RePlus_閑話休題一点五幕_後編

Last-modified: 2011-08-02 (火) 15:48:33

「だから、歩いてるのよホテルが!映像行ってるんでしょ。さっさと確認しなさいよ」
 首都クラナガンの夜景と言えば、一億クラナガンドルの夜景と称される程の優美で流
麗な事で有名だ。
 近代建築の粋を凝らして作られた高層ビルと首都を四分割する十字に切られた高速道
路。そして、首都周辺を囲むように伸びた臨海道路が、夜のクラナガンを色彩豊かに彩
るのだ。
 だが、クラナガンの美しい夜景は、今は成りを潜め、代わりに人々の目に飛び込んで
くるのは、高層ビルに纏わり付くガジェットの群れだった。
 ガジェットは、機体腹部に装着されたローラーとマニュピレーターを器用に使い、「
F○CK」など、ニューヨークのスラムにありがちな放送禁止用語の無数の落書きをビ
ルや首都中に描いて回っている。
 それだけならまだしもガジェットに装着された特殊弾頭は、人の衣服を融解させる迷
惑仕様。季節は幸い夏。風邪を引く市民は少ないだろうが、首都中に裸の市民が溢れ、
ヌーディストビーチのような様相を見せていた。
『無茶言わないで下さいよ。ランスター二等執務官。今首都圏で大規模な停電が起きて
るんです。今だって管理局本部はが非常電源で動いてるんですよ。映像なんか届いてる
わけじゃないでしょう』
「なら復旧に努めて。こっちは増援が居るの。早く手配してちょうだい」
『しかし、私の一存では』
「あぁもう。だから、部長に代わりなさいって言ってるでしょ」
『では現場の状況をもう少し詳しく。でなければ、私も上に上申しようが…』
 ティアナは、頭の固い書記官に苛々しながらも、なるべく状況を懇切丁寧に状況を伝
えようと躍起になっている。
 だが、丁寧に説明しようとすればする程、今目の前で起こっている出来事が馬鹿らし
く聞こえるのは無理も無い事だ。
ずんぐりとしたドラム缶のような体躯。ホテルの両隣のビルが半分もげ飛び、ホテル
の中階部分に連結され巨大な腕のように異様を見せていた。
 地下駐車場からは、何処から現れたのかガジェットⅢ型がせり上がりキャタピラのよ
うに連なり、ホテルを支えている。
 ティアナは、停めていた車を瓦礫の山から何とか引っ張りだし、巨大ロボの追跡を開
始した。買ったばかりの新車でまだローンが丸々残っているのだが、フロントはベコベ
コ、ドアは傷つき歪んでしまっている。
 幸い妨害電波は、ホテルロボの周囲でしか効果を発揮していないようで、ノイズ混じ
りではあるが、緊急用の高出力通信機を使い、ティアナは管理局へと連絡を取る事に成
功していた。
「ロボね」
『ロボって、ランスター執務官?』
「だってロボとしか言いようが無いのよ」
 ティアナは、ETCバーを突き破り高速道路に車を滑り込ませる。もう、車体に傷が
付くなりと嫌がっている場合では無かった。ティアナは、クラッチを切り替え、プロレ
ーサー顔負けのハンドル操作を見せ、車の山々をすり抜けていく。
『ティアナか?』
「部長」
 酷いノイズ混じりだが、通信先からティアナの見知った声が聞こえてくる。
 アスベル・フォールズ。ティアナの捜査室の大ボスで、ティアナの直属の上司の女性
だ。
『今現地駐在員から被害状況を把握した。しかし、落書き変態ガジェットに巨大ロボッ
トな。いつからクラナガンは漫画の世界になったんだ?』
 アスベルは、やる気なさげに呟き、鬱陶しそうに髪を手櫛で空く。
「でも、部長。被害は甚大です」
『言われなくても分かってる。分かってるだけで、聖王教会直轄領、各次元世界大使館
、民間企業、コンビナート諸々が落書き塗れだそうだ。被害総額を考えると頭が重くな
りそうだぞこれは…やっこさん、クラナガンを画用紙か何かと勘違いしてるんじゃない
のか?最も金の勘定は私らの仕事じゃ無いがね』
「部長。それはちょっと問題発言のような」
『事実だティアナ。私達執務官の仕事は犯人を逮捕して何ぼの世界だ。制服組におべっ
かを使う気は私はなれんし、使う気も無い。お前も執務官なら給料分働けよ』
 苛烈な正確な彼女だが、アスベルを慕う局員は不思議と多い。自他共に認める腕利き
で、どんな階級の相手にもその辣腕を振るう事を臆さ無い彼女は、管理局と言う巨大な
組織には不向きに思えた。

 だが、アスベルの出たとこ勝負の性格が、また自分と気が合うのだろう。ティアナは
、なのはとはまた違った意味での厳しさと優しさを持つ現上司をとても気に入っていた。 
『雑談はここまでだ。状況を簡単に説明する。後は自分で考えろ。首都内は現在大混乱
。間が悪い事に武装隊の第二連隊の連中は、統一次元世界大統領選挙の選挙活動で目立
ったメンバーは、ミッドチルダにすら居ないと来た。使える魔道師、人材が居ない。こ
ちらも首都機能の復旧に全力をあげているが、如何せん人手が足りん状態だ。悪いがお
前の育児休暇は一旦中止だ。お前のデバイスも用意した。とっとと庁舎まで取りに来い』
「エクセリオンを?」
 ノイズ混じりの声の中に嬉々とした感情が伺える。久しぶりのお鉢が回ってきた大事
件だ。管理局内は指揮系統が混乱し、上へ下への月末のオフィスのようにこんがらがっ
ているだろう。
 恐らくアスベルは混乱に乗じて現場の判断の名目で、自ら陣頭指揮を執るつもりのよ
うだ。やはり、アスベルには鉄火場が良く似合うとティアナはそう思った。
『あぁ。ついでに動かせる人材も"無理矢理"動かしておいた。こちらで合流しろ』
「動かせる人材?」
『こちらにこれば分かる』
「了解」
『…それとは別にティアナ。犯人の目的は何だと思う?』
「それは…多分」
 高速で流れる景色とは別に、ティアナの目の前に、暗闇の中神々しく光る建造物が目
に飛び込んでくる。
『クラナガンハインケルタワーか』
「恐らく」
 クラナガンハインケルタワー。
 クラナガン中央部に聳え立つ白亜の巨塔は、漆黒が支配する首都の中で唯一光を保っ
ている場所だった。
 各次元世界の独立自治協定平定の際に、モニュメントとして建設され、エネルギー送
電施設としても使用され、まさにクラナガン、しいては次元世界の平和の象徴とも言え
る建築物だ。
 ハインケルタワーが、破壊されれば、市民が精神的に受ける衝撃も併せ実害は想像と
絶する物をなるだろう。
 ホテルロボは、中央道路を練り歩き、ゆっくりとではあるが、ハインケルタワーへ牛
歩のような速度で歩みを進めていた。
『良い読みだ。私も半分はそう思う』
「半分ですか?」
『あぁ。ハインケルタワーを襲うだけなら、ここまで大規模な陽動だとは考えにくいし
、ハインケルタワーよりも狙う重要施設は幾らでもある。そこをスルーしてタワーを壊
滅する為だけに、この規模の陽動は割りに合わない』
「敵の目的が意味不明過ぎると?」
『恐らく目的と手段が入れ替わった…いや、そもそも目的事態が曖昧なのか。だが、そ
れだけで無いようにも思えるし、只、クソガキが暴れているだけと言うか。兎に角気を
付けろティアナ。敵が"迷惑"な奴と言う事だけは理解出来た』
 結局現場に丸投げでは無いかと、ティアナは思わず苦笑いを漏らした。

「もう最低!」
「同意だよなのは!」
「高町なのは君、右仰角七十二度。ガジェットからの砲撃多数。数三十だ」
 なのはとフェイトの絶叫が迸る中、肩にへばり付いた、ガジェットスカリエッティ、
もといガジェリエッテリが優雅な仕草で警告を発する。
「警告ならもうちょっと早く言って。詠唱省略、身体強化」
 星明りだけの夜空に無数の銃弾がなのは目掛けて飛翔し、なのはは顔を引き攣らせな
がら魔法行使へと移る
 なのはの足元に歪な魔法陣が展開され、桜色の粒子が体から溢れる。言霊による術式
構築を無視し、魔力を強引に加工した為に筋肉が軋み、未加工の魔力が体の中で暴れ体
外に溢れ出して行く。
 瞬間なのはの体がぶれ、残像を残し、その場から一瞬で消え去った。
「なのは!」
「大丈夫だよ!」
 なのはの居た場所に無数の銃弾が突き刺さり、服を溶かすだけ液体がアスファルトの
上に弾け四散する。
 四散した溶液が、なのはのシャツにかかり小さな穴を開け「新作なのに」となのはは
顔を顰めた。
 なのは達が、ガジェットの群れと遭遇したのは、屋上に出て直ぐの出来事であった。
オフィスビルに落書きを施して回るガジェットとは別に、人を襲う専用のガジェットも
居るようだ。
 ガジェット達から逃げ惑う人々を保護しなければと、なのは達は人々に群がるガジェ
ットの囮を引き受け、たった二人で奮闘していた。
 幸いAMFを発生させる機体が居ないのか魔法行使は可能だが、二人が如何にオーバ
ーS級の実力者であろうともデバイス無しでは劣勢を避けれなかった。
 金色の魔力光が煌き、フェイトの拳打がガジェットのセンサーを破壊する。だが、ガ
ジェットは蟻のように後から後から溢れ出し、フェイトは徐々にだが追い込まれようと
していた。
「貴方も何か出来ないの!あのビームみたいなのもう一回使うとか」
「無理だね…フェイト君に殴られ過ぎて、実はバッテリー切れ寸前だ」
「フェイトちゃあああん!」
 なのはは、泣き笑いのよううな声を上げ、フェイトに殺到するガジェット達を呆然と
見つめる。
「いけない。なのは君!こちらもだ」
 フェイトに気を取られすぎていたのか、なのはは後ろから接近するガジェットⅡ型の
群れに気が付かなかった。Ⅱ型のツインアイが怪しく輝き、底部に装着されたガトリン
クガンの装填音が響く。
「いけない」
 なのはが魔力盾を展開するよりも早く、耳を劈くような銃弾の発砲音が響き、衝撃で
鼓膜と三半規管が激しく振動する。
「厄日ね」となのはが、今日と言う日を呪い、目を瞑ろうとした瞬間、黒い雷がなのは
の網膜を過ぎり、黒と桃色の粒子が鳥の羽毛のように大気に舞った。
「ヴィヴィオ!」
「キャロ!」
 先端に巨大な宝石を付けた杖型のデバイスを構えたヴィヴィオとの中空に浮かんだキ
ャロが、なのは達を護るようにそれぞれ魔法盾を展開し、ガジェット達の前に降り立つ。
「間一髪ね」
「何とか間に合いました」
 キャロの美しい円形の魔法盾の上に覆いかぶさるように、楕円形で人目で不恰好と分
かるヴィヴィオの魔法盾が展開されている
「防御は下手だねどうも」
「うっさいわ、クレイモア、アクセル行くわよ!」
『OK!』
 聞きなれた声がなのはとフェイトの耳に届き、無数の光弾と巨大な獣の咆哮が闇夜を
揺らす。
 ヴィヴィオの足元に魔法陣が展開され、杖先から漆黒の魔力弾が放たれガジェットを
次々と貫き爆散させていいく。
「フリードお願いね。空間直結部分召喚」
『GAAAAAA』
 キャロの言葉に巨竜の咆哮が再度響き渡り、突如空間がひび割れ、中か巨大な竜の爪
が出現し、フェイトを囲っていたガジェット達を引き裂いて行く。
 炎の揺らめきがメインストリートを照らし、ヴィヴィオとキャロの姿を美しく照らし
出す。
 その様子は、無辜の民の危機にはせ参じた正義の味方と言うより、善悪入り乱れ群
雄割拠する乱世の英雄の方が相応しかった。
(派手だね…どうも)

