SRW-SEED_ビアンSEED氏_第27話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:04:25

ビアンSEED第27話 ばいばい

 ビアンのヴァルシオンに続き遠方からストーク級空中母艦が姿を見せ、数機の機影が戦闘空域に加わった。
 今回クライ・ウルブズから離れていたユウキ・ジェグナンとリルカーラ・ボーグナインのラーズアングリフとランドグリーズの二機だ。
 グラビトロンカノンのダメージで、姿勢が安定しない飛鳥の腕を、カーラのランドグリーズが取って支えた。
「大丈夫シン? 結構ピンチだったりした?」
 いつもの元気の良い闊達な声に、シンの身を案じる響きを交えて、カーラが心配そうに接触回線をつなげてきた。
 シンはようやく体の上げる痛みの悲鳴に気付いて、声を上げそうになったが、それを堪え大丈夫そうには見えない笑顔で答えた。
「大丈夫です。ピンチだったりはしましたけど……」
「ありゃあ、やっぱり? なんか、すごい強そうなのがいるじゃない」
「強そうじゃなくて、かなりやばい強さです。……そういえば、グリーズにラーズ、空飛んでいますけど、改造したんですか?」
 カーラの陽気な調子に緊張がほぐれたか、シンはカーラとユウの機体が、若干姿を変えているのに気付いた。
 陸戦系の機体として飛行能力を持たない筈の二機がトランスポーターなしで飛行し、装備も若干変わっているようだった。
 背にはラーズとグリーズ共にFソリッドカノンやリニアカノンの、折りたたみ式の長砲身とミサイルポッドを装備しているのは変わらないが、それぞれの武装をつなぐ背中の中央部分のコネクターにブースターやウィングバインダーが取り付けられ、腰の部分には小型化したテスラ・ドライブがある。
 肩の大きなアームガードもスラスターが増設され、ジョイント部分からフレキシブルに稼働し、高い機動性を得られるように改造されていた。
 武装の方も、両機共に胴体中央部にスキュラや小口径のチタン製ベアリング弾を射出するスクエア・クレイモアなどが追加されている。
 長所を残したまま、短所を埋める方向性で改修が施されていると見るべきか。
 シンの疑問に答えたのは、カーラではなく二人を守るようにして機体を前に出していたユウだった。
「ラーズとグリーズの強化改修案の第一段階だ。最終的にはさらに改修を受ける事になるが、今は飛行機能とビーム兵器の搭載を行ってある。おれ達がクライ・ウルブズと別だったのはビアン総帥が直接機体の改修に関わり、出撃するぎりぎりまで調整していたのでな。
 だから、こうしてビアン総帥と行動を共にしていたわけだ」
「そーいうことなんだよ。空飛ぶのにはちょっと不慣れだけど、他のザフトの人たちは大体助けられたから、後はシン達のとこだけだったんだけど……。なんだか雲行きが怪しい感じだよね」
 通信越しにもカーラの緊張が伝わり、シンは改めてグランゾンを見つめる。飛鳥や通常のMSより10メートル近く大きな機体。
 連合やザフトの既存のMSとは異なる姿に重力や空間を操作して攻撃を行う超技術の装備。
 ある種ヴァルシオンにも共通する機体の特徴だ。ユウも常にクールな彼ながら、グランゾンから伝わる重圧に、自然と厳しい目つきに変わっていた。
「何を非現実的な。機動兵器から圧力を感じるなどと……」
 目下グランゾンの興味はヴァルシオンにある。グランゾンとそのパイロットにとって、自分やカーラ、既に破れたシン達は眼中にないという事だろう。
 それが腹立たしくもあり、助かったという思いがしてしまう事が、ユウには悔しく情けなかった。
「ビアン総帥、私達も援護するよ!」
 ユウの心境を察するよりも、カーラは目の前の脅威に立ち向かう事を選んだようだ。カーラの言葉を、ユウが制するよりも早く、ビアンが答えた。
「いや、ボーグナイン曹長。あの機体の相手は私とヴァルシオンでする。ランドグリーズの改修もまだ最終段階の前だ。無理はしなくとも良い。クライ・ウルブズ各機とザフトの部隊と共に後退せよ」
「でも、あいつ、何だかすごくやばい気がする。根拠はないけど、それだけは分るんだ。総帥一人を置いてけないよ」
「カーラ、言葉が過ぎるぞ」
「だって、ユウ。ユウだってわかるでしょ? あいつ、普通じゃない」
「……」
 カーラの言葉を否定する事はできず、ユウは沈黙した。
「ジェグナン二尉、アルベロ、それぞれ艦に戻り後退する様に。私個人としても、あの機体には用があるのでな」
「……あちらでの知り合いか? ビアン」
「かもしれん、という程度だがな」

