SEED戦記_05話

Last-modified: 2009-07-04 (土) 17:57:09

夕暮れ――――
廃棄施設に赴いた一団がいた。
鼻に傷跡をつけている男が筆頭のその集団は、管理局の首都防衛隊のメンバーだった。
「ほう……ここのことだったのか。結構近くにあったのだな」
「そうですね」
その男、隊長サトーは顎に手を置いた。
首都防衛隊の通称サトー隊は、上層部には秘密にある事件を追っていた。
何故上層部には秘密かと言うと、公に捜査すれば(特に地上本部から)圧力がかかるのだ。
捜査も極秘に行っており、他の部隊に悟られないように単独で速やかに、だ。
実は、陸氏108部隊の部隊長、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐がサトー隊と同じ事件を追っかけてることを小耳に挟んだ。
彼らと連携できれば事件捜査も相当はかどるだろう。
しかし、他の部隊と連携した方が確かに早くなるが、どこから漏れるか分からないのだ。
そして地上本部に知られれば、そこで操作は途中で止まる。
(ゲンヤ・ナカジマ……クイントの……だから奴は……)
サトーはゲンヤ・ナカジマとは面識がある。それどころか一緒に酒を飲み交わしたこともあるほどだ。
ゲンヤの奴も、あの事件を――
――いや、今は目の前の事に集中しなければ。
サトーは思考を外に締め出した。
「で、どうだ?」
「ダメです、とても頑丈にロックされてて……中から開けなければ開くことはできません」
この廃棄施設の扉が思いの外頑丈で、一同は立ち往生していた。
サトーは苛ついたように唾を吐いた。
「この扉を破壊するのはどうだ?」
「それも考えたのですが、この扉は対魔力用に作られていて、魔法攻撃にはビクともしません。破壊は非常に困難です。
 それに、この施設の中に何があるかも分かりません。ガスなどで充満している可能性もあります。
 穏便に行くべきだと思います。それが最善手だと、自分は提案しますが」
「フム……」
サトーも一発撃ってみる。すると魔力弾はぶつかって弾けた。サトーは思わず顔をしかめた。
これには、相当の技術が施されている。生半可な攻撃では傷もつかないはず。この技術は地上本部にも転用されている。
地上本部が要塞と化している理由の一つだ。物理的な攻撃にも強い。これでは突破は難しい。
しかし――――。
(当たりか?)
サトーはひとりごちた。
何せ、これ程の技術力を持っている連中がこの施設を使っていることとなる。それは間違いない。
恐らくこの中には、なにか事件と関わりがあるものが潜んでいるはず、サトーはそう確信した。
少なくとも、何か手掛かりは掴めるはずだ。
問題は、この廃棄施設の侵入だ。どうすればいいか。見回りながらサトーは思わずその施設を見上げた。
「……ん?」
サトーはふと小さな穴を見つけた。裏側に排気管と思わしき小さな穴に網戸が掛けられていた。
飛翔して見てみると、子供一人入り抜けられそうなその空間にサトーは見入った。
大人が入り込むことは不可能な空間に、サトーはあることを思いついた。
(子供といえば、アイツがいたな)
その網戸を外しながら、サトーは傍にいたオロールに指示を出した。
「オロール、キラを連れて来い」
「キラを、ですか?」
「あぁ。“これ”はアイツしかできないからだ」
排気管を指差していった。オロールは心得たように頷いた。
「わかりました。すぐに呼び出します」
オロールが走っていったのを見て、サトーは網戸を外し終えた。網戸は地面に金属的な音を立ててひん曲った。

 

