SRW-SEED_ビアンSEED氏_第46話

Last-modified: 2013-12-26 (木) 21:57:54

ビアンSEED 第四十六話 剣鬼と剣皇

 
 

 スティングやアウルが気を取り直すのを待ってから、ビアンが残る機体の説明を始めた。ヒュッケバイン同様にガンダムタイプの頭部を持ち、全体的にストライクなどと同じデティールを持っている。
 特に目立つのは機体の全身を彩る金色の装甲だろう。目にも眩い輝きは、さぞや戦場で目立つに違いない。

 

「ORB-01アカツキ。元々はオーブ本国で開発が進められていた機体だ。完成したプロトタイプ一機を元にこちらで改良を加えた。この金色の装甲はヤタノカガミといってビームによる攻撃を、威力を保ったまま反射する事の出来るミラーコーティング装甲だ。
 折角の機体なのでな有効に利用させてもらおうと思って持ってきたものでな。どうやらストライクを参考にしたような機体らしく、ストライカーシステムと似たような機構が設計段階で組み込まれていたのでそれを利用している。
 ソード、エール、ランチャー、I.W.S.Pの他にいくつか開発したストライカーがあるのでな。これから試験を重ねてゆく予定だ。これはスティングに任せる」
「はい!」

 

 勢いよく頷くスティングには、ビアンの期待に応えようという意気込みが見て取れた。やや気負っているようにも見えるが、アルベロやジャン・キャリーらの大人がうまく御してくれるだろう。
 アカツキは随分と前にユウナがエリカに問いかけたM1二十機分の製造コストを誇る問題機である。すでにロールアウトしていた試作機をベースにしたもので、新たに造ったものではない。正直な話アカツキ一機を作るならM1かリオンを選んでいる所だ。
 アウル、ステラ、スティングの三人の中ではスティングが最も安定した実力を持ち、高い技量と広い視野も併せ持っている。
 アカツキには破格の防御能力の他にも指揮管制系統の能力を重視した指揮官用機としての面もあるから、アウルとステラのまとめ役を任せると言う意味でもスティングが選ばれたのだろう。
 となると残りはステラとアウルである。ジャン・キャリーかアルベロのどちらかがヒュッケバインの乗り手に選ばれない筈であるから、クライ・ウルブズ各員に新型機が配備されるのならば都合もう三機あるはずだ(テストに出ているレオナ達は別として)。
 残っているのは、ヒュッケバインの同列機とおぼしい水色の機体と紺色の機体。どちらもヒュッケバインに酷似しており、背に負ったウィングスラスターや、左手に装備された円形のパーツなどの類似点も多い。
 ビアンは手前側にある紺色の機体から説明を始めた。

 

「ヒュッケバインの量産試作機ヒュッケバインMk-Ⅱ。動力源はプラズマジェネレーターを使っている分機体出力は小さいが、信頼性や安定性はこちらが上だな。ヒュッケバインの開発データを元に生産を前提にしてある機体だ。
 それでもまだ量産機とするにはいささかピーキーな仕上がりなのでな、アルベロかジャンのどちらか、ヒュッケバインに乗らぬ方に任せる。
 奥の水色の機体がビルトシュバイン。開発系列としてはヒュッケバインの前に来る機体だ。ビルトシュバインのデータをもとにヒュッケバインの開発を行った事を考えれば、いわば原型とも言える。
 開発が早かった分兵器としての完成度も高く仕上がっている。左手に装備したサークルザンバーで接近戦での戦闘能力も高い。アーマリオン程フルレンジに対応しているわけではないが、悪くない機体だ。ステラ、お前に任せる」
「うん」

 

 元気良く返事をしたステラの様子は、大好きな父親に誕生日プレゼントを買ってもらった幼女の反応そのものだった。ステラのあどけなさにビアンの口元にも淡い笑みが浮かんだ。ここだけを切り取れば誰もが笑みを浮かべる、中睦まじい父娘の関係と言えよう。
 これらの機体はもともとビアンが生前いた世界で開発されていたPT(パーソナル・トルーパー)と呼ばれる機動兵器である。
 ビアンがDCを創設し地球連邦に反旗を翻す以前に開発されていたビルトシュバインと、BHエンジンの暴走によって封印されたヒュッケバイン。
 更にマイヤー率いるコロニー統合軍と戦火を交えたヒリュウ改隊所属のATXチームに配備された当時最新鋭PTであったヒュッケバインMk-Ⅱを、このCEの世界で誕生させたようだった。
 ビルトシュバインは、地球連邦の主力PTゲシュペンストの高性能改修機である。当時問題視されたゲシュペンストの滞空時間の短さといった欠点を克服した機体ではあったが製造コストの高さから一機が開発されたに留まる。
 ビアンが死去した時点でも、既に開発から数年が経過している機体であり、そのデータをビアンが入手していたとしても、ビアンのEOTI機関代表、テスラ・ライヒ研究所創設者などと言った経歴を鑑みれば別段おかしな話ではない。

 
 

 ヒュッケバインにしても、開発製造はビアンと格別繋がりの無いマオ・インダストリー社で行われたとはいえ、用いられたEOTはEOTI機関からの提供技術だ。必然的にEOTを用いた機体の情報はビアンの元に流れてくる。
 ヒュッケバインMk-Ⅱは、ビアンの起こしたDC戦争中に実戦投入された機体でありビアンの手元と頭脳にもわずかなデータしかなかった。
 その少ないなりのデータとヒュッケバイン、ビルトシュバインの開発から培ったノウハウと、最新の人型機動兵器技術を用いて次期主力量産機の試作機としての意味合いも含めて開発されたのが今回のヒュッケバインMk-Ⅱにあたる。
 いずれも本家本元には若干劣る部分はあるが、武装や機体スペックにおいて大きな変化があるわけではない。
 これでシン、ステラ、スティングとこの場に居るメンツの機体は決まった。残るはアウルの機体だけだ。ジガンスクードをどこぞの整備士に取られた恨みもあり、アウルの期待に満ちた目は強く輝いていた。
 ビアンは握りこぶしを作って口元に当て、わざとらしく、うぉっほんなどと、ふだんはしない咳払いを一つする。

