SEED-IF_CROSS POINT_第13話

Last-modified: 2010-02-15 (月) 04:36:49

漆黒の宇宙を奔るのは蒼い流星。
その動きを止めるかのように様々な機体が集まり、流星に向かって光を放つ。
しかし次の瞬間には数々の爆発が起こり、物言わぬMSの残骸が周囲のデフリの仲間入りをしていた。

 

『馬鹿な……俺たちがこうまで一方的にうわぁぁぁぁ!!』

 

それは捲土重来を目指してその地に潜んでいた者たちにとっては絶望の光景であり、
流星―――ストライクフリーダムとキラ=ヤマトにとってはいつもとなんら変わらない光景。
デジャブや飽きを通り越して、殺意すら沸くほどの。

 

『おのれぇ、キラ=ヤマトぉぉ!!!
 よくも相棒を!! よくも俺の仲間たちを!! 貴様の存在だけは許しはせんぞ!!!』
「あまりそんな言葉を使わない方が良いと思いますが。……弱く見えますし」
『地獄でほざいてろ、この化け物がぁぁっっ!!!』

 

勢い良く振り下ろされるグフのテンペスト。それをフリーダムはあっさりと両手で挟み込んだ。
真剣白刃取り。
あっけにとられるグフの四肢にレールガンを叩き込み、いつものように彼らのアジト方向に蹴り飛ばす。
今のが最後の機体だ。今日の戦いはこれで終わり。

 

「口だけなんだよね……この人たち、いつも」

 

溜息を吐きながらキラはそう呟いた。
この戦いを始めてからというもの、もう何回こんな言葉を聞き続けただろう?

 

アスランを倒してからしばらく世界は静かだったのだが、その静寂も長く続くことは無かった。
そして今回の敵はザクやゲイツの他にグフも出てくるなど、物資が充実していた。
つまり彼らは自分を恐れていたのではない。
大人しくしていたのはただ力を蓄えていただけということなのだろう。
喉元を過ぎれば熱さを忘れるのが人間の性なら、
怖い人間のいないところで本人の陰口を叩くのも同じということか。
それにそんな彼らに物資を流す、ロゴスの様な人間がまだいるということも見逃せない。

 

正直そういう事も予測はしていたが、自分の予想の上を行かれてしまった。
再開されるのがいくらなんでも早すぎる。
世界規模での恐怖の対象となるにはジャスティスとアカツキの処刑だけでは足りないのか。
あの戦闘に関しては化け物と呼んでいいくらいの2人を倒しても、1ヶ月もたないというのか。
それ以前にもヘブンズベースを単機で消滅させたこともあるのだが、それでもまだ。

 

「きりがない。なんで皆、手を取り合おうとしないんだろう」

 

倒してくれるほど強くないくせに、欲求だけは強いから中々諦めない。
そのくせナチュラルとコーディの間には未だに壁があって、彼らは中々手を取ろうとしなかった。
ならばやはりこれを覆すような決定的な何かが必要なのだろう。
意地とかプライドとか、そんなくだらないものを破壊するようなものを。
フリーダム打倒の切り札であったジャスティスは処刑した。
サーペントテールやアメノミハシラとは既に裏で不戦の協定を結んでいるし、
例え戦ったとしても大した効果はないだろう。
かといって連合の基地を破壊という真似はしたくない。
ヘブンズベースの2番煎じで大した効果は望めそうもないというのは先述の2つと変わらないし、
軍隊がいなくなった土地ではその後で紛争が起こってしまう可能性がある。それでは意味がない。

 

「となると、やっぱり次はシンしかいないのか」

 

脳裏に浮かぶのは真紅の瞳。
シンがベルリンを出て宇宙に上がったという情報はキラも既に入手していた。
アスランが敗れた現在、運命の魔剣と呼ばれたシン=アスカに
キラ=ヤマト打倒の希望を抱いている者は少なくない。
無論、それは自分も含まれている。

 

彼なら自分を寝かせてくれるのではないだろうか。
そんな期待は尽きないが、同時に恐怖も抱いている。
死ぬ事じゃない、彼に勝ってしまう事にだ。
確かに彼の乗る機体を見せしめにすれば、世界の大部分は今度こそ心が折れるだろう。
だがそれで人が戦う事を諦めると断言できないのも事実だった。

 

「力で縛るには世界は広すぎる。でも、恐怖で縛るには人々は愚か過ぎる」

 

