SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第35話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:37:23

『く……来るな!来るなあぁっ!!』
『これ以上の前進を許すな! 何としても、此処で食い止めろ!!』
 デスティニーⅡがオーブで撃墜したMSは1機。腰を境に両断されたM1アストレイのパイロットは脱出に成功したので、殺害数は今の所ゼロ。
 しかしその禍々しくグロテスクな機体が接近してくると、オーブ兵達は恐慌に陥った。同じ不殺にしても、殆ど撃墜していないぶんキラがやった不殺より生存率が高いのだが、シンに向けられるのは賞賛ではない。恐怖と嫌悪だ。
 当然である。キラ=ヤマトは平和の歌姫ラクス=クラインの騎士であり聖剣の振い手。
翻ってシンを見れば、デスティニープランなる人類の未来を殺す計画を企て、オーブを
ネオジェネシスで壊滅させようとした世紀の大悪人ギルバート=デュランダルの忠実な
下僕、極悪非道の虐殺鬼だった上に、現在はロンド=ミナ=サハク子飼いの凶犬だ。
 ついでに言えば、乗機の見た目も酷い。第一印象は重要なのだ。そして当のシンも、恐怖という演出
を最大限利用していた。
「敵機は出来るだけ撃墜しない方が良い! 適当に怪我させる方が、道を開けてくれる!」
 紅の双眸が輝き、新たな血涙が流れ伝う。炎の翼が羽ばたいて、青空を冒涜する。
機内のシンは通信で呼び掛けた。デスティニーⅡの左掌から赤光が放たれ、ムラサメの主翼を掠めた。
『そう上手くはいかん!』
「イージスブランを囲んで密集隊形を取るんだ、イザーク! 死角を補い合えば……!」
 地上から撃ち込まれるビームに舌打ちし、シンは操縦桿を一回転させ、前方に倒す。
デスティニーⅡが空中で翻り、両掌にビームシールドを発生させてほぼ直角に急降下した。
ビームの射線が黒と紅の機体に重なり、光が渦巻くシールド表面で次々に弾かれた。だが
何発目かが右の光盾に着弾した時、腕全体に紅いスパークが走る。
「ッ……応急修理も、限界か!」
 脚部の耐久限界ぎりぎりまで速度を落とし、思い切り空を蹴って慣性をつけ、反転。右肩と左腰の
スラスターが小刻みに点火し、ムーンサルトのような捻りを加えたデスティニーⅡが
地上に、ビームライフルを構えたM1隊を僅かに跳び越して降り立った。
 そのまま敵部隊を尻目に、敵陣中枢に向かって逃走を再開。
 翼を広げる無防備な背後に、空港からデスティニーⅡを追ってきたムラサメ隊も合流してビームを
乱射するが、当たらない。地上すれすれを飛び、跳ね回りながらもスピードが落ちない。
『あ……有り得ん』

