SRW-SEED_ビアンSEED氏_第17話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 20:53:52

SRW-SEED_ビアンSEED氏_第17話
 第十七話 母なる海、血に染めて

 退くと決めたならモーガンの行動は素早い。
 生き残りのMSと艦隊に撤退を進言し、一も二も無く同意されたため、連合の艦隊は即座に転進して、戦闘宙域から全力で離脱し始める。
 途中、それなりの数の機体が落伍しているが、これは後にDC艦隊がきちんと確保し、無事な機体は有効活用させていただく事になる。
 連合艦隊の敗走を見届けたロレンツォとユーリエは、宙域に残るオーブ艦隊に目をやった。ヴァルシオン改・CFとガーリオンを中心に、残りのDCMS隊が布陣する。

「ゲシュペンストMkⅡ? いや、装備の一部が異なるか、ならば初代ゲシュペンストか? なるほど。我ら同様のものがあちらに着いたという事か」
「旧式の機体にしては性能に目を見張るものがあります。相当チューンされた機体なのでしょう」

 上官であるロレンツォの横に並び、ユーリエが自分の意見を口にする。
 初代パーソナルトルーパーであるゲシュペンストは六年近く過去に開発された機体なのだが、予算度外視で開発されたためチューン次第では新西暦の新型機とも互角以上に渡り合えるポテンシャルを秘めている。
 今彼らの目の前に立つ漆黒のゲシュペンストはそのポテンシャルを引き出された機体なのだ。
 ヴァルシオン改・CFは多少の被弾はあるが戦闘続行に問題はない。ただミサイルは撃ち尽くしており、クロスマッシャーの残弾も十発程。推進剤の残量も五十パーセントを切っている。  
 ユーリエのガーリオンはバーストレールガンとメガビームライフルを撃ち尽くしていて、ストライクダガーから奪ったビームライフルと残弾四発のバズーカを抱えている。

「他には核動力MSのフリーダムとジャスティス。それにストライクとバスター辺りが手強いか。あちらに渡したエムリオンもそれなりに活躍していたようだな」
「向こうから仕掛けてくる気配はないようですが……」
「マイヤー司令次第、いやカガリ・ユラ・アスハ次第だな」

 戦闘態勢を維持したまま、ロレンツォとユーリエはカガリとマイヤーがどう動くのかを待っていた。
 マハトの艦橋で、MS隊を展開したままこちらの反応を待つオーブ艦隊を、マイヤーは静かに見つめていた。
 DC艦隊の中でも明らかに動揺するものや、内心で押し隠すもの、決別の色を瞳に浮かべるもなどが居るだろう。
 良くも悪くもオーブ国民にとってアスハの一族は大きな存在なのだ。

「流石にこちらに仕掛けてくるような真似はせんか。ゲリラに手を貸していた頃に比べれば、ずいぶんと血の気が引いたと見える」

 自分の子供の成長を喜ぶのにも似た言葉だ。リリーは二つに分けていたDC艦隊を合流させ、オーブ艦隊と対峙させている。
 艦艇の数は連合ほどに差はないが、双方それなりに消耗しているし、互いに一撃で潜函を沈める大火力を有する戦艦が残っている。
 ローエングリンを2門持つイズモ級の四番艦ツクヨミはDCに。二番艦クサナギ、三番艦スサノオはオーブ艦隊に。
 イズモ級の数はオーブ艦隊のほうが多いがアークエンジェルとマハトを比べればマハトの方が火力は上だ。
 強力すぎて味方を巻き込みかねないから乱用できないのはお互い様なのだが。
 後は互いに有する機動兵器とパイロットの質だろう。数ではもちろんDC側が優勢だ。
 だがオーブ艦隊のフリーダム、ジャスティス、ストライク、バスター、ゲシュペンストの五機は、ロレンツォやユーリエ、トロイエ隊でなければ相手をするのは難しい。
 両軍ともあまり戦力に余剰があるわけではない。互いに交戦したとて得るものはない。
 それが分かっていればむやみに仕掛けてくるようなことはないだろう、というのが両陣営共通の見解である。お互い台所事情がお寒いのだから仕方がない。

「どうする、カガリ? 連合の艦隊は撤退した。我々も退くか?」

 クサナギの艦橋で、キサカはじっとモニター越しにDC艦隊を見つめるカガリに声をかけた。
 オーブ軍服に身を包み、准将の階級章を襟につけているが、それ以上にカガリの立場は重いものだ。

 ビアンのクーデターは五大氏族の大多数と軍部の支持のもとに行われたもので、民衆の支持こそまだ完全に受けられているわけではないが、以前から繰り返されていた地道な政治的な活動の効果もあって、拒絶されているわけでもない。
 戦争が拡大する現在、強力な軍事力と不退転の意思を見せるビアンやそれに恭順している軍部の姿勢に、国民も従っても良いものかどうか判断に窮する所があるのも仕方ない。
 そんな中、カガリは血のつながりこそないもののウズミの正統な後継者である。
 オーブの代表は五大氏族の中から選ばれるが、DCにアスハ家以外の四家が与した以上首長としての継承権を放棄した形となり、オーブという国家を継ぐのはカガリのみということになる。
 オーブ本国から追われたにせよ、カガリは否がおうにもオーブの代表として行動しなければならない。
 連合やザフトがそれを認めるかどうか、という話とはまた別の、心構えという意味合いが強いが。
 意を決した様子で、カガリはキサカに告げた。

