SCA-Seed_GSCⅡ ◆2nhjas48dA氏_ep2_第15話

Last-modified: 2008-06-09 (月) 17:33:28

「何時までも、敗北者ではいられないのです」

 

 補佐官は開口一番そう告げ、演卓に突いた両手に力を込めて角を握った。自然と身体が
下がり、視線が落ちる。大上段に振り被った理念を伝える姿勢ではなく、同意を求めるそ
れである。目の前のカメラにその姿が映り、全プラント内の各所に設置された大型のスク
リーンに投影された。

 

『プラント市民の皆さん、我々の本分を思い出して頂きたいのです。なぜ我々は此処に来
たのか、誰の為に、何の目的で地球を離れ宇宙に浮かぶコロニー群に移住したのか』

 

 最高議長代理によるスピーチに、集まった人々が顔を上げた。広場では連合軍のマーク
が入った装甲車が数台停車し、完全装備の連合兵が周囲を警戒している。

 

『我々は再び戦いを始めねばなりません。敗北者という言葉に甘える時は既に過ぎ去り、
再起の時がやってきたのです。そして、考えて頂かねばなりません。我々プラントが戦う
とは、どのような意味を持つのか?』

 

 そう言い置いて、補佐官はカメラのレンズを見つめた。卓に置かれた、連合軍から渡さ
れた原稿は一顧だにしない。カメラの視界外に控える背広姿の男達が、イヤフォンを指で
押さえ何事が呟いた。

 

『我々の暮らす土台から考えていきましょう。コロニーは宇宙進出を目的として、理事国
の出資の下で建設されました。我々は工場に従事する従業員、あるいは技術者です。いま
皆さんにスピーチを行っている私達議会の人間は、さしずめ工場の意思を経営陣……つま
り理事国へと伝える代理人という事です。そして恥ずべき事に……』

 

 補佐官が拳を握り締め、鋭い視線を少し落として俯くのがスクリーンに映る。

 

『先の二度にわたる武力闘争は、その議会の機能不全に責任の一端があるのです。シーゲ
ル=クライン、パトリック=ザラは、自らの役割について、致命的な考え違いをしていま
した。つまり、民衆を正しき方向へ導く事こそが、使命であると。その結果!!』

 

 いきなり大声を出し、補佐官は目を見開いてカメラを睨みつけた。

 

「何が起こったか!地球の理事国との関係を悪化させ、反コーディネイターのテロも防げ
ず!自らの無能を覆い隠さんが為に独立運動を始め!……大勢の命を奪った」

 

 演壇の横のドアが開き、アサルトライフルを構えた兵士達が入ってくる。背広の男が軽
く右手を上げ、カメラの方を見遣り制止した。隊長と小声で言葉を交わす。

 

「トラブルと聞いたもので。それに、集会広場では市民達が……その、不安定な状況です」
「シナリオ通りに動いてはいないが、まだ拘束するな。なるべく混乱を防ぎたい」
「彼らは、言うなれば皆さんの人命、資源、技術を掠め取って独立などをでっち上げた強
盗!詐欺師であり!最も罪深い事に……敗北主義者なのです!」

 

 両手を胸に当て、絞り出すように補佐官は叫ぶ。

 

『彼らのやった事を思い出して頂きたい!シーゲル=クラインは実の娘を広告塔に仕立
て、ニュートロンジャマーを地上に落とす事で壊滅的なエネルギー危機を起こし、地球全
土の敵意を買った!パトリック=ザラはジェネシスを建造し、地球の生態系を破滅させよ
うと目論んだ!これらの意味する所、共通点がお解りでしょう!』

 

 ギルバート=デュランダルを批判する事は無かった。相次ぐリーダーの喪失とザフトの
壊滅を経たプラント市民にとっては、自由どころでは無かったのである。独立運動という
美名の下、市民達に課せられた莫大な戦費は彼らの生活を圧迫し、今や新鮮な水と空気を
手に入れる事すら困難な層が増大していた。
 当然、デュランダルを失脚させたラクスなどに対する意趣返しでもあったが。

 

『すなわち、彼らの労力は全く使われておらず!問題の解決にもなっていないという事!
ただ自らの無能を誤魔化す為だけに、皆さんに流血を強いたのです!これを敗北主義者
と呼ばずして何と呼ぶのか!自己研鑽も伝えるべきビジョンも無かったのです!』

 

「そうだ!そうだッ!!」
「クラインとザラが何をした!何をやってくれた!」
「俺達から金をむしり取って、軍隊もどきを作っただけだ!何も変わってない!」

 

 あちこちで上がる声に、連合兵が部下を振り返る。

 

「何だこいつは……聞いてないぞ。催涙弾を用意しろ!」
「ち、鎮圧するのですか!?」
「今じゃない!最悪の場合を考えてだ!ランチャーを持って来い、直ぐに!」

 

