SCA-SEED_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第57話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:47:18

「有難う。……助かった」
 半壊したデスティニーⅡの機内で、シンは自分を庇ったMS達に呼びかける。
 ザフトと連合軍、そして形式上の部下がそれぞれ敵対せず、協力しているかのような構図はC.E.の歴史上極めて希少であり、
2年前までナチュラルと戦っていたシンも妙な気分だったのだが、彼の意識の大部分は先程のエンブレイスに振り向けられていた。

 負けである。完全なる敗北であった。相手は機体性能、操縦技術双方において自分を上回り、かつ迷いが無く本当の目的も明かさない。
 戦闘においてもそれ以外においても、シン=アスカは目的を達する事が出来なかった。
「勝てなかった……俺じゃ。俺独りじゃ……」
 単機で戦っても無意味だという『50人』の忠告を無視したわけではなかったが、一刻も早くエンブレイスに対し
何かしなければという焦りと、油断があった。
 自機の2倍以上もある相手ならば、追加装備で重くなっているとはいえデスティニーⅡの機動性で撹乱する事が
できると思ったのだ。とんでもない誤解だったが。

 不必要な人類を選別削除した上で、優れた自分が管理すると彼女は言った。しかし今のシンには、それが嘘だとはっきり解る。
 エミュレイターは彼女に従った者を殺しにかかり、彼女の行動を邪魔し、立ち塞がった者を生かしたのだ。
 その証拠に、シンを守ったMS達を撃墜しようという素振りは見せず、後を追って来させない為の牽制射撃のみ行った。
「戦えって、そう言ってるのか。独りじゃなく皆で……ナチュラルもコーディネイターも関係なく、
 皆で戦って自分を倒せって……そういう事なのか?」

『礼なんて要らねえよ。あの金的のシンを援護できて光栄だ』
『なあおい、金的のシンって何なんだ? 地球の情報は全然入ってこなくてな』
『ホントに知らないのかい? ガルナハンってとこでね、シンが手ぇ付けた女の子が』
「ヒイィルダアアァッ!! ……ん?」
 黒いゲイツのパイロットに間違った情報を広めようとした隻眼の女を絶叫で制止したシンは、目を凝らす。
 ピンク色の塗装が溶けかかったエターナルの残骸。その隅に何かを見つけたのだ。ザフトの物ではない。
 青と白を基調とし、赤のラインが入ったそれはオーブ軍の物だ。
「何で、オーブ軍の? ザフトなのに……まさか!」
『シン?』
 反応の鈍ったデスティニーⅡを旋回させ、シンはエターナルの残骸へと近づいていく。
 殆どダメージを負わなかったヴォワチュール・リュミエールユニットの出力を調整し、減速しつつ船殻に取り付いた。
 パイロットスーツの気密を確認した後、機内の減圧を開始する。
 もう一度、視界の中央で漂うパイロットスーツを見遣った。微動だにしない。
「大丈夫か……アンタ! 生きてるか!」
 広域回線で呼びかけるも返事は無い。減圧が終わり、シンはコクピットを開けた。胸部追加装甲が顎の辺りまで上がり、ハッチが上下に動く。
 腰元をロープで固定した黒と赤のパイロットスーツが、残骸を伝って移動していった。
「返事をしろ! ……やっぱりアンタか、キラ。大丈夫か?」

「シン……」
 焦点を結ばない眼を向けてくるキラ。それに構わず、シンは無重力状態の中でキラを引き寄せ回転させる。スーツの破損箇所のチェックだ。
「もう大丈夫だ。俺の機体は直ぐ傍だし、近くに艦もある。アンタ、機体どうしたんだ?」
「何で、死なせてくれなかったの? 何で、エンブレイスを邪魔したの?」
「……死んで欲しくなかったからだ」
 自分の質問に応えないというより会話する気の無いキラと視線を交わし、シンは作業を続ける。
 嫌われていようと何だろうと、今のシンには関係ない。
「良いよ、放っておいて。もう、僕なんて必要ないんだ」
 拒絶するも、キラは反抗しようとしなかった。新たに溢れた涙がヘルメットの中で散る。
「解ったんだよ。僕達が何をやってきたか。皆がどうして僕達の話を聞いてくれてたのか。
 何でさっき、僕が皆から攻撃されたのか」
「ラクスが心配じゃないのかよ。あいつは一番偉いんだから、真っ先にエターナルから脱出したはずだ。無事を確かめたいだろ?」
「助かってないよ」
 シンの言葉に、キラはゆっくりとかぶりを振った。
「きっと助かってない。取り返しのつかない事になってる」
「見もせずに言うな。とにかくアンタは死なせない、絶対にな」
 その言葉に、キラの瞳が震えた。ゆっくりとシンを見上げる。視線を合わせないまま、シンは腰のポーチからフックを取り出し、
キラの身体もロープに固定した。スーツに取り付けられた推進器を吹かし、デスティニーⅡへと戻っていく。

