SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第22話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:30:58

 セイバーALTに搭乗する『最後の50人』にとって、これ以上の戦闘は無意味だった。
陽電子砲を発射不能状態にされた事で任務は終了し、条件付の成功となった為である。
「司令部へ。其方のタスクは終わったか?」
『既にアプリリウス・ワンへのデータ送信を終えた。これより脱出する。お前はどうする?』
「此処で死ぬ。先に行く」
『解った』
 言い終え、男は通信機のケーブルを引き抜いた。もはや誰とも、何も話す事は無い。
「さて……」
 大砲を担いで鈍重に動くディアッカのザクも、動力部を損傷して動きを止めているイザークのグフも眼中には無い。あの2人を殺す事は恐らく可能だが、それは今後の計画に悪影響が出る。
 レーダーに映った光点の1つが急速に接近し、男の視線は其方に吸い寄せられた。メインモニターの左に赤いマーカーが表示される。
「ああ。シン=アスカ君、君にも死んで貰っては困るのだが」
 操縦桿を倒しフットペダルを踏み込んで、放たれた無誘導ロケットをかわした。大きく円を描くような機動で、時間差を置き連射されるロケットを次々とかわす。炎を引いて迫る飛翔体が機体の脇腹を掠め、機内が僅かに揺れた。
 外れたロケットが基地に着弾し、背後で爆音が上がる。
 バッテリーゲージがレッドゾーンに差し掛かっていた。スラスター出力をフルスロットルに保ち、ビームを乱射し続ければ、当然の結果である。あと5分程で機体は動かなくなるだろう。
「……手加減の必要は、無さそうだな」
 並のパイロットならば制御不能に陥るほどの加減速、方向転換。まるで空中でステップを踏むような機動で、ダガーLが襲い掛かってくる。
「それで良い。救うのでは無い。壊すのだ、シン=アスカ君」

「殺してやる……!」
 無誘導ロケットを全弾撃ち尽くして機体の重量を減らしたシンは、シールドを前面に突き出してセイバーALTに向かう。その動きは直線的であり鋭く、そして危うい。
「機体から引きずり出してッ! 話す事も聞く事も! 何もかも出来なくさせてやるよ!」
 機体をロールさせ、連射されるビームを回避する。シールドの端を掠め、縁が赤熱した。

 シン=アスカが、少しずつ磨耗していく。力の無い人々を護ろうとする想いが、護れなかった後悔が、今度こそという決意がどす黒く染め上げられ、憎悪の炉にくべられてシンの力を引き出していく。
 自分は必死に護ろうとしているのに、何故それを邪魔するのだ? そして、邪魔をされない為にどうすれば良い? 簡単だ。相手を、2度と邪魔できなくさせてやるのだ。
「そうだ……!」
 内側からの言葉に、シンは口に出して応えた。赤いロックオンマーカーで囲まれたセイバーALTに向け、頭部と胸部の機関砲4門を発射。装甲へのダメージなど期待しない。センサーやその他の装備を破損させる為、そして、重要な部位の破損を恐れる敵を牽制する為。
 敵は恐れなかった。セイバーALTの肩部主翼が展開し、固定式の機関砲2門を撃ってくる。装甲とシールドに着弾し、甲高い音と共にペイントが、装甲の細片が火花と共に散り合った。
 急旋回しつつ、機関砲とビームカービンを撃ち合う。機体性能と操縦技術の総合点で拮抗する両者の脇を幾筋ものビームが抜けていき、青空を焼き焦がした。
「殺してやる!」
<シン……>
「殺して……殺してから、護れば良いんだ! アンタみたいなのがいるからあぁ!!」
<シン……>
「うるさい! 黙れ……黙れ!!」
 破壊と殺戮を吹き込む己自身の声の他に、名を囁きかけてくる少女の声が聞こえていた。
「黙れよ、ステラの声で喋るなぁッ!!」

