SEED戦記_外伝2

Last-modified: 2009-09-09 (水) 16:56:40

※かなりキツイ描写があるので、苦手な人はスルー推奨で。

 

そこは、光のない世界だった。
地下牢。そこに一人の、いや二人の少年がいた。
一人は両手首に枷が施され、座り込んでいた。その瞳は暗い怒りと嫉妬に満ちていた。
もう一人は、両手両足に枷が何重にも施され、口と鼻には頑丈なマスクが掛けられ、三つの鉄球が付けられ、
身体じゅうに鎖で巻かれて壁に貼り付けられた。唯一自由なその瞳は何も映していない。
どちらも髪が伸び放題になっていて、荒れていた。どちらも精力を失ったかのように項垂れている。
カツカツと硬質な床を叩く音が聞こえた。
「ほら、メシだ。さっさと食え」
研究員が差し出したのは、とても食べ物には見えない物体だった。
食べ物というより、泥で作られた団子のようにしか見えないそれは、軍用等で配布されるレーションと呼ばれる物だ。
栄養満点だが、臭いがきつく、味も最悪だ。普通の人間なら速攻で戻すものだ。
研究員は二人の少年の口に無理矢理押し込み、全部押し込んだ後は用が終わったとばかりに立ち去って行った。
この味には、すでに慣れた。もう文句などない。
それは、ある一日の始まりだった。

 

研究員達は、一つのモニター室に集まっていた。
「前の成果はどうでしたか」
「生体CPU七人相手に98秒です」
「そうか、装備は?」
「何もない、素の丸腰の状態です」
「そうか……」
リーダー格の男はしばらく考える素振りを見せたが、すぐに顔を上げ、言った。
「確かジブリール氏の御自慢の生体CPUが先日送られてきたな。……あー名前なんだったっけ?」
「エクステンデット、です」
「そうそれ。何人いる?」
「全部で八人ですね」
「じゃあ全部キラに投入しろ。全部だ、抜かりなく行けよ」
その言葉に驚いたように目を見開く研究員達。しかし男は全く動じていない。
「……よろしいのですか?ジブリール氏にもしものことを報告することになったら……」
「その時は『改良の余地あり』と返答しとくさ。その程度だった、ともな」
「しかし、ジブリール氏というスポンサーがなくては我々は――」
研究員の言葉を、男は鼻で笑って遮った。
「八人全部投入してもどうにもならんと思うがね、アイツ相手には」
そう言って、男はまたもソファにふんぞり返った。

 

