SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第13話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:26:05

「ああぁあ落ち着けー落ち着けええぇ!」

 ボズゴロフ級の艦内で、黒服を着たザフト軍人が艦長席の前を無意味に往復する。

「あの、艦長……指示を」
「落ち着けって言ってるでしょう!? こんな状態で取り乱したらどうしようもないよ!」

 振り返ったブリッジクルーに半狂乱で言い返した後、彼は帽子を脱いで頭を抱えた。
彼の艦はディオキア基地を出航して5分後、急なエンジントラブルに遭って、その20分後修繕を終えた。
そしてスケジュールを20分ずらして哨戒航行を終え、帰還しようとした矢先にこの襲撃である。

「どうすれば……どうすれば良いんだ! 敵は3隻、こっちは1隻。勝てるわけがない!」
「ですが、我々が動かなければ基地のダメージは拡大するだけです! 指示を!」

 彼は、既にいない、自分の上官だった女性を思い浮かべる。彼女は何時も自信の無い自分の提案を聞いて、自分を励ましてくれさえした。彼女の傍にいたからこそ、戦闘の最中でも頭が働いた。
 けれども、今はもう独りなのだ。自分の命令1つで、クルーが全滅しかねないのだ。
耐えられなかった。だから艦長にも関わらず、未だ恐ろしくて白服が着られないのだ。

「しっかりして、艦長! あなたは顔やお喋りで上のご機嫌を取れる人じゃなかった!!」

 火器管制担当のブリッジ要員が、艦長に叫ぶ。蹲った彼の肩が震えた。

「でもあなたは、『あの艦』で最後まで戦い抜いたんだ! あなたの、実力で!」
「安心してくださいよ! 艦長と心中するつもりはないですから!」
「私達は艦長を信じています。だから艦長も、私達を信じてください」

 クルーから声をかけられ、艦長はゆっくりと顔を上げ、震える口を開いた。

「みんな……そうか……勝つ必要は、無いんだ。アビー君! MS隊に発進準備をさせて!」
「は、はい!」

 いきなり指示を飛ばされ、その女性オペレーターは戸惑い半分に返答した。

「マリク君! 深度を後50下げて機関全開! こっちから見て左の艦を急襲する!」
「気付かれますが……?」
「だから、チェン君! 距離が200まで詰まったらデコイを右舷から出して。同時にピンを打って、敵艦を精密補足するんだ! 更に同時に、MS隊を発進させて雷管を攻撃させる! また更に!」

 機関が低い唸りを上げて艦が動き出し、艦長はシートの腕掛けにしがみついた。

「チェン君は、ガイドカメラでバラストタンクを狙って! MSのFCSとリンク出来る!」
「1度で破壊するには、第1から第4の内、3発を直撃させる必要がありますよ!?」
「破壊なんてしなくて良い! 3対1じゃ元々勝てない! 君が壊すのは敵艦じゃなくて、敵艦クルーの『見通し』だ! だからこそ、援護攻撃ぶって見せる! 後続がいるかのように!」
「了解!」

 指示に従って任務を遂行するブリッジクルーを見渡して、艦長は床に転がった帽子を拾い上げた。
それをしっかりと被り直し、つばを直して、目の端に涙が浮かんだ顔を引き締める。

「見ていて……見ていて下さい、グラディス艦長……!」

 搾り出すような小声で呟いたアーサー=トラインは、艦長席に座って身を縮こまらせた。

 重機を破壊しようとクローを振り上げたゾノを、直上のガナーザクから撃たれた紅の高出力ビームが貫いた。
右肩、右足を溶壊させて海面に着弾し、噴き上がる水蒸気と共に機体が港の縁に倒れ込む。
2機のアッシュが、降り立った青いゲイツRと白のグフ目掛けて腕部のビーム砲と機関砲の集中砲火を浴びせるも、ゲイツRの構えた大型シールド表面にさざなみのような青白い光の粒子が走って、銃弾とビームを叩き落し、弾いた。
 シールド上部に設けられた銃眼に短銃身のビームライフルを据え、ゲイツRが発砲する。
それを回避した所に、ゲイツRを跳び越えた白いグフがテンペストを抜き放って躍り出た。エネルギーを送って赤く輝くウィップを左側のアッシュ目掛けて振り、脚部に絡み付けつつ丸い頭部を蹴りつける。
左足を中破させられ、海へ蹴転がされる僚機を見たもう1機が武器を向けるより早く、テンペストを握った方の腕に装着されたドラウプニルが火を吹いて装甲を焼いた。
 至近距離で速射ビームを浴びれば、水陸両用MSの重装甲とて長くは無い。たまらず海中に逃げ込み、クローの先端だけ出して機関砲を乱射し、シールドを構えたグフを跳び下がらせて距離を取る。

