SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第23話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:31:25

「生け捕りにして情報を吐かせようというのだろうが、無駄な事だ」
 廃坑の奥。大型の削岩機で掘り進み、鉱物資源を根こそぎ採掘されたガルナハンの地下は、至る所に
巨大な空洞と通路が出来ている。その内の1つに落ち込んだダガーLとセイバーALTは、光の差さない
闇の中で身動ぎもしなかった。
「私は任務遂行に必要な事のみを知らされているに過ぎん。『我々』はみな、そうだ」
 相手は直ぐにでもハッチをこじ開けにやってくるだろう。抵抗の素振りでも見せて撃ち殺されようと、
男はサイドボードに納めてあったハンドガンを手に取る。しかし、来ない。
「統括する指揮官もいない。我々は互いの情報を補完する事で計画を実行する……」
 メインモニターが消えたコクピット内部からは、外の様子が解らない。マグライトを取り出して、
ハッチを開けた。今更恐れるものも無い。周囲を照らしてみると、ダガーLは直ぐに見つかった。機体各部の
ライトは全て消えており、MA形態のセイバーALTを抱きかかえたまま微動だにしない。
「……死んだのか、シン=アスカ君?」
 有り得る話だ。スラスターが半壊した状態で2倍の重量を受け、減速しつつとはいえ硬い岩盤に落下
したのだ。そう考えると、再び腹立たしく思えてくる。ダガーLのハッチ脇に据え付けられた整備パネルの
カバーを拳銃で撃った。乾いた銃声と共に弾け、男はパネルを操作し、ハッチを開ける。
「な……」
 シン=アスカはそこに居た。コクピット内部は派手に破壊され、全方向から開いたエアバッグが
役目を終え、萎んでだらしなく広がる中で、シンはパイロットシートに収まっていた。ヘルメットの
バイザーがひび割れていたが、時折手足や首を小さく動かす辺り、死んでいない事は解る。
 シンは、笑っていた。恐らく全て自分の目論見通りに事が運んだ事を、気を失う寸前に理解したのだ。
まさしく会心の笑みを浮かべ、彼は眠るように其処に居た。そう、戦勝宣言を行うかの如くである。
「君は底無しの馬鹿だな。まだ私を捕えてもいないのに、何だ、その……顔は」
 怒りがふつふつと湧き上がってくる。怒りを『湧き上がらせた』事など、6年間無かった。
シンとの戦いがそうさせたのだと思うと、余計に腹が立った。
「君のような……」

 6年ぶりに噴き出した感情を、男は抑えられなかった。シンに銃を向ける事も忘れていた。
「君のような愚かで、傲慢で、身の程知らずで欲深い者を……宗教が盛んだった時代では、
『救世主』と呼んだそうだな。下らん……下らんうえに、存在その物が侮辱だ」
 この時男がまともな判断力を保っていれば、このような無駄話はしなかったろう。作戦の為に、そして
何より憐れなシンの為に引き金を引き、予め決めてあったスケジュール通り、脱出ルートを探した筈だ。
 上を見上げても、太陽の光は差し込んで来ない。恐らく下りのトンネルにはまり込んだのだろう。
このままでは、救助は難航する筈だ。
「しかしこの通路、確か……」
 セイバーALTに戻り、坑道内部の地図とライトビーコン、そしてサバイバルキットを持ってきた男は、
岩肌に座り込んだダガーLの足元に作動させたビーコンを落とした。暗闇の中で球状パーツが輝き、
現在のポジションを発信し始める。
「アスカ君、君は殺さん」
 あちこちにチェックの入った地図に視線を走らせた。地上への出口に程近い。『合流』も容易いだろう。
「君が私から死を奪ったように、私も君から安息を取り上げてやる」
 2つあった飲料水ボトルの1つを、ダガーLの機内に放り込んだ。量的に、半分だけでも問題なかった。
「いてっ」
「生きろ。生き続け、救い続け、そして苦しみ続けるが良い」
 ボトルがヘルメットを直撃し、寝言めいた呻きを上げるシンに男は背中を向け、歩き出した。懐中電灯の
心許ない光が揺れ続け、やがて横路に入り消えた。
 男は、最後まで冷静ではなかった。男は、シン=アスカに敗北したのだ。

 アプリリウス・ワンの行政府で、ラクス=クラインはキラ=ヤマトに付き添われ、ガルナハン基地の
惨状を見つめていた。
 白いグフがザウートをテンペストで叩き斬り、黒と紫で塗装されたザクと、ダガーLが格納庫を破る。
『お止め下さい、ジュール殿! せめて、せめて理由をお聞かせ下さい!!』
 合成された悲痛な声と共に、撮影の妙で『逃げ惑う』セイバーALTが映し出された。