「DC艦隊に通信を」
「……分かった」

 カガリの眼差しに感じたものを信じて、キサカはオペレーターにすぐさま回線を開かせた。

「クサナギから全艦艇に向けて通信が入れられています」
「かまわん。好きなように放送させよ」

 マイヤーは黙ってカガリが何を言うのかを待った。あまりに真っ直ぐすぎて周りを省みることが出来なかったじゃじゃ馬が、少しは成長したのだろうか?
 マハトのメインブリッジ正面モニターに、やや緊張したカガリの姿が映る。オーブ国民であるDC兵は固唾を呑んでその姿を見守っていた。

『私は、オーブ首長連合国前代表首長ウズミ・ナラ・アスハの子カガリ・ユラ・アスハ。オーブ本土において行われたビアン・ゾルダークのクーデターによって国土を離れているが、オーブ国民が戦火に見舞われる事態を看過する事は出来ず、今回の戦いに介入した。
 それは一重に、ディバイン・クルセイダーズと名を変えても貴方達が私の愛するオーブで生まれ育ち、オーブの理念を知るかけがえのない民だからだ。
 今は歩む道をたがえ、こうして対峙しているが、私が、父ウズミが愛し守ろうとしたオーブとそこに住む人々への思いは変わらない。
 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の戦争に介入しないという我がオーブの理念。それが今地球連合とザフトとの戦いが激化する時勢に沿わず、両極化する時代に取り残されたものであったかも知れない。
 だが、あえて私は問いたい。諸君らはナチュラルとコーディネイターが終わりの見えぬ戦いを繰り広げる今の時代に、どちらにもよらず中立を謳う意義を。
 ディバイン・クルセイダーズ。私カガリ・ユラ・アスハは、いつか必ずオーブの土を踏み、オーブを再建して見せる!』
「いうようになったものだな。カガリ姫」
『! マイヤーか?』

 カガリの演説を聴き終えたマイヤーだ。DCの将校や兵が聞き入る中で、二人の会話が放送される。

「今の姫の陣容を見れば、国を追われてから無為に日々を過ごしたのではないことは分かる。それなりに口にした言葉を実現する為の努力はしたようだな」
『そんなことを言う為に通信をつないだわけではないだろう?』
「よろしい。では単刀直入に言おう。我々DCの軍門に下れ」
『なんだと!?』
「国を焼かれることを憂うなら、その力我々に貸して欲しい、そう言っているのだよ。我々DCも大国と呼べるほどの力はないのでな。アークエンジェル級やイズモ級、保有するMSにパイロット。いずれも遊ばせておくにはあまりに惜しい。
それにカガリ姫が自らDCに降ったとあればアスハ派の兵の軋轢も解消できるだろう。個人の感情を殺し、国民を守る刃となり盾となる。決して間違った選択肢ではないはずだ」

 理念ではなく国に住む人々を思うならば力を貸せ。言ってしまえばたったそれだけの事だ。だがそれだけの言葉の重さは計り知れない。

「カガリ」

 フリーダムとジャスティスのコクピットで、キラとアスランはそれぞれカガリの決断を待った。
 ウズミが命を賭けて宇宙へと上げた自分達。カガリの決断次第では、その意思を無為にする事になる。
 だが、オーブに迫る危機を払う為にはより強大な武力がいる。短いが果てしなく重たい沈黙の後、カガリは口を開いた。

『それは……できない。他国への武力侵攻を掲げるDCへ与する事はオーブの理念以前の問題だ。いたずらに戦渦を広げ死者を増やす事態へ道を広げることではないのか?』
「ふふ、確かにDCの蜂起はそう取る事も出来るな。では、連合の脅威に晒される国民は見過ごすのかね? カガリ姫」
『それもできない。再びオーブが、戦火の脅威に見舞われるならその時は私の命を賭して戦う。私一人で出来ることはほんのわずかだ。だが、今ここに居る者たちのように力を貸してくれる人々がいる。
 そんな人々がいる限り、私は負けない、折れない、屈しない。今一度言う。ディバイン・クルセイダーズ、例えどれだけの年月を経ても、私は必ずオーブに帰還する。ナチュラルとコーディネイターの区別なく、平和を享受できる国を取り戻す』
「開き直ったか、それとも腹を括ったか。カガリ・ユラ・アスハ、覚悟のほどしかと聞き届けた。とりあえず此度の戦闘では助けられた。その事には礼を言おう。
カガリ・ユラ・アスハ、貴女の言葉が実現される日まで、オーブは確かに預かった。己の信じる道を行くがいい。その道が正しければ歴史は貴女の名を勝者として刻むだろう。一つ言っておく。
オーブという“場所”にこだわっていては、見るべきものを見失うぞ。国とはなんなのか、今一度考えられよ。……全艦、転進。アメノミハシラへ帰還する」

