CE77。
レクイエム戦役から半年後。 世界は一応の平穏を手に入れていた。
ラクス・クラインが主要な基地を除き、地上からの撤退を命じ、更に友好国のオーブ、スカンジナビアと現在ある地上基地を除き地上には政治的に関わらないと宣言を出した為、地球の主導権を巡り、大西洋連合、ユーラシア連邦、東アジア共和国の勢力争いが再燃した為である。
4年経った今でも、すべての国が2度の大戦の復興と損失した戦力の蓄積に追われ、他所に構っている余裕は無かったのだ。
いや、例外があった。 月、プトレマイオス。
4年。いや、もっと前から中立を貫いていたこの都市は戦乱の余波を受けず、緩やかな発展を遂げていた。
発展は貧富の差、格差を生み、社会から弾き出された者、適合出来なかった者が寄り添い、居住ブロックと工業ブロックの間にスラム街を作っていた。
「手筈はどうだ?」
居住ブロックの郊外、最も工業ブロックに近く、酸素濃度すら安定しない最悪の環境の片隅に幾人かの男達がいた。
「何も問題は無い。 仕込みは済んだ、後は合図だけだ」
一人の男は小奇麗なスーツを身に纏った優男。
「オーブもか?」
連合軍の制服を着た、白髪の男が首を傾げる。
「一番先に終わったよ、もっとも、アレのおかげで終結も一番早いだろうがね」
スーツの男は大げさに肩を竦めて見せた。
「アレ……軍神、アテナか」
三人目、ザフトの黒服を着た小太りの男が呟く。
「そうだ、あの小娘がいまだ戦力の大半を表に出していないのも何かに感づいているからだろう」
忌々しいとばかりにスーツの男は奥歯を噛み締めた。
「ふん、構わんよ、オーブも捨て駒の一つだ、これでアスハは終わりだろうがな」
白髪の男は嘲笑を浮かべ、楽しそうに言った。
「本命は宇宙だ……これで世界は7年前に戻る、我らが望んだ世界だ」
小太りの男は呟く。 その瞳には常人には理解し得ない狂気が浮かんでいた。
「はっ、我らと貴様らが望んだ。 の間違いだろう?」
白髪の男は不愉快そうに顔を歪め、しかし声には歓喜を隠せずにいた。
「違いない、……もう一度確認する。 不確定要素は無いのだな?」
スーツの男もまた顔の肉皮を醜く吊り上げ、二人に同意を求める。
二人は無言で頷く。
「ならば次は戦場で会おう」
全員の顔を確かめ、三人は頷き、別方向へと去っていく。
「……ザフトの為に」
黒服の小太りが
「青き清浄なる世界の為に」
白髪の連合士官が
「「「我らと奴らが望む、戦乱の為に!」」」
三人の男は誰が先にでもなく天を仰ぎ、渾身の力と憎悪を込めて叫んだ。
ガルナハン
かつてザフトと地球連合がローエングリンゲートを巡り、激戦を繰り広げた熱砂の地。
その町の郊外に小さな食堂があった。 名をミネルバ。
五人がけのカウンターとテーブルが幾つかある小さな店。
その店は、若いが気だての良い女店主の出す料理と昨今では割合取り揃えの良い酒。
そして毎日のように顔を出す、というよりも住み着いている用心棒代わりの黒髪腕利きの傭兵。
その二人の夫婦漫才が地元では有名だった。
ランチの時間が過ぎ、日が傾き始めた頃、店の中にいるのは二人。
夜の仕込みをしている店主。 髪をアップに纏めた女性と長い黒髪を頭頂部に纏め、紐で髷のようにしてある二十代前半の男。
長い前髪でその顔を伺い知ることは出来ないが件の傭兵であろう男はカウンターを占拠し、様々な新聞を広げ、賄いを貪り食っていた。
古ぼけたラジオが、ノイズと共に音楽が流れ始めた。
「リクエストの曲……リリ……」
――――いくさにいく前の夜
その曲を耳にした瞬間、一心不乱に食事を取っていた男は、スプーンを皿の上に置き、顔を上げた。
――――あなたは子供のように泣きじゃくり
「この曲……」 誰に問うわけでなく男は呟いた。
「リリーマルレーンだろ? 戦場にいる恋人を想った古い兵士と恋人の歌だよ」
仕込みをしていた女が顔だけを男に向け、答える。
「良い曲だな」
余程曲が気に入ったのか、男は目を瞑り、ただ音楽に聞き入っていた。
女は今度は手を止め、どこか嬉しそうに、優しい眼差しで男を見ていた。
――地獄のような戦いに
――身を捧げて傷ついて
――倒されたあなたは最後に叫んだ
――愛しいリリー・マルレーン
――愛しいリリー・マルレーン
それは男にとっては甘ったるく、忘れかけていた、切なさを思い出す。
心に染みるメロディだった。
傭兵、兵士になった時に捨て去った筈の甘さがひどく心地良かった。
「本当に、良い曲だ」
余韻に身を浸し、目を閉じたまま男は言った。
「プラントじゃ音楽は流れないのか?」
男の発言に女は問い掛けた。
「……いや、そんな事は無いけどな」
常に直球な男にしては珍しく言い淀む姿に女は首を傾げる。
「ただ、プラントじゃあ、ラクス・クライン。 もっと言えば、コーディネイターの作った音楽しか『聞けなかった』からな……正直オーブにいた俺には信じられなかったよ」
昔の事を思い出すように、男は言葉を選び、ゆっくりと言った。
リリーマルレーンは第二次大戦時枢軸側と連合側双方の兵士に愛された曲だ。
それを男は知らず知らずの内に感じていたのかもしれない。
「それにしても意外だったな、コニールがこんな歌をなんて知ってるなんて」
目を開け、女コニールを見ると男は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、茶化した。
「私だって、歌は少し位知ってるさ」
曲が終わり、余韻を感じていた女、コニールは男の発言に顔をしかめた。
「へぇー?」
そんなコニールの様子に、男はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「笑うな! 万年金欠傭兵! さっさとツケ払え」
男に腹を立てたコニールは顔に青筋を浮かべ、怒鳴りつけた。
「……それを言われるとツライな。 次の仕事まで待ってくれ」
苦笑いを浮かべた男はカウンターに擦り付けるように頭を下げる。
「よく言うよ、知ってるんだぞシン。 いつも安い報酬で仕事受けるから、弾代と修理費でカツカツなの」
コニールは鍋をかき混ぜていたオタマをビシッと男、シン・アスカに突き付けた。
「バレてたか。 まぁそれが俺の選んだ道だからな……って訳だからツケはもう少し待ってくれ」
男、シン・アスカは前髪をかき上げ、赤い瞳を露わにすると唇を皮肉げに釣り上げた。
「全く仕方ないな、……力を持たない人を守る、か」
諦めたように溜息を付くと、突き付けたオタマを下げ、鍋の火を消した。
「せめて本名で仕事を受ければ良いのにさ」
オタマを棚に戻し、シンの顔を見ずにコニールは言う。
「馬鹿言うなよ、公式にはシン・アスカは死んでるんだ」
食べ終えた皿をカウンターの上に乗せ、広げていた新聞の一つを手に取る。
その新聞(比較的反体制的な記事を書く3流誌)の片隅に小さな記事があった。
『故デュランダル氏の懐刀、シン・アスカの事故死から4年。 その真実に迫る!』
時にCE77年、シン・アスカは公式な記録上では既に死亡したことになっていた。