 だが、爆発したガジェットの破片が、ビルやメインストリートを容赦なく破壊し、考
えようによっては二人の方が迷惑な存在では無いかと、ガジェットスカリエッティは苦
笑いを漏らした。
 当然口に出すと、フェイトよりも悲惨な目に合わされなので、本音は心の奥底にひっ
そりとコンクリ詰めにして沈めておく事を忘れない。
「もう、こんな変態博士に苦戦しないでよね」
「失礼なお嬢さん方だ。私は天才と言う名の紳士だよ、高町ヴィヴィオ。キャロ・ル・
ルシエ」
 突然聞こえてきたスカリエッティの声に、なのはは、一瞬鼻白むが、自分の手に持っ
たガジェリエッテイを見つめ、次の瞬間には血相を変えヴィヴィオに向け叫んでいた。
「ヴィヴィオ、キャロ!気をつけて!」
「そのスカリエッティは本物のスカリエッティじゃないの!」
「…知ってるわよ、ママ」
「分かってます、フェイトさん」
「「へ?」」
「ジェイル・スカリエッティ本人の人格をベースに作られたプログラム体でしょ」
「電脳空間、ネットの奥底で息を潜めてる分には問題無かったのに」
 二人の指摘に、ヴィヴィオとキャロは互いに目配せし、まるで、己の不幸を呪うよう
に深い溜息を付いた。
「「なんで知ってるの?」」
「知ってるも何もこいつが教えてくれたわよ」
 ヴィヴィオは以外に豊満な胸から、一匹の黒い子猫を取り出す。
 子猫は、金色の目を光らせ、なのはとフェイトを小馬鹿にしたように「にゃおん」と
一度だけ鳴いた。
「やぁ私三十二号」
「やぁ私初号機」
 スカリエッティと全く同じ声が辺りに響き、なのはの脇に抱えられたガジェリエッテ
イが、なのはの拘束を解き黒猫の元へと走っていく。
「「な、な、な」」
 なのはとフェイトは、声を戦慄かせ驚愕の表情でガジェリエッティと黒猫を見つめ、
なお呆然とした様子で一匹と一機を見つめた。 
「最初に言ったはずだよ。私はジェイルスカリエッティ本人のAIプログラムを転送さ
れた人造生命体。幾らでもコピーは可能さ。今頃本人は牢屋で転寝こいてる頃だろうけ
どね」
「だから、私もスカリエッティ」
「故に、私もスカリエッティさ」
 ガジェットと黒猫は、なのはとヴィヴィオの手を離れ、サルサを踊りながら陽気に告
げる。
「因みにあれも、私だよ」
「そうだね。あれも私だ」
 黒猫とガジェリエッティは、眼前に聳えるホテルロボに尻尾と指を刺す。
「見たところ、あれも、あれも、あれも」
「これも、これも、これも、全部私の人格データが入った、あの"私"のコピーだね」
 見渡す限り、視界一杯に広がるガジェットの群れが全てスカリエッティだと言うのか。
 なのはは、無数のスカリエッティを幻視し気が遠くなる思いを受ける。
「だが、あれらと私と一緒にしないで貰いたいね三十二号」
「そうだね初号機。そこらかしこに転がるガジェット達は、言わば私のコピーのコピー
だ。記憶の並列化も出来ない人と一緒にしないで欲しいものだよ」
「「ねー」」と声を併せる一匹と一機に向け「人じゃ無いでしょ」とフェイトは心底横
槍を入れたくなったが、グッと我慢した。
「スカリエッティが一杯…悪夢ね」
「あぁ、それ分かるわママ。私も最初気絶しそうになったし」
「嘘をつきたまえ。一瞬で順応した癖に」
「黙りなさい。馬鹿猫」
 ヴィヴィオは額に青筋を浮かべ、飽く迄笑顔のままで猫のスカリエッティを景気良く
踏みつける。
 平然とえげつない行為を行うのは、まさに血の繋がらない母譲りと言えた。
「…い、痛いじゃないかヴィヴィオ君。ぶにゃーって鳴くよ」
「猫でも無いのに。鳴かないでよ気持ち悪いわね」
「基礎ベースは猫本体なのだよ。痛覚も言語野も面倒臭いからそのまま使っているのだ
。最近増加気味の君の体重で踏まれれば、この脆弱な体は一瞬で」
「お黙り、駄目猫」
「ぐふぉ!ひ、酷いね君は…昔は可憐で幼く可愛かったと言うのに。妙なところだけ母
親に似て、ぶげらっ」
「アンタ、自分が昔私に何したか忘れたわけじゃ無いでしょうね。ママのピンチを知ら
せてくれたから今は判断保留にしてるだけで、あんまりグダグダ言うなら踏んだ後で捻
るわよ」

 小さいながらも立派な仁王像を背後に浮かびあがらせ、ヴィヴィオは、にこっりと優
しく慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「お、お、ちょっと待ちたまえ、そこは、ぶぎゃーーー、尻尾と股は止めないか!ヴィ
ヴィオ君、そこは駄目!悔しい!でも、感じちゃう、ビクンビクン」
 ガジェリエッティは、黒猫が蒙ったヴィヴィオのお仕置き、もとい、蛮行を記憶を並
列化によって、強制的に見せ付けられ、猫スカの恐怖と恍惚感がダイレクトに伝わりそ
の場で小さな機械の体を振るわせる。
 股の間がキュンとなり、てっきりオイル漏れを起こしたかと、マニュピレーターで股
間を確認した程だ。
「た、高町なのは、き、君は娘の育て方を間違えたんじゃ無いのかね!」
 固体ごとに若干性格が違うのか、ガジェリエッティは、フェイトの後ろに隠れ非難こ
そ上げているが、同胞を助けるつもりは無いようだ。
「ヴィヴィオさん寸劇はそこまです」
『全くだ』
 延々と続くかと思われたヴィヴィオと黒猫のじゃれ合いは、キャロの一声と頭上から
聞こえてきたスカリエッティの声で強制的にお開きとなった。
『私の邪魔をするのは君達かね』
 巨大なロボットと化したホテルからスカリエッティの声が聞こえて来る。ホテルの屋
上部分がせり上がり、中から巨大なガジェットⅢ型が姿を現し頭部を形成する。
 猫と機械が居るのだ。薄々とは感づいていたが、その可能性だけは考えないようにし
ていたのに、いざ現実に見せ付けられるとなのはは暗澹たる気持ちになった。
 一体どんな原理で動いているのか。
 考えるだけで馬鹿馬鹿しいが、巨大な質量を持つ敵は存在するだけで脅威となる。
 今は迷惑な悪戯しかしかけていないが、両隣のホテルをそのまま腕に使っているのだ。
 "迷惑"なスカリエッティが、気まぐれで腕を振るえば、それだけで甚大な被害が予想
出来る。
 と言うか一体どうやって、ロボット化させたのか真剣に疑問に思うなのはだが、実は
元々そんな設計仕様だったのかも、と実に怖い想像を頭の中に思い描いていた。
「スカ、こいつはアンタの何?」
「そうだね。行為自体に悪意は感じられるが敵意は感じられない。分化した感情は、恐ら
く"迷惑"だろうね」
「そのまんま迷惑な奴ね」
「絶望や憤怒が来るよりはマシだろう」
「迷惑でこのレベルなら…想像したく無いわね」
 ヴィヴィオも敵の"力量"に気が付いたのか、獰猛な表情を浮かべデバイスを握り閉める。
「オッケイ、キャロさん…さっさとやっちゃおうか!」
 ヴィヴィオは、例え常識から逸脱した相手でも燃え盛る闘争心を隠すつもりも無いのか
、母親譲りの不敵な笑みを浮かべ巨大なスカリエッティを睨みつける。
「了解です。スーパーケリュケイオン、セットアップ!」
『Yes,mymaster』
 キャロは苦笑し、胸元のペンダントを空に掲げ、デバイスを起動させる。
「スカ、クレイモア!ゲットセット!」
「了承だ、ヴィヴィオ君」
『AllRight!』
 主の声に答え、二人の持つデバイスが黒と桜色の魔力光を放つ。ヴィヴィオの指輪から
漆黒の奔流が溢れ、キャロのペンダンロから桜色の光が伸び二人を包み光が弾けた。
 杖の先端の宝玉から、幾重にも絡んだ影が伸び、ヴィヴィオの全身を包んでいく。
 黒いマントに尖がり帽子。デバイス先端の宝玉から伸びた影が、杖へ絡まり、その姿を
黒塗りの魔杖へと変容させて行く。
「クレイモア…起動シークエンス完了。バリアジャケット"トータルイクリプス"展開完了
行けるぞヴィヴィオ君」
「オッケイ!行くわよ!」
 まず最初に動いたのはヴィヴィオだった。
 ヴィヴィオは、漆黒の魔杖に"飛び乗り"スケートボードの要領で、魔杖の船首を上げる
と魔杖は、主の思いに答え大気を切り裂き大空へと舞い上がった。
「サクサク片付けて原稿の続きしないと入稿間に合わないのよ!潰れなさい迷惑!」
 ヴィヴィオは大空へ舞い上がり、迷惑スカリエッティの頭部目掛けて一直線に飛翔する。
「あの子…またあんな飛び方して」
 なのはが頭を抱えるのも無理も無い。
 座ったでは無く、文字通り箒に立ち乗りて空を飛ぶ魔道師などなのはは聞いた事も無い。
 だと言うのに、専門的な訓練を受けたわけでは無いのに、ヴィヴィオの飛行軌道は中々
様になっている。

