SCA-Seed_GSCI ◆2nhjas48dA氏_第45話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:41:46

 小型艇の中で、パワードスーツに身を包んだエコー7は両隣の連合兵士の姿を確認する。
自分が着ている偵察用のスーツよりも一回り大きい、強襲用スーツで固めた彼らを見遣り、ヘルメットの中で深く息を吐き出す。
 この任務に対する緊張ゆえではない。元々、エコー7の本業は此方なのだ。彼女の不安は、自身の司令官であるロンド=ミナ=サハクがどのような真意を抱いているかにあった。
アサルトライフルを抱えて一言も発さない兵士達。皆一様に、左肩を赤い縁取りがされた黒の星で飾り、両膝の装甲に黒い三本のラインが入っている。全部で10名。
 2隻目の小型艇まで含めれば総員20名となる彼らは、連合軍最精鋭の特殊部隊だった。
部隊名やメンバーリストは知らない。仕事の付き合いがあったのみだ。ただし、防衛側と潜入側という、友好的とは言えない付き合いだったが。
ヘリオポリスでアークエンジェルのドックに忍び込んだ際、発見されて戦闘となった。
後2秒ドアロックの開錠に時間をかけていれば、エコー7は冷たく乾ききった闇の中を永遠に漂っていただろう。
 そんな彼らが、連合軍データベースの最深部まで潜っても情報が出てこない彼らが、何故ミハシラ軍構成員である自分と行動を共にする事となったのか。
しかも、連合軍のアークエンジェルまで付けて。しかし、彼女は既に胸中の疑問への答えを持っていた。
ロンド=ミナ=サハクは、ネオロゴスとの間で何らかの契約を交わしたのだ。連合軍の屋台骨を支えている彼女達ならば、今回のような状況を作りだす事が出来る。
 最早、以前のミハシラ軍ではない。ラクス=クラインによってテロリストの烙印を押されて以来、まるでそれが免状であるかのごとく、ミナはミハシラ軍を急速に変革させていっている。
 即ち、通商航路の治安維持という防衛的な組織から、敵を見定め、悩ませ、追い詰め、全て奪い去る為の攻性組織へと、である。
ミナはあくまで一時的な処置であると主張し、それが偽りであるとは今のエコー7にも考えられない。
しかし、サハクがオーブから離反した経緯を考えるに、あの旧王族が一度は封じ込めた野望を再燃させたと考えてもなんら不思議ではない。
障害であったアスハ家は消滅し、オーブは現在連合軍の統制の下で暫定政府が構築されている最中だからだ。
 オーブの新代表者として返り咲く。ちょっと彼女を知る者ならば、そのような小人物ではないと一笑に伏すだろう。だが、ロンド=ミナ=サハクも人間なのだ。
 別段、彼女が一国の女王となるのは構わない。しかし、ミハシラ軍はどうなるのだろう。
隊員はミナを慕って集まっているのではない。あくまで彼女が掲げる方針、彼女が用意 した環境を利用するという目的を持ち組織に身を置いているのだ。
幾人かは、既に不信の念を隠そうともしていない。特に心配なのは、あのシン=アスカだった。
 状況によっては、彼は最大の敵となり得る。そうなる前に、然るべき方策を――
『MS隊が自動砲台の排除に成功した。前進を再開する』
 狭い兵員室に響いたアナウンスに、エコー7は取留めのない思考を中断させた。