大勢の研究員が降りてきた。二人の少年はそちらに顔を向けた。
まずはその少年たちに向けて麻酔銃を容赦なく撃ち、眠らせた。
その少年――キラ・ヒビキが目を覚ました所は、何やらドームみたいなところだった。
周りを見渡すと、二十人の子供たちが首輪を繋がれながら並んで立っていた。自分を逃がさないための人質だ。
そして、自分の首には、何やら頑丈そうな首輪が付けられていた。
彼らの首輪には指向性の強力な爆薬が搭載されており、自分のには強烈な電撃が走る仕組みになっている。
『あ~キラ。君にはそこにいる生体CPUの中でも高い能力を持つエクステンデットと殺しあってもらう。
 武器もデバイスもないが、何とか頑張ってくれたまえ』
「……」
扉がプシューっと開き、八人の子供たちが出てきた。研究員曰く、彼らはエクステンデット、と言うらしい。
それぞれに武器を持っている。二人は長刀、三人は大型ナイフ、二人は拳銃、そして一人は長槍だった。
相手は生体CPU。油断していると一気に食われる。
しかもこちらは丸腰。普通に考えたら万に一つの勝ち目もない、と思うはずだ。しかし――
八人のエクステンデットは、距離を保ちながらキラを囲った。
銃を持っている奴以外は、一斉にキラに殺到してきた。
銃は、この陣形だと同士討ちになる可能性があるから使わない、こっちが辛くもかわした所を狙う、と言ったところか。
確かにそれで終わりだ。普通は――だ。
しかしキラはあろうことか、殺到してくるうちの長刀を持つ二人のうち一人に迫った。
ソイツは横薙ぎに剣を振るう――寸前にキラがソイツの手首を掴み、捻りあげて梃子の要領でソイツの喉首を掻っ切った。
容易く長刀を奪い取ったキラは、もう一人の長刀を持つ奴に滑るように肉迫した。
狙われた奴はキラのその独特の機動に対処できず、長刀を持つ左腕を斬り飛ばされ、返す刀で首を落とされた。
あっという間に絶命した二人のエクステンデットに目も暮れず、奪った二本の長刀を持った。
最初に長刀を奪ったのは、多人数相手に斬り込めるからだ。
拳銃では白兵戦で分が悪く、ナイフでは多勢に無勢だ。片っ端から斬り捨てるという芸当はできない。
相手は生体CPU、そこまで甘い敵ではない。
さらに、二刀流はキラが最も馴染む戦闘スタイルでもある。二本奪ったのはそのせいだ。
あまりの手際の良さに、六人のエクステンデットは少し距離をとった。
静寂の中、火ぶたを切ったのはキラだった。
膝に力を入れずにポォンと飛ぶように滑らかな動きで迫り、拳銃を持った奴らに迫った。撃ってくるが、当たらない。
白刃が弾丸を斬り払いつつ、背後を側面から襲いかかるが注意せず、キラは拳銃持ちに肉迫し、すり抜けるように斬り抜けた。
首と腕が鮮血を舞いながら高く飛び、そいつ等は絶命する。
背後から襲いかかるナイフ使いを、キラは瞬時に水際立った体捌きで振り返り、鍔鳴りと共に斬り捨てた。
ナイフ持ちの奴らが二方向から襲ってくる。キラは背筋に走る冷汗を意識した。
連携が取れているようで全く取れてないその襲撃方を冷めた目で見極めたキラは、前に突出気味の一人に肉迫した。
ナイフが届かない一から長刀のリーチを意識してすくい上げるように斬る。ソイツは顔を割られた。
刹那、銃声が響いた。
「へっその首、貰ったァ!!」
緑髪の少年が発砲したのだ。
キラの髪の毛が掠ったが当たらない。今のは際どかった。
すると、長槍を振り上げて迫ってくる水色の髪の少年が振り下ろした。
「このォ!堕ちろってんだよ!!」
柄尻で受け流し、蹴りで吹っ飛ばしたキラは、ナイフを持った金髪の少女がいつの間にか肉迫していたことに気付くのが遅れた。
水色の髪の少年の陰に潜んでいたようだ。
「はぁぁ!!」
「!」
そのまま突っ込み、キラに頭突きを喰らわせた。
「あぅ……!!」
キラは思わずよろめいた。苦し紛れに長刀を振るって距離を取った。
この三人は妙に連携が取れている。出鼻を挫かれてしまったキラはすぐに体制を立て直した。
緑髪の少年に姿を重ねるように二人は潜む。緑髪の少年はキラに躊躇なく発砲した。
避ける所に二人が奇襲をかける、といったものだろう。
しかし、キラはまたも白刃で銃弾を斬り払いながら一直線に突っ込んだ。緑髪の少年は焦ったように顔を歪めた。
こいつ、どんな反射速度と動体視力しているんだ、とでも言いたげな目で。

 

後ろで水色の髪の少年が上から跳びかかってくるより先に緑髪の少年を斬り裂き、ふんづけて跳び上がった。
「お、俺を踏み台にした!?」
そんな声を無視し、目の前の飛びかかってくる少年に膝蹴りをかました。相手は大した回避行動も取れず、のけ反るように落ちた。
起き上がる前にキラはその少年の胸に刃を突き刺した。
「お前ェェェェェ!!」
最後の一人が激昂して突っ込んできたのをキラは醒めた目で見て、飛びかかってくるタイミングに合わせて蹴りを入れた。
あっけなく吹っ飛ぶ金髪の少女の腕を刎ね、トドメの一撃を入れようとした。
「いや……死ぬのいや……死ぬのはダメ―――」
その先は続かなかった。キラが首を刎ねたからだ。
ようやく全滅させ、キラが周りの躯達を見渡して、ふと眼から出る透明の雫に気付いた。
刹那、キラの首輪から電撃が走った。声も出せずにキラは崩れ落ちた。
それでも必死にもがこうとするキラを、駆け付けた誰かが踏み付け、銃を撃ち込んだ。
「電撃でもなかなか意識を失わないなんて、どんな怪物だよ」
「仕方がないでしょう。でなければこれ程の成果は出せない」
薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえた気がした。