『何故あなたのような方が、ミハシラ軍と結び……うわああぁっ!?』
 両手にビームサーベルを構えたダガーLにメインスラスターを破壊されて爆発する。ラクスは思わず、
傍らのキラの手を強く握った。
「これが……最後の映像です」
 平時とは打って変わって神妙な表情を見せる『D』が、スクリーンを切った。
「恐らく、撮影者はテロリストによって捕えられたものと思われ……ガルナハン基地は、全滅しました」
「……嘘だ」
 キラがゆっくりとかぶりを振る。戦後、彼はイザークやディアッカと交流があったのだ。
「イザークは、こんな事をする人じゃない!」
「しかし、記録は残っています」
「パワープラント自体は、無事なのですね?」
 ラクスの問いに、『D』は頷いた。
「はい、クライン議長閣下。単なる基地に対する破壊、略奪行為のみを行った模様です」
「となると、ユーラシアの仕業か?」
 別の『御手』の言葉に小首を傾げる『D』。
「テロリスト達は直前に連合軍基地へ立ち寄っていますが……背後関係は不透明ですね」
「襲撃メンバーの特定は出来ているのか?」
「はい、全員色々な意味で有名人です。リストが、此処に……」
 広げられた資料に、キラの瞳が揺れた。
「シン! それに……」
 イザーク、シホ、ディアッカ。そしてミハシラ軍のシンに、かつて自分達と共に戦ったはずのヒルダ達。
「この7人をテロリストとして手配して下さい。地球のカガリさんにも連絡して」
 ラクスの言葉に何か抗弁しようとしたキラは、そのまま押し黙った。既に、『事実』が此処にあるのだ。
「遅れて申し訳ありません、クライン議長。私に送信されたスケジュールが、事実と
食い違っていたようです」
 その時、会議室に補佐官がやってきた。何時も通り細面に冷たい視線を保ち、ラクスを囲む『御手』を
1人1人見遣っていく。
「補佐官、突然で申し訳ありませんが、R1資源衛星の監督官をやって頂けませんか?」
 ラクスの言葉に、補佐官は小さくまばたきした。
「議長からの御指示には、従います。しかし、理由をお聞きしても構いませんか?」
「……前任者の方が、急病で倒れられたのです。それ以外の理由はありません」

「本当に?」
「お疑いですか?」
 補佐官の視線をラクスは正面から受け止めた。唇を白くなるほど噛み締め、蒼灰色の瞳を大きく見開く。
 キラを見た。彼も同様で、警戒感を露に自分を見続ける。『御手』らを見た。『D』が、小さく微笑んだ。
「分りました。謹んで、転任のご命令を受領致します」
 一時撤退の時であると、彼は悟った。自分は恐らく、何か良からぬ思惑に対する障害であったのだろう。
元より謀略など興味も無かった補佐官は、その類に対する防御策を全く講じていなかったのだ。そして
この期に及んで抵抗しても無駄だという事が、理解できた。
 だが諦めてもいなかった。かつて仕えていた男との『契約』は、まだ生きているのだ。
「失礼いたします」
 補佐官は退室する。アクリルの床を確りと踏みしめ、『出撃』していった。空気の抜ける音と共に
ドアが閉まると、『D』が口を開く。
「補佐官は確かに優秀な人材ですが……この非常時です。グレーゾーンは排除すべきかと」
「ですから、あのように言いました」
 未だ硬さの残る口調で応えたラクスは、改めて『御手』を見渡す。
「キラと共に『ファクトリー』へ向かいます。故デュランダル前議長の遺産を……最後の
力を、使うべき時が来たようです。同行して下さい」
 ラクスの周囲を固める白服は、応ずる声と共に一斉に敬礼した。キラが震える息を吐く。
「けど、ラクス……」
「キラ、この混迷する世界にはまだ力が必要なのです。わたくしを、助けて下さい」
「ラクス、あれは駄目だ。システムの土台が不安定で、何よりも強力すぎる」
「このままミハシラ軍に中立宙域を占拠され続ければ、新たな争いの火種が生まれます」
 ラクスの言葉に、キラは絶句した。此処まで思い詰めた彼女は、見た事が無かった。
そして同時に、彼もまた平和を愛していた。自分の力が平和をもたらすというのなら、
躊躇するつもりは無かった。
 長い沈黙の末に、キラは首を縦に振る。
「分ったよ、ラクス。……平和の為なんだよね」
「参りましょう」
 会議室から出て廊下を歩く。ラクスとキラの周囲を固める『御手』らには、主人に従う
喜びも、争乱を予感する緊張も無かった。ただ、無表情。
 理由無き忠誠ほど、意味と猜疑に溢れた存在は無い。

