SEED戦記_04話

Last-modified: 2009-06-14 (日) 21:23:58

数日後、IDカードが渡された。
中の事項はキラ・ヒビキ、武装局員資格に魔導師ランクD、役職は三等空士。
それと共に管理局員の制服が支給された。
少しサイズが大きかったが、フェイトには少し大きい方がいいと言われた。成長するから、だそうだ。
「わ~キラさん、よく似合っていますよ!!」
「うん。とってもよく似合うよ、キラ」
「そ、そうでしょうか……」
キラは少し顔を赤らめて俯いた。
慣れない服装に少し戸惑ったが、しかし中々着心地は悪くない。少し動きにくいが。
腕を曲げたり足を上げたりしてそれを試してみる。違和感はない。
――しかし、こんな自分を少し前までは想像できなかったなぁ。
キラは内心苦笑する。
研究所にいた頃は、まともな扱いはされなかった。服も洗うこともできず、変えることもできなかった。
こんなにきちんとした正装する自分など夢にも思わなかった。
――フェイトさんに出会ってから、僕って随分変わったなぁ。
「キラ?」
フェイトがキラの顔を覗き込む。キラは顔を紅潮させてのけ反った。
「ワッ!な、なんですか?」
「フフッいや、緊張してるのかなって思っただけ」
「そ、そうですか」
フェイトがキラの手を掴み、引っ張る。
「じゃ、行こうか。そこまで送っていくよ。確か管理局首都防衛隊だったよね?」
「えぇそうです。でもいいんですか?」
「まあ途中まで一緒だし、気にしないでいいよ」
車に乗り込み、走らせた。その行く途中、フェイトはふとキラに話しかけた。
「キラ」
「はい」
「ちょっと、約束してほしいことがあるんだけど……いい?」
「なんでしょうか」
キラは真剣そうなフェイトの顔を見て口元を引き締めた。
「簡単なことだよ。たった三つだけのこと。
 一つ目は、友達や仲間を大切にすること。
 二つ目は、戦うことや魔法の力の怖さと危険を忘れないこと。
 そして三つ目は、どんな場所からも絶対に元気に帰ってくること。
 これだけだよ。約束できる?」
フェイトの言葉にはキラは理解するには少し時間がかかった。
何せ今まで友達や仲間など持ったこともないし、戦いや力に関しては恐怖を持っていては動きが鈍る。
最後のには合点が行くのだが。
だが、自分はもうあの頃の自分ではない。ルールも環境も全く違っているのだ。過去の常識などに囚われる必要はない。
だからこそ、この答えが出せた。
「分かりました。その約束、守ってみせます」
「うん、じゃあ私も少しは安心できるよ。首都防衛隊でも頑張るんだよ」
「はい」
「あ、後、たまには帰ってきて顔を見せてね?私もエリオも待ってるんだから」
「はい!」
道路の上を、車が走破していた。隣の車を追い越す。
太陽が、天高く昇り始めた時だった。

 