 

キラが目を覚ましたのは、知らない装置の上だった。
「さて、キラ。さっきの戦闘は見事なもんだったねぇ。まああれは準備運動みたいなものだ。
 さて次だ。これが君に命じられた指令だ。遂行してくれたまえ」
「ハイ」
その少年――キラ・ヒビキは無表情ですぐに返事をして蒼い結晶を手に取り、部屋を出た。
出て行った後、研究員達は顔を見合わせた。
「洗脳は完璧のようね」
「だがあまり長い時間はもたんだろう」
「大丈夫ですよ。あの子ならすぐに終わらせられます」
「そうだな。しかしカナードは?」
「あちらは問題ないですよ。洗脳するまでもないことです」
「あいつは戦いを否定しないからな。それに完全体を超えたいそうだ」
「ストライクとハイペリオンの調子はどうだ?」
「問題ありません。最高の状態です」
研究員ほ顎に手をやり、口を開いた。
「それで、“モルモット”達の用意は?」
「十分です。すでにここらで“エサ”の臭いを嗅ぎ付けております。予想通りですね」

 

指令の内容は、これから遭遇する管理局員の完全殲滅だ。数は五十六人。それも本局の生え抜き揃い。
だが、二人の少年はあまり気にした様子を見せず、アップを始めた。
一人はカナード・パルス。デバイスはハイペリオン。
もう一人はキラ・ヒビキ。デバイスはストライク。
カナードは頭一個低いキラを殺意の籠った表情で睨んでいたが、キラは前しか見てない。
「……で、どうなるかな?」
「何も問題ないでしょう。どのくらいで終わるか、では?」
「違うな。完全体と不完全体の差、だな」
「それにしても……この戦力ではとても無理なのでは……?」
一人が疑問を口にしたが、他の男は鼻で笑い飛ばした。
「フン。失敗作ならともかく、完全体ならこのくらい殲滅できなくては困る。
 この程度で死ぬくらいなら、最高のコーディネイターなど所詮その程度の価値しかない作品、ということだ」
研究員達はクスクスと笑い出した。
画面では二人の少年が走り出した。カナードはBエリア、キラにはAエリアを制圧、殲滅するように命じている。
終わったらもう一方の支援、という形にしている。
「さて、そろそろ、かな」
カナードとキラは同時にデバイスを解放させ、白い甲冑服を形成した。
いよいよ戦闘開始だ。

 

Bエリア――
カナードは多くの管理局員の姿を見とめると、すぐさま魔法を発動させた。
「ハイペリオン!!アルミューレ・リュミエール展開!!」
『イエス』
背中から三角のコード付きの物から出た光がカナードを包み込む。まるで牢獄のように。
「な、なんだ!?」
管理局員は突然の襲撃者に驚き、応戦体勢に入った。
カナードは容赦なく一人を撃ち殺し、二人目に狙いを定めた。
その二人目はとっさに動き、こちらに向かって射撃魔法を撃ってきた。
「チッ雑魚の分際で!!この俺に攻撃だと!?」
そいつに向けて発砲した。だがそいつは必死で回避し、離れた。
周囲を見ると、カナードを包囲している。一斉射撃の構えを取っていることがわかった。
ニヤリと笑うカナード。一斉射撃がカナードを襲った。
巻きあがる爆風と煙。普通なら立ってもいられないだろう。
「や、やったか!?」
「いや、まだだ!」
煙が晴れたそこにいるのは、傷一つついていないカナードの姿だった。
「フン、そんな物で、このアルミューレ。リュミエールを突破できると思っているのか!!
 ハイペリオン、フォルファントリー展開!!」
『yes。フォルファントリー展開』
背中から巨大な砲身が現れ、局員は一斉に逃げだす。
「逃げろ!!砲撃が来るぞ!!」
そんな彼らをあざ笑うかのように、
「これで、終わりだ!!」
カナードは容赦なく撃ちまくる。四方八方に飛ぶ凄まじい砲撃は局員達を震え上がらせる。
「クソッ!!中からは撃てるのか!!」
散開して各個に対応し始めた。まとめて落とされるのを避けたのだろう。
「ハハッ!!消えろ!消えろ!消えろォォォォォ!!!」
カナードは狂気に満ちた声を叫び上げながら撃ちまくる。
「慌てるな!!必ず隙はできる!それまで粘れ!!」
局員達は持久戦の覚悟を持った。