 マハトを筆頭に、マイヤーの指示に従って一糸乱れぬ動きで艦隊が動く。ダイテツなど純粋な艦長職にある者達は、DC艦隊の錬度の高さに多少の羨ましさと、侮れぬ現実を突きつけられて唸る。

「カガリ?」

 マイヤー相手に喋り終え、そのままの姿勢で立ち尽くすカガリに、キサカは声を掛けた。年相応の少女の肩には目に見えぬ重荷が幾重にも重なっている。

「キサカ。私のしようとしている事、した事は正しいのか?」
「……わたしに言える事は、カガリは間違いなくオーブの後継者であるという事だけだ」

 では、そのオーブの理念が間違っていたら? 国民に痛みを強いるものであったとしたら、どうすればよいのだ? 喉まで出かかった言葉をカガリは飲み込んだ。
 一国の代表としての資質に欠ける事を誰よりも痛感しているのは、カガリ自身だった。
 かつて、ヘリオポリスでMSの開発が行われている事を知らなかったウズミを、こう、カガリはキラを前にして評した事がある。
“知らなかったと言った所で、それも罪だ!”
 そう、一国の最高責任者たるもの、己れの知らぬ所で繰り広げられた策謀であっても、知らぬ存ぜぬでは通らない。
 万民の生活を預かり、責務を負う為政者が、『知らなかった』などと口に出していいはずがない。
 今、カガリはその知らなかったとは言えぬ立場に立っていた。もう、カガリは自分勝手な正義感を満足させる事にやっきになってもいい少女では無かった。
 彼女を導いてくれる父はもう傍らにはいない。
 その事を、カガリは知っていた。自分の行動の全てが、幾人もの生命と人生を左右するのだ。それを理解していた。それは、彼女自身も気づかぬほんのわずかな成長。

 宇宙での戦闘が終息を迎えるよりも前、わずかな休息の時をオウカやマルキオの元で暮らす孤児達と過ごしていたシン達、若きDCの兵士達を見守るビアンとマルキオの姿があった。
 シン達が海岸に遊びに行った翌日の事である。オウカの体調も安定し、今はノースリーブの青い上着と白のロングスカートをはいて、ステラや幼い子供達とおしゃべりをしていた。
『モモタロスと仲間達』という、旧日本国の古い昔話を聞かせているらしい。なぜかシンが特に耳を傾けている。気になるキャラクターでもいるらしかった。

「桃から生まれたコーヒーが好きなモモタロスは、鉞担いだキンタロスと、とても女の人が好きなウラタロス、おもちゃのピストルをもったリュウタロスと一緒に、
さらわれた良太郎王子さまを助ける為に、異魔神がすむという島へ向かいました。途中、デネヴという、忍者のような格好をした世話好きな人を道案内に加え……」

 オウカの優しい読み方に、子供達とシンは真剣に聞き入っていた。
 内容はともかくとして、慈母の笑みを浮かべたオウカの周りで幼子達が瞳を輝かしてお話に夢中になっている光景は、誰が見ても心和むものだった。
 場所はオノゴロ島にある避難用のシェルターの一室で、大きな円形のソファやカーペットの上で子供達は思い思いに遊んでいる。
 私服のスティングやアウル、シンやマユも昨日に引き続いて子供達の相手をしていた。彼ら自身も十分に子供なのだが、年下の相手をする経験は珍しいのか、『お兄さん』ぶろうとしている。
 もっとも、それが出来ているのはスティング位で、シンやアウル、特にステラは子供達と精神年齢は同じかもしれない。
 SP代わりのソキウス三人とミナを連れたビアンは、ソファに腰をおろしてマルキオと話をしていた。

「子供達が楽しそうですね。彼等も、貴方が引き取って間もない頃に比べれば随分と明るくなった」

 目は見えなくとも、マルキオは子供達の話声や雰囲気から、その笑顔や喜びが感じ取れるのだろう。子供達の方を向いて小さく微笑していた。

「そうだな。良い事だ。所で暮らしの方で何か差し障りはないか? できる限りの事はしよう」
「いえ、お気づかいなく。所で、オウカの事ですが……」

 温和な顔立ちに、不安の一雫を垂らし、マルキオはビアンに向き直る。

「分かっている。彼女を戦場に立たせるような真似はすまい。容態の方も安定している。後は、子供達と共に在る事が、彼女にとって一番の治療法だろう。
 私が言う資格はないが……静かに暮らす事が彼女にとって何よりの幸福だろう」
「そうですね。ところでビアン総帥、一つ、頼みがあります。プレア」

