SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第08話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:23:36

「駄目だ……電池が死にかけてる」

 降下シャトル内の窓際席で、ピンク色の、男性が持つには少々似つかわしくない携帯電話を覗き込んでいたシンは、傍らに人の気配を感じて其方を振り返った。

「アスカ様、間も無く降下ですので、シートベルトをご確認下さい」

 同乗した、アズラエルの付き人の1人だった。ダークスーツを着込み、細めた目で見下ろしてくる。

「それと、隣に座らせて頂いて宜しいですか? 空きのシートが無くなってしまいまして」
「ああ、はい。……ひとつ、聞いても構いませんか」

 携帯電話の電源を切ってポケットに滑り込ませたシンは、ベルトのインジケーターを確かめつつ訊ねた。

「何でしょうか」
「彼女の名前はアズラエル、ですよね」
「そうです。それが現在の、お嬢様のフルネームです」

 シートが無くなったから隣に座ったというのは、シンにも分る嘘だった。監視の為である。分ったからこそ、シンは大胆な問いを投げかけた。アルファ3の与太話が、俄然現実味を帯びてきたからだ。

「他の人もいるんですか? ……ジブリールとか」
「さあ? ……弊社の加入している産業連合に、そういう名前の広報担当がいますが」

 親切すぎる返答に若干驚いた表情を浮かべた後、シンは頷いた。

「そうですか……アズラエルさんは、地球で何のイベントに出席するんですか?」
「平和記念式典、と聞いています。カガリ=ユラ=アスハ地球連合主席が主催されたとか」

 出てきた名前に、シンは思わずしまいこんだ携帯電話を握り締め直した。

「肩書き……変わったんだ」
「メサイア攻防戦から2年経ち、戦争の混乱も消えかけています。パフォーマンスには良い時期なのでしょう」

 シャトルがラルディンのマルチポートを離床した。視界が変わり、衛星軌道の警備につくオーブ宇宙軍が窓に映った。世界に平和と自由を謳う彼らが駆るはイズモ級戦艦。その陽電子砲の砲列が彼方を睨み付ける。
 ふと、懐かしいフレーズが頭をよぎった。オーブで暮らしていた頃、信じていた言葉。
そして、今も心の何処かで捨てきれぬ言葉。

「平和の、国……か」

 今や地球連合の頂点となったオーブ軍の艦隊を、冷たい地球光が蒼く染め上げる。大気圏突入に備えて窓にシャッターが降り、シンはシャトルを揺さぶる小刻みな震動に目を閉じた。

“カガリ=ユラ=アスハ、キラ=ヤマト、ラクス=クライン、アスラン=ザラ。後世の歴史家の中には、彼らは不運であったと主張する者が幾人かいた。非常に若くして世界を形式上制した彼らであったが、為政者に必要不可欠な要素が足りず、補う機会にも恵まれなかった、と。
 歴史家の1人によると、彼らに足りなかったのは年齢ではなく、経験であるという。より具体的に言えば、失敗と挫折の経験に恵まれなかったのだ、と。
 特異な時勢に運良く上手く乗り、為す事全てが己の思うままに進み、大勢から非現実的なほどの理解と賛同を短期間で、かつ、さしたる努力もせずに手に入れてしまった彼らは、政治手法や人心掌握の技術などを学ぶ時間が無く、かつ学ぶ必要性を感じる事も出来なかったであろう、というのである。
 そして上手く行き過ぎた彼らは、自分の意に沿わぬ者を愚か者としか見る事が出来ず、異なる考えの存在に注意を向ける事は出来ず、意のままに振舞えば状況が悉く好転した彼らは、おおよそ反省や試行錯誤とは無縁の精神状態を構築していたに違いない、とも主張した。
 成功は無慈悲なり。
同歴史家の著書『コズミック・イラ黎明期 下巻』の1ページ目に記された言葉である“

「アスハ主席、ザラ一佐、お時間です」

 秘書官の言葉に、オーブ軍の制服に身を包んだアスラン=ザラは、同じく軍服を着た女性に声を掛けた。

「行こう、カガリ。メイリンも待ってるから」
「うん……」

 何処か浮かない表情で、地球連合主席カガリ=ユラ=アスハは頷く。その房付きの軍服は今、地球の軍事力その全てを掌握しているのだ。

「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」

 優しげに声をかけるアスラン。

「いや、上手く行かないなって思って。連合軍も、ミハシラ軍も」
「大丈夫だ。連合はフラガさんが、ミハシラ軍はラクスが説得してる。きっと上手く行く」
「いや、ミハシラ軍の方は、私にも責任があるのかなって思ってさ……」