 地上での戦闘は終息していた。ビームシールド発生器が焼け付いた大盾を下ろしたシホが、青空で火花を散らしあう両機に視線を向ける。自身にとって恥ずべき事に、イザークの安否を確かめる事さえ、その時は失念していた。
「凄い……」
 誰かの名を叫び、怨嗟の声を上げて敵に猛攻を掛けるシン。イザークのグフを攻撃したセイバーALTへの怒りで煮え滾っていた筈の心が、今は凍えんばかりだった。
 あたかも、シンに熱と怒りを吸い取られてしまったかのように。

 自動で応急処置が施されたセイバーALTの盾部ビームサーベルが輝き、一気に距離を詰める。咄嗟にダガーLの構えたシールドが光刃の刺突を食い止めたが、一点集中されたビームの熱量がアンチビームコートの限界を超え、破壊される。
 同時にセイバーALTへ至近距離からビームカービンが撃ち込まれ、左の主翼とカービンを持った右腕が吹き飛んだ。それでも怯まずサーベルを突き立ててくるセイバーALTにダガーLが後退するも、距離が広がらない。最初から空戦MSとして設計されたセイバーALTと、高出力のフライトで無理矢理飛行させているダガーLの違いである。
 接戦に持ち込まれた時にこそ、加減速性能と旋回性能の真価が発揮されるのだ。
「でも、このままじゃ……あ!?」
 陽電子砲台の前の白いグフ。そのモノアイに光が灯った。ゆっくりと機体が立ち上がっていく。
ビームサーベルで斬られた場所から上がっていた火花が消え、頭部パーツが正面を向いた。
「ジュール隊長!」

 近距離での格闘戦を想定して開発されたグフ・イグナイテッドは、当然ながら正面装甲が厚い。先程の一撃も、消え掛けたビームサーベルが運悪く動力ケーブルを断ってしまわなければ、戦闘は問題無く続行できたのだ。だが、緊急処置を終え再起動した後も、イザークは直ぐに動けなかった。
「く、おぁ……」
『ジュール隊長! 無事ですか!? 返事をして下さい!』
 歯を食い縛り、バイザーに食い込んだ破片をほんの少し引き抜き、ヘルメットを脱ぎ捨てた。消火剤で泡塗れになった機内は薄暗く、煙が未だ立ち込めている。補助ライトが付き、メインモニターが回復した。
「シホ、陽電子砲はどうなった……セイバーもどきは、どうした」
『陽電子砲はエルスマンが狙撃しました。セイバーALTは、シン=アスカが応戦しています。それより、怪我は! 通信モニターを映してください!』
 痛い。猛烈に痛い。爆風を浴びせられた全身もさることながら、顔面の痛みは全てを上回っていた。
5年前、味わった物と同じ痛み。生暖かい物が顔を伝って首元に垂れる。鉄錆の臭いが立ち込めていた。
「ダガーL単機では、無理だ……チームワークで……掛からねば、やられる」

 荒い呼吸を繰り返し、イザークは上空にカメラを向ける。強烈な日光に顔の傷が疼いた。
「シンが……戦っている」
 痛い。戦闘中でなければ、蹲って泣き叫びたいくらいだ。白服を着たからといって、5年前に同じ場所を負傷したからといって、痛みが和らぐわけではないのだ。通信モニターが強制的に接続され、映ったシホの顔が蒼白になった。
『酷い……!! 其処で待って! 動かないで!』
「それは出来ん」
『出来なくても、動かないで下さい! 貴方は……』
「シン=アスカがッ!!」
 叫び声に、シホが思わず身を引いた。血まみれの顔で彼女を睨みつけるイザーク。
「あの海賊が戦っているのだ!! ならば、俺が!!」
 機体のダメージレポートに目を走らせる。残った武装は、ドラウプニルとテンペスト。充分すぎる。
「ザフトのイザーク=ジュールが! この程度でええエェッ!!!」
 矜持が肉体の苦痛を殴り倒し、視線の先で交錯する2機にイザークは咆哮した。

