第二話「戦火、再び」
薄暗いコックピットの中で、ステラはシートにもたれかかってぼんやりとしていた。
起動システムは既に立ち上がり、周囲の機器は明滅を繰り返していて。
見たことない文字の羅列が膝元のパネルに流れては消え、流れては消えていく。
ただ、さきほど入れたデータディスクによるOSの書き換えにはもうしばらく時間がかかるということ。
それだけがなんとなく分かる。
だから、ステラは思い出していた。
さきほどの刹那の出会いのことを。
「俺はシン。シン・アスカ」
そう微笑みながら手を差し出した少年。
紅い瞳の、少年。
ひどく悲しげで、ひどく優しい感じがした。
けど、それ以上に脆い気がして。
だからこそ、ステラはその少年に惹かれる。
「シン……」
その名を呼んだのは何度目だろうか。
もう二度と会うはずがなく。
でも何となく会えるような気がする少年のことを。
「シン……」
心に思い浮かべる。
それははっきりと、すみずみまで再現できる。
ほんの少しの間の出来事だったというのに、それほどまでに強く印象に残っていた。
偶然に街角で出会い。
偶然にお互いぶつかって。
偶然に目があってしまった。
ただそれだけのことなのに……
なぜ、こんなにも気にしてしまうのだろう。
慣れないその気持ちにステラは戸惑う。
こんな気持ちは、ネオ以外に感じたことなどなかったのだ。
いや、もう少し突き詰めて見ればそれとも違うことに気づく。
『おいステラ、そっちは準備OKか?』
と、聞き慣れた声にステラは現実に引き戻される。
見れば、膝元のコンソールパネルにはOS書き換え完了のメッセージが表示されていた。
目の前のモニターには頭部のメインカメラによる格納庫内の様子が映し出されていて。
「……うん、大丈夫」
声の主、スティングに通信を返す。
ステラ達三人の中で一番年上で、ちょっとだけ優しい。
『おいステラ、お前が乗ったやつの名前は?』
そしてもうひとつの声。
「え……」
『名前だよ、機体の名前。ミーティングの時に確認したろ』
「あ……えっと……」
『はい終了~。答えはガイア。で、俺のがアビスでスティングのがカオス』
「うん……そんなだった気がする……」
『ったく、足引っ張るんじゃねーぞステラ』
こっちはちょっと意地悪だけどいつも一緒にいてくれるアウルだ。
だけどつい喧嘩してしまって、ネオによく怒られている。
そう。
いつだってこの二人と一緒にステラはいる。
ネオの言いつけを守って、三人で行動する。
嫌だなんて思ったことはない。
第一ネオの言うことは絶対だし、スティングもアウルも暖かだ。
だから今日も一緒にいる。
一緒にMSに乗っている。
「そんなことないもん……アウルこそはしゃぎすぎてネオが言ったこと忘れないでね」
『はっ、そりゃご丁寧にどうも!』
そこでようやく思考が追いつく。
今、自分が何をしているのか。
この後に何をやらなければいけないのか。
『おしゃべりはそこまでだ……二人とも、さっさとガティ・ルーに帰還するぞ』
『りょーかい』
「うん、わかった……」
ネオが「敵だ」と言うコーディネーターの基地で。
さっき三人で奪ったMSで。
『先頭はアウル、殿は俺がやる。ステラはアウルの援護を頼む』
『まっかされました!』
「うん」
『どうも俺達以外にもこいつを狙って来ていた奴らがいるらしいからな……気をつけろ』
そう言えば、ここに来た時にはもう戦闘が始まっていた気がする。
ステラ達が行動を起こす前に、既に警備の者が何人か倒れていたのだ。
『かんけーねーよ。そいつらもまとめて俺が倒してやるっての』
『馬鹿、機体の奪取が最優先だ。無駄な戦闘は極力避ける』
『えーなんでだよ、つまんねー!』
『ネオも待っている。作戦時間に余裕はない…………それとも、ひとりでここに残りたいか?』
『……ちぇっ……分かったよ』
さすがはスティングだとステラは思う。
自分ではアウルに言うことを聞かせるなんてできないのに。
そして。
『よし、発進だ』
スティングの声にステラはゆっくりと駆動ペダルを踏み込み機体を前進させる。
黒を基調とした、細身のシルエットのMS。
それは他の二機に比べてどこか女性的で、だから一目見た時に自分が乗ると決めていた。
―ゴウン―
拘束具を引きちぎった僅かな揺れと、操縦桿から伝わる確かな感触。
まず問題はないようだった。
ディスプレイにも機体の異常は表示されていない。
『それじゃぁ行くぜぇ!!』
そして先頭を行くアウルの機体から放たれる赤い光。