 土煙が視界を欺き、ヴォワチュール・リュミエールの翼がFCSのロックオンを鈍らせる。
ムラサメ隊の小隊長が呻いたが、それに応える者はいなかった。

「海賊は、止まりません。防衛戦力の90%を無視し、全てを振り切って司令部に向かっています……」
「まともな相手では、無かったようだな」
 半ば呆然としたオペレーターからの報告に、ソガは腕を組んだ。今回の作戦において、オーブ軍が
想定していたのは掃討作戦だった。海賊を空港に封じ込め、圧倒的有利な状況で蹴散らし、カガリを含め
全てを無かった事にする。ウズミが若かりし頃は何度も似たような計画を立て、成功させてきた。
「あと5分で、連合軍の部隊がオノゴロ島に……」
「無駄だ、間に合わん。第一、援軍の要請などしていない……其方の方が気に掛かるな」
 ソガはそう言って、自身の名前とIDが書き込まれたカードキーを取り出した。オーブ軍人達が
彼の挙動を見守る中、彼はスロットに差し込んでパスコードを入力した。
『特A非常事態発生。全通路、閉鎖します』
 合成音声と共に、廊下へと続くドアのインジケーターが赤く光って施錠される。
「ソガ一佐、何を……!」
「特A非常事態というのは、厄介者を始末する事を意味する。その上で……」
 アマギが制止する間も無く、ホルスターからハンドガンを抜き取ったソガが、カードを差し込んだ
スロットに発砲。ガラスのパーツが砕け散り、カードの破片が足元に転がった。
「こうしてしまえば、ドアは二度と開かない。悪いが、誰も外へ出さん」
「ち……血迷われましたか!?」
「何がだ? ……ああ、アマギ。お前は知らんのだったな。オーブが国となる前の事を」
 事も無げに言い放ったソガは、ハンドガンをホルスターに収めた。
「ウズミ様が真の意味で獅子であり、セイラン家とサハク家が共に力を合わせていた時の
オーブを、お前は知らないのだったな。良いか? アマギ。我らはまだ失敗していない」
 ミハシラ軍の部隊を示す光点が島の中央に近づいていくのを見上げる。
「つまり……全てを無かった事に出来なければ、全てを有耶無耶にするまでということだ
……私を殺しても無駄だぞ。もはや脱出不能だ」
 ホルスターに手をかけるアマギを一瞥し、ソガは更にコードを撃ち込んだ。黄色と黒のストライプで
囲まれた赤いスイッチが、コンソールを割ってせり出して来る。

「無論、自爆装置も完備だ。犠牲者は多いほどインパクトがあるからな」
「それで……それで何をなさろうというのですか!」
「知れた事だ。砂時計に篭る歌姫に、再び『平和』をもたらして頂く」
 ソガの表情を見つめていたアマギの背筋が凍えた。彼は狂ってなどいない。正気だ。
歌姫の騎士団という名の最強の戦術兵器を呼び寄せるつもりなのだ。命を、贄として。
「彼女は何の理屈も利権も求めない。ただ力を振う。オーブは『勝者』となり続けられる」
 呆然とするアマギ達を尻目に、ソガは外部マイクのスイッチを入れた。

「何とか、辿り着けたな! ……シホ、そっちは!?」
『10秒で合流します!』
 司令部とおぼしき建物を視界に捉えたシンは通信を開く。デスティニーⅡの右肩、腰のスラスターが
短く光を放ち、機体を追手の方へと振り向かせた。半身に構え、出力が低下した右腕を庇いながら、
迫ってくる大部隊を視界に捉える。
一斉射撃を加えようとした彼らだったが、唐突にライフルの狙いを外してしまった。
機内に響き渡るアラートが消え、シンは小さく笑った。
「思った通りだ。エコー7、作戦は当たりましたね!」
『ええ。私が所属していた頃から、オーブ軍は身内に甘い組織でしたので』
『フ、耳の痛い話だ。責任の一端は、恐らく予にもあるのだろうな』
 司令部周辺に建設された対人用の固定砲台が起動してデスティニーⅡに発砲するが、PS装甲の効果も
相まって殆ど豆鉄砲だ。観葉植物が植えられたエントランスまでデスティニーⅡが入り込めば、それさえ
射撃を中断してしまう。
 ミラージュコロイドを解除したアマツが、司令部脇の大型レーダー施設の真上に姿を現す。右手の
トツカノツルギを振り上げ、大型アンテナの根元へ叩き付けた。大きく傾ぎ、オーブ軍の
通信、索敵を司るそれが軋みを上げて倒れ、地響きを上げた。足元の施設から兵士が脱出し、逃げていく。
『お見事です、シン。戦略的な勝利を収めたと言えるでしょう』
 MS形態へと変形したムラサメが、逆噴射で加速を殺しつつ着地した。イージスブランを軸にして
一丸となっていたジュール隊も到着し、自分達を包囲する大軍を逆に睥睨する。
 全機、ほぼ無傷である。もし損傷したり敵の打倒に拘ったりしていれば、今頃は敵に
補足され、物量で押し潰されていた筈だ。