(あぁもう、なんでそんなに馬鹿正直に飛ぶの。もっと角度も軌道も全然甘いの!)
 だが、なのはから見ればまだまだ無駄だらけで危なっかしい軌道なのか、何のフェイン
トも混ぜず、空を翔る様子になのはは何度も肝を冷やした。
 自分に向かってくるヴィヴィオを、スカリエッティは敵と認識したのか、本体中ほどか
ら巨大な隠し腕を生やし、ヴィヴィオを捕まえようと腕を伸ばす。
「そんな遅い攻撃に捕まるわけ無いでしょう!」
 ヴィヴォオは魔杖の先端を下げ、錐揉み上に急降下しスカリエッティの攻撃から身を避
け続ける。
「ヴィヴィオ君…安全運転を推奨したい!」
「無理よ!」
 魔杖の先端に捕まった猫のスカリエッティが、小さな体を吹き飛ばされまいと必死に杖
にしがみ付き、縦、横方向から掛かる壮絶な重圧に非難の声を上げ絶叫した。
ヴィヴィオの持つレイジングハート・クレイモアは、なのはのレイジングハートをベー
スに開発された発展型量産機だ。
 姿形こそはなのはの持つレイジングハートそっくりだが、デバイス単体に飛翔の術式が
インストールされている為、持っているだけで、空戦適正の無い魔道師でも誰でも手軽に
空を飛ぶ事が出来る優れ物だ。
 だが、クレイモア本来の色はオリジナルレイジングハートに習い純白だ。
 ヴィヴィオが持つクレイモアは光すら吸い込まれそうな漆黒。そればかりか用途不明の
モジュールが多数追加されている。
 その中で最も特徴的な部位は、クレイモア先端に装飾された大型の宝珠だ。
 ダイヤモンドにおけるラウンドブリリアンカットを施された巨大な宝珠は、灰褐色の表
面に底に虹色を携え不気味な光を放ち、レイジングハート・クレイモアは、まさに魔杖に
相応しい威容を秘めていた。
 誰の手による物か知らないが、明らかに違法な改造が加えられている証拠だ。
 ヴィヴィオは、急降下からの急浮上を何度も繰り返し、文句を言い続ける猫のスカリエ
ッティを無視し、地面を掠めるように飛翔する。隠し腕の猛攻を凌ぎ、一瞬の隙を突き再
度夜空へと舞い上がる。
「スカ、行くよ!」 
「狙いは私がつけよう。君はいつもの通り馬鹿力で応戦したまえ」
「分かったわ、よ!」
 中和し切れない衝撃が体を襲い、ヴィヴィオは顔を苦痛に歪めながらも魔杖の先端に魔
力を収束させて行く。
 芳醇な魔力がヴィヴィオのリンカーコアを通し、魔杖の先端で膨れ上がり、尻尾に感じ
る熱に猫のスカリエッティは薄く笑った。
 ヴィヴィオが放ち、スカリエッティが狙いを付ける。それが彼女達がコンビを組んでか
らの必勝パターンだった。
「アクセルシューター!ランダム…シュートーオオ!」
 ヴィヴィオは、一呼吸置き、裂帛の気合と共に魔力を解き放つ。魔杖の先端が漆黒の光
を輝かせ、猛烈な勢いで魔力が増幅解放され、流星の軌跡を引きながら闇夜に解き放たれ
た。
 爆音と閃光が夜空に煌き、黒い魔力光がホテル側面に溢れた。
「駄目浅い」
 ヴィヴィオの魔力弾は威力精度共に、現役武装隊員に匹敵する程の威力だが、相手の防
御力が上回っているのか、ホテルには傷一つついていない。
『無ダ無ダ。ソンナ攻撃ガ私二聞クト思ッタカ』
 魔力弾でも傷一つつける事の出来ない堅牢な防御力。装甲表面に見られる電化現象。
 ホテル全面に展開されたシャッターは、恐らくPS装甲製なのだろう。
 ホテルの自家発電設備を臨時のパワーエクステンダーとし、更に装甲部位の防御力を向
上させているようだ。
 これでは、生半可の攻撃は毛程の先にも通用しないだろう。わざわざ、声をロボットら
しく変える余裕っぷりにヴィヴィオのこめかみ青筋が浮かぶ。
「むかつくわねえ!どっかの馬鹿猫そっくりよ」
「全く同感だよ。私の癖に生意気だ」
 猫のスカリエッティは、素知らぬ顔で嘯き、ヴィヴィオに睨まれ口笛で誤魔化した。
『オチロ蚊トンボ!』 
 往年の名台詞を叫びながら、スカリエッティは、巨大な腕を振るう。攻撃に意識を裂き
すぎたのか、下方から襲ってくる、マジックハンドにヴィヴィオは気が付くのが遅れる。
「やっばい!」
「クレイモア緊急回避だ!」
『Ok』
「なんで、馬鹿猫の言う事聞くのよクレイモア!」
『AHAー?』
 AIまで改造されているのだろう。クレイモアは、デバイスの基礎人格に有るまじき軽
薄さを見せ、主の命令よりも先に猫の言うこと聞き緊急回避に移る。
 だが、初動が遅れた。魔杖に魔力を込めるが、飛ぶ事が不器用なヴィヴィオでは、速度
が出るまで一定のタイムラグがある。

「やばい」
「これは間に合わない…ね」
 焦るヴィヴィオとは対照的に猫のスカリエッティは、他人事のように呟き溜息を付いた。
 指をこねらす、厭らしい手つきのマジックハンドが迫り、ヴィヴィオは生理的と言うか
貞操的な危機を覚え顔を青くした。
「行くよ、ライトンニングキャリバー」
『No problem』
 ヴィヴィオの悲鳴よりも早く、夜のクラナガンに明朗な声が響き、黄金の風が舞い上が
る。
「ディバイン!」
 スバルのガントレットからカードリッジが排出され、風は暴風となり右腕に収束される。
「インパクトオオ!」
 スバルの裂帛の気合を込めた、魔力波ががスカリエッティの両腕に命中し、巨体が衝撃
と共に揺らいだ。
「スバルさん」
「ヴィヴィオ無事!」
 金色の魔力を身に纏い、八年前と変わらぬ少女のような微笑みを浮かべ、スバル・ナカ
ジマがヴィヴィオの前に降り立った。
『なんだ…今のは』
 人間さながらの挙動で、ホテリエッティが立ち上がり、ツインアイを白黒させる。
「嘘…結構本気で殴ったのに傷一つないの」
 スバルは、参ったなと言った様子で舌を出すが、台詞と表情が一致していない。まだま
だ試す手はあると言った様子だ
「振動拳は…全部壊しちゃったら中の人が大変だし」
『戦闘中に思案とは…舐めているのかい?』
 腕を組み考えに耽るスバルに、ホテリエッティは気を悪くしたのだろう。巨大な腕を振
り上げ、スバルに向け振り下ろす。
「スバルさん!」
「当らないよ」
 あかんべぇとばかりにスバルの姿が金色の閃光が煌く、次の瞬間に完全に消失した。
「こっち、こっち!」
 スカリエッティを囃すように、スバルの姿が残像を残す事無く消えては現れを繰り返す。
『空間転移?いや、違う…単純に目に留まらない程早いのか』
 スカリエッティのセンサーからは、スバルの行動を捉えているが、魔力の転移反応は検
出されていない。
 つまり、スカリエッティが反応出来ない程の超高速で辺りを動き回っている事になる。
『まずは、出方を見る』
 迂闊な動きは死に繋がるとばかり、ホテリエッティはプランを変更する。
 一体これ程の数がクラナガンの地下の何処に隠れていたと言うのか。
 総計二十五機にも及ぶガジェットの群れが地下に敷設された電源ケーブルを押しやり、
アスファルトの残骸を撒き散らしながら現れた。
「うわ多い…そして硬そう」
『VPS』
 ライントニングキャリバーが、敵の装甲はVPS製だと告げると、スバルはお授けと
申し付けられた犬のように情けない表情になる。
「やっぱり…VPSかぁ。あれ硬いんだよね」
 だが、打ち破れない程では無いと、獰猛な笑みを浮かべながらスバルは腕を回し、フ
ァイティングポーズを取った。

「なるほど…あいつには、CEに行く前の私達のデータしか無いわけ。オッケイ、エク
セリオンミラージュ。全部纏めてざっくり撃ちぬくわよ」
『Yes, let's go. You are always same as me』
 スバルが、戦意新たに戦闘態勢を取る中で、ティアナはホテリエッティのセンサー範
囲外から、冷静に機会を伺っていた。
 海辺から吹いてくる風が橙色の髪を揺らし、ティアナは、両腰に装着したエクセリオ
ンミラージュを引き抜いた。
 クロスミラージュから受け継がれた白色の銃身は大型化し、増大したティアナの魔力
に耐え切れるようカスタマイズされた特別製だ。
 バリアジャケットもスカートの丈こそ膝まで伸びているが、若干スリットが際どくな
り、活動的でよりフレキシブルな行動が取れるように変更されている。
 そして、最も特徴的と言えるのが、背中から伸びる三対一式の橙色の翼だ。
 シンのデスティニーからヴォワチュールリュミエールのータを流用し、飛行能力を持
たぬティアナが得た大空を舞う"力"だ
 あの程度の数、現在のスバルでは物の数では無いだろが、やはり戦闘に大事な事はコ
ンビネーションだ。
 幾ら一騎当千の力をその身に宿そうとも、敵のラッキーパンチで大怪我を負うのが戦
場と言うものだ。
「さて、暴れるわよ!久々のクロスファイヤー」
『AllRight!』
 久しぶりの出番にエクセリオンミラージュも興奮しているのか語気が荒い。相棒の興
奮具合にティアナは苦笑いを漏らしながらも、実に一年ぶりに魔力を込めた。
 大口径のカードリッジが排出され、橙色の魔法陣が橙の粒子を撒き散らし、二対の銃
口に魔力が重点される。
「クロスファイヤー!」
『SHOOOOOOOOT!』
 ティアナ本人よりも久方ぶりの出番でエクセリオンミラージュの方が張り切っている
ようだ。
 極大魔力弾は、橙色の軌跡をひき夜空を飛翔する。
『なんと』
「クロスファイヤー!さっすがティア分かってる!」
 ティアナの魔力弾は、魔力の密度、規模からも既に一発一発が魔力砲と言っても良い。
 橙の魔力光を撒き散らし、音速に迫る速度で、ティアナはガジェット達を撃ち抜いて
いく。
「この魔力の感じ…きゃああああ、お姉さま、お姉さま!!」
 ティアナの登場に突如黄色い歓声を上げるヴィヴィオ。何故か知らないが、ティアナは
ヴィヴィオの憧れの女性を言う事に世間ではなっている。
 ヴィヴィオ曰く、家で散々だらしない姿を見てきた二人の母よりも、裸一環で執務官に
まで上り詰めたティアナの方が格好良いとの事だ。
 たしかに、いつも背筋を伸ばし、凛々しい顔付きで職務に望むティアナの人気は中々の
物だ。
 大人になるなら、ティアナのようになりたいと、ヴィヴォオが思うは無理からぬ事だっ
た。
「ヴィヴィオ…それ止めなさいって言ったでしょ」
「なんで、お姉さまはお姉さまです!」
 念話から聞こえる、緊張感皆無のヴィヴィオの黄色い声援に、ティアナは些か調子を崩
すが、気を取り直し、ガジェットに向けて魔力砲を放つ。
 往年のなのはを彷彿させる、ティアナの苛烈極まる砲撃は、ガジェットの心臓部を的確
に撃ち抜き、爆散させていく。
「きゃああ、さっすがお姉さま。私に出来ない事を平然とやってのけますぅ!そこに痺れ
る憧れるぅ!」
「ヴィヴィオ…結構ミーハーだったんだね」
 アイドルのコンサートのように騒ぎ立てる娘になのはは顔を、一抹の寂しさを覚える。
 親子をやっているのだから、娘には無防備な姿を見せて当然だ。それをだらしないとか
情けないとか言われてしまえば、一瞬たりとも気の抜けない人生になってしまう。
 別にティアナに娘の人気を奪われたのが悔しいわけでは無く、実際悔しいのだが、それ
を認めてしまうと、完全敗北を喫するようで納得がいかないだけだ。
 まだまだ、娘の前では現役で居たいなのはだった。