 

Aエリア
キラは多くの管理局員の姿を見とめると、すぐさま魔法を発動させた。
「ストライク、エール・モード」
『了解しました』
背中に翼を生やし、一気に距離を詰めようと動き出した。
最初に気付いた局員の首を容赦なく刎ねて惨殺したキラは、止まることなく次の標的を探す。
「な、なんだ!?何者だ!?」
とっさのことに、ようやく他の局員が気付いたようだ。
だが、遅かった。
キラはその反応を気にもせず、二人の局員も撃ち殺す。
局員達の中を、蛇腹を畳むかのように全身で衝撃を吸収して着地したキラは、即座にライフルを向ける。
非殺傷設定お構いなしの射撃は、精確に彼らの頭を撃ち、射殺した。
即座に五人も殺された彼らは完全に浮足立ち、それでも距離を取ろうとしたが、キラはそれを許さない。
「ランチャー・モード」
長砲身を持ち上げ、狙いを定めて構えた。
『アグニ・バースト』
巨大な砲撃は、確実に局員達を呑み込み、ガンランチャーで追い打ちをかける。
「ク、クソォォォォォォ!!」
怒りに燃える彼らはキラを包囲しようと回り込む。
「エグザス・モード。ガンバレル展開」
四つの紫色の三角錐がキラから放たれるように飛び出した。
『ガンバレル・ブレード、ホーニッドムーン』
飛び出した三角錐は、まるで命を持った生き物のように飛べ回る。
あまりの速さに局員達はなす術もなく切り裂かれ、砲撃に貫かれ、吹き飛ばされた。
必死に回避していた一人の局員が、突然光刃をもって肉迫したキラを眼前に見た。
「ヒッ――」
そいつは恐怖の表情を浮かべたまま、キラの光刃に喉から裂かれ、首がもぎ取られた。
それを目の当たりにした局員は、憤怒に燃えながら三人で魔力刃を放ちキラに特攻した。
振り下ろされる三つの魔力刃を醒めた目で眺めたキラは、フッと腰を落とし、
次の瞬間、三人の局員の頭を三つとも光刃で目にも止まらぬ速度で断ち斬った。
その光刃の軌跡を他の人間に視認できた者はいなかった。
あまりの戦闘力差に愕然とした。まるで悪夢でも見ているかのような感覚に襲われた。
だが、目の前の出来事は夢ではなく、現実なのだ。
わずか一分で十を超える死体を築き上げた小さな悪魔は、表情が全くない虚無の様な瞳で、こちらを睨んだ。
その少年の佇まいは、失禁しそうな程恐ろしいものだった。
次々と死体を量産し、恐怖に怯えた悲鳴と鮮血が迸る空間を、小さな悪魔は作り上げた。
キラは臆することなく、次の獲物を求めて駆け出した。

 