 

「なあ、おれの機体は?」
「以上だ」
「………………は?」

 

 アウルが、笑顔のまま凍り付く。ビアンはまっすぐアウルの瞳を見つめ返していた。ステラが愛らしく小首を傾げ、アウルの心の声を代弁した。スティングとシンは、あ~あ、と同情の視線をアウルの背に当てている。

 

「アウルの機体、ないの?」
「そうなるな」

 

 現実は厳しい。ミナの笑みを含んだ返事がそれを告げていた。ビアンは無言。アウルも無言。格納庫に、一際冷たい風が吹いたようだった。その風に凍てつかされたように止まっていたアウルの時が再び動き出したのは、それから一分後の事であった。
 ビアンの大きな掌がその肩に置かれた。それから努めて優しい声を出した。

 

「アウル、お前の戦闘データを見せてもらったが、よくぞエムリオンの性能をあそこまで引き出した。DCの中でももっともお前があの機体の扱いに長けている。お前の戦闘データはこれからも役に立つ。お前が一番エムリオンをうまく扱える」

 

 がっくりと首をうなだれたアウルはビアンの褒め言葉を果たしてどのように受け取ったのだろうか。先程から一言も発していないその様子が、泣きわめいて暴れそうだと思っていたシンとスティングには怖かった。
 ぽつりと、小さな呟きがシンの耳に届いた。どうやらアウルが何か言っているらしい。聞きたいような聞きたくないような……。それでもシンの耳はアウルが唇から吐き落とす言葉を聞き取った。

 

「おれが……エムリ……だ」
「ア、 アウル?」
「そ、そう気を落とすなよ。お前が一番エムリオンを扱えるって総帥も褒めてくれてるだろう?」
「おれがエムリオンだ!」
「へ?」

 

 勢いよく顔を挙げたアウルは、色々と吹っ切れた顔で大きく叫んだ。シンとスティングはその反応についてゆけず口をポカンと開けて間抜けな顔を拵える。

 

「おれがエムリオンだ! おれがエムリオンマイスターだ!」
「ああ、アウル!? ショックなのは分かるけど気をしっかり持てって! ていうかマイスターってなんだよ! むしろそこはマスターじゃ!?」
「総帥、ホントにアウルの機体ないんですか!?」
「セロ、アウル何言っているの?」
「ステラには分からなくてもいい事だよ」

 

 突如自分がエムリオンだなんだと叫びだしたアウルの奇行に、シンとスティングがこれは不味いと慌てふためき、ビアンに救いを求めるが当の総帥は事実だから仕方ないとばかりに落ち着き払っている。
 そうこうしている内にアウルは制止するスティングの手を振り払い、格納庫の外へと走り去っていった。
 飛鳥やアーマリオンが配備された時に続き、今回も自分に新型機が回ってこなかった事と、よりによってそれをビアンに直接告げられた事がよほど効いたらしかった。
 去りゆくアウルの背に向けて伸ばされたスティングの手は、虚しく何もない空間を握りしめていた。子供らが唖然とする中、ミナがビアンの耳にそっと囁きかけた。

 

「アウルの機体、きちんと用意はしてあるのであろう? いささかからかいすぎだ」
「ふむ、まさかあそこまで思いつめていたとはな。少々悪戯が過ぎたか……。後でアウルには私の方から言っておくさ

 

 この男は、とミナが溜息を一つ。アウルにしてみれば冗談で済まされる話では無かっただろうから、いい迷惑と言う他ない。
 まあ、とにもかくにもアウルにも機体は用意されていると言うから、その内機嫌を直して顔を見せるだろう。

 
 

 とりあえずアウルの走り去って呆然としているシン達に声をかけて正気に戻す。全員アウルに対する憐れみがうっすらと瞳に翳っていた。

 

(これは存外恨まれるかも知れんな)

 

 ここまできてようやく反省の気持ちが胸に湧いたビアンであった。
 しばらくそのままこれまでの近況報告や他愛もない話をしていると、通路の向こうに見慣れない人影がいくつか見えた。DC所属の兵士では無く、身なりからすればアメノミハシラに出入りする民間業者かジャンク屋らしい。
 人懐っこそうな愛嬌のある顔立ちに、バンダナを巻いて髪を逆立てた二十歳前の青年と茶色の髪を短く切り、大きな瞳を所在なさげにあちらこちらに向け、おどおどとしている少女に、濃紺の髪を長くストレートに伸ばした青年と、金髪の愛くるしい少年達だ。
 その四人のうちの一人に見覚えがあったシンは、あっと声を零した。その少年は、たしかに地上で何度かあった事のある孤児院の少年プレア・レヴェリー本人に違いなかったからだ。
 
「プレア?」
「あ、シンさん。お久しぶりですね」
「うん? プレアの知り合いか」
「はい。地球に居た頃に少しお世話になった人たちです」

 

 バンダナの青年の質問に答えながら、プレア達がシン達の方へと近づいて来た。途中でバンダナの青年も、シン達と一緒に居るビアンに気付き、顔見知りを見つけた表情を浮かべる。

 

「ビアンのおっさんじゃないか。なんだ、宇宙に上がってたのか?」
「ロウ、相手はDCの総帥ですよ。口の利き方には気を付けてください」
「そそ、そうだよ~。怒らせちゃったらどうするの?」
「ふふ、相変わらずだな。ロウ・ギュール」

 

 DCの総帥相手に随分と気軽に声をかけてきた青年は、ロウ・ギュールという名前のジャンク屋だ。ロウの口の利き方を嗜めた青年が、リーアム・ガーフィールド、少女が山吹樹里という。
 無作法と言えば無作法なロウだが、ビアンはそれを気にした様子はない。プレア以外の三人を初めて見るシン達からすればどういう関係なのだろうと言う疑問が湧くのは当然の事で、ミナが答えを教えてくれた。

 

