SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第29話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:34:18

『アスラン=ザラ一佐がやられたぞ!』

 討伐隊の第一陣にもたらされた衝撃は波紋となり、あっという間に全隊へ伝播した。

「馬鹿な……1対1で、ザラ一佐のインフィニットジャスティスが負けただと!?」

 アスランから副隊長の任務を与えられているオーブ軍人が、データを呼び出す。

「撃墜したのは、この機体……か」
『ど、どうします。副隊長殿!』
「各機に攻撃を控えさせて、下がらせろ!! ……後続を待つ」

 最後の指示は、事実上の敗北宣言だった。後続部隊が到達するまで、1時間以上は掛かる。
ハンニバル級は悠々と脱出するだろう。だが、アスラン=ザラという旗印を失った部隊は動揺著しく、まともな作戦行動さえ取れるか怪しい。
 部隊の大半が、個人主義で育成されたザフト兵だからである。

「何という事だ……歌姫の騎士団……その要石が、テロリストに敗北するとは」

 上空のムラサメが撮影した、血涙を流す黒と紅の機体に、副隊長は顔を背けた。

「一佐の発言といい……おぞましい、悪夢だ」

『攻撃が、止んだ……? ディアッカ、状況は!』

 頭部アンテナの左半分を折られたブルデュエル改が上体を起こし、退いていく討伐隊を見遣る。ビーム砲の予備ケーブルを弄っていた黒いガナーザクが、爆発で出来たクレーターから這い出した。

『シンがアスランを撃墜したらしい。大将首を取られて、攻め続ける気が失せたかね』
『……そうか。アスランを、墜としたか』

 イザークの声に、何時もの覇気は無かった。焼け付いた大型シールドを降ろしたシホのゲイツRが、排熱ダクトから白煙を噴き出す。凍結し、銀片となって空を舞った。
 雲が切れ、地上に陽光が差し込んでくる。3機で寄り集まって、最前線で敵を防ぎ続けたドムトルーパーのギガランチャーが、光を弾いて砲口を輝かせた。大柄の全身に走る細かな傷が露になる。

『終わったね……増援で数を増やさない限り、もう来やしない』
『そう思うか? ヒルダ』
『ザフト兵は言わずもがな、オーブ兵も戦争終わって、いわゆるクライン派軍人が増えた。
歌姫の騎士団に隠れて強気なフリをしてるが、シンボルがいなくなれば腑抜け揃いさね』

 ランチャーを肩に担ぎ、モノアイを動かして敵陣を一瞥したヒルダ機が、鈍くなったホバー機動で180度旋回する。

『こっちのバッテリーも心細い。帰還するよ』
『おう!』

 遠目にデスティニーⅡを確認した機内のヒルダは、ヘルメットを脱いで傍らに放る。

『どうすんのかねえ、アスラン=ザラの事は』

 墓標の如く突き立ったファトゥム-01の前に、インフィニットジャスティスが跪く。差し込んだ陽光が、動力の切れた機体を照らし出した。日を浴びぬデスティニーⅡが、『正義』に背を向ける。

『シン……良くやったな』
「いや、幸運だった」

 気落ちしたイザークの言葉に応え、シンもまた溜息をついた。虚脱感が全身を襲う。

『アスランは、死んだのか?』
「コクピットは外れたし、セーフティシャッターもある。どうせ生きてるだろ」

 2年前、ザフトを裏切ったアスランの乗るグフを墜とした時を思い出し、苦々しく吐き捨てるシン。
 ステラとの『約束』が無ければ、ビームを発生させた脚部で蹴り潰している所だ。

