「ルナマリア・ホーク、ゲイツD、行くわよ!」
紅いゲイツDが、ミネルバの右舷発艦デッキからカタパルトに射出されて飛び立つ。
「実質4対1……うふふふ、なんか負ける気がしないのよねぇ」
少しラリッたような表情で笑いながら、ルナマリアはそう言った。
アカデミー時代は射撃先行で、火力支援機を前提に教練を受けてきたルナマリアだったが、土壇場で的を外す事が多かった。特にデブリ戦では、敵と間違えて小規模デブリを撃ち、敵味方共に大混乱させてしまったこともある。挙句にはとうとう『誤射マリア』というありがたくない2つ名を頂戴した。
良くザフト・レッドを着れた者だと、アカデミー卒業時には、周囲は驚きを隠さずにそう言った。
だが、換装式の新型機2機がコンペティションに破れ、“MS戦の真髄は格闘戦にあり”を体現したゲイツDが当面の主力に採用され、ザフト・レッドに優先的に与えられたことで、情況が一変した────。
機動戦士ガンダムSEED DESTINY “M”
PHASE-06
「ゲイル! 援護お願い!」
『了解!』
標準塗装のゲイツFから、そのコクピットに収まるゲイル・アン・スミスの返事が返ってきた。通信用ディスプレィに、緑服のノーマルスーツを着た、褐色肌の女性が映し出される。
ゲイツFのビームライフルが、接近してくるダガーLと、“不明の新型機”の編隊を捉える。
「来たぞ! 散開しろ!」
ウィンダムのコクピットに収まるネオが、僚機に向けて怒鳴り気味の声で指示する。
「遅いッ」
ゲイツFの射撃の火線に紛れるように、紅いゲイツDは飛び込んできた。
ネオはいち早く距離をとっていたが、ダガーLの動きはそこまでクイックではなかった。
「うわっ、わぁぁぁっ」
ゲイツDに肉薄され、エールストライカーを装備したダガーLは、大降りにビームサーベルを振り上げ──それを振り下ろすより速く、腰部を対装甲パルチザンで貫かれていた。
「!」
ゲイツDのコクピットに近接アラートが鳴る。補助ディスプレィが後部カメラを移した。
「甘いわよッ!」
ルナマリアは瞬時にゲイツDを振り向かせる。
バシュッ
左胸部にオプション装備されているエクステンショナル・アレスターが発射され、アンカーがダガーLの装甲に突き刺さった。
「げぇっ!?」
「とりゃあっ!!」
気合一閃。
ルナマリアはエクステンショナル・アレスターのワイヤーをゲイツDの右手につかませ、フレイルの要領で振り回すと、アンカーのダガーLをもう1機のダガーLに激突させた。
グシャアッ!!
爆発して四散、はしなかったが、それきり2機のダガーLは動きを止め、完全に沈黙した。
「後はアンタだけよっ!」
素早くパルチザンを構えなおさせると、そのままウィンダムに飛び掛った。
ネオは射撃で動きを妨害してくるゲイル機を黙らせようとしていたが、ゲイルは接近戦に応じず射撃しつつ逃げ回っていた。
「くぅっ!?」
近接アラートに、ゲイル機の追撃を諦め、ルナマリア機と相対する。
ガチィィンッ
ルナマリア機のパルチザンと、ウィンダムの対艦刀が交錯する。
「対艦攻撃と出てきたが、これならエールかガンバレルを、何!?」
ネオがぼやきかけた瞬間、ウィンダムのコクピットに、近接アラートが鳴り響いた。
「!!」
パルチザンの力を受け流すように対艦刀で切っ先を逸らせると、急機動で1機分右後方にスライドさせた。
その瞬間に、ゲイツDの胸部ビーム砲が閃いた。