 ヴァルシオンとグランゾンが向かい合う。55メートルのヴァルシオンに対し、27.8メートルのグランゾンでは倍の差があるが、互いが互いに劣るとは思えぬ威圧感を滲ませていた。
 とある世界では真の意味ではないにしろ肩を並べた事もある機体であり、パイロットもまた同じ人物だ。
 二隻のアークエンジェル級も、スペースノア級も、そして二つの陣営に属する者達も、トリガーを引く指も、モニターを見つめる瞳も、指示を出す喉も、それを聞く耳も、この二機の機体の対峙に囚われていた。
 圧倒的な戦闘能力でシンやアルベロ、ジャン・キャリー、テンザンを退け、余裕と自信に満ちた態度のまま、己例外の全てを睥睨していたシュウは、ようやく瞳にそれまでとは違う光を浮かべてヴァルシオンを見ていた。
 何か、何かとても重要な事を忘れている。そして、それを思い出そうとしているのに思い出せずにいる事も解っていた。
 初めてビアン・ゾルダークとヴァルシオンの存在を知った時にも、似たような感覚に襲われたが、今、実物を目の前にすればその感覚はより強さを増していた。
 シュウの白衣の肩に乗ったチカが、小首をかしげて自らの主を見つめる。

「ご主人様?」
「いえ、なんでもない、とは言えませんか。どうも私の失った記憶に関係があるようですね」
「グランゾンのライブラリに照合するデータがある位ですもんね」
「若干、形状や感知できるエネルギーに差異がありますが……。さてどの程度このグランゾンの相手が出来るものか、試させてもらいましょう」
「いつになく好戦的ですねえ、ご主人様」
 対峙するグランゾンの、目に見えぬ気配の様なものを感じたか、ヴァルシオンも右手に握るディバイン・アームを右下段に構え直した。
 ヴァルシオンに、エペソからの通信が入る。
『あれは貴公の知るグランゾンか? ビアン』
「さてな。戦ってみればもう少し分かるだろうが……。エペソ、それを問うという事は、お前の世界のモノとも分からんという事だな?」
『そうなる。どちらでもないのか、どちらなのか。いずれにせよ、大した化け物であろう。地球人が造ったにしてはな』
 最後の一言が、この母星に対する強烈な選民思想の入った男らしい。これでも前よりは大分和らいだものだが。
「全機を撤退させろ。ザフトの方も部隊の回収はすでに済ませてあるようだ。グランゾンの相手は、私とヴァルシオンでする」
『承知』
 グラビトロンカノンの解除により、機体の自由を取り戻したザフト・DCの各機動兵器達がそれぞれの母艦に戻る動きを見せ、ゲヴェルの艦橋でレフィーナが追撃の指示を出すかどうか、わずかに迷った時に、シュウの声がそれを遮った。
「レフィーナ艦長、申し訳ありませんが部隊を後退させていただけますか? 貴方達を気遣いながら相手をするには少々手強い相手の様ですのでね」
 あくまでも、余裕をたたえどこか底知れぬ雰囲気を漂わせたまま言うシュウに、テツヤが間髪入れずに反論する。
「な、シラカワ博士!? 自分が何を言っているのか、分かっておられるのですか!」
「オノデラ副長!」
「あ、いや、ですが、艦長」
「……シラカワ博士、本当にお任せしてよろしいのですか? 私達の任務はカオシュンから撤退する部隊の追撃です。貴方の意見に従うという事は、その任務の放棄と取られかねません」
「ええ、そう思われるのも無理はありませんが、このままグランゾンとヴァルシオンの戦闘の巻き添えになられては、元も子も無いのではありませんか?」
「……」
 唇をきつく結び、レフィーナはシュウの瞳を見つめ返す。無言のままモニター越しに睨みあう二人を、テツヤやクルーは黙って見つめていたが、先に折れたのはレフィーナの方だった。
「分かりました。現在、我々は任務遂行を断念せざるを得ない状況に現在置かれていると、判断します」
「艦長!?」
「賢明な判断ですね。ご安心を、貴方方の上司には私の方から口添えしておきますよ」
「お気遣い痛み入ります、シラカワ博士。ユン、全機に撤退を通達してください。エスフェルのリー艦長にも。全ての責任は私が負います」
「よろしいのですか、艦長。シラカワ博士はああ言っていますが……」
「私の根拠の無い推測ですが……。シラカワ博士は、私達が退かなかったら、私達を巻き込んででもヴァルシオンと闘うでしょう」
「いや、まさか!?」
 レフィーナの言葉を今一つ強く否定できないのは、テツヤ自身シュウに対して警戒の意識を強く抱いているからだろう。

