SEED戦記_01話

Last-modified: 2009-05-15 (金) 20:33:23

フェイトは、研究所の情報を全て洗い流していた。
ここは生体CPUの製造場とは表向きで、実際は最高のコーディネイターの実験場だ。
その証拠に、データを見るとキラの情報ばかりが埋め尽くされている。
「これは……」
フェイトはその情報を片っ端から見た。
まず、身体能力が明らかに異常だ。
コーディネイターと呼ばれる遺伝子操作された人種でも常人を遙かに凌駕するが、これはもはや化け物級だ。
身体の中には普通の人間にはない器官まで発達してる。
読み進んでいくと、ある二人の情報が載っていた。
カナード・パルス、キラ・ヒビキ。
前者が失敗作で、後者が完全体だ。数値や記録を見てもその差は明らかだ。
キラ・ヒビキが手に入ってしばらくして、カナード・パルスは比較対象として残された。
そしてしばらくして用済みのカナード・パルスは“廃棄”したらしい。その詳細は完全に抹消されている。
「失敗作……」
フェイトは思わず呟く。大好きな人に拒絶された頃の事を思い出す。
その後は、キラの戦闘データが細かく載っていた。
歴戦を誇るフェイトですらその詳細には驚愕した。
わずか数分で、数十人の魔導師を屠っていたキラの姿があった。
まるで鬼神かなにかの動きだ。禍々しさすら感じられる。
戦闘終了後、キラは蹲りながら、動かなくなった。泣いているようだ。
そのキラを、後ろから当たり前のように武装隊が銃を撃つ。
思わずフェイトは声を上げそうになったがなんとか堪えた。
数発撃ちこまれても中々倒れずに逃げ回るが、しばらくすると力尽きたように地に伏せた。
うつ伏せに倒れるキラをまるで道具のように掴み、引きずって行き、拘束して牢屋に置く。
そして実験に駆り出され、戦闘の前にゆりかごという入れ物にキラをいれ、洗脳操作して、送り出す。
キラは戦闘には絶対しようとしないので、洗脳してから戦わせる、というのがここのやり方らしい。
あまりの非人道的なやり口にフェイトは怒りのあまり、コンソールを殴りつけた。
――最近局員の死亡事件が起こっていたのは、彼らのせいか!
キラの事を調べようと思ったが、ここで手にした情報のみで、キラの過去に関してはほとんどが抹消されている。
彼の育て親、生みの親共に他界しているようだ。そうしてキラを捕らえたらしいから。
コズミック・イラという世界からきたらしいが、それ以上はわからない。
最後に、妙な文にフェイトは目が入った。
「S.E.E.D.――Superior Evolutionary Element Destined-factor……?」
聞いたこともない言葉だ。用語か何かだろうか?
全ての情報を一通り見たフェイトは、それらを全てフォーマットした。
キラの正体は、世間に知られるのは少しまずいことになりそうだからだ。
ここの連中の扱いをみれば一目瞭然だ。いい実験材料だろう。
あとは、別世界この施設に関連のある施設の情報をみせればキラの危機は回避できる。
データが真っ白になったのを確認したフェイトは、その場を去った。
まずは、キラに会わなければ。

 

どういうことなんだ?
キラはまず、そう思った。
“お引越し”かと思ったのだが、どうも様子がおかしい。
あの金髪の魔導師にこの施設に連れてこられてから、どうも自分の扱いがおかしいのだ。
まず、服を脱がされ、身体を洗われた。そして新しい服を調達された。
衛生面にちゃんと気を使っている服を着て、キラは大いに戸惑った。
こんな服を着るのは、何年ぶりだろう……
次に、食事を用意された。温かい食事だ。
これにも驚いた。研究所での自分の食事は不味くてビニール臭いレトロ食品だからだ。
それすら出されないこともあったのだが。
あとは、何もない部屋にポツンと置かれている。
これも異常だ。いつもなら拘束具をかまされ、厳重に囲まれるのだ。
まるで逃げてくれと言ってるようなものじゃないか。
しかしキラは動かない。逃げればまた別の人が殺されるかもしれない。
最初から逃げるという選択肢は存在しない。それはとうの昔に捨てた。
それに、状況が掴めない。あの研究員たちが自分をみすみす逃がすはずがない。
なのにこの待遇。明らかにおかしい。
あの人曰く、『安全な所』なのか?
ここにいる人は皆優しくて自分に何かしてくるわけでもない。
しかし油断は禁物だ。キラは神経を張り巡らせていた。
今まで“優しそう”な人が優しくしてくれた試しがない。
ここもそうかもしれない。今の扱いはただの気まぐれかもしれない。
そう思うと、何故だか悲しくなってきた。
自分は一体なんなんだろう……?
脳裏には顔がもうほとんど思い出せない両親の姿があった。
最期まで自分を大事そうに抱き、死んでいった親だ。
いくら本当の親ではないといっても、彼らに対する感謝の念は紛れもない思いだ。
だったら、自分を生み出した親はどういう思いだったのだろう。
知ることなどない。彼らの顔も知らないのだから。
不意に、扉が開く音がした。
キラはただそちらに向くこともなく、黙ったままうつむいている。
「キラ?」
思わず顔を上げたら、自分を連れ出した金髪の女性がいた。