 なのはの苦悩を他所にティアナは冷静に戦局を解析していた。
 ホテリエッティの周囲を解析すると、ホテリエッティの頭部から魔力波と固定周波数が
耐える事無く、ガジェット達に送られいる事が判明した。
 恐らく首都中のガジェットを操っているのは、ホテリエッティその物だと、ティアナは
当りをつける。
 ならば、散らばった敵を相手にするよりは頭を潰した方が効率的である。
「シグナムさん、エリオ!今!」
『何!』
 ホテリエッティのセンサーが、ティアナの声と東西に伸びたメインストリートから高
速で接近する二つの騎影を捉えた。
『しまった!スバル・ナカジマは陽動か』
「今更気が付いても遅いです、覚醒(おき)ろ、ナイトストラーダ!」
『Yes. My knight.Haken Slash』
「任せておけ、レヴァンティン・カデンツァ、ゲットセット!」
『Anfang』
「紫電一閃」
 カードリッジが装填され、シグナムとエリオの魔力が膨れ上がる。
 朱と紫の魔力光が溢れ、炎と雷の巨大な剣が天空に顕現し、ホテリエッティの両腕に
突き刺さり、地面に縫い付けた。
「ふぅ…ギリギリですね」
「全くだ。ギリギリ間に合ったようだ」
 いつものポニーテールでは無く、髪をストレートに下ろし"白銀"の騎士甲冑を纏った
シグナムと今では筋骨隆々とまで黒い武装隊標準装備のバリアジャケットを纏ったエリ
オが同時に胸を撫で下ろした。
 だが、敵もさる事ながら、策は何重にも労して初めて策となる。
 空中でスカリエッティを見下ろしていた、ヴィヴィオだけが、機械の体故に表情こそ
無いが、スカリエッティの厭らしい笑みに気が付いた。
『全く…無駄な事を』
 スカリエッティの頭部が明滅し、人間には感じる事すら出来ない高周波が、増援の狼
煙となって世界を駆け巡る。
 地面が振動したかと思えば、道路の舗装を突き破り、ガジェットⅢの群れが姿を現し
た。
「しまった!」
「また地下からだと!何機居るのだ」
 ガジェットⅢ型の突然の出現に意表を付かれたシグナムとエリオは後手に回る。
 時間にして僅か数秒の差だったが、ガジェット達にとってはそれで十分だった。
『高町なのは撮った!』
 字が違わないかとなのはは、一瞬思ったが考えて見れば、元から裸にする事が目的だっ
たのを思い出し、達観にも似た納得を感じてしまう。
 ガジェット達の銃口がなのはの方へ一斉に向き、鈍い光りを放つ。
 なのはの思考が凍り、同時に世界が音を無くして行く。ガジェット達の装填音
「ママーー!」
「これって走馬灯?」となのはが現実逃避を始めた頃、ヴィヴィオの叫び声がなのはを
無常にも現実に強制的に引き戻した。
「ヴィヴィオ来ちゃ駄目!」
「ヴィヴィオ君。急角度の急降下は駄目だ!胃の中が酷い事に!」
「私、初号機。リンクを切ってくれ、胃が撹拌される」
「我慢しなさい、スカリエッティ!ママの裸を何処かの馬鹿に晒させるもんですか!」
 ふと、空を見上げると、魔杖に乗ったヴィヴィオが猛烈な速度でなのはに近づいてく
る。
 ヴィヴィオは、必死の形相で大気を裂きなのはの元へと一直線に向ってくる。
(もう、別に死ぬわけでも無いのに)
 ガジェットの撃つ弾に殺傷能力は無い。弾が当れば、内包された特殊溶解液によって
なのはの衣服は一瞬で分解され、衆目の前に裸身を晒す事になるだろう。
 ただ、それだけだ。
ただ、それだけの事がヴィヴィオには我慢出来なかった。
 記憶が無いと言っても、揺り篭でなのはと戦った事は、ヴィヴィオにとって決して消
える事の無い傷となって残っている。
 その事がヴィヴィオに深層心理に暗い影を落とし、自分に無条件で愛情を向けて来る
なのはにいつの間にか、苦手意識を覚えるようになってしまった。
 なのはがヴィヴィオに愛情を向ければ向ける程、ヴィヴィオはなのはに罪悪感を覚え
、その距離はお互い無意識のままに開いていく事なる。
 なのはの愛がヴィヴィオを大人への成長を促し、成長と共にヴィヴィオは親の愛情を
欲した。
 互いに相手を思いやっていると言うのに、なのはとヴィヴィオの愛情表現は不器用そ
の物だった。

「間に合った、スカ!」
「盾の展開まで間に合うわけ無いだろう」
「この役立たず!」
「デスティニーツヴァイ。ヴォワチュールリュミエール最大展開」
『AllMyMaster』
 ヴィヴィオの罵声が夜空に届いた時、赤い双翼が闇夜を切り裂いた。
 全ては一瞬の出来事だった。
 赤い光が闇夜に輝いたと思えば、双翼が炎のように赤く煌きなのは達を護るように
包み込む。
 ガジェットの放った銃弾は双翼に阻まれ、なのは達にカケラ一つ通す事無く、灼熱
の光によって大気に四散していく。
「間に合った」
 余裕の欠片も無い、心底安堵したと言わんばかりの声。
 なのはは、その声を聞いたのは随分久しぶりのような気がした。"彼"とは同じ職場
だったが、部隊が違う為に顔を合わせる機会は殆ど無かった。
 大砲のような轟音を立て、六十口径もある馬鹿げたサイズのカードリッジが弾装か
ら排出される。
 アロンダイトが白熱化し、廃熱された超高熱の空気によって夜だと言うのに大気に
陽炎が立ち昇る。
「紫電一閃」
 炎の変換資質を持ったなのはの元部下、シン・アスカは、アロンダイトは大上段に
振り下ろした。振り下ろされたアロンダイトが、赤い軌跡を残し、三日月型の魔力波
を放出する。
 直径三十メートルに及ぶ巨大な斬撃波は、ガジェットの群れを飲み込み、熱と衝撃
でガジェットを根こそぎ"蒸発"させた。
「相変わらず馬鹿力だね」
 猫のスカリエッティが、呆れたような声を上げシンの斬撃を苦々しい表情で見つめ
、紫電一閃の余波で焦げた髭を肉球で摩った。
「無事ですか高町さん」
「アスカ君、ありがとう、助かったよ」
 初めて出会った時は、そう変わら無かった身長も今では頭一つ分以上追い抜かれて
しまっている。体も昔よりも一回りも大きくなり、赤と銀を基調とした"騎士甲冑"を
纏う、遥か彼方の異邦人、シン・アスカと久方ぶりの再会だった。 
「無事で良かったです、で、アレなんですか?」
 シンは、挨拶もそこそこにアロンダイトを構え、ホテリエッティの方へと向き直る。
 拘束を解こうと身悶えするホテリエッティに、シグナムとエリオは、逃がすまいと
デバイスに力を込め続ける。
 だが、エリオとシグナムの苦労を他所に全く別の所で、予想外な戦いが始まろうと
していた。
「げっシン・アスカ、女の敵…こっちこないでよ」
「女の敵って、なんだよそれ」
 凶悪な視線のまま、眉を吊り上げ、嫌そうに舌を出すヴィヴィオを見てシンは自分
の顔が引き攣るのを止められなかった。
 元々シンは子供が嫌いでは無い。
 邪険に扱われようがシンが真摯に接すれば、それなりに心を開いてくれるのだが、
ヴィヴィオだけは些か毛色が違った。
 昔は、嫌われているながらも、時折優しい態度を見せてくれたのだが、成長するに
連れ、態度は軟化するどころか逆に硬化して行く一方だ。
 ヴィヴィオもシンの何処が気に入らないのか、会う度にシンに牙を向き、露骨に威
嚇して来る。しかし、シンの周りの女性は好きなのか、傍に寄っては離れてはを繰り
返している。
 生まれついての百合体質なのかと一時はシンも思ったが、何故かごくまれにエリオ
と一緒に絵のモデルになって欲しいと言われたり、男性アイドルグループのチケット
並びに付き合わされたりと、便利に使われている感はあったが、シン生来の子供好き
が幸いして特に考える事も無かった。
 だが、時折頼まれる絵のモデルだけは、未だにシンの理解を超えている。
 ヴィヴィオ曰く絵の練習らしいが、絵のモデルにエリオと共に半裸で抱き合わなけ
ればならないのか、ヴィヴィオとついでにキャロに対する疑問は尽きない。
「結婚もしてないのに、子供まで居るのは十分敵よ!」
「そ、それは」