暗い空間を引き裂き、格納庫の天井を突き抜けた光の後にはコロニーの空が見えて。
『いくぞ!』
続くスティングの合図と同時にバーニアを噴かし、機体を飛び立たせる。
「……シン」
軽いGに身体をシートに押さえつけられながら、ステラはもう一度少年の顔を思い出していた。
「はぁあああああ!!」
コックピット内に木霊する咆吼。
同時に、重い音を立てて崩れ落ちる緑の鉄の巨人。
両脚と両腕を切断されたそのMSのモノアイが消え、機能を停止させたことが分かる。
だが、シンはそれに目もくれず既に次なる標的に狙いを定めていて。
「そんなものに……!」
ロックオンされたことを知らせるアラートよりも早く。
シンは自らが駆るZGMF-X23S“セイバー”に回避行動を取らせる。
それによって、行き場を失ったビームはまたひとつ何らかの建物を瓦礫と化した。
しかし次の瞬間にはビームを放った機体もまた、セイバーの持つビームサーベルによって瓦礫の一部となる。
「……ふぅ」
ようやく静かになったコックピットの中で、シンは息を吐き出した。
894 名前:735改めCSA[sage] 投稿日:2008/01/29(火) 14:50:51 ID:???
今のザクで倒したMSの数は6機。
リークされた情報が確かなら、このアーモリーワンに駐屯していたMSの半分を撃破したことになる。
といっても全ての機体で急所は外していて、ただ自立行動を出来なくしただけだったが。
「悪く思わないでくれよ、お前ら……」
シンはコックピットから這々の体で逃げ出す緑服のパイロットを見下ろしながら、複雑な心境で呟く。
殺してはいないとはいえ元仲間に刃を向ける。
覚悟してはいたが中々に堪える行為だった。
おまけに彼らは皆、ほぼシンの同期の者達で。
共に競い、共に学び、共に笑い合った者達。
それが偶然なんかではなく、ある者の意図して集められていたのだ。
普通に考えればあり得ない話である。
Z.A.F.Tの新たなMSと戦艦。
そのお披露目式が行われるコロニーの護衛が、新米パイロットに任されるなどというのはあり得ない。
何より、こんなにも簡単に賊の侵入を許し、あまつさえ新型機まで奪取される……
本来ならあり得ないのだ。
そう。
それはあるひとつの計画のためだった。
―オペレーション・真スピットブレイク―
全ての元凶であるナチュラルに制裁を下すため。
二度と戦争など起こさせないため。
元はパトリック・ザラが発案し、評議会によって否決された計画。
よって計画は当初の予定を修正し、そして地球のアラスカ基地強襲は失敗に終わったのは誰もが知っている。
そんな歴史の裏に隠された、真なるオペレーション・スピットブレイク……
安定軌道に乗っているユニウスセブンを地上へと落下させる、これがその内容だった。
目標は地球連合軍の最高司令部があるヘブンズベース。
ここを消滅させれば、地球における連合の指揮系統は大きく混乱する。
残る月基地も、さしたる問題ではない。
ユニウスセブンの落下によってナチュラルの対コーディネーター感情は大いに湧き上がるだろう。
そうなれば地球とプラントの間での戦争は必然となる。
果たして事態がそうなった時、勝つのはどちらか。
答えは既に見えている。
今度こそ、世界は正しい在るべき姿へと向かうのだ。
「……にしても、ローエン達は遅いな」
陽動であり、同時に部隊の切り札となる新型MSの奪取。
その作戦に就いているのはシンだけではない。
予定では別の格納庫に眠る三機もほぼ同じ時間にいただくことになっている。
そうしてシンの乗るセイバーと合流し、アーモリーワンから離脱する手はずなのだ。
事前に格納庫の警備は手薄になっており、奪取にそこまで時間がかかるはずがない。
まさか……という考えが脳裏を過ぎる。
「いや、大丈夫……サトー隊長だって……」
十時間前に時計を合わせて以来、情報漏洩を防ぐために別動班と連絡は取り合っていない。
それがまたシンを不安にさせて。
仲間を疑うなど、あってはならないことだ。
そう自分に言い聞かせる。
少し、ほんの少しだけ機体の起動に手間取っているだけなのだ。
―と。
「……来た!?」
頭部のメインカメラが捉えた映像。
そこに映った三機のMSにシンは目を輝かせる。
自らの心配が杞憂に終わったことを嬉しく思い、またそれを恥ずかしく感じた。
「おいローエン、聞こえるか!」
事前に指定していたチャンネルで呼びかける。
とにかく早く、仲間の声が聞きたかった。
が。
「おい、聞こえないのか! サンダース、ジョッシュ!!