 他にもレフィーナの言葉を、後押しする者もいた。
「おれもレフィーナ艦長の意見に賛成だ。オノデラ副長、ここは部隊を下げた方がいい。第一、おれ達の戦力ではヴァルシオンを落とせん」
「キタムラ少佐まで。……分りました。ただし、この件を問われた時には自分も責を負う事だけは言わせていただきます」
「テツヤさん。……はい。これより伊豆基地に帰投します」

「あらら、ご主人さま、良いんですか、味方を返しちゃって?」
「ええ、足でまといは歓迎できませんし。それに、本当の意味での味方などではありませんからね。さて、あちらも同じ事を考えているようですね」
「ほんとだ。あっちも味方を下げていますねえ? 以心伝心ですかね?」
 確かに、タイミングを同じくして連合とDC・ザフトの両軍の部隊は向かいあうグランゾンとヴァルシオンの後方へと部隊を下げている。
 ヴァルシオンの戦闘能力がどれほどのものかは既に世界中に知られていたし、グランゾンのそれもまた、たった今披露されたばかりだ。
 それ以上に、この場に居る誰もが、生存本能の鳴らす鐘の音が最大限に鳴り響いているのを聞き取っていたのだろう。この場にいたら、肉の一片すら残らないと。
 お互いに足手まといが離れたことを確認してから、シュウはわずかにコントロールスティックを動かす。そろそろ幕の開き時だと決めたようであった。
 風が、一際強く吹いた。怯えていたのかもしれない。風だけでなく、世界の全てが。
 グランゾンに、ヴァルシオンに。両者の生み出す闘争世界に。
「行くぞ、シュウ・シラカワ!」
 先んじて仕掛けたのはビアン。機体背部からテスラ・ドライブの光を盛大に零しながらヴァルシオンが飛ぶ。
 550トンの巨体はみるみる内にグランゾンのモニターの中で巨大になり、ディバイン・アームを振り上げた姿勢に至るまでわずか数秒。
 グランゾンの右手が動く。
 世にも美しく澄んだ、キイィンという音が周囲に木霊した時、既に二度目の音が生じ、それは幾重にも音の波として織り重なりあい、舞踏音楽の如く連なって奏でられた。
 右袈裟に斬りおろされたディバイン・アームをグランワームソードが受けた、と見えた時にはディバイン・アームを押し返し、逆に雷光の如き刺突がヴァルシオンの左胸部――人間で言う心臓に伸びていた。
 削られる装甲の火花が百花の如く繚乱と散り、グランワームソードを受け止めたヴァルシオンの左手の五指を半ばまで切り裂く。
 動きを止めたグランゾンの左頚部振り下ろされる銀の刃を、グランゾンは左手でヴァルシオンの右手を抑えてかろうじてその斬撃を防ぐ。
 倍の体格を有するヴァルシオンを相手に、グランゾンのパワーは互角という事なのか、互いに防いだ刃は微塵も動かず、拮抗状態へと移っていた。
「わわわ、ご主人さま。五分五分ですよ!」
「ほう? やるものですね」
「……」
 初めてグランゾンと正面からやり合える相手に、シュウは感心したように呟くが、それも己が絶対的に上位にあるという自身が露ほども揺らいでいないと分る声音であった。
 単なる偶然か、意図してか、ヴァルシオンとグランゾンは疾風の速さで互いの刃を手離し、両機は離れ、烈風の荒々しさで第二撃を放った。
「ワームスマッシャー、発射!」
「クロスマッシャー!」
 再び開かれたグランゾンの胸部前方に穿たれる無限地獄つながる奈落の様な黒穴と、そこへ向かい放たれる無慈悲な光。
 突きだされたヴァルシオンの血に濡れたかのような赤い左腕から放たれる、青と赤の二重螺旋を纏った白い破滅の光。
 空間を超え、あらゆる方向から無差別に襲い来るワームスマッシャーを、ヴァルシオンに搭載した重力震センサーで感知し、光が吐き出されるより早くヴァルシオンを駆る。
 ヴァルシオンの持つ歪曲フィールドに、ワームスマッシャーは次々と着弾し、歪曲した球状の空間にそって後方へと流れてゆく。
 対して、ヴァルシオンのクロスマッシャーは直線的な軌道のまま、その先に立ち塞がる者全てを打ち砕かんとグランゾンへと迫る。
 着弾に至るまでの刹那に、クロスマッシャーの出力を解析した数値を認識したシュウは歪曲フィールドでは受けずに、回避を選択した。
 直撃すれば、いかにグランゾンといえどもダメージにはなると判断したためだ。