 ヴィヴィオの言葉が鋭利な刃物となってシンの心に突き刺さる。
 複数の女性と関係を持っているだけで、褒められた関係でも無いのに、子供まで設
けているのだから女の敵言われても仕方ない無いと言える。
 特にヴィヴィオは、潔癖症とまでは行かなくとも、男女関係について中々多感、む
しろ敏感なお年頃だ。
シンの女性関係に不満を覚えても仕方が無いと言えた。
 シンは、ヴィヴィオの剣幕に押され、二歩も三歩も後ずさり、ヴィヴィオも獲物を
逃がすつもりは無いのか、追い討ちをかけるように、じりじりとシンを追い詰めて行
く。
「ヴィヴィオ…お前俺に恨みでもあるのか」
「アンタに直接は無いわね。でも、忘れたのシン・アスカ。私、昔っからアンタの事
大嫌いなんだけど」
「そ、それは」
 思い返せば、シンとヴィヴィオは初めてあった時から相性が悪かった。タイプ的に
は、キャロと似ているヴィヴィオだが、内に秘めた攻撃性はキャロの非では無い。
 おまけに独占欲も強く、自分の大事な物を奪おうとするシンを常々目の仇にしてい
た。
「こら、ヴィヴィオ。助けて貰ったのに逆に追い詰めてどうすんの」
「だって、ママ」
「全くだね。君は淑女としての嗜みがなってないよ」
 しれっと喋る黒猫をシンは唖然と見つめる。
「…猫が喋った…化け猫なのか?尻尾はどうなってるんだ」
「止めたまえシン・アスカ君。私は雄なんだが」
「何だ一本だけか…」
 意外にオカルト好きなのだろうか。
 シンは、瞳を僅かに輝かせ、無造作にスカを抱き上げマジマジと尻尾の付け根を確
認し、がっかりとばかりに溜息を付く。
「複数本無くて悪かったね」
「ちょっと、女の敵!あたしのスカ離しなさいよ!」
「おや、マスター嫉妬かい?嬉しいね。嬉しすぎて私は涙が出てきたよ」
「去勢した後で、三味線にされたいの?馬鹿猫と女の敵」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「それは少々勘弁して頂きたいね、ヴぃ、ヴィヴィオ君」
 ヴィヴィオの絶対零度の視線と無言の重圧に、シンと黒猫は涙目になりながら平伏
する。三味線は兎も角、去勢などど聞かされると股間が縮こまる思いだ。
『君達…私を忘れているだろう』
 眼下で繰り広げられる寸劇に流石のスカリエッティも気分を害したのだろう。
 不貞腐れたような声を上げ、なのは達を睨みつけている。
「痴れ者が。両手を縫い付けられて忘れるも何もあるものか」
「貴方の敗因は、あえて人型に拘った事です」
 エリオの言うとおり、動きの基点となる両腕を押さえられていては"人型"では動き
が取り難い。
 それが証拠にホテリエッティの腕には、如何に力を込めようともビルに縫いとめら
れたままだ。
 二人が剣を抜かない限り、どんなに力を入れようと、足がバタつくだけで動きらし
い動きは取れないはずだが、ホテリエッティが両腕に力を込める度にデバイスが揺れ
動く。
「こいつ、まだ動くと言うのか」
『私の出力を馬鹿にしないでもらうおか。電力を辺りから集められるだけ集めて、な
のは君のように全力全壊仕様さ』
「不吉な言葉を喚くな!」
 全力全壊の恐ろしさは、その身で受けた者しか分からない。例えスカリエッティの
言う全力全壊が紛い物でも、体に刻み混まれた恐怖にシグナムは顔を引き攣らせた。
「私はまだ死ねん!死ねんのだ!この身に宿ったこ、」
「うわああああ、副隊長、それはまだ!」
 何故かシンが大慌てで血相を変えシグナムに掴みかかり、口を塞ぎ羽交い絞めにす
る。

「むっ何をするアスカ…こ、こんな所でよさんか」
「ち、違いますよ。何で顔を赤らめるんです」
「やっぱり、最低…」
 体を密着させる行為に何を思い出したのか、シグナムが顔を赤くし、シンは慌てふ
ためき、もう何度目かの砂糖を振りまいたような甘ったるい空間を前に再びヴィヴィ
オの眉が直角に吊り上がった。
 はっきりしないシンの態度に腹も立つが、シンの行動一つ一つで顔を朱に染めるシ
グナムにも腹が立つ。 
 普段の態度が凛々しく素敵だと思っているだけに余計に腹が立つ。
 何故ここまで腹が立つのか理解出来ないままに、ヴィヴィオはとにかくシンに腹が
立っていた。
『全力全壊仕様の私に掛かれば、この程度の拘束!ふん!』
「この馬鹿力め!動くと言うのか!」
「拙いです、シグナムさん、これ以上されたら剣抜けちゃいます」
 エリオは、これ以上さすまいと、必死でナイトストラーダを押さえつけているが、
相手はホテルその物だ。
 エリオとは質量が違い過ぎる上に、魔法による筋力強化も焼け石に水。
 ホテリエッティの表情は、拘束を意に返していないのか余裕そのものだ。
「全く…非常識な奴。高町さん、あいつの弱点は」
 突然のシンの言葉になのは慌てるが、我に帰り思考を研ぎ澄ませる。ホテル内に
ガジェットの群れを除けば特に目立った異常は無かった。
 ならばと、なのはは、後付で生えて来た頭部のガジェットⅢ型を狙うのが最も的
確だと判断しシンに答えた。。
「多分頭部のガジェットⅢ型だと思う」
「了解しました。動き出す前に片をつけます」
 これ以上は拙いとばかり、シンは、赤い双翼を羽ばたかせ、アロンダイトを構え
直し頭部のガジェットⅢ型向け飛翔する。
「これで、終わりだあああ!」
 突き出したアロンダイトが白熱化し、ホテリエッティの頭部目掛け赤い軌跡が描
かれた。
『君は馬鹿か』
 ホテリエッティツインアイが煌くと、頭部を中心に力場が形成される。
「アルテミス…の傘」
『弱点が剥き出しなのに、何の対策を講じない馬鹿が居ると思うかね?』 
「だよな…」
 全周囲光波防御帯。
 CE技術の中でも、VPSを凌ぐ鉄壁の防御技術を前に、翡翠色の壁に遮られた
シンは、蛙が潰れたような声を立てそのまま地面に落下した。
「ださぁ」
「…悪かったな」
 だが、シンとて流石に日頃から武装隊で無駄に鍛えられているわけでは無い。
 二十メートル以上落下したと言うのに、傷一つ負っていない。精々鼻の頭が赤く
なった程度だ。
 魔力の密度も肉体の頑強さも八年前とは比べ物にならないほど成長しているが、
無鉄砲さに拍車がかかったのは気のせいだろうか。
 光波防御帯に思い切り打ち付けたシン鼻が、赤鼻のトナカイのように真っ赤に晴
れ上がり、ヴィヴィオの言うとおり確かに見っとも無かった。
『ほらほら、どうした六課諸君。もう直ぐ抜けてしまうが、何もしなくていいのか
ね?』
 ホテリエッティの拘束は、いつ解けても不思議でない。だが、ホテリエッティは
慌てる六課の面々が可笑しくて仕方ないのか、力を込め続けるシグナムとエリオを
からかい遊んでいるようだ。
「やっばい、ティア援護!」
 グラグラと揺れる剣にスバルが声を張り上げる。
『分かってるわよ。悪いけど、そこに転がってる私の旦那宜しくスバル』
「オッケイ!奥さんから許可出たから、シン君と宜しくしとくね!」
 埃塗れのシンをシンを持ち上げ、嬉しそうに話すスバル。
『ちょっと待った!どさくさ紛れになに人の旦那に手出そうとしてんのよスバル!』
「ええ~、ちょっと貸してくれてもいいじゃん」
『駄目ったら、絶対駄目!アンタ、それで無くとも怪しいんだから、これ以上は絶
対駄目!』
「ティアのケチ。減るもんじゃないし、少し位いいじゃない」
『減るの、すっごい勢いで減るの!大体アンタとアスカ前から怪しいのよ。怒らな
いから言いなさい。アスカと何処まで行ったの?A、B、C?Aなら事故、Aまで
なら許すから正直に言いなさい』
(Cまでヤッてたら殺す)
「お、おい、ランスター?」
「えっと…B?」
 頬を染め照れるスバルを見ていると、シンも若かりし頃の甘酸っぱい感情若返っ
たような気すらしてくる。
 不穏な単語はこの際捨て置くとしてだが。
「Bって、ナカジマ待った。確かに胸は触った事はあるけどあれは違うだろ」
「でも、BはBだよ、シン君」

 本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべるスバルを見ると、反論すべきなのだろう
が、シンはこれ以上何も言えなくなってしまう。
「いや、あれ…その」
(ナカジマ…喜んでる?)
『アスカ…アンタ、私の旦那よね』
 困惑するシンを他所にティアナが会話に割り込んでくる。
 これだけ離れていると言うのに、シンは、ティアナの阿修羅のような凄まじい重
圧をしっかりと感じる事が出来た。
『何回…何回なの』
「難解?いやそうじゃ無くて!ご、誤解だ。誤解なんだランスター!」
『…ご、五回ですって。アンタ、私が育児でちょっと疲れてるって言うのに、スバ
ルとまた宜しくやってたわけ…知ってるわよ…これが"殺意"って言うの』
「またって何だよ、またって。それよりまたこの流れなのか!」
 正直者は馬鹿を見る。
 シンは、スバルの胸に触った事はあるが、それは限りなく黒に近い灰色とは言え
事故の範疇に入る。
 後は、精々買い物に付き合った位だが、それを言わないだけでも無意識な成長が
伺えた。
 だが、シンの思いとは別に、こうなったティアナは、非常にスケールが大きい話
だが音速で運行する大陸横断鉄道のような物だ。
 止まる事知らず、止まる気も無いのだから性質が悪いにも程がある。
 遥か後方に見える、天に立ち昇る橙色の魔力光にシンは己の不徳を呪った。
『ちょと援護まだ?これ以上はガジェット素手で殴るの痛いんだけど』
『あぁ駄目フリード、そこのケーキ屋さん美味しいから壊しちゃ駄目!壊すなら隣
の本屋にして。品揃え悪いし…』
『がああ!?』
「シンさん、拙いです。剣が抜けます!」
「仕方ないアスカ!高町親子だけでも連れて逃げろ」
 徐々に追い込まれようとする状況にシグナムは、苦渋の決断を下す。シンの飛行
速度ならば、なのは親子を連れて戦闘領域を逃れるは難しくは無い。
「副隊長達を残していけるわけ無いでしょう」
「心配しなくていいよ、シン・アスカ君。精々裸に引ん剥かれて写真を取られるく
らいだろうし」
「余計に許容出来るかよ、この馬鹿猫!」
「君興奮すると素が出る癖…変わってないんだね」
『アスカ!この際だから言うけどね!はやてさんとシグナムさんばっかりじゃなく
て、もうちょっと私の方も構いなさいよね。実家に帰るわよ!実家に!』
 両親が居ないティアナに実家も何も無いのだが、ティアナがへそを曲げた時の常
套句だった。
「ごめんなさい…」
 涙声のティアナにシンは心底申し訳ないと土下座でもしかねない勢いで頭を下げ
る。
 ウサギは寂しくて死ぬ生き物だと言うが、人間も似たようなものだ。
 痴話喧嘩に愚痴の言い合いとそれなりに緊迫した場面のはずが緊迫の"き"の字も
感じられな
い。これも六課らしいと言えば六課らしいと言えたが、もう少し緊張感を持って望
んでもバチは当らないとなのはは思う。
「私は…これに負けたんだな…」
「まぁ…その…一応」
 無い肩をぐったりとさせ、ガジェリエッティが項垂れる。まさか、スカリエッテ
ィを擁護する日が来るとは思わなかった。なのはは、不貞腐れたガジェリエッティ
に肩に手を置き、そっと「ごめんなさい」と心底謝りたいと思う気分だった。
「はっはっはっはっははははは、その程度かスカリエッティ!」
『この声は』
 嘯くホテリエッティを他所に、緊迫し切れない場面で何処までも能天気な高笑い
が空から響いてくる。
 なのは達が天空を見上げると、小型のオートジャイロの上で、ヴィータとシャマ
ルを従えた、はやてが高笑いしているのが見えた。
「部隊長…」
「主はやて…」
「とう!」
 シンとシグナムが呆れる中、はやてはオートジャイロから飛び降り、騎士甲冑を
展開する。銀色の粒子が巻き上がり、光がおさまると、灰褐色の騎士甲冑を身に纏
った最後の夜天の王が光臨する。
「はやてちゃん…またあんな無理をして」
「はやてぇ…」
「おわっ、二人共危ないですって。ストームレイダー、姿勢制御ちゃんとやれよ」
『sir』
 ヴァイスが操縦する小型オートジャイロは二人乗りだ。
 はやてに加え、ヴィータとシャマルと積んでいる為に姿勢制御すら覚束無い。ヴ
ァイスの緻密な操縦技術と根性で飛んでいる。
 因みにザフィーラは御家でお留守番。
 絶賛子守の真っ最中。
「仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」
 夏とは言え、空の大気は肌を刺すように冷たい。だが、そんな物すら凍りつかせ
る絶対の冷気がはやての周囲に溢れ出し、空気中の水分が氷結したダイヤモンドダ
ストが騎士杖シュベルトクロイツを彩った。
 はやての足元に魔法陣が展開され、銀色の粒子が溢れ、周囲に四対一組の氷柱が
出現する。