「これが、ファクトリー……」
『の、1基みたいだねぇ』
「え? 来た事、あるんだろ?」
『いや、あたし達がドムを受け取ったのは此処じゃない。デカさはこれくらいだったけど』
 デブリに着地し、姿勢を低く保ちランチャーを構える3機のドムトルーパー。左右に控える彼らの合間から、アサルトパックで換装したデスティニーⅡが進み出る。
右手に大鉈のような肉切り包丁、左手にアサルトライフル。脚部をミサイルで武装し、胸には猫目のような単眼が輝く。
「こんなのが……幾つもあるっていうのかよ」
 直径600メートルの薄灰色をしたリングが、デブリ海の奥深くに浮かんでいた。円の内側からは幾本もの柱が伸び、中央の円盤へと繋がっている。
車輪のようなそのステーションこそ、クライン派の権力を支えた『ファクトリー』であった。
『あと、こんな格好してなかったよ。そうそう、天然食材のメシが出てね……』
「……進むぞ。全く、あいつらホント要らない事ばっかりしてるな……」
 広域回線で愚痴りつつ、シンは新しくアークエンジェルへのチャネルを開く。
「艦長、標的を発見しました。自動砲台以外の防衛戦力は確認できません。つまり、今のファクトリーは丸裸です」
『よろしい、内部への調査に掛かってくれ。トラップの可能性があるので、慎重にな』
『了解。前進しま……』
『待てッ!! 何故我々が待機なのだ!?』
 通信モニターのグリッドが分割され、銀髪を振り乱したイザークが乱入してきた。別に唾が飛んでくるわけではないのだが、押しのけられた艦長が大げさなほど身を引く。
『……調査隊と我が方は、密度の高いデブリ海で隔てられている。もしもの事を考えれば、MS隊全機出撃とは行かないだろう』
『確かにプラント本国には程近いが、この辺りは哨戒コースに入っていない! それより、調査チームに何事か起こる可能性の方が高い! バックアップは必要だ!』
『状況が殆ど掴めん今、そんなリスクは冒せない。大体そちらのサハク代表は、情報を秘匿し過ぎる』
 かつて1対1で話し合ったシンには、イザークの目的が想像できた。彼は誰よりも早くファクトリーに入り、後々プラントにとって不利になりそうな証拠を予め消したいのだ。
『プラント』の為にデュランダルを裏切り、テロリストの汚名を被ってでもミハシラ軍に身を置く彼である。当然だろう。
「心配するな、イザーク。これは非公式な作戦だし。アーサー艦長と留守番してろよ」
『そうですよ、ジュール隊長』

 イザークと艦長の間に、黒服を着たアーサーの映像が表示されると、2人して渋い表情を作った。
ファクトリーの調査に差し向けられたのは、アークエンジェルとナスカ級という世にも珍しいコンビである。
アークエンジェルの艦長にすれば、前回の戦闘で捕虜にしたザフト部隊をいきなり自軍として使う事に強い不満を覚えており、イザークとしてはこの緊張感薄弱なアーサー=トラインが馴染めなかった。
『なんたって待機が一番です。疲れないし安全だし』
『トライン艦長! このファクトリーがどのような意味を持つか……』
「通信、以上です」
 長くなりそうだったので早々に回線を切ったシンは、再びヒルダ達に呼び掛ける。
「陸戦隊を援護する。リングの内側に入るぞ」

 船体の各所からか細いスラスター光を吐き出し、2隻の小型艇が滑り込むようにリング上のシャトルベイへ着地した。
スーツを着た兵士達が後部ハッチから出て、身体が浮き上がらないよう姿勢を低く保ち、腰の位置を上下させない特徴的な早歩きで2手に分かれる。
 他に比べて細身のパワードスーツに身を包んだエコー7が情報端末を見つけ、手首の辺りからコードを引き出して繋げる。
『発着記録が、削除されています』
 HUDに表示されるデータに淡々と目を通し、彼女は報告した。別の兵士がエアロックを開けて、小型のコンソールを叩く。
『今、内部を与圧している……正確に言えば、俺達が降りた時から与圧が始まった』
『どういう事だ?』
『恐らく、中に人間はいない。オートだ』
『与圧減圧を、オートで? 聞いた事がないぞ……』
 兵士達のやりとりを聞きつつ、エコー7は肩にかけたサブマシンガンに軽く手をやった。

「うわっ!?」
 リングから中央モジュールへと伸びる柱の根元を撮影していたデスティニーⅡが跳び下がる。
『どうした? 隊長』
「い、いやいきなり……色々伸びてきてさ」
 少し離れ、起動させていないクリーバーでロボットアームを小突くと、それは直ぐに折り畳まれ、柱の中に再格納されていった。
「武器じゃなかったな。整備用だった……何か、知ってる事あるか?」
『んぁー? どうだったかな。確かに、施設がデカい割に人間は全然いなかったぜ?』

 ボルトを咥えつつ器用に喋るヘルベルトに、シンは頷いてみせる。
「まあ、クライン派って言ったってそんなに大勢じゃないだろうから……設備をどんどん自動化していったって事かな」
『そういや、ドムの調整は殆ど整備員無しでやったな……と、MSがあるぞ』
 マーズの言葉に、シンは機体を振り向かせた。リング内側の窪みに、メンテナンスベッドが多数埋め込まれている。
置かれているザクやゲイツRなどは新品同様で、放置されていたようには見えない。
「向こうにもあるな。全部で……リングだけで、10機以上か?」
『気に入らないねえ』
 隻眼を細め、モニター越しのヒルダが吐き捨てた。
『柱にも輪っかにも、機械を取り付けるプラグが沢山ついてる。あたし達がラクスの下で働いてた時は、もっと賑やかに機械が動いてたよ』
「でも、今は無い。殆どが取り払われてるみたいだな」
『けど、MSはある』
 しばし、沈黙がおりる。遥か彼方の星明かりが、ザクの横顔を仄かに照らした。