「侵入、ですか?」
「そうだ」
キラは首を傾げた。
今キラに与えられたのはこの排気管から、中に侵入して扉を開けろ、という命令だった。
「確かに通れますが、本当に中に繋がっているんですか?」
「それについては事前に調べが付いている。一応中には繋がっている」
サトーがブリーフィングの時に説明した図面を広げた。随分と古いものだった。今の時代、紙媒質というのも珍しい。
サトーは指を指せて見せた。
「この排気管からは地下の排水場に繋がっている。そこから階段を上がればすぐ目の前に制御室があるからそこに行け。
 まずは最優先に扉を開けろ。何かイレギュラーがあった場合はすぐに撤退しろ。分かったな?」
「はい」
「じゃあ、お前のデバイス、ストライクにこの図面を入れておくから、何かわからなくなった時には使え。
 見ての通り、この図面は古いから違う場合もあるから、その時には各個に冷静な判断しろ。
 では、頼むぞ、キラ。初任務だ」
サトーはキラの肩を軽く叩いた。
いきなり自分の出番が来るとは。キラは気を引き締めた。
キラは排気管によじ登り、頭を入り、肩も入って、全身がすっぽり入った。
それを見届けたサトーは、全員に告げた。
「よし、俺達は正面に戻るぞ。扉が開き次第、突入する。準備はいいか!?」
『うっす!!!』
隊員達は勢いよく返事を返した。

 

一人排気管の中をもそもそと芋虫のように這い進んでいるキラは、ストライクで定期的に調べを取っていた。
『空気に異常なし。ガスや何らかの細菌兵器の反応もなし。湿度は異常に高いくらいです』
「そう?」
『はい。中の生体反応も今のところはないです。廃棄施設なので当然と言えば当然なのかもしれませんが』
「わかった。……それにしても、ここは臭いなぁ」
『ここの先が排水場となっているので、当然のことでしょう我慢してください』
「うぅ……」
悪臭に鼻を塞ぎたいが、そうはいかない。早く制御室を目指して皆を突入させなければ。
坂を匍匐前進で降り下りるかのように排気管を進むキラは、奥が行き止まりなのを見た。
「ということは……」
その下が、排水場に繋がっていた。
窒息しそうな排気管の道が終わりを告げたので、キラは安堵した。
キラは網戸を蹴り破って降りた。正確には、落ちた。
ゴチッ
「ギャン!」
頭から落ちて、巨大なたんこぶを頭に作って涙目になったキラは、熱くなっている頭の一部をさすった。
そこを見渡すと排水場はほとんど枯れており、汚水はほとんど溜まってない。
しかし蒸発したのか、ここの臭さは異常だ。五感が常人を遙かに凌駕しているキラにとっては苦痛でしかない。
早くここを出ようと急いでルートを探したキラは、ドアを見つけ、一目散に走った。
しかし、鍵がかかっており、ビクともしない。
「ストライク、アーマーシュナイダー」
『了解』
ストライクからナイフを素早く抜き、鍵の部分を突き刺した。あっけなく壊れたドアを、キラは蹴破った。
すぐに階段を目指して走ったキラは、妙な違和感に気がついた。
(これは……どう言う事なんだ?)

 