 エースパイロット6人がチームを組んだ結果といえるだろう。単身囮として敵部隊を
撹乱したシンの活躍も、同方向に猛進した5人とイージスブランの情報処理能力あってのものだ。
「さてと……」
 表情を引き締めたシンは、オーブ軍に背中を向けた。司令部の建物に向き直る。
「オーブ軍! もう良いだろう! 話があるんだったら此処で聞く!」
 外部音声で呼びかけた。ミナが何も口を挟んでこないので、更に続ける。
「俺はアンタ達の偉い人なんて知らないし、交渉の作法も解らないんだ! っていうか、
アスハが命令出してんのか! わざわざ呼んでおいて何なんだ、アンタは!」
『白々しい!』
「何ぃ!?」
 スピーカーから響いたソガの声に、シンは眉間に皺を寄せる。
『貴様たち海賊共が、カガリ様を拉致した事は既に調べがついている!! 卑劣な!』
「つまんない嘘をつくな! 大体な、誰があんなのを攫ったりするか!」
『シン、オーブ兵全員に聞こえているのですが』
 エコー7からの通信にシンが首をすくめ、ミナが溜息と共にかぶりを振った。どうやら
彼女なりに華を持たせようとしていたらしい。
「す、すみません。ええと……」
『全てのオーブ兵に告ぐ! 誤射など恐れる事は無い! 我々ごと海賊共を討て!』
 しかし、このソガの言葉によって緩みかけた緊張感が一気に高まった。
「な!?」
『無理です、シン。彼らに出来るわけが……』
 エコー7の言葉も、次の瞬間消え失せる。
『我々は既に、自爆する覚悟を固めてある! オーブの理念を守るのだ!』
『恐らく本気です、シン。施設内部に爆発物を感知しました!』
 イージスブランの高性能センサーから送られてくる情報をシホから伝えられ、シンは拳を握り締めた。
『カガリ様も、最早生きてはいまい! 今こそオーブ軍人の魂を……』
「理念……」
 シンの、低いひび割れた声がスピーカーから零れ落ちる。
「魂、か……」

「おい、ジェス。ホントに解ってんだろうな。見つかったら殺されるぞ、オーブ軍に」
「そうならないようにしっかり守ってくれ、カイト!」
 高感度マイクを向け、何時もの業務用カメラを抱えたジェスが言葉を返した。
「ったく……どうしようもない野次馬だな、お前。MSにハンドガンが効くかよ」

 防衛ラインが乱れに乱れたオノゴロ島に何時の間にか上陸していた2人の後ろには、大型の通信装置を
積んだ小型ボートが停まっている。ジェスのカメラは、オノゴロ島の司令部とデスティニーⅡの機体を
しっかりと捉えていた。
「無茶な事は解ってる。けど、俺はこれから起こる事を伝えなくちゃいけないんだ!」
「わかったわかった、もう好きにしてくれ。……よし、繋がったぞ」
 次の瞬間、『真実』は光となって世界中に溢れ出した。

『アンタ達は戦争に勝った! 戦えない人達の代わりに戦ったんだって、俺は思ってた!』
「船長、この声って……」
「ああ」
 地球で休暇を取った民間商船の船団長が、部下の通信士に頷いた。安酒場のテレビに悪魔が映る。
「オクトーベル3で我々を助けてくれた、あの青年だ」

『軍隊が戦うのは、いつだって戦えない人達の為の筈だ! 理屈にも合ってるだろ!?』
「ママ、この人だよ」
 平和記念式典で捨て身のシンに命を救われた少女が、画質の悪いテレビ画面を指差す。
「どうしたの? リエ」
「この声の人が、リエのこと助けてくれたんだよ。ケータイ壊しちゃったけど」
『なのに、今のアンタ達は一体なんだ!』