「そろそろ、ですね。起動コードを送信して下さい」
 アーモリーワンの司令センターで、『D』が声を発した。クライン派の技術者が頷き、キーを叩こうとした所でふと手を止める。
「どうしましたか?」
「……これが、『エミュレイター』にとって初の実戦となる」
 2人の視線の先には、ファクトリーを調査する4機のMSが映っている。3機のドムに、1機の異形。
黒と赤の大柄な機体が持つクリーバーが鈍く光る。
「再度、確認をするが……本当に、『あの』行程を省いて良かったのだな?」
「何を今更。急いで下さい、セキュリティももうすぐ動き出しますから」
「だが……エミュレイターは……」
「ラクス様は、それが必要だと仰いませんでした。それとも、歌姫をお疑いですか?」
 深い、深い『D』の視線を正面に受け、若手の技術者は項垂れた。幾度も頷く。
「……いや、解った。ラクス様は正しい事をなさってきた。だから……大丈夫だ、きっと」

「あなたは、希望なのです」
 私室で、ラクスはモニターに語り掛けた。絶えず変わり続ける波形と数値が映っている。
「万一、道半ばでわたくしとキラが斃れた時、あなたがわたくし達の後を引き継ぐのです」
『はい、ラクス=クライン』
 スピーカーから声が返ってくる。それは、紛れも無くラクス=クライン本人の声だった。

『わたくしは貴女の代行者として、永久に、人類を守護する存在です』
 ラクスは頷き、キラ=ヤマトに見せるような優しげな視線をモニターに向けた。

「このファクトリーでは、従来の観念からは考えられないほどのオートメーションが確立され、それが実際に稼動しています」
 リング内部のコントロールセンターに集まった陸戦隊を前に、エコー7は短く発言する。
与圧され、エアセンサーにはヘルメットを脱いで良い事を示すグリーンの光が灯っているが、誰も脱ごうとはしない。煌々とついている照明の下、濃い影が幾つも刻まれている。
「また、施設の随所には此方のデータベースで照合できない部品が使用されていました」
『我々の側では、照合を終えている』
「なるほど。その情報を提供して頂けませんか?」
 エコー7の言葉に、副隊長が隊長と肩を触れ合わせる。接触回線を開いたのだ。5秒を過ぎたか過ぎないかという辺りで、2人が離れる。
『情報提供は命令違反でないという見解に達した。発見したパーツは、96%の確率で……』
 唐突に照明が落ちた。すぐさま隊員達はスーツに内蔵されたライトを点灯させ、互いをフォローする。エコー7もサブマシンガンを構え、彼らと同様に物陰に身を隠した。
 誰一人として取り乱したり意気を上げようと叫んだりする事は無い。やがて彼らの耳に、複数のモーター音が聞こえ始める。与圧ブロック内なので、集音マイクが働いているのだ。
 廊下へと続くドアの中央で灯るインジケーターが、緑から赤に変わる。
『来るぞ……!』
 押し殺した声とほぼ同時に、豆を炒るようなけたたましい音が部屋中に響き渡った。

『シン、至急アークエンジェルとナスカ級に連絡を取り、急行するよう伝えて下さい!』
「え、何が……何がどうなってるんです、エコー7! 銃声が……」
 銃声の中での通信に、シンの表情が緊張で強張る。訊ねつつ、指はキーを叩いていた。
『音声を編集している暇がありません。急いで下さい! ……下手をすると、全滅します』
「了解! アークエンジェル! 緊急事態です! 至急、ファクトリーへ来て下さい!」
『艦が必要なのか? ……了解。急行する。ナスカ級へも通信を送るか?』
「はい、お願いします!」
 シンの言葉に敬礼し、アークエンジェルの艦長は通信を切断する。
「ヒルダ! リングの中でトラブルが起こったらしい! 何か、俺達も手伝えるんじゃ」
 言葉が、喉の奥でつかえて胃袋へ転がり落ちていった。リングの内側に、幾つもの赤紫色の光が生まれる。ザクウォーリアやゲイツRのモノアイだ。
 リングの反対側に尾を引く青白い光を確認した直後、コクピットに複数方向からのロックオンアラートが響き渡った。

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