段的には大した事は無いが侮ることなかれ。
 塵も積もれば山となる。
 軽食と言えばど回数を重ねるとそれなりのお値段になるのだ。
 では、割り勘にすれば言いと話であるが、アイス屋の前で瞳を輝かせるスバルや、「あり
がとう」と言うティアナの微笑みを何か良いなと思って仕舞える辺り救いようが無かった。
 自分の妙な見栄と漢度数を考えると、情けないやら悲しい気分になるが、シンは心の中で
涙をグッと堪える。
 余談だが、はやてやシグナムによく食事を奢って貰う分、シンの見栄も漢度数もプラマイ
ゼロとも言える。 
「あたし、これがいいな。値段も広さも丁度良いと思うし」
 ああだこうだと話し合う中、シンの背中からアイスを加えたスバルがひょいと顔を出す。
 スバルが指差したのは、最近売り上げを伸ばして来た新規メーカーの車で、値段の割りに
性能が良いと評判の物だった。
「アンタが買うわけじゃ無いでしょ」
「でも、ティア。シン君に車があれば買い物とか便利だよ」
「それは確かにそうだけど…って、アンタ、アスカ使う気満々じゃない」
 嘆息するティアナの横でスバルが、無邪気に笑っている。
 ティアナもスバルの言い分は分からないでも無い。
 車があれば買い物も便利になるし、あのオンボロ自転車で二人乗りを注意される事も無い
だろう。

「えへへ。バレた」
「ばれたじゃ無いわよ」
「でも、シン君はティア専用ってわけじゃないし」
「あ、当たり前でしょ!…と、当然アンタ専用でも無いからね…」
「ティア?」
 ティアナは、顔を赤く染め、声がごにゅごにょと尻すぼみに小さくなって行く。
 目が泳いぐティアナを見てスバルは頭の上に疑問符を浮かべる。
「お前等な…もう少し静かにしてくれよ」
 頭の上でぎゃあぎゃあ騒がれては集中出来ないのだろう。
 シンは、端末から顔を上げむっとした様子で二人を睨んでいる。
「あっ、ごめん」
「ごめんシン君」
「一応言っとくけど…まだ本決まりじゃ無いからな」
 二人はごめんねとジェスチュアーを返し、スバルは少し迷った後ティアナの横に腰を下ろし
た。
「それで、ランスターはどれがいいんだ?」
「あ、あたし?」
「ナカジマだけ聞いて、ランスターに聞かないのは不公平だろ」
「で、でも、アスカの車よ」
「どうせ、一緒に使う事になるんだろうし、要望位聞いとく」
 ティアナにその発想は無かったらしく、シンからの突然の提案にが沸騰しそうになる。
(落ち着け私。深い意味は無いのよ。そう深い意味は無いの!)
 とは言ってもそれはそれ、これはこれ。
 例えシンの言葉に深い意味は無くとも"一緒に"使うと言う妙なリアルな響きに、ティアナ
の心臓はバクバクと高鳴り、顔が赤くなるのが止められない。
「い、一緒にって、どうするのよ」
「…ほら、買い物とかあるだろ」
「…わ、分かってる。分かってるわよ!」
「な、なんで急に怒り出すんだよ」
 があっと唸り出すティアナに、シンは目を白黒させながら思わず仰け反ってしまう。     
 "一緒に"を"将来的に"と脳内変換してしまう少女は、果たして罪に問われるのだろうか。 
 少なくとも、罰を受けるのはシンだけのような気がした。
「私は、これがいいかなぁ。小さいけど中は広そうやし」
 再度シンの後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。
 空色の瞳を持つシンの上司であるはやてが、背中越しに声をかけてくる。
 肩に手を乗せられ背中越しのカタログを指差されると、何かが当たりそうで当たらない微
妙な距離に何ともいえない気分になる。
「部隊長お疲れ様です」
 シンは、二人に決して悟られまいと努めて平静を保ちながら敬礼する。
「「お疲れ様です」」
「はいお疲れさん、アスカさん、ティアナ、スバル」
 非番だと言うのに、その場に立ち上がり律儀に敬礼する三人に、はやては思わず苦笑し、
"極"自然な流れでシンの隣へと腰を下ろす。
「ほら、値段も手頃で燃費も良さそうやし」
「むっ」
 飽く迄自然にシンに寄り添う様に距離を詰めるはやて。
 ティアナは、そんなはやてを見て、久方ぶりに名状し難いもやもやとした感触を覚えた。
「ほ、ほらこれなんかどう!」
 勢い任せに身を乗り出し、パンフレットの車を指差すティアナ。
「ランスター、これはちょっと大き過ぎないか。キャンプでも行くつもりか?」
 指差した車は、どう見ても家族用のワンボックスカーで、独身のシンが買うような代物では
無い。