「いや~、中々ないぞ。ここまで面白い殺戮ショーは」
研究員のリーダーが葉巻を吸いながらソファでふんぞりがえっていた。
このモニターを映している部屋では、満足気味にレポートを取っている奴と、TVの野球試合感覚で見ているのと二種類だ。
次々と殺されている管理局員の事など、ちっとも関心が無いようだ。胸を痛めている仕草すら見せない。
「そうですね。中々興味深い研究データが取れます」
「貴重だろ。実戦でしか手に入らないまさに生きたデータだからな」
「はい。しかしこの子には驚かされます」
そう言いながら、走り回るキラを眺めた。
すでに死体の山を築いているキラと、未だに撃ちまくっているカナードを見比べた。
「で、どうなってんの?こいつら」
「一分経過の状態で、完全体は十二人、不完全体は三人駆逐、と」
「まるで話にならんな。完全体と不完全体を比べることは。ここまで差が出るとは」
「仕方ありません。所詮不完全体は“優秀なコーディネイター”の域を超えません。
 完全体とは比べること自体おこがましいものです。実戦経験も同じくらいですが」
「それにしてももっとどうにもならんのか?第一デバイスもストライクよりハイペリオンの方が性能は上だぞ?」
「デバイスの性能の差では、彼らの戦闘力差を埋めることはできません。そこまで大幅な“性能差”があります」
リーダーはため息をついた。完全体と不完全体が、ここまで違うものだとは予想もしていなかった。
暗い表情を作り、欠伸を噛み殺しながら天井を仰いだ。
「だったら、あの失敗作を見つけて喜んでいた頃の俺達はマヌケか?」
「そうは言いませんが、予想以上、ということですかね」
しかしここまで差があるのなら、失敗作でいくらデータを取ってもヒントにもなるわけないなぁ。
首をかきながら、リーダーは立ち上がった。
「で、今何分経った?」
「すでに五分十二秒ですね。すでにAエリアは壊滅しています。Bエリアの被害は……五人です」
「そりゃすげェ」
まるで大したことのなさそうに醒めた目で手を叩きながら、指示を出した。
「Δ班の準備をさせろ。キラにはBエリアの制圧に向かわせろ。待ってやる必要などない」

 

「た、助けてくれ!助けてくれェ!!殺される!!」
「し、死にたくないィ!!」
「悪魔だ……!悪魔がいる!!!」
光条が空気を焼き、局員を貫いた。
カナードは突然の出来事に眉をしかめたが、すぐに憤怒に変わった。出てきたのは、小さな少年だったからだ。
「貴様!ここは俺の担当だったはずだ!!」
カナードは吠えた。キラは表情が見えない瞳で淡々としゃべった。
「遅いというから、加勢にきた。これより殲滅を開始する」
「貴様の担当はAエリアのはずだ!!」
「既に殲滅は完了している」
カナードは絶句した。この短時間で、全滅させたというのか!?それに比べて自分は――!!
「それに、加勢は上の命令だ。君に反対する権限はない」
キラはそれだけ言い、戦闘行動に移行した。カナードを見ていないような仕草に、彼の怒りをさらに煽る。
「貴様、何か邪魔するようなら―――」
カナードの言葉を完全に無視し、キラはそばにいた管理局員を容赦なく斬殺した。
突然の乱入者に一瞬戸惑ったが、すぐにキラを敵と見なして襲いかかる。
向かってくる局員相手に、小さな身体から、恐ろしい程の魔技が唸る。瞬時に三人斬り殺した。
それに恐怖した局員が距離を取ろうとすると、今度は精確無比な射撃が襲う。
光条が彼らの身体を貫き、絶命させる。
カナードは唖然としながらその様子を見ていた。
あっという間に残り一人となった。最後の一人は足を怪我して歩けない状態で、恐怖に引き攣った顔で震えていた。
キラは最後の一人に向かって歩き出した。
最後の一人は、引き攣った顔のまま、涙を流しながら必死に懇願、命乞いをした。
「た、助けて下さい……!!殺さないで……!!俺はまだ――」
そこで言葉は途切れた。キラは最後の一人の首を容赦なく刎ねたからだ。
そいつの命乞いにも、キラは眉一つ動かすことがなかった。
「貴様……!!」
あっという間に獲物を奪われた怒りでカナードは殺気立った声を上げた。そして砲撃の照準をキラに向けた。
「フォルファントリー、発射!!」
カナードは容赦なくキラに砲撃した。
キラは咄嗟に倒れ込むかのように動き、スレスレで回避に成功した。
「チッ!!」
カナードはキラに攻撃が当たらなかったことに対して露骨に舌打ちした。