キョロキョロと周りを振り返ってみても、何もない。なのに――
魔力が、結合されない。
さっきからサトーに念話を送ろうと思っているのだが、ちっとも繋がらない。
しかも、体内の魔力が少しずつ食われていっているような気がする。
「ストライク、これをどう思う?」
『恐らくAMF状況下と推測します』
「君も同意見か」
AMF(アンチ・マギリング・フィールド)。
魔力結合を阻害するため、魔導師にとって天敵のような物だ。対策もそれなりにある。
かつて研究所で戦わされたキラは、これによる対策をいくつか知っている。だが、今はどうでもいい。
今は別に魔法を使う必要もない。さっさと制御室を目指し、自分の使命を全うすればいいだけだ。
そう思いながら、キラが階段を昇り終えた時―――
「……!!」
いきなりキラは倒れ込むかのように伏せた。その直後、キラの胸部があった空間に一条の光線が貫いた。
ほとんど脊髄反射だった。数多の戦闘で身についた防衛本能だ。だが、今はそんな事はどうでもいい。
問題は、何かが自分を攻撃してきたことだ。しかし、ここには人はいないはず―――
そんなキラの問いはすぐに氷解した。
近くに、何かが飛行してきた。長丸のような突起もない体形は、いかなる生物にもないものだ。
いや、生物以前にそいつからは温かさや呼吸も感じられない。完全なる無機物だ。
人でない、機械兵器がキラを襲ってきたということだ。
研究所にいた頃、こういう兵器に遭遇した事があった。その時、AMF状況下での戦い方を教わったものだ。
――なるほど、ではコイツらがいるから念話ができなかったのか。
数は五。キラならすぐに終わらせられる数だ。それにあまり時間をかけると外の隊長達に心配をかける。
即座に決断したキラは、ストライクを取り出した。
「ストライク、セット・アップ!!」
『OK.ソード・モード』
トリコロールの甲冑服を身に纏ったキラは、大剣シュベルトゲベールを引き抜いた。
五体の機械兵器がこちらを見つけ、襲いかかってきたが、キラは地を滑るように肉迫し、戦闘の一機を一刀両断した。
すると四機はパッと散開し、キラを取り囲んだ。
一斉射撃を展開した。避けるのは至難の業だろう。だが、
キラは横っ跳びを披露し、即座に射線から退避した。それとほぼ同時にキラは叫んだ。
「ストライク、エグザス・モード!ガンバレルブレード!!」
『OK.エグザス・モード。ガンバレルブレード展開』
キラから紫色の何かが飛び出た。そして四体の機械兵器にそのまま突っ込んでいった。
三機斬り裂かれて爆散していったが、一体がガンバレルを破壊してやり過ごした。
回避されたことを判断したキラはソイツにそのまま肉迫し、アーマーシュナイダーを音もなく抜いた。
キラの独特の機動に機械兵器は対処し切れず、ほとんど苦し紛れに光学兵器を撃った。キラの肩が掠り、傷口が焼ける。
だがキラは頓着せずに突き進み、左のナイフでカメラを突き刺し、もう片方で中心部を貫いた。
しばらくして機械兵器は力を失ったようにカメラの光を失い、飛行を保てず落下した。
ゴロンと転がるそれを一瞥したキラは、すぐに視線をはずして制御室を目指した。
今度のドアは開いていた。開けようとしたが、キラは一瞬躊躇した。まだいるかもしれない。
ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
敵に警戒して恐る恐る中を覗いたキラは、今度は何もないことに安堵しながら制御室に入った。
「ここか……で、どれだろう?」
初めて見るものなので、キラは必死に探す。とりあえず電力を入れ、正面ゲートと書かれた大きなレバーを見つけた。
その手動レバーを引いてみたが、長く整備されていないらしく、錆びついていた。
かなり長い間放置されていた上、ここの湿気がひどいのも一役かっているだろう。

 

キラの顔が一気に紅潮し、腕をブルブルと震わせる。渾身の力と体重をかけて力いっぱいに引くが、ビクともしない。
フウっと息を大きく吐き出して、両手に唾を吹きかけ、魔力強化もかさねて、もう一度引いてみる。
「くっそぉ!」
キラは重たすぎるレバー相手に思わず悪態を吐いた。
顔を紅潮させて腰を入れて踏ん張っていると、今度はガコン、と音を立ててレバーがようやく倒れた。
いろんなところに光が灯ったのを見て、キラは肩の力が少しだけ抜けた。
――やったぁ……どうにか任務は果たせた……
キラが一瞬、油断した。それが仇となった。
途端、レバーの手応えが無くなり、キラは踏ん張り過ぎていたため体制が酷く不安定だったので、慣性のままに吹っ飛んだ。
キラがそれに気付いたのは、凄まじい勢いで後ろの壁に激突した時だった。
ボコォッ
「ギャン!!」
涙目になりながら座り込んで二段重ねのたんこぶに手を置いた。
「――何やってんだ?お前」
サトーがキラを不思議そうに見ているのに気付いたのは、少し後だった。

