SEED-IF_CROSS POINT_第23話

Last-modified: 2010-05-29 (土) 15:20:04
 
 

第23話 『繋いだ手なら離さない』

 
 

ミネルバに無事に着艦した途端にシンは急激に身体が重くなった。
長時間の操縦、キラと戦った重圧。それらから解き放たれた開放感のせいだろう。
重い身体に悪戦苦闘しつつヘルメットを外しコクピットハッチを開けると、見知った顔が飛び込んできた。

 

「ようシン、生きてるか?」
「ヨウ…ラン? 何で、こんな所に……」
「話は後だ。ほら、コレ使え」

 

小さな袋を手渡される。シンはその中に顔を突っ込み、そして嘔吐した。
身体はボロボロで、もう少し戦いが続いていれば機体よりも身体の限界が先に来ていたと思う。
胃液まで吐いて袋を閉じた。ヨウランは気にした様子もなくそれを受け取り、
かわりにペットボトルを渡してくる。
口を濯いだ水をもう一度彼の持つ袋に吐いて、今度は普通に水を飲む。
少しだけ、本当に少しだけだが生き返った気がした。

 

「そういや言ってなかったっけ? 今、俺はこのミネルバの整備主任やってるんだよ」
「そっか……」
「お前本当に大丈夫か? ほら、肩貸してやる。……それにしても大したもんだよお前。
 あのキラ=ヤマトを追い払ったんだから」
「向こうが勝手に退いただけだろ。俺はこのザマだし」

 

肩を借りてコックピットから出る。
髪は汗でびしょびしょだし、胸のむかつきは治まってない。身体の疲労は限界だ。
振り返ってデスティニーを見た。こちらも自分に負けず劣らず、満身創痍の傷だらけ。
ボロボロの機体とそのパイロット。どう贔屓目に見ても勝者には見えない。

 

―――すまないな、デスティニー。ひどい姿にしちまって。

 

心の中で愛機に詫びる。すると肩を貸してくれていたヨウランが何かに気付いた。
「おっと、お前にお客さんだ。しっかり立て」
「?」

 

視線を前に向ける。目の前にはザフトの緑服を纏ったポニーテールの少女。
急いで此処まで来たのか、息が少しだけ荒かった。

 

「コニール………」
「んじゃ、俺はちょっと機体の様子見てくるな」

 

再びデスティニーへ歩いていくヨウラン。気でも利かせたつもりだろうか。
必然的に2人だけになる。
正直気まずい。何か喋らないと。

 

「あのさ、お前こんなとこで何して―――」
「それお前が言うのかよ」

 

最後まで言わせて貰えなかった。一歩ずつ、自分との距離を詰めてくる。

 

「バカだよ、お前」
「……判ってるよ、自分でも」
「私達に黙って出て行って。心配かけて」
「悪かったと思ってる」
「あんな化物と戦って……そんなにボロボロになってさ」

 

体が触れるか触れないかという所まで近付き、そして立ち止まる彼女。
とすん、と額をシンの胸に押し付けてくる。肩が震えていた。

 

「あのままベルリンで皆と穏やかに暮らしてたら、お前もそんな目には遭わなかったんだ」
「ああ。まったくその通りだった」
「残された者のことを考えもしないで。……いい気味だ、バカ」
「返す言葉も無い。反省してる。許してくれるなら何でもするよ。だから」

 

コニールが顔を上げた。その頬をそっと撫でてやる。
濡れていた。

 

「泣くなよ、頼むから」
「だからお前が言うな、バカ」

 

そう言うと、彼女はまた額を押し付けてきた。泣き顔を見せたくないのだろう。
意地っ張りな女だ。

 

「バーカ………」
「バカバカうるさいよ。自覚してるさ、それくらい」

 

困った。誰かが泣くのを見るのは苦手なのだ。
いや、得意なやつなんてあんまいないだろうけど。
ここは抱き締めてやるべきなのだろうか。とりあえず頭を優しく撫でてやる。
一瞬彼女の肩が強張ったが、すぐに体を押し付けてきた。

 

しばらくそうしていると、不意にデッキの中にブザーが鳴り響く。
どうやら出撃していたMSが戻ってきたようだ。
コニールが慌てたようにシンから離れる。無くなった腕の中のぬくもりについては考えないようにした。