 グランゾンは、CE世界、新西暦世界の両方を合わせて見ても最強の一角に数えられる機体だが、その特殊装備や装甲の材質などなどから、破損した場合の修復が著しく困難である。
 ましてやグランゾンが建造された本来の世界でもないこの地球では、技術と資材的な問題からわずかなダメージでも修復するのはいささか面倒となる。
 その判断が、シュウに回避行動を取らせた。ヴァルシオンはワームスマッシャーの半分近くを回避し、残り半分を歪曲フィールドで受けるか直接食らっている。
 それでもその重装甲故に決定的なダメージには至っていない。
「グランゾンとヴァルシオンのどちらが上か。私も興味はあった。もっともグランゾンがヴァルシオンの足元にも及ばないというのは、やはり謙遜だったようだがな。シュウ?」
「ビアン・ゾルダーク総帥ですか? 申し訳ありませんが、何の事です? 私には生憎と憶えがないのですが」
「……私の知らぬ世界のシュウ・シラカワという事か、それとも」
 立て続けに放たれるクロスマッシャーを、右に左に、上に下に、前に後ろにと三次元的な機動でかわし続けながら、グランゾンもワームスマッシャーで反撃を試みる。
 その動きを読んでいたのか、ヴァルシオンはグランゾンに獲物を狙う猛禽の如く襲いかかった。
 ワームスマッシャーが数十、数百の数で空間に穴を穿って破壊の光を乱舞させ、ヴァルシオンから迸るクロスマッシャーが海を割り、天を割き何度もその輝きを煌かせる。
 グランゾンの装甲を撃つクロスマッシャー。
 ヴァルシオンの装甲を穿つワームスマッシャー。
 互いに既存のMSであったなら百機以上を撃墜していたであろうほどに攻撃を重ね続ける。MSに比べて巨体の二機は、特殊兵装による射撃戦では収まらない。
 互いにあまり可動部分が多いとは思えない右腕に握った刃で幾度も切り結び、飽く事無く刃と刃の奏でる戦場音楽を高らかに響かせる。
 鍔競り合った姿勢になった両者は、互いの零距離からクロスマッシャーとワームスマッシャーを叩き込みあう。
「! グランゾンにこれだけのダメージを」
「ぬう!?」
 光の燐粉を零して弾かれ合う機体を立て直し、ビアンは果たして何度目になるか、今一度クロスマッシャーを放つべく、グランゾンへ照準を向ける。
「ワームスマッシャーでは止められませんね。ならば、グラビトロンカノン!」
「む! ならば、メガグラビトンウェーブ!」
 互いに重力を用いた一撃。漆黒に彩られた重力の波と波。
 グランゾンのそれは天空神が敵する大地の神を押しつぶさんと振り下ろした戦鎚の如くヴァルシオンを上方から押し潰す。
 ヴァルシオンの放つ重力は輪の形に鍛え上げられた刃の様に鋭く重なり、それは遂には嵐の様にうねくる巨大な暗黒になってグランゾンを四方から押し包む。
「ぐうう、ぬ。流石はグランゾン、今のヴァルシオンではこれが限度か!」
 展開する歪曲フィールドを越えて機体の装甲をひしゃげさせんとのしかかる、操作された重力のダメージ値に、改めてビアンはシュウ・シラカワとグランゾンの開発者達に対して敬意の情を抱いていた。
 他方、グランゾンのコクピットでは――
 互角近い戦闘に、軽くパニックを起こしたチカがシュウの耳元でぎゃんぎゃんと甲高い声で騒いでいた。
「ごごご御主人さま!? けっこうやばいんじゃあっ」
「少し黙ってください、チカ。――ビアン・ゾルダーク?、ディバイン・クルセイダーズ。…………ふふふ、なるほどそういう事でしたか。ですが、私の知る方とも限らない、か」
「ご主人様……! だめですよ、正気を保ってください! まだそんな悲観するほどピンチじゃないですから!!」
 突然の主人の言葉と笑みに、チカが正気を疑ってしまったのも仕方ない。シュウは自らの使い魔の言葉に傾ける耳は持たず、グラビトロンカノンを解除し、同時にヴァルシオンに連絡を繋げた。

