SEED DESTINY “M”_第8話

Last-modified: 2009-02-28 (土) 01:03:01

「ねぇ、ねぇ君」
 ガイアの様子を見ようと、マユは格納庫に通じるエレベーターへと向かっていた。その途中、背後から声をかけられた。
「あなたは……」
 マユが振り返ると、彼女を追いかけて声をかけてきたのは、アスランだった。
「確か、アレックスさんとか」
 マユはあまり愉快そうではない表情で、アスランに向き直る。
「もう知ってるんだろう? 俺の本当の名前は……アスラン・ザラだ」
 マユは特にリアクションもせず、アスランを見つめている。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY “M”
 PHASE-08

 
 
 

「それで……私に何の用でしょうか?」
 マユはプレーンな表情で、アスランに聞き返す。
「君はオーブ出身だと聞いたんだけど……なぜ、ZAFTにいるんだい? そのことが気にかかって」
「その事でしたら」
 アスランの問いに、マユは軽くため息交じりに、答える。
「私には家族がいません」
「え?」
「オーブでの戦闘に巻き込まれて、亡くなりました。両親も、…………兄も」
 マユは言ってから、一度軽く目を伏せた。
「それで、プラントに移住したのか。でも、なんだってZAFTに?」
 おっとりした風貌のマユ。現状でこそ優秀なMS搭乗員だが、アスランには、彼女が軍人の道を選んだ理由が、今ひとつわからなかった。
「…………罪滅ぼし、ですかね」
「罪滅ぼし?」
 マユの答えが意外すぎて、アスランは鸚鵡返しに聞き返してしまった。
「そうです」
「そ、そうか……何があったのかは良く解らないけど……聞かない方が、いいみたいだな」
 哀しげな表情をして、口元で薄く笑うマユに、アスランはそれ以上追求する気を失った。
「君は、オーブに戻るつもりはないのか?その罪滅ぼしはオーブでは出来ないのか?」
 アスランは表情を引き締めると、そう訊ねる。
 すると、マユはアスランから視線を離したまま、表情を不快そうに険しくした。
「できませんし、それに関わらず、戻るつもりはありません」
「でも、君はさっき、カガリに同意してくれた。行き着く先は、同じなんじゃないのか?」
 アスランは若干気圧されるようにしつつも、食い下がるように言う。

 

 ぶるっ、マユのいつしか握り締められていた拳が震える。
「あれは自分の意見を言っただけです。それに、行き着く先が同じだとは、思っていません」
「そうか……」
 強い調子で言うマユに、アスランはやや気圧されるように返事をした。
「お話は以上ですか?」
「あ、ああ……すまん」
 マユが訊ねると、アスランははっと我に返って、返事をした。
「それでは、出撃の準備がありますので、失礼します」
 マユはそう言って、開いたエレベーターの扉の中に進んで行った。
 ────君は……人の弱さを知っている、戦うべき人間じゃ、ない……
 アスランそう思うと、しばしマユを見送っていたが、ふと思いついたように引返した。

 

「艦内はコンディション・イエロー継続。MS隊は発進を」
 タリアが命令し、クルーは速やかにそれを実行していく。
『発進命令。ガイア、マユ・アスカは発艦シークェンスに移ってください』
 ガイアのコクピットに、メイリンの声が届く。
「了解、マユ・アスカ、発艦シークェンスに移ります」
 ガイアを格納庫から、発艦デッキのカタパルトに進ませる。
「発艦システムリンケージアップ、全機構異常なし。マユ・アスカ、いっきまーす!!」
 ガイドLEDが、待機位置から前方に向かって順次点灯する。リニアカタパルトが作動し、ガイアを宇宙空間に射出した。
 飛び立てば、そこにユニウス7の姿があった。MSにとっては、目と鼻の先といえる距離である。
「…………」
 マユが何かを考えるように、ガイアを前進させつつユニウス7を見つめていると、
『通達。臨時のパイロットが1名、参加しするとのことです』
 メイリンが通信越しにそう告げてきた。
『臨時のパイロット?』
 ゲイルが怪訝そうに言う。
 すると、通信用ディスプレィに、その姿が写し出された。
『自分だ。もう、みんな知っていると思うが、俺の本当の名はアスラン・ザラ、元ZAFTだ。訳あって姿を隠していたが、この事態にいてもたってもいられず、デュランダル議長にお願いして加えてもらった。よろしく頼む』
 アスランの挨拶に、マユはふぅ、と目を伏せてため息をついた。
『作業とは言え、ご一緒できるとは光栄です。よろしくお願いします』
 笑顔でそう言ったのは、ルナマリアだった。
 そのルナマリアの紅いゲイツDが発艦してくる。さらにレイ機、ミレッタ機、ショーン機、ゲイル機、と続く。
 ショーン機とゲイル機が、MS用の運荷コンテナを背負っていた。
 そして。
「アスラン・ザラ、ゲイツF、出る」
 オリーブドラブの標準塗装のゲイツFに乗り、アスランはミネルバから飛び立った。
『マユ、マユ・アスカ、聞こえるか?』
「?」
 アスランの機体から、ガイアに対象指定で通信が入った。
『俺は……俺が、もう一度戦う、だから、君は……』
「待ってください! その話は後で!」
 アスランの話を聞こうとしていたマユだったが、並行して状況確認をし、サブコンソールのディスプレィに目を落として、慌てて声を上げた。
「何か、様子が変! ミネルバ!」
 通信を強制的に切り替えて、ミネルバを呼び出した。