「あーっ!? あたしの射撃って、こんな距離でも外れるの!?」
とどめの一撃と放ったそれをかわされて、ルナマリアは思わず不満げな声を上げた。
その鬱憤を晴らすかのように、パルチザンを構えなおさせつつ、再び一気に間合いを詰めていく。
「やれやれ、どうしてあれで、わざわざ射撃を選んでたのかね」
ゲイルはハスキーな声で、ため息をつくように言った。敵新型とゲイツDの一騎打ちとあっては、ゲイツFに出番はない。足手まといにならない様にするのがベターだ。
「けど……相手の不用意でルナが圧してるけど、あのパイロットも……只者じゃない。長引くと面倒だけど……先発隊はまだ気付かないのかな?」
表情を引き締め、呟く。最後の方は苛立ちが混じった。
バチバチバチバチッ
ビームランスの刀身ビームが機動防盾のアンチビームコートに触れ、激しく火花を散らす。
「喰らえッ」
「くっ」
防御したガイアを、アビスのフルバーストが狙う。
「させるかぁぁっ!!」
甲高い少女の声が、ガイアのコクピットに響く。
フルバーストはガイアを掠めるほどの、しかしギリギリ回避する。
「このぉっ!!」
アビスに対して頭を下げた状態のまま、背面のビーム砲でアビスめがけて射撃する。
「おっと!」
アウルもまた、アビスを瞬間的な機動で、ガイアの射撃から避けさせる。
「お返しだぜ!」
アビスは左のシールドを前に突き出し、ガイアに向かってシールドタックルをかける。
「ひぅっ!?」
マユは悲鳴のような声を出しつつも、ガイアにシールドを構えさせた。
ドガァッ
接触と同時に、アビスはさらに加速し、シールドを押し当ててガイアを圧す。
「潰れて、バラバラになっちまえっ!!」
グワッシャァァァンッ!!
ガイアは太陽電池パネルに叩きつけられた。パネルはガイアの背中を中心にクレーター状に陥没し、硬化アクリルが剥がれて破片になる。
「ひゃっはぁ!!」
「調子に」
ガシッ
アウルがとっぽい歓声を上げたが、次の瞬間、ガイアの手が、アビスの頭部を鷲づかみにした。
「乗らないでよねっ!!」
ガシャッ!!
ガイアほど強烈にではないが、アビスはその文字通りの顔面から、太陽電池パネルに叩きつけられた。
一方。
「畜生、なんであたらねェんだよぉっ!!」
スティングが毒つく。
ビームポッドを切り離し、本体の射撃とあわせて、灰白色のゲイツDを追い詰めようとするが、レイはそのこと如くをかわしていく。
「ぐっ!?」
ドガッ!!
ゲイツDが、カオスの射撃の合間を縫って、カオスにシールドタックルを仕掛けてきた。正面から喰らい、カオスは弾き飛ばされる。
「畜生が!」
スティングは射撃戦では不利と悟ると、毒つきつつもカオスにビームサーベルを抜かせた。
「…………」
口を結んだままだが、レイもまた表情を引き締めると、ゲイツDにパルチザンを構えさせて、カオスと正対に突っ込んでいく。
ガキィィィンッ
バチバチバチバチッ
カオスのビームサーベルの刀身ビームが、ゲイツDのシールドのアンチビームコートに散らされ、激しく火花を散らす。
一方、実体剣の対装甲パルチザンは、カオスのシールドに食い込んだ。
「貰った!」
「!!」
スティングの表情ににやりと笑いが走り、レイの目元に緊張が走った。
カオスが分離したままになっていたビームポッドの、ランチャーから、ミサイルが放たれ、灰白色のゲイツDに迫ってくる!
「くっ!!」
ガィンッ!!