お世辞にも広いとは言えない室内で、陶器のコップに熱いお茶が注ぎ込まれていく。
コップからは白々とした湯気がモワモワと溢れ、消えてゆく。
そのコップの取っ手を掴み男が息を吹き込んで冷まし口に運んだ。そして一口すする。満足そうな顔になった。
その男の顔には、鼻の所に一文字の傷跡が刻まれ、厳つい顔を加えるととても男らしい相貌だ。
その相貌に、近寄りがたい気迫のようなものが身体中から溢れ出し、いかにも歴戦と言った出で立ちの男だ。
しかも長身で、まるで動く大木のような筋肉質な男だ。
腰元には、武骨極まりないカタナもかけられている。
柄には多くの戦いをくぐり抜けてきたのか、又は多くの修練の賜物か分からないが、多くの手垢が付いている。
半分ほどお茶を身体に取り入れた時、ドアからノックが響く。
男は仏教面になってコップを机に置き、ノックの主に呼びかけた。
「開いてるから入ってこい。ハンス」
男がそう言うと、ハンスと呼ばれた局員が室内に入ってきた。男は顔を引き締めた。
ハンスは何やら書類のようなものを持ってきたようだ。
「何の用ですか、サトー隊長」
サトーと呼ばれたその男は、頼んでおいた書類を届けてくれた部下に笑いかけた。
「分かっていってるんだろ。新人のスカウトの話だ」
この手の問題は管理局の永遠の課題だ。魔導師は限りがある為、人手不足はいつまで経っても解消されない。
しかも、優秀な人材は常に本局に持っていかれるため、こちらに人材を回ってこない。
ならば、自力でスカウトに励むまでの話だ。
レジアスの奴も、この問題の解決に走り回っているようだが。
人材をこちらにまわそうとしない本局に対してあまりどうこう思っていないが、首都防衛隊が人手不足では締まらない。
だから優秀な人材ではなく、新人をこちらで育てている。未来の為にどうにかしようとしている。
レジアスの奴は、質量兵器の使用に対して色々手を回しているが、自分はこういう形で貢献しているつもりだ。
若手を育てながらじゃないと、持たないからだ。
歳の関係上、自分達は必ず先に死ぬ。だが有能な若手がいれば次元世界は安泰だ。
それに、レジアスの考えを否定するわけではないが、人間の平和は人間が守るべきだ。機械に任せっきりでは良くない。
サトーはそう思う。
今から六、七年前に、十歳でAAAランクの少女達が管理局に入隊した時はレジアス、ゼストと共に驚かされたものだ。
十歳でAAAランクだ。紛れもなく途方もない天賦の才に恵まれたとしか言いようがない。
天才では決してない自分達は、ひどく驚いたことは今も忘れることはない。
レジアスは決していい顔はしなかった。ゼストはただ驚嘆し、だがしかしあまり興味は示さなかった。
そして自分は、素直に喜んだ。これ程の奴らなら俺達がいなくなっても大丈夫な気がするからだ。
サトーは天才やレアスキルに対して良く思わないレジアスとは違って、どうこう思ったことはない。才能もどんとこい、だ。
入隊当時はDランクの理想だけでつっ走って周りを省みない若造だった頃を思い出す。
あれから必死に駆け上がり、今ではオーバーSの実力を得ているサトーだが、その道は苦労より喜びが多い。
あの頃の自分には常に親友たちがいた。彼らと共に強くなることはとても面白い。努力がキツイ、等と思ったことがない。
腰にかけているカタナ――斬機刀を意識したサトーは、慈しむように撫でた。
これはベルカ式だが、自分は騎士ではない。“武士”だ。騎士道ではなく、“武士道”を行くものだ。
このベルカ式アームドデバイスは、別段高性能のものではない。どこにでもあるものを自分に合うように作ったものだ。
それは、数多の戦いを、友と共にくぐり抜けた相棒だからだ。
高性能AIは搭載されておらず、シンプルで、質実剛健の作りだ。
サトーの剣技と、鍛えられた肉体と共にあって初めて斬機刀は真の力を発揮できるのだ。
余計な魔法には頼らず、己の培ってきた“武”の力のみで戦い抜いてきた。
肌身欠かさず持ち歩くそれはもはや自身の身体の一部と化している。
待機状態などこれにはない。鞘に納めている時こそ、このデバイスの待機状態なのだ。
そのことに変だ、という輩もいる。確かにその通りだが、自分はこのスタイルを変えるつもりはない。
なぜなら、自分の友人たちもこのスタイルだったからだ。
技を競い合い、未来を語り合い、共に迷い、そして共に解決してきた過去は何よりも素晴らしいものだった。
それが崩壊したあの五年前のあの日――

 

