SEED戦記_02話

Last-modified: 2009-05-28 (木) 21:43:04

逃げ惑う人々。恐怖に顔を引きつらせる者。泣いて命乞いする者。
憤怒を浮かべる者。丸くなって震える者。
その全てが汚い骸となっていく。
その中で、血の海に一人佇む自分の姿――――。
「――――!!」
がばっと跳ね起きるキラ。凄まじい汗が身体を覆う。
フェイトに引き取られてから何度も見る悪夢。だがあれは紛れもない自分のやった事実。
声を上げなかったのは、隣で眠っているエリオの為だ。
この幼い少年に迷惑をかけたくない。
自分が殺した者の声がまるで怨念のように、呪詛のように耳にこびりつく。
(償わなきゃ……いけないな)

 

「訓練校?」
「はい。今日見学に行くんです。キラさんも一緒に行きませんか?」
エリオのそんな言葉からこの長い一日が始まった。

 

エリオ、そしてシャーリーと共に訓練校の見学に行くことになったキラ。
場所は管理局武装隊ミッドチルダ北部第四陸士訓練校。多くの魔導師の卵が集まる場所だ。
フェイトはすでに訓練校のほうにいるそうだ。
「今はフェイトさんの所に行かなきゃね」
「は、はい」
シャーリーに付き添って、キラとエリオは学長室までついていった。
シャーリーがドアをノックした。ドアの向こうから知らない女性の声がした。
「どうぞ」
返事が返ってきたので、扉を開いて入った。
「失礼します」
部屋にはフェイトと学長らしき人物がいた。それを見たシャーリーは顔を緩めた。
「あーどもです。本校通信士科卒業生のシャリオ・フィニーノ執務官補佐でっす!
 配置換えになりました!」
「知ってるわよシャーリー。あなたもやんちゃだったから」
キラは不思議そうに首を傾げた。
「やんちゃ?」
「えぇ、二人ともとってもやんちゃな子たちだったわよ」
「ちょ、ちょっとその話は……」
二人して顔を紅潮させた。フフッと小さく笑いながら学長はこちらを見た。
「さてと自己紹介はまだだったわね。私はファーン・コラード三佐。ここの学長を務めています。
 そちらは……」
「はい!エリオ・モンディアルですっ!」
「キラ・ヒビキです」
エリオは元気よく続ける。
「きょうは見学の許可をだしていただいてありがとうございます!」
「いいえ」
「訓練校のこと、いろいろべんきょうさせてもらいますっ!」
「はい。しっかり勉強していってね」
元気いっぱいのエリオを見て、キラはなんだか心が和んでいた。
フェイトが申し訳なさそうな顔でシャーリーに向いた。
「シャーリーごめんね。エリオとキラをよろしく」
「はい♪勝手知ったる母校ですからー」

 

フェイトはエリオの襟をなおしながら、
「じゃあエリオ、キラ、私は学長先生とお話があるから、シャーリーについていい子でいてね。
 帰りは一緒だからね!」
「はいっ!」
「いい子って……」
元気よく返事するエリオと曖昧な顔をするキラ。
「じゃ行ってきますっ!」
「では失礼します」
「いってきまーすっ!」
「気をつけて」
フェイトは手を振りながら見送った。三人が見えなくなるとコラードは眼を細めた。
「可愛い子たちね。あの子たちが例の……?」
「ええ。エリオは大分前に研究所から保護した子で、キラは先日保護した子です」
コラードは薄く笑いながら質問する。
「あの子たちも将来局員に?」
「エリオの方はそのつもりだそうです。キラはまだ聞いていません。私からはよく考えるように言ってます。
 今日は単に社会勉強です」
わずかに微妙そうな顔になったフェイトだった。

 