 マルキオが一人の少年を呼び寄せた。おのずと輝きを放つ見事な金髪に、吸い込まれてしまいそうな神秘的な青い瞳をした十代前半頃の少年だった。
 穏やかな表情に、どこか高貴な雰囲気を纏っている。
 マルキオの傍らで足を止めたプレア少年は、ビアンをまっすぐ見つめて、小さく会釈した。威圧的なビアンの風貌を恐れる風も無い。肝も座っているらしい。

「情勢が落ち着いたら、この子を宇宙へ上げて欲しいのです」
「確かプレア、と言ったな? この子に何をさせる気だ?」
「今地上で苦しむ人々の救いとなるモノを。それ以外の事は、彼自身が決めるでしょう」

 マルキオのいうモノに思い当たり、ビアンはプレアを見つめ直した。傍らのミナもビアンと同じものを思い浮かべたのだろう。いささか険しい視線でプレアを見つめた。

「仮に、導師のいうものが私達の想像通りのものだとしたら、場合によっては数万、いやそれ以上のオーダーで死人が出る。救える数も多いが、死ぬ者の数も多いぞ」

 紅を塗らずとも妖しいまでに艶やかな紅唇から詰問するミナに、プレア少年が初めて口を開いた。穏やかな口調ながら、自己の意志を通したはっきりとした物言いだった。

「ですが、今この時にも死ぬ人々がいます。その人たちに、貴方達よりも多くの人が死ぬかも知れないから助ける事は出来ないと言う事はできません。僕は、この命を多くの人に役立てたいのです、ロンド・ミナ・サハク様」
「顔も知らず、名前も知らず、会った事の無い者の為にか? 有限の命を更に縮められた子よ?」
「……はい。どれだけ生きたかではなく、どう生きたか。何を成し得たか。人の生はそうあるべきだと、僕は信じています。この限られた命でできる事があるならば、僕は喜びを持って行います」
「良い目だ。我らDCに欲しいものだがな。ビアン」
「うむ。近く連合との戦闘が起きる。現在軌道上でも戦闘中だ。他国へ出てから民間ルートで宇宙へ上がれるよう手配をしておく。それで良いかな?」
「ありがとうございます。ビアン総帥」

 幼い容貌に感謝の笑みを浮かべるプレアを、ビアンとミナはどこか痛ましげに見つめた。この少年の素姓を知るが故に。

「前から頼まれていた治療薬は用意した。オウカにも別の薬を飲ませておけ。あの子もまだ不安要素が無いわけではない」

 背後に控えていたワン・ソキウスがトランクケースを机の前におく。
 プレアの抱える宿命と呼ぶべき病と、強化措置の副作用がいつ発症するとも分からないオウカの為に用意された薬が収められている。
 連合から離反したエクステンデット研究者やビアンが記憶していた新西暦におけるアードラー・コッホや大脳研などのデータを元に開発された、強化人間用の治療薬の一種だ。
 オウカのおとぎ話は、ビアンやマルキオ達の緊張を孕んだやりとりを尻目に、続いていた。

「『太陽』。異魔神がそう呟くと、なんという事でしょう、それまで暗雲が立ち込めていた島に、眩い太陽が生まれたのです。でも、モモタロスは負けません。見上げるほどに巨大な異魔神に向かい、こう言いました。
『おれは最初からクライマックスだぜ!』怯える様子を見せないモモタロスに勇気づけられたのか、キンタロス達も、やれやれと言った風に自分達の武器を構えました」

 その日は、ビアン達はシン達よりも先にシェルターを後にした。シン達が休暇の終わりを告げられたのは、それぞれの家へ帰った後の事だった。

「こうして異魔神を倒したモモタロス達は、良太郎王子を助け出しました。次は、自分達を主上と呼ぶキリンという生き物に出会った彼らが、慶という国の王様になるまでのお話です。めでたしめでたし」
「めでたいですか?」

 オウカの読む胡散臭いおとぎ話に、シンは首を捻った。

 その翌日。新たな戦場へ向かう為、朝早くに家を後にしたシンは、涙目になったマユと、息子の身を案じる両親に短く別れを告げた。
 そうしなければ、零れる涙を家族に見られてしまいそうだったからだ。
 ただ、必ず生きて帰る。それだけを胸に強く誓った。
 オノゴロ島地下ドック。スペースノア級専用となっているこの場所に足を踏み入れるのにも幾分慣れてきた。
 オーブの軍服とは違い、中世欧州風の装飾がされたDCの軍服に袖を通して、シンはここまで一人で来た。
 一般の兵の着るものはそれほど華美ではないのだが、一部の高級将校や特殊部隊の隊員などは、身分を分かりやすくする為にこう言った見た目に分りやすいものを着ていた。
 既にステラやテンザン達は乗艦している。ギナやエド達も、宇宙に上がる前に連合の艦隊と矛を交える事にしたようで、タマハガネのハンガーにはGF天やソードカラミティ、フォビドゥン・ブルーが見受けられた。
 リラクゼーションルームに顔を出すと、メカニックや衛生兵に混じって歓談しているステラ達の姿があった。テンザンはハンガーでなにやらメカニックと話し込んでいた。