「サトー隊長、何を悠長に構えているのですか。ちゃんと書類を揃えたのですから見ておいてくださいよ」
ハンスの声で思考から現実に戻ったサトーは、彼の持ってきたファイルを見た。
ファイルには、一人に少年の顔写真が載っていた。
名前の項には、キラ・ヒビキ三等空士と書かれている。
――ん?
サトーは妙な違和感を覚えた。
こいつの経歴は、平凡なものだった。
親が事故に遭って失って、それからフェイト執務官に引き取られて育った、と書いてあった。
ここの行だけは普通とは違ったが、それ以外はあまり大したことはない。
「へぇ。あのハラオウン執務官の秘蔵っ子というわけですか。これは期待できそうですね」
ハンスの声を無視してサトーはファイルに釘付けになった。何人も寄せ付けない集中力で残さず平らげるように読んだ。
ランクはD。どこにでもいる平凡な魔導師だ。しかしサトーには引っかかっていることがある。
つい先日、十人の次元犯罪者を一分もかからずに倒した、という噂があったことを知っている。
しかし所詮噂に過ぎないし、実際はハラオウン執務官がやった、ということにも有り得るらしい。
しかし、噂では、茶髪の年端もいかない少年がやったということも聞いていた。
こう言う嗅覚はサトーは鋭い。こんな次元犯罪者の動向に関して鋭い嗅覚を持つのは仕事柄だからか。
だが、同じ容姿の少年にハラオウン執務官の名、これはただの偶然だろうか?
それにしては色々噛み合っているし、辻褄も合う。だとすると――――。
「ハンス」
サトーはハンスに呼びかけた。
「何でしょう」
「この新人に、まずこの隊長室に出頭するように伝えておけ。来たらまず初めに、だ」
「……“面接”ですか」
ハンスは呆れたように溜息をついた。まずは色々手続きをしなければならない、紹介はそれからだ、そう考えているのだろう。
だが―――
「ソイツをまず一度見てみたくてな」
「はぁ」
「一人で来るよう言え。それからしばらくは誰もこの隊長室に入るな、とも伝えろ。全員にだ」
「分かりましたよ。あれをするんですね?」
「お前の知ることじゃない」
それだけ言って、サトーは斬機刀を手に掴んだ。

 

「――――というわけだ。まずは隊長室に出頭しろ」
「分かりました」
「二階の奥だ。階段上がってまっすぐ行けばいい」
「ありがとうございます」
フェイトに送ってもらったキラは周りを見渡した。
首都防衛隊の隊舎では同じ服装をした人達が大勢背筋を伸ばして闊歩している。
緊張したが、ハンスという人がついてくるよう促したのでそれについていった。
「あ、あの」
「何だい?」
「まず、手続きが先なのでは?」
「ああ、俺もそう思うけど、隊長が顔を遭わせろってうるさくてさ。手続きはこっちで勝手にしといておくさ」
キラはわずかに戸惑った。
疑問に思っていたことを口に出してから、ここの優先順位はフェイトと教わってたのと違うことにだ。
『まず色々手続きをして、それから部隊の皆に紹介するんだよ』
と言ってたが、部隊毎に流儀は違うのだろうか?

 

そんなキラを察したのか、ハンスは苦笑交じりに言った。
「初めだけだよ、こんなのは」
「え?そうなんですか?」
「そうだよ。最もあの人の頭の中は近くにいても分からないことだらけでね」
「どんな人なんですか?」
「う~ん――――」
それから色んなことを聞かされた。まるで自分のことのように語った。
まず、自分を武士と名乗る変人だということ、志が高く、優しく、強く、誇り高い男だということ、
カタナを握った彼は無敵だということ、ここの連中はそんな男に憧れて入隊したこと、
そして、ここの連中はこの男の“武士道”を極めてみたいと願う者ばかりだということ、
故に、この部隊は、サトー隊は無敵だということ――
まるで自分のことのように語るハンスを、キラは思わず見入った。
どんな人なんだろう。そう思ってしまったからだ。
しかし、あまりの変人ぶりに他の部隊からは微妙に疎まれているが、それも彼の魅力の内だとハンスは片づけた。
いつの間にか階段を上がり終えていた。
「ここから見えるだろ?あの部屋が隊長室だ」
「え、一人で会うんですか?」
「それが隊長の命令だ。ま、頑張って行け」
ハンスは手を振りながら、俺の仕事しなきゃ、と去っていった。
キラは歩き、扉の前で立った。そしてノックした。
聞こえてきたのは、中年らしい男の声だった。
「誰だ?」
「本日首都防衛隊に配属されました、キラ・ヒビキ三等空士です」
「そうか。では入ってこい」
扉を開けて、キラは中に入った。
これが、この部隊の最初の一日となるんだ。気を引き締めなければ。
「本日をもって、首都防衛隊に配属となった、キラ・ヒビキ三等空士で――」
緊張で上擦ったキラの語尾が言い終えることはなかった。キラの喉元に突き付けられた刃を見下ろしたからだ。