「このタイミングで反撃されるとは!」

 それらの映像を目の前で見せつけられ、艦隊の提督は歯噛みした。

「既に基地機能の40%はダウンさせました。これ以上固執するのは危険です」
「しかし……くそ、何だあの青いゲイツRは! あのシールド、量産機の装備にはないぞ!」
「青いカラーに左肩の、花のような……ああ、『鳳仙花』ではありませんか?」
「ハーネンフースか! 技術者兼パイロットの! ああ、あぁ……!」
「あの、提督。指示を。黒ザクのオルトロスも馬鹿に出来ませんし」
「そしてあの白グフはジュールの……くっ……」

 提督と呼ばれた30半ばの男は、力いっぱいアームレストを殴りつけた。

「クラインに寝返ったジュールは地位と女をモノにし! デュランダルに従った俺はこのザマかッ!!」
「いや提督、あんた自分からザフト辞めたじゃないですか。こっちのが給料良いからって」
「ジュール貴様!! 全然! 全ッ然羨ましくなんかねーぞ! 畜生ォァア!!!」
「いや提督、流石に彼我戦力差を考えましょうよ。より具体的に言えば歳とか顔ですが」
「提督! 8時の方向に……あ、たった今、2番艦から入電!」

 吠える提督だが、オペレーターの声に視線を細めた。

「2番艦が奇襲を受けました。魚雷管大破、バラストタンクに損傷を受けたとの事!」
「馬鹿な、この時間帯の沿岸警備は東西に分かれて……まさか、読まれた!?」
「さあ、読めるような奴が、ケチ臭いコーストガードなんて続けるんですかねぇ」
「勘の良い奴はいるものだ。攻撃も悪くないが、まるで逃げろとでも……いや!」

 アーサーのボズゴロフ級に起こったトラブルなど知る訳も無い提督は、最も無難な予測を巡らせた。

「撤退する! MS隊に合流ポジションを送信しろ。ディオキアの海中戦力は最初に叩いておいたから、危険は少ないはずだ。警備の後続が来る前に引き上げるぞ!」

 ヒルダ、マーズ、ヘルベルトの3人は、一種の天才と言って良かった。MSという、全長20メートル前後の人型ロボットを手足のように操縦するだけでなく、衝突しかねない距離まで寄り合って高密度の連携を取る事が出来る。訓練兵にはただ移動させる事すら難しいドムトルーパーを与えられたのも、クライン派に属するパイロットだったからという理由だけではない。
つい先程触った機体でも、長年のパートナーのように短期間で習熟できる。それが彼らの強みだった。

「もっと向こうに離れてくれ! キャンプがあるんだ!」

 自分の提案を半ば無謀と諦めつつも、シンは叫んでビームカービンを2連射し、地上に連装ロケットを撃ち込んだ。カービンの2連射をかわしたディンがムラサメ偵察型の空対空ミサイルを直撃されて、仰け反るように墜ちていく。地上に撃ち込まれたロケットの爆風にゲイツRが巻き込まれ、更に其処へヒルダ機とマーズ機が突撃銃を撃ち、脇腹と右足、左肩が砕けて機関を停止させた。

『そうは言うけどね! 包囲が緩めば、アンタの後ろに逃げていくんだよ、シン=アスカ!』

 敵からのマシンガンとビームを、前進したヘルベルト機が連続ジャンプで回避する。

 数が減り、弱い部分を叩いて突破しようと目論む残敵はまんまとヘルベルト機に食いついた。逆噴射して制動をかけて着地し、一箇所に集まった敵が狙いを付け直した直後、真上と背後からヒルダとマーズが襲い掛かる。マーズ機がグレネードを投げ込み、ヒルダ機が上から突撃銃を撃ち込んで、損傷し飛べなくなったディンとザクが大破。胸部のコクピットを護るように、蹲って動力が切れる。
 残り2機となり、一方のゲイツRが後退しようとした矢先、先程まで囮となっていたヘルベルト機がスラスター光を背負って猛然と飛び出す。シールドの裏側にマウントされたビームトマホークを抜き放った。