 

「ん?」
モニターの中で、カナードがキラに攻撃を始めたのを見て研究員が唸った。
「またか……」
ウンザリしたかのように頭をかいた。
よくあることだ、カナードがこうしてキラに攻撃するということは。
実を言うなら、キラとカナードに同じ指令を与えると必ずと言っていいほど起こる出来事だ。
「で、どうします?」
いつも通りに聞いてくる研究員を一瞥し、“いつも通りに”指示を出した。
「そんなことはキラにやらせろ。できることなら生かしておけ、出来ないなら始末しても構わん、とな。
 あと、Δ班の準備はどうだ?」
「もう準備はできています」
「なら、待機させておけ。そろそろ洗脳が解ける頃だろうな」
命令を出して、男はまたソファにふんぞり返った。周りの研究員は、未だにレポートを取り続けている。

 

『そういうことだ』
「分かりました。では、すぐに開始します」
キラが突然頷いたところを、カナードは見逃さなかった。
ザスタバ・スティグマトを構えて、即座に撃った。キラは難なく回避する。その一動作に射撃に転じた。
抜き打ちで撃ってきたキラの射撃は、カナードの前で弾け飛んだ。
「あれは……!!」
「フン。そんな物でこのアルミューレ・リュミエールが破れるものか!!」
カナードを包み込むかのように光の障壁が発生した。
ウイングバインダーと呼ばれる五基の三角の発生装置によってできる絶対防御だ。
真正面からこれを打ち破るのは至難の業だ。
キラは再度射撃を試みるが、アルミューレ・リュミエールにぶつかり、弾け飛ぶ。
「クッ……!!」
「ハハハ、消えろォォォォォォォ!!!」
狂ったように吠えるカナードに対して、キラは冷静に分析していた。
カナードはザスタバ・スティグマトでキラの逃げ場を塞ぎ、砲撃の構えを取った。
「フォルファントリー、発射!!」
凄まじい砲撃がキラを襲った。だが、キラは冷めたような目つきでそれを眺めた。
「ストライク、ソード・モード、シュべルトゲベールを」
『イエッサー』
フォルファントリーはキラに間違いなく当たる。誰もがそう確信した。カナードもだ。
誰が見ても直撃した、と思うだろう。
「フフ…ハハハハハハハハハハハハハハハ!!……な、何だと!?」
勝ち誇ったかのように笑ったカナードは、次の瞬間凍りついた。
キラが、変わらぬ状態でそこに立っていた。
フォルファントリーの砲撃の跡が、キラの後ろで真っ二つに割れていた。
「迎撃成功」
キラは事もなく言い放ち、持っていた大剣を振り上げた。
――斬ったというのか!?俺の砲撃を!?あの状態で!?
どうやっても動けない程の瞬きさえ許さない一瞬のうちに、それをやったというのか!?
砲撃の速度、体勢、剣速、そして反応速度、どれを考慮しても不可能な神業だ。
だが、こいつは成し遂げた。いともた易く。
自分にはできない。それどころかやってみようとも思わない。自分なら、いや普通なら防御するのが普通だ。
しかもあまり大したことでもなさそうなこいつの表情が物語っている。余裕の出来だ。
そう思うと、カナードは隠しきれない嫉妬の念が込み上げてきた。
そんなカナードを無視し、
「ストライク、エグザス・モード、ガンバレルブレード、ホーニッドムーン展開」
『OK』
紫の三角錐が魔力刃を放ってキラから飛び出した。
まるで生き物のように飛び立つそれは、カナードの嫉妬心を更にかき立てていった。

 

