SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第01話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:19:45

 戦争は終わり、世界には平和が訪れた。勝利を収めたのはプラントでも連合でもなく、ラクス=クラインの私兵にして最強の軍事勢力、『歌姫の騎士団』。プラント最高議長ギルバート=デュランダルを火力にて永遠に沈黙させた彼らは、再び戦争を終結させた英雄として返り咲いた。連合艦隊の事実上最高権力者であった時のオーブ代表、カガリ=ユラ=アスハもまたその1人であった為、プラント側に課せられた戦争賠償金など、敗北のペナルティが極めて小さかった事も、世論が彼らを受け入れた一因であろう。
 きな臭い中立国だったオーブが一転して地球連合の中心となった事は、少なからず旧権力者の不興を買ったが、国力が疲弊しきっていた上、何より歌姫の騎士団の影をチラつかされては交渉も成り立たず、公的な反対、批判は起こらなかった。
 C.E.74、宇宙をプラント最高議長ラクス=クラインが、地球をオーブ代表カガリ=ユラ=アスハがそれぞれ治めるこの2大巨頭政治体制を、戦乱に疲れ果てていた世論は喝采と共に受け入れる。
 そしてC.E.76、世界は久々に訪れた平和を謳歌していた。かに、見えた。

 2度の大戦によってますますその密度と表面積を増したデブリ海の中で、2つの光の尾が蛇行する。

「駄目だ、距離を詰められている! 機体は同じだというのに!」

 噴き出したスラスターの光がMSの残骸に当たってゲイツRの姿を照らし出した。ザク、グフなどに晴れ舞台を譲ったとはいえ、機数は未だザフト中最多の主力量産機である。
 機内にロックオンアラートが鳴り響き、パイロットは大きく操縦桿を倒した。背部大型スラスターが傾斜し、機体はロールしつつ右に。直後、ビームが左脇を掠める。

「ちっ……うおぉっ!?」

 かわした先に立ちはだかったのは敵機でなく、スクラップとなった戦艦の主砲。逆噴射をかけて減速しつつ、ゲイツRの両脚が大きく振り上げられ、慣性のかかった機体がそのまま反転する。背部スラスターを目一杯噴射し、寸での所で衝突を免れた。その瞬間、デブリの隙間から放たれたビームが右肩を直撃する。

「しまった!?」

 ビームライフルを持たせた右腕が離れていく。両腰部のレールガンが跳ね上がり、砲身上部照準器に光を灯すが、敵機は既に見えない。レーダーには依然映し出されているが、デブリ海での戦闘には殆ど役に立たない。
遮蔽物に隠れようとパイロットがモニターの四方に視線を走らせた時、正面から何かが飛び込んでくる。

「そこか!」

 確かめもしないままトリガーを引き絞り、腰部の2連装レールガンの砲口から光が上がって、打ち捨てられたMSの残骸に風穴を開ける。その向こう側に、自機と同じ色に輝くモノアイが見えた。

「っ……」

 機体を逃がそうとするも、加速がついた敵機に追いすがられ、膝の突起部分で左のレールガンが蹴り潰される。
そのまま先程の艦砲に叩きつけられた。震動でシートが軋み、背部スラスターへのダメージがモニターに表示される。
 2秒未満で揺れが収まった時、勝負は既についていた。敵機の、ビームサーベル内蔵型シールドが左脇腹に押し当てられ、右手のビームライフルは胸部コクピットハッチに狙いをつけている。
 通信回線が開いた。

『観念しろ。MSの動力を切って、機体から降りて来い』
「お前は……シン=アスカ! 知っているぞ!」

 シンのパイロットスーツ姿に、男は嘲笑を投げつけた。

「デュランダル議長の傍近くにいたお前が、今やクラインの犬か!」
『……お前を公共物損壊の、オクトーベル3のソーラーパネル40平方メートルを損壊させた容疑で逮捕する。お前には、以下の権利が与えられる。まず……』
「前議長に気に入られたように、あの歌姫にも取り入ったんだな? さぞ面白い芸を見せ」
『話が進まないから黙れ』

 無感動な口調と共に、シンは押し当てたシールドを僅かにずらして内蔵ビームサーベルを起動させる。
 コクピットハッチの外部装甲が赤熱して削げ落ちた所をこじ開けた。機内で凍りついたパイロットをマニピュレーターで引きずり出す。