 彼女は地球連合と島国オーブの構造を同一視していた。玩具の家の家具を替えるように、地球連合軍の最上層部にオーブ軍を無理矢理捻じ込んでしまっていたのである。
 更に、正式な手続きも交渉も無く、ムウ=ラ=フラガを連合軍中将に据え、両組織の仲介をさせようとした。
 そして、元五大氏族であるサハク率いるミハシラ軍の方は、オーブ代表首長の名の元に、容易く連合軍に組み入れられると信じ込んでいたのである。

「戦争が終わっても、平和が大事だって、皆が解ったわけじゃなかったんだ……」
「力を持つと振るいたがる。弱い人間であればあるほど、そうだ」

 アスランはカガリの肩に手を置いた。

「サハク代表も連合軍も間違ってるわけじゃない。弱いだけなんだ、きっと」
「そうだな……じゃあ、何時か解ってくれるのかな」

 俯いていたカガリがひとつ頷いて顔を上げ、アスランに笑いかけた

「よし、行こう!」

 アスランを連れ立ってカガリが執務室を出ると、同じく制服を着たメイリン=ホークが笑顔で立っていた。

「頑張って下さいね、カガリ代表」
「おいおい、今は私の秘書でも、同じ仲間だろ? 此処ではカガリで良いよ」
「えー? じゃ、カガリさんって呼んじゃおうかな!」
「公式の場では気をつけろよ?」
「解ってますよー、アスランさん」

 仲睦まじく、そう、まるで子供同士のように戯れる彼ら。

「アスハ主席、そろそろ……車が外で待っておりますので」
「解ってる! まったく、そんな慌てなくたって、皆帰るわけじゃないんだから……」

 乗車を促すオーブ軍人に口を尖らせつつ、カガリは肩で風を切って行政府の官舎を出た。

 会場前。車道の両脇で沸き返る歓声に、シンは顔を顰めて溜息をついた。

「やっぱり来るんじゃ無かった……」

 地球行きが決まっても、直ぐに配属先が得られるわけではない。地球の何処に降りれば良いのかとミナに訊ねた所、さしあたってオーブへ、の一言で済まされてしまった為に、シンはアズラエルのシャトルに同乗し、現在に至る。抜け出そうにも背後を振り返れば、顔の見える距離に彼女が来賓として座っているのでそうもいかない。シャトルの『借り』もあり、同行の誘いを断れなかったのだ。

「車道と会場が近すぎるんだよ、馬鹿アスハ……っと」

 アスハの名を出した瞬間に周囲から視線を向けられ、シンは慌てて車が来るらしい方向へ笑顔で手を振った。
 やがて、真っ白な公用車が見えてくる。歓声が更に大きくなった。

「カガリ様ー!」
「ザラ様 ! こっち向いてー!」
「ザ……アスラン!?」

 再び注目を集めてしまい、シンは再び笑顔で手を振る。若干自棄気味に。

「様付けかよ……どこに行っても偉くなるんだな、アンタは……」

 自分でも気付かぬ内に、ポケットの中の通話できない携帯電話を握り締めた。車が近づいてくると、目を閉じて顔を背ける。後部座席に座っているだろう2人の姿など、見たくも無かった。

「……ん?」

 ふと、耳慣れた遠い、しかし甲高い音にシンは抜けるような青空を仰ぎ見た。中天に昇った太陽の光に目を細めつつ、警備に当たっているMS隊の内、ある1機の挙動に視線を送る。

「あいつ、妙に低く飛んで……」

 次の瞬間、そのシュライク装備のM1アストレイが機関を全開し、急降下を始めた。公道脇に集まっていた人々が悲鳴を上げて散り散りになっていく。追うムラサメがビームライフルを撃ち、シュライクに当てた。
左のローターが吹き飛び、機体が大きく傾ぐ。しかし傾きつつ、そのM1は加速を止めない。MSパイロットのシンには、M1の降下速度、角度から、何に向かっているかが解った。