「僕が……君の大切な人達を殺したから?」
「アークエンジェル? それに……何でザフトが!?」
 デスティニーⅡに乗ったシンは、キラの問いを無視しレーダーを凝視する。プラントの方からやってくるのはアークエンジェル、
イズモそしてアーサーが指揮するナスカ級だ。
そして彼らの後ろを、ごく少数のザフト艦が船団を率いて追随している。
「どうしたんです? 追われているようには見えませんが」
『セレニティとエンブレイスに追い出された。艦を一撃で破壊する戦略砲に狙われてはどうにもならぬ。……状況に何か変化は?』
 イズモのブリッジで指揮をとるミナが、心なしかむくれた様子で応えた。誰かに色々と強制されるのが嫌いらしい。
「ええと、キラ=ヤマトを確保しました。ただ機体が見当たらなくて……」
『よぉシン。多分お前のとこから飛んできたんだろうな。即刻退去しろって言われてさ、
 言う通りにしようとしたんだが、うちのバカ殿が突撃かけちまって……』
『ば、バカ殿とはなんだ貴様! くそ! ああも動くと解っていれば……』
『ジュール隊長、映像で見てたのに……』
 ディアッカ、イザーク、シホの声にひとまず安堵するシン。しかしミナの言葉に表情を引き締め直した。
『いかなる方法かは知らぬが、プラントに残っていた無人の機体と戦艦がエンブレイスに付き従っている。
 行き先は恐らくファクトリーだろう。充分な資材と設備があるからな』
「え……じゃあ、プラントは今どうなってるんですか!?」
『極めて危険な状態だ。ザフトは瓦解し、航路をセレニティとエンブレイスによって封鎖されている。
 食料を地球に頼っているプラントは、かつてない苦境に立たされている筈だ』
 アークエンジェルの艦長に、イザークが重々しく頷く。
『ああ。被害を免れた戦艦に可能な限り市民を乗せて脱出させたが、無論焼け石に水だ』
「食料の備蓄は!?」
 胃の辺りからせり上がるむかむかした物を飲み下しつつ、シンは噛み付くように訊ねた。
『エターナルを旗艦としたザフト艦隊に積まれていた。回収はできるだろうが、戻れば恐らく戦略砲の餌食となる。
 密かに建造中だったらしい食料プラントも破壊された』
「くそっ!」
 言葉に詰まったシンが、キラを振り返る。虚ろな瞳で見返してくるキラ。その表情は、何も映してはいない。
 無理もない。自分を見捨てた人々を気遣う事が出来るのは、狂人であるシン=アスカくらいだろう。
『とにかく……今の我々は何も出来ん。連合軍艦隊と合流し、補給を受けなければ。
 幸い、その辺りの事はネオロゴスと親しいサハク代表が調整してくれるようだからな』
 口調に僅かな棘を込め、アークエンジェルの艦長がミナを一瞥する。海賊の首領は、不敵に笑ってみせるのみだった。

 3時間後。『ターミナル』を通じエミュレイターは月、プラントを含む全地球圏に通信を送った。
 赤い球体が描かれた星図と文字のみの、シンプルなデータだった。
 侵入すれば無警告で撃墜すると書かれたエリアは、地球、月、プラントの商航路を完全に網羅しており、
例外はないと短く文が付け足されていた。
 エミュレイターはラクスの声を発する事無く極めて機械的に宣告を終え、その後各方面からの通信に一切応えなかった。
 その後、一縷の望みをかけプラントから一隻の船が出発。データに添えられていた、エンブレイスのポジションに向かおうとした所、
プラント領外に出た直後セレニティの砲撃で推進機関を破壊された。
 白旗も、乗っていると事前通達しておいたクライン派議員の存在も意味を為さず、彷徨う船の姿をエミュレイターはまた全世界に放送した。
 
 
 凍える闇の中で、翼を広げたエンブレイスはただ其処に在る。星明りに純白の肢体が淡く輝き、
全てを拒絶した彼女は蒼穹色の瞳から光を消した。

 
 ブリュッセル郊外の邸宅。庭園に建つガーデンハウスに、麦わら帽子をかぶった老女がやってきた。護衛の女性2人が入り口で待機する。
 中に入った彼女は、簡素なテーブルの上に置かれたコンソールを操作しつつ、椅子に腰掛けた。
 帽子を脱いで膝に乗せた時、 ガラス窓型のディスプレイが起動。8人の女性の映像が映し出される。
「それで、どうだったかしら? ジブリール」
 モッケルバーグの柔らかな声に、鮮やかな赤毛を持つ娼婦のような女性がかぶりを振る。
『駄ぁ目よ。想像通りだったけど。地球に住んでる人は、あのエミュレイターの決断を概ね支持してるわ。
 コーディネイターは特に……当然ね、宇宙の邪魔者だもの』
「『説得』を続けたとして、効果はありそう?」
『やれっていうなら続けるわ? モッケルバーグお婆様。けど、世論操作は操作される側に何かしら願望が要るの。
 コーディネイターじゃなくプラントを批判するよう操作した時、便利な遺伝子治療は合法で低価格な方が
 良いっていう望みを大勢が持ってた。今度は違う』
 肩を竦めるジブリールに、モッケルバーグは変わらぬ笑みを浮かべ頷いた。愛する子を相手にするような彼女だが、眼が違う。
 他のメンバーも同様だった。心優しそうな老女も、無垢な少女も、同じ眼光を有していた。
 何度となく降りかかった苦境や危機を乗り越え、己の敵を悩ませ、追い詰め、屈服させ破滅させる術を編み出す術を心得ている眼。