「P03……アストレイの三号機を、崩壊したヘリオポリスから手に入れたジャンク屋だ。その後もギナと交戦し、モルゲンレーテとも関わりのある男だ。シシオウブレードの開発には奴も一枚噛んでいる」
「シシオウブレードを作った人の一人なんですか」

 

 むざむざとスレードゲルミルの斬艦刀に砕かれてしまったシシオウブレードの無残な様を思い出し、シンは眉を寄せた。ビアンとロウはシンの様子には気付かず、気の置ける友人の様に話をしていた。
 ロウという青年は権勢や社会的地位で対応を変えるような人物ではないらしい。
 もともとジャンク屋ギルドは、マルキオ導師の働きかけによって成り立った組織で、連合とザフトに対して中立を謳いつつ、戦場でジャンク屋がジャンクと認定したモノには所有権を得るなどの、非常識な権利を持っている。
 核動力が封じられ、億を超す人口の減少に伴い生産能力が激減した昨今、ジャンク屋の社会的地位が高まったのは確かだが連合やザフトなどの正規軍からすれば、目障りなことこの上ない一面を持った組織だ。
 そう言った組織であるから、組合員の中にはその権利を濫用し、自分達の利益を欲する悪質な者も少なくないし、独立・自由人の気質を持ったものが多い。ロウはどちらかと言えば後者の方だ。ビアンが気に入っているようなのも、それが理由だろうか。

 

「それで、お前達がアメノミハシラに来た理由は何だ? ジャンク屋の仕事かね?」
「ああ、それなんだけどさ。ちょっとここの施設を貸してほしいんだ。ここ位の設備でなきゃ作れそうにないものがあるんでね」

 

 と、ロウが黄色の半袖のジャケットの胸ポケットから、一枚のディスクを取り出して見せた。その中に造らなければならないモノのデータが入っているのだろう。

 

「アメノミハシラクラスの設備でなければ造れぬ物か。よほどのものなのだろうな?」
「まあ、な。それで悪いんだが、出来上がったコイツのデータはここに残す事はできないし、あんたらに教える事は出来ない。そういう約束なんでさ」

 

 悪びれた様子はなく、ロウはこれが冗談ではなく本気であると真摯な瞳で告げながらビアンに言った。ロウは一見破天荒で規格外的な所のある人物だが、一度した約束や自分で口にした事を反故にする様な男ではない。
 ビアンが例え暴力に訴えかけても託されたディスクを命懸けで守る事を選ぶだろう。しかし一介のジャンク屋に過ぎない筈のロウが手に入れたものとは一体何か? 
 ロウ自身まだ若いが非常に優れた技術力と発想力の持ち主だ。そのロウでも単独では造り得ないモノとは?

 
 

 思案している様子のビアンに変わり、ミナがロウに向かってややきつめの口調で問いかけた。P03を持って行かれた事はあるが、ロウはオーブに貢献している事も何度かあり、ミナの中での評価はさして悪くはない。ただ、今回の申し入れはいささか図々し過ぎる。
 それがミナの癇に触ったのだろう。

 
 

「随分と都合の良い話だな、ジャンク屋。対価も何もなしに我らの城を使わせろと?」
「ああ、そう言ってる。でも、コイツのデータは渡せないがタダ働き位なら構わないぜ。色々と便宜を図ってもらっているからな。
それに、ここで働いている連中はみんないい顔をしている。上に立っている奴がきちんと下の連中の事を考えているからだろう。こう言う所でなら、本当に良い物が造れる筈だ」
「当然だ。我らの民なのだからな。我らにはザフトからも連合からも彼らを守り庇護する義務がある。である以上、貴様が造ろうとしている物が我らの民に牙を剥けぬ保証もなしにアメノミハシラを使わせる事は出来ん」
「そればっかりは、おれを、いやプレアを信じてもらわないとな」
「プレアを? お前が使うものだと言うのか?」

 

 ミナの瞳を、プレアの青い瞳は真っ向から受け止めていた。マルキオ導師により宇宙へと導かれた少年は、今日までに如何なる経験を経てきたのか、ミナの威圧的な視線を前にしても動じる様子はない。ないが、多少の躊躇いの様なものはあった。
 プレアが躊躇を覚える様なもの……この少年の優しすぎる気性を考えれば、それはおそらく自分以外の誰かを傷つけてしまう力なのだろう。

 

「あまり、心から欲している代物ではないようだな。そんなものを手に入れて、お前に何ができる? プレア・レヴェリー」
「……それでも、きっと、今の僕には必要なモノなんです。固い殻で心を覆ってしまっているあの人に想いを伝えるためには」

 

 ひどく抽象的な、曖昧な言葉だ。だが、そこに込められた決意は誰にでも理解できるほど強く熱い。この少年は誰かを救う為になら自分の命を掛ける事を厭わない。
 それが、人の手で造られ、短い寿命を与えられた事に起因していなければ良いが、とミナは心の片隅で思った。そうであるとしたら、この少年はあまりに哀れだ。

 

「どうするのだビアン?」
「……良かろう。第七格納庫を使え。後で資材と人を回す。ただし、タダ働きはしてもらおう。口にしたからには約束は守って貰わねばな」
「ああ、恩に着るぜ」
「タダ働きとは、シシオウブレードの事か?」
「ムラタのおっさん、来てたのか?」

 

 ロウ達の背後から聞こえてきた声と、ムラタと言う名前にシンがいち早く反応した。ムラタ、かつてコロニーKCGの戦いでシンを破った剣士の名である。
 袖なしのタートルネックのセーターを盛り上げる逞しい筋肉の鎧を纏い、顎鬚を伸ばし、髪を後ろで束ねた男が姿を見せる。新西暦世界から訪れた死人――殺人刀と活人剣の狭間で剣の道の光明を求る男ムラタ。
 どういう経緯でか、ロウ達と行動を共にしていたらしい。もともと傭兵として戦場を渡り歩いていた男だから、何かの戦闘でロウ達に雇われたか味方したのだろう。
 ムラタは格納庫の片隅で残骸となり果てた飛鳥に目をやり、傍らに安置されているシシオウブレードの切っ先に一瞥を向けた。