 

最初に戻ってきたのはセイバー、その次に黒いガナーザクファントム。
そして、最後に紅いスラッシュザクファントム。
それを見てシンは顔をしかめる。
紅いザクときたら1人しか思い浮かばない。
いや、コニールがここに居る時点で彼女であることは半ば確定なのだが。
それぞれの機体からパイロットたちが降りてくる。ヘルメットを、外した。
現れたのは予想通り、幸薄そうな美形に軽薄そうな色黒。そして紅い髪の女性。
言うまでもなくルナマリアだった。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。能面のように変化のない表情。
ただ、目だけは凍える様に冷たい。

 

まずいな、これ相当怒ってる。

 

「ルナ……うっ?!」
「シン、あんたねえ」

 

胸倉を掴み引き寄せられる。お互いの顔が息がかかるほどの距離まで近付いた。

 

「巻き込みたくない、とか思ってたんでしょう」
「……ああ……」

 

その通りであったため素直に返事をする。
するとその言葉を聞いた途端、彼女の表情が変わった。冷たい無表情から燃えるような怒りへ。

 

「なめるな」
「………」

 

本気だな、この怒り。
視界の端で友人たちが集まってくるのが見えたが、それどころじゃなさそうだ。

 

「忘れたの? トラブルだらけの学生時代も、インパルスで馬鹿みたいに突っ込んでた時も、
 デスティニーで調子乗って暴れてた時も。
 あんたの相棒はレイと……この私だったって事を。
 それを何よあんたは。よくも……よくも足手まとい扱いしやがって。
 私が、私があんたの背中くらい守れるって事を忘れて!!」
「すまん」

 

思わず謝る。かなり怖い。
彼女に純粋な怒気をぶつけられるのは、あの雪の日以来だった。

 

「謝って済む問題か!! 置いて行かれる気分、あんたにわかる!?
 自分はいらないのかって、危険な目に遭わせる事になっても側にいたい、そう思ってくれないのかって。
 何が巻き込みたくない、よ。
 それでもあんたと一緒にいるって、こっちはもうとっくに覚悟決めてるのよ!!」
「ルナ……」

 

怒りを含みつつも、自分を想ってくれる女性。真っ直ぐな視線がシンを貫く。
正直、彼女が自分をそこまで想ってくれているとは思わなかった。
彼女が自分の傍にいたのは、ただコニールに取られたくない為だけだろうと予想していた。
自分にはそこまで愛される価値なんてない。そう思っていたから。
だが今回ばかりは本気で反省した。

 

ルナマリアはまだこちらを睨んでいる。真剣なその瞳は本当に綺麗だった。
そんな状況じゃないのは解っているが、その目に引き込まれてしまいそうだ。

 

「いい? 次、黙って置いていく様なことがあったら、もう許さないから覚悟しなさい。
 前みたいにビンタじゃなくて、グー入れてぶん投げてフットスタンプでアバラ折りキメて……
 ……って聞いてんの!?」
「え!? ああ、聞いてる聞いてる」

 

本当は聞いてなかったけどな。

 

「なんでもないって」
「嘘。はっきり言いなさい。何考えてたの」
「いや、その。怒った顔とか目とか。綺麗だなって見惚れてただけで。
 今までも知ってたつもりだったけど、再認識しちゃってさ」
「なッ!?」

 

一瞬驚きで目を見開き顔を赤らめた後、俯きながらプルプルと震えるルナマリア。
前髪が表情を隠す。
やっぱり、ちょっと空気が読めなかったか。

 

「こ………」
「こ?」

 

何を言おうとしてるんだろう。ルナマリアの顔を覗き込もうとして、

 
 

「この、女誑しがぁぁぁぁッッッ!!」

 
 

顎にルナマリアさん渾身のアッパーが入った。

 

勢いそのままに、MSデッキの中を縦に回転しながら吹っ飛ばされる。
薄れていく意識の中で思った。
昔は彼女とロマンチックに抱き合いながら横回転したこともあるのに、今はコレかと。
勢いが止まり、床に倒れ伏す。だがこれで終わりではなかった。
仰向けになったシンの目に映ったのは、視界いっぱいの誰かの靴底。
この靴のサイズはコニールか。いや、それだけじゃない。

 