『市街地を盾に使って、弱い人間の命を危険にさらして! 理念だと!?魂だと!?』
「なあ、兄ちゃん。これに乗ってる奴がどうかしたの?」
「命の恩人だ」
 ディオキア郊外の難民キャンプ。ゴミ捨て場から拾って修理したテレビに難民が群がる。
「この人がいなかったら、あの時ザクが俺達の家に突っ込んで皆殺しになる所だったんだ」
「あのとき蹴った奴か。すげー」

『大体わかるよ……何か不都合な事があって、俺達ごと始末したかったってとこだろ?』
「こらっ、夜はテレビ消せって言ったろ! ……シン!?」
 ガルナハンで孤児達の面倒を見ていたコニールが、両手で抱えた洗濯物を取り落とす。
『わかるよ。弱い人間より、強い人間を優先させた方が……大勢が得をする事もある』
 2度の戦乱を経て、弱い者がいない事にされた世界の中で、シンが声を絞り出す。
『きっとそれが正しいんだろう。けど……けどな、俺は絶対に譲らないぞ!!』

 故障した右腕を庇い、双眸に炎を纏わせ血涙を散らすデスティニーⅡの中で、シンはあらん限りの欲望を
『正しく強い人々』代表であるオーブ司令部のソガへと叩き付けた。
「潰してやる……アンタ達が、弱い命を切り捨てて守ろうとしているものを、俺が打ち砕いてやる!」
『おいシン、派手に炎上してるとこ悪いんだが、ヤバいぞ』
 ヒートアップしたシンに、ディアッカが通信を入れてきた。
『連合軍が到着した。状況がこうなった以上、連中は多分、俺達を躊躇い無くひねり潰す』
「そうか。くそ……オーブ軍も捻れた責任感しか持ってないし、散々だ! ……待てよ、
アンタ達が、連合軍人を沢山殺した俺を差し出せば、交渉できるんじゃないか?」
『正規軍がテロリストなどと交渉するものか』
 イザークに一蹴され、肩を落とすシン。
「そうだ……結局、テロリストの誤解も晴らせなかったんだな」
『来ます!』
 空が、一瞬だけ青を失ったような錯覚を覚えた。連合軍主力、第7機動艦隊から発進したMS隊が、
ジェットストライカーの爆音と共に大挙して現れ、オノゴロ島全体を一気に包囲する。
 天頂の太陽に照り付けられ、黒々とした影を纏うダガーL、ウィンダムの群れ。バイザー状の
メインカメラが、冷え冷えとした青白い光で地上のシン達を睨み付けた。
『オーブ軍および所属不明部隊に告ぐ! 即刻戦闘行為を中断し、武装を解除したまえ!』
「なに……大尉か!?」
『馬鹿な、我々が交戦しているのは海賊……テロリストだぞ!』
 抗議しようと振り向いた1機のムラサメに、3機のダガーLがカービンを突き付けた。
『我々は民間人と、非武装施設の保護という任務を負っている。指示に従え!』
『れ、連合軍は我がオーブ軍の下部組織で……』
『もう、警告は無いぞ』
 一方的な、かつ無理のある要求にムラサメのパイロットは沈黙させられる。

『データは手に入ってる。乗っているのはシン=アスカだな?』
「……そうだ。撃つなら待ってくれ。この機体は核動力で動いてるんだ。下手に壊せば、
風向き次第で市街地を汚染する……その為に、来た訳じゃないだろ?」
『ああ、動力を止めて機体から降りろ。待ってやる』
「有難う……助かる」
 ウィンダム2機にビームライフルを向けられ、シンは安堵の息をついた。通信を切り、
動力をシャットアウトした後でヘルメットを脱ぎ、ハッチを開ける。吹き込む爽やかな
潮風に眼を細めた。妙に落ち着いた気分で、シンは縁に足を掛けて巨大な銃口を見上げる。
『おい本物だ! 本物のシン=アスカだぞ! 金的のシンだ! すげえぇ!!!』
 外部スピーカーを通してぶつけられた歓声に圧され、シンはコクピットに転がり落ちた。

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