 

「獅子王の太刀をああも無残に切り裂く手合いがそうそういるとは思えんが、実際に折られている以上はそうなのだろう」

 

 ビアンやミナがいると言うのに気に留めた様子はない。元は新西暦世界でDCに所属していた男だが、思想に惹かれたわけではなくあくまで戦場に出る機会と、その為の機体を手に入れる為に籍を置いたに過ぎないから、別段敬意を払う気にもなれないのだろう。
 ムラタはその場に居たステラとスティングを見やってから、自分をまっすぐ見つめていたシンで視線を止めた。シンの瞳の中にある様々な感情を見透かすように見つめ返す。

 

「シン・アスカ、敗れたのだな?」
「……ああ、そうだよ。完璧におれが負けた。おれの所為で飛鳥とシシオウブレードが傷つけられた」
「ふん、自虐の意に囚われ過ぎだ。貴様は。元より小生意気な童に過ぎぬ分際で気負いすぎなのだ。貴様一人が負けたからと言って戦局が動くわけでもあるまいが。調子に乗りすぎだ」
「なん、だと!?」
「何度でも言ってやる。戦場では貴様如き一兵卒の命など路傍の石ころも同然よ。その命を機体と獅子王の太刀に救われた事に感謝こそすれ、お前自身が責を感じるなど思い上がりも甚だしい」
「くっ、言いたい放題!」

 
 

 元々思い込みが激しく短気なシンだ。ムラタの露骨な侮蔑にたちまち頬に朱を登らせて怒りを露にする。シンを見下すように言葉を続けていたムラタが、不意にビアンに一瞬視線を向けた。それが何を意味するのか、瞬時に理解し、ビアンは小さく頷く。
 その挙動をビアンの傍らのミナとスティングだけが気付いていた。

 

「ふん、負け犬の遠吠えか、シン・アスカ? そういきがってはいるが、戦場へ立つ事が恐ろしくてたまるまい。一度刻まれた敗北の恐怖に打ち勝てぬようでは、あたらに助かった命を散らし、仲間を危機に晒すだけだ。
貴様、剣を捨てろ。機体を降りろ。であればもう少し長生きは出来よう」
「ふざけるな。おれはもう戦場に立ったんだ。人も殺した。そうまでしたおれが、今更戦いを止めていいはずがあるか! おれが殺してしまった人達になんて言えばいい!? それに、おれには守らなきゃいけない人達がいる! 
ステラも、アウルも、スティングも、クライ・ウルブズの皆も! 地球に残った家族だってそうだ。こんな戦争が終わって、皆が平和に暮らせるまで、おれは絶対に生き抜いて戦い抜いて見せなきゃいけないんだ! 
あんたに負けてウォーダンにも負けた。けど、まだおれは立ち上がれる!」
「ほざいたな、小僧。ならそれを力で証明して見せろ。貴様の決意、剣に乗せておれに示して見せろ!」
「言ったな。吠え面かかせてやる!」

 

 周囲の面々の事を置いてけぼりにして、ムラタとシンの言い合いはエスカレートしていた。スティングやクエルボ、リーアムは呆れたような表情を浮かべ、ビアンとロウに至っては面白そうな顔をしている。

 

「あれでよいのか?」

 

 とミナ。ビアンが応えて曰く

 

「好きにやらせればよい」

 

 DC総帥直々の太鼓判が押され、二人は確かに好きなようにした。具体的には、いつもシンがゼオルートとの修行に使っているトレーニングルームで、互いに木剣を手に向かい合ったのだ。ギャラリーはステラ、スティングの二人だ。
 リーアムと樹里はジャンク屋としての仕事をいくつかミナに回された為、その打ち合わせに向かい、ロウはシシオウブレードの修復、それにプレアと共にディスクの中のモノの製造と調整を行っている。
 クエルボは久方ぶりに会ったステラ達の健康診断の準備に、ミナとビアンはそれぞれDC総帥、副総帥としての仕事をこなさなければならない。
 いつもゼオルートに手痛い一撃をくらっているシンの為の救急セットを膝に乗せたステラとスティングは、備え付けの長椅子に腰かけて二人の対峙を見つめていた。
 ステラが救急セットを持っているのは、やはりムラタとシンの力量の差を漠然とではあるが感じ取った為だろう。
 ムラタとシンは互いに長さ90センチほどの木剣を手にしている。シンの愛刀阿修羅は、今はステラが預かっていた。
 シンは軍服の上着を脱ぎ棄ててアンダーシャツになっている。ムラタは姿を見せた時の格好のままだ。常在戦場、常にその身は戦場にあるという意識の故か、常に闘いを意識した生を送っているのだろう。
 シンの構えは正眼。切っ先は揺るがずムラタを指し示している。対するムラタは右上段。気合いと共に振り下ろせば例え木剣でも妖刀の切れ味を帯びよう。

 

「ステラはどっちが勝つと思う?」
「……シンは、勝てないと思う。でも、負けない」
「勝てないけど負けないか。なんというか、シンらしいけどな。でもまあ、あいつが立ち直る切欠になるんなら、構わないよな。負けて落ち込んでいるあいつが別の奴に負けて立ち直るってのも、変な話だけどな」

 

 二人ともシンの敗北を予見していた。エクステンデッドとして施された戦闘訓練の培った危険を察知する嗅覚、敵の力量を見極める観察力、投薬やグロテスクな手術の数々で鋭敏化された感覚を総動員した結果導き出された答えだ。
 シンは心中舌を巻いていた。ムラタの露骨な挑発に乗りこうして生身で対峙する事になっているが、ムラタの総身から立ち上る気配の凄烈さに、体中の神経が圧迫感さえ感じている。
 シンとは比べ物にならない時間を剣に費やし、数多くの戦場に身を晒してきたのだろう。血で刃を洗い、屍肉で刃を拭い、骨で刃を研磨する――地獄の底の様な闘いの果てに到達した闘争の気配。
 なまじ、戦場の地獄を体験したシンであるからこそ感じ取れるムラタの戦歴が、シンの戦意を委縮させる。唇を覆う口髭の奥から、ムラタの声が吐き出された。表情に変化はない。