「我々は、再び戦いを始めねばなりません。武器を取って立たねばならないのです!」
 序盤のフレーズを繰り返し、補佐官は左拳を固めてゆっくりと掲げ上げた。顔の半分を
隠し、ぎらつく右目のみをカメラに映す。
「では我々の戦いとは何であるか?そもそも武器とは?言うまでもなく技術力です。
そして、技術を生み出す開発者という人的資源!我々の原点であり、到達点なのです!」

 

 両掌を上へ返し、腕を広げた。]

 

「傷つき合い殺し合う武力衝突は、歴史上最も多くの問題を解決してきました。あるいは、
有耶無耶にしてきました。しかし、最も問題を前進させたのは創造なのです。最早留まる
時ではありません。我々に残された道は、前進あるのみなのです!」

 

 補佐官の映像と、熱狂する市民の映像を並べて表示したスクリーンの前に、ティーカップを
手にしたモッケルバーグが腰かけている。壁に凭れたジブリールが欠伸を噛み殺した。

 

「……何か、盛り上がってるのね。いまいちピンと来ないんだけど」
「でしょうね。プラントの人達は、反ナチュラル、反地球の教育を受けているの。だから、
エリート意識だけが根拠なく肥大している。自分達こそ新しい人類だ、とね」

 

 隠しカメラで映される、まるでとりつかれたような人々を見て老婆は息を吐き出した。

 
 

「けれども、結果は散々だったでしょう?幻影に縋っているのよ。こんな筈じゃない。自
分達はもっとやれる筈だ、もっと良い結果が出せるのだと。中途半端なエリート気取りに
ありがちな話ね。だから、つい一月前まで支持していた人間を中傷できる」
『新たなる前進に向け、既に準備は進んでいます!MSや戦艦については、開発品目を変
更する事で工場を再開できます。2ヶ月後には全体の60%が復旧するでしょう。出荷先に
ついても同様。今こそ我々は、技術と創造によって人類社会を導くという……』

 

 連合の支配下に収まっているからこそ、補佐官の言葉は極めて具体的だ。公約でなく、
既に決まっている計画を発表しているだけなのだから。今のプラントが求めているのは独
立ではなく、明日の生活である。管理社会を思わせる物言いにも、市民は賛意を示した。

 

「この補佐官、新顔なのに慣れた感じね」
「本当は新顔じゃないのよ。デュランダルの前は、クラインとザラの下で働いていたわけ
だし。敵対者の間を渡り歩けるのだから、実力は推して知るべしと言った所かしら。でも」

 

 安楽椅子を軋ませ、モッケルバーグは優しげに微笑んだ。微笑んだまま、歓声を上げる
市民達の映像のみを切る。

 

「私達の友人になってくれるかが心配だわ」
「今のところ、私達の希望には沿ってるじゃない?工場を再稼働させて、非軍事物資の
量産に切り替える……誰も損はしないでしょ?ちょっと激しいけど」

 

 独裁者を思わせる身振り、手振りで『強く新しいプラント』を訴え、市民を扇動する補
佐官を親指で指し示すジブリール。やがて演説が終わると、彼は演壇から降りる。先程の
熱気や気迫が一瞬で消滅し、役所で窓口をやっている気難しそうな男に戻った。

 

「そうね、要らない心配かもしれない」
 連合軍側が用意した原稿を手にとり、背広姿の男と話し合う彼に、老婆は目を細める。
「……いいわ、確たる事は何も無いのだから。それより、キラ君はどう?役に立った?」
「それなんだけど」

 

 今までずっと他人事だったジブリールが、急に表情を曇らせる。少し歩き、銀製の皿に
盛られていたチョコレートを一粒摘んだ。

 

「ちょっと、博士から聞いてたのと違ったのよねー」
「どういう事?」

 

 軽快な音と共に菓子を噛み砕いた後、ジブリールは剥いた銀紙を弄ぶ。

 

「アークエンジェルの援護を最優先にして、護衛の部隊は放置しろって命令を出したじゃ
ない。お婆ちゃん、知ってるわよね?」
「ええ、ゴーサインを出したのは私だもの」

 

 ジブリールの問いに頷き、モッケルバーグは言葉を交えず先を促す。

 

「なんか、それを無視して護衛のモビルスーツ隊から助けたみたいでさ」
「……どうして?自分の利害に関係なければ、最低限の労力しか使わない筈でしょう」

 

 老婆が心なしか俯いて、瞳に影が落ちた。

 

「わかんない。ラボで原因を調べてる最中なんだけど……やっぱり彼って、思ってた程便
利になってないんじゃないかしら」
「そちらは後で考えましょう……地球に降りた『50人』は、その後どうなったの?」

 

 嘆息混じりの問いに、ジブリールが顔を上げた。

 

「ガルナハンから東にずーっと進んだ所でロストしたみたいね。サハク代表が自分の部隊
を向かわせてるって。アズラエルちゃんが今いる所に……あ、そうそう」

 

 ふと思い出したように、彼女は首を傾げた。モッケルバーグが見返す。

 

「お婆ちゃん、あたしが聞くのもおかしいけど『ロード=ジブリールの遺産』って何?
いつもの情報屋は、最後の50人の狙いはそれかもって言ってたけど」

 