「車にぶつける気だ!!」

 警告し、自分も逃げようとするが、ふと反対側の道路を見たシンは、自分を押し退けようとする男女を逆に押し返して背中に追いやった。
 混乱の最中、落とした携帯電話を人の波に蹴飛ばされた幼い少女が、道路の真ん中に転がったそれを拾おうとガードレールを乗り越える。そして落ちている所まで走って屈み込んだ時、黒い濃い影が覆う。顔を上げた彼女の目に映ったのは、迫ってくるMS。影の落ちた巨大な人型、輝く緑のツインアイ。
 何を叫んだか、彼自身も解らない。とにかく何か、人の名前のようなものを絶叫しながら、ガードレールを跳び越え、シンは硬直した少女の身体を抱かかえる。持っていた携帯電話が転がった。

『カガリ=ユラ=アスハああぁ!!!』

 M1のスピーカーから響き渡る男の叫びも、今は無意味だ。シンは少女を抱き、渾身の力で跳んだ。

 相対距離、速度からして、間に合わない事は解っていた。しかし、シンはそれでも走った。守るべき弱者に目の前で死なれるくらいならば、自分も死んだ方がマシだった。それに、奇跡が起これば少女だけでも助かるかもしれないのだ。
 スラスターの噴射音とローターの唸りの中、シンは少女を横抱きにして、その後頭部に左手を添える。
靴先がガードレールを掠める感覚の直後、M1が路面に激突した。轟音が耳をつんざき、小さな爆発が2人の身体を更に吹き飛ばす。

「なっ!?」

迫ってくる地面に、信じられないといった表情のシンは首を曲げて顎を引き、横抱きにした少女を慌てて腕の中に抱きこみ、頭をしっかりと守った。固い舗装路に全身を叩き付けられ、痛みと衝撃に歯を食い縛る。
速度がついていた為にそのまま路面を転がり、自動販売機に頭をぶつけてようやく止まる。

「くあぁ……!」

 痛みというより痺れに全身を苛まれつつ、シンは腕の力を緩めた。そして気が付いた。

「あ? ……何で、俺、生きてるんだ? 手も、足も……無くなってない……ッ!?」

 腕の中の少女が、まばたきをせずに目を見開いたままの事に。血が凍った。

「おい、冗談じゃないぞ……俺だけ助かったってしょうがないだろ!! 起きろよ!!」

 悪夢が蘇り、半狂乱になったシンが叫ぶ。大声に、少女の両目が何度かまばたきした。

「ケータイ、壊れちゃった」
「……」

 一気に脱力し、路上に突っ伏した。日光で熱されたアスファルトが頬に当たって痛い。

「新しいのだったのに。……重いよ。どいて?」
「リエ!!」

 母親とおぼしき女性が、泣きながらシンに駆け寄ってきた。彼の下から強引に少女を引っ張り出し、シンの身体が再び地面にぶつかる。

「痛って……でも、何で……」

 寝転がったまま、アスファルトに拳を叩きつけて停止したM1を見遣る。少女はともかく、自分の身体は確実に巻き込まれていた筈だった。そしてこの時は、直ぐ傍で停まっている、カガリを乗せているだろう公用車には欠片も意識がいかなかった。M1を射撃したムラサメが降りてくる。
 小さなクレーターとなった路面に近づく。警官達は道の両脇に溢れた群衆の処理に忙殺されている所為か、制止されなかった。

「この、跡……妙に短いな」

 着地した際の破壊痕と、脚部が路面に擦れて、未だ赤熱している2つのラインを見て、シンは結論を出した。

「急制動を、かけたのか……?」

 その時、M1のコクピットハッチが開き、群衆からまたも悲鳴が上がる。額から血を流し、右肩をだらりと垂れ下がらせた中年の男が、左手に拳銃を構えて飛び出した所為だ。

「出て来い、アスハァ!!」

 M1の機体を滑り降り、真っ白な公用車に向けて発砲する。しかしそこまでだった。
 四方八方から銃声が鳴り響き、男の身体の十数か所で銀色の煙が上がる。金属の粉末を固めて作った、特殊弾だった。M1で突っ込んだ時の負傷もあり、男はたまらず銃を落とす。現れたMPが彼を取り囲んだ。