 
 

「どうした小僧。最初の勢いは最早無いか。おれに吠え面をかかせるのだろう? 自分で吐いた言葉の責も取れぬのなら、ここで剣を捨てろ」
「っ、うおおおお!」

 

 どん、とシンの爪先が床を蹴る。爪先の五指が蹴り出した力が、シンの体を押し出す。速い。スティングとステラの目にもそう映る速度であった。ステラに一撃で破れていたシンも、最近では勝率が五割以上になっている。
 今のシンは普段よりも速く動いていた。一瞬で振り上げられた木の剣が振り下ろされる。風切る音も鋭く、ムラタの頭部めがけ振り下ろされた一刀を、右上段に構えられていたムラタの木剣が、いとも容易く横腹を叩いて起動をずらす。
 手首を振ってシンの木剣を弾いただけ、だがその弾かれたシンは手首までが痺れ、わずかに上半身のバランスを崩していた。斜めに傾いでいたムラタの木剣が、両肩を支点にした振り子の動きでシンの右頚部に振り下ろされる。
 茶色の木剣は、その色の光の如き速さであった。その切っ先が切り裂いた風を浴びながら、シンは二歩下がる。
 百分の一秒前までシンが居た空間を、木剣が半弧を描いて通り過ぎ、心臓を氷でできた腕に掴まれたみたいに背筋を冷やしたシンは、それでも下がったのと同じ分だけ前に出た。

 

「きああ!!」

 

 奇声とも取れる剃刀の様に鋭い気合いと共にシンの手に握られた木の刃は、一筋の光となってムラタの左胸――心臓を貫くべく突き出された。

 

「遅いわ!」

 

 常人なら自分が何をされた変わらぬままに突かれるだろう、シンの刺突を、床に切っ先を付けていたはずのムラタの木剣が、下方から凄まじい剣勢で弾き上げた。
 咄嗟にシンが突き出した腕を引かなかったら、肘の辺りから斬り飛ばされるか、骨を砕かれていただろう。それを理解した時、それまでシンの全身から噴き出していた脂汗が、途端に嘘のように止まる。
 あまりの闘気に噴き出していた脂汗が、ひとしく凄まじき剣撃に止められた。弾かれた木剣を死んでも放すまいと念じるだけの余裕はまだあった。
 互いに天を向いた切っ先が振り下ろされ、ムラタとシンの中間で、木でできているはずの剣は、確かに火花を上げて撃ち合い、鍔競り合いの形になる。
 お互い、鍔の無い木剣を使っている以上、刃を滑らせれば相手の指を切り落とせる。受け太刀をした時の初歩的な注意が二人の脳裏に浮かび上がり、しかし即座に否定された。 
 たとえ千分の一、万分の一秒でも切っ先にまで満たした意志を外せば、その瞬間相手の刃が自分の命を断つと理解した為だ。木剣を使った試合は、真剣を用いるのと変わらぬ死合へと、いつの間にか姿を変えていた。
 だがそれでも、ムラタの方にはまだ余裕があった。あるいはそう見せているだけだろうか? シンはそう思いたかった。

 

「どうした小僧? 情動に流されている剣に変わりはないが以前の方がまだ激しく、熱く、そして眩かったぞ!」
「う、うるさい。知ったような口をきいて!」
「どうしたどうしたどうした!? 貴様の心を剣に乗せろ! 敗北の恐怖が拭えぬか! 誰も守れずに死ぬのが恐ろしいか! 戦場に立つのが恐ろしいか! それを認める事さえできんかぁああ!!!」
「っ!?」

 

 ムラタの重心が刹那の時だけ、沈み込み、シンの体は不意を付かれた形でわずかに前方にのめり込む。
 それを修正する意識が働いたまさにその瞬間に、大地に牙を剥いて押し寄せる波濤の如くムラタの気が膨れ上がり、鼓膜を揺るがす音の波に変わり、気合いの充溢した木剣は鍔競る形のままにシンの体を吹き飛ばしていた。
 アメノミハシラ内部のリング状居住ブロックの一角にあるトレーニングルームは、常に回転する事で遠心力を発生させて重力の代わりとしている。設定は1G。地球の上と変わりはない。
 50キロそこそこのシンは、子供が力任せに蹴ったサッカーボールみたいに勢いよく飛び、実に五メートルもダイブしてから激しく床に叩きつけられた。              
 両手足の末端にまで走る痛みの電流と衝撃に、シンは肺の中の全ての空気を吐き出し、そのまま気を失ってしまいたい衝動に強く駆られた。そうすればどれだけ楽な事か。
 それを即座に否定し、シンは震える膝を叱咤しながら、木剣をとっかかりにしてなんとか立ち上がる。ムラタは右手一本で握った木剣をだらりとさげてシンが立ち上がるのを待っていた。
 ステラとスティングは何も言わずに二人を見守っていた。
 口の端から零れた唾液で口元を汚したシンは、乱暴に左手で拭い、赤い瞳の中心にムラタの姿を捉える。その瞳の中に燃えたぎる飽くなき闘争心を、ムラタの瞳が捉え返す。わずかに、鬚に覆い尽くされた唇が笑みの形に変わった。

 
 

「そうだ。恐怖があるのなら、それを上回る闘争の心を持つがいい。恐怖を消し去る必要などない。戦場では恐怖こそが生き残るために必要なモノなのだからな。戦いを欲する心でなくとも良い。戦場に立つに必要なだけの何かを持て。
誰かを守る為でも良い。誰かに対する復讐の心でも良い。貴様が自分でまだ立ち上がれるとほざいたならば、それを証明しろ! 貴様が手に持った刃でな!!」
「おあああああ!!」

 