 

 その時、ミネルバの艦橋でも異変を察知していた。
「ユニウス7内、複数のMSが……戦闘状態の反応です、これは!」
 男性オペレーターが、驚いたような声で報告した。
「なんですって!? どうなっているの!?」
 タリアは戦慄し、反射的に声を上げた。
「解りません、フレンドリー・スコークはどちらもZAFTのものです!」
 メイリンが言う。
「そんなバカな!」
 アーサーが、愕然とした表情で素っ頓狂な声を出す。
「テロリストの横流し品……? コンディション・レッド発令! 対MS戦準備!」
 タリアは疑問を口にしつつ、凛とした態度で下命した。

 

「一体、何なんだこいつらはぁっ」
 純白のゲイツDが、パルチザンでガンメタリックのMSを切り裂いた。
「へへっ、わらわら沸いてきやがるぜぇ」
 ゲイツFのビームライフルが、的確に敵対するMSを撃ち抜いていく。
「ジンのようだが、ただのジンじゃないようだぜ」
 ゲイツFのパイロット、ディアッカ・エルスマンは、通信越しに、暴れまわっている白いゲイツDに声をかけた。
「ユニウス条約で生産中止になったジン・ハイマニューバの改良型だ! 負ける気はしないが……くそっ、時間がないというのに!!」
 白いゲイツDのパイロット、イザーク・ジュールは毒つきながらも、次々襲い掛かってくるジン・ハイマニューバIIをあしらっていく。
「!」
「うわぁぁぁぁっ」
 隕石破砕爆弾『メテオブレイカー』の設置作業を続けていたゲイツFの1機に、ジン・ハイマニューバIIが、対艦刀で斬りかかる。
「させるかぁっ!」
 イザークのゲイツDが、相対的上方から降ってくるように飛び込んできて、ジン・ハイマニューバIIを串刺しにした。
「くそっ、このままではジリ貧だぞ……」
 イザークが戦慄し、毒つきかけた時、
『隊長、ミネルバ隊が合流します』
 と、母艦であるナスカ級『ボルテール』から、通信が入った。
 ビーム兵器の射撃と、格闘戦をするMSのスラスターの光が入り乱れるそこへ、ミネルバのMS隊は近づいていく。
「ショーンとゲイルは下がっていろ。メテオブレイカーをやられては元も子もない」
 レイが言う。
「ホント、ゲイツDが採用されて正解だったわね」
 舌なめずりしながら、ルナマリアは言う。
 ニューミレニアムシリーズは換装システムを前提とした機体なので、作業の為であれば軽装状態で出撃していただろうから、一度母艦に引き返すか、丸腰当然で戦うかの選択になってしまったはずである。
「やめなさいよぉぉぉぉっ!!」
 マユの絶叫と共に、ガイアが突っ込む。設置途中のメテオブレイカーの至近で、ゲイツFを襲っていたジン・ハイマニューバIIに、ビームサーベルで斬り込む。
「一体何が目的だか知らないけどねぇ、こんなことまでするフツー!?」
 ルナマリアのゲイツDは、パルチザンで1機の頭部を潰すと、背後から近づいてきた相手に、振り返り様エクステンショナル・アレスターを発射する。
 ダガーL戦で使った手だが、目の前の相手はまだ知らない。そのままハンマーの要領で振り回され、ユニウス7の地表部に叩きつけられる。
「バカな! ジン・ハイマニューバIIを上回っているだと!?」
 パイロットがそう言いながら、スラスターを吹かして一気にルナマリア機に肉薄する。
「ルナお姉ちゃん!」
 1機を袈裟斬りにしたマユは、紅いゲイツDに近づくジン・ハイマニューバIIを見つけると、迷わず自らの手元にあったビームサーベルを投げつけた。
 ヴァジュラ・ビームサーベルはジン・ハイマニューバIIの腰部に突き刺さる。それを破壊してから刀身ビームが消え、擱座するジン・ハイマニューバIIと共に転がった。
「いけない!」
「バカめ!」
 アスランの叫びと同時に、別のジン・ハイマニューバIIがマユの背後を取った。
 ガイアは前転するように4脚形態になり、ジン・ハイマニューバIIの斬撃から逃れた。
「なんだと!?」
 そのまま、ビーム突撃砲でジン・ハイマニューバIIを撃つ。ほぼゼロ距離射撃。吹っ飛んだ。
『後ろからも新手が、メテオブレイカーが!!』
 ショーンの悲鳴のような声が飛び込んでくる。
「くそっ、まだいたのか!」
 先着していた部隊を襲撃していた不明機はほぼ一掃されていたが、ショーン機、ゲイル機の背後から、新たに複数のジン・ハイマニューバIIが現れた。
「先着隊は作業を続けてくれ、こいつらは俺達が何とかする!」
 振り向いて突進しつつ、アスランは通信越しにそう言った。
『貴様、アスラン! こんなところで何をしている!?』
 ゲイツFの通信用ディスプレィに、驚きの表情のイザークが写し出された。
「その話は後だ! 今は作業を急ぐんだ!」
『わ、解っている!』
『了ぉー解』
 イザークに続いて、ディアッカがおどけたような口調でそう言った。
 スラスターを吹かして新手に向かうアスランだったが、それを飛び越えるように、4脚形態のガイアが追い越していった。
「マユ、君は……!」
 アスランがそう言ったときには、ガイアは前転しながら2脚形態に変わると、ビームライフルで1機を撃ち落した。
「ショーンお兄ちゃん、ゲイルお姉ちゃん、メテオブレイカーを設置して!!」
『りょ、了解』
 既に先着隊のメテオブレイカーが作動し、ユニウス7のフレームをあちこちで砕いた。
 だが、それでも原型が崩れるのにまだ足りない。

