SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第21話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:30:29

 MS隊のチームワークが最も重要とされる作戦の1つに、拠点攻略がある。全長が15メートル以上という隙だらけの機体を巧みに操り、僚機と死角を補い合って狭い範囲に留まり続けなくてはならないからだ。
 そういう意味で、シンは幸運であった。チームワークの経験に乏しい彼に、ジンが主力だった時代から連携攻撃を独自に考案し、自主的に訓練を続けていた3人のベテランが部下として従っているのだから。
『ほらシン、前に出すぎるな。マーズを待ちな』
「あ、ごめん」
『今度は下がりすぎだよ、ヘルベルトのフォローをしなきゃ』
「ごめん、そうだな」
 ダガーLはバランスの取れた優秀な量産機であって、シンが戦時中乗っていたような、極端な性能を持った彼専用のカスタムマシンではない。
 とはいえ多少の無茶は操縦技術で補えるのだが、彼はヒルダ達に反論しなかった。自分は彼女達の隊長であるという強い責任感もあったし、何よりチームワークという点において、学ぶ事が多いと自覚していたからである。
 ヘルベルト機の斜め後ろに回り、シールドを構えて自身と彼を守る。ビームカービンで周囲を警戒し、先程から散発的に撃ち掛けてくるゲイツRの部隊を牽制射撃して下がらせた。
『格納庫を破る。カバーしてくれ』
「解った。……何か、全然こっちに来ないな」
 自分達の基地が攻撃されているというのに、敵部隊には劣勢を覆そうとする意思がまるで見て取れない。
 シンは首を傾げつつ、横目でサブモニターに表示されたタイムスケジュールを見遣った。あと4分で基地中央区画まで進み、ジュール隊と合流しなければならない。
「腕は良さそうなのに……いや、こっちには好都合だけどさ」
『多分罠だろ。引っ掛かるのも楽しいもんだ。おし、行くぞ!』
 3機に援護されたヘルベルト機が、格納庫のシャッターにビームトマホークを振り下ろした。重厚な扉が熱で溶けて分れ、差し込んだ陽光を遮った黒と紫のザクウォーリアが覗き込む。モノアイがレールに沿って左右に動き、正面に戻って輝度を強めた。

『……クリア!』
 ヘルベルトの声にヒルダ機とマーズ機がヘルベルト機を挟み、ビーム突撃銃を撃ちこんでシャッターを完全に破壊し、道を作った。シンのダガーLも姿勢を低く保ち、シールドを構え後方を警戒しつつ、スラスターを小刻みに噴かして、後ろ向きのまま格納庫へ滑り込む。
「MSのコクピットだけ破壊して、乗れなくさせる。その後、ジュール隊と合流しよう」
『了か……おぉっと。シン、ホントに全部壊さないと駄目か?』
「何が?」
 ビームカービンを格納庫の外に向けつつ、シンはヘルベルトに聞き返した。
『データを送る』
 マーズの言葉と共に、モニターの片隅に2機のMSの簡易プロフィールが表示された。
「ドムトルーパー? こんな機体まで確保してたのか……」
『シン、もし直ぐに乗れるくらい整備が完璧だったら、90秒でジャックできる』
「っておい、盗む気かよ!」
『プロテクトがかかってたり、埃被ってるだけだったら、やっぱり90秒で引き返せる。試して良いかい?
ドムはなかなか高性能でね? 敵に使われると厄介だ』
「厄介だろうが何だろうが、駄目に決まって……!」
 ヒルダに叫び返そうとしたシン。だがサブモニターを見遣る。合流時間まで、丁度3分。
合流は早過ぎても遅過ぎてもいけない。そして今、抵抗が思いのほか少なく、攻略状況は進み過ぎていた。
「解った。急げよ!」
 後にシンは許可を出した事を後悔するのだが、ともかく、はずみで言ってしまった。
『感謝するよ、シン。マーズ、ヘルベルト! 乗り込みな』
『おう!』
『へへ、久々だな……』
 2機のザクが屈み込み、システムをロックした機体から2人のパイロットスーツ姿の男が降りる。
直ぐに、メンテナンスベッドに横たわる2機のドムトルーパーから低い駆動音が聞こえ始めた。
『テロリストの巣窟に置いてあるMSだ。有効利用するのも悪くないさね』
「正規軍の基地を襲撃してる時点で、俺達もテロリストと同類だけどな」
 その時、イザークのグフから通信が入る。
「どうした?」
『シン、予定を繰り上げる! 直ぐにこっちへ合流しろ!!』