「よう、シン。遅かったな」

 炭酸飲料片手にスティングがそれまで話をしていたCIC要員グループから離れた。アウルはギナ配下の三人のソキウスの誰か相手にボードゲームに興じていた。
 ギナとソキウスが別行動をしているのは珍しい。

「おれで最後かな?」
「さあな。最後の方ではあるかもしれないけどな。そう言えば聞いたか? グレッグ一佐の話。准将に昇格して艦を降りて代わりが来ているらしい」
「早過ぎないか? グレッグ艦長だって就任してすぐだったろう? それをこんな短期間で? それにクルーとのシミュレーションだって碌にできないじゃないか。そんなんで大丈夫なのか?」
「優秀だってグレッグ艦長も太鼓判を押していたらしいぜ。おれ達が休暇を取っている間にみっちりブリッジクルーと親交を深めたんだとさ。結構愚痴っているぜ」

 どうやらシン達パイロット組が心身を癒している間、タマハガネクルー達はそうもいかなかったらしい。流石に連合との再戦が近いことは明白だから、一日くらいは休暇があっただろう。

「スティングはその新艦長と会ったのか?」
「いや、ただ名前は聞いている。随分変わった感じだったな。確か、エペソ・ジュデッカ・ゴッツォとかなんとか、コーディネイターらしいぜ?」
 
 確かに長いな、とこの時のシンはそれ位にしか考えていなかった。グレッグは強面ではあったが温和な性格で、慎重さの中に果断な決断をする意志も持っていた好人物だった。
 またああいう人だといいけど、シンはそう小さく胸の内で呟いた。

 地上のDC艦隊はオーブ本島から遠く離れた海上、領海線よりもさらに遠方で連合艦隊を迎え撃つべく布陣していた。
 マイヤーから軌道上で連合の第二陣と戦闘に入ったという連絡を受け、DC地上艦隊にも緊張が走る。
 宇宙ではふたたびオーブ艦隊の介入があった事が伝えられ、DCに所属した旧オーブ兵達にも少なからず動揺が走ったが、それも目の前の戦いの緊張が払拭する。
 旗艦タケミカズチに乗艦したビアンを始めとした艦隊の首脳部は艦橋正面モニターに映された連合艦隊を見つめ、険しい顔色を浮かべていた。
 エムリオンとストライクダガーのキルレシオを考慮しても覆しえない物量差だ。
 流石に度重なる敗戦から、連合側もディープ・フォビドゥンやフォビドゥン・ブルーなどの少数ながら、生産した水中用MSの他、スカイグラスパーを中心にレイダー制式仕様を含む航空戦力を多数抱えていた。
 これまでよりもより苦しい戦いを強いられるのは目に見えていた。逆に言えばこの戦いを凌げば、流石の連合も戦力の再編成に長い時間がかかるだろう。
 ましてや宇宙ではザフトが戦力を強化しつつあるのだ。いつまでも地上の小国に拘るわけにはいかない。いささか大きすぎる目の上のタンコブではある事は確かだが。

「タマハガネ所定の位置に着きました。連合艦隊先鋒、第一次作戦ラインにまもなく到達します」

 オペレーターの告げる現状に、トダカとビアンは頷いて答えた。
 迫る連合艦隊を力で退けねばならない状況は、とうの昔に分っていた事だが。いざ実行しなければならないとなれば、途方もない重圧を伴う事になる。
 それに屈するほどやわな男たちではないのは、言うまでも無いだろう。

「ビアン総帥。ヴァルシオンの出撃準備はすでに整っています」
「うむ。全艦に通達。これより我々ディバイン・クルセイダーズは、眼前に迫る連合の艦隊殲滅戦に入る」
「コンディション・レッド発令、会敵まで残り三十」

 超望遠モニター越しにも、連合艦隊もまた動き始めた事が見える。
 にわかに慌ただしくなり、垂直ミサイルセロから数多の巡航ミサイルがその先端を覗かせ、航空機やMS隊が発進の用意を整えている。
 絶望的な戦力差で、決戦の火蓋は切って落とされた。
 互いの艦艇から無数のミサイルが白煙の尾を引いて空に弧を描いて降り注ぎ、DC艦隊は宇宙での戦闘でも用いた艦艇用の広範囲エネルギー・フィールドを搭載した防御艦が、対空砲火で撃墜しきれなかったミサイルを受け止める。

「ミサイル第一波射出後MS隊を出せ。右翼と左翼を開く。連合艦隊を誘い込め」

 トダカが矢継早に命令を出し、タケミカズチ・タケミナカタを始めとする仮装空母や、巡洋艦を改装した軽量空母からエムリオンとシーエムリオン隊が次々と発進する。
 砲撃支援のバレルエムリオンの他、M1用に開発されていたフライトユニットを搭載した、鹵獲機のストライクダガーも順次艦隊前方に展開する。
 連合艦隊は圧倒的な数でそのままDC側を押しつぶす作戦を取ったらしく、三倍以上の艦艇をそのまま前進させる。
 確かに下手に小細工を弄すればその隙を突かれる可能性も無いではない。
 正面からの力押しこそが最も効果的な戦術となる事もある。