 グランゾンの唐突な動きに気付いたビアンは、訝しみながらもメガグラビトンウェーブを解除し、モニターの中に移ったシュウの顔を見つめ返した。
「究極ロボの異名は伊達ではありませんね。グランゾンでもヴァルシオンの足元にも及びません。ビアン“博士”。このまま戦いを続ければこのあたり一帯の地形が変わるのにさほど時間はかからないでしょうね」
(総帥ではなく、博士か。……さて、どの様な事情があるものか)
「所で、いくつか聞かせていただきたい事があります。貴方が戦ったのは、ホワイトベース隊ですか?」
「いや、私を打ち破ったのはハガネ隊だ。私の知っている『お前』が言っていたサイバスターもその中にいたがな」
「そちらでもサイバスターですか……。なるほど。どうやら私と貴方は別の所で知己となったようですね」
「え? え? ご主人さま?」
「シュウ、お前はこの世界で何をしようとしている。私の目的は、先の演説の言葉通りと、おそらくはお前の知る『私』と同じだろう」
「確かに、貴方もビアン博士と同じ考えに辿り着いた方の様ですね。さて、私の目的ですか。
お恥ずかしい話ですが、つい先ほどまで少し物忘れに悩まされていましてね。これから考えます。
 ただ、そうですね。私を利用しようとした方々に身の程を教えて差し上げなければならないでしょう」
 ビアンの言葉に応えるシュウの美貌には鞘から抜き放たれた剣の様な危うさと、血を吸って花開いた魔性の花の様な妖しいまでの美しさが浮かび上がっていた。
 ビアンのよく知るシュウ・シラカワが時折見せる笑みである。
「さて、お互いこれ以上戦う必要も無いでしょう。これから、チェコまで行く用事がありましてね。
縁があれば今一度見える事もあるでしょうが、今度は敵になりたくないものです」
「ふ、それはこちらも同じだ。危うく、私の部下達が命を落とすところだったのだからな」
「私も無駄な事は好まざる所ですので。ではビアン博士、DCの健闘を祈りますよ」
「礼の言葉は言わぬぞ」
「ええ、それで構いませんよ」
あくまでも自信と余裕に満ちたまま、言いたい事だけを言って踵を返すシュウの背を見送り、ビアンは苦笑した。
「……シュウめ、どこの世界でも同じ性格というわけか」
 ただ、シュウを利用しようとした者達の冥福を、今から祈っておくことにした。
 シュウ・シラカワという存在は、毒にも薬にもなる途方もない存在だが、そういう意味ではビアンもある種似通った面を持っているし、なんとなく馬が合う所もある。
 これからシュウがどう動くのか、考えても分りはしないだろうと結論付け、ビアンはモニターに映るタマハガネに着艦すべく、ヴァルシオンを寄せた。
 だが、タマハガネのハンガーにヴァルシオンを着艦させたビアンを待っていたのは、狼狽し焦燥に焦がされたシンやアウル達の姿だった。
 ヴァルシオンから降りたビアンに、冷静さを欠片ほども残していないシンが、泣きそうな顔で走り寄ってきた。スティングやアウルもシンに続く。
 尋常ではない三人の様子に、ビアンも何事かと気を引き締めた。
「どうした、何があったのだ?」
「ビアンおじさん、ステラが、ステラが!!」
「ステラが、どうした?」
 きつく歯を食いしばっていたスティングが、血を吐くような声で小さく呟いた。
「戻ってこないんだ。シグナルもロストしている」
「むう……」
「親父、はやくステラを探さなきゃ、あいつ馬鹿で抜けてるし、一人じゃ危なっかしいし、だから、だから傍におれ達がいてやんねえと!」
「落ちつけアウル! 今、エペソ艦長が捜索隊を手配してくれている」
「そんなの待ってられっかよ! スティングだって今すぐあいつを探しに行きたいだろう!! こんな時にまで落ち着いてんなよ!?」
「こんな時だからこそ落ち着かなきゃいけないだろうが!」