『観念するんだな……!』

 逆袈裟に切りつけ、仰け反った所を肩のシールドで吹き飛ばす。転倒したゲイツRの胸元にトマホークを突き付けた。モノアイが光を失い、コクピットハッチが若干浮き上がる。パイロットが動力を切ったのだ。

『後は……おい、シン!』
「くっ!」

 ダガーLで低空から戦況を確認していたシンは、最後のザクの反応に虚を突かれた。なりふり構わず、自分の機体を警戒する事も無く逃げたからだ。振り返って、真下を抜けていったザクにカービンを向ける。動きは単調で、狙えない事は無い。しかし、引き金を引けなかった。
 射線上に、くすんだテントの寄せ集まりが見えたからだ。

「……駄目だ!」
『キャンプが……けれど、シン!』
『何をやってんだい、あんたはっ!』

 エコー7とヒルダが同時に叫び、動いたのはヒルダだった。何故撃たなかったか、言葉とは裏腹に薄々ながら感づいた彼女は、ザクに膝射姿勢を取らせ、モニターを最大までズームさせる。

『こいつで……捉えた!』

 スラスター光目掛け、1発だけ撃った。緑のビームが上昇中のザクに着弾する。
だが、ヒルダの唇から漏れ聞こえたのは、放送コードで流せない類の罵りだった。
 メインスラスターを掠めるように撃たれたザクは、一瞬だけ高度を上げたかと思うと、推力と慣性はそのまま、落ちていった。そのモノアイに、ゴミ捨て場のようなキャンプと、逃げ惑う、汚れた粗末な服を着た人々が映りこむ。
 力任せにフットペダルを踏み込み、ジェットストライカーの出力をレッドゾーンまで上げたシンの双眸から光が消えた。意識がクリアになり、感覚も鋭敏になっていく。目の前のザクが何処に、どの程度の速度で落ちるか、追いかける自分がどうすれば良いか、感覚的に解答を導き出した。
 2年前まで、シンのこの極度の集中状態は戦闘において非常に有利に働いた。そして、まるで止まっているような敵の群れを、最新鋭機インパルスで叩き落していた時、シンは紛れも無く快楽に酔い痴れていた。
 相手が襲ってくるから仕方が無い、命令だから、自軍を守る為だから。それらは全て真実であり、実際そのような義務感もあった。しかしどう自分に言い繕おうとも、快感と優越感の存在は否定しきれない。
 結局その力でやった事と言えば、敵軍もろとも恩人を殺した程度である。他にもあったかもしれないが、覚えていない。結局、シンは本当の望みとは程遠い『何か』を大量に抱え込む事となった。
 それに比べれば、今のシンは幾分かマシだ。少なくとも今は、望みを、力を持たない弱い人間を守るという望みを叶える為だけに、自分のこの力が働いてくれる。いまいちよく解らず説明もし難いが、とにかく便利だ。それだけで、彼はひとまず満足していた。

「そこだ……!」

 一言だけ呟く。ダガーLの右足が後ろに動き、機体バランスを失ったザクの脇腹目掛けて眼一杯爪先で蹴った。モニターに表示される脚部の損害報告を、醒めた眼で見遣る。
 今まさに、テントの寄せ集め目掛けて突っ込んでいったザクが、微弱な軌道修正を受け宙で踊った。
スラスターの風が地上に吹きつけ、難民達が地面にしがみつくその真上をダガーLが飛び去り、キャンプのすぐ横にザクが叩き付けられ、転がる。パイロットの生死は確認できない。

『すごい……』

 呆然としたエコー7の声に、シンの瞳に光が戻った。大きく身体を震わせ、一気に襲ってきた緊張と恐怖に鳩尾を押さえる。当然である。自分以外の大勢の命が掛かっていたのだから。

「いっ、いた……痛って!」
『シン!? どうしました! どこか負傷を……』
「いや、大丈夫……大丈夫です! ちょっと、胃が……」

 こめかみに冷や汗が浮かぶほどの胃痛に耐えつつ、シンはダガーLに着地させた。改めて、被害を出さずに済んだ難民キャンプとザクを交互に見る。

「……良かった」

 危険な賭けだった。後僅かに遅れていたら、ザクどころか自分までキャンプに突っ込み、一生許せない己の罪が増える所だった。その時、転がったザクから通信が入る。顎ひげを蓄えた、中年の男だった。