「Atem Des Eises!」
 水氷の粒子が乱舞し、スカリエッティの体を足元から凍結せて、頭部を残し巨大
な氷の棺へとスカリエッティを閉じ込めた。
『やってくれるね』
「暫くじっとしとき」
 はやての氷結魔法で動きを封じられたホテリエッティは、落下して来るはやてを
忌々しそうに睨みつけ、氷の結界に意識を移した。
 はやての氷の結界は、シベリアの永久凍土に匹敵する強度を保っている。
 幾らホテリエッティの膂力が強力無比であろうとも、破壊するにはそれなりの時
間が必要だった。
「お待たせダーリン!貴方の八神はやて、ただ今ここに推参や!」
「部隊長…」
 やけにテンションが高い声が周囲に響き、声に促されるまま夜空を見上げたシン
は、目を覆いながらどうにも形容し難い顔で、空から落ちてくる夜天の王を見つめ
ている。
 ヘリから飛び降りたはやては、魔法を唱えた後、中空で一回転し、灰褐色の翼を
はためかせ、地上に静かに降り立った。
 と、思いきや、はやては、着地と同時に目にも止まらぬ弾丸スピードで、勢いを
殺す事無くシンの首へと抱き、そのまま、猫が甘えるように頬をシンの首筋へと摺
り寄せる。
「かいぐり、かいぐり、やっぱシンの匂いはええなぁ。なんて言うん?落ち着く匂
いや」
「…あ、ありがとうございます…部隊長」
 首筋に鈍い痛みとはやての栗色の髪の心地良い感触を覚えながら、武装隊での過
酷な訓練がなければ頚骨が折れていたかもしれないとシンは思った。
「もう、ダーリン。折角二人っきりやのに、いつのもの通り"ハニー"って言ってく
れへんのぉ」
「いえその…今は二人っきりじゃ無いです…部隊長」
「ノオー、ハ、ニ、ー、やで、ダーリン」
 はやては、シンの胸に小指を当て、顎から喉にかけゆっくりと撫で回る。
「部隊長…」
「ハニーや。もう何回言ったら分かるん?それとも私の事ハニーって言うの嫌?」
 はやての怪しい手癖にシンは顔を引き攣らせ、脂汗をかきながら、背中から這い
上がってくる背徳感と決死の攻防戦を繰り広げていた。
 理性と本能がせめぎ合い、軽犯罪法違反の未来を拒絶したシンは、どうにか現実
と妄想の狭間で耐えしのぎ「は、はにー」と限りなく照れが残った棒読みのまま、
伴侶に向けて妥協点を提出した。
 だが、はやての方はシンの照れ焦る態度に気を良くしたのか、首筋に回した手の
力を強め笑みを零す。
「この味は…嘘ついて無いね。ほんまにええ味やわ」
 甘い声で、唐突にシンの顎を舐めるはやてにシンは理性が弾け飛びそうになるが
、視界の隅に映った怒り心頭のヴィヴィオのお陰で決壊寸前の理性は寸前で踏みと
どまる。
「不潔…本当に不潔」
 目の前で展開される、お子様にはまだまだ速い衝撃映像にヴィヴィオの思春期特
有の潔癖具合が化学反応を誘発し激しい拒否反応を巻き起こす。
 少々控えめな表現をすれば、二人は人目も憚らずいちゃついているだけだ。そん
なカップルは星の数程存在するし夫婦であれば尚の事だ。
 その辺りの機微が読み取れない、納得出来ないヴィヴィオは、大人ぶっていても
まだまだ子供だった。
 男と女。
 そんな関係になって以来、はやてのシン熱は留まる事を知らず、場所も場合も考
えずシンに甘える事が増えた。
 はやて曰く、昔から我慢に我慢を重ねてきたのだから、多少の羽目を外しても問
題無いそうだが、羽目を外すどころか常識の箍も同時に外してしまったようだ。
 子供を授かってからは、その傾向がより顕著に現れ、シンは困ったらいいのか、
はやての純粋無垢な愛情を喜べばいいのか、苦悩する日々が続いている。
「本当…仕事"だけ"してれば、優秀なんだけどね」
 親友と元部下の分かり易い変わりように、なのはは激しい頭痛を覚えたが、自分
の危機を察知しいち早く駆けつけてくれたはやてに掛け値なしの友情を感じる。
 目の前で繰り広げられる桃色空間を除けばだが。
「はやてちゃん…来てくれたのね」
「ん…親友がピンチや言うんや。例え火の中、水の中、ディラックの海の中からで
も私は駆けつけるよ」
 急に真面目な顔になって、感動的な台詞を喋るはやてだが、未だシンの首筋にし
がみ付いたままで、いつの間にかお姫様抱っこまでして貰っている。

(忍耐よ私。大丈夫はやてちゃんに悪意は無いの。ただちょっと天然色ボケ具合が
酷いだけなの。だから我慢なの!)
 思わず大声で病院行けと叫びたかったなのはだが、鋼鉄の自制心で押さえつけ、
女の友情とは儚い物だなと、心の中でさめざめと泣いた。
 だが、親友の色ボケ具合が酷かろうと、元部下のヘタレ具合が年々増加傾向にあ
ろうと、自分達を助けに来てくれた事は素直に嬉しいとなのはは思う。
 特にはやては出産からまだ幾分も日が立っていない。ティアナに比べ難産だった
為に、体力の消耗が激しく、起き上がれるようになったのも最近の話なのだ。
 当然広域魔法の使用など論外であり、本当ならば魔法を使う事すらご法度の体だ。
「ありがとう、はやてちゃん」
「ええよ、なのはちゃんの為やもん」
 良く見れば、はやての顔は青白く肩で息をしている。もしかして、急にシンにし
がみ付いたのも、一人で立てない程消耗している事を悟られたく無かったのもかも
知れない。
「なぁ…ダーリン私疲れてもうたぁ。立たれへんのぉ」
「あぁはいはい…そのもうちょっと我慢して下さい」
「ダーリンが言うなら我慢するな」
「耐えて私の忍耐!信じさせて友達の良心を!」
「ま、ママ」
 ガアアと唸るなのはを若干引き気味に見つめるヴィヴィオ。
 娘と言えど、今のなのはに近寄るのはちょっと勇気がいりそうだった。
『なのは!遊んで無いではやくこっち手貸して』
『ちょっと、数が多いです!』
 怒れるなのはを正気に引き戻したのは、念話から聞こえてくるフェイトの焦り声
だ。 
 恐らく、首都中に散らばったガジェット達が、本体の危機を知り続々と終結して
いるのだろう。
 フェイトとキャロが負けるとは思えないが、数に押し込まれればどうなるか分か
らない。
「アスカ君、はやてちゃん…あとは私に任せてくれるかな」
 なのはレイジングハートを握りしめ、氷の結界から抜け出そうと足掻くホテリエ
ッティをを不敵な笑みで睨み返した。
「私がやるって、そんな体で無茶だ!」
 魔力はともかくとし、デバイス無しの度重なる魔法行使で体力は限界のはずだ。
 それが証拠になのはの太ももは痙攣し血管が破裂し重度の内出血を起こしている。
 例えデバイスがあったとしても、なのはの体が戦闘に耐え切れると到底思えない。
「なのはちゃん…分かった。シン、空へ」
「は、はやてさん!?」
「大丈夫やでシン。忘れたんか?私達のなのはちゃんは"機動六課"の不屈のエース
オブエースなんやで」
「でも…」
「アスカ君…信じて」
「…はい」
 空へ上がる途中でも、シンは、未だに納得がいっていないのか心配そうになのは
を見つめている。
 なのはは、子犬のような視線を向けてくるシンに、あれで本当に二児の父が勤ま
るのか些か不安になった。
 一応不出来とは言え八年間母親をやって来たなのはだ。そう言う意味でもなのは
はシンの大先輩も当然だ。
 先輩は後輩に格好良い所を見せないと締まらない。
(特に格好悪い所ばっかりみせちゃったしね…ヴィヴィオに)
「さぁシグナム、エリオ、貴方達も」
「しかし…」
「そうですよ、せめて護衛を」
「敵首魁は私スターズ01が討ちます。ライトニング02、シグナムはティアナとスバ
ルの直援に、ライトニング03、エリオは、フェイトちゃんとキャロの援護に。どち
らも数で押され気味です」
 食い下がる二人にはなのははウインクし、デバイスを掲げる。
「りょ、了解」
「全く他部隊に命令とは越権行為だ。だが、隊長の命令とあれば仕方あるまい。行
くぞ、エリオ、花道は高町に譲ってやれ」
 不敵に微笑むシグナムにエリオも笑みを零す。
「はい、シグナム"副隊長"ライトニング03、エリオ・モンディアル行きます」
 ライトニング。
 解散した機動六課のコールネームであり、その名で呼ばれなくって久しいと言う
のに、いざその名で呼ばれる気分が高揚する。
 それはエリオも同じ気持のようだ。引き締めた顔の裏には歳相応な純粋な嬉しさ
が見え隠れしている。
 古代遺物管理部機動六課。
 最早管理局に存在しない部署である。だが、彼女達の故郷は今も心に根付いてい
る。
 ナイトストラーダを構えたエリオは、高速移動魔法を詠唱し、周囲に紫電を撒き
散らしながら闇夜に消える。
 紫電を引く姿は、先刻までの浮かんでいた不安や消え去り、一人の騎士として顔
が浮かんでいた。
「雑魚は引き付ける。高町…無理はするな」
「ありがとう、シグナム」
 ガデンツァを刀剣形態に戻し、ティアナとスバルの元へ向うシグナムに、なのは
一言謝辞を述べた。