「何の騒ぎですか!? 何が起こったんです!?」
「マスコミは下がって!」

 移動してきた報道陣も集まり始め、警官と押し合う中、銃声に伏せていたシンはゆっくりと立ち上がる。

「出て来い、アスハ!! 2年前の罪を忘れたかッ!!」

 人ごみに混ざろうとしたシンの歩みが、ぎくりと止まった。

「わざわざ市街地に布陣した、お前の軍隊に! 私は妻と娘を殺された!」

 オペレーション・フューリー。ザフトでそう呼ばれた作戦に参加し、シンはかつての自分の故郷を攻撃した。その時は信じ込んでいたのだ。オーブを叩く事が、平和への道だったと。

「あの指揮を取ったのは私じゃない!」

 新しい声が聞こえ、シンは怒りと共に其方を振り返った。二度と耳に入れたくないと思っていた女の声。
未だ混乱が収まっていない周囲を他所に、M1の陰からそっと様子を伺う。

「あの時の指揮官はユウナ=ロマ=セイランだ! 私はお父様の形見に乗って、オーブの為に戦ったんだ!
ロゴスに加担して、ジブリールを匿ったセイランを正し、私は……」
「セイランは、代表代行だったはずだ!」

 カガリの言葉を打ち切って、中年であるのに既に髪が真っ白に染まった男が叫び返す。

「セイランは代行だったはずだ! お前の! セイランのやった事は、お前のやった事だ!」

 カメラの砲列を前に、カガリは、地球の覇者は誰が見ても明らかな程にうろたえた。

「そ……そんな無茶な話があるか! セイランが……セイランが勝手に!」
「なら、セイランが代表代行になった理由を言ってみろ!!」
「あ……ぅ……」
「知っているんだぞ、全て!! お前はオーブの『英雄』だからな!」

 突きつけられた拳銃。幾つもの銃口をまるで気に留めず、目を血走らせた男が続ける。

「キラ=ヤマトとかいう奴に連れられて、お前は何処に行っていた! 何をしていた!」
「せ、戦争を止める為に、私は、私なりに頑張って……」
「オーブ軍とザフトに割って入って、頑張って戦闘を混乱させたんだろう!?」

 男を取り囲んでいたMPの内、2人がそっと目配せする。彼らは熱心なアスハ信奉者だが、カガリがこの男を相手に立ち回れるとは思えず、アスハ地球連合主席を『お救いせねば』、と考えたのである。
 これがまずかった。

「そ、それは……」
「お前がそもそもあそこで居なくならなければ! 直ぐに戻っていれば……!」

 1人が、ごく自然な動作で男の肩を掴み、膝を突かせる。もう1人が、このような日の為に用意していた注射器とアンプルを、MSのハッチに隠れて取り出して、薬液を吸い上げた。

「だ、だが、私は……」

 そして、肩を押さえていたMPが男の袖を少しだけ捲り上げる。そこへ、注射器を持っていた男が――

「何してる、アンタ」

 MP達が男に注視したその瞬間、割り込んだシンの手が注射器を持ったMPを捉えた。

「おい、お前! 下がらないか!」
「シン!?」
「今、こいつで、何をしようとしたッ!?」

 注射器を持った手首を捻ったシンが、それを高々と持ち上げる。警官の指示に従わず、テロリストを捕縛したMPに妨害を働いたという時点で、シンは既に誤魔化しの効かない罪を犯していた。が、場が彼に味方した。
 カガリが、彼女の護衛のアスランが、そして何よりマスコミのカメラが一斉に集中する。

「何ですかそれは! 何の注射ですか!? おい、撮れ! 良いから撮るんだ!」
「撮影は禁止だ!」
「何の権利で? 報道の自由はオーブの法でも認められていますよ!」

 テロリストへの『処置』に意識を削がれ、外部に目をやる事を忘れた、MP達の完全なミスだった。

「……俺がオーブで暮らしてた4年前は、オーブ軍はオーブの人間を守ってた!
何時から! オーブ軍はアスハ『だけ』を守る軍隊になったんだ!!」

 興奮したシンの言葉は支離滅裂で、些か合理性を欠いている。だが言葉というのは、意思を伝播させる音に過ぎない。周囲は、特にメディアは彼の言葉を『翻訳』し、カメラをズームさせた。
 フラッシュを何度も焚かれ、シンは鬱陶しそうに其方を見遣る。そこをまた撮られた。別段、彼には社会に不平をぶち撒けるとか、そういうつもりは無かった。ただ、カガリやアスランに対して抱き続けていた怒りと憎しみが、思わぬ場所で解放の機会を得て、一気に噴き出してしまったのである。