「確かめようか? 元戦友同士、喋る事があるんだったら……今、反応ないけど」
『いや、良い。先ほどの通信を聞いていた。充分だ』

 あぁ、と、シンは声を出さずに息を吐き出した。イザークの落胆が納得できたのだ。

「気にしないで良いと思うけどな。力をくれる人間に従うのは、当然だから……ん?」

 見慣れないコードで通信が入っている。モニターに、アズラエルの顔が浮かび上がった。

『お見事でした、シン。直ぐに艦へ向かって下さい。包囲網が緩んでいます』

 何時もの笑みを浮かべる少女に、シンは疲れた表情のまま頷いた。

「どうも。アスランですが、どうしますか? 多分生きてますが」
『此方としては、人物にも機体にも興味がありません。お好きになさって下さい』
「そう、言われると困るな。こっちはアンタに雇われてるから、決めて貰わないと……」

 眉根を寄せて腕を組むシンに、アズラエルは小さく声を上げて笑った。

『御自分の復讐心を充足させる為に、活用しては如何です?』
「ん……」

 しばし俯くシン。2年前、ミネルバ隊で散々不協和音を生み、挙句裏切って勝ち馬に乗った男として、シンの記憶には残っている。機内から引きずり出し、生身で雪原に放り出してやれば、それはそれで愉快な鬱憤晴らしの手段が思い浮かぶ気もするのだが、彼は首を振った。

「いや、良いです。アズラエルさんが構わないなら、ほっときますよ」
『あら……再び敵になるかも知れませんが、宜しいのですか?』
「俺の目的は、クラインとアスハに本当の事を知らせる事です。奴らを倒す事じゃない」
『なるほど……では、そのように』

 此方に解るよう露骨に嘆息してみせたアズラエルは、再び微笑んでモニターから消えた。

「ヒルダ、イザーク。ハンニバル級に急ごう。敵の後続が来る」

 全体通信でそう呼びかけるシン。デスティニーⅡの背中に光翼が生まれ、飛び立った。

『シン=アスカが、アスラン=ザラ率いる討伐隊から逃げ切ったそうです。エコー7も同行しています』
「善き事だ。ダイアモンドテクノロジーは、我々を働かせたがっているらしい」

 デブリ海の傍に停泊する、焦茶色のずんぐりした輸送船。そのブリッジで部下からの報告を受けたロンド=ミナ=サハクは、含み笑いと共に頷いた。

「サハク司令官……お喜びの所、申し訳ありませんが」
「何か?」

 傍のオペレーターに声をかけられ、ミナは黒髪を揺らす。

「我々は、何時まで隠れているのでしょう」
「そうだな。機が熟するまで……具体的に言えば、後5分程だ。通信が繋がる」
「……中立宙域の海賊行為が、激増しているんです。この24時間以内で10件あまりに」
「で、あろうな。海賊は耳が早い。ミハシラ軍が動けぬ事を、いち早く悟ったのだろう」

 感情を表に出さず、彼女は頷いた。かつて一介のジャンク屋から言われた言葉が、胸の奥で身動ぎする。
 国とは、人である。国を創るのは人である故だ。では『人』とは何なのか。経済の流れであると、ミナは考えた。人の意思と信用を保護する事が、己の義務であり使命であるとし、サハク家当主の名の元に、非合法武装組織を結成した。オーブ軍やザフトで冷遇された軍人や傭兵が集まり、一大勢力として海賊に対抗しうるに至った。
 ロンド=ミナ=サハクにとって、ミハシラ軍こそ『城』、中立宙域こそが『国』だった。
それが荒廃させられていく様を、今は見ている事しか出来ない。

