SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第39話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:39:10

 重力を振り切ったアークエンジェルが、2基の大型ブースターを切り離す。火花と共にリング状のパーツが脱落し、大気圏再突入の熱で燃え尽きる。
青白い地球光に照らし出され、白亜の威容が凍て付く漆黒に浮かび上がり、双頭の艦首が軌道ステーション『アメノミハシラ』を捉えた。
「アメノミハシラ、依然健在です。付近にザフト艦は認められません。ステーションから離脱するシャトル3隻を感知しました」
 図々しくブリッジに馴染んだミナが、艦長の傍で頷いた。
「イズモのポジションを確認できるか?」
「ポイントA-1、本艦の後方で相対速度を合わせています」
 誰も違和感を覚えないのか、テキパキと返答するオペレーター達
「脱出したシャトルを護衛するよう伝えよ。前に出過ぎないように、と」
「了解」
「いや、了解って……了解はして良いが」
 連合軍の艦長が、渋い表情で腕を組んだ。
「勝手に指示を出さんで貰いたい。アークエンジェルは我が軍に所属しているのだ」
「失礼、此処から先は貴官の領分だ。予は口を出さぬ。して……」
 艦長に向き直ったミナは、彼に近づいて声を落とす。
「連合軍の司令部からは、どのような命令を受けているのだ?」
「返答する義務は無い」
「で、あろうな」
 あっさりと引き下がったミナは踵を返し、床を蹴ってドアの方に流れていった。
「しかしキラ=ヤマトが出てくるという事は、例のストライクフリーダムの存在を考慮せねばならん。意思疎通ができぬまま戦闘に入る事は賢明でないと思うが」
「……我々の任務は、アメノミハシラから脱出した非戦闘員の安全を確保する事だ。同時に軌道ステーションの、地球への落下を阻止せねばならない」
 ミナの背中に向かって、苦い表情のまま艦長が告げる。
「そうか。やってくるであろう、ザフトの部隊については?」
「今述べた2つの内どちらか、あるいは両方を妨害する行動を取った場合、エネミーとして排除する」
「よろしい」
 ドアを開けて立ち去ろうとした彼女に、制帽を被り直した艦長が言い放つ。
「屈辱の極みだ。誇りある当艦で、再び非合法組織に肩入れしなければならないとは」
「仕方あるまい。其方の司令部は、ミハシラ軍に利用価値を認めたようだからな」
 振り返ったミナは不敵に笑い、流れる黒髪で目元が覆い隠された。
「貴官らの奮闘を、期待する」

「キラ=ヤマトには、ストライクフリーダムには勝てない」
 アークエンジェルの格納庫。ジュール隊3人とミナを前にしたシンは開口一番そう言い切った。
傍らのモニターにはヒルダが映っている。後からついてきた貨物船に乗っているのだ。
「まともにぶつかったら、1分保つかどうかだ」
 その言葉に沈黙だけが返って来る。2度の大戦を経た今、キラの実力は全ての軍関係者が知る所だ。規格外の化物であり、その戦闘能力は1個艦隊さえ相手取れる。
だからこそ、キラを擁するラクスは世界から歓迎されると同時に、その高い地位が保障されている。
「しかし此方は数で押せる筈だ。機体も高性能だし、連携すれば……」
「連携なんて、無駄だ。むしろ数が揃ってると逆に危ない」
 ストライクフリーダムとの交戦経験を持つシンが、イザークにかぶりを振った。
『理屈に合わない話だけどねえ?』
「解ってるよ、ヒルダ。けど理屈じゃないんだ。アレには勝てない。訓練とか連携とか、そういうものを全部水の泡にする才能、資質っていうものがあるんだよ」
「で、どうするんだ? まさか諦めるとかじゃあ無いよな」
 腕組みしたディアッカに、シンは彼の目を見てはっきりと頷いた。
「勝つ必要は無い。オーブの時と同じ事をやる……人質を取るのさ。戦艦を無力化する」
「補給ラインと逃げ道を断つという事ですか? キラをどうするつもりです?」
 シホの言葉に、シンは大した問題ではないとばかりに右手を揺らした。
「俺が囮になる。デスティニーⅡの機動力で逃げ回れば、3分は稼げるだろ」
 シンは、彼らを理解しているつもりだった。自身の主張を全く変えず、何か不都合があれば即座に武力で相手を叩き潰しにかかる。
それは、自らの持つ戦力に絶対の自信があるからだ。
 彼らを説得するか、最低でも話を聞かせるにはまず、出鼻を挫かなくてはならない。
「俺は撃墜されるかも知れない。だけど構うな。アンタ達が、真実を伝えるんだ」
「戦艦を無力化して、それで話を聞く……保証は?」
「あります。キラは中途半端に人命を尊重する。人質を見捨てれば、自分の手が汚れる。それはやりたくない筈です」
 シンの返答に小さく唸り、ミナは顎に手をやった。危険すぎる賭けだが、キラがシンの言葉通り『無敵』であるならば仕方ない。
「才能か。資質か。お前の研鑽はその程度で崩れ去るものか?」
「少なくとも2年前はそうでした。今回も、そう考えて良いと思います」
 シンの表情には焦燥も屈辱も無い。まして死への恐怖も。淡々とした口調、動揺を見せない瞳。
まるで、自分自身を弾丸1発かそれ未満程度にしか認識していないかのようだった。
「よかろう。あくまで他の選択肢が無いと言うならば……犠牲になって貰うぞ、シン」