 ネオロゴス。血と鋼鉄をもって跋扈する戦火の魔女達。

『1ヶ月くらい放っておいても良いと思うけど。プラントのコーディネイター2000万人を餓死か何かで全滅させてから
 エミュレイターに対処すれば、後の面倒も省ける』
『絶望したコーディネイターが自分達の住居に何かしないという保証は無いでしょう?ヴァミリア様。
 プラントとコーディネイターは元々理事国の……私達の資産ですし』
 自分よりも幼い少女にアズラエルが告げる。残りのメンバーが、思い思いに頷いた。
『亡命を希望している技術者もまだ残っています。彼らと、そしてニュートロンジャマーの完全な設計図を手に入れ
 NJCを改良しなければ、地球上の原発はNスタンピーダーの脅威に怯え続ける事になる。
 それを懸念し、止まったままの発電所が幾つもあるのです』
『あは!』
 アズラエルの演説を遮り、ジブリールがわざとらしく嘲笑した。
『そんな事言って、結局お気に入りのシン=アスカの為なんじゃないの?
 そういえば、気の毒だったわね? 金的だなんて……ふふっ』
『……ガルナハンにお住まいのコニール=アルメタ様とは、一度しっかりとお話しする必要がありますね。
 ともかく、今はビジネスの話の最中ですが? ジブリール様』
「その通りね」
 モッケルバーグが微笑と共に頷き、全員の視線が老女に引き寄せられた。

「月とプラントの両方から物が入ってこなくなるのは、ビジネス的に好ましくないわ。
 だから……喩え大衆の支持を得られなくても、私達はプラントを救わねばならない」
『ヒーローごっこね? お婆様』
 ヴァミリアと呼ばれた、人形のようなフリル付のドレスを着た少女が愉しげに問う。
「そう。今は何処もかしこも壊れるか、または足りなくなるかしているの。
 だからこそ、ヒーローごっこは1つの、特殊で有効なビジネスモデルになりえるわ。けど……」
 モッケルバーグはそこまで言って、視線を僅かに落とす。
「ザフト残党はともかく、オーブや地球の諸国家は本腰を入れないでしょうね。国民の支持を得られないのだから。
 けれど、エミュレイターの脅威は明白。生半可な戦力を送り込む事もできない……つまり」
 窓から差し込む日差しを見上げ、老女は目を細めた。

「優秀だけれども失っても然程惜しくない、規格外の人材が揃う可能性が高い。
 その事を、あのエミュレイターは理解しているのかしら……?」

「我々は失敗した」
 デブリ海に半ば身を沈め、主機関を停止させ息をひそめるセクメト。
 薄暗いラウンジに、シンと戦った男の声が低く響いた。
「そうだ、この上なく惨めに」
「『D』を始末しておくべきだったな。あの男に最後の最後で出し抜かれるとは」
「しかし、奴なくば我々はザフト中枢に食い込めなかった」
 低く抑えた男女の声がそれに続く。不純物を除いた鋼鉄の憎悪を等しく有する彼らの声音は、不思議と同じ響きを持った。
「この後どうするか、問題は其処ね」
 セクメトの女性艦長が、そのやりとりに終止符を打つ。
「失敗したとはいえ、何も手を打たなければプラントのコーディネイターは全滅する。
 餓死か、パニックに陥った中での集団自殺か……」
「最終的に全滅するのは良い。致し方ない。だが期間が短すぎる」
 最初に声を発した男が唸るように言った。吐息が幾重にも重なる。肯定の意だ。
「概算によれば、2週間で飢餓が始まり長く見積もっても5週間で2000万人が死ぬ。
 この早すぎる死は、我々の成功と言えるのか?」
「断じて否。それでは救済だ。『50人』は彼らを救う為に機を待っていたわけではない」
「しかし、セクメトと僅かなMSで挑んだ所で結果は変わらない」
「ネオロゴスは動くだろう。自身の利益に関わってくる。ネオロゴスが連合軍を動かせば、状況は変わる。
 我々の選択肢は、彼らに協力するかしないかの2択だ」
「ならば取るべき行動は1つ。迷う余地は無い」
 途切れぬ声が唱和していく。

 そう、彼らは『最後の50人』。 
 叫喚と静寂の狭間を往く調整者<コーディネイター>。

「地球に住む者は、プラントを許しはしない。再びぶつかり合い、新たな火種を生む」
「そう、そして次の動乱を生み出す為。『救い』を……撃ち砕くのだ」
 顔の前に持ってきた右手を握り込み、男は搾り出すような声で締め括った。

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