『良い腕だ、お前……あの瞬発力はアレか。若さか?』
「何バカな事言ってんだ。怪我、してないか?」
『あー……軽く、鞭打ちかな』

 ダガーLをザクに近づかせ、ビームカービンでコクピットに狙いを付けた。

「丈夫だなー……機体は、もう止まってるな。じゃ、降りて」
『無理だ。全身痛い。救急車呼んでくれ』
「良いけど、俺達も海賊だからな。後でアンタに請求書がいくよ」
『へへ……だが、ま、礼は言っとく。余計な罪から俺を助けてくれたからな』
「礼ならミハシラ軍に言ってくれ。俺は」

 かつて自分の上司だった男の言葉を思い出し、シンは吹き出した。

「俺の方は、ヒーローごっこをやってただけだからさ」

「終わったね……最後の最後でやっちまって、悪かったよ」
『危なかったぜ? ヒルダ。あやうく大失点貰うトコだったな』
『で、どうする?』

 一方、此方は此方で秘匿回線を介し密談する3人組。ヘルベルトとマーズに、ヒルダは薄く笑う。

「いや、あのシンは良いね。アタシは馬鹿が嫌いだったが、心を入れ替えるよ。シン=アスカは馬鹿だが、善悪で分けると善い馬鹿だ。只の馬鹿じゃなくて、すごい馬鹿でもある」
『ラクス=クラインより?』
「そうだね、あの馬鹿とは違う馬鹿だが、クラインより馬鹿な事は確かだ」
『だが、果たして俺達好みの馬鹿か?』
「どうかね? けど2年前とは違う馬鹿なお愉しみが待ってそうだ。気に入ったよ」

 ひとしきり馬鹿を連発した後、ヒルダは笑みを浮かべたまま頷いた。

「折角、何でも頼みを聞くと言って貰ったんだ。聞いて貰おうじゃないか。ねえ?」

 3機のザクが、ムラサメ偵察型の向うに立つダガーLへ、じっとりとモノアイを向けた。

「救世同盟の調査だと?」
「そうだ。その為に俺達は地球に降下してきた。協力を求めたい」

 ディオキア基地司令のザフトホワイトを前にしたイザークは、相変わらず居丈高だった。

「これを見ろ……協力しようにも、基地機能の大部分は喪失している。無理だ」
「補給施設は健在みたいだが。残存兵力は?」

 随所に『DAMAGED』という赤い文字が光るマップを見つつ、ディアッカが訊ねる。

「整備中のコンプトン級が1隻。戦闘の流れ弾を受けたが、修理は容易だ」
「MSはどうした!?」
「大部分をマハムール基地に送り、残っていた分は今回の戦闘で使い切ったよ」
「無防備な……ディオキア周辺の海賊被害も、収まっているわけでは無いんでしょう?」

 語気を強めるシホに、基地司令は肩を竦めて見せる。

「周辺にあるのは、殆ど全てナチュラルの市街、施設だ。守る必要は無い」
「そうやって、今までも見て見ぬ振りを続けてきたのか!」
「ミハシラ軍に任せているだけさ。利用できる物は利用するべきだ。違うか?」

 詰め寄り、噛み付くイザークを鬱陶しそうに押し退けつつ、彼は軽蔑を込めて応えた。

「ま、クラインの飼い犬になったお前たち裏切り者と違って、俺達はまだザフトの誇りって物もある」
「ハ!」

 鼻で笑い飛ばしたディアッカをひと睨みした後、基地司令は踵を返した。

「補給施設を使えるよう、制御コードを送る。コンプトン級が必要なら、こっちでクルーを見繕おう。
だが、それ以上の協力は出来ない」
「今の貴様の態度を見て、それだけで充分と思えてきた。感謝する」

 踵を合わせたイザークの敬礼には返礼せず、基地司令は破壊された区画へ歩いていった。

「全く、2年も前の事をチマチマチマチマと! なら何でまだザフトに居るんだ!」
「確かに裏切られた方からすれば、2年前でも20年前でも同じですからね……」
「ま、自分が管理する基地をレジスタンスだか海賊だかに叩き潰された所に、俺達裏切り者が空から降って来て、情報寄越せー戦艦寄越せーMS寄越せーって言ったんだ。そりゃキレるよ」
「フン、裏切りか! 確かに俺はデュランダルを裏切り、裏切るように部下へ命令も出した」