「くっそぉ……同じ場所を負傷するとは」
 ガルナハンの北部連合軍基地。麻酔が切れたイザークは、顔半分を覆った包帯を忌々しげになぞった。
「あーあ、再活性化処置も今度は使えないな。その傷、残るぜ」
「ディアッカ! 貴様の狙撃、もう少し早めらなかったのか!」
「無理無理。あんなバケモンに飛び回られちゃ……本当だって、シホちゃん」
 シホの非難がましい視線に肩を竦めるディアッカ。
「フン! 今回は俺が怪我をしただけだ。許してやる!」
「どーも」
「それより、シンはどうなった?」
 イザークの言葉に代わって、シホが答えた。
「坑道奥で、連合の海兵隊が確保したようです。ごく軽傷ですが、現在担架で運ばれて
地上に向かっているとか」
「よく、軽傷で済んだものだな……」
「そのまま平面に落着すれば即死、あるいは全身を粉砕骨折していたらしいのですが、
落ちた場所が坂になっていたようで。衝撃が大きく軽減されたのでしょう」
 連合軍の大尉から聞いた話を伝えていたシホは、溜息をついた。
「ともかく、幸運が大きかったのでしょうけれど」
「ま、コーディネイターはナチュラルよりも頑健だからな……痛っ」
「コーディネイターが頑健なのか、シン=アスカが頑健なのか、何とも言えませんが」
 誇らしげに笑った後、イザークは顔を顰めた。額の左から右の頬にかけて走った傷が疼いた所為だ。
「それで……その話、もうシンの部下には伝わったのか? さぞ心配しているだろう」
「多分心配はしてないんじゃないかな。さっき基地のラウンジでカードやってたし」
「何だと!」
「どうせ生きてるから、慌てたって無駄だってさ。良いねえ、絶対の信頼感ってやつだな」
 ディアッカの言葉にわなわなと唇を震わせたイザークが、ベッドから跳ね起きた。
「ちょっと、ひとこと言って来る!」
「駄目ですジュール隊長! 寝ていて下さい!」
「寝ていられるか! あいつら、自分の隊長の危機に援護もせず……」
「仕方ないだろ? 誤射はヤバいし、ドムやザクじゃそんなに飛べないし」
 入ってきた眼帯の女の言葉に、イザークは上体を起こしたまま指差した。
「ヒルダ=ハーケン! たとえそうだとしても、隊長の生死が分からん時に……」
「そんな事よりさ。面白い事に……」
「そんな事だと!?」
 こめかみに青筋が浮き出しそうなイザークに、両手を突き出し制止するヒルダ。

「あたし達、極悪非道のテロリストになっちまったよ。こう全世界放送で、顔もどーんと」
「ん……?」
 彼女の口から出た言葉をいまいち理解できず、イザークは数秒固まった。
「勿論、あんた達と一緒にね」
「……えっ?」
 ディアッカが肩を竦め、皮肉げに笑った。

『我々は、この卑劣なテロ行為を断固として許さない』
 『最後の50人』が編集したガルナハン基地の映像を前に、ジェスは拳を握り締めた。
「これは違う! 真実を隠してる……!」

『関与した連合軍基地および、サハク氏の所有する非合法武装組織の責任もまた大きい』
 中継基地で放送を聞くロンド=ミナ=サハクは、犬歯を覗かせて笑った。
「愉しませてくれるではないか」

『長き苦難の末に訪れた平和を、武力で乱さんとする輩には相応の制裁が下されるだろう』
 オーブ軍の軍用ジェットの機内で、マリューに付き添われたムウが呻いた。
「こいつは……ヤバいな」

『7人のテロリストに告ぐ。逃げ場はない』
「お嬢様、オーブから通信が入りました。ダイアモンドテクノロジーに、テロ支援企業の
嫌疑がかかっているとの事です」
「あら、手が早いこと。『刺した』のはモルゲンレーテでしょうか」
 入浴を終え、灰色のバスローブを纏ったままオーブ軍の広報を眺めていたアズラエルは、
唯一私室への入室を許す秘書の方を振り返った。
「そこはなんとも。心当たりが多すぎますので……ミハシラ軍にも出資しておりますし」
「仰る通りですわ。ともあれ、直ぐに記者会見を開かなくてはなりませんね」
 並べられたテロリストの顔写真の中にシン=アスカを見つけ、頬を淡く染め再び微笑む。
「それと、お嬢様……アプリリウス・ワンから連絡が入りました」
 微笑を浮かべたまま、アズラエルが小首をかしげる。
「『命中』とのこと」
 少女の背筋が震える。濡れたプラチナブロンドが波打ち、湯上りの肌に赤みが差した。
「それは、結構」
 アズラエルは背中を向けると、秘書が部屋から出て行った。完全防音の扉が閉まる。
「ふふ……ラクス=クラインッ! ァハハハハッ!!」
 呪詛を掛けた相手の名を叫び、戦火の魔女は笑い続けた。

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