SEED-IF_CROSS POINT_第19話

Last-modified: 2010-03-28 (日) 23:15:19
 

「キラが動いたというのは、本当ですか!?」

 

大きな声を上げながら、焦った表情でアスランはミネルバのブリッジに飛び込む。
急いで来たので自分の着ている軍服が若干乱れていたが、この際それはどうでもいい。
艦長席に視線を向けると、席に座っていたアーサーが軽く頷いた。

 

「ああ、つい先ほど情報が入った。彼らの次の狙いは討伐軍……いや」
「シン=アスカ」
「だよね、やっぱり。ボルテールが狙われそうな理由って他に無いし」
「それよりもこのタイミングで動いた事を気にするべきでしょう。
 討伐軍が出航してからミネルバと合流するまでの、この短い時間に狙われた。それはつまり」
「情報戦でも後手に回っている、か。向こうにはマルキオ導師がいるからね。
 ったく、まためんどくさいのが敵に回っちゃったな」
「正直キラが彼を受け入れるとは思いませんでした。
 いや必要不可欠な人物であるのは間違いないのですが……」
「ひどく嫌ってたとか?」
「はい」

 

まるで打ち合わせでもしていたかのように話を進める2人。そして同じタイミングで溜息を吐いた。
考察なんてしたところで大した意味は無い。
現状を一言で表すなら 「キラ達に振り回されている」 の一言で済むのだから。

 

「アスラン=ザラではなくシン=アスカを狙った、か……情けない話です。
 格付けが済んだとでも思われたのか、もう向こうにとって俺など眼中に無いようですね」
「それは此方も同じ事さ。最新鋭機積んでるのに見向きもされず、民間人の方に行かれてるんだから」

 

そして、その選択はあながち間違いではないと言う事実も自分たちの溜息を深くした。
今のアスラン=ザラとシン=アスカでは敵の注目度が違う。
つい最近敗れたばかりのアスランに比べて、シンは最近のデータが何一つ無いため
現在の実力は謎に包まれているのだ。
謎を恐れるのは人の性。ブランクがある筈だから大丈夫と情報の無さを気にしないのは簡単だが
そうなると 「かつてキラに勝利した」 という事実だけがクローズアップされてしまうことになる。
キラの強さだけが支えの向こうが、そんなシンに注目するのも無理は無い。

 

「「はあ……」」

 

年齢を重ねて立ち位置が変わっても、無力感を乗り越える方法とはそう見つかるものではない。
こんな感情を引き摺っても仕方が無いので、2人は目の前のモニターに視線を向ける。
丁度画面の中では赤い矢印と青い矢印がお互いに近付き合っているところ。
そして地球からも黄色の矢印が伸びた。
言うまでも無いが、青がザフトで赤がキラ、黄色が自分たちの進行ルートである。

 

「僕たちは予定を変えずにこのまま討伐軍との合流を目指す。
 ただ到着と同時に戦闘に入る可能性も高い。MS隊はその事も考慮しておいてくれ」
「わかりました。ですが」

 

宇宙に上がってすぐに戦闘と言うのは、地上勤務が長い者が多い自軍にとっては好ましい事ではない。
だがそれ以上に気になるのはザフトとキラ、両者の交戦予想ポイントまで少し遠いということだ。
チャートを見たところ、この位置からだと時間が掛かりそうだが。

 

「間に合うのか? ここからで………」
「ポイントまで最大戦速で向かうが、最悪の場合、合流が救出作業に変わる可能性もあるね。
 シンの力は良く知ってるつもりだけど、流石に今回ばかりは楽観的になれそうもないよ」
「そうですね……」

 

アーサーの言葉に眉を顰めるアスラン。
ボルテールにどれだけのパイロットがいるのか、神ではない自分には分からない。
だがキラ相手に有象無象が増えたところで何も変わらないだろう。戦闘は実質、シンとキラの1対1だ。
そして艦隊の行軍というものは1番遅い船に合わせるため、
此方はこれ以上進行スピードが上がらなかったりする。
だから今回、できれば彼らには一旦退いて貰って、自分たちとの合流を優先して欲しかった。
しかし討伐軍がその対象を確認したのに大した理由も無く逃げる、ということは普通考えられない。
両者の交戦はまず避けられないだろう。
願うとすれば自分たちが間に合う程度に、戦闘の開始が遅れてくれれば良いということぐらいか。