「何があったんだ?」
『敵が、恐らく新型機が出てきて、ディアッカがやられた!』
 その言葉に、シンの頭の中が一瞬真っ白になった。
「撃墜……されたのかよ」
『解らん。ともかく、シグナルが消えた。早く来てくれ! 苦戦している!』
 イザークの表情に苦悶が見て取れた。恐らく、苦戦している所為では無いだろう。
「直ぐに行く! 何とか耐えろ!」
『頼む……』
 イザークからの通信が切れると、シンはヒルダに呼びかける。
「悪いが、後から来てくれ」
『ま、仕方ないね。気をつけな』
 2機の重MSがゆっくりと立ち上がっていくのを見届けたシンは、フットペダルを踏み込んで格納庫から飛び出した。ジェットストライカーパックを展開して飛び上がった。
 基地の外壁に押しやられた小さな街が視界の端に映し、シンはダガーLを旋回させて基地の中央部へと向かった。白いグフと戦う、砂色の機体が遠目に見える。
「あれか!?」

 一瞬の出来事だった。ザウートやジンなどの防衛戦力を蹴散らし、基地内部を順調に制圧していたその時、地上のシャッターが開いてMA形態のセイバーALTが飛び出し、既に破壊した固定砲台の上でオルトロスを構えていたディアッカのガナーザクを急襲したのである。近距離からビームの斉射を受け、ガナーザクは燃え上がった大気と熱で吹き飛んだ瓦礫の中に消え、シグナルが途絶えた。
機体は確認できず、焼けた瓦礫の山が残されているばかりだった。
『貴様! ディアッカを……』
『遅い』
 機体の胴を狙ったビームソードを軽々と回避し、セイバーALTはMAに変形してグフから急速離脱。
ヴェイパーを引いて蒼穹を駆け上がっていく。推力を一方向に偏らせた最大加速には、イザークといえど追いつけない。ドラウプニルの火線が追うも、螺旋を描くような機動でかわされた。
 遥か上空でMSに変形し直し、雨のようにビームがイザークの機体に降り注ぐ。
『くそおぉっ!!』

 1発1発の威力はビームカービン未満。しかし、両肩と右手の火器を斉射する事で間断無く放たれれば、それは充分過ぎる脅威である。既に焼け焦げ始めたアンチビームシールドを構え、イザークは機体を振り回避に徹するしかなかった。
『何故こんな事をする!』
『知らんな。私はガルナハン基地のザフト兵として、侵入者を迎撃しているだけだ』
 シホからの援護は期待できなかった。彼女のゲイツRは、時折射程に入って撃ってくる数機を足止めし、またその数機に足止めされてグフに近づけない。
 全て、計画通りである。だからこそ、セイバーALTは真っ先に援護担当のディアッカを襲ったのだ。
『そのガルナハン基地から出たMSが、連合の施設を襲ったんだぞ! 確認もしている!』
 スラスターを前後左右に吹かしながら落下するセイバーALTに速射ビームを撃ちつつ、イザークは再度テンペストにビーム刃を灯した。空戦性能で劣るならば、カウンターを狙うまでだ。
『瑣末な事だ』
『何……!?』
 セイバーALTの小型シールドからビームサーベルが伸び、テンペストを掠めた。一瞬の交錯、一瞬の閃光。
光の粒を散らし合い、両機は再び離れた。セイバーALTの肩部ウィングが広がり、揚力で姿勢を制御する。
『コーディネイターがナチュラルを信じるか?』
 再び、斉射。時間差をおいて撃たれる3発のビームを、スラスター光を背負ったグフが高度を落とし、追いかけながら回避する。1発が右肩を掠め、スパイクが燃え上がって融解した。
『ナチュラルがコーディネイターを信じるか? 人は、都合の良いものだけを真実と呼ぶ』
『まさか……貴様は、最初から!!』
『ジュール隊長! 司令部脇に!』
 MAに変形して、セイバーALTは再びグフを引き離す。しかしイザークの意識は其処で反れた。
 セイバーALTの向こう、基地司令部の傍にドーム状の施設がせり上がっていた。中央が割れる。
『陽電子砲台です!』
『不信と無理解だ、イザーク=ジュール。不信と無理解が欠乏を生み、欠乏は争いを生む』
 砲を護衛すべく、セイバーALTはMSに変形して180度旋回、グフに立ちはだかった。