 

ようやくキラが振り返った。
「あなたは……?」
「私はフェイト・T・ハラオウンて言うんだ。よろしくね」
にっこりとほほ笑みながら、話しかける。
キラは虚ろな目でこちらを見る。
「で?今度は何をするんですか?」
まるでこちらの事をどうかしようと思ってるような口調だ。
フェイトの事を研究員か何かと勘違いしているようだ。
「あなたの身柄は管理局が保護します」
キラは一瞬なにを言ってるのかわからなかったような顔になった。
「それで今度は管理局で、実験動物ですか?」
フェイトはかぶりを振った。
「違うよ。もうあんな思いをさせないから大丈夫だよ」
「……?でも、あの人たちはまだ諦めないと……」
「あの人たちってあの研究所の人たちのこと?それなら――」

 

フェイトはモニターの電源を入れた。そこには管理局によって占拠されたあの研究所の姿があった。
後頭部に両腕を巻かれている研究員が大勢並んで歩かされている。
キラはその光景にしばし意識が移った。
「――あそこの研究所とそれに連なるところは皆潰しておいたよ。
 違法の研究やそれに伴う犯罪が原因でね」
キラが振り返った。フェイトは優しく微笑む。
「だから、これからはあんな思いはしなくてもいいんだよ。
 これからは普通の生活を保障するから」
キラの返答を待たずに、キラの腕をフェイトが掴んだ。
「お昼ご飯まだだよね?私と一緒に食べようね」
キラはなすがままに連れて行かれ、朝食事を済ませた場所に着いた。
(よっぽどひどい目に遭ったんだね……)
何度話しかけてもずぅっと目が虚ろだ。
エリオとは違って反抗したりしないので扱いには困らないが、それでも胸が痛む。
なんか、まるでこちらのことが見えていないような。
ただ何か言われたので返事するというだけで。
あの研究所で、どんな酷いことをされてきたのかはフェイトは理解している。
心が壊れるのは当たり前のことだ。それが優しい子ならなおさら。
キラを席に座るように促し、フェイトもそばに座る。
出されたのは普通のロールキャベツ定食だった。
フェイトは静かに食べ始めた。チラッとキラの方を見やると、
キラは突然泣き出した。
「うっ……うぅ………………!」
「ど、どうしたの?キラ」
呻くように泣くキラに、フェイトは大いに戸惑った。
ロールキャベツが、何か悪かったのか?
そんなはずはない。自分も同じものを頼んでいるのだ。もしそうなら自分もどうかなっているはずだ。
キラの泣き方が段々激しくなってきた。
それは痛い、とかそういうのより、何かに悲しんでいるような、苦しんでいるような感じだった。
――何か思うところがあったのだろうか?この料理に。
しばしフェイトはキラを抱きしめてやった。キラはフェイトの胸の中で尚も泣き続けている。
胸の中の少年が、支えていないと折れてしまいそうな程脆く見えたフェイトだった。

 

しばらくして食事を済ませ、キラはフェイトに連れられてある場所に行った。
検査をするそうだ。血液や内臓に異常がないかを調べるため、らしい。
しかし、フェイトは敢えて正規のものではなく、知り合いのところに連れて行った。
キラの事が表沙汰になるのはハッキリ言って好ましくない。
信頼できる人間に事情を説明して、いろんな数値をできるだけでっちあげるように頼んでおいたのだ。
「フェイトちゃん」
「なんですか、シャマル先生」
シャマルと言われた女性は、深刻そうな顔でフェイトに向き直った。
「有り得ない数値がドンドン出るんだけど……いえ、全部が、といってもいいわ」
「そうですか……」
「体の構造も、他の人とは明らかに異なっている部分もある……とても人間のものとは思えない。
 それに……」
シャマルが口ごもっていると、奥の扉が開いた。
入ってきたのはシグナム。ピンクのポニーテールの女性だ。
「いるか、テスタロッサ、シャマル」
「シグナム……」
すでにフェイトは自分の信頼できる友人たちに、キラの事を相談している。
「キラ・ヒビキの戦闘データを見せてもらった。……ハッキリ言って、異常だ。人間のそれではない。
 反応速度、運動能力、そして情報処理能力……どれをとっても普通は不可能に近いな」
「……」
言葉もでないフェイト。やはり剣友も同意見か。
「確か、スーパーコーディネイター、と言ったな」
「えぇ。遺伝子操作を行っているんです。それもかなり高度な技術で。
 しかも、その中でもこの子は能力を極限まで上げるべく限界を超えて遺伝子が改造されています」
「遺伝子操作か……」
それは、肉体改造と同じく時空管理局では禁止されている。
しかし、それが往来で許されている世界があるとは。恐らく管理局も把握してない世界だろう。
「まぁ、適当に数値を変えて提出しておくから。そこは安心してね。問題は……」
「こいつの今後だな」
シャマルとシグナムの問いにフェイトは迷いなく答えた。
「この子は、私が引き取ります。この子の親はすでに生きていないそうですので。
 しばらくはエリオと同じような暮らしをさせるつもりです」
「……そうか……それなら安全だろう」
それからフェイトは一礼して、部屋を出て行った。

