SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第17話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:28:40

「失礼致します、中将殿」

 何時もの哨戒行動を終えた連合軍の大尉が、北部基地にあるVIPルームのインターフォンを押し込むと、直ぐにドアが開いて女性が出た。

「あ、大尉……どうして此処に?」
「フラガ中将殿から出頭せよとの命令を受けたからであります、ラミアス少将殿」

 カガリ=ユラ=アスハの一声で決まったこの無茶苦茶な人事を、大尉は歓迎する気になれなかったが、軍人である以上、少なくとも今は命令系統を逸脱するつもりは無かった。直立不動のまま敬礼する。
上質のソファに寝転がっていた男が、ゆっくりと身体を起こした。

「ああ……わざわざ、悪いな……」

 其処に、『エンデュミオンの鷹』と呼ばれた連合軍のエースは居なかった。全身に走った古傷、ツヤを失い枯葉のように潤いの無い髪、こけた頬。
 ムウ=ラ=フラガはかつて、MSに搭乗していたとはいえ、陽電子砲の直撃を2度受けた事がある。特に1度目はそれによって機体が大破し、ムウは最重度の放射線過被曝に見舞われた。
 回収された彼は生体CPUの調整で培われた医療技術で再起させられ、記憶を編集されて連合軍大佐ネオ=ロアノークとなり、特殊部隊ファントム・ペインを運用する指揮官となった。だが、放射線症に対する根本治療を受けていなかった為に、戦後――ロード=ジブリールの指示で施された『治療』が効果を失った後――多種かつ致命的な病が彼を一斉に打ちのめした。
 C.E.の発達した医療はそんな彼をも救い、大量の薬が必要とはいえ人間並の生活を可能とさせているが、再びMSのパイロットシートに座るのは絶望的だという診断を下されていた。マリュー=ラミアスとは戦後、ラクスやカガリを招いて盛大な披露宴を挙げ結婚したが、子供に呪われた宿命を強いる訳にはいかないという理由で、終生2人きりで過ごす事に決めている。

「オーブで売っているミネラルウォーターは置いてないのですか? 大尉」
「ありません。少将殿、ガルナハンでは安全に飲める水というだけで希少なのです」
「けど、消毒薬の臭いがきつすぎて、この人が薬を飲む時に……」
「良いんだ、マリュー。大尉を困らせるな」

 ムウは弱々しく笑って、ソファで姿勢を直す。

「座ってくれ、大尉。あと、マリューはちょっと席外してくれるか?」
「……ええ。苦しくなったら、直ぐに呼んでね」

 マリューが部屋を出て行った後、大尉はムウの向かいに腰掛けた。

「失礼します。で、どういった御用件でしょうか? ただの閲兵では無いのでしょう」
「あらま。久々に顔出した教え子にかける言葉としちゃ、冷たいんじゃないの?」
「さて。私の知り得る限り、フラガは未だ罪を審議されている脱走兵ですので」

 その言葉に、ムウは頬を掻いて笑った。

「それを言われると弱いなぁ」
「更に言うと、ベルリンに住んでいた部下から、現地の話を聞かされております」
「……そう、か。あれはネオ=ロアノークがやったんだって言っても、駄目、だよな」

 薬の影響か、小さく咳き込みながらのムウの言葉に、大尉は深く溜息をついた。

「もし試されるなら、今からその部下を連れてきます。目の前で仰ってみては?」
「いや、止めとくよ」
「賢明な御判断です、中将殿。で、本題は?」
「ガルナハンの外側を警備するより、内側を監視した方が良いって話だ」

 その言葉に、大尉は視線を細める。沈黙が降りた。エアコンの音が嫌に耳に付く。

「お前さん方だけじゃなくて、俺やマリューも、渓谷の中の情報を知る手立てがないんだ」
「中将殿は、オーブの高官でもあるでしょう?」
「それでも解らないから怪しんでるんだよ。情報の流れがどっかでコントロールされてる」

 額に触れて、大尉はしばし目を閉じ黙考する。嘘を言っているようには見えないし、ムウには嘘をつく理由がない。恐らく、パワープラントエリアの状況は本当に『解らない』のだ。