「何私の前で堂々と口説いてんだこのバカ!! さっきまで私とあんなにいい雰囲気だったのに!!」
「今時ハーレムなんてドン引きされるだけなんだよこのラッキースケベ!!」
「あ、私もやろ~」
「おいおい、お前たちそれぐらいで勘弁してやれよ」
「そう言うんならお前もやめたらどうだディアッカ。くそ、ケガさえ無ければ俺だって………」

 

雨の様に降り注ぐフットスタンプの嵐。
ってかいつの間にメイリンいたんだ。あとアスランそう言わずに皆を止めてください。
そろそろアバラがやばいから。
ああもう眠たくなってきた。逝っちゃってもいいよな。答えは聞いてない。
視界が白く染まっていき――――――

 
 

気が付けばどっかの川のほとり。そして目の前には太った1組の夫婦が。

 

おお、しんよ。しんでしまうとはなさけない
わたしはあなたがすきでたまらないのですよ? 」

 

うるさい黙れこの野郎。このホラ吹き夫婦が。
何が3人主人公だ。何が大好きだ。
その台詞だってバッシングから逃れるためだけに言ったんだろうが。
お前インタビューじゃカップリング談義しか本気で語らなかったじゃないか。
はっきり言えよ。本当は嫌いなんだろ? この俺が。
俺もお前らなんか大嫌いだバーカ!!

 

この世界では私が神だ。劇場版でどうなるかわかってるんだろうね?

 

知るか。知ったことか。お前らの手を借りずとも高山版やスパロボや無双で名誉挽回はしてんだよ。
つか会社からハブられてんのいい加減気付けよ。
ネットで 「自然消滅狙い」 とか記事に書かれてんじゃねーか。

 

しかし待て自分。この作品に関しては自分の希望は全て裏切られてきた。
だからあんまり無い無いばっかり言ってると逆に進行してしまうかもしれない。
いや、劇場版があるならあるで構わないのだ。
でももしあった場合、某青信号みたいに 「流石キラさん!!」 的なキャラにはされたくない。
冒頭で敵キャラにやられるかませ犬にもされたくない。
この馬鹿夫婦のことだから可能性限りなく高いけどなりたくない。
嗚呼、アンタたちに少しでも良心があるのなら。この言葉を聞いて欲しい。
もう幸せにしてくれなんて言わない。落とされた主人公の座にも興味は無い。出番もいらない。
だから。

 

なあ神様。
アンタら、頼むからもう何もするな。

 
 
 
 

「で、お前なんで1人で戦ってんだよ」

 

数分後、意識が戻ってからディアッカが話しかけてきた。
ここからは再び真面目な話だと彼の目が言っている。
アスランが彼の言葉を続けた。

 

「キラの為か?」
「……まさか。あいつはステラの。レイの。議長の。俺の大事な人たちのカタキだったんだぞ。
 それを更正とか説得とか、考えたことも無いよ」
「だけどお前」
「本当だよ。アンタじゃないんだ、他人に説教なんてガラじゃないしな。
 それに俺があいつと共にいたのはたかだか半年くらい。そんな関係のやつの言葉なんか届く訳が無い。
 ラクス=クラインじゃあるまいし、言動だけで軽く人の生き方変えるなんてできる訳無いだろ」 
「なら何故だ? 世界を救うためなんて言わないよな」 
「それこそまさかだ。そんな理由なら、とっくの昔に軍に復帰してる」

 

俺には他に才能は無いしな。そう言ってまた水を飲んだ。
話を続ける。

 

「実はアスランがやられた後に、ベルリンでキラと会ったんだ。
 本心は分からなかったけど、あいつはクライン議長の遺志を継いでいるつもりなんだよ。あれで。
 ……それで思ったんだ」

 

思い返すのは人生の岐路。その時に傍にいてくれた人たち。
自分を行く道を後押ししてくれた人たち。

 

「オーブでトダカさんに世話にならなかったら。アカデミーでレイやヨウランに出会わなかったら。
 アスランに負けなかったら。ベルリンでルナやコニールに支えられなかったら。
 誰かが、側に居てくれなかったら。もしかしたら俺は」

 

そう。ただ、自分は見たくなかっただけ。
思い通りにいかない世界に、血に塗れた自分の姿に絶望し。
それでも選択は間違っていない、と自分自身にすら嘘をつき続ける。
そして再び歩き出す。己が選んだ血塗られた道を。
それは、もしかしたら自分がなっていたかもしれない姿。