「ここはどういうところなんですか?」
あまり人の集まってるところを見たことのないキラはシャーリーに聞いてみた。
ここは訓練校の屋上で、今は自分達以外は誰もいない。吹く風がダイレクトに当たるので涼しい。
「ここはですね陸戦魔導師さんの訓練校ですよ。たしか」
エリオが答えた。シャーリーの説明がそれに続く。
「そうだよー。ここはほとんどの戦闘魔導師のスタート地点で、今も一番数が多い空を飛ばずに戦う魔導師が学ぶ場所。
 フェイトさんたちみたいに先天資質でA以上とかそういう人を除けば飛行訓練はかなり大変だからね。
 予算もかかるし。空戦魔導師になる場合でも、陸戦魔導師として訓練や実績を積んでから……って場合も多いんだよ」
「A以上ということは、フェイトさんは、どのくらいなんですか?」
キラは何となく気になったので聞いてみた。フフンと得意そうに息をするシャーリーは、
「フェイトさんは、今はS+くらいで、管理局でもトップクラスなんだよ!」
まるで自分のことのように嬉しそうに語る。
「あ、もちろんどっちが上とか偉いとかいうことはないんだよ」
「はい!わかってます!」
エリオが元気よく返事した。
「陸も空もそれぞれの場所でそれぞれにはたらいて助けあってるからこの世界を守れるんだって!
 前にフェイトさんに教わりました!」
「うん、偉い偉い」
誇らしそうに語るエリオの頭を撫でて褒めるシャーリー。
(助けあっている……か……)
自分にはいかに縁のない言葉か、今までの人生を振り返ってみてよく分かる。
研究所にいた頃は、ずっと独りで戦ってきた。負ければ死ぬ。勝っても誰か殺される。
あの過酷、というのも生温い常識はずれの地獄のような毎日。常に独りで這いずりまわってのた打ち回る恐怖。
助けてくれるどころか自分をまるで虫でも見るかのような研究員の目。それに浮かぶ羨望のような感情。
そして、いつも憎悪を目に浮かべて自分を見ていたあの黒髪の少年――――。
生きるために、常に誰にも、あらゆる状況でも負けないために、頂点を目指し続けた。
誰も助けてくれない。求めることもできない。自分以外に頼れるものは何もない。そう思った。
そう、あの長く美しい金髪と近寄りがたい美貌を持つ女神に会うまでは――――。
「あ、朝の訓練始まるねー」
シャーリーの声にキラは回想からふと戻った。
校舎から大勢の訓練生が出てきた。それぞれ杖や槍を持っている。
皆並んでいる。いよいよ訓練が始まり、走り回ったり跳び回ったりしている。
エリオは初めて見る光景にすっかり見入っていた。キラも興味深そうに見ていた。
そんな中、オレンジ色の髪のツインテールの子が空高く飛んでいるのを見てキラは驚いた。

 

「シャーリーさん、ここの生徒に空を飛べる人がいるんですか?」
「あぁ、あれは多分違うと思うけど」
「あれ楽しそうですっ!」
「エリオはマネしちゃダメだよー、フェイトさん泣いちゃうから」

 

「まあせっかく来てくれたんだから、もう少し詰めた話をしましょうか」
「はい」
最近のロストロギア関連の事件による一通りの話を終え、フェイトは肩の力を抜いた。
しかし、コラードの目には真剣な光がまだ灯っている。
「最近保護したあの子、キラ・ヒビキくんだっけ?彼の事なんだけど……」
「キラの事ですか?」
キラの名が出たことによって、フェイトは背筋を再び伸ばす。
コラードにはキラのデータを見せている。長年生徒を見続けているこの女性にも意見を伺いたいかったからだ。
「一言で言うなら、異常よ。あの歳でこんな戦果を挙げられる子なんて見たことないわ」
「そうですか……」
「彼の事も聞いているけど、それでも考えられないくらい。局でも中々いないでしょうね、これ程の実力者。
 この戦闘記録、普通ならまず信じないでしょうね。でもこれは現実」
「やはり、そうですよね……」
コラードも同意見らしい。当然のことだが。
管理局は慢性的な人手不足に悩まされている。少しでも戦力は欲しい。
それに引き換え、キラの能力は捨てがたい。正直にいって一騎当千でも少ないくらいだ。
問題は……
「キラには、まだこの話はしていません。それに、やはり個人の意思を尊重してあげたいから……」
「そういえば、まだだったわね。無理矢理、と行くわけにはいかないもの。本人の意思が重要だし」
「それに、キラが戦う事を嫌がっているなら……」
重くなり出した空気の中、コラードは肩をすくめた。
「まあ。この話はまた後で。あなた達の最近の話も聞きたいからね」
「あ、はい……」

 