「それを自分に教えたという事は、埒を明けよという事ですか?」
「多分後30分くらいで、連合軍総司令部からの命令書が届く。読んで貰えば解るが、とりあえず、『何か問題が起きたと判断したら、構わず当該エリアに踏み込んで捜索して良し』っつー内容だ」
「オーブ軍的な……いや、ザフト的な命令でさえありますな。ともあれ、了解しました」
「どーも。じゃ、俺達はそろそろ出てくよ。閲兵してないけど……なぁ、大尉」

 恐らく、その一点を周囲に干渉されずに伝える為だけにやってきたムウは、ジャケットを羽織った。

「俺はやっぱ、間違ってるのかね?」
「間違っているか正しいか、それを決められるのは強い者、勝った者だけです。中将殿が与した組織は戦いに勝ち、正誤を決める立場に居座った。よって、『正しい』のでしょう」
「……相変わらずだな『教官』。会えて、良かったよ」

 苦笑するムウに敬礼し、大尉は部屋を出て行った。

『にしても、随分とまあ大所帯になったもんだ』

 前方を進むコンプトン級陸戦艦に、シートでMSを覆ったトレーラー4台が夜道を行く。
周囲には街灯など無く、トレーラーとコンプトン級のライトだけが道を照らしていた。

『連合軍基地も困るんじゃないかね? コーディネイター7人が、MS付きで一斉に押しかけるんだから』
「ああ」

 運転席の通信機から聞こえたヒルダの言葉に、シンが頷いた。

「連合軍が、コーディネイターを良く思ってるわけが無い。早く出て行くに限る」
『長居する羽目になりそうだけど』
「調査だもんな……それにしたって、俺はレジスタンスが理解できない」

 苦い表情で、オートパイロットモードに設定したコントロールパネルを確認したシンが言い放つ。

『何で? アンタ、クライン議長達に相当へこまされたクチだろ?』
「そうだけど、武装蜂起なんて考え付かないね。結局そういうのは、ラクスとかキラとかと同じ事になるに決まってるんだ。力でルールを壊す奴は、その次に自分の手でルールを作りたがる」
『おやおや、隊長は随分と分った感じでいらっしゃる』

 茶化すヒルダに、シンは再び、大きく頷いた。コンプトン級の艦尾を一瞥し、コースを確かめた。

「解るさ。でなきゃMSなんて大型兵器は使わない。それに、俺ならそうする」
『へえ……?』
「デュランダル議長にデスティニーを貰った時、俺はこう思った。俺は力を手に入れた。これで、平和を邪魔する奴を片っ端から薙ぎ払ってやる! ってさ。誰かさんに似てると思わないか?」
『まあ、歌姫の騎士団も、結果的に見ればそんな感じだったような』
「そう。あっちは自由の為だけどな。……でも、俺がやろうとした事だっておんなじさ。
平和を守るって言いながら、MSであちこち壊して、『敵』を殺して回るんだから」

 自嘲の笑みすら無く、シンは肘掛に腕を置いたまま淡々と言葉を続ける。

「俺の場合は特に危険で、奪われた、傷つけられたって思ってる分、躊躇いが少ない。更にタチが悪い事に、マトモに出来る仕事は戦闘だけ。勉強の方も義務教育までだし」
『自分が危険で、しかもあんまり世の中の為にならないって解ってるわけだ、あんた』
「そうさ。だからラクスやアスハを倒そうとか、そういう事は考えた事も無い」
『体制に立ち向かう、正義の闘士面をしたいって思った事は?』

 ヒルダの言葉に、唇の端を引きつらせたシンがかぶりを振った。

「そこまで堕ちたくないね……何だ!?」

 鋭く叫ぶ。遠い、左側の谷間で上がった白い光と、微かな震動を感じ取ったからだ。

『10時の方向!』
『MSかMAサイズの武器だな。マシンガンか……お、何か飛んでるぞ』

 最後尾のマーズが短く通信を入れ、その前のヘルベルトが続けた。

「MSを起動する! 停車しろ!」
『ちょっと待ちな隊長、もっと状況を……』

 運転席のドアを開け放って梯子を上ろうとしたシンをヒルダが呼び止めようとする。

「ヒルダ達は状況を確かめてから発進してくれ! あと、コンプトン級とも連携して!」

 そう言い置いて通信機をオフにし、シンはMSベッドに駆け上がった。

「……自覚は結構だけど、その性格じゃあ『お御輿』にぴったりだよ、隊長」

 メンテナンスベッドの溝に挟まっていたジェットストライカーパックを補助アームで接続されたダガーLが立ち上がっていく。真夜中の道路にバイザーと額のセンサーが青く輝いた。突然起動させられ、戦闘モードに入った機体各部のモーターから悲鳴じみた咆哮が上がる。