「誰であれ……只では、済まさん」

 額に軽く手をやるミナの瞳が、鋭く吊り上がったのも僅かな間だけだった。横で聞こえたブザーに表情を消す。

「通信室へ行く。許可を出すまで、誰も入るなとクルーに伝えよ」
「ハッ」

 通信室の入り口をロックしたミナはケープを翻す。照明が一段階落ちて、9人の立体映像が浮かび上がった。

「こう、取り囲まれると……企業を経営する者の気持ちが解るな。業績説明でもしようか」

 ミナの冗談に、幾人かが声を上げて笑った。思い思いの、しかしフォーマルな衣装に身を包んだ9人は全て女性。少女から老婆まで。

「出資者殿を、何とお呼びすれば良いのだ? 産業組合……ふむ、代表団とでも?」
『もっとシンプルに呼んで頂いても結構ですわ? サハク代表。……ネオ・ロゴス、と』

 ティーテーブルの前に腰掛けた老婆が微笑む。

『説明会では無く、もっと親密なビジネスパートナー同士の話し合いです。他人行儀は止しましょう』

 その言葉に、ミナの表情が自然と引き締まる。自分を前にして好意的な言葉を口にする輩に対しては、無条件で警戒本能が目覚めるのだ。

「……連合軍を焚き付けて、何を画策しているのだ? モッケルバーグ」
『サハク代表の、ご想像している通りの事です』

 モッケルバーグと呼ばれた老女は、笑みを崩さない。傍らのアズラエルと、他の7人も同じである。

「そうか。我々に求める事は?」
『今まで通り。サハク代表が武装組織を結成された当初から掲げておられた目標の達成を』
「前段階というものがあろう。だからこそ、ダイアモンドインダストリーからの直接的な支援を受けた。違うか」

 ミナがそう言うと、アズラエルが口を開いた。

『予期せず、世界の敵という烙印を押された為です。非常手段に過ぎません』
『ウサギちゃんみたいなシン=アスカにぞっこんだからじゃなくって?』

 大きく胸の開いた黒いドレスに身を包む、燃えるような赤毛の美女が横槍を入れる。ジブリールの元妻を名乗る彼女は戦後の混乱に乗じ、ロード=ジブリールの遺産を根こそぎ奪ったのだ。

『こんな席で不謹慎ではありませんか? ジブリール様』
『あら失言。その洗濯板に引っ掛かった奇特な男に興味があったの』
『其方こそ年齢をお考えにならないと。熟しすぎた果物が重力に負けかかっていますわ?』
『おやめなさい、歳やお肌の事を言うのは。みな、潤いを失っていくものよ……』

 モッケルバーグの言葉に口を閉じる2人。溜息をつき、肩を竦めるミナ。

『庭の秋桜も枯れてしまった。青い花をつける、とても珍しくて、綺麗で……』
「青い秋桜の話は良い。既に別の種を蒔いているのだろう?」
『ええ、サハク代表。でもちゃんと育つか、何色に咲いてくれるかは解らないものです』

 老女の目つきが一瞬だけ変わった。何処までも遠くを見つめる、虚ろな瞳に。

『水をやって肥料を入れて、雑草を取って……雑草に、何時も困ってしまうけれど』
「草刈りを、手伝えというのか」
『よろしければ、是非』

 傍らに置いた麦わら帽子を手元に寄せ、老女は目の前の鎌をカメラ側に押しやる。

『2年間で、生い茂りすぎた草を…………庭のお花が、困ってしまわない程度に』

 オーブ行政府のカガリ=ユラ=アスハ代表執務室のドアをメイリン=ホークが叩いた。制服を整える時間も惜しんだのか、まるで1キロ走ってきたような有様である。

「カガリさん、入ります!!」

 天然の木材で造られた両開きの扉を開けると、丁度2人のオーブ軍人とテーブルを挟んで話すカガリがいた。軍人2人が立ち上がったが、カガリの片手によるジェスチャーでソファに座り直す。

「どうしたんだ、メイリン」
「アスランさんが……ロシア平原で、撃墜されました! テロリストに……ッ」

 軍人2人が顔を見合わせる。しかし、カガリは全くと言って良いほど無感動だった。

「そうか。生死は?」
「セーフティシャッターで助かったんですけれど、一瞬作動が遅れて、全身に火傷を……」

 そう聞いた時には、カガリはもう視線をテーブルの書類に戻していた。

「解った。後で報告書を受け取る」
「あと30分で、オーブの軍病院に運ばれてきます。カガリさんも早く病院に!」
「なぜだ?」

 顔を上げたカガリの眼に、メイリンは一瞬だけ怯む。金色の瞳は、ぞっとするほど冷たい輝きを放っていた。オーブの獅子の娘と呼ばれるカガリ=ユラ=アスハ。しかし、プラント育ちのメイリンは、執念深く残忍という獅子の本性を知らないのだ。