「早く、ちゃんと答えてやれ、アスハ!! アンタは力を持っ……何で……」

 視線を向けた先で、カガリは泣いていた。顔を手で覆ってへたり込み、啜り泣いている。
彼女の肩を抱いたアスランが、非難がましく此方に視線を向けていた。

「何で、そこで泣くんだ? アンタは」

 絶望が、シンの精神を直撃する。張り上げていた声さえ萎えた。
この2年間で、カガリは急速に力を得た。力と、それに伴う責任を。シンは、彼女が成長しているという可能性を頭の何処かで信じていたからこそ、問うたのだ。そしてそれ以上に、4年前に自分が家族を失った時の事も、あの時のウズミ=ナラ=アスハも含めたアスハ家の決断についても、皆が見つめるこの場で毅然として語ってくれるだろうと、彼女を否定しつつも無意識の内に期待していた。
 勿論、理不尽な期待ではあった。シンの望みは甘過ぎ、時は既に遅すぎたのだ。

「此処にいるのは、俺だけじゃないんだぞ……大勢、見て、アンタの言葉を待って」

 頭の中に鈍い音が響き、後頭部からこめかみ、額へと重い衝撃と痛みが抜けていく。
シンの頭に警棒を振り下ろしたMPが叫んだ。

「公務執行妨害で、現行犯逮捕する!」

 倒れ伏したシンを、彼らは数人がかりで押さえつける。装甲護送車も現場に到着し、アサルトライフルを構えたヘヴィ・ボディアーマー装備の歩兵が銃を持たぬ人間達を威圧した。

「何、で……だ」

 逮捕された事に対する疑問はない。霞む視線の先で泣いているカガリに対して、シンは掠れ声を発する。

「どうして……泣くだけで、何も言わないんだ……アンタは……」

 テロリストの男ともども、装甲護送車に放り込まれる寸前、シンは最後の声を上げた。

「アンタって人はアァッ!!!」

 シンとテロリストが運ばれていくのを見送ったアズラエルは、小さく苦笑した。

「あらあら、少しやり過ぎたのではなくて? けど、この状況ならば……」

 行儀良く椅子に腰掛けたまま、彼女は付き人に渡していた携帯電話を受け取る。

「……アズラエルです。至急、オーブにいる弁護士に連絡を取って下さい。それと、平和祈念式典に集まった報道陣を特定し、支社ビルにお呼びして下さい。……ええ、大丈夫ですよ?」

 突っ込んだM1と破壊された路面を何処かうっとりと眺めつつ、アズラエルは頷いた。

「彼らだって報道規制で取材を台無しにされるよりは、今日の式典の模様をトップニュースで取り上げたいでしょうから」

 護送車の中。シンとテロリストの男の左右を歩兵が2人ずつ固めている。窓は無く、車内を照明が照らし出していた。フルフェイスのヘルメットをかぶった兵士の表情は窺い知れない。

「アスハを憎んで、まだ憎み足りないなら……俺を憎んで下さい」

 シンの声に、テロリストの男は顔を上げた。お互い、両手は後ろで拘束されたままだ。

「……君は?」
「オーブ攻撃に参加したザフト兵です。きっと、貴方の家族を殺した1人です」

 装甲車両のエンジン音が低く響く。男が、掠れかかった声で話し始めた。

「私は元、連合のMAパイロットで……1年前、オーブ軍に入隊した。……今日の為にだ」

 気力が抜け切ってしまったらしい彼が、シンと同じく虚ろな表情で言葉を続ける。

「解ってはいたよ。最も罪深いのは、私なのだ、と。家族を守る力が、無かっただけだと」

 唇を噛み締め、シンが項垂れる。

「それに、君は……命令でオーブを攻撃した兵士だ。アスハは……責任を投げ出し、一度オーブを捨てて、都合の悪い事を全てセイラン代行に押し付け、今は英雄を気取っている。君を憎んだって、アスハへの憎しみが和らぐわけじゃない。私が、君に言える事は……たったひとつだ」
「何でも、言って下さい……」

 男は、小さく笑みを浮かべた。

「助けてくれて、有難う」
「……ッ」

 瞠目するシン。何故自分が五体満足で生きているのか、少女を救えたのか、解ったのだ。

「君がいなかったら、何をしても間に合わなかった。償えなかった。本当に、有難う」

 兵士は、何故か口出ししなかった。溢れる涙を拭えないまま、シンは静かに嗚咽を漏らし始めた。

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