ゲイツDはカオスを蹴飛ばして、その相対的上方に逃げる。
頭部に搭載された、シンプルそのものの近接防御機銃でミサイル自体を叩きつつ、急機動で回避していく。
都合24発のミサイルは、とうとうゲイツDに1発も命中しなかった。
「あいつ、マジで化け物だ」
カオスのコクピットで、スティングは吐き捨てるように言った。
「ショーンさん! ミレッタお姉ちゃん! ミネルバに戻って!!」
マユが通信越しに叫ぶ。
ドガァッ
起き上がりかけたアビスを、ガイアが蹴飛ばした。
「え、」
「で、でも……」
2人はゲイツFにビームライフルを構えさせたまま、一瞬躊躇した。
「こいつらは陽動だ! ミネルバが危ない! こっちは2対2だ何とかなる」
レイもそう言って、マユを支持した。
「FAITHの命令だぞ、2人とも!」
「あ」
レイが険しい口調で言う。マユはそれを聞いて、本人が間抜けな声を出してしまった。
「そういうことなら、しょうがない」
「ごめんマユちゃん、後頼んだ」
ショーンとミレッタはそう言い、ゲイツFに踵を返させる。
「べっ!」
「逃がすかってんだよ!」
アビスが仕返しとばかりにガイアの脚を払う。今度はガイアが顔から太陽電池パネルに突っ込んだ。
そのままアビスは、バーストモードになって2機のゲイツFに砲口を向ける。
「貴方の相手は、こっちだよっ!!」
4脚モードになったガイアが、アビスの背後にタックルをかけた。
「ぐっ、こんのぉ!!」
アウルはコクピットで毒つく。
「まずい、完全に相手が悪いぞ」
スティングは、カオスでレイのゲイツDと斬りあいながら、焦れたようにそう呟いた。
パイロットの、トータルの力量という点では、自分達が劣っているということはない。
だが、機体との組み合わせが悪い。
砲戦型という意味ではアビスとカオスは共通するが、宇宙空間での格闘戦となればカオスの方がまだしも向いている。
かといってアウルでは、目の前の灰白色の“新型ゲイツ”には苦戦必至だ。
────こんなときこそ、いてくれたら…………
そう思い、スティングははっとした。
────誰がだ? ネオか?
「いまだ!」
「なっ!?」
ザクリ。
削り取るような、今までの激突音とはまた違う音が響いた。
ゲイツDのパルチザンの切っ先に、カオスの機動防盾が抉り取られ、腕から離れていった。
「しまった!」
パパパパッ!!
グワワワワ~ン!!
「きゃっ!!」
ウィンダムのスティレット・ロケットハンドグレネードが、ルナマリア機に襲い掛かった。
ルナマリアはシールドで受けたが、それはシールドの表面に突き刺さった。しかし、貫通は出来ず、表面で炸薬が炸裂して、紅いゲイツDを激しく揺さぶる。
悲鳴を上げつつも、ルナマリアは直ちにゲイツDの姿勢を直させる。
「!」
その大振りな形とは裏腹に、対艦刀をウィンダムは鋭く振り回し、一振りの刃のような鋭さで突進してた。
「くっ」
ガキィィンッ
ルナマリアは咄嗟にシールドで凌ぐ。しかし、実体剣のレーザー対艦刀はシールドに食い込み、その衝撃がビリビリとゲイツDを揺する。
「この!」
「おっと!」
ネオは凌ぎ合いをせず、さっと見切りをつけてウィンダムに間合いを取らせる。正面の一瞬前までウィンダムがいた空間を、ゲイツDの胸部ビーム砲が薙いだ。
「そんなカタナもって、チョコマカと!」
ルナマリアもまた、駆るゲイツDを矛槍の様に操り、ウィンダムに迫る。
「くっ……まずい、このままでは時間が……」
ネオが突っ込んでくるゲイツDをいなしながら、焦れて呟いた時。
ウィンダムのコクピットに、接近アラートが鳴る。サブコンソールのディスプレィをちらりと見る。
「複数接近、先発隊か? まさか、あいつら、やられたのか?」
ネオは驚いたように言い、そして、
「残念だが、ここまでか!!」
と言い、ウィンダムにロケットハンドグレネードを掴ませた。
「!!」
その動きに、ルナマリアはゲイツDを身構えさせる。その為に一瞬動きが止まった。
バシャーッ!!