 

キラが中から開けて、廃棄施設の中に突入したサトー達は、すぐさまこの廃棄施設の調査に移りかかった。
全体的に、かなり前に捨てられており、データもほとんど抹消されている。
実験室ももぬけの殻で、実験道具すらない状態だった。
「今回もハズレでしょうか」
「いや、少なくともただのハズレではない」
サトーはマシューにそう言った。
この施設で、キラが交戦したという機械兵器の存在が、サトーにそう言わせた。
この手の問題は初めてだ。今までは、本当に何もなかったから、これは大きな手掛かりになる。
しかも、この機械兵器は本局でもその存在を知られている。というか問題視されている。
AMFを発生させ、ロストロギアに群がる習性があり、神出鬼没なものだ。
誰が製作しているのかは謎のままだが、局員を襲っている以上、少なくとも悪意あるものと見ていいだろう。
それに、ロストロギアに群がるという事は、後ろに何者かが暗躍していると見て間違いないだろう。
だが、サトーが一番気になったのはそんなことではなく、AMFのことだ。
AMF状況下では魔導師は恐ろしく脆弱だ。少なくとも新人には対処し切れまい。
ゼスト隊も、これが大量に投入されたからでは―――そう考えるのは妥当だ。
今回は少なかったとは言え、この施設内に予め仕掛けられていたようだった。
どう考えても、罠だろう。
そして、いきなり大量のAMF発生兵器を投入されれば――
(ゼスト隊を壊滅させた連中とこの兵器を運営している連中は吊るんでいるか、同一なのか。
 いずれにしても、絡んでいることだけは確かのようだ)
サトーの推測は、後に当たりとなって本人に降りかかる――

 

「集められるデータは集めておけ。まあ大したものはないがな」
「はい」
部下に後始末を任せ、サトーは今回の一番の功労者である少年の元に赴いた。
少年は傷の手当をされている。大した怪我を負っているようには見えなかったのでサトーは安堵した。
サトーはその少年――キラ・ヒビキに賞賛を言った。
「キラ、お前のおかげで滞りなく捜査が済んだ」
「そうですか」
「あぁ。お前がいなかったらもっと面倒なやり方を選ばなければならなかった。よくやったな」
サトーはキラの頭を撫でた。キラはまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます」
頬を僅かに紅潮させて、キラは嬉しそうに笑った。
初任務としては、上出来な部類に入るだろう。今回の件は、キラの手柄だ。
キラは肩の傷にまかれた包帯を、何か感慨深げな眼で見ていた。
まだ僅かに血が噴き出て滲んでいた。
「……ん?」
キラは目を見開いた。
視線の先に碧色の小鳥が傷ついて倒れていたのを発見したからだ。
キラは思わず、その小鳥の元に駆け寄って行った。

 

「――とまあ、初任務はそんな感じでした」
「へ~そうなんだ」
キラは今回の任務を、フェイトに話した。
機械兵器の事は、サトーがあまり話すべきではない、と釘を打たれていたので、そこは犯罪者に変えて言った。
フェイトは、一言も逃さないように聞いていた。まるで弟が初めて仕事を終えたかのように。
「キラさんは、一人でやったんですか?」
「僕が一番体系が小さかったからね。適任だったんだよ。それに敵もあまりいなかったし」
エリオが無邪気に聞いてくるのに対し、キラも満更でもなさそうに笑いかけた。
そんな彼らを見ていたフェイトは、ある物に気がついた。
「ねえキラ」
「何ですか?」
フェイトはキラが連れてきた物を指差した。
「その小鳥は何?」
「途中で拾ったんです。傷ついて地に伏していたので……簡単な治療を済ませておいたんですが……、
 飛べるようになるまで回復するのには、まだ時間がかかるらしいので……」
「ふ~ん。じゃあそれまでキラが預かるってこと?」
フェイトはキラに聞いてみた。
すると、キラは迷いなく頷いた。