「失礼しました」
三人が入ってきた。
色々見回って、エリオはもう興奮状態だった。キラも面白そうに見廻した。
シャーリーはそんな二人を微笑ましそうに眺めていた。声はかけなかった。
すると、シャーリーに通信が入った。
『シャーリー』
「フェイトさん、どうしたんですか?」
『ごめんね、少し本局の方で呼ばれたの。すぐに学長室に来てくれる?』
「あ、はい」
通信が切れた。シャーリーはエリオとキラを連れてすぐさま学長室に来た。
「ごめんねエリオ、キラ。一緒に帰れなくなっちゃったの。二人だけにするけど……」
「そうですか。仕事なら仕方ないですね。分かりました」
「まあ、帰るだけなら何も問題ないと思いますけど……」
ごめんね、ともう一度だけフェイトが謝り、シャーリーを連れて出て行った。
「フェイトさん、忙しいんだね……」
「そうですね。フェイトさんはいつも忙しいのに僕のとこにくるときもいつもニコニコしてて……
 ほんとは僕たちに構う暇なんてあまりないはずなのに……」
「そうなんだ……」
キラはエリオと手を繋いで帰路を歩きだした。訓練校に背を向けて。

 

「どうだ?うまく誘導できたか?」
「あぁ、バッチリだ。あのオーバーSの執務官を遠ざけられるのに成功したようだ」
「そうか。ならあのプロジェクトFのガキを拉致できる絶好のチャンスだな」
「あと、プロジェクトFのガキと一緒にいるガキは誰だ?」
「その辺のガキだろ。邪魔するなら始末しろ」

 

「……え?」
フェイトは疑問視付きの声を上げる。
「どういうことですか?今さっきあなたにそう言われたのですが」
『いえ、私は確かに“上の都合が付きましたので、予定を早め、明日、本局で会議を行います。
 時間通りに出頭するように”と伝えましたが……』
フェイトは首を傾げた。今、すぐ来るようにとこの人に言われたのだが……
『はい、ではポイスレコーダーに……え?“今日、本局で会議を行います。早めの出席を”だって!?
 そんな事言った覚えないぞ!?』
「どういうことですか?」
相手のただならぬ状態にフェイトは緊迫した表情になった。
『誰だ……!?こんな声を流したのは!』
フェイトの声を無視して、しばらくして通信が切れた。
「どういうことですかね?」
「わからない。ただのいたずら?それにしては手が込んでる……それに私だけだなんて……
 他には滞りなかったって言ってたし……」
ただの愉快犯か?それとも自分に恨みでも?
しかしさっきの状態からすると、相手も知らずに驚いているようだった。
「でも、これで予定がなくなったのでエリオたちとも一緒に帰れますね。
 今ならまだ間に合いますよ、フェイトさん」
そうだ。用件がないなら別段困ることもない。キラやエリオの顔をまた見ることができる。それに越したことはない。

 

――何だ?
キラは突然振り返った。
「キラさん、どうしたんですか?」
エリオは怪訝そうな顔になってキラを見つめたが、キラは答えない。
何かがいる。多くの戦いの中で培ってきた戦士の勘が、嗅覚が危険な匂いを敏感に嗅ぎとった。
紛れもない敵意が、こちらに向いている。しかも一つじゃない!
――八、九……十人か……!
すぐさまポケットに手を伸ばす――のを諦めた。
「エリオ!!」
キラはエリオを抱きかかえて大きく跳んだ。
キラとエリオのいた空間に、数発の魔力弾が貫いた。キラはエリオを抱えたまま物陰に隠れた。
「エリオ、大丈夫!?」
「は、はい。でも何が……!?」
「わからない。でも確かに今のは僕らを狙っていた。ここにいるのは―――」
キラの声が途切れた。追い打ちがかかったからだ。
「チイッ!初弾で仕留め損ねるとは!!」
「索敵しろ!あのプロジェクトFのガキを絶対に捕えろよ!!」
エリオの身体がビクッと震えるのをキラは見た。
――プロジェクトF?
聞いたことのない言葉だ。しかし今の会話にエリオの反応……そこから推測されるものは一つしかない。
(狙いはエリオか)
自分だとしたら何か知っている言葉を使うが、そんな類いのものが全くない。
「キラさん……これは……」
エリオは怯えたようにキラの服の裾を掴む。
すでに数多の修羅場をくぐり抜けてきたキラとは違い、エリオにこの状況は過酷過ぎる。
応援を呼ぶか?いや、周りに被害が及ぶ。そもそも連絡手段がない。
――やるしかないか。
キラは密かに決心する。
「エリオ」
「な、なんですか」
怯えたような顔のエリオはキラの顔を見る。
「ここに隠れているんだ。できるだけ見つからないように、ね」
「は、はい。でもキラさんはどうするんですか?」
「黙らせてくる」