 
 

「頼むぞ、シン……。俺たちが行くまでやられたりするなよ……」

 
 

思わずシンの無事を祈るアスラン。
しかしそんな彼の願いもむなしく。

 

数時間後、ボルテールがエターナルと戦闘を開始したという連絡が届いた。

 
 
 

第19話 『強く儚い者たち』

 
 
 

「………すごい」

 

息をすることも忘れ、少女は食い入るように画面の中の光景を見つめる。
蒼と紅の光が周囲に爆発を起こしながら、絡みあう2匹の蛇のように螺旋を描く。

 

「これが、アスカさんの本当の力なの?」

 

まるで野生の獣のようにフリーダムに襲い掛かるデスティニーを見ながら、オペレーターの少女は呟いた。

 

強い。あの人は本当に強い。
自分も今までたくさんのMS戦の映像を見てきたが、この戦いはそのどれともレベルが違った。
先日アスラン=ザラが逆転負けした例もあるし、
今のキラ=ヤマトが実力を隠しているという可能性も否定できない。
けれど思う。彼のこの力を超える者がいるなどと、どうして考えることができるだろう?
やはり彼はあの金髪の赤服が吐き捨てていたような英雄の成り損ないなどではない。彼は本物の―――

 

「そういえば」

 

先程まで他の艦に命令を出していた艦長が、ポツリと呟く。彼も2人の戦いを見ていたようだ。

 

ザフト兵士は連合に比べてMS間の連携がそこまで上手くない。
ナチュラルと比べてエリート意識が高く、また物量の問題から
1機で複数の敵を相手することが多かったからだ。
そのため命令を此方から小出しにするよりは、細部を各艦長やMS小隊長に任せた方が良い場合も多い。
そして2機の戦いはこの戦闘の行く末を決める重要事項でもある。
指揮官である彼が見ているのは当然とも言えた。

 

「地球に古くから伝えられている神話で、確かこういうのがあったな。
 全知全能の神を巨大な狼が飲み込む、という話が」

 

自分もその話は知っていた。と言っても家にその本があったので、子供の頃読んだ事があるというだけだが。
北欧神話の世界における、神々と巨人族の最終戦争。ラグナロクと呼ばれる終末の日。
全知全能の神、最高神オーディンはオオカミの姿をした怪物フェンリルによって飲み込まれたという。
そんな内容を思い出しながら、少女は再び目の前の戦いに視線を戻した。

 

画面の中で戦っているのは、人類の可能性の極致と呼ばれたスーパーコーディネーター、キラ=ヤマト。
それに挑むのは世界を牛耳ったクライン派すらその力を恐れたシン=アスカ。
獣の様に荒々しく襲い掛かるデスティニーと、技術の結晶とも呼べる華麗な動きでそれを捌くフリーダム。

 

確かに似ている部分もあるかもしれない。
そして彼らの戦いは、神話のそれに当てはめても違和感を感じないほど、美しく激しいものだった。
ありえないほどのスピード。確実に急所に迫る鋭い一撃。
その攻撃の一つ一つが、全て必殺。
人としてのレベルは既に超越している。

 

「アスカさん……」

 

だが自分には、そんな事はどうでもよかった。
艦長の声を聞きながら少女は思う。戦いの映像を目に焼き付けながら少女は祈る。
何だっていい。いっそこれが艦長の呟いた通り、神話の焼き増しでも構わない。
その話の内容と同じく、彼がキラ=ヤマトを倒して無事に帰ってきてくれるのならば。

 

「だが」

 

画面の中のフリーダムは両手のライフルを連結し、高出力のビームを放つ。
その一撃はデスティニーから連射される光弾を飲み込んでいき―――

 

「やはり、神話の中だけの話のようだ」

 

デスティニーのマシンガンを吹き飛ばした。

 
 
 

「強いね、シン―――――」

 

青や赤に点滅するランプ。カタカタと素早い音を立てるキーボード。
ここはストライクフリーダムのコックピットの中。
嵐の様に吹き荒れるアロンダイトの剣戟を捌きながら、キラは呟く。

 