「キラーホエール艦隊、連合潜水艦隊と交戦」

 オペレーターが次々と述べる状況に耳を傾けていたビアンが、ミナとソキウス達を伴い、艦橋を後にする。

「トダカ、指揮は任せる」
「出られるので?」
「私が姿を見せた方が兵の士気も上がる。ミナ、ワン、ファイブ、トゥエルブ、行くぞ」

 艦橋を後にするビアンの背を見つめる事数瞬。トダカは正面モニターを振り返り、指揮を執った。今、自分がやるべき事を間違える男ではなかった。
 連合のストライクダガーが陸戦系である以上、空戦能力を備えるエムリオンに対し不利なのは何度も重ねて述べたが、連合とて学習しないわけではない。
 ザフトが用いるグゥルというMSのサポート用のフライトユニットに似たモノ通称ゲタを多数用意し、ストライクダガーをそれに乗せて空戦能力を与えていたのだ。
 他にも生産ラインが稼働されたストライクの制式量産機ダガー、通称105ダガーにエールストライカーを装備させたものが、姿を見せている。
 ラミネート装甲の装備やストライカーパックシステムでコストがかさむ為に、ストライクダガーに比べればその数は微々たるものだが、これで空はDC側のものだけではなくなっていた。
 海中でも連合側のディープ・フォビドゥンやフォビドゥン・ブルーがこれまでの一方的な敗戦の汚名を返上すべくシーエムリオン達と銃火を交え始めている。
 空と海と、これまでDCが有利に進めていた戦場の様相を覆そうと、連合も本気になったのだ。

 勢いに乗る連合艦隊はDC艦隊の前面にひしめくほどの数で並び、圧倒的な数とそれが生む火力で迫っている。
 各空母や輸送艦から出撃したDCのMS隊も数の差を考えれば驚くほどの善戦を見せているが、一機に対し三~五機近いストライクダガーやスカイグラスパーなどが襲い掛かっており、早々にエネルギー・フィールドを破られて、戦線を離脱する者も出ている。
 ストライクダガーの57ミリエネルギーライフルとセットになったグレネードランチャーがエムリオンのエネルギー・フィールドを破り、防御の要を失った本体にビームが突き刺さる。
 かろうじてリオン・パーツの損害のみで済んだエムリオンが、パージと同時にテスラ・ドライブで加速し、相対していたストライクダガーの胴をビームサーベルで両断した。
 PS装甲が採用されているエムリオンだが、ストライクダガーの主装備がビームライフルである為に、エネルギー・フィールドが突破されると撃墜の可能性がにわかに高まってしまう。
 相手が、実体弾が主流のジンやシグーといったザフト系MSならばもっと楽な戦いができるだのが、言っても始まらない。
 それに艦艇からの攻撃にはPS装甲が十二分に効果を発揮しているのだ。
 タケミカズチの艦橋では、次々と交戦の情報がひっきりなしに飛び込み、トダカや各艦長、指揮官がそれらに対応してゆく。
 高機動性を誇るエールスカイグラスパーや、320m超高速インパルス砲アグニを装備したランチャースカイグラスパーの方が、むしろストライクダガーよりも厄介な敵だった。
 第二次DC討伐艦隊旗艦“パウエル”で、艦隊司令ダーレスは昨日の一方的な敗北とは違った展開に内心で胸を撫で下ろしていた。
 今回はあの口うるさいオブザーバーである、ブルーコスモスの盟主もいない。
 変わりに、生体CPUを調整している薄気味悪い老人がいる事は不愉快だったが。
 だが真に安堵する事は出来ない。敵にはあのヴァルシオンとかいうとてつもない機動兵器が残されている。ダガーだけではあれに勝てない。
 おそらくあの一機だけで一個艦隊や二個艦隊位なら全滅させられるだろう。
 通信士の一人に、ダーレスは声を掛けた。

「別動隊の動きはどうか?」
「は。戦闘海域を迂回し、予定通りオーブ本島へ向かっています」

 現在DC艦隊と交戦しているのとは別の連合艦隊が、オーブ本島やオノゴロ島制圧の為に動いているのだ。こちらの主力艦隊でDC艦隊を打ち敗れればよし。
 別動艦隊が本島を制圧するのが先でも良い。
 DCは総力をこちらの艦隊に向けているだろうから、よもや別動艦隊が壊滅するような事はないだろう。
 ダーレスは多大な犠牲を払ってまでDCを正面から潰す事を望みはしなかった。上層部の思惑がどうあれ、実際に戦って死ぬのは彼の部下なのだ。
 犠牲は少ない方がいいに決まっている。