 

「え……」
エリオが言葉を噤むのを遮るキラは、ポケットからフェイトからもらった紐を取り出した。
伸び放題の髪の毛を束ね、ポニーテールのようにまとめた。動きやすくするために。
次に、もう一つ何かを取り出す。蒼い水晶のようだ。
「ストライク、行くよ」
『オーケイ、マイマスター・キラと照合しました。では行きましょう』
「ストライク、セットアップ!」
刹那、キラの身体を纏う服が一変し、白を基調としたトリコロールの甲冑服に変化した。
「キ、キラさん……!魔法使えたんですか!?」
「シッ……ここで隠れていてね、エリオ」
「あ、はい……」
「そう、いい子だ」
エリオの頭を撫で、それからキラは物陰から躍り出た。相手はその行為にひどく驚いていた。
一方、キラは頭から足の先まで醒め切って行く。目の前の奴らを、“敵”と認識してから――――。
「ランチャー・モード」
『了解しました。ランチャー・モード』
現れた緑色の長砲を構えた。相手が回避行動をとる前に――
『アグニ・バースト』
巨大な蒼の砲撃を食らい、二人ほど吹き飛ばした。
――二人。
「な、何だこいつは!?」
思わぬ反撃に仰天する暇を見逃さず、キラは次の行動に移る。
包囲しようとする連中を完全に無視し、キラは叫ぶ。
「ロード、カートリッジ。エグザス・モード」
『了解、エグザス・モード』
長砲は形を変え、四つの紫色の三角錐に変わる。二つは魔力刃を出し、もう二つは発射体になる。
ガンバレルと呼ばれているそれは確実に相手を捉え、四人とも脱落した。
――六人。
「このォォォ!!舐めやがってェ!!」
男は吠えた。そして呪文を唱え始めた。
(召喚魔法か!)
その中の一人が召喚魔法を唱える。魔方陣から大きな生物が現れる。
猿のような奇妙な巨大生物を一瞥し、キラは判断した。
「ソード・モード」
『ソード・モード。シュゲルトゲーベル』
長剣を手に取り、一直線に向かう。わざわざ動かせる間を与えたりしない。一撃で決める。
まるで滑るかのような身ごなしに奇妙な生物は戸惑い、前足を振り下ろすが、そこにキラはいない。
「はぁぁぁぁ!!」
いつの間にか肉迫していたキラは奇妙な生物を、斬り裂いた。
音を立てて崩れ落ちる生物に目もくれず、キラは動き出す。
「マイダス・メッサー!パンツァー・アイゼン!!」
カートリッジを消費しながら呆けている相手に寸分狂わずヒットさせた。
――八人。
「す、すごい……!」
エリオはわずかに頭を覗かせ、キラの戦況を見、そして感嘆した。素人の目からでもその凄まじさがよくわかる。
怯え切った残りを見て、キラは静かに言う。
「エール・モード。これで決める!」
『オーケイ、エール・モード』
翼をはためかせ、キラは飛ぶ。両手には、光刃が握られている。
「こ、このォォォォォ!!」
一人がこちらに向かって攻撃してくる。キラは余裕を持って斬り払い、高速で接近する。
魔力刃を発生させキラに立ち向かうが、キラは腰を落としてやり過ごし同時に光刃を一閃させた。
隙だらけのそいつは反応する間もなくノックダウンした。
――九人。
最後の一人は、物陰から頭を覗かせているエリオを見て、そちらに走り出した。
(人質にとるつもりか!!)
エリオは驚いたような表情になり、男はエリオに手を伸ばす。そしてその手は――何もない空間を掴んだ。
「エリオに、触るな!」
真横から声と同時に強烈な飛び膝蹴りが炸裂した。首筋にキッチリ当たり、男は沈黙した。
――十人。
キラは息を吐いた。わずか58秒の戦いだった。

 