『くぅ……シホ! 砲台を破壊できるか!』
『既に発射態勢に入っています! 今破壊すれば、基地周囲は完全に汚染されます!』
 かつてフリーダムがミネルバのタンホイザーを破壊した際は、幾つもの幸運が重なったからに過ぎない。
本当ならば、艦のクルーは全滅していてもおかしくなかったのだ。
『そして争いは、更なる不信と無理解、欠乏を生む』
『要するに、何が何でも食い止めるしかないって事だよな!?』
『何?』
 短距離レーダーの限界まで一度離れたシンのダガーLが、上空から一気に距離を詰めた。太陽を背にした状態で、ジェットストライカーパックの無誘導ロケット3連を発射。かわし、距離を取ろうにも、照り付ける陽光に視界が聞かず、モニターも見辛い。
『くっ……』
『イザーク、早く砲を止めろ!! やり方は解ってるだろ!?』
 セイバーALTに対し、ダガーLは相対距離と相対位置を変えようとしない。常に強烈な太陽の光を背負い続ける事で、機動を鈍らせる。イザークがセイバーALTを引き付けていたからこそ、出来た事だ。
『しかしダガーLでは……いや、済まん!』
 カービンを向けられ、牽制されるセイバーALTを抜け、白いグフが急降下していった。

「アンタがどういう理由でこんな事をしたのか、それは解らない。けど、この後に何が起こるかは解る! だから、絶対にさせない!」
 ダガーLの機内でシンが叫ぶ。セイバーALTをロックオンし続けているが、撃てなかった。1発でも外せば、その隙を突いて逃げられる。相手としても、陽光によってセンサーが弱っている状態で発砲しても命中する確率は低く、膠着状態に陥っていた。
 地上に降りたグフが、陽電子砲の砲口に密着して背中を向けた。こうしてしまえば、障害物を至近距離で感知した陽電子砲の発射シークエンスは、強制的にフリーズするのである。
標的が近すぎ、自らも巻き込まれるからだ。
『やるじゃないか。さっさと突っ込んでくるかと思っていたよ、シン=アスカ君』
 モニターに映ったザフトの白服を着た男に、シンは得体の知れない悪寒を覚えた。
『だが、邪魔はしないで貰いたい。退いてくれないか』

『シン、どっちに合流すりゃ良いんだい!』
『退ける訳無いだろ! ……イザークを援護してくれ!』
『了解!』
 遠巻きに自分達を包囲し、忘れた頃に攻撃してくる薄気味悪い敵を牽制しながら、ドムトルーパー2機とザク1機が疾走する。殆ど同じカラーリングを持つその3機を見下ろしながらも、シンは油断無くセイバーALTにダガーLのビームカービンを向け続けていた。
『それは何故だ?』
「何故だと!」
 いきりたつシンに、『最後の50人』は淡々と応える。まるで、台本を読み合わせる俳優のように。
『君の本当の望みは我々と同じく、周り全ての破滅ではないのか』
「ば、馬鹿を言うな! アンタの素性は知らないが、俺は1人でも多く助けたいだけだ!!」
『だが君は我々と同じだ。命に代えても護らねばならなかった者を、救い損ねた』
 その言葉に、シンの瞳が見開かれた。自分は彼らを知らないが、彼らは自分を知っている。それも、深く。
「だから……だから護り続けるんだろう! 俺のような奴は、もう俺1人で良い!!」
『そうか。仕方ないな』
 不意に出現したレーダーの光点に、シンはカメラを切り替えた。敵は、間違いなくシン達のレーダーレンジを把握している。基地に踏み込んだ時、不自然なほど少なかった敵の反応が徐々に増え続けていった事も頷ける。このガルナハン基地自体が、トラップだったのだ。
『シン=アスカ君。我々は、手段を選ばん』
 2機のストライクダガーが、崖の傍に寄りそうような小さな市街へ向かっていた。ジェスの乗ったアウトフレームが、ジャーナリストの信念を曲げて救いに行こうとするも、彼が撮影していた場所は、市街地とは正反対の方向だった。到底間に合わない。
 頭部の機銃が火を吹き、街の建物に着弾して白煙が上がった。
『やはり君は優しいな。優しくそして強い。自身の命以外、何も捨てられない』
 敵機に背中を向けて、撃たれる事さえ恐れず街を救いに行くシンのダガーL。セイバーALTがMAに変形し、陽電子砲を止めたイザークのグフに機首を向けた。一気に加速する。
『だが、何も捨てられないという事と、全てを護れるという事は違うのだ』
 太陽とスラスター噴射の後光を背負い、砂色の機体は落ちるようにグフへ迫った。