 

その刃を突き付けたのは、サトーだ。
周りには誰もいない。ここにはくるなと命令もしている。つまりここにはコイツと自分だけしかいない。
この面接の為だ。不純物は何一つない。サトーの顔には場違いな穏やかなものが張り付いてる。
「キラ・ヒビキだな?」
「……はい」
サトーが新人が入隊してきたときにまずやることだ。相手が心血注いでいる核に土足で踏み込む。
後はどうにでもなる。合う奴は合うし、合わない奴はどうしたって合わない。
人間は、見た目だけではない。相手の本心を引きずり出し、それを見極める、それがこの面接の目的だ。
相手の配位置が前線だろうと後方だろうと関係ない。まずはここからがサトー隊の新人のスタートだ。
――ほう。
キラはさっきまでガチガチに緊張していたとは思えないほど落ち着いている。
普通こういう時、何するんですかとか、これは一体とか言うものだが、コイツは何も言ってこない。
肝が据わっている。それも相当に。
キラの眼から表情が抜け落ちていることに気付いたサトーは、わざとらしく穏やかな声を出した。
「さて、こっからどうする?キラ」
いつもなら、何か反論してくるのでここで終わりにしているが、サトーは興味が出てきたらしく続きを促した。
今、サトーはキラに無理難題を押し付けた。この圧倒的に不利な状況を打破しろ、と。
何か動きを見せた瞬間に刺す。微弱な動作も見逃さない。
達人なら手で払うなり飛び縋るなりしてどうにかできそうだが、実はどうにもならないのだ。
すでに喉元まで来ている刃は、ただ押し込めばそれで終わりだ。こちらの方が圧倒的に速い。
何か不可解な行動をとる、またはそんな動きを見せた時点で刺す。そうすればコイツはここで死ぬ。

 