エリオは嬉しそうにキラの方に走ってくる。
「キ、キラさん。怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。そんな事よりこの人達は……」
エリオがビクッと震える。キラはそんなエリオを見て、口を閉じた。
地面にのびている十人の男たちをどうしたらいいのだろう。キラはそんな事を考えていると、誰かの声が聞こえた。
「キラーエリオー」
フェイトだった。
「フェイトさん、用事があったんじゃないんですか?」
「それが、間違いだったみたい。それで一緒に帰ろうと思ったんだけど……」
フェイトは気絶している男たちを見回した。
「キラ、この人達は?」
「さっき襲われたんです。プロジェクトFとか言って……」
フェイトがピクッと反応した。キラはそれを見逃さなかった。
「何ですか、プロジェクトFって」
「う、うん。あとで教えてあげるよ。それよりもこの人達を連れて行かなきゃね。」
フェイトは曖昧な笑みを浮かべながらその場を誤魔化して、男たちを連行した。

 

「そうなんですか……クローニングで生まれた子供……」
キラは呟いた。フェイトが語ったことの重さ。
エリオとフェイトの出生の秘密。普通とは違う生まれ方をした子供たち。
自分とよく似ている。暖かい母体からではなく冷たい人工子宮から生まれた最高のコーディネイター。
そういえばエリオも過去に実験動物扱いされていたらしい。詳細は知らなかったがそういう事だったとは。
ならばエリオは確かに自分のいた研究所にいた人間のような人種には欲しい材料だろう。
「フェイトさん」
「何?」
「ああいう子たちって、他にもいっぱいいたりするんですか?」
キラは素朴な疑問をフェイトにぶつけた。自分にもいるのだ、他にもいるかもしれない。
フェイトは躊躇うように俯き、そして顔を上げた。
「そうだね、いっぱいかは分からないけど、こういうことで被害を負う子供はいるよ」
「そうですか……フェイトさん」
キラは密かに決意を固めた。
「僕を……管理局で働かせてください」
「……え?」
フェイトは間の抜けた声を上げる。キラは構わず続ける。
「ああいう人間を少しでも減らして、普通に暮らせる世界にしたいんです。
 子供たちが普通に明日を見れる世界を護りたいんです。それに――」
フェイトは押し黙る。
「――僕は、過去に多くの命を奪ってる。その償いをしたいんです。今日、訓練校に行って、思ったんです。
 あそこには自分達が暮らす世界を護る為に一生懸命頑張っている人達がいました。
 僕は、あそこから出た人を少なからず殺している。本当はあそこに立ち入る資格なんてなかったんです。
 だから――」
「キラ……」
フェイトはようやく口を開いた。少し不安そうに。
「でも、これからは普通に暮らすことができるかもしれないんだよ?キラが危険を冒す必要なんてない。
 それに、戦いから遠ざかることも――」
「でも、僕には力がある。それをたくさんの人の為に使いたい。ただ人を殺す為ではなく!」
キラの決意がうかがえる言葉だった。フェイトは静かに考えた。
確かにキラの力は魅力的だ。管理局では重宝されるだろう。なにせあの戦闘能力だ。
しかも、キラは自主的にこう言ってきている。コラードに言われた通りに意思があるなら、ということだが問題ない。
そして今日の見学と事件でより一層強く思ったらしい。
キラの事は無罪、となっている。当然だ。洗脳によって行っていたのだ。彼の意思はそこにない。
しかし、この優しい少年は絶対に納得しないだろう。今日の訓練校は極めつけだ。
ちなみに後で知ったことだが、あの集団は通信妨害して内容を操作し、エリオからフェイトを離したそうだ。
彼らはエリオを、いやプロジェクトFの実験体を拉致しようとしていたのだ。
キラも邪魔するなら始末するつもりだったそうだ。キラの事を知らずに返り討ちだったそうだが。
ああいう集団は珍しくない。たまにあんな輩もいる。手段を選ばない極めて迷惑なのも。
そういう人物から市民を守る人間が増えてくれれば、いいことに違いない。だが―――
いや。キラが決めたことだ。それに口を出すべきではない。
それでも、不安は拭えない。この子を危険な目に遭わせたくない。
「……わかった。私が手続きをしておいてあげる。ただし――」
フェイトは息を吸い込み、キラの眼を見据えた。
「私に納得させることができたらいいよ。キラが、この私を」
「それは……どういう……?」
「明後日、模擬戦をやろう。そこで私が見てあげる。キラの決心と、実力を」
フェイトは静かに断言した。