吐き出された言葉は嘘や過言ではない。確かに今の彼は強かった。
アスランと違って自分を殺すことに躊躇は無い。
自分の攻撃に対する反応も良い。
機体の性能も此方と互角かそれ以上。
ジャスティスに乗っていたアスランと力は互角、いや今戦えばまず彼が勝つだろう。
現役を離れていた筈なのに、そう断言できるほどの強さだった。

 

けれどキラの目に光は無い。

 

……はっきり言おう。
この程度の力では、自分に届くことは到底無いからだ。

 

「こんなもの、なのか?」

 

困惑、そして失望。キラの声色が優しい声から冷たい声へと変わる。

 

今の彼には以前と比べて何かが足りなかった。
まるでピースが1つ欠けているような。今は万全ではないような。
そもそも今乗っているのは本当に彼なのだろうか。
実は戦意高揚の為に彼の名を騙った別の人間なのではないか。
そんな馬鹿みたいな事すら考えてしまうほどに。
いやそんな筈は無い。目の前にいるのは確かに彼だ。そしてシン=アスカがこの程度な訳が無い。
あのギルバート=デュランダルが見出した戦いの天才が、これしきの力などと。
そう現実を否定しながらフリーダムのライフルを連結させる。
放たれた一撃はいとも容易くデスティニーのマシンガンを吹き飛ばした。

 

「………」

 

失望はやがて苛立ちへと変わっていった。

 

どうしたんだ、シン。こんなのも避けられないなんて。
君は僕を倒してくれるんじゃなかったの?

 

僕と、同じ存在じゃなかったの?

 

人では自分を倒せないと言うのならば。
同じ狂戦士である彼なら自分の全力を受けてくれると思っていたのに。
疲れた自分を眠らせてくれる、最後の味方だと思っていたのに。
あの暗闇を照らしてくれるのは、君の炎だと思っていたのに。

 

自分が抱いていた歪な希望。しかし、その全ては否定される。
心を満たすのはアスランと戦ったときと同じ感情。失望という今自分が最も欲しくなかったもの。
期待して喜んで待ちわびてようやく会えた彼が与えてくれたのは、こんなものかという落胆だった。

 

「はは……そっか。そうなのか」

 

疲れた。渇いた。心が枯れた。
何故自分は彼にここまで期待していたのだろう。何故彼に終わりを感じていたのだろう。
今ではそれすらわからない。
戦いの前にコックピットで感じた悪寒はまあいい。
自分の期待する心が暴走して、感じるはずの無いものを勝手に想像してたとか理由はいくらでも思いつく。
しかし、ベルリンで出会った時も自分はしっかり感じたのだ。
彼ならば可能性はある、と。自分が全身全霊を込めて戦っても、受け止めてくれると。
それなのに――――

 
 

「もう、いいや……」

 
 

これ以上考えても傷が深くなるだけだ。もう終わらせよう。
キラは戦いながらデスティニーと通信を繋ぎ、そしてゆっくりと口を開く。
今から吐くのは現在の彼を否定する言葉だ。だが別に彼を追い詰めて窮鼠とすることなど考えてはいない。
ただ、期待を裏切られたから。
彼が最も傷付くような言葉を、八つ当たりの言葉を吐き出すだけ。

 
 

『――――ねえ、シン』

 

君に、今敢えて問う。

 
 
 

「くっそぉ……」

 

左手から離れたマシンガン。それの爆発する様を見ながら、シンは吐き捨てた。

 

やはり強い。実力差ははっきりしている。
だがこの戦いに判定は無い。そして自分もまだ、戦闘不可能な損傷は受けていない。
勢いがあるうちに自分がキラを速攻で落とせるか、それとも力及ばず倒されるか。
許される終わり方はそのどちらかだけだ。誰に許しを乞うのかはわからないけれど。

 

高速で移動しながら放つフリーダムのクスィフィアスを避けつつ、再びアロンダイトを抜くデスティニー。
レールガンの類は当たってもダメージは無いが、致命的な隙ができる事は間違いない。
必然的に全ての攻撃を回避しなければならなかった。

 

『――――ねえ、シン』
「まだまだぁ!!!」

 