 普段のどこか冷笑的な様子をかなぐり捨てて、アウルが大声で怒鳴り散らした。
 ロドニアのラボで男も女も無く育てられたアウル達には、兄妹の様な、疑似家族の様な絆があった。ビアンに引き取られてからは、その絆はより深く強まっている。
 だから、ステラのいないこの状況は到底耐える事の出来たものでは無かった。
 戦争に身を投じていながら、アウルは考えた事も無かったのだ。自分達の誰かが欠けてしまうなどという事を。
 確かに強敵もいるし、予想もしなかった事が起きるのが戦場だが、それでも自分達は絶対に生きて帰ってくるのだと、アウルは信じていた。いや、妄信していた。
 結局アウルは戦争を、危険な、けれど敵を落とせば褒めてもらえるゲーム程度に認識していのだ。それが覆された今、冷静でいられるはずも無かった。
 錯乱しかけているアウルの肩に、大きく分厚い掌が置かれた。ビアンだ。その手の感触に、取り乱していたアウルは、はっとしてビアンの顔を見つめた。
「落ちつけ、といっても無理なのは分かる。だが、それでも落ち着くのだ、アウル。ステラを見つける為に何をするのが最も重要かそれを見失うな。ステラの捜索には私も出よう」
 ビアンの言葉に少しながらも冷静さを取り戻したアウルは、拳を握りしめて、じっと耐えた。スティングもシンもアウルと同じ気持ちでいた。

 艦橋に上がったビアンは、エペソとステラの捜索について話を進めていた。
 既にザフト側の部隊の回収は終わり、敗走していた部隊を乗せたボズゴロフ級や輸送艇などはオノゴロに向かっている。
「どうやらステラ・ルーシェはグランゾンのグラビトロンカノンに巻き込まれたようだが、レイダーのパイロットと何か話し込んでいたのが確認できた。ビアン、貴公は何か聞いているか」
「スティングに問い質したが、レイダーのパイロットはラボ時代の顔見知りだそうだ。故に、何とか説得しようとしていたそうだ。今回は、それが裏目に出たか」
「なるほど。さて、ステラ・ルーシェの捜索だが、いつまで続ける? 貴公のヴァルシオンの出現で近辺の連合部隊はかなり警戒しているようであるから、そうそう接触する様な事はあるまい」
「捜索には私も出る。時間の許す限りな」
「自分が戦争に巻き込んだと、罪悪感でも抱いたからか? 戦場の常であろう」
「それでもだ。エペソ・ジュデッカ・ゴッツォ」
「……それも貴公ら地球人の強さであり弱さか」