シンの通信を無視するように、三機は徐々にその機影を大きくしていく。
もしかしてと思い確認するがチャンネルに間違いはない。
それでもシンはまだ諦めなかった。
この光景が導き出すひとつの結論を、認めたくはなかった。
「なら、直接……!!」
セイバーが動く。
スラスターを噴射させ、三機に向かって飛び立った。
通信がダメでも、直接機体を触れさせれば話はできる。
きっと通信機能が故障しているに違いない。
しかし、現実はシンの甘い考えを否定する。
「くっ……!」
シンを敵と見なしたのか、三機の内、先頭を行く一機が攻撃を仕掛けてきて。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!」
けたたましく鳴り響くアラームに、完全にシンは頭を切り換えた。
機体を上昇させて、放たれた大出力のビームの波をかわし。
回避と同時に、アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲で先ずは三機を散開させる。
「やらせるかよ!」
すぐさま三機はフォーメショーンを立て直そうとするが、そうはさせない。
機体を高機動のMA形態へと変形させ、一番近くの青い機体に接近する。
もちろん後ろの二機への牽制も忘れない。
眼前に迫る敵はZGMF-31S“アビス”だ。
水中戦と遠距離戦に特化したその機体への対処方はすなわち接近戦。
四機のMSのデータは全て頭にたたき込んでいる。
こういった形でそれが活かされるというのは皮肉なことだが。
「もらったぁああああああ!!」
MA形態による加速をそのままに機体を再度変形させ、肩部から抜きはなったヴァジュラビームサーベルでアビスへと斬りかかる。
が。
「なにっ!?」
絶対の自信を持って打ち込んだ一撃は、あまりにあっさりと裏切られて。
『はっ、そっちの考えなんてお見通しなんだよ!』
ビームランスの柄でセイバーのビームの刃を受け止めたアビス。
さらに、オープンチャンネルで向こうから勝ち誇った声が響き渡る。
若い声だった。
おそらく、シンとそう変わらない年頃の。
だがシンにそんなことを考えている暇などなくて。
『とっとと沈じまいな!』
「うわぁあああああああ」
ほぼ密着した状態から放たれるアビスの連装砲。
VPSに守られた装甲には実弾によるダメージはほぼ皆無だが、その衝撃までは消しきれない。
セイバーは大きく体制を崩して地上へと落下していく。
『はぁっ!』
アビスは追い打ちを掛けるべく、カリドゥス複装ビーム砲を放つ。
全てを薙ぎ払う赤いエネルギーの奔流がセイバーへと向かうが、
「……調子に…………乗るなぁ!」
すんでのところで、シンはセイバーに盾を構えさせて難を逃れた。
そして瞬時に機体チェックのため計器類に目を走らせ。
機体も制御し、次なる行動へと準備させる。
「くそ、何なんだよあいつは……」
幸い、損傷箇所はなかった。
しかし状況はかなりマズイ。
三機は完全にフォーメーションを取り直している。
さらにレーダーを見れば残りの守備隊がこちらに向かって来ているのが分かる。
何より、相手が手強いのが一番の問題だ。
それが三機。普通に考えて、最初の一機より残りの二機が極端に弱いなどというのは考えられない。
「早くここから脱出しないといけないっていうのに……」
時間が経てば経つほど、状況はこちらに不利になる。
下手をすれば、ミネルバに登載されているMSの出撃もあり得るのだ。
彼らにしてみれば何であろうとこちらは全て敵である。
三つ巴の乱戦の中、無事に脱出できる確証をシンは持てなかった。
その八方ふさがりの状況の中で。
『あぁ……聞こえているかい、なぞのパイロット君?』
突然の通信。
それはさきほどのオープンチャンネルではなく、しかもコロニーの外からの通信だった。