 ミナの言葉に、シンは笑みを浮かべて軽く敬礼した。
『ザフト部隊、接近! ナスカ級2隻、ローラシア級1隻!』
 艦内放送に数人のクルーが顔を上げ、MSのカタパルト通路から退避していく。
「正規軍だってのに、ずいぶん小勢だな」
「ザフトは元々少数部隊を好む。それに……連中から見れば、キラだけ居れば良い」
 そう言って、シンは全員の顔を見渡した。イザークは眉間に皺を寄せたまま、ディアッカは肩を竦め、シホは俯き、ミナは腕を組んだまま、ヒルダはといえば無表情。
「さあ、行こう!」
 つとめて明るい声を出し、シンは整備を終えた自機へと床を蹴った。

「キラ=ヤマト、ストライクフリーダム……行きます!」
 ナスカ級のカタパルトから発進したSフリーダムは、3対の蒼翼を広げて全身の関節を金色に輝かせる。
その神々しいとさえ形容できる機体のツインアイが、視認距離に入ったアメノミハシラを睨む。
平和を乱す者達の本拠地。それを護るようにして浮かび上がってきた戦艦に、キラは目を見開いた。
「アークエンジェル!? そんな……」
 2年前、自分達は平和を護り戦争を終わらせる為に、あの戦艦に乗った。メサイア戦の後オーブに戻され、アカツキと共にオーブの象徴として存在していた筈だ。
 だが現実は残酷だった。報告によれば、アカツキは『ミハシラ軍によって』破壊され、アークエンジェルはオーブを乗っ取った連合に『奪われた』。
そしてその艦は今、平和の敵を護るべく自分達の前に立ちはだかっている。
「シン……僕は……僕は、君が理解できない……!」
 コントローラーを握り締めたキラは、きつく目を閉じて彼の姿を思い浮かべた。自分を許さないのは良い。
違った方法で平和を模索する事は素晴らしいし、心から応援したいと思っていた。だが今の状況はどうだ?
 カガリを虜囚にして脅迫し、自分達に有利な事を喋らせた。
自分が大切に想っていた人々全てを傷つけ、冒涜し、挙句の果てにアークエンジェルで自分達と戦うというのだ。
『キラ様、敵MS隊が発進しました。シン=アスカの乗機も確認できます!』
 オペレーターの言葉と共に、サブモニターが光って望遠映像が移る。赤と黒に彩られた、Sフリーダムとは正反対に禍々しい姿。
血色の光翼が広がり、キラは寒気を覚えた。
「右腕に、ライフルが……強化されているの?」
 以前見たデータとは違うデスティニーⅡの姿に、緊張感をみなぎらせる。その時、通信が入った。