「くそっこいつ! 当たれ! 何で当たらないんだよ!!」
 虚ろな瞳のままシンは苛立ち、悪戯にビームカービンを撃ってエネルギーを消耗する。
最初こそ反応速度で上回り、セイバーALTを追い詰めていたが、今では形勢逆転されかかっていた。
 怒りに任せ、敵を殺す事に意識を集中させ過ぎ、真正面から攻め続けてパターンを読まれたからである。
練度の低いパイロットならば何とかなったが、今回は相手が悪い。
 同じ憎悪でも、シンのそれは剥き出しで燃え盛る銑鉄であり、『最後の50人』のそれは冷え固まり、余分な物を取り除いた鋼。怒りと憎しみのぶつけ合いになれば当然、より感情をコントロール出来る側が優勢となる。そして、シンには制御など出来なかった。
『捨てられない』からだ。
「アンタを殺して……護るんだ! 殺せば、護れるんだ!!」
 混濁し始めた意識のまま叫び、銃身が焼け始めたビームカービンと機関砲を撃ち続ける。
当たり所が良かったか、回避しつつ接近するセイバーALTのフェイスガードに機銃弾が集中し、粉砕した。しかし止まらない。シールドのサーベルを起動し、モノアイが輝いた。
 その時、絶妙のタイミングで撃ち込まれた速射ビームの火線が両機を互いに後退させる。

『逸るな、シン!』
 2度と聞こえる事の無かった筈の声に、シンの心を覆っていた分厚い殻がひび割れた。
白いグフが、ダガーLを庇うようにセイバーALTの前を塞ぐ。
 MA形態に変形し、砂色の機体が急速に離脱していった。1対2となれば、戦術を変えねばならない。
「イザーク……?」
『2機で掛かるぞ!』
 スピーカー越しの変わらぬ声に、シンが抱いていた憎しみが一気に冷却された。自分は、まだ『失って』いない。
<シン!!>
 少女の声が胸に三度響いた、刹那。一瞬が無限に引き伸ばされていき、意識は暗転した。

 其処は、シンの時間が止まった場所だった。雪が降りしきる一面の銀世界。かつての乗機インパルスのマニピュレーターの上で、凍えそうな水面に吸い込まれていった金髪の少女を、何時までも何時までも見つめている自分が、いた。
「ステラ……ステラ……」
 膝を突き、泣きながら少女の名前を呼ぶ自分から、もう1人の自分が抜け出す。パイロットスーツを着て、瞳に昏い炎を灯したシン=アスカがインパルスのコクピットに乗り込み、機体を飛び立たせていく。
マニピュレーターから転げ落ちた私服姿のシン=アスカは、雪を被ったまま冷たい湖面に落ち、浅瀬を這った。
<シン、目を開けて。ちゃんと見て>
「ステラの声で、喋るなよ!! ステラは、此処にいるんだ!」
 空から降り注ぐ声に、シンは泣き叫んだ。視線は水面の奥、既に見えなくなった少女を探していた。
<どんなに見てたって、そんな所にステラはいないよ>
「嘘だ! ステラは、此処で眠ってるんだ!」
<そんなあったかくも優しくもない所じゃ、寝られないよ。シン、ちゃんと見て>
 あやすような声に、シンは思わず空を見上げた。何かが光っていた。
 光を纏った風が、ゆっくりと流れている。雪が降っているのに、寒くなかった。
「ひか、り……? 風、が……」
<ステラは、いつも見てるから。ステラを助けてくれたシンを、いつでも見てるから>
 声は静かに笑った。雲が晴れて空の向こう、光が一瞬垣間見えた。太陽ではなかった。
<目を、開けて。シンは……みんなを護るの。みんなの『明日』を、護るんだよ>

 声が薄れていく。景色も消えて、全てが白く消えていく。
「本当だな……いつでも見てるんだな、ステラ!!」
<うん。だからズルしたり、諦めたりしちゃ駄目だよ>
 人の姿に似たシルエットが、視界一杯に広がった。シンはもう一度、空を見上げた。
<シン……下を見ないで、振り返らないで……空を見上げて、先を見て!>