 

『させるかぁっ、ナチュラルの飼い犬どもが!!』
 ショーン機とゲイル機が、メテオブレイカー設置を開始したとき、通信に男の声が割り込んできた。
「あなたが首謀者!? ユニウス7の落下そのものも!?」
 マユはその相手に問いただす。
『そうだとも! 我が妻、我が娘のこの墓標、落として焼かねば世界は変わらぬ!!』
「う……」
 マユは一瞬言葉に詰まる。脳裏に兄の姿がフラッシュバックした。
 だが、動きの方に隙はできない。2機をビームライフルで撃墜すると、左手用のビームサーベルを右手で取らせ、構える。
 ガッキィィィンッ
 ジン・ハイマニューバIIの対艦刀を、ガイアの機動防盾が受け止めた。
「だからって、こんなやり方! 罪のない人も他の生き物も巻き添えにして!!」
 マユは表情を険しくし、相手のパイロットを糾弾するように怒鳴る。
『そう言って、野蛮なナチュラルと馴れ合うか、此処で無惨に散った命の嘆き忘れ、討った者等と偽りの世界で笑うというのか、貴様等は!! 軟弱なクラインの後継者どもに騙されて、ZAFTは変わってしまった! 何故気付かぬか、我等コーディネーターにとってパトリック・ザラの執った道こそが唯一正しきものと!』
「うっ……」
 動揺の声を漏らしたのは、アスランだった。目を見開き、一瞬動きが止まる。
 幸い、他のジン・ハイマニューバIIも、レイ機とルナマリア機が取り付いていたので、アスランのゲイツFを狙うものはいない。
「くだらないよ! 地球を滅ぼして、コーディネィターに得になることなんてひとつもないのに! 亡くした家族のことを思うのなら、プラントを守るべきだよ!」
『妻も娘も逝き、友は貴様らが討った! もはや私に守るものなどないわ!!』
 マユがビームサーベルでジン・ハイマニューバIIに斬りかかる。シールドがそれを受け止め、バチバチと火花が散る。
「その犠牲がプラントを守ったんだよ! そのプラントを守るのが残された者の役目なんじゃないの!?」
『腐敗した今のプラントなど、守るに値せぬ!!』
 ガイアがシールドごとジン・ハイマニューバIIを圧す。ジン・ハイマニューバIIは対艦刀を振り上げ、ガイアに斬りかかろうとした。だが、その瞬間、ガイアのビーム突撃砲が射撃位置に倒れた。
「!?」
 ジン・ハイマニューバIIはガイアを蹴飛ばし、凌ぎ合いから逃れようとする。だがほぼ同時にガイアのビーム砲が放たれた。真芯は逃れたが、対艦刀を握る右腕が肩からキレイに消し飛んでいた。
 その時、そのジン・ハイマニューバIIのメインカメラに、メテオブレイカーを設置する
ゲイル機が捉えられた。前方に障害物はない。
「させるかぁぁぁっ!!」
 スラスターを全開にし、ジン・ハイマニューバIIは、ゲイルのゲイツFめがけて突っ込んでいく。
「しまった! ゲイルお姉ちゃん!!」
 ドガァッ!!
「うわぁぁっ!!」
 ゲイツFが吹っ飛び、設置途中のメテオブレイカーが転がる。
『ゲイル!』
 ショーンが呼びかける。
「このぉぉぉっ!!」
 マユはゲイル機を突き飛ばしたジン・ハイマニューバIIの背後に、一気に迫る。
 ガイアのビームサーベルが、ジン・ハイマニューバIIを両断した。
「…………」
 マユの目じりに、熱く滲んでくる。
「私だって……許せないモノだってある!! だぶん、それを見たら……」
 既に物言わぬ残骸と化したジン・ハイマニューバIIに向かって、そう語りかけた。
「でも、こんなやり方は、間違ってるよ……!」