 

「シ・グ・ナ・ム」
「なんだシャマル」
「なんでそんなにウズウズしてるの?」
「何を言ってる」
「あの子の戦闘データを見てから、ずぅっとそんな調子だから、いやでも気づくわ」
「そのことか。それに関して言えば、イエスだな。あれを見て心が動かぬ騎士はいない。
 一度剣を交えてみたいものだ……」
「……あなたってほんとに戦闘マニアねぇ……」

 

「な、何を言ってるんですか………!?」
キラは驚いたように目を見開く。
「あなたのことは、私が責任持って面倒見ます」
フェイトはそう言った。
後見人はフェイトの親で、保護責任者はフェイト、ということだ。しかし――
すでに、この人は自分のことはほっといてもいいはずなのに。
「キラには、幸せになってほしいから。これじゃあダメ?」
そう言われた。にっこりとほほ笑みながら。
思わず、キラの目尻から雫が落ち始めていた。
フェイトはそんなキラを抱きしめながら、くすりと笑った。
「キラは、ほんとに泣き虫だね」

 

「ほう……?」
紫の髪をした男は、倒れている黒髪の少年を見つけた。
男の名はジェイル・スカリエッティ。管理局では広域次元犯罪者とされた男だ。
面白そうに眺めていると、少年は突然立ち上がり、スカリエッティをみとめると襲いかかった。
スカリエッティは手で払いのける。
今のは速い一撃だ。しかし妙に力が弱い。体力が消耗しているのだろうか?
しばらくして少年は今ので勝てないと悟ったのか、一向に手を出そうとしない。
それどころか、こちらの動きを逐一観察してる。
手にはデバイスが待機状態で握られている。しかし使おうとはしない。
恐らく、魔力を節約しているのだろう。逃げる方法を吟味しているのか。
スカリエッティは少年に声をかけた。
「君は、こんな所で何をしているのかね?」
少年はキッと目を見開き、油断なく身構える。しかし、しゃべらない。
「今の身ごなし……普通ではないな。何か肉体に改造を施しているのかね?」
睨みながらまだ沈黙を保ち続ける少年。スカリエッティはやれやれと言った仕草でため息をついた。
「しかし、若いな。考えていることが見え見えだ。もっと感情を抑えることを覚えたほうがいい。
 ……ところで、見たところ君は逃げ出した、というより追い出されたといったところか?」
ビクッと震える少年。
「逃げ出したにしては追っ手も来ない。ここらを歩くそれらしき者もいなかった。
 どういうことかね?」
「俺は……失敗作だ……」
少年は苦いものを呑みこむような顔になった。
「俺は……失敗作だ……用済みとして捨てられた……もう生きている意味がない……
 いや、生きていることが間違っている……」
俯いていた少年が突然がばっと顔を上げた。目には狂暴な光が灯っていた。
「だが、俺はあいつをこの手で仕留めるまでは死ぬつもりはない!!
 あいつを倒すまでは、俺は負けるわけにはいかない!!
 だから……こんなところで……死ぬわけには………!!」
「ふむ……なるほど……」
スカリエッティは顎に手をあて、しばらく考えた。
“あいつ”とは誰かは知らないが、自分はこの少年に興味が湧いた。利用価値もある。
「ならば、私のところに来ないか?」
少年は驚いたかのように顔を上げた。
「……何だと?」
「言葉の通りだ。君の身の安全を私が保障してやる、と言っているのだよ。
 君のいう“あいつ”も探してやろう。その代り君のその力、私に貸してくれないか?」
少年はしばらく考えた。どこにも行く場所がない自分を、失敗作の自分を必要としている。
初めての経験だ。それがなんとなくだが嬉しかった。
それに、自分の野望の手助けをしてくれるそうではないか。悪い話ではない。いざとなれば逃げればいい。
「いいだろう。俺の目的も果たせるのならな」
「フフ、感謝するよ。そういえば君の名前を聞いていなかったな……」
スカリエッティは言葉を切った。少年は気を失っていたからだ。空腹だろう。
そう思い、フンと鼻を鳴らしてモニターを出した。
「フン、散歩もたまには悪くないものだな。―――ウーノ」
『どういたしましたか、ドクター。その少年は?』
「広いものだ。戻ったらすぐに拾った少年の食事と手当を頼む。それと彼の身体の事を調べてくれないかね?
 私も実に興味がある、彼の真実にね」