 こうしてなのはは一人になる。
 暗闇が支配する首都には、それぞれの魔力光が煌き、ガジェットの群れと戦闘を
繰り広げているのが分かった。
「ママ…」
 訂正しよう。
 なのはは一人では無かった。
 見上げれば氷付けのホテリエッティは、この際視界の隅へ追放し、心配そうな視
線で自分を見つめるヴィヴィオが瞳に映った。
「一応私も居るのだけどね」
「私もなんだがね」
「ちょっと黙ってなさい一匹と一機」
「「承知した」」
「どうしてこの男は空気が読めないのか」とはもる声にまたも苛々さられながら、
なのははヴィヴォオに向き直る。
 ヴィヴィオは悪戯がバレた子供のように身を縮め、無意識であろうがなのはと視
線を合わせない。
 ヴィヴィオと猫のスカリエッティ関係は、その昔なのはが魔法と出会った頃の関
係に似ている。
 きっと、人知れず騒動に巻き込まれ、ヴィヴィオが信じる物の為に戦ってきたの
だろう。
(そうか…この子はこの子の人生を歩み始めてるんだ)
 そう思った瞬間、音が、匂いが、心が、当時の面影そのままに鮮烈に蘇って来る。
 ジュエルシード。闇の書。JS事件。
 失った物を多いが、得た物も多い。
 なにより、自分をママと呼んでくれた、ヴィヴィオの微笑がなのはを捕らえて放
さない。
 これらは、なのはが"魔法"に出会わなかったら、決して手に入れる事が出来なか
った宝物だ。
「ヴィヴィオ…来なさい」
「えっ…」
「いいから来なさい」
 なのはの有無を言わさぬ迫力にヴィヴィオは、素直に従った。なのはの声は硬く
、ヴィヴィオが悪戯をして怒られる時に似ている
 自分に手を伸ばされた手にヴィヴィオは思わず反射的に体を竦めたが、次に感じ
たのは平手打ちの感触では無く、自分の頭を撫でる優しい感触だった。
「ママ?」
 ヴィヴィオの頭を撫でる手は慈愛に満ち、ヴィヴィオが感じた孤独感を徐々に溶
かして行く。
 頭を撫でられただけで機嫌が良くなるなど、自分もまだまだ子供だとヴィヴィオ
は思ったが、心の底から湧き上がってくる、堪え様も無い嬉しさを我慢する道理は
無かった。
「ヴィヴィオは幸せ?」
 多くは語らない。
 多くは語れない。
 なのはとヴィヴィオは言葉によって多くを紡げる程、長い年月を共に過ごした訳
ではない。
 まだまだ二人の間には積み上げる気持ちは山ほどあるのだ。それこそ、一回きり
の人生では語りつくせない程にある。
「うん…あったりまえじゃない!」
 僅かな迷いの後、星も弾けるような笑顔でヴィヴィオは即答した。
「そっか…うん、私も幸せだよ」
 自分は幸せだと迷う事無く告げたヴィヴィオ。なのはの目尻に浮かんだ涙に猫と
機械のスカリエッティだけが気が付いていた。
「レイジングハート、セットアップ」
『Yes,Master』
 レイジングハートは、嬉しそうに呟き、桜色の粒子でなのはを包んでいく。
 光が晴れた頃、昔と寸分変わらぬ純白のバリアジャケットに身を包んだ、魔道師
高町なのはが現れる。
「ヴィヴィオ…行くよ!」
「うん、ママ!」
 時代は流れ、受け継がれし思いが存在する。 
「レイジングハート…スターライトブレイカー。久々に全力全開で行くよ、鈍って
ないでしょうね」
『オーライ、マスター。マキシマムパワーフルドライブ』
 聖なる光、スターライトブレイカー。幾多の敵と退けた、高町なのはを管理局の
エースオブエースへと押し上げた伝家の宝刀"白銀の彗星"。
 なのはの足元に魔法陣が展開され、レイジングハートの先端から桜色の翼が四対
出現し、轟音を立て弾装からカードリッジが三発排出される。
「クレイモア、スカリエッティ…スバスティカ、ゲットセット。撃ち抜くわよ」
「承知した飼い主様」
『Yes,Boss』
 黒き鉄槌、スバスティカ。
 天より落ちる敵を塵一つ残さず焼き尽くす漆黒の炎の一撃。
 ヴィヴィオがクレイモアを振るい、周囲に桜色の魔力が乱舞し、漆黒の魔力陣の
上に幾何学模様の術式を構築していく。
 ベルカでも無いミッドでも無い、ヴィヴィオが生み出した独立魔法言語の一つだ。
 古代ベルカ王族の血を宿し現代に蘇った忌み子は、時を経て本当の意味で世界に
一人しか無い魔法の使い手へと成長していた。
 漆黒の魔杖を振るい、黒猫の使い魔を従えたその姿はまさに現代に蘇った魔女そ
の物だ。
 それが証拠に受け継がれし、聖光(スターライトブレイカー)は黒槌(スバスティカ
)へと姿を変えた。
 だが、白色の彗星が、漆黒の焔に姿形を変えようとも光の本質は変わらない。
 脈々と受け継がれし光の一撃は、どちらも悪を打ち倒す"炎"である事には変わら
ない。

 二つの炎は、破壊のセレナーデと瓦礫のオペラを開演を促す。
「いっくよ!ヴィヴィオ!」
「うん!ママ」
 互いのデバイスが臨界点を迎え、魔力が限界を超え最大限に圧縮されていく。
「「全力全開!」」
 親子は、その思いを言霊に込め術式に変改し、
「スターライトブレイカー!」
「スバスティカ、シューート!」
 万感の思いと互いの信念を込め、全力で魔力を解き放つ。
『ちょっと待って、その出力は出鱈目過ぎる。アルテミスの傘緊急展開!』
 ホテリエッティの全身からパラボラ型のアンテナが出現し、翡翠色の光波防御帯
が開かれる。
 が、そんな物は関係無いとばかりに、二条の炎は光波防御帯をあっさりと突破す
る。
 ヴィヴィオが放った黒槌は、大気を焼き、なのはの聖光と共に螺旋を描きホテリ
エッティへと着弾する。
『馬鹿な!』 
 オーバーS級の二人が放つ超怒級の砲撃魔法は、闇夜を真昼のように染め上げ、
ホテリエッティ本体を撃ち貫いた。
 黒い稲光と白い魔力光が、真昼のように夜空を照らし上げ、ホテリエッティの絶
叫が木霊し、爆炎は愚か瓦礫一つ残さず、ホテリエッティはその機能を停止させた。
 本体の消失に呼応するように、ガジェット達も次々に機能を停止し地面へと落下
して行く。
「ふぅ…」
 ビットこそ展開しなかったが、やはり久しぶりの全力砲撃は疲れる。
なのはは、肩膝をつきながら荒い息をつき、心底疲れたとばかりに、その場に仰
向けになって倒れた。
 頬に当る夜風が心地よい。
 背中に感じるアスファルトが、全力射撃で火照った体を冷やしてくれる。
 夏の夜は生暖かく不快だと思っていただけに意外な発見だった。
「ママ」
「大丈夫…ちょっと疲れただけ」
 機能中枢を破壊されたホテルは、その場に停止し首都にも徐々に明かりが戻り始
めている。
 自分の魔力は、既に看板と言うのに、ヴィヴィオから感じる魔力は天井知らずだ。
 もしかしたら、ヴィヴィオの魔法の才能は、なのはを超えているのかも知れない。
 今迄薄ぼんやりとしか見えなかった娘のようすがはっきりと見える。心配そうに
なのはを見つめ片時も目を離さない。
(本当に大きくなった)
 ほんのちょっと前までは、なのはの手の中に納まると思っていたが、ヴィヴィオ
はいつの間にか自分の手から離れていったようだ。
 だが、なのはの知らぬ間に自分を超えていようと、なのはの中ではヴィヴィオは
小さな子供。
 まだまだ面倒を見なければならない家族である事には変わらない。
「あー疲れたぁ」
 だが、今だけは成長した娘に肩を預けても良いだろう。
 目の前には燦々たる惨状が散らかっているが、後の片付けは後続の部隊に任され
ば良いし、たまには制服組みも苦労すればよいと割り切りなのはは体の力を抜いた。
「ヴィヴィオ、私ちょっと寝るね」
「ま、ママ?」
 困惑するヴィヴィオの声を子守唄に、なのはは意識を闇に手放した。
 なのはの合コン騒動に発端とした、はた迷惑な夜はこうして静かに幕を閉じた。

「全くギリギリだね」
 残飯を漁る犬を追い払い、小さな影が薄暗い路地裏を歩いていた。
 所々紫電を散らし、流れるオイルは濁った血のように見えた。
 ほうほうの体を引き摺り、迷惑なスカリエッティは、ここまでくればと漸く歩
みを止めた。
 まさに間一髪だった。高町の親子が放った魔力砲は、スカリエッティのVPS
装甲をいともあっさりと貫き、彼の本体だけを正確に狙い撃った。
 アルテミスの傘が無ければ、脱出する事すら出来なかっただろう。
 だが、彼の傷は深い。
 主要プログラムだけを小さな体に写し脱出したは良いが、高町親子の攻撃は、
彼に致命傷を与えていた。体中がエラーを吐き出し、構成プログラムが次々に消
失して行く。
 スカリエッティは、動かない体を引き摺り懸命に端末を探す。
「全く…あの親子には毎回酷い目に合わされる」
 自重気味に笑みを零すが、今こうして愚痴っている間にも、確実に消滅へと近
づいている。一刻も早くネットの海へと逃れ、自己を修復しなければ夜明けを待
つ事も無く、自分の命は尽きてしまうだろう。
 だが、自分は生き延びた。確かに信じられ無い程酷い目に合わされたが、ネッ
トに逃れればまた再起は可能だ。現になのは達は、本体が居ない抜け殻を倒して
好い気になっている。
 逃げ延びるにはこれ程好条件は無い。
 後は時間との勝負であり、さっさと端末を見つければ良いはずだった。
「何故…ここに居る」
「何故かって?そりゃ私だからだよ」
 芝居かかった鷹揚な口調。客観的に聞かされれば、これ程腹の立つ声も無い。
 路地裏の向こう側。電気が戻った繁華街のネオンが黒猫の影を一際巨大に映し
ている。。
 純度で言えば、スカリエッティの自我の一部を切り取った自分の方が高いはず
だ。だと言うのに黒猫から感じる重圧は、迷惑なスカリエッティは遥かに上回り
恐怖すら感じる程に強大だ。
「君は端末じゃ無いな…」
「あぁ違うね…私は君と同じ物さ」
「貴様、」
 黒猫の金色の瞳が鈍く光り、桁違いの重圧を放つ。迷惑を司るスカリエッティ
に驚愕の表情が浮かび自分が捕食される側にあると本能で理解した。
「オリジナルから分化した私は七つ。憤怒、迷惑、探求、献身、歓喜、希望、そ
して、絶望。君は迷惑な私なんだろ」
「まさか、お前既に」
「あぁ、既に探求と献身はわが身に取り込んだよ…君を取り込めば漸く半分とい
った所かな」
「単純な計算で戦力差は三倍か。成るほど最初から勝てる道理は無かったと言う
訳か」
「随分あっさりな態度だね。探求な私はもう少し足掻いてくれたよ」
 黒猫が残念そうに呟き、小さなガジェットの肩に足をかける。ガジェットは身
動き一つせず介錯を求めるように、静かに最期の刻を望んでいた。
「かまわん…さぁ、君が何の私か知らないが、その身に宿った感情のままに、私
を食らうがいいさ。迷惑をかけたら、怒られるのは当然だろう」
「殊勝な事だ。流石私…だが、少しつまらないね。同じ私でもこうまで差が出る
のか」
「個性の発現こそ、オリジナルが望んだ展開だ。疑問に思う方がどうかしてる。
君があの小娘に憑いてるのがいい証拠じゃ無いか」
「小娘?まさか、それはヴィヴィオ君の事かい?」
「それ以外に誰が居る」
 スカリエッティの言葉に黒猫は、文字通り目を丸くし、次いで弾かれたように
笑い出した。 
「はぁっははははっは!これは傑作だよ」
「何を笑う」
「これが笑わずに居られるか迷惑な私。なるほど、君は人間の自我に連れた時間
が一番長かったようだが、肉体を持って成長した個体とこれほど差が出るとは、
探求の私の言っていた事は間違ってわけだ」
 黒猫は、背中が反り返る程大笑いを続け、ビデオの一時停止のように急に笑う
事を止める。
「君の力は確かに凄い。一番ネットに篭っていただけあって、プログラムやガジ
ェットの掌握率は確かに群を抜いている。私など、この小さな体を操るのだが精
一杯だ」
 先刻まで愉悦に歪んでいた瞳は成りを潜め、変わりに浮かんで来た感情は侮蔑
だった。