彼が自分を殺してくれるのがベストだが、本気で抵抗する以上勝ってしまう可能性も十分以上にあった。
そして彼を倒してしまえば、流石に自分も覚悟を決めざるを得ない。
暴力を裁く執行者として、そしてこの汚れた世界で死ぬまで悪夢と共に生きていく覚悟を。
来るはずの無い平和を目指して、彼女に与えられた重い翼を引き摺って生きていく覚悟を。

 

「……終わりが見えないっていうのは、今よりももっと辛いんだろうな」

 

想像しただけで吐き気がする。
どんな地獄だ、それは。

 

自分に未来を託した彼女を責めるつもりは毛頭無い。
これは彼女が生前、あの小さな身体で必死に抱えていた荷物だ。夫たる自分に託すのは当然のことだろう。
だが一つだけ知りたいことがあった。一つだけ彼女に教えて欲しいことがあった。
今となってはもう、永遠にその答えを知ることはできないけれど。

 

ラクスは。
彼女は何故、こんな人間たちの明日まで救おうと躍起になっていたのだろう。

 
 

頭の中を巡るその疑問に、答えてくれる者はいなかった。

 
 

第13話 『目を見せない奴は信用出来ない』

 
 

いつものようにディーヴァに着艦。ヘルメットを外しながらコックピットハッチを開ける。
整備士からの労わりの言葉に適当に返事をしながらキラはMSから降りた。
だがいつもとは違う点がひとつ。フリーダムの目の前に立ち尽くす小さな影。
ピンクの髪の少女、それが誰かは言うまでもない。

 

「………ただいま、ラクス」

 

彼女がこのMSデッキまで来るのは珍しい。というか初めてだ。
こんな場所で小さな子供が1人では危ないだろうに、誰か止める者はいなかったのだろうか。
そう思いながら周囲を見渡すと、皆がチラチラと此方を見ている。
一体自分たちに何が――ああそういうことか。
そういえば自分はこの子の保護者だった。しかもこの子の外見は 『彼女』 に似ている。
だから皆気を使ったという事か。
ここでこの少女を粗末に扱っても良いことは無い。
周囲の視線に流されるように、感情を込めないまま彼女の頭を撫でる。

 

だけどそれが限界だった。そのまま脇を通り過ぎようとして

 

「………」
「………」

 

おずおずと差し出される小さな左手。予期せぬ事態に思考が止まる。
自分の右手がその手を掴み、部屋に向かって歩き出したのに気付いたのは数秒後のことだった。
フリーズした思考の代わりに自分の肉体がオートで動いたらしい。
デッキから通路に入っても、握られた手は離れる事はなかった。
何だか妙なことになってるなぁと思いながら少女に目を向けると、彼女もこちらを見上げている。
みつめあう2人。
なんとなくいたたまれなくなって視線を外す。視線を進行方向に戻して―――

 

「お疲れ様でした。これで世界も平穏へと近付くでしょう」
「……マルキオ導師」

 

その先にはこの艦で、いや世界で一番会いたくない男の姿があった。

 
 

「次の標的の候補についてですが」

 

隣の少女を気にしないかのように、盲目の男が話しかけてきた。キラは思わず眉を顰める。
マルキオ導師。
キラにとって支援者であり、同志であり、そして今はかつての母の主でもある男。
ロンド=ミナ=サハクとの交渉など彼の手腕に助けてもらっている面は多々あるが、
はっきり言って嫌いだった。
父から母を寝取った事もその理由の一つだが、この男がラクスに力を与えなければ
彼女は今も生きていてくれたのではないか。
彼女が死んだ日から、幾度もそんな事を思ってしまうからだ。

 

「やめてくれませんか。子供の前で話す内容ではないでしょう」
「これは失礼。ですが大した内容でもありません。
 地球ではまだ大人しいようですが、宇宙ではゲリラや海賊たちが行動を再開しました。
 幾つか候補を挙げておきますので次の目標の選定はお任せするということだけです」

 

そんな事ならば尚更、今伝えなくても良いだろうに。一体何を焦っているのか。
最近の彼はパーティーを準備する子供のように活動的で、そして焦燥していた。

 

「そうですか、調査ご苦労様でした。目標は後日連絡しますので、僕はこれで」

 

話を適当に纏めてさっさと別れようとするキラ。
だがマルキオの次の言葉に彼は表情を変えた。

 

「しばらく戦闘を控えるというのでしたら、たまにはオーブへ戻って
 カリダに顔を見せてやっても良いのではないですか?
 彼女も貴方を心配している。会ってやればとても喜ぶでしょう」
「………心配?」
「丁度これからの下準備や情報入手のため、3日ほど私は地球へ降りる予定です。
 オーブへの侵入はいとも容易い。そこでどうでしょう、カリダを含めた3人でひさしぶりに食事でも」