サトーもどうしてこんなことをやっているのか分からなかった。
だが、コイツならどうにかしそう、と何の根拠もない確信を何故か持ってしまったのだ。
――それがただのハッタリなら、死ね。
鼻を鳴らして、サトーは常識では絶対に回避不可能な必殺の突きをキラに向かって放った――
キラが何の前触れもなく、いきなり後ろに下がったのはその時だった。
いや、正確には斜め後ろ、だった。足の力を抜いて落ちるように体を捌いて音もなくいきなり下がったのだ。
突きをやり過ごしたキラは、体勢を低くしをサトーの足にローキックをかまそうとしたが、サトーは飛び縋って離れた。
サトーは斬機刀を正眼に構えて相手の動きを見て、隙を窺う。
――これほどまでとはな……!
今のやりとり、見て分かるものがいるだろうか、その凄さに。
サトーはキラの抜群のバランス感覚、判断力には驚かされた。
必殺の攻撃を難なくかわし、あまつさえ攻撃に転じた鮮やかさは尋常ではない。
これだけの事をするには、数多の戦闘経験がなければ不可能な絶技だ。簡単にできる真似ではない。
キラを見ると、前傾姿勢でこちらを睨んでいる。あちらも隙を窺っているようだ。
デバイスを使わない辺り、圧倒的に不利だということに気付いているのだろう。
ポケットに手を伸ばした時点で、即座に踏み込んで斬る――それだけのことだ。
キラがデバイスを使うよりもこちらがキラの首を刎ねる方が早いに決まっているのだ。それをちゃんわかってるようだ。
だが―――
(素手でどうにかしようというのか?)
サトーは思わず笑った。キラが次は何をしてくるか楽しみだからだ。
サトーは物言わず上段の構えを取った。
左足を踏み出し身体を無防備にさらし、フットワークを多用しない長身の者が使えるその攻撃的なそれは、
サトーが何年にも渡る試行錯誤を繰り返していった中でようやく掴み取った最も馴染む構えだった。
対するキラは、デバイスを取ろうともしない。いつでも“弾けられる”ように身体を丸め、相手の動きを逐一観察する。
何人も侵し難い空気を、最初に破ったのはサトーだった。
武器のないキラは否応なしに後攻になる。そこでサトーはその有利を生かして先に斬り込んだ。
一瞬で間合いを詰め、頭上から音のない稲妻を降りかからせる。その驚異的な速さの剣を、キラは両手で挟み込んで受け止めた。
――真剣白刃取りだと!?
両手によって包み込むように受け止めた。力が入らないことにも驚いた。それどころかこちらの手に衝撃が響いた。
白刃取りは、ただ受け止めればいいというわけではない。身体を巧みに動かし、相手の動きを完全に封殺しなければならないのだ。
そうしないと、力押しでこられればそのまま斬られるからだ。受け止める意味がない。
力だけで受け止めようとすれば、最初から加速がついているこちらの方が勝つに決まっている。
真剣白刃取りには力は要らない。身体の動かし方ができていれば成せる技だ。
しかも、剣をいきなり止める事によって相手に衝撃を与えることすらできる。壁にぶつかるような状態を作れるのだ。
一見無理のように見えるが、そこには恐ろしく精巧な技術がある。そして力を入れるタイミング感覚も必要だ。
そして最も驚いたのは、キラがそれを熟知して精確にそれを行ったということだ。
凄まじい技量に、反応速度。これ程までとは、とサトーはキラの技量に舌を巻く。
サトーは斬機刀をもぎ取られる前に即座にキラに蹴りを入れた。キラが離れた。
サトーはその隙を見逃さない。踏み込んで横薙ぎに斬機刀を振るった。
するとキラは身体を瞬時に斜め前に転身して、素手で剣に立ち向かった。刃がキラに届く前にキラがサトーの手首を掴んだ。
キラはそのまま手首を捻って剣を捻り取ろうとしたが、サトーはすかさず空いた手で拳を作ってキラの鳩尾を殴りつけた。
あまりの激痛に腹を抱えて蹲るキラを、サトーは畏怖の表情で見た。
――コイツは、滅多に見ない上玉だな。
素晴らしい戦闘センスの持ち主だ。この圧倒的不利を覆そうとするとはな。
素手で剣に立ち向かうには、剣を封じ込むしかない。それを熟知した上で、こちらの武器を捻り取ろうとした。
だが、問題は戦闘センスではない。
コイツは、圧倒的不利でも何も言わずに立ち向かってきた。つまり抗おうとしていた。
そう、サトーが何よりも目に惹いたのは、コイツの諦めの悪さだ。
魔力以前に人間が強くなれる根本的なものが、コイツにはしっかり根付いている。
苦しそうに、しかしようやく起き上ったキラを、サトーは温かい目で見た。
「早く起きろ。もう面接は終了だ」
キラが目を剥いた。

 

「あれ、面接だったんですか!?」
「そうだ。隊の連中を紹介そしてブリーフィングするからいつまでも這いつくばってないで来い。
 ブリーフィングルームに集合をかけているからな」
「え、あ、はい!」
サトーが真剣な顔で歩き始めたのをキラは見た。
キラは何となく釈然としないものを感じながらサトーについていった。