 老婆の手にあるカップが大きく揺れて、中身がタイルに零れ落ちた。

 
 

『どうかねアドラー君、地球もなかなか良い所だろう?』
「……はあ」

 

 連合軍が占領しているオーブのオノゴロ島に、クルーごと呼び出されたアーサー=トラ
インは、きらびやかな勲章を身に着けた連合軍高官らの前で、居心地悪そうに頷いた。モニ
ター越しとはいえ、これだけ偉そうな人達が寄り集まっている所は見た事がない。

 

『さてアンドレアス君、用件は既に伝わっているだろう。君への頼みというのは他でもな
い。我が連合軍が誇る最新鋭戦艦の、艦長をやってもらいたいのだよ』
「え、ええ。お話は伺いました。しかし小官はあなた方のいわば敵だったわけで……」
『例の、ミネルバ級を改造した戦艦を使う連中の事は君も知っているだろう?アルフレッ
ド君。彼らは危険過ぎる。ザフトだ連合だと言っている場合ではないのだ』
「理解は、できます」

 

 神妙そうな表情を浮かべ、アーサーは頷いた。情報が虚実入り乱れていた頃だったので、
真相は解らないが、『最後の50人』なる集団がラクスを失脚させ、プラントをあわや全滅
の危機に陥れ、ザフトを壊滅に追い込んだという話は伝わっていたのである。
 地球の一部では英雄視されているが、彼らプラントの人間にとっては明確な敵だった。

 

『一刻の猶予もないといって過言ではないのだよアラン君。今、そちらに兵を送っている。
彼らの指示に従い、クルーを連れて軍港へと向かってくれたまえ』
「軍港?どこのでしょうか?」
『今の時点では、この通信では明かす事ができん。なにぶんトップシークレットなのだ。
わかるな、アルトリア君』
「ええ……」
『君達の身分、命令系統などは追って説明する。幸運を祈るよ、アルバート君』
 暗転したモニターの前で、彼は肩を落とした。
「ひょっとして僕、これから先二度と本名で呼ばれないのかな……」

 
 

「なるほど。つまり貴女とシンの間に、個人的な繋がりは一切無いと。こういう理解で構
いませんね?Ms.アルメタ……いいえ、コニールさん」
「う、うん。連合軍がここを占領してた時に、手伝って貰ったっていうか……ああ、そっ
ちの敵になってたんだけど」

 

 夜。ダイアモンドテクノロジー社のスタッフが詰めかけるキャンプに呼ばれたコニール
は、妙にとある一点を突いた質問を繰り返すアズラエルに対し、困惑顔で頷いた。

 

「もしかして……連合軍のレジスタンス狩り?」
「あ、いいえそうでなく。彼は当社が開発した高性能MSに乗る、いわば『顔』なのです。
風評には気を遣わないと。それで……」

 

 髪をアップにしたアズラエルが、缶詰に封入された肉切れにフォークを刺す。どう見て
も良家のお嬢様が、一般職員と同じ作業服を着て同じ物を飲み食いする光景は、コニール
にとって奇妙だったが不愉快では無かった。だからこそ、家事の忙しさを縫ってアズラエルの
招待を受けたのである。

 

「ちょっと、彼が受けた傷害について伺いたいのですが、あの、貴女と……」
「えっ?い、いや!あれは違うんだ!故意でも無いし、何の感情も籠ってない!」

 

 流行や噂とは切り離されたガルナハンにも、『金的のシン』の勇名は轟いていた。何せ、
あのキラ=ヤマトを打ち破り、プラントに住む2000万人を救い、宇宙航路を封鎖していた
AIとその機動兵器を破壊した事で、各陣営の経済危機をも間接的ながら救った稀代の英
雄である。ネオロゴスによる宣伝も多分に混じってはいたが。

 

「お、押し倒されたんだよ!それで、夢中で」
「押し倒された……?」
「も、もともとこっちから襲ったんだけどね!シンは悪くないよ!」
「其方から、襲った……?」

 

 肉を突き刺したアズラエルのフォークが、缶の底に押し当てられて擦過音を立てる。

 

「ま、ま、お嬢様冷静に……Ms.アルメタが仰った事を整理してみては?」
「私は冷静です。今のお話のどこに、冷静さを失うべき箇所があったと言うのです?」

 

 コーヒーを差し入れた研究員をドスの利いた声で下がらせ、少女は顔面の筋肉を歪めて
微笑をつくった。

 

「もう少し、詳細な所をお聞かせ願えますか?コニールさん」
「あ、うん。話すと長いんだけど」
「……長い話が、あるのですね?」

 

 プラチナブロンドをざわつかせた少女が顔を上げた時、その瞳が真昼のような光を捉え
た。直後、爆音が上がる。嫌というほど聞いた破壊の音に、コニールが青ざめた。

 

「襲撃です、お嬢様。敵の所属は不明。MSを複数運用している模様!」
「カイザーを。兵士としての私は素人も良い所ですが、避難の時間程度は稼げるでしょう」

 

 右目のみを覆うタクティカルゴーグルをセットし、アズラエルは立ち上がった。

 
 

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