『で、どうするんだ、ヒルダ』
「どうもこうも……お」

 コンプトン級からの通信を受け、ヒルダが受信スイッチを入れた。

『アビー君……ええと、艦長のアーサー=トラインです。光と、飛行体を感知しましたが』
「ウチの隊長が今出ようとして……出た! 今出た!」
『えええぇえ!?』

 運転席の窓ガラスを震わせたジェットストライカーの爆音に耳を塞ぎ、ヒルダが叫ぶ。
漆黒の夜空に生まれた大きな、青白いスラスター光に隻眼を細めた。

『で、でで出たってちょっと!』
「何でそんなにビビるんだよ。足場のデータ、貰えるかい?」
『あ、そっちはもうやってます……後15秒で計算が終わりますので、MSに送りますよ』
「へえ、丁度良いね。ザフトの『裏方』にしちゃあ仕事が速い」

 MSベッドの立ち上げを運転席で操作したヒルダが、小さく口笛を吹く。

『有難う。でも、我々からMSは出せません』
「そっちの都合は解ってるよ。それに、まだ戦闘になると決まった訳でもない」
『はい、我々は正規軍ですから……って何処行くんですかジュールさん! 駄目ですよ!
我々は正規軍なんですよ! ちょっ……駄目ですってば!』
「おやおや……さあ、アタシ達も出かける準備だ!」

 ヘルベルトとマーズに通信を入れ、ヒルダは運転席のドアを開け放つ。冷たい風が吹き付ける中、星明かりひとつ見えない曇天の下、昂揚感を抑えきれず小さく笑った。

 ガルナハン周辺を縦横に走る細い峡谷を、灯りを落とした一台のジープが疾走する。

「カイト! もっと……!」
「これ以上はスピードが出せん! くそ、MSさえあれば!」
「いや、もっと寄ってくれ! ピントが合わない!」
「……お前なぁ!」

 ジープを追う2機のディン。旧式だが、空中での機動力は最新型にも劣らない。外付けの頭部サーチライトで峡谷の間を照らし、肥えたネズミを見つけたハゲタカのように火器で狙いをつける。

「乗ってる奴がヘタクソで助かった。ベテランのパイロットだったら4回は死んでるぞ」

 顎鬚を短く生やした男が、追っ手のMSが使うサーチライトを逆に利用し、アクセルを踏みつけたまま無数に転がる障害物や隘路を巧みにかわして行く。
 後部座席の左右の窓から男女が上体を突き出し、両者とも肩に担いだ物を上に向けていた。女は携行式ミサイルランチャーを、そして男は業務用のカメラを。

「……くっ」

 スコープを覗き込んでいた女がトリガーを引いて、ランチャー後部から白煙が噴き出す。レーザー誘導式の小型ミサイルが光の尾を引いてディンの散弾銃に迫るが、ジープの揺れで狙いが反れ、胸部装甲で弾かれた。

「武器を持てよ、ジェス!」
「悪いが、アルメタさん! ジャーナリストの武器はカメラとマイクだけだ!!」
『説得は諦めた方が良い』

 スーツケースのような箱のディスプレイに表示された文字に、コニールは溜息をついた。
同時に、激震がジープを襲って車体が横滑りになった。カイトが急ハンドルを切って立て直すも、それは決定的な減速となった。

「チッ……さすがにパターンを読まれたか!」

 高度を落とした1機のディンがライトでジープを完全に補足し、相対距離を合わせる。そしてマシンガンの狙いを付けた時、鼻先をビームが一閃した。モノアイが、残光と共に撃たれた側を向く。

 真上に位置取ったディンが、シールドの底部を突き出したダガーLに吹き飛ばされ、破片を撒き散らしながら岩壁に激突。加速度によってでたらめに回転しながら落下した。
 狭い峡谷に仁王立ちしたダガーLが、シールドを構えて姿勢を低く保ち、短銃身のビームカービンを構える。

「チャンスだ、行くぞ!」

 再び加速するジープの車窓から見上げていたコニールは、その連合のMSに何故か懐かしいものを感じ取っていた。

「……あれ、は?」

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