「――と言うわけで、今回配属されることとなったキラ・ヒビキ三等空士だ。皆仲良くするように」
ブリーフィングルームでの作戦説明兼紹介でパチパチと拍手される中、思わずキラはサトーをジロッと見た。
数人の隊員がキラを囲む。まるで転校生のような扱いだった。
「で、隊長の面接、どうだった?」
まずこれだった。みなニヤニヤしている。キラは思わず口を尖らせた。
「問題になるんじゃないですか?あれは」
「あれがサトー隊長の流儀だよ。いきなり本心につけ込むやり方さ。面接では己を隠すな、いい子ぶるな、
 ありのままのお前を見せろ、って」
――なるほど、確かに変わっているんだな、あの人は。
まだ続いていた。
「サトー隊長は、まず人間の根本、つまりソイツの抱えている感情を重視するんだ。適当にカマかけたりするし。
 “どんな人間も、最後には好きか嫌いかで動く、つまりは感情を愛する。”これがサトー隊長の持論だそうだ。
 それに、それがわからないと隊の人間には加えられない、と。仲間の背中を守らせてやれない、とも言っていたよ」
――それって人生論なんだろうか。
それを聞いて、少しだけ理解したキラだが、やはり不満は消えない。
「でも吃驚しましたよ。いきなり斬りかかってくるんですから。死ぬかと思いましたよ」
囲みが一斉に静かになった。
「……マヂ?隊長斬りかかってきたのか?」
「はい。少し遅れてたら死んでましたよ」
「……つーことは、隊長の剣を避けたのか!?」
「……?ええまぁ」
オイ、嘘だろ、とかいう相手の反応に違和感を覚えるキラだった。しかしそれを聞こうとしたタイミングで、
「おい!今からブリーフィングだ!質問タイムなら仕事を終わったあとにしろ!!」
サトーの一声に、隊員達は蜘蛛の子が散らばるように離れて席に着いた。
照明が落とされ、画面が開かれ白く輝く。白い建物が映ると全員の顔が真剣なものに変わった。
「調査の結果、この生産プラントと見られる施設を発見した。我が隊はここを強襲する。
 そこで、今回の作戦は――」
サトーが作戦の説明をしていく。突入メンバーの編成、武装の選択、その他もろもろ。
「――とまあ、ここまでだ。抜かりなくしとけ。準備は決して怠るな。コンディションは常に完璧に喫しろ。
 最後だが、決して他の隊には悟られるな。レジアス・ゲイズ中将から圧力がかかっていることは周知の沙汰だろう。
 隠密行動、ということを決して忘れるなよ。では解散!!」
照明が戻り、皆が顔を引き締めながらブリーフィングルームを出て行く。

 

そんな中、キラが最後に残ったサトーに呼びかけた。
「サトー隊長」
「どうした。今回から早速お前の力も期待させてもらうぞ」
「その件なんですが……お聞きしてもいいでしょうか」
「何だ?」
「今回の作戦、なぜ偉い人から圧力がかかっているんですか?一体何を強襲するんですか?」
キラはまだ新参者なので、詳しいことは知らないが、これはもしや独断専行ではないだろうか。
キラの疑問を見透かすようにサトーは笑った。
「そういや、お前は知らなかったな。まぁ知っててもらっても困るんだが。
 いいだろう、説明してやる。だが、今から話す事は決して他ではしゃべるんじゃないぞ」
「……分かりました」
よほど重大な問題らしい。サトーの重々しい気配からそれが分かる。
「数年前から、とある事件を捜査することに圧力がかかっている。それも、さっき言ったようにレジアス中将から、だ。
 そして、それをほとんど無視するように調査を続けた部隊――ゼスト隊という元々俺が所属していた部隊だ――が、
 五年前にどこかの生産プラントを強襲して、全滅したんだ。俺はその時別任務で隊を離れていたから、死ななかった。
 だから、俺の元同僚は何か見てはいけないものを見てしまったのではないかと思い、捜査している。
 ここにいる連中のほとんどがゼスト隊長に憧れていた者ばかりでな。彼の死の真相を知りたくて集まってくれた」
恐らくそれだけではないだろう、とキラは思ったが、敢えて今ここでそれを言うことはない。
それよりも、知りたいことがあった。
「その事件って……一体なんですか?」
サトーは一瞬躊躇したが、やがて口を開いた。そして声を潜めるように言った。
「事件名は……“戦闘機人事件”だ。よく覚えておけ、キラ」