 シン=アスカの双眸が見開かれ、ガラス球のようだった真紅の瞳に焦点が戻る。しかし身体を駆け巡る全能感は消えていなかった。意識がクリアになって、感覚が何処までも広がっていく。
『俺は右を! シンは左からだ!!』
「ああ!」
 イザークからの通信に即答し、半分になった盾を捨てたダガーLの左手が、腰部にマウントされた
「何だ、これは……」
 『最後の50人』の苛立ちは、生存していたイザークに対してでは無かった。2機のコンビネーションで追い詰められる状況に対してでも無かった。ダガーLの動きが、変わった為だ。
 敵の姿しか見ず、怒りと憎しみをぶつけるだけのシン=アスカはもういない。突出しがちなイザークのグフと完璧に連動し、まるで歴戦のパイロットのように先の先を読もうとしてくる。
「こんな……!」
 6年間被り続けた、鋼の仮面に亀裂が入る。グフのテンペストが左肩を掠めて砲塔が焼き切れ、ダガーLのビームカービンが右足に着弾してバランスが崩れた。バッテリーゲージを見遣る。活動限界まで後15秒。
 敗北は恐ろしくない。死は祝福である。しかし。
「不愉快な!」
 ダガーLの中のシン=アスカに起こったであろう変化だけは、何故か許容し難かった。機体をMA形態に変形させ、最後の加速を行う。イザークのグフを引き離し、無理矢理シンのダガーLと相対した。
 パイロットシートに押し潰されそうな程の加速と共に、右肩の砲を撃つ。光がビームカービンを弾き飛ばし、爆発させた。耐熱限界を超えた砲塔が使用不能となる。

 MA時に底部に設置されるシールドからビームサーベルを発生させ、機関砲を撃ちながらの突撃。
ダガーLもまた、両手にサーベルを構えて光刃を生み出し、頭部と胸部から機関砲の火線を迸らせながら突進する。
 ダガーLの頭部バイザーが被弾して砕け、セイバーALTの主翼が千切れ飛ぶ。
掬い上げるように突き掛かるセイバーALT。叩き付けるように斬り掛かるダガーL。
 姿は違えど、2機は蒼穹で斬り結んだ。セイバーALTのメインスラスターが爆発して煙を吐き出し、ジェットストライカーパックの左半分が左腕ごと飛んで機体のバランスが大きく崩れる。
 慣性のまま、数瞬空を見上げるセイバーALT。そして重力に引かれ、落ちる。バッテリーは完全に切れ、墜落死を待つだけだ。そう、待つだけだというのに接触回線が開いた。
「私から……死すら取り上げるのか、シン=アスカ君! そんな資格が君にあるのか!」
 自身も片翼を失って墜落の危険があるというのに、それすら省みず、落ちるセイバーALTを追いかけ、その機体をキャッチしたダガーL。スラスターを大地に向け、最大出力で吹かした。落下速度が緩まる。
『ズルはしない! 諦めない!』
「何だと!」
『何時でも見てる人がいるんだ! アンタだけ特別扱いはできない! 悪いが……ッ!!』
 ガルナハン基地を大きく外れ、高く切り立った渓谷に落ち込み、岩壁に機体が叩きつけられた。
ジェットストライカーパックが火を吹いて大破し、炎を引きずったまま墜ちていく。
『悪いが、助けさせて貰う! 喩えアンタが誰だろうが、どれだけ憎まれようがな!!』
「君は……!」
 そのまま着地した直後、足場が崩れた。坑道の真上だった為、大規模な落盤が起きた。
『うおおぉっ!!』
 ストライカーパックを切り離して重量を減らし、懸命に姿勢を制御するダガーL。しかし、もう1機を抱かかえたままではどうにもならない。
 何処まで続くかも解らない巨大な縦穴に飲み込まれる中、ダガーLの割れたバイザーから光が消える。
穴の縁から僅かに土埃が上がり、直ぐに消えた。

 風が吹いて、雲が太陽を覆い隠す。静寂が、訪れた。

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