(こいつ…………!!)
自分には使えない武装を、こいつは当たり前のように自由自在に使いこなすのを見て、カナードの額に血管が浮き出る。
ガンバレルは、カナードには使えない。それどころか使い方さえ分からない。
それをああも容易く使いこなすキラを、憎悪に似た感情を込めた瞳で睨んだ。
自在に飛び交う魔力刃は、四方八方からカナードを襲うが、アルミューレ・リュミエールの前に塞がれる。
嘲笑うカナードは、キラの姿がないことに気付いた。
周りを見渡すと、キラはカナードのすぐ隣まで接近していた。
――気配が、感じなかったぞ!?
「ストライク、アーマーシュナイダーを」
ストライクはすぐに大型ナイフを形成した。キラの息に合わせた絶妙なタイミングだ。
キラは瞬時にアーマーシュナイダーを抜き放ち、アルミューレ・リュミエールに突き刺した。
バリアブレイク能力を持ったそれは僅かに貫通した。それでも相当の固さであった。貫通せず。
だが、ウイングバインダーを傷つけることに成功した。光の防壁が消失した。
キラはその隙を逃さずに、返す刀でザスタバ・スティグマトを斬り裂いた。
「チィ!!」
無残に斬り裂かれた武装を捨て、屈辱に震えるカナードは一旦距離をとってキラから離れた。
「ハイペリオン、ロムテクニカ!!」
カナードは現れたロムテクニカRBWタイプ7001を抜いてナイフ戦に構え、キラに向かって突進した。
キラは―――
「ストライク、ノーマル・モード、全武装パージ」
何を思ったのか、持っている物を全部放り捨てた。つまり、丸腰になった。
カナードは接近し、ロムテクニカを横薙ぎに斬りつけた。
キラは、身軽になった身体で同様に接近し、自分に向かって振るわれるロムテクニカに、素手で立ち向かった。
カナードがキラを斬りつける前に、キラがカナードの手首を掴み、てこの様に捻りあげ、ロムテクニカでカナードを浅く斬りつけた。
よろめいたカナードを、キラは激しく蹴りつけた。カナードはロムテクニカを取り落とした。
「グゥ!?」
思わず呻き声をあげたカナード。自身の武器で自身の肉体を斬られ、信じ難い表情でその傷跡を見つめた。
浅く斬られ、痛みは響くが致命傷には程遠い。
だが、武器を失った。カナードはキラに向かって拳を握りしめ、突き出した。
カナードのパンチに対してキラは大胆に踏み込み、拳を呼び込んで手に取る。
そのまま勢いを殺さず引っ張られ、カナードは咄嗟に踏ん張ろうとしたが間に合わない。
キラはカナードが体勢を崩してつんのめりかけたところで延髄に一撃手刀をかました。
カナードはそのまま気を失い、何も言わずに地面に崩れ落ちた。
それはあまりに慣れ切った対処に見えた。

 

「これで、七十二戦七十二敗か……」
モニターの結果を見て、研究員が呆れたようにため息をついた。
そのモニターの向こうではキラが立ち、カナードが地に伏せている。
「まぁた、いつも通りに終わったのかね?」
「えぇ。カナードの完敗ですよ。至極あっさりと終わりました」
またもやため息が出た。
さっきの戦いを見ていれば素人でも分かるが、カナードは殺す気満々だったのに対しキラは殺そうとすらしていなかった。
「で、今日のスコアは?」
「はい。キラは四十九人に対し、カナードは七人です」
「フン。7:1の割合か。もろに能力差がそのまま出ているみたいだな」
「実際にそうなのですから、反論する術がありませんが」
鼻で笑うかのようにふんぞり返るその男は、やる気のない目でその報告に耳を傾ける。
五十六人の犠牲に対して、何かを悔やむような仕草は全くなかった。
すると、モニターの中で、キラが突然膝を折り曲げ、嗚咽を出し始めた。
キラが、泣きだしたのだ。
研究員達は、鬱陶しそうな顔になった。
「オイ」
「はい」
「Δ班は行かせたのか?」
「はい。すでに行かせております。もうすぐ接触かと思います」
当たり前だが、そこに、感情の類は全くなかった。