「DC艦隊後退してゆきます」
「このまま前進。各員奮闘せよ」

 数の暴力を前にじりじりと後退するDC艦隊に、早く降伏してくれないものだろうかと、ダーレスは思わざるを得なかった。
 彼はブルーコスモスのシンパでもなければ、コーディネイター殲滅主義者でもない、まともな軍人だった。
 連合の艦隊が左右に広がったDC艦隊の中央を突破する形で全身を続けDCは艦隊、MSともどもじりじりと後退戦をしていた。
 それでも、グゥルもどきで飛行能力を得たとはいえ、ストライクダガー相手ならば断然有利にエムリオンは戦えたし、エールストライカーを装備した105ダガーを相手にしても引けは取っていない。
 絶対数の差はともかく、撃墜されたMSや艦艇の数は、連合側の方がはるかに上だった。
 タケミカズチのブリッジでは、オペレーターの一人がいまかいまかと待ち構えていた報告を受け取り、トダカに大声で告げた。

「連合艦隊七割が作戦ポイントα、β、γに到達」

 ようやくか、その思いでトダカは各員に即座に命令を下す。切り札の一つの使い時が、辛抱に辛抱を重ねてようやく来たのだ。

「重力アンカー起動シークエンススタート。友軍を下がらせろ」

 DC艦隊の動きに、ダーレスは濃い眉を寄せた。DC艦隊は中央を下げて左右に扇状に広がっている。こちらを包囲する気か?
 だが、それでは艦隊の層が薄くなってしまう。
 包囲した所で、なんとかなる物量差ではない。それが分からぬほど無能なのだろうか、DCの軍部は?
 だがその疑問は最悪に近い形で裏切られる事になった。DC艦隊中央を突破しようとしていた艦隊が、突如海ごと、半球形に沈みこんだからだ。
 一隻だけではない。DC艦隊が描いた包囲の半円の内側に沿って、海面が球形に抉れて――いや、潰れているのだ。

「何事だ!?」
「わ、分かりません。突如海面が沈んだとか……。これは、重力異常です!」
「ばかな、これほどの規模で重力に干渉したのか!?」

 連合艦隊を襲った重力異常は、かつて新西暦でアイドネウス島に落下したメテオ3と呼ばれた異星人からの贈り物に、新西暦のDCの前身であるEOTI機関が仕掛けた重力アンカーの超広範囲版だった。
 予測会敵海域海底に三角形を描く形で仕掛けられた三基の重力アンカー発生機が起動し、範囲内の連合艦隊や機動兵器の全てを見えざる重力の錨に繋いだのだ。

「おのれ、こんな隠し玉を持っていたのか。脱出は!?」

 艦隊後方で重力アンカーの効果範囲から外れていたパウエルで、ダーレスは怒鳴り散らした。

「……不可能です。こちらの艦艇の推力では、重力を振りきれません!
「ばかな、これでは全滅もあり得るぞ?」

 海面に引きつけられ、動きを鈍くするスカイグラスパーやレイダー制式仕様、エールダガーを鴨撃ちの様に撃墜しながら、後退していたDCのエムリオン隊が反撃に出た。
 動けぬ連合艦隊に遠方からレールガンやビーム、ミサイルが飛来し、無事だった連合艦隊も前方の友軍が身動きのとれぬ状況に足並みを乱して、数の利を活かせずにいる。
 闘いの趨勢は一挙にDC側へと傾いていた。

「センサーに感、急速接近する熱源、接近しつつあり、戦艦クラスと思われます」
「このタイミングで! カラミティ、フォビドゥン、レイダーを出せ。彼らに迎撃させろ、何としても近づけるな!」
「司令!」
「何だ!」
「DC空母よりヴァルシオンです!」

 ぎりっとダーレスの噛み締めた奥歯が鳴った。追い詰めた筈の獲物が牙を剥き、今や狩人はDCとなった。そんな思いが胸の中で不安の黒渦を巻いたからだった。
 重力アンカーの見えざる圧力を挟みパウエルと対峙するタケミカズチの増設された内部デッキから甲板にせり上がる機影があった。
 降り注ぐ陽光を浴びて血の色に輝く巨体。禍々しく触れる者全てを傷つけるかの様なシルエット。
 見る者の心に言いしれぬ重圧を与えるその姿。紛れもなくこの世界に訪れた機械仕掛けの、真紅の魔王ヴァルシオン。
 究極のスーパーロボットと賛美され、恐れられた希代の天才ビアン・ゾルダークが心血を注いで作り上げた機動兵器。
 その背後にはミナの美貌を再現したヴァルシオーネ・ミナ通称ミナシオーネと、白・黒・灰色に塗られた女体のラインを思わせる華奢な超音速の妖精フェアリオンが三機。
 さあ、破壊の宴がようやく幕を上げるぞ。

「行くぞ」

 ビアンは言葉短く告げた。ミナが、ソキウス達が沈黙を持って応じる。
 重力アンカーの効果範囲を避け、血塗れの魔王と闇夜の衣を纏った戦女神が、三体の鋼鉄の妖精と共に戦場を飛んだ。