『今の俺はオクトーベル3の警備隊員。義務を果たすだけだ。それを犬と呼ぶなら……好きに呼べよ』

「お見事でした、シン=アスカ。近々議長閣下から感謝状が贈られるかも知れません」
「パネルを壊される前に何とか出来てればな。俺は割った奴を捕まえただけだ」

 ソーラーパネルの破壊は、プラントの法に照らし合わせると重罪に分類される。エネルギー危機を起こす直接の要因となるからだ。500人超まで膨張した議長直属部隊『歌姫の御手』メンバーに先程の容疑者を引き渡した後、シンは目の前の小奇麗なザフトホワイトに小さく頭を下げた。

「じゃ、よろしく頼む」
「ならば、私の方からそのグリーンを着替えられるよう議長閣下に進言を……」
「赤も白も黒も必要ない。今の緑が良い。早く行ってくれ」
「……それでは」

 くたびれた制服を着たシンは、空港へと走り去る護送車に敬礼した後、警備隊詰め所の小さな建物へと入っていった。自動ドアが開くなり、新人の女性兵士が声をかけてくる。

「あの、ほんとに良いんですか? アスカさん」
「何が?」
「緑のままで良いのかな?って。 あと、今日付けで回されてきたザクだって。1機目のザクですよ?」

 2年間、配属当初から他の隊員とまともにコミュニケーションを取っていなかったシンは、同僚の名前を覚えていなかった。自分の名を呼ぶ彼女を、何処か眩しそうに見つめ返す。

「あたしが一番MSに慣れてないのに、一番新しいのに乗っちゃうなんて……」
「服の色なんてどうだって良いだろ……それに、ザクウォーリアは嫌か? 良い機体だと思うけど」
「いえ、違います! でもアスカさんは元ザフトレッドで、元FAITHですし!」
「そう。全部、元だよ。……ザクは装甲が厚めだから、慣れない奴に丁度良い。せいぜい腕を上げてくれ」

 彼女の目を見ず、何処か気の抜けた表情で言葉を返した後、シンはロッカーから荷物を引っ張り出す。

「腕を上げてさ……死んで、くれるなよな。アンタだけに言う事じゃ無いけど」
「は、はい!」
「じゃ、お先に」
「お疲れ様でした! あの!」

 ドラムバッグを引きずるように持って歩くシンに、女性兵士が声をかける。

「明日は、シミュレーターに付き合って貰えますか?」
「…………ああ」

 オクトーベル3の時刻は夜。陽光を模した照明が落とされ、省電力モードに入った都市は眠りについていた。
赤い光を点滅させる、薄い雲を越えた遥か頭上の大型ハッチを見上げたまま、シンは歩く。
しかし、直ぐに視線を正面に戻す事になる。車のクラクションが鳴ったからだ。

「シン! 此処で働いてたんだ!」
「ルナ……よく、解ったなあ」

 高級車と呼ばれるカテゴリーに位置するエレカの助手席から降りてきたかつての戦友を見て、シンは口の両端を小さく持ち上げた。

「『彼』が調べてくれたの! ねえ、あれ、シン=アスカよ」
「ん? ああ、そうなんだ」

 車内から聞こえた気のない男の声に、シンは僅かに苦笑する。胸元が大きく開いたドレスを着たルナマリアが、ヒールをつっかけて歩いてきた。

「今ね、パーティから帰って来たの。彼、オクトーベルのセレブなのよ」
「そうか。……ちょっと酒臭いよ」
「やだぁー」

 眉を寄せるシンを見て笑い声を上げるルナマリア。

「彼とは前から付き合ってて……今の議長が婚姻統制とか無くしてくれたから、ステディになれたのよ」
「良かったな、ルナ」

 話の真偽など、今のシンにはどうでも良かった。

「MSから降りたかったら、此処に……電話かけて。色々助けてあげられるかもー」

 手帳にのたくった数字を書いたあと、ページを破ってシンに押し付け、ルナマリアは背中を向ける。

「シン、楽しく生きよ。楽しく……ね?」

 そして、最後のルナマリアの鼻声が、酒に酔ったからではない事も解った。彼女を乗せて動き出したエレカを見送った後、シンは宿舎に向かって歩く。雲の向こう、無機質の空を見上げて。

