SEED-IF_1-103氏

Last-modified: 2013-10-28 (月) 03:02:55

『シン、もう止めて! アスランも!』
「ルナ……?」
 その言葉に、再度の突進をかけようとしたデスティニーが動きを止める。ルナマリアの
乗ったインパルスが、デスティニーとインフィニットジャスティスの間に割り込んだのだ。
 Iジャスティスのリフターは破壊され、左腕のシールドはビーム発生機構が故障し、
右のカメラアイが光を失っている。デスティニーも無傷ではない。右脚は膝から先が無く、
アロンダイトも長射程砲もライフルも破壊されていた。光る翼だけが、力強く輝いている。
『シン!もう過去に囚われたまま戦うのはやめろ!』
 アスランの言葉は殆ど耳に入っていない。シンの瞳は、インパルスから離れない。
ルナマリアは2人の戦いを止める為に危険を冒した。しかしシンには、彼女がアスランを
庇ったようにしか見えなかった。守ると約束した仲間である彼女が、敵であり許し難い
裏切り者でもあるアスランを。
『この戦いを続けても、何も戻りはしないんだぞ!』
「そう……」
 憤怒の表情を消したシンが、サイドボードのキーを叩く。MSのモデルが表示され、
点線がそれを囲む。デスティニーが戦闘態勢を解き、四肢を緩く広げた。
「ルナも、そう思ってるのか?」
『……そうよ。もう全て終わらせましょう、シン』
 通信機越に安堵の吐息が聞こえる。頷き微笑むシン。何かから解き放たれたように。
「わかった」
『え?』
 余りに穏やか過ぎ、余りに自然過ぎる声。聞き返そうとしたルナマリア。インパルスの
胸部コクピットに、フラッシュエッジ2のビーム刃が深々と突き刺さった。構えを解いた
デスティニーの姿が風に吹かれる靄のように消え去って、ビームブーメランを投げ終えた
本当の姿が浮かび上がる。ミラージュコロイドによる擬態だった。
『し、シン!! お前は、何て事をッ!!』
「戦い続けても、何も戻りはしない……」
 Iジャスティスの隻眼が輝く様を見て、シンが呟く。優しげで暖かく、まるで描かれた
絵のような微笑を浮かべたまま。
「知ってたよ、戦い始めた時から」
 逆手で2本のビームサーベルを構えたIジャスティスが、爆発を起こさずそのまま機能
停止するインパルスを押し退け、デスティニーに迫る。両手を合わせボクサーのように
ガードを固め、両手の甲から発生したビームシールドで2連続の斬撃を受け流した。
 相手の動きを予知したかの如き、流れるような防御機動。両機の距離は、ほぼゼロにまで
縮まった。
『く……!』
 生じた大きな隙をカバーすべく、右脚部のビームエッジで蹴りを放つIジャスティス。
だが、デスティニーの左掌が膝に押し当てられる。
 パルマフィオキーナの発動が一瞬遅れ、Iジャスティスの右脚とデスティニーの左腕が
共に大破して小爆発を起こした。激震とアラームの中でも、シンは笑みを消さない。
『シン……何故、お前は!!』
 アスランの声は、モニター一杯に迫る右掌と青白い光輝で掻き消された。永遠に。

 

 落ちる夕日が海面に弾け、波音が静かに寄せて消える。2人が、石碑を前に立つ。
「僕は、君に会わなくちゃいけなかった。2つ、伝えたい事があったから」
「2つ?」
 全てを奪われ、また自ら捨て、独りになったシンは戦後、オーブの慰霊碑を訪れていた。
大破し、動力部を損傷し停止したデスティニーはザフトに回収され、シンも救助された。
ラクス=クラインの特別な計らいだったらしく、敗北した側のザフト兵は、その殆どが
デュランダル議長に騙され、無理矢理戦わされてきた被害者として扱われ、待遇に不満を
訴える者は殆どなかった。
 シンもその1人だった。反論し、戦いを続ける気力が残っていなかったからだ。肩を
並べる仲間はいない。守るべき大切な人もいない。抗う理由が何処にも無い。
「2年前、オーブで君の家族を殺したのは僕だ」
「知ってる」
「怖かった。戦っていない人をこの手で死なせた事実を、認めたくなかった」
「だろうな。それが1つ目に言いたい事か」
 風が吹いた。1台の乗用車が2人の背後を走り去っていった。捧げられた花が、その
勢いで転がりかける。キラとシンの手が同時に伸び、それを掴んだ。目は合わせない。
「2つ目は?」
「僕とラクスを手伝って欲しい」
「俺が誰を殺したか、知らないのか?」
 シンがキラに視線をやる。キラは笑った。絵に描いたような微笑を浮かべた。
「敵味方に分かれていたんだ、仕方がないよ。僕も……あのレイ君を死なせた。
直接殺したわけじゃないけど、救えなかったんだから同じだ」
「仕方がない?……そうだな」
 問おうとしたシンだが、かぶりを振った。確かに、仕方がない以上のリアクションは
無意味だ。戻っては来ない。誰も幸せにはなれない。笑顔を生まない。
「慰霊碑に花を供えるのと同じだよ。訪れる人が本当に欲しいものは、もう……」
「じゃあ、アンタ達の手下になってやる。仕方がないからな」
「シン、手下って意味じゃ」
「1つだけ条件がある」
 言いかけたキラを、シンは立てた人差し指で制止する。
「俺を、前線以外に配置するな」
「……うん、わかった」
 キラが頷くと、シンは慰霊碑に背中を向けた。両手をポケットに突っ込み、歩き出す。
その後姿を見送り、キラもまたシンとは別の方向に向かって歩く。

 

 夕空を花弁が舞って、星が淡く瞬き始めた。