 

――こ、これは……!?
キラの目に光が再び灯り始めた。そしてその光景に釘付けになった。否、目が離せなかった。
大勢の人間が絶命している。苦しそうな顔に、恐怖に支配された顔、そして涙と鼻水でグチャグチャになっている顔。
散らばる腕や足、指に首。半分に割られた頭部。一部大穴が空いている腹部。
そこはまさに地獄絵、血の海だった。散布される鉄の臭いが生々しい。
だが、そんな事は問題ではない。
問題は、この光景を作り出したのが紛れもなく自分自身だということだ。
その証拠に、自分の身体に付く彼らの血がベッタリとこびりついている。
いや、こびりついている、などという生易しいものではない。
未だに乾き切っていない赤々しい鮮血が、キラの身体を赤く染め上げていた。
そうなのだ。この人達を殺したのは、自分なんだ―――。
そう思うと、キラは身体がすくんだ。足に力が入らなくなった。
うずくまり、頭を抱えて泣き出した。自分が怖くてたまらなくなった。
さっきまで息をするように人を殺していた自分が恐ろしかった。あの時の自分の顔を見るのが怖くてたまらない。
だが、身体は覚えている。あの、人を斬った感覚が。人を撃った衝撃が。どう躍動したか。
この感覚はきっと一生忘れられない。忘れられるはずがない。
肩を震わせ、泣き続けているキラは、背後に気配を感じて突如振り返った。
すると、首輪の電撃がキラを襲う。キラは為す術もなく地面に崩れ落ちようとする――寸前に銃声が轟き、身体に直撃する。
「グゥ……!!」
呻き声を上げたキラは、身体が重くなるのを感じた。
麻酔弾だ。恐らく自分を捕えるために。黒い服を着て武装している集団が、キラにライフルを向けていた。
必死で身体をよじって動かそうとしたキラは、無慈悲な銃撃によってあっけなく倒れた。
僅かに残った意識の中でキラは何かを聞いた。
「はい。目標は沈黙しました」
『よくやった。ではいつも通りの場所に放りこんどけ。カナードの回収も忘れるなよ』
「了解しました。この死体の山はどうしますか」
『“雑用係”に任せるさ。お前等はほっといてさっさと戻ってこい』
「わかりました」
プツッと切れた通信。
キラを引きずろうとした男が、キラを見て何かに気付いた。
まだあがいていることに。
「オイ、まだこいつ意識があるぞ」
「何だって?」
「ったく、こいつを仕留めそこなって逃がしたとかいう失態は作りたくないからな」
「スマン」
「こいつは子供だが、スーパーコーディネイターの完全体なんだから油断するな。貴重なモルモットだからな」
「……わかったよ」
「徹底的にやれ。……このくらいにな」
男は無造作にキラの頭を踏みつけ、銃口をキラの身体に向けて、発砲した。
キラの身体が、銃弾が当たる度に跳ね上がる。五、六発くらってキラの身体が痙攣し、そして力なく沈んだ。
髪を掴んで引っ張り上げたキラの顔を見て、意識が完全に失っているのを見届けた男は、そのまま手を離した。
抵抗もなく地面に叩きつけられたキラを見て心を痛める様子も見せず、男は足を持って引きづっていった。

 

また、あの牢屋にキラは戻された。
目が覚めたらそこは、いつも通りの真っ暗な光景だった。
枷が両腕両足にかけられ、口には頑丈なマスクが取り付けられている。
あの出来事が夢ならいいのに、そう思えたが、あの暖かな肉を斬った感覚は拭えようがない。
すでに一回ではないし、身体の方は慣れてしまっている。そんな自分が恐ろしくてたまらない。
キラの瞳が虚ろなのは、この牢屋が暗いからだけでは決してない。
すでに日の光がここまで差し込むことはない。
向かいの部屋の、自分の事を憎悪に満ちた瞳で見る少年がいつの間にかいなくなったことにキラは気づくことはない。
それから、金色の閃光がキラに向かって輝くのは少し後の話だった。