 DC総帥自らの出撃に、DC側の士気は盛り上がり、逆に初戦におけるヴァルシオンの理不尽なまでの戦闘能力を知る連合諸兵の士気は著しく下がる。

「一気に敵の頭を叩く。ソキウス、お前達はビアンと私の援護に徹せよ。無理に戦う事はないのだからな」
「はい」

 DMR(ダイレクト・モーション・リンク)システムでミナシオーネと連動したミナは、ナチュラル相手に無理は出来ぬソキウス達にそう告げて、ヴァルシオンと共に連合の艦隊中枢めがけて、機体を加速させた。
 テスラ・ドライブを内蔵したウィング・バインダーを広げ、両腰部にマウントしたハイパー・ビームキャノンとレクタングルランチャーを両手に持つ。
 敵の数は多い。とりあえず撃てば当たるという状況だ。そんな状況に呆れを交えてミナは苦笑する。
 それでも余裕は失われてはいない。自分達の勝利を信じるというよりは、そうなると知悉しているような笑い方だった。

「ここまで数に差があると滑稽だな」

 よほどヴァルシオンが恐ろしいのか、空にも海面にもうじゃうじゃといる連合の兵達は攻撃を仕掛けはこない。
 気持ちは分からないでもないが、いささか、情けない話ではないだろうか?
 かかって来ぬのならこちらから仕掛けるまで――。機動性ではDCの保有する全MSでも1,2を争うミナシオーネに狙われて、逃げる事の出来る兵器など連合にはない。
 ミナシオーネが一隻のイージス艦に狙いをつけて急降下するのと同時に、例によってゴシックロリータ調の服を着こんだ三人のソキウス達のフェアリオンもその周囲を固めた。
 艦の危機に気付いた周囲の下駄履きのストライクダガーやスカイグラスパーを、フェアリオンがその速度と旋回性能、運動性を活かして瞬く間に無力化し、ミナシオーネは悠々とレクタングルランチャーの数射でイージス艦を無力化する。
 ハイパー・ビームキャノンの青い光弾、レクタングルランチャーが混戦状態の中正確に連合のダガーや戦闘機を撃墜し、膨大な数を一つ一つずつ削ってゆく。
 ミナシオーネのサイコブラスターを恐れてだろう、散開して射撃戦を挑む連合のMS達を不敵に見回し、ミナは挑発的に呟いた。

「このミナシオーネに傷の一つも着けられるかな?」

 連合の兵からすれば死神にも等しいヴァルシオンは、その圧倒的な戦闘能力と巨躯で、巨人と小人の戦の様に、連合の戦力を蹴散らしていた。
 新西暦世界においても単機で戦局を変えうる機体だ。今は本来の性能を発揮できずにいるといえども、その力は常軌を逸している。
 振り上げたディバインアームから斬孤の軌跡に沿って走った光の斬撃が、巡洋艦を横から両断し、鋼の船体を薄紙のように切り裂く。
 若干のタイムラグを置いて左手から放たれたクロスマッシャーは、射線軸上のMSと戦艦を纏めて貫いて爆発・四散させる。
 イージス艦の単装砲やストライクダガー、スカイグラスパーの砲火も集中するが、ヴァルシオンの展開する歪曲フィールドがそれらを尽く弾いてみせる。
 しかし、流石に立て続けに砲火を浴び、出力が落ちた所にアグニ級の一撃を受けるとさしもの歪曲フィールドも突破されて、ヴァルシオンの装甲を、320m超高速インパルスが焼く。
 左肩のアームガードでアグニの砲火を防いだビアンは、550トンという超重量の機体を、テスラ・ドライブによる急加速で疾駆させ、アグニを放ったスカイグラスパーをディバインアームで切り裂く。
 歪曲フィールドを突破しても、ヴァルシオンの堅固な装甲が、コロニーの外壁すら貫くアグニにも耐えてみせるのだ。
 ヴァルシオンの撃墜は数を持ってしてもなお困難な一事だ。
 
「あまり、ここで戦力を失うわけにはいかぬのでな。諸君らには悪いが、早々に退場してもらう」

 重力アンカーによって艦艇の七割強が行動不能に陥った連合艦隊に向かって、ヴァルシオンは容赦や情を捨てた悪鬼となった。
 放たれるクロスマッシャーの数だけ艦艇が沈み、数百、数千のオーダーで人命が失われてゆく。
 母艦や戦友を失い、怒りに駆られた連合の兵達を、ビアンは卓越した技量で軽々とあしらい、数の暴力が通じぬ絶対的な存在と化して連合艦隊に死と破壊を与え続けている。

「クロオォォスマッシャアアーーー!!!」

 ヴァルシオンの出撃から十分、撃沈した艦艇の数は十隻を超えた。第八艦隊が壊滅した低軌道会戦以上に一方的な展開であった。連合艦隊の不運はこれで終わらない。
 連合艦隊の側面から、温存していたストーク級空中母艦三隻、虎の子のスペースノア級万能戦闘母艦壱番艦『タマハガネ』と特殊任務部隊クライウルブズが強襲したのだ。