『ちぃっ! 急に動きが良くなりやがった……!?』
『セイバーもどきが来る! イザークがやられるぞ!』
 ホバー移動でザウートのキャノンを回避しつつ、ヘルベルトの乗ったドムトルーパーがバズーカを放ち、左のキャタピラに着弾した。バランスを崩すそれを一瞥し、陽電子砲へと向かおうとするも、ディンがマシンガンの雨を降らせて足止めする。マーズ機がランチャー下部のビームマシンガンで牽制し、そこをヒルダのザクが抜けようとするが、直ぐ足元にゲイツRのレールガンが着弾する。
『ジュール隊長! 逃げて下さい!!』
『逃げれば、陽電子砲が発射される! アラートメッセージが出ているんだ!』
 先程とは打って変わって積極的に攻撃を仕掛けてくる敵MS隊に阻まれ、シホもグフに近づけない。
シールドを構えて前進しようとするが、ジンとはいえ3機相手ではままならない。
 迫るセイバーALTが、陽電子砲から離れられないイザークのグフに向かってビームを斉射する。
シールドで受けるも、ついに6発目で盾が溶解し、7発目で派手に吹き飛び、ウィップ機構も破壊された。
『近づけさせるか!!』
 身を守る装備が無くなっても、イザークはドラウプニルを撃ち続ける。テンペストを握った方の腕に装着された速射ビーム砲から緑の光条がセイバーALTに迫るが、機体がロールして回避される。
1発だけ左の主翼部分を掠め、火花を散らした。
 その速度を保ったまま変形し、グフを見下ろしMS形態となる。スリット状のフェイスガードが上がり、モノアイが強く輝いた。小型シールドの先端からビーム刃が突き出す。
『裏切った同胞が待っているぞ、イザーク=ジュール』
『ならば尚更! 死ねんッ!!』
 セイバーALTのシールドが真横に振り抜かれる寸前、テンペストが振り上げられた。
ソードの切っ先がシールドのビーム発生器を破損させる。だが、僅かに浅かった。上方へずれた、消え入りそうなビーム刃はグフの胸部に食い込み、小爆発を起こす。
 メインの動力ケーブルが吹き飛び、コクピット内のイザークも爆発が襲った。グフのモノアイが光を失い、テンペストを振り上げた姿勢のまま膝を突く。
『悪いな、イザーク。囮に使っちまった』

 イザークよりも街の住民を選んでしまったシンが彼の名を叫ぶ寸前、シホが慟哭する寸前、嫌味なほど落ち着いた1人の男の声が、一瞬の静寂に割り込んだ。
『だが、お前の命令は果たすぜ』
 うつ伏せになり、瓦礫に半分埋もれたディアッカのガナーザク。省電力モードから回復し、長距離狙撃用に出力調整したオルトロスを構え、モノアイに再び光が灯る。
『黒いザク……やはり、確かめるべきだったか……!』
 慣性によって、セイバーALTは陽電子砲の後ろへ流れていた。ディアッカの機体が、レーダーに映り直す。
オルトロスが放たれた。折れ曲がった鉄骨の下を、シホのゲイツRの真横を、そして膝を突いた白いグフの脇を抜けて、陽電子砲の砲身を掠めるように抜けてく。砲身の冷却器とパワーユニットの
コネクターを焼き、AIが非常事態を認識。発射シークエンスが破棄されてメンテナンスモードに移行し、各パーツが開いて発射不能となった。

「ああ……あぁ……!」
 遠くで、イザークのグフが膝を突いている。ダガーLの足元に、街を壊そうとした機体が倒れている。
自分は守った。力無き人々を、理不尽な暴力から救った筈だ。
 しかし、自分は同時に見捨てた。力はあれど、苦境に立たされた仲間を捨てた。
 まただ。また自分の所為だ。1度目は力が無くて、2度目は力に溺れ、3度目は力を自覚しながら動けず、そして4度目は、誰を救うかを選択した。そんな権限など、自分には無いのに。
「俺は、みんな助けたかったのに……俺は、そのみんなを、勝手に……選んで……!!」
 シンの喉が震え、意味の無い言葉を繰り返す。紅の瞳から焦点が失われていった。傷だらけで崩れそうなシンの心に、本能が囁いた。
とりあえず、敵を殺そう。あいつが全部悪いって事にしよう。
「俺は……俺はああぁっ!!!」
 哀しみを、自己嫌悪を、悔恨を、怒りと憎しみで染め上げ、虚ろな瞳と共にシンは絶叫した。何かが砕けるような音を幻聴し、ジェットストライカーの爆音の中で再び吼える。
 命を救う為の力を、命を奪う為の力に変えて。
 大切に育んできた何かをどす黒く塗り潰し、今、シン=アスカは力を取り戻した。

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