 

よりによって自分の前でその名を出すか。父から母を寝取った男が。
キラは冷たい視線で男を見返す。その目が見えていなかろうが関係ない。

 

「生憎ですが、僕はキラ= 『ヤマト』 です。
 あの人には育てて貰った恩はありますが、今の僕の親はハルマ=ヤマト1人だけ。
 彼女とは血が繋がっているわけではないですし、
 僕に構わず自分の好きなように生きてはどうかと伝えてください」

 

どこかの山奥にでも引き篭もってね、という言葉は何とか飲み込む。
流石にそれは品が無いと自分でも思ったからだ。
無論、別れたのには彼女なりの理由もあるだろう。母である前に女だし。
そしてこれは父と母2人の問題であり、彼らが納得済みなら自分には言うべき言葉は無い。
自分ももう子供ではないのだからそんな事はわかっている。
だが父の不在をいいことに、別れる前から同居人と関係を持つというのはいただけない。
それを受け入れる男の方もだ。
しかもそのまま駆け落ちでもすればよいものを、母親ぶって距離を保とうとするのは我慢できなかった。
自分が彼らに対して荒れるのも無理は無いと思う。
あの誰にでも優しいラクスですら、彼らの行為に対して眉を顰めていたのだから。

 

この男にしても今はまだ利用価値があるから此処に置いているだけで、決して信頼しているからではない。
道具の形状が気に入らなくても、性能さえ悪くなければ誰もが利用するだろう。それと同じ事。
価値が無くなれば直ぐにでも捨てるつもりだ。……残念な事に、それは当分先の話になりそうだが。

 

「そんな事よりも、例のものの生産は順調なんですよね?」
「無論。残すは調整のみとなっています。パイロットも都合できました」
「仕事が早くて助かります。ですがあれを扱えるほどの人材がそう簡単に揃うとも思えません。
 補給物資も無限というわけじゃないですし、使えないパイロットを補充されても困るんですが」
「そちらについてはご心配なく。彼らの技量はザフトの赤服と同等かそれ以上、
 腕の方は問題ありません。それから」
「……まだ、何か?」
「先程の返事を頂いておりませんが」

 

まだ言うか。
その顔を殴り飛ばして手にした杖をへし折る事ができれば、どれだけ気が楽になるだろう。

 

思わず拳を握り男に向かって歩き出しかけた時、誰かに服の裾を掴まれる。
視線を下げると目に入ったのはピンクの髪の少女。不安そうな顔で見上げていた。
その悲しそうな瞳に、僅かに自分の中の水位が下がる。

 

「………」
「………」

 

落ち着け。落ち着くんだキラ=ヤマト。
今の自分を 『彼女』 が見たらどう思う。

 

「―――生憎、しばらくこの子と一緒に過ごす約束をしてるんです。地球へはお1人でどうぞ」
「それは残念です。ですが」

 

少女の頭に優しく手を置きながら断るキラに対し、男はさほど残念そうにも見えずに肩をすくめる。
とってつけたような言い訳だが、理由を言ったため男もそれ以上は押してこなかった。
話を続けたい相手ではないので歩き出す。脇を通り過ぎても反応は無い。
嫌な空間からようやく離れることができたことに思わず安堵の溜息をつきそうになった瞬間、

 

「この戦いの後、ラクスに変わって貴方が世界を導かねばならない。その事だけはお忘れにならないよう」

 

キラの背中にそう言い放って、男は去っていった。

 
 

「…………ハッ」

 

立ち止まり振り替える。その目に写るのは、ゆっくりと去っていく男の背中。
キラは男の意思を全て拒絶するかの様に鼻で哂った。起きたまま寝言を言うというのは気持ち悪いものだ。
確かに夢を見るのは個人の勝手ではある。しかしあの男はそこまで自分という人間を理解できていないのか。
この戦いの後、世界を導く?
そんな事の為に自分が戦っていると本気で思っているのか、あの男は。

 

「戦う理由? そんなもの―――」

 

無様な自分が許せなかった。怒りのぶつける先が欲しかった。
『彼女』 にする言い訳をみつけて、荷物を置いて眠りに就きたかった。
所詮、自分の本音はその程度のものだ。

 

「世界を導く、だって。本当に見る目ないなあの人。――――ああ、見えないんだっけ」

 

自分にできるのは見たくないものから目を逸らす事ぐらいだってのに。
そんな小さい男に自分の思惑を押し付けて、悪趣味な自慰でもするつもりだというのだから。
救いの無い人間がここにも―――ん?