「ルナ、俺は今……楽しいよ。戦争が無くなったんだから。俺は今……幸せだよ」

 彼は知らなかった。自分の『運命』が、未だに続いている事を。

「ロンド=ミナ=サハク代表、貴女にお訊ねしたい事があります」

 議長執務室の通信スクリーンに映った人物に対し、ラクスは何時もの笑みを浮かべた。直ぐ傍には、指揮官クラスの証である白服を着たキラと、ラクスの補佐官が控えている。

『伺おう、議長……答えられる範囲であれば』

 そして世界の軍事バランスを左右する2人を前にしても、映し出された黒髪の女性は何処までも尊大であった。薄く紅を差した唇の片方を持ち上げ、軽く頬杖を突いている。

「アメノミハシラの高機動部隊をこの2年で大幅に増強されたそうですが、何故です?」
『言うまでも無い。宇宙航路の治安維持の為だ』
「戦争は終わり、世界には平和が訪れたというのに?」
『戦争の後には戦災がやってくる。2度の大戦が生んだ物は残骸だけではない。この広大な宇宙には今、重武装した宙賊共が激増しつつあるのだ。とりわけ、非武装中立地帯で』

 此処での非武装中立地帯とはそのままの意味で、プラントの物でも地球連合の物でもない宙域の事である。

「宙賊ならば世界共通の問題。サハク代表のお仕事は、わたくしやカガリさんの仕事でもあります。ならば、独立しているミハシラの軍備を双方の組織に組み込んだ方が、連携を取りやすくなりませんか?」
『議長。知っての通り、ナチュラルとコーディネイターの問題は未だ解決していない。だから先程、特に中立地帯で、と申し上げた。かつての敵が互いを守り合うというのは極めて困難だからだ』
「この2年間で、双方の和解は進みつつあります。わたくしの言葉は、皆様に届いて……」

 ラクスの言葉を掌で遮り、ミナはかぶりを振った。

『確かに議長の目にはそう映るだろう。……周囲はそう見せたがる。しかし現実を直視して頂きたい。
世論が議長やアスハに従っているのは共感からではないのだ。圧倒的な戦力に対する恐怖と、あわよくばその強力無比な力を活用せんとする野心からに過ぎん』
「くっ……それは偏見ではないですか!? 自分が力を持ちたいが為に、ラクスを中傷するのは止めて下さい!」

 たまりかねたか、キラが抗弁する。力が自分の全てでは無いという、彼の心情を鑑みれば無理からぬ苛立ちだろう。室内の照明に輝くFAITH徽章に、ミナは冷笑で返した。

『これはこれは。貴官は先の大戦で、自分達がやった事をもう忘れてしまったのか?』
「どういう意味です……?」
「お止めなさい、キラ。……サハク代表、せめてオブザーバーを司令部に派遣させて頂けませんか?」
『承服できない。コーディネイターかナチュラルか……どちらかに偏った見方を持ち込まれては、我が部隊の存在意義に関わる』

 ミナの言葉に、ラクスは悲しげに溜息をついた。

「強すぎる力は、また新たな争いを生みます。サハク代表が善き心の持ち主である事を信じますわ」
『……他に話は? 無いならばこれにて失礼する』

 何処か疲れた表情のミナがスクリーンから消えると、早速キラが口を開いた。

「サハク代表は、本当ならカガリを助けるべき人なのに……どうして解ってくれないんだ」
「人物の善悪はともかく、サハク代表の考えは合理的です」

 ずっと黙っていた補佐官が話に割って入った。

「もし今、サハク代表の掌握する部隊を解体した場合、中立地帯の警備をプラントと連合で全て担当する事になります。その維持費は莫大であり、とても支えきれるものではありません」
「じゃあ補佐官は、サハク代表の動きを放っておいて良いって言うんですか!?」
「放っておく以外の選択肢がありません。今の所は、航行する商船に過剰な通行料を払わせる、といった事もやっていないようですし、介入する理由も、介入した後のケアも出来ないからです」

 怜悧な細面を持つ補佐官の言葉に、キラは言葉を詰まらせて肩を落とした。

「それは解っています。でも……」
「ともかく、わたくし達は信じるだけです。サハク代表が、この平和を快いと思い、持続させたいと思う人物である事を、わたくしは願います」

 何処か祈るように、ラクスは宇宙を臨む展望窓に向き直り、目を閉じて指を組んだ。

 この非公式会見から2時間後、オクトーベル3付近の宙域にてナチュラルの武装商船が賊の襲撃を受けた、との報告がザフトに入った。ナチュラルに対し少なからぬ差別意識を持った当直指揮官が対応した為に、本件は瑣末な小競り合いとされ、情報がラクスに伝わるまで30時間もの遅れが発生した。
 襲撃発生から同時刻、中継基地に待機していたミナは自ら部隊を率い、商船救出に出撃。シンの所属するオクトーベル3の警備部隊もまた、プラントへの被害を防ぐ為に出動した。
 今、『運命』が交錯する。

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