『久しぶりだな、キラ。こういう会い方はしたくなかったよ』
「シン!君は、君は……どうしてこんな事を!?」
 絶望感と共にキラは叫ぶ。平和を愛する心。それだけは同じだと思っていたからだ。
『それはこっちの台詞だ! アンタの周りは、ラクスは一体どうなってるんだよ!』
 シンの言葉に、キラはまたも衝撃を受ける。釈明どころか、逆に食ってかかられたのだ。
「ラクスが……ラクスが、何だって?」
『あんなデタラメ三昧喋って、こんな所まで軍を送ってきて! その所為で、地球上じゃラクス=クラインの評判はガタ落ちだぞ!!』
「なっ!?」
 思わず気色ばむキラ。ラクスには、常に真実しかもたらされない。最も信頼できる『歌姫の御手』を通して情報が送り届けられ、彼女はそれに基づいてのみ発言する。
大体、補佐官の『正体』を暴けたのも彼らのお陰なのだ。それを悪し様に言われ、怒りがこみ上げる。
「さっきから好き放題言って……君の目的は何だ、シン!」
『ラクス=クラインに真実を直接伝えて、あの発言を撤回して貰う! それから、ラクスの周りでウソを吹き込んで、彼女を狂わせてる連中を一掃する!』
「いい加減にするんだ、シン!!」
 モニター越しのシンにキラは叫び、Sフリーダムの両手にビームライフルを構えさせた。
デスティニーⅡもまた、大振りのライフルを此方に向けてくる。
「君は……誰よりも戦う事の悲惨さ、愚かさを知っている筈なのに!」
『な……なに?』
「なのに、どうしてラクスを否定するんだ! 彼女がどれだけ心を痛めているか、君には解らないのか!」
 うろたえるシン。そうだろう。欺瞞と自己弁護で成り立つ人間は、『真実』に勝てない。
今彼は、2年前と同じ過ちを繰り返そうとしている。その『歪み』を生み出したのが恐らく自分だからこそ、キラの苛立ちは余計に募っていくのだ。
 流れ弾とはいえ、自分はシンの家族を殺した。新たな争いを生み出さんとするシンは、その罪の証だ。
ならば、罪人たる自分には罪を償う責任がある。
「シン、これが最後だ……自分のやった事を認めて、投降してくれ……頼む!」
『話を聞け、キラ! アンタもラクスも、ずーっと騙され続けてるだけだ! 俺とアンタが戦う理由なんて無い! アンタ達の直ぐ近くにいる誰かが、仕組んだ事なんだよ!!』
 半ば、予想できた答えだった。シンの闇は、まだ晴れていなかったのだ。
「解ったよ、シン。もう……後戻りできない。僕は……」
 Sフリーダムのツインアイが輝き、スラスター光を受けて3対の翼が燐光を放つ。
「僕は……君を討つ!!」

 アーモリーワン内部。1機の⊿フリーダムが、白と蒼で彩られたミネルバ級戦艦に帰還した。
背部の翼が折り畳まれ、太股と足裏から数度青白い光を噴射してデッキに降り立った。整備車両が数台やってきて、膝を折った純白の天使にケーブルを繋げていく。
 コクピットハッチの上部プレートがスライドし、『歌姫の御手』用にデザインされた白いパイロットスーツ姿の人物が現れる。整備服を着た男が近づいてきた。
「新しい送電システムはどうだ?」
「悪くない。低出力のデュートリオンビームを間断無く照射できるようになった事で、複数機への供給が出来るようになった……良いアイデアだ。⊿フリーダムは砲撃戦が主
だから、母艦と敵との距離も然程気にならん」
「そうか」
「ところで、アメノミハシラの方はどうなっている?」
 整備をロボットに任せ、彼らは艦内の通路に入った。パイロットが整備員の方を振り返らずに訊ねる。
「予定通りだ。通信を傍受した限り、問題は発生していない」
「なるほど。我ら『50人』もプラントに集った。後は最後のタイミングを待つのみだな」
 幾人かとすれ違うが、敬礼も会釈も無い。彼らはそういう物を必要としない。彼らには指揮官も階級も必要ない。意思をまとめるリーダーも要らない。大義も、何もかも。
「補佐官はどうする? 消すか?」
「邪魔にはならん。無駄な騒ぎを起こす必要も無い。『D』も同様……そう決めたろう」
「確かにな」

 整備服姿の男と別れたパイロットは、ミネルバ級戦艦のブリッジへのドアを開いた。
「私達の中で、最もMSの操縦に優れる貴方に聞きたいのだけれども」
 入るなり、艦長席に座っていた白服の女性が立ち上がる。鋼色の髪に褐色の肌を持った彼女に、パイロットは足を止めた。
「シン=アスカは、キラ=ヤマト相手に何分持ち堪えられるかしら。最低でも、機体に傷くらいはつけられる? この後の演出に関わってくるので、貴方の意見が欲しい」
 他の『50人』同様、心が抜け落ちたような表情を向ける彼女。
「何分、持ち堪える事が出来るか、か……」
「秒、でも良いけれど」
 パイロットがヘルメットを脱いで脇に抱える。現れたその素顔は紛れも無く、ガルナハン基地にてセイバーALTを駆り、シンとイザークの連携に敗れた男の物だった。
「戦闘は5分程度で終わるだろう。キラ=ヤマトが生き残るかどうかは、定かでないが」

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