 ディアッカの言葉に悪びれもせず頷くイザーク。

「恨みも買っているだろう。お前達も、任務の無い時は俺から離れた方が良いぞ」
「まあそんな事は、もう俺もシホちゃんも心配してないんだが……にしても、困ったな」

 顎に手をやって、ディアッカは眉間に皺を寄せた。

「情報ってのは、MSや戦艦より貴重で希少だ。あの様子じゃ、この基地の連中は恐らく救世同盟の事を何も掴んでないし、調べる努力もしてない。さっきのはそういう態度だ」

 基地司令部の片隅という事もあり、ディアッカは声を低めた。

「地上のザフトがグダグダだって事は解ってたが、此処までくると正直予想外だぜ」
「心配するな。俺に心当たりがある」
「マジで!?」
「何か調べられたんですか?」

 あっさりと言い切ったイザークに、シホとディアッカの視線が吸い寄せられた。

「ああ。賊の事は賊に聞くのが一番だ」
「容疑者を尋問するって事か? だが、あの司令が許可を出すかね」
「違う。難民キャンプと港街を守ったミハシラ軍に聞く」

 さも当然と言わんばかりの口調で、呆気に取られた2人に対しイザークは更に続ける。

「危険と思うか? 俺もそう思う。しかし、救世同盟がもたらす危険はもっと大きい。連中が使っているMSは殆どがザフト系で、ナチュラルの兵士が操縦するのは困難と言われている。だが、操縦が難しいのは、一向に改良の進まないOSの所為だ。連合製のMSに使われているソフトで書き換えれば、容易に扱える」
「確かに。OS技術は2年前までオーブの独壇場でしたが、最近では連合系企業が追い上げています。
まして、個人の能力を重視しシステムを軽んじる我々プラントのザフトは……」

 兵器開発技術者として、設計局の歪みを横目で見てきたシホが小さく頷いた。

「何より問題なのは、ザフトMSをナチュラルでも容易に扱えるようになったという事実を、当のザフトが頑なに認めない点だ。それもこれも、『野蛮で愚かなナチュラル』と『進歩したコーディネイター』というイメージを、プラント市民に植え付ける事で利益を得る、一部の連中がいるからだ!」

 かつて議員の子息として、『一部の連中』に混ざっていたイザークは拳を握り締める。

「しかしよ、イザーク。『真実』を公開すれば、プラントの立場は……」
「解っている! だがなディアッカ、このままザフト製MSを使う救世同盟を野放しにしていても、同じようにプラントの立場は悪くなり続けるんだぞ!」

 地球、宇宙における反コーディネイター団体『ブルーコスモス』の活動が、2年前の終戦を境に全く外部から確認できなくなった事も、イザークを焦らせる一因となっていた。このままでは、ようやく訪れた平和をコーディネイター『だけ』が乱しているという構図が、世論に広まってしまう。

「俺は、俺はプラントを守る為なら、もはや手段を選ばないつもりだ」
「ジュール隊長……」
「でなければ、何の為にデュランダル議長の厚意を裏切ったというのだ!」

 上げた大声に基地のスタッフ数人が振り返るも、イザークの形相に視線を反らした。

「……安心しろ。ミハシラ軍への接触は俺が単独で行う。そこまで迷惑は掛けん」
「馬ぁ鹿」
「なっ!」

 溜息を突いて天を仰いだディアッカが、イザークの頭を軽くはたいた。銀髪を揺らして、ディアッカを振り返る。柔らかく微笑したシホが、イザークの腕に触れた。

「何が迷惑だ。俺なんて裏切り2回目だぜ? 甘く見るなっつの」
「私達は、もう揃って裏切り者なんですよ? 今更勝手は許せません、ジュール隊長」
「……済まん」

 視線を伏せて、イザークは蚊の鳴くような声で謝った。

「俺は、良い部下を持ったな。……いや、良い部下はこういう時、止めるのか?」

 2人に小さく、見つめていなければ解らないくらい小さく頭を下げた後、イザークは叩かれた髪を軽く整えた。姿勢を正して、ディアッカとシホを交互に見遣る。

「ともあれ、解った。まずはキャンプに行き、ミハシラ軍の情報を集める事にする」

 2人の部下は頷き、イザークは彼らを連れ立って基地の司令室を後にした。

「『最後の50人』は……」

 中立宙域のあちこちに存在する、ミハシラ軍の中継基地の1つで、総司令ロンド=ミナ=サハクが呟いた言葉に、中間報告を終えたアルファ1は――機動部隊とミナを繋ぐ、実質上の『右腕』は――40過ぎて尚衰えない美貌を曇らせた。ハンドヘルドコンピューターを閉じた彼女は、後ろでひっ詰めた灰色の髪に触れる。