「あっ!?」
ウィンダムの放ったロケットハンドグレネードは、スティレットではなかった。軽くゲイツDのシールドで跳ねたかと思うと、強烈な光を放った。
「しまった、メインカメラ!!」
ルナマリアの目前のメインディスプレィに、焼きつきの黒い染みが拡がった。
その隙に、ウィンダムは離脱にかかる。
「待て!!」
ゲイルのゲイツFがビームライフルでウィンダムを狙うが、ウィンダムは急機動で照準をブレさせ、ビームをかわしていく。
「ああん、もう! 私のドジ!!」
バン! と、ルナマリアはメインコンソールの計器板を両手で叩いた。
『いや、ルナは良くやったよ……4対2、実質4対1をひっくり返したじゃないか』
緑服だが年長のゲイルは、ルナマリアを慰めるようにそう声をかけてきた。
「そう言ってくれると……でも、悔しいわ」
シールドを失ったカオスは、レイ機の前に防戦一方を強いられていた。
ビームライフル1発、キレイに当たれば致命傷だ。
────くそっ、無理はするなとネオには言われたが、今退けば、そのネオが……
スティングが追い詰められかけていた時、
『スティング、アウル、まだ生きているか!?』
と、通信機越しに、ネオの声が届いてきた。
「ネオ! そっちこそ」
『悔しいが、ここは一度引き下がる。改めて仕切りなおしだ』
『けどよ、ネオ!』
アウルが異を唱えようとする。
「アウル。ネオの指示に従え」
スティングは、アウルをいさめた。
「ちっくしょー!」
「えっ!?」
おのおの、格闘戦用の武器で斬り合っていたアビスとガイアだったが、アビスはヒュッ、とビームランスをまわすと、その柄の方で、ガイアを突き飛ばした。
「あっ!?」
ビーム刀の切っ先ばかり気にしていたマユは、虚を突かれて、弾き飛ばされてしまう。
「今度あったら、絶対にバラバラにしてやるからなーッ!!」
アウルの捨て台詞を残して、アビスとカオスは一気に離脱をかけた。
「待ちなさい!」
マユはガイアのビームサーベルを振り、一直線に逃げる2機を追いかけようとするが、
『待て、今はミネルバが心配だ』
と、レイがそれを制した。
「あ、う、うん、そうだね」
マユは落ち着きを取り戻し、追撃を中止した。
『おそらく大丈夫だとは思うが……』
「どうやら、敵は引き上げたようだね……」
ミネルバ艦橋。
デュランダルが呟くように言った。
「ええ、残念ですが逃げられてしまったようです……」
タリアは申し訳なさ半分、憤慨半分といった感じで、ため息混じりに言った。
「いや、皆、この状況で良くやってくれたよ」
デュランダルは労うように言う。
「後は政治と、情報セクションで何とかするしかないだろう」
デュランダルはそう言ってから、
「しかし、さすがだね、アスラン」
と、隣に腰掛けるアスランに向かって言い、微笑んだ。
「あの君の咄嗟の機転がなければ、ミネルバはより深刻な窮地に陥っていただろう。感謝するよ」
「ありがとうございます」
称賛するデュランダルに、アスランはそう短く答えた。
それから、
「ひとつ、質問させていただいたよろしいですか?」
と、改めてデュランダルに視線を向け、アスランは問いかけた。
「私に答えられるものであればね」
デュランダルは笑顔のまま、そう答える。
「あの子……マユ・アスカと言いましたね、新型機のパイロット」
「ああ。彼女が何か?」
「いつからZAFTは、あのような子供まで、戦場に向かわせるようになったのですか?」
アスランは深刻そうな顔で、デュランダルに問い質す。
「今回のことは行きがかりでね、もちろん、彼女は本来は実戦部隊に配属される身分ではなかったんだが……その経緯は、説明するまでもないだろう」
「ええ」
「もっとも、彼女が飛び級でアカデミーを修了してしまう程の成績優秀者であったのは事実だし、その実力は、今見てもらった通りだ」
「…………」
デュランダルは饒舌に語るが、アスランは視線を伏せがちに、表情を固くしたままだ。
「もっとも生来の天才というよりは、2年前の──彼女の年齢からは信じられないような努力があったと、聞いているがね」
「そうですか」
アスランは言い、軽くため息をついた。
「これから世界は、また、大きく動き出すだろう。そのきっかけを作ってしまった我々がこんなことを言うのはおこがましいのかも知れないが、ZAFTは優秀な人材を必要としている」
デュランダルは、前面ディスプレィに映し出される宇宙を見ながら言った。それから、改めてアスランを向き、微笑む。
「例えば、君のような、ね」