「いいじゃない。その内色々と必要になるわよ。今から備えとけば何かあった時に便利でしょ
色々と増えたりとか!」
 何が増えると言うのか。
 シンはティアナの言葉に得体の知れない恐怖を覚えどうにも落ち着かない。。
「ほほぉティアナ…やるなぁ」
 はやては、同族にしか分からない微かな香りを敏感に嗅ぎ付け、やってくれるとばかりティ
アナに挑戦的な笑みを浮かべる。
 何故か微笑みあう二人にシンは妙な重圧を感じる。尻尾か耳があれば、無意識であれ、間違
いなく垂れ下がっていた事だろう。
「私はこのジープとか良さそうですね。頑丈そうで」
「副隊長もですか?」
 顔を上がれば、いつの間にか現れたのだろう。制服に身を包み、姿勢を良く微笑を浮かべた
シグナムがシンを見下ろしていた。 
「楽しそうだったのでな。駄目か?」
「いえ、駄目じゃ無いですけど」
「心配するな、これを買えと言う訳では無い。いつぞやの服のお礼だ。あまり詳しく無いが、
参考程度にはなるだろうと思ってな」
「あるがとうございます」
 服と聞いて何を思い出したのだろうか。
 シグナムの言葉に、はやてとティアナのコメカミがピクリと動き、それに呼応するように周囲
の気温が二、三度下がった気がする。
「良かったわね…アスカ。貴重な意見が聞けて」
「そうやなぁ、アスカさん。意見は多いほうがええもんなぁ」
 シンは、得体の知れぬ重圧を二人から感じ、背中に冷たい汗が流れて行くのを自覚する。
 また、自分は何か良くない事を言ったのかと、記憶を穿り返して考えるみるが見当がつかな
かったりする。
 シンが喉を引き攣らせ、少女二人が水面下でハチバチと火花を散らす最中、最後の乱入者シ
グナムの登場によって状況は更に混迷を極めていく。
「私これがいい!」
「これよ、アスカ!」
「これやってアスカさん!」
「私はこれの方が…」
 女四人集まれば姦しいでは無く激しく喧しい。
 一人無邪気に意見を言うスバルに続き、対抗するように言い合うはやてとティアナ。
 そんな二人を不思議そうに見ながら、ランドクルーザー等やたらと頑丈そうな車ばかり指差す
シグナム。
 いつの間にか参考意見はお空の彼方に消え去り、四人が四人共の己の意見を壮絶に言い合って
いた。

 傍を通りかかる六課職員は、またかと呆れながら無視を決め込み、一般外来の客は何事かと
眉を潜め噂話に興じている。
 議論に熱中している四人は、周りの様子が気にならないから良いが、一人素のシンはたまった
ものでは無い。
 喧々囂々を鳴り響く意見の応酬を見てシンの顔が激しく引き攣った。 
「な、なぁキャロ。キャロはどれが良い」
 シンは居た堪れなくなり、カタログ片手にその場を何とか逃げ出すシン。
 そして、丁度ロビーを通り縋ったキャロに助けを求めてみる。
「何ですかこの騒ぎは?」
「いや、何て言えばいいのか俺にも分からない」
「また、アスカさんが、迂闊な事言ったんだと思いますよ」
「お、俺は別に」
 いつもの通り何気に素っ気無い。
 シンは少しだけショックを覚えながら、何を思ったかキャロに意見を求め始める。
 キャロが車に詳しいとは思えなかったが、耳を澄ませば、どう考えてもシンの年収の五倍以上
ある車の名前が上げられているのだ。
 ここまで揉めては自分の意思が通るはずも無く、考えるだけなら無料だが、下手をすれば本当
にその車を買わされそうな雰囲気すらあった。
 シンは、兎に角一応の決着を見せなければ、この場が収まると思えず冷静な気持ちを保ったキ
ャロに建設的と言うか、兎に角一縷の望みを託したのだ。
「これですか?」
「……」
 キャロが指差したスポーツカーは、シンが考えていた物よりどう考えてもゼロが二つばかり多
く、後ろから聞こえてくる車種なら軽く二、三台ばかり買えそうな代物だ。
「私はやっぱり車は格好良い方が良いと思います」
 キャロは、引き攣ったシンの顔をは不思議そうな顔をしながらも、我関せずとばかり書類を抱
えその場を迅速に離脱する。
 すぐ後ろで喧しく響く四人の言い合いを背後にシンは、エリオも将来苦労するなと小さな騎士
に手を合わせた。