「私は君に負けたのだ…私が君に勝っている道理は無いだろう」
「だから、君は間抜けなのさ。全くこれではオリジナルも嘆いているよきっと」
「何が言いたい」
「別に…私は優秀な子は好きだが、馬鹿な子は嫌いなのさ」
「ふざけるな!」
 スカリエッティが爪に力を込めると、ガジェットの装甲が軋み罅割れる。
「感が悪いね君は…そうさ、君は感が悪すぎる。あれほどのヒントがあったと言
うのに、君はまだ真実に気が付かない。本当に愚鈍だ」
「勘だと…」
「字が違うね。私が言っているのは"感"さ"感"…全てを感じる力…心が弱すぎる
のさ君は」
「馬鹿なプログラムである私達に心など」
 黒猫の毛が逆立ち、金色の瞳が輝きを増す。 
 その様子は、まさに稀代の次元犯罪者ジェイル・スカリエッティの片鱗を伺わ
せた。
 語気が荒くなり、苛立ち紛れ怒りに似た重圧を撒き散らし、ゴミを漁っていた
犬が奇声を上げ逃げ出し、溝鼠達が黒猫の気に当てられ群れをなして逃げ惑った。
「それが君の限界さ。君は気がついていないが、私達にも心がある。だが、心は
人間と触れ合わなければ、決して成長しない。心が強い者は限界など何度も超え
てくる。私が伊達や酔狂でヴィヴィオ君に憑いていると思ったのかい?君は見な
かったかい、あの黒い光を、あの魔法陣の煌きを。彼女こそ私に心を与え、限界
を超える力をくれる女神だ」
 迷惑なスカリエッティも当然みた。目も眩むような光の渦の中、全てを焼き尽
くす黒い雷を確かに見た。
「全てを焼き尽くす破壊の力に…何処に女神を見たと言うんだ!」
「阿呆か君は…あれの美しさが理解出来ないとは全く度し難い。敬意に値しない
ね。尊敬出来ないって事だよ」
「戯言を言うな。あれは闇の深遠から来る破壊の光だ。あれに創世の光を見る事
が出来る方が可笑しいのさ」
「違うね。間違いなくあの光はまさに創世の光さ。あの娘は自分がどんな存在か
まるで気がついてない。今でこそ、ヴィヴィオ君の力は破壊にしか向けられてい
ない。だが、破壊の次に訪れるの再生の光だ。全てを破壊する力を持つ彼女こそ
、創造の女神たるに相応しい。世界を統べる為に相応しい。そして、ヴィヴィオ
君こそ、私の花嫁に相応しいと思わないかい?」
 厭らしく笑う黒猫に、スカリエッティの脳裏に一つの仮説が浮かぶ。 
 実証も検証もされていない、仮設を呼ぶのもおこがましい妄想の類の考えだ。
 しかし、スカリエッティの想像が正解ならば、黒猫の企みは、JS事件が児戯
に思える程危険な事だ。
「まさか!古代ベルカ王朝を」
「だから、心が悪いと言ったんだよ、私。今わの際に感づいた所で遅いのさ」
「お前はお前は一体な!」
 持ち上げられた、黒猫の尾が円錐状に広がり、そのまま迷惑なスカリエッティ
を丸呑みにする。尾の中でスカリエッティが暴れ続け、尾の形状が蠢くが、やが
て力尽きたのかピクリとも動かなくなる。
 黒猫は、スカリエッティをゆっくりと味わうように嚥下し、尻尾を元の形に戻
した。
「ふむ…下手物程美味いと聞くが、今回はそれ程でも無かったか」
 黒猫が空を見上げれば、巨大な月が目に飛び込んでくる。月を囲むオービタル
リングが銀色の輝きを放ちながら、黒猫を見下ろしていた。
「これで取り込んだ感情は四つ…残された感情は三つ…待っていればいいさオリ
ジナル。私は貴方の全てを集め、貴方の前に立つ。そして、全てを手に入れる」
 迷惑を取り込んだ黒猫は酷薄な笑みを浮かべる。
「そうだったね…サービスだ。それ位教えよう迷惑だった私…希望と絶望は常に
裏返しなんだよ」
 クツクツとまるで幼子が無慈悲に虫を殺すように、黒猫は微笑んだ。
 ただ、一人ガジェリエッティだけが、その様子を無表情で見つめていた。

「ちゃんと連絡しなさいよ」
「うん分かってる」
 首都より遠く離れた私鉄駅。真夏の太陽が降り注ぐ中、膝と太ももが大きく破
れたカットジーンズとまたもや黒いシャツを着たヴィヴィオと管理局の制服姿の
なのはが、暑さも気にせず、未だこない電車を待ち続けていた。
「暑いね」
「うん」
 ならば、空調の効いた待合室に入ればよいのだが、なのはとヴィヴィオは二人
の時間を楽しむように手を繋ぎ、無造作に置かれた長椅子に腰を下ろしている。
 ヴィヴィオの通う学校は人里離れた山奥にある。なのはは、車で送りたかった
が、ヴィヴィオが恥ずかしがった為に、結局近くの駅まで送るのが精一杯だった。
「もっと、冷却速度を上げないか、私。装甲がどんどん熱くなってるじゃないか」
「暑すぎて冷却が追いつかないのさ。我慢してくれ私」
 高町親子の隣では、ガジェリエッティの上で黒猫が項垂れている。そんなに暑
ければ待合所に入ればいいのだが、黒猫は頑なにヴィヴィオの傍を離れようとし
なかった。
 ガジェリエッティは、足りない電力を駅の構内から引っ張っているのか、背中
から伸びたコネクタにはコンセントが刺さっている。
「貴方…家庭用電源で動いてるの?」
「そうだよ。でも、家庭用の百ボル電源は薄味で困るね。幾ら吸っても全く満足
出来ない。やっぱり私を満足させようと思ったら核融合炉から直接持ってこない
と」
「今月の電気代が跳ね上がったのは、貴方の仕業かああ!」
 先月に比べ十二倍にも跳ね上がった電気代の元凶に、なのはは渾身の力を込め
てガジェリエッティを蹴り飛ばす。
「い、痛いじゃ無いか」
 鈍い音を立てて、ゴミ箱へと落下するガジェリエッティだが、無駄に強固な装
甲のお陰で傷一つ負っていない。
「全くとばっちりだね」
 ガジェリエッティと一緒に飛ばされた黒猫は、空中で身を翻し華麗に着地する。
 それが合図となったのか、構内に電車の到来を告げるアナウンスが流れ、陽炎
の向こうが側に電車が霞んで見える。
「ママ、私行くね」
「うん…行くわよスカ、おいで」
 ヴィヴィオは、名残惜しそうに手を解きボストンバックを抱え、飼い猫の名前
を呼ぶ。
「にゃあ」
 既にホームには疎らであるが人が居る。
 流石にもう喋るわけ行かないのだろう。スカリエッティは一度だけ鳴き、赤い
首輪についた小さな鈴を鳴らし、ヴィヴィオの肩に飛び乗った。
「ヴィヴィオの事宜しくね」
「にゃあ」
「承知した。なのは君の警護は任せたまえ」
 ゴミ箱から這い出たガジェリエッティの頭には、蜜柑の皮やアイスの棒等がこ
びり付いている。
 新たに出来た家族?の不恰好さになのはは思わず顔を崩した。
「失礼だね君は。これは君がやった事なのだよ」
「はいはい、ごめんね、ガジェリエッティ」
「…まぁいいがね」
 当たり前の日常と当たり前の幸福。
 誰しもが望み、誰しもが手に入れられるわけで無い。
 だが、故に人は頑張るのだろう。遮二無二、必死に過去と現在をその手に治め
未来を掴む為に生き続ける。
 電車がブレーキの甲高い音を立てホームに停車する。
「秋にまた帰るね」
 ヴィヴィオは、椅子にボストンバックを投げ捨て、もう一度なのはに向き直る。
「いつでも帰っておいで、私は貴女のママだもん」
 二人は一時の別れを迎える。
 だが、たとえどれだけ離れていようと、明日へ続く道は繋がっている。
 恐れる事は無い。不器用な親子は、未来に向って一歩づつ進んでいけば良いの
だ。
 発射を告げるベルが鳴り、ドアがゆっくりとしまり始める。
「いってらっしゃいヴィヴィオ!」
「行ってきます!ママ!」
 なのはの微笑みにヴィヴィオは満面の笑みで答えた。

 世界は続く。
 世界に終わりなど無い。
 物語は作家の手を離れ語り手の手に委ねられている。
 語り手達が紡ぐ物語は永遠だ。
 積み重ねてきた過去、紡ぎたいと思う未来への渇望が、現在の自分達を形作る。
 真夏の太陽。
 首を垂れた向日葵。
 鳴り響く蝉の声 
 世界を感じる全てが彼女達の現実だ。
 目も覚めるようなこの青空の下で未来は永遠に続いていく。
 彼女達が望む限り---永遠に。

魔法少女リリカルなのはStrikerS RePlus
 閑話休題一点五幕"ヴァージンロード-STARTing STARS"
 Reuse to RePlus…?