 

 他の機体も一掃されたのか、レイとルナマリアのゲイツD、そして射撃でアシストしていたミレッタのゲイツFが、ショーンとゲイルのゲイツFに近づいてくる。
「大丈夫、ゲイル!?」
 ルナマリアが心配げに聞く。
「あたし自身に異常はないよ……ただメインスラスターがやられてて……」
 その時、ユニウス7が、不気味な軋みを上げ、ビリビリと振動を始めた。
「突入コースに乗った! 加速度的に落ちていくぞ」
 レイが険しい口調で言う。
 ほぼ同時に、ミネルバから帰還信号が放たれた。
「ごめん、ショーン、ミレッタ、牽引してもらえるかな」
「OK」
「お安い御用」
 ゲイルが言い、ショーンとミレッタが答える。ゲイル機は、ショーン機とミレッタ機に両脇を抱えられて、離脱を始めた。その後ろを守るように、レイ機とルナマリア機が続く。
 先着隊も、次々と離脱を始めていた。
「あれ、アスランさんは?」
 マユは呟き、サブコンソールでその位置を確認する。
 アスランのゲイツFは、ゲイル機がジン・ハイマニューバIIの妨害で設置し損ねたメテオブレイカーを、設置しなおそうとしていた。
「アスランさん、帰還信号が出ています! 早く、戻らないと!!」
 マユは言いつつ、ガイアでアスランのゲイツFに近づいた。
『解ってる、でも少しでも砕かないと、地上が……』
「っ……」
 アスランの言葉に、マユはガイアで、ゲイツFの反対側からメテオブレイカーを支え、起した。
 位置を垂直に据えてから、スイッチを入れる。
 浸透用のドリルが作動し、爆砕用の弾体が潜り込んでいった。
「よし、これで……」

 

 ゴゴゴゴッ……
 ユニウス7が、大気の干渉で大きく揺れ始めた。
「いけない、臨界点を超えた!!」
 ユニウス7の外周に、紅い炎が走り始める。
『マユちゃん! アスランさん!! 回収不可能だよ!?』
 EMP効果を受けてノイズ交じりの通信が、メイリンの素っ頓狂な声を伝える。
「大丈夫、なんとかします!」
 マユはそう返事をすると、ガイアでゲイツFに抱きついた。
「え?」
 アスランが、面食らったような声を上げる。
「とにかく、ユニウス7から離れないと!」
 マユはアスランに言う。2機は抱き合った状態で、もどかしいほどゆっくりとユニウス7から離れていく。
『マユ・アスカ、しかし、このままでは!!』
 メイリンに代わり、タリアが呼びかけてきた。
「タンホイザーでしょう!? 構いません、撃ってください!」
『けど!』
「みすみす巻き添えになるつもりはありません! できる限り離脱しています! だから、早く!!」
 躊躇うようなタリアの態度に、マユはむしろ落下していくユニウス7に憔悴して、言い返した。
『解りました。無事を祈ります』
 そう言って、ミネルバからの通信が途絶えた。
 陽電子砲タンホイザー。
 陽電子の拡散による大気放射化を抑制する為、その外周に筒型の高密度粒子ビームを同時に発射する。
 そのビームの煌きが、ユニウス7に火花を散らした。メインシャフトを完全に砕かれ、分解しながら燃え上がる。
 だが、それでも規模の大きい破片が残っている。炎の雨となりながら、地球を周りつつ、落下していく。
 その破片の群れよりやや遅れて、抱き合ったガイアとゲイツFもまた、突入コースをたどっていた。
「再脱出不可能……ま、見るまでもないか……」
 計器盤とサブコンソールを確認し、軽くため息をつく。
『マユ……すまん』
「いいんです、私も多分、同じ行動をとってたと思いますから」
 通信ディスプレィの向こうで、申し訳なさそうにするアスランに、マユは苦笑してそう言った。
「それより、アスランさん」
『ん?』
 ガイアとゲイツFの姿勢を入れ替え、ゲイツFの負担が少なくなるようにする。
「何処に……落ちたいですか?」