「『最後の50人』の足取りは、やはり掴めずじまいか。アルファ1」
「彼らは慎重にして狡猾です。2年前までのブルーコスモスとは、まるで別物なのです」

 『最後の50人<The Last Fifty>』の意味を知る者は少なく、公的には存在しないとされている。それもその筈、彼らは元ブルーコスモス構成員でありながら、コーディネイターだからである。
 それは、エイプリルフール・クライシスで生み出された、些細な時代のひずみだった。
ザフトが地球に撃ち込んだニュートロンジャマーによって未曾有のエネルギー危機が引き起こされ、最終的に地球人口のおよそ1割が犠牲者となった。
 プラントでは作戦成功を祝い、非大量破壊兵器による『野蛮で愚かなナチュラル』との決別が大々的に報じられた。しかし、ザフトは1つの事実を隠蔽していた。エイプリルフール・クライシスの犠牲者は、ナチュラルだけでは無く、少数ながらコーディネイターも含まれていたのである。
 オペレーション・ウロボロスが発動した時、運悪く地球に居合わせてしまった彼らは、凍死と餓死を辛くも逃れた後、ナチュラルからのリンチに見舞われた。
宇宙へ脱出しようにも宇宙港を使用できず、混乱によってオーブに移住する手段も失ってしまった彼らは、その大半が身分を隠しナチュラルに混ざって暮らしたのだが、素性が知れていたコーディネイターもまた存在したからである。
 生き地獄という言葉がこれほど似つかわしい状況も無いだろう。前時代的なプラントの独立を良しとせず、あくまで同じ人類として共存しようとしていた彼らは、昨日まで友人であった筈の暴徒に追い回され、家族を、旧知の友を喪った。餓死か凍死か暴行死か。選択肢はそう多くない。
そして反コーディネイター一色に染まっていた地球では警察すらリンチを黙認もしくは参加し、ようやく宇宙へのアクセスが再び開通された時、彼らの目と耳に入ってきたのはプラントの豊かな暮らしぶりだった。
 天然素材の料理を堪能し、嗜好品の酒を飲み、綺麗な街で綺麗な服を着て、『新人類』として大手を振るう『同胞』。更に、地球に住んでいたコーディネイターを『ユニウスセブンへの核攻撃を目にしても奮い立つ事が無かった臆病者』とする非公式の、しかし少なからぬ論潮。
 日夜ザフトの新兵器モビルスーツの蹂躙を受け、痛めつけられたナチュラルに獲物として追われ、身を磨り減らしながら生にしがみ付いて来た彼らの中で、悲嘆と恐怖以外の感情が生まれた。

 どれだけ喪ったのだ。
 発端は何だったのだ。
 画面の向こうで幸せに暮らす彼らは、一体何者だ。
 彼らに、自分達がやった事を、理解させてやろう。
 住む場所も食べる物も暖かい服も奪った彼らを、同じ目に遭わせてやろう。

 彼らに理解者はいなかった。地球連合としては、コーディネイターを同じ人類としてではなく、『宇宙からの侵略者』と位置づけたかったし、プラント側としてはより単純な理由で、彼らを認めなかった。だからこそ、彼らは敢えて自分達の天敵に接近した。

『自分達を宇宙の化物と呼ぶなら、化物に化物を当てる方が合理的だろう』
『コーディネイターを憎んでいるのが、ナチュラルだけだと思うな』

 彼らの哀しみはそのまま、自由を求めて規約を無視し、テロを起こして戦争状態にもつれこませ、かつ自分達を臆病者と嘲り切り捨て、正義の味方気取りで宇宙にふんぞり返るプラントと、ザフトへの憎悪に変わった。既に、喪う物など何も無かったからである。
 そしてブルーコスモスの盟主ムルタ=アズラエルは彼らを迎え入れただけでなく、意外にも自爆や特攻など、使い捨ての鉄砲玉にする事も無かった。むしろその頭脳と身体能力を更に伸長させようと、教育機関や軍事訓練を手配し、戦力として温存した。そして、それっきりであった。
 訓練された50人のコーディネイターが、消息を断ってしまったのである。彼らの存在は、ムルタ=アズラエルの娘を名乗る少女が唯一把握しきれなかった『遺産』であると、少女自身がミナに告げていた。戦後、彼女の情報によってブルーコスモス残党の兵器を押さえて来たミハシラ軍だったが、彼らの存在だけは未だ片鱗さえ掴めていない。
 彼らはやがて、『最後の50人』と呼ばれるようになった。