 
 

「―――――俺はヤツだったかもしれない」

 
 

片側の糸を断たれたマリオネット。無様な姿で吊られている。
残された糸を動かしても、かつてのように踊ることができず。ただ、歪にうごめくだけ。
それでも人形自身はもがき続ける。いつか糸が解れて、千切れてしまうようにと。
自分を操る、いやその身体を縛る糸から解き放たれるようにと。

 

ならばその糸は、自分が断ち切ってやるべきだろう。
その結果、人形が大地に叩きつけられたとしても。
人形自身がそれを望んでいるのだから。

 

「………分かったような、分からんような。それってやっぱキラの為になるんじゃないのか?」
「そうなのかな。自分じゃそんなつもりはないんだけど。
 大体キラを殺しに行って、その理由がキラのためなんておかしいだろ」

 

よっぽど自分に酔った奴じゃないとそんな答えは出ない。

 

「まあ、それでも1人で行って良い理由にはならないがな。
 それで死にかけてりゃ世話は無い。皆に心配も掛けてるし」
「そうだな。本当に反省してるよ。コニールも泣かしちまったし」
「ちょ、私は泣いてない!!」
「あらやだコニール、泣いちゃったの!?」
「感極まっちゃったんだよな? シンが 『僕の胸でお泣き』 って言ってくれたもんだから。俺は見てた」
「泣いてないって言ってるだろ!!」

 

途端に騒がしくなる周囲。いつもと同じ、俺の陽だまり。
何も変わってなくて思わず笑いそうになった。バレたら怒られるので誤魔化す為に天井を見上げる。
その時になって、ようやく自分の目から涙がこぼれそうになっているのに気付いた。
おかしいな、俺は今笑いたいくらいなのに。
顔の上に掌を置いて目元を拭う。続く涙が無かったのは不幸中の幸いだ。
視線を戻すとコニールがヨウランにつっかかってるところ。呆れた表情のルナマリアと目が合う。

 

そう言えば、肝心な言葉を言ってなかった。

 

「ルナ。コニール。みんな。あのさ」
「何だよ、大体元はと言えばシンが……」
「ん、なに?」

 

死にかけたとき、考えたことは彼女たちのことだった。
そして気付く。自分の帰る場所はこの空間なのだと。
だから口を開いた。帰ってきた時に言う言葉なんて一つしかない。

 
 

「ただいま」

 
 

腕を組んで微笑むアスラン。
やれやれ、と頭を掻くディアッカ。
コニールを弄るのをやめたメイリンとヨウラン。

 

そして。

 
 

「「お帰り!!」」

 
 

2人から返ってきたのは迎えの言葉と、眩しいくらいの満面の笑みだった。

 
 
 

これで終わってれば綺麗な幕切れだったのは間違いないが。
まあ、いろいろと今後の打ち合わせとかもあるわけで。

 

「ったく一度ならず二度までも私の前から逃げ出すなんて、いい度胸してるわよほんと。
 ………ま、そんなのを飽きずに追っかけてる私も私だけど」
「とか言いつつ、さっきまでより機嫌良くないかアイツ?」
「ほら、お姉ちゃんさっきシンに 『綺麗だ』 とか言われてたから」
「ああ、それでか――――ん? 通信だ。はいはい、今出ますよっと」

 

そんな中、不意にデッキに通信が入る。

 

「はいこちらMSデッキです。シンですか? ええ、まだ此処にいます」

 

受け取ったヨウランが機器をいじる。画面には懐かしい顔が浮かび上がった。
いつぶりになるかな、この人と話すのは。

 

『やあシン、ひさしぶりだね。無事で何よりだ』
「トライン副艦長、貴方までいたんですか?」
『当然だろ? ミネルバは僕たちの艦じゃないか。あと僕、今は艦長だから間違えないようにね』
「そうでありますか。了解であります、トライン艦長殿」
『はははっ、懐かしいなぁその変な敬語。君、上官に対する敬語が下手だったよね、昔は。』

 

お互い笑いあう。艦長になって白服を纏っているというのに、この人はほとんど変わっていない。
それが少しだけ嬉しかった。

 