キラの声を聞き流し、長剣を右手に握ったまま飛び込む。
スコールが無くなったため中距離で戦うのは厳しかった。だからこのデカブツに頼るしかない。
というかそもそもキラ相手に何発も攻撃が当たるとは思えない。
狙うは運良く防御を掻い潜った攻撃による1発KO。
とはいえ雑な大技を繰り返していても半永久的にキラを捉える事は無く。
なんだこの八方ふさがりは。割に合わない。何でこの依頼受けたんだろう俺。
そう思いながら目の前のキラに叩きつける。

 

『君に一つ、聞きたいことがあるんだけど』
「何だよ!!」

 

サーベルを交差させてアロンダイトを受け止めるフリーダム。
圧力をかけるものの押し切れない。アロンダイトには劣るだろうが、ヤツのサーベルもかなりの出力だ。
そのまま睨み合う2機のMS。
光の翼が輝き、デスティニーの圧力が上がる。

 

『僕を憎んでいないと君は言ったね。被害者ぶって誰かを憎む資格は俺にはないって。
 ―――それは本当に君の気持ちなのか?』
「何が言いたいんだよ、アンタは!?」
『君はただ、大切な人の事を過去のものにしてしまっただけなんじゃないのか!?』
「何だと……!!」

 

敵のレールガンがデスティニーに狙いを定めた瞬間、シンは後ろに、そして左に跳ぶ。
虚空に消えていく黄色い閃光。
引き離されまいと再び飛び込んだアロンダイトの斬撃は宙返りのような動きで避けられた。
フリーダムから放たれるドラグーン。
機体を左右に振って攻撃を回避するが、その隙に大きく距離を取られる。
デスティニーに再び豪雨の如きビームが降り注いだ。

 

『かつての君はデストロイを撃った僕を倒した!!
 僕に大切な人を殺されて、怒りながら僕を討ち敵を取った!!』

 

ドラグーンを収納、そして再びライフルを連射するフリーダム。
放たれた閃光はデスティニーから放たれたパルマとぶつかり合い、霧散した。
威力は五分。力負けしなかっただけマシか。

 

『でも今の君に僕への憎しみは無い!!
 君から何もかもを奪い、叩き潰したこの僕に!! 昔の君なら復讐した筈なのに!!』

 

キラの言葉は聞き流せ。こちらに話す余裕は無い。
喋る余裕があったらもっと集中して、感覚を研ぎ澄ま―――

 

『――――何故か!? 答えは簡単だ、忘れてしまっただけだ君は!!』

 
 

おい。
お前、それは。

 
 

「―――――ッッ!! 違う!!」
『違わないさ!!』

 

流石に今の言葉だけは聞き流すことができなかった。
否定する声と同時にデスティニーの両掌が光を放ち、1つ、2つとドラグーンを破壊する。
だがキラに動揺は見られない。
あっさりとシンの言葉を切り捨てて、怨嗟の声をぶつけた。

 

『なんで憎まない。なんで憎んでくれない。なんで君は僕と同じ道を歩かずにいられるんだ!!
 ――――決まってる。大切な人たちの事を忘れて!! 憎しみを忘れて!!
 他人の為に怒る事に、疲れ果てただけなんだよ君はぁぁッッ!!』

 

叫びと共に、今度はフリーダムがデスティニーの懐に飛び込んだ。
両手にはいつの間にかサーベルが握られている。
速い。そして鋭い。

 

「黙れ………」
『そう、僕は君とは違う……君なんかとは違う!!!
 絶対に忘れない。忘れるわけがない! 忘れることができないッッ!!!』
「黙れと言っている!!」

 

2本のサーベルを振り回しながら攻めるフリーダム。
デスティニーは長刀を軽々と振るいながらそれを防ぐものの、少しずつ押されていく。
そもそも長刀はリーチを生かし相手の間合いの外から攻撃する為の武器であり、
懐に入られての防御には全然向いていないのだ。
しかも相手は二刀を完璧に使いこなしていた。
このままでは回転の速さに対応できなくなる。
一旦距離を取るか、どこか早い時期に攻勢に転じなければならない。
それは理解しているのだが

 

『でやぁぁぁっっ!!!』
「くっそ、がぁぁぁぁッッッ!!!!」

 
 

押し切られる―――――

 
 
 

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