 

「え、なに……?」
「………うぅ」

 

くいくいと服の袖を引っ張る少女。早く部屋に戻ろうとかそんな意味だろう。
この子のおかげで盲目の障害者を苛めるといった無様な事をせずにすんだのだから、
ここは意思に沿うべきか。

 

「わかった………行こうか」

 

自分を見上げる彼女の手を今度は自分の意思で握り、キラは部屋へと歩き出した。
少女がこちらを気にしているのを感じる。まいったな、何か期待されてるみたいだ。
先程、これから一緒に過ごすとは確かに言った。
だがあの時言った内容は只の言い訳で本当はそんな約束はなかったし、そのつもりもなかったのだが。

 

「……?」
「ああ、いや。こっちの話」

 

まあいいか。
ほんのり冷たい小さなその手。触っていて不快なものではなかった。

 
 
 

「この戦いの後、貴方は世界を導かねばならない。その事をお忘れにならないよう」

 

その言葉を最後に伝え、マルキオはキラから離れていく。
背中に感じるのは鋭い視線。自分がそれに感づいている事はわかっているだろう。
だがその気配が消える事は無く。

 

「………やれやれ、嫌われたものですね」

 

原因はカリダか。母親を取られた子供の嫉妬のようなものだ。
そう、彼は子供なのだ。
人間離れした慈しみの心を持った、女性としてはある意味普通とは言えないラクス。
あの子は彼女以外の女を知らずにここまで生きてきた。
普通の女性と幾度か普通の交際をしていれば女性に対する理解も生まれたのだろうが、
結局彼の中にそれが芽生える事はなかった。
だからカリダが寂しさの果てに、妻ではなく女である事を求めたのが汚く見えるのだろう。
その気持ちは分からないでもないが、困ったものだ。
だが別に自分たちの不和が目的の遂行の妨げになっているという事はないし、気にするほどの事ではないか。
いずれ時間が経てば解決する問題だ。
息子と逢えない事に彼女は悲しむだろうが、その時は自分が慰めてやればいい。

 

「例のものの生産も予定通り。パイロットの補充も順調。
 情報戦も我々の方が連合やザフトより先んじている。
 不安要素は現状見受けられないし、これからも無いだろう。
 ならばこののち全てが順調に進めば、彼にも全てを受け入れる余裕が出てくるか……いや」

 

選ばれたパイロットを見れば、彼は自分や彼らを軽蔑するかもしれない。
先程の 「女」 もそうだが、彼は人の心の黒さや汚さをわからない。
そして汚れた裏道を歩く術を知らない。否、知りたがらない。
今までラクスに照らされた明るい道しか歩いたことが無かったからだ。それが彼の唯一の弱みと呼べるもの。
彼が見せる弱さに不満を覚えない訳ではないが、自分がその一部として成すのも悪い気はしない。
光が消え暗くて歩けないと言うのならば、道は私が裏から整えれば良いだけのこと。
私にならあの子が出来ないことが出来る。
そして、全てを掴みしその後は―――

 

「フッ。2人ならば 『彼』 に追いつけるかな」

 

思い出すのはかつての英雄。
かろうじて脳だけ存在しているあの残骸などではない、本物のジョージ=グレン。
彼と共にいた時期は短かったものの、SEEDを覚醒させあらゆる分野へと羽ばたいていった彼の勇姿は
今も尚、光を失った自分の瞼の裏に残っている。

 

「―――SEEDを持つ者こそが、世界を導く」

 

彼も持っていたSEED。あれこそが彼の跡を継ぐ資格。
あれを持つ者こそ、人類を未来へといざなう真の 『コーディネーター』 。
これまで僅かながらも幾人かの所有を確認することができた。
しかし彼の跡を継ぐに値する者には出会えなかった。

 

ラクス=クラインは道半ばで倒れ。
シン=アスカはSEEDを過小評価した結果、使いこなせていない。
アスラン=ザラはくだらない正義感に縛られてまともに動けない。
カガリ=ユラ=アスハのSEEDはただの残りカスだ。

 

よって残ったのはただ1人。
伴侶がいなくなり枷も外れた、全知全能のスーパーコーディネーター。
そう、キラ=ヤマトこそが彼の後継者なのだ。
『彼』 が見せてくれるはずだった未来を、自分に見せてくれる存在。
ならば彼が世界を握るのは当然のこと。

 

今の彼はさしずめ世界に災厄を振り撒くパンドラの箱。
ならば自分は最後に現れる 『希望』 を、輝かしい未来を掴み取る。

 
 

「そう、SEEDを持つ者が………!!」

 
 

誰もいない通路で1人。

 

狂信者は歪に笑う。

 
 

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