 ステラの捜索が始まってから二日。今だ機体の破片すら見つける事ができず、捜索に出るシン達の疲労も積み重なっていた。
 ろくに睡眠もとらずに最後にステラのアーマリオンの反応があった海域を集中して探し回っているのだ。
 この話を聞いたイザークやルナマリア、レイ達も協力を申し出て、宇宙に上がるのを可能な限り遅らせて今日も捜索に出ている。
 ローテーションを組み、タマハガネに着艦しハンガーに収まった飛鳥の足元に蹲り、シンはそのまま背を預けて脱力する。
 表面上は冷静だが、アウル同様に内心では焦りきったスティング達と碌に休みも取らずにステラを探し続けている。
 不足する睡眠は体から疲労を拭い去ってはくれず、ついそのまま眠ってしまいそうになる。

 ふっと、眠りの安らぎに呑まれたシンを、アウルの大声が引き戻した。
「シン! ステラが!」
「ステラが、ステラが見つかったのか!?」
「ああ、アルベロのおっさんが見つけたってよ。早く行こうぜ!」
「ああ!」
 エペソとビアンのへと出撃の許可は既にスティングが取っていたらしく、戻ってきてからわずかな時間しかたっていないというのに、シンの飛鳥とアウルのエムリオンが、慌ただしくタマハガネから飛び立っていった。
 ステラと乗機であるアーマリオンが見つかったのは、不思議な事にグランゾンとの戦闘地域から遠く百キロ近く離れた小さな小島の浜辺であった。
 レイダーのミョルニルの一撃を受けらしい胸部の傷跡の他、グランゾンの重力攻撃により機体全体にかなりのダメージが加えられていた。
 既に傍らにアルベロの機体が片膝を着いており、ヘルメットを外したアルベロがコックピットを覗き込んでいるのが見えた。
 シンとアウルが転がるようにコックピットから飛び出し、スティングもはやる気持ちを抑え、万が一を考慮して機体に乗ったまま周囲を警戒している。
 本心では、シン達同様ステラの元へ駆け出したいだろう。
 ばしゃばしゃと浜辺に打ち寄せる海水を蹴散らして、あおむけに横たわるアーマリオンのコックピットに這い登ると、なぜか苦笑いしているアルベロが二人を見た。
 なんでそんな顔をしているのかと、シンとアウルは頭の上に?マークを浮かべたが、今は何よりもステラの状態を確認する事が大切だった。
 場所を空けたアルベロの脇を通り、シンとアウルは開かれたコックピットのハッチに手を掛け、中を覗き込んだ。
「ステ……ラ?」
「……はあ!? おれらが必死こいて探している間なにやってたんだ、コイツ!!」
 ステラはシートの上で胎児の様にまるまってすやすやと寝息を立てていた。
 それはいい。ある意味ステラらしいと言えなくもない。だが、その恰好がおかしかった。有り得なかった。何故だと突っ込まずにはいられなかった。
 パイロットスーツでも軍服でもなく、なぜか腰ミノにヤシの実を半分に割ったもので胸を覆い、頭には青いリボンと南国の花々で造られた可憐な花輪を付けている。
 実に南国なファッションだったが、なぜか輝きを零すみずみずしい足には網タイツを履いていた。
 神よ。ステラにいったい何が? シンは天を仰いだ。
 むにゃむにゃとステラの呟いたステラの寝言が聞こえた。
「……ばいばい、パプワ島」
「パプワ島って、どこ?」
「おれが知るかよ」
 もちろん、シンとアウルに分かるはずも無かった。

強化パーツ
 イトウくんのリボンを手に入れました。
 パプワくんの腰蓑を手に入れました。
 タンノくんの網タイツを手に入れました。