 ムラタの言葉が引き金となったのか、シンの脳裏に何かが弾ける音がした。今までに何度か聞いた、植物の種子が弾けるような音。
 シンの中で渦巻く感情――敗北への恐怖、守れぬ事への怒り、力への渇望、殺人の罪悪感、立ち上がれと声を立てる闘志、恐れに飲み込まれまいとしている勇気、守りたいと言う慈愛――その全てをシンは肯定した。
 負の感情も正の感情も、すべてはシン・アスカを構成する重要な要素だ。どれもこれもがシンがこれまでの人生で学び、培ってきたモノ。ならばどれかを否定し、切り捨てる必要などある物か。
 その全てを抱えたまま強くなればいい。勝てなくても良い、負けなければそれでいいのだ。
 長い事月も星の光も覆い隠していた曇天の夜が明けたような、そんな気持ちが、シンの心のどこかで産声を挙げていた。
 喉から迸った叫びは、ムラタに対する感謝と、負けないと言う闘争の意思表示でもあった。トレーニングルーム全てを震わせる気合いと共に、シンの足が確かに一歩を踏み締めた。靴の中で、五つの足指が最速最良の踏み込みを成す為に別個に鋼の大地を蹴る。
 筋肉と骨格が脳から伝えられた指令と刻み込まれた体験に基づき、連動し、蓄えた力の爆発の時を待つ。右上段、シンの右頬と平行に木剣を立て、シンの足が二歩目を刻む。
 ムラタがシンと同じ構えを取る。両足を広げて重心を落とし、細められた瞳がシンの一挙手一挙動のすべてを捉える。
 シンの呼吸、乱れる毛先、木剣の柄を握る手に込められたわずかな力の変化に至るまで、血濡れの剣の道を走り続けた男の眼は、若き剣士の全霊に応えるべく眼光を鋭く変えてゆく。
 シンの足が三歩目を刻んだ。
 ムラタの足が一歩目を刻んだ。
 シンの右手に握られた木剣の切っ先がわずかに傾いだ。小さな手の中にある木剣は、すでに骨を通し、肉を纏い、皮で覆い、血の通った肉体の一部と等しい。
 それを見て取ったムラタが、柄を握る両手に込めた力の比重をわずかに変える。思考よりも肉体に刻み込んだ感覚が即座に最良最強の斬の為に肉体を操作していた。
 互いの足が更なる一歩を踏みこんだ。二つの木剣の切っ先が、動く――動いた。

 

「きえええええいいぃぃい!!!」
「チェストオオオオーーー!!!」

 

 今一度両者の喉から放たれた気合いの一声が、虚空に飲み込まれるよりも早く二人の持った刃は互いの肉体を切り裂いていた。ステラとスティングは、思わず血飛沫を挙げる二人の姿を幻視した。そう錯覚させるほどに二人の放った一刀は凄まじかった。
 互いの木剣が振り下ろされ、そして、ムラタの一刀がシンの木剣を真っ二つに切り裂き、左肩を激しく打った。自分の肩から全身へと駆け抜ける激痛の凄まじさに、シンの意識は即座に暗黒の中に飲み込まれていった。

 
 

 ひんやりとした感覚が、熱を奪い去って行く。その感覚を意識した瞬間、シンは目を覚ました。開いた瞼の向こうには、ステラがいた。驚くほど近い。ステラの柔らかな金髪が、シンの鼻をくすぐる位の位置にある。

 

「シン、起きた?」

 

 やにわに明るくなったステラの笑顔は、無償でシンに向けられている。それを愛おしく感じる気持ちと同時に、シンは自分がどうなったのかを理解した。ムラタの一撃を受けた自分はそのまま気を失ってしまい、こうしてステラに看病されているのだ。
 額に冷却シートを乗せられ、ムラタの木剣が強かに打ち据えられた左肩にも同様に冷却シートが張られている。気を失ってから何分経ったのかは分からないが、経過した時間は大した問題ではない。
 後頭部にひどく柔らかい感触があった。どうやら、ステラに膝枕をしてもらっているらしい。ミニスカートから零れた眩いまでのステラの成長途上の、青い果実の様な太ももの感触が、柔らかくシンの頭を支えている。
 ステラは左手でシンの頭を撫で、シンの答えを待っている。

 

「うん、大丈夫。もう、眼は醒めたよ」

 

 左肩にはほとんど痛みが残っていない。強烈と言う他ない一撃だったが、それでも後遺症はなく、わずかな痛みのみが残っているのが、正道の剣に打ち据えられたからだろう。
 達人名人でなければ相手の意識を刈り取る一瞬だけに痛みを意識させ、後遺症などを残さない一撃は習得しえない。

 
 

 それも邪道・魔剣の類ではない、正道を行く剣ならではだ。それを、ムラタは成し遂げてみせたのだ。

 

「そっか、また負けたんだね、おれ」
「ううん、シンは負けてないよ。ただ、勝てなかっただけ」
「あんまり違わなくないか? それ」
「いいの。ステラはそう思うから」

 

 頑として譲らぬ様子のステラに、シンは小さく苦笑した。頭の方もようやく冴えてきている。そして、不意に、自分が目を覚ました本当の理由を悟った。痛みが治まり意識が覚醒したのではない。
 肌を刺す鋭い――それこそ刃そのものの様な気配が、まだこの部屋に充満している。それが、シンに眠りを貪る事を許さなかったのだ。
 途端に全身で感じ取った気配に、シンはステラの太ももに頭を乗せたまま視線の向きを変えた。シンの髪が自分の太ももをくすぐる感触に、ステラが小さく、んっと声を零す。わずかに甘い声だった。
 そして、シンは自分の目を覚まさせた原因を目の辺りにした。傍らのスティングも固唾を見守っているそれ。その正体は、先程の様に木剣を構えるムラタと、シンが取り落としたであろう木剣を右手に持ち、自然体に構えるゼオルートの姿であった。

 

「なんで、ゼオルート先生が?」
「シンが倒れてから、ひょっこり顔を見せたの。そしたらムラタが勝負だ、て言いだして」
「ゼオルート先生もそれを受けた?」
「うん」

 