「だ……って、アスランさんが」
「私の名前を無断で使い、勝手に討伐隊を組織した罪については後々審議する。今は別の政務で忙しい。……下がれ」

 半ば呆然としたまま退室するメイリンを見遣った後、カガリは軍人達に向き直った。
 アスラン=ザラ、彼の信頼する部下、そしてそれらに関わるラクス=クライン。全てに裏切られたと信じ込んだカガリの思考は、急速に冷えて鋭さを増していた。そう、彼女の父ウズミ=ナラ=アスハの若かりし頃、真の意味で『獅子』と呼ばれ、ちっぽけな島国を独立国家に仕立て上げた征服者の如く。

「話を戻すが……つまり現状において、『真実』は強力な兵器になるという訳だな?」
「はい。連合軍のトップという形だけの地位よりも、後の事を優先すべきかと」

 カガリの凍える瞳を前に、偽りの衣を纏った『50人』達は無表情のまま頷いた。

「2年前の私の失敗によって、軍部にはクラインのシンパが多い。叛乱が起きるかもな」
「止むを得ません。カガリ様のお命で、オーブが生まれ変わるのであれば」

 『50人』は昨日限りで――アスランの討伐隊が出撃した後で――作戦を変更していた。

 別人の如く変貌したカガリに甘言を囁く事を止め、冷徹な戦略のみを進言する。カガリもまた、変わらず夢のような話を吹き込んでくるアスランの『信頼がおける部下』に耳を貸さなくなった。

「それもそうだ。元はといえば私の責任。誰が償うか、解りきった話だ」

 真の孤独を味わったカガリは、首肯して立ち上がる。最早、失うものは無い。

「声明を発表する。同行しろ」

 クライン派の所有する『ファクトリー』にやってきたキラとラクスは、アスラン撃墜の報告を受けていた。

「そんな……アスランが……」
「キラ……」

 メンテナンスベッドに横たえられたストライクフリーダムのコクピットが開き、其処からケーブルが伸びて機械に繋がっている。小さなモニターに幾つかの波形が示され、その機械もまた、カプセルのような覆いが上がったベッドに繋がっていた。
 ロドニアのラボで使われていた、生体CPU調整用『ゆりかご』である。

「もう、猶予はありません。キラ……」
「けどラクス、これは……」
「平和を乱す力が、これ以上強くなる前に。私達は、踏み出さなければならないのです」

 その言葉に、キラは肩を落とす。今までラクスの言葉通りに動いていれば、戦争は終わった。どれほど状況が悪化したとしても、どうにかなってきた。
 平和の為ならば、力を持つ事も仕方ない。今更その方針を変えれば、ただでさえ危うい現在の秩序がどれほど崩れるか。4年前から彼に憑りつき続ける『善意』と『正義感』が囁きかけた。

「解ったよ……ラクス」

 その言葉にラクスは髪留めを外した。青白い病人服を着て『ゆりかご』に横たわった。

「始めて下さい」

 ストライクフリーダムのコクピットからパネルを引っ張り出したキラが、目まぐるしくキーボードを叩き始める。ストライクフリーダムと『ゆりかご』を繋ぐ機械が低い音を立て、計器が反応し始める。クライン派の技術者達が、コントロールルームで矢継ぎ早に指示を出した。
 その最中、キラは憂いを帯びた顔を上げて、ある一点を見つめる。

 翼で自身を包み込みうずくまる巨大なモビルアーマーが、施設に影を落としていた。

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