「まあよろしい。それにしても今回はご苦労だったね。
 問題の解決が先延ばしになっただけってのは痛かったけど。
 ああそうそう、君は今からこのミネルバに転属扱いになったからよろしく。
 他のクルーにはもう言ってあるけど、本艦はキラ=ヤマトの捕獲もしくは撃破を最優先目標としている。
 君が与えたダメージが癒えるまでは動きはないと思うが、
 此方もこれを機に向こうの位置の割出を急いでいる。
 各員、その時に備えておくように」

 

「「「「「「「 了解 」」」」」」」

 

全員、敬礼で応える。自分は軍に復帰したわけではないが気にしなかった。
ここはミネルバだ。なら、自分がこうする事は当たり前のこと。
しかし何故コニールは少し嬉しそうなのだろう?

 

「一回みんなとやってみたかった」

 

そうですか。
ルナマリアに頭を小突かれ、恥ずかしそうに笑う。そんなコニールを見てみんなも笑いだした。
戦場から離れて皆気が緩んだのだろう。自分もそうだ。
この穏やかな空間と再会できた仲間のおかげで、帰ってこれたという実感が湧いている。
喉を潤そうとペットボトルの水を一気に煽り―――

 

『ああ、そういえば言い忘れてた。シン、ボルテールで何があったんだい?
 オペレーターの女の子が凄い心配そうに 「アスカさんは大丈夫ですか?」 って聞いてきたんだけど。
 大丈夫だって伝えたら泣きながら喜んでたし』
ブフゥーーーッッッ!!!!

 

吹いた。

 

すごいねシンもてもてじゃないかというアーサーの声を無視し、そっと後ろを振り返る。
目をぎらつかせた獣を6匹確認。コレはヤバい、本気で死ねる。
少しずつ距離を詰めてくる彼らに対し、シンの本能が逃走を命じている。
いや待て。どうせ艦内では逃げ切れない。ならここはダメでもともと、説得するべきだ。
あきらめたらそこで試合終了ですよ。
それに俺は彼女を口説いてたわけじゃないし、弁解の余地はあるはずだ。

 

「何か勘違いしてるみたいだけど、俺は別に―――」
別に、なに? 『泣きながら喜んだ』 かあ。大切な人だったんだろうね、その人にとっては
メイリン、笑顔は可愛いけど目が笑ってないぞ。

 

「大切な人だなんて、そんな。ちょっと仲良くなっただけで」
『ちょっと』 じゃ泣かないよな普通。で、何て言って口説いたんだ?
ヨウラン、メンチ切るな。少しは敵意を隠そうとしろ。

 

「いや、戦いの前で緊張してたから少し励ましただけで、そんな大したことは―――」
へえ、じゃ、その娘が勝手に盛り上がってるだけだと? そろそろ観念したらどうだ、シン
アスラン、アンタまで何混ざってんだ。って観念って俺が何かしたの確定かよ。

 

だめだ、届かない。想いが伝わらない。
かつてこれほどまでに絶望的な戦況があっただろうか。いや、ない。
もうこれが最後の言葉になるだろう。次の瞬間の幸せを願って、溢れ出る想いを簡潔にぶつけた。
彼らに届け。

 

「俺、今は穏やかな時間を過ごしたいんだ」

 

世界が止まった。

 

そして、背筋の凍るような重圧がシンを襲う。
どうやら自分はジャスティスの自爆装置並みの地雷を踏んでしまったらしい。
自分に向かってくる死神6体の姿を、死の寸前の一瞬の集中力でスローモーションに見ながら、
シンは思った。

 
 

―――レイ。ステラ。マユ。みんな。今逝く。

 
 

「この、女の敵がぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
「さっきのときめきと涙返せこのバカ!!!」
「グゥレイトォ、流石にちょっとムカついたぜ!!」
「ザフト妻か!? ザフト妻までつくったのかお前は!!
 デスティニーのコード何本かぶっこ抜いてやろうか!?」
「あはっ、殺っちゃえ」''
「いい加減目を覚ますんだシン!! 女難なんて目の敵にされるだけなんだ!!
 そんな事をしても主役に戻れはしない!!!」 ''

 

やっぱり降り注いだフットスタンプの嵐の中。

 

シンは、刻の涙を見た。

 
 

 戻る