 おそらく一人で鍛錬を行おうとしていたゼオルートがたまたま顔を見せたというだけのことだったろう。ムラタさえいなければ。かつてプロトタイプジンとガーリオン・カスタム無明で渡り合った二人が、機体を降り生身で対峙している。
 温和なゼオルートの気性を考えればムラタの死合の求めに応じる事もなかったろうが、それはゼオルートの気性だけを考えた時の話。彼もまた希代の剣士。より優れたる剣の技を振うに喜びを見出す人種の血を持つ者。
 その血が、シンとの手合わせを通じて昂っていたムラタの熱に影響され、今こうして二人は対峙しているに違いない。
 純粋に互いの技量を確かめ合うのが半分。どちらの方がより優れているのか、戦えば生き残るのはどちらか、剣の道を一歩でも深く進んでいるのはどちらか。己の方が上か下か、それを確かめずにはいられぬ気持が残りの半分だろう。

 

「今のゼオルートは、少し、怖い」

 

 ステラが戸惑うように呟く。ステラの知っている、ピーマンとアスパラガスの嫌いな優しいゼオルートはいなかった。ステラの知らぬ、剣士としての性をむき出しにしたゼオルートがそこにいた。
 それは、時折剣の修業を行っている際に、シンが幾度か垣間見たの事のあるゼオルートであった。
 精神的に成熟し、安定しているとされる地底世界ラ・ギアスの住人であるゼオルートが感情を荒げる乃至は闘争心を剥き出しにする事はほぼ無い(それゆえに彼のプラーナはあまり高くはなく、魔装機の操縦こそ可能だったが、操者には選ばれなかった)。
 だが、それは彼にそう言った激しい感情の唸りが無い事を指しているわけではない。事実、今、こうしてムラタを前にしたゼオルートからは風の無い湖面の様に静かで、そのくせ水面下では激しい潮流を隠しているような気配が立ち昇っている。
 一見穏やかで、油断して近づけば、瞬く間に呑みこんでしまう大海とでも言おうか?
 ムラタの総身から噴き出すのは鎮まる事を知らない大火の様な剣気だ。剣の心得が無くとも、その姿を見ずともこの気配に触れればその場で斬り捨てられた自分を幻視出来るだろう。
 ムラタの無明に両腕を落とされた飛鳥のコックピットの中でそうしたように、シンは固唾をのみ込んで二人の対峙に魅入られた。また、自分の手が届かない領域の戦いが、始まろうとしている。いや、既に始まっている。
 ゼオルートとムラタの間で交わされる言葉はない。言葉ではなく何よりも互いの手に握った剣が雄弁に語るからであろう。
 何を――? 死か生か、はたまた互いの人生をか? それとも互いに知らぬ剣の道のさらなる高み、深みへの一歩か? 
 分らない。分からなくていい。切り結んだ果てに見えると思えばこそ二人は対峙している。
 ムラタは厳めしい顔立ちのまま、呼吸さえも忘れたように構えを維持し続けている。ゼオルートは、微笑の仮面を引き剝がし、四肢の末端に至るまで自分自身の操縦を誤る事のないよう意を通している。
 張りつめた空気が痛い。ムラタとゼオルートにとって、スティングも、ステラも、シンも、ただその場にあるだけの、風景の一部と化していた。我に没入し、剣に埋もれ、我を忘れ、剣と一体となり、やがて、時は動きだした。

 
 

 ムラタが動いた。いや、動いていたと表すべきであろう。少なくともシンやステラ達にはそうとしか見えなかった。残像さえ残して、ゼオルートに向かい踏み込んだムラタが振り上げた一刀は、三人の網膜に美しい月孤を描いて流れる。
 構えと呼べる構えも取っていなかったゼオルートの頭を割り、真っ向から両断した木剣は、床を打つ寸前で翻り電光の速度で左斜め上に斬り上げられた。三人の目に頭を割られたと見えたのは、ゼオルートの残した残像であった。
 ムラタの踏み込みが神速ならば、ゼオルートの動きもまた神速。ムラタの二撃目をわずかに上半身を後方に逸らしてゼオルートはかわす。それまで右手に無造作に握られていた木剣が、その回避の動作と同時に迸った。
 ムラタは、自分の視界の下方から迫る茶色の影に気付き、左足一本で後方に跳ね跳んだ。わずかに遅れたゼオルートの木剣が顎鬚を散らし、真剣と変わらぬ切れ味であった事を切られた鬚の断面が物語っていた。
 一っ跳びで三メートルも後退したムラタが、床に足を付けるよりも早くゼオルートの姿がその懐に飛び込んでいた。それまでの過程を抜き去った、フィルムのコマ落としの様な動きは、気付いたらゼオルートがそこにいたと言う他ない。
 ただし当のゼオルートとムラタは別だ。わずかに爪先が床に触れるまであと四センチと言う状態で、ムラタはゼオルートの首目掛けて左横薙ぎの一閃を見舞う。
 ゼオルートはわずかに腰を屈めて、木剣が自分の頭上を通り過ぎるのを待ち、返礼の一刀はムラタの胴を両断すべく動いた。互いの一刀全てが一撃で生命を斬断しうる致命の刃であった。
 ムラタの上衣の、腹筋に当たる部分が鮮やかな一文字に切り裂かれていた。その向こうの鍛え抜かれた腹筋にも等しい一文字が描かれて赤い雫が零れる。
 武神でさえも切り裂かれる他ないと見えた一撃を回避して見せたムラタの回避能力を称えるべきか、それとも木剣でもって衣服を裂き、肌を斬ったゼオルートの剣技を称えるべきか。
 ゼオルートの木剣は、千変万化の刃となってムラタとの間に無数の剣撃のタペストリーを描く。
 手を伸ばそうと捉える事のできない風の様に身を翻し、いかなる場所にも流れ込む水の如く踏み込み、決して揺るがず変わらずあり続ける大地の様に攻撃の全てを捌き、すべてを紅蓮の中に飲み込み燃やす火の如き刃が振われる。
 だが、二人の間で木剣が打ち合う響きは無い。お互いに受け太刀をすれば同時に手に持った木剣を失う事を理解していた。斬撃の鋭さ故に木剣を断たれるか、一撃の重さ故に木剣が破砕されるかのどちらかが起きる。
 数十か数百か、一撃必斬の刃が虚空を切り裂いた時、ムラタの構えが変わった。リシュウ・トウゴウに学んだ薩摩示現流の構えでは無く、左腰に帯びた鞘に刀を納める様に、抜刀の姿勢に変わっている。
 リシュウの元へ行くまでの間に各地で学んだ剣の技の一つ。しんと空気が凍り付く。凍えたようにステラが体を震わせた。スティングはからからに乾き、張り付いたような喉の不快感に眉を顰めた。
 シンは、瞬きさえも忘れて二人の戦いを心に刻み込んでいる。