「地球もプラントも、ナチュラルもコーディネイターも等しく憎悪する、高等な訓練と教育を受けた50人もの兵士だ。その存在は危険きわまりなく、一刻も早く確保せねばならぬ」
「彼らは1、2週間おきに、全員の住民データを改竄して行方をくらまし続けています。
今の所、補足を試みて戦闘になった事さえありません」
「なるほど。遅れを取り続けているわけだ。そして仮に戦闘になったとしても……」
「はい。彼らの戦闘技術は未知数です、主に悪い意味で」

 アルファ1の言葉に、ミナは瞑目し椅子の背もたれに寄り掛かった。

「彼らは、本当の意味での『犠牲者』だ。故に……躊躇も無かろう」
「でしょうね。プラントにも警告は出しているのですが、握り潰されています」
「当然だな。自分達の暗部を認めるような輩はプラントに……居るが、僅かだ」

 ミナは頷き、席を立つ。

「が、やれる事はやっておこう。必要ならば、『野次馬』に連絡を取らねばな」

 デブリ海から撃ち込まれるビームを両腕に発生させたシールドで受け、マシンガンの火線とミサイルを減速せずに回避し、ヴォワチュール・リュミエールで生み出される超高速で、不運な宇宙海賊の真中を通過した蒼、白、金が漆黒の海に映えるキラ=ヤマトのストライクフリーダム。スピードを保ったまま機体を反転させつつ、背部の遠隔兵器を切り離し、2丁のビームライフルを突き出して両腰のレール砲を展開した。
 ツインアイの輝きが強まる。

「ターゲット、マルチロック……これで!」

 撃ち込まれる破れかぶれの銃撃を、無数に浮かぶ障害物など物ともせずに回避し、VPS装甲で弾き、シールドで受け、FCSが表示した8つのロックオンマーカーをヘルメットのバイザーに映りこませ、キラはトリガーを引き絞った。
 レール砲の口が輝き、腹部ビーム砲から真紅の、周囲に浮かべたスーパードラグーンとビームライフルからはライトグリーンの光条が、立て続けに迸り、極悪なまでの3次元制圧力で敵機を沈黙させた。全て頭部や武器を持った腕部、脚部、スラスターを撃ち抜き、ほぼ一瞬で全滅させる。何機かが爆発でデブリ海の奥へと吹き飛んでいくが、コクピットには1発も当てていない。

「反応……消失。帰還します。可能なら、彼らの回収をお願いします」

 さながら、小型化と高機動化を限界まで突き詰めた戦艦の如し。ドラグーンをウィングユニットに格納し、キラは憂いを帯びた表情でMSの残骸を一瞥した後、エターナルへ進路を取った。

「君は、僕らを解って……いや、認めてくれたんじゃ無かったんだね、シン」

 シンの脱走を、キラは彼なりに重く受け止めていた。オーブの慰霊碑前で自分が言った事は、彼に届かなかったのだろうか、と。しかし、届かなかった理由はキラにも解りかけていた。

「当然か。君の家族を流れ弾で死なせた僕が、吹き飛ばされてもまた花を植えると言ったって……筋違いだね。君の大事な花を吹き飛ばしたのは、他でもない僕なんだから」

 戦後、シンから己の過失を知らされたキラは更に独りごちる。冷たい宇宙を見遣った。

「でも見ていてくれ、シン。君に認めて貰えるように、僕はこれからも戦う。僕はもっと力をつける。君の家族にやったような過ちを2度と繰り返さない為に、僕は強くなる!」

 力だけが自分の全てではないという主張は覆さねばならないと、キラは決意していた。

「喩え世界を間違った方向に進ませたデュランダルが使おうとした力だとしても、僕は恐れずに受け継ぐ。だから……!」

 ペダルを踏み込み、背部のウィングから光の粒子を散らして、ストライクフリーダムはデブリ海から急速に離脱していく。ラクスの髪と同じ色をした戦艦をモニター中央に捉えた。

「全て『終わったら』会いに行くよ、シン。もう一度ちゃんと、謝らせて欲しいんだ」

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