 

「いえええええ~~~~~!!」

 

 絶叫と共に怒涛の如く大気の鞘から迸ったのは中条流抜刀術『白虎』。鉄をも断つ刃がムラタに伝えたのは、空を切る空虚な手応えであった。ゼオルートの姿は――ムラタの視線が上空に縫いとめられた。
 その場で跳躍し、天井すれすれまで飛翔していたゼオルートの素早さに、ムラタの反応はわずかに遅れた。千分の一秒早くゼオルートの木剣がムラタの頭部めがけ振り下ろされる。
 二人の戦いが始まって初めて、ムラタが受け太刀をした。掲げた木剣にゼオルートの振り下ろした一刀の手ごたえを感じた瞬間、手首を返し、ゼオルートの木剣を滑らせ同時に前方に向かって身を投げ出す。
 ゼオルートが着地し、ムラタが駆け抜け、ほぼ同時に互いに背後を振り返り相対する。ムラタの手に握られた木剣が、薄く削り取られその足元に落ちた。木剣でありながら真剣に等しい切れ味を発揮したのは、やはり剣皇とまで呼ばれた男の技によるものだろう。
 二人に停滞と言う言葉は無縁であった。右の踵を支点にし、ムラタが踵を返す勢いをそのままにゼオルートめがけて踏み込む。刃を振うに必要な距離を詰めるのには一歩で事足りた。
 再び納刀の構えから迸る茶色い閃光は中条流抜刀術『飛燕』。悠々と風に乗り空を飛ぶツバメよりも早く迸った木剣は、右薙の軌跡を描いてゼオルートの着用していたDCの軍服のコートの裾を切り裂いた。

 
 

 ゼオルートは回避に専念し、反撃の一刀を見舞う余裕はなかった。ムラタは手首のみを返し、振われた木の刀身は下方から左斜め上方、右肺上葉へと切り上げられた。
 一般的に、居合――すなわち抜刀術は一撃のみの太刀、一撃必殺故に最初の一刀をかわせば良いモノとされている。だが、それだけで初太刀をかわせば良しと言う考えをゼオルートが持っていたなら、このムラタの二刀目で斬られていただろう。
 一の太刀が外れれば、間髪入れず二の太刀、三の太刀が襲い掛かり、かわした敵の肉を
切り裂き血を啜る。それが居合だ。そう言う意味では、ムラタの居合は完璧に等しかった。

 

「いええええいいいいい!!!」
「はあっ!!」

 

 野の獣も怯む様なムラタの声を裂いて、ゼオルートの口から零れた吐息は、それ自体が刃の如き鋭さを持っていた。ゼオルートの持つ剣技の一つ『虚空斬』。ゼオルートの意思は初太刀をかわせばよい、では終わらずムラタを斬る事に集約していた。
 そして――シンも初めて目にする剣皇の絶技が、ムラタの収めた地上の剣技に挑んだ。

 
 

「もう行っちまうのか?」
「これ以上お前達と行動を共にする理由もなかろう」
「まあ、おっさんの好きにすればいいさ」

 

 アメノミハシラの宇宙港の一つで、ガーリオン・カスタム無明を積み込んだシャトルに乗ろうとしているムラタに、ロウが話しかけていた。ロウ達との間に雇用関係にない以上、互いの行動を束縛する権利はない。
 ムラタの腹には止血帯が張られ、こめかみや頬にも絆創膏が張られていた。ゼオルートと剣を交えてわずか数時間後の事である。ロウの方も、シシオウブレードの修復とディスクのデータの中のモノの製造の合間を見て見送りに来たらしい。
 これから先の予定はないが、戦火の絶えぬ宇宙、ムラタの仕事先はいくらもあるだろう。既にDCの保有するガーリオン・カスタム無明を駆り、実体刃をもって立ちはだかる者全てを一刀のもとに両断しているムラタの名は、既にそれなりに知れ渡っている。

 

「なあ、おっさんはこれからどうすんだ?」
「さてな。戦場に身を置く事だけは変わりあるまいが、貴様はロウ・ギュールのままなのだろうな」
「ああ、おれは宇宙一悪運の強いジャンク屋ロウ・ギュールだからな。ジャンク屋が一番性に合っているからな。おっさん、そんな生き方をしていると碌な死に方しないぜ。ほどほどにしとけよ」
「ふん。蘊惱の様に死ね、とでも言いたいのか」
「そう言うわけじゃないさ。蘊惱のじいさんにとっては良い死に方だったんだろうが、あんたにはあんたに相応しい死に方ってのもあるだろうからな。ただ、知り合いの最後が碌でもないのっては、寝覚めが悪いだろう?」
「要らぬ世話だ。いつかは貴様と剣を交えるのもおれの楽しみの一つよ。蘊惱と着けられ何だ決着、代わりに貴様と付けても良いのだからな。貴様、蘊奥から一本取る程度には腕を挙げているのだろうが」
「へへ、そういうなよ。おれの本業はジャンク屋なんだからさ、戦うのはそっちのプロに任せるって」
「ち、能天気屋が。まあいい、おれ個人としては貴様と剣を交えるのを望んでいる事を忘れぬ事だ」

 

 やれやれと、ロウは溜息を吐いたようだった。最初にあった時よりは丸くなったようだが、それでも戦闘狂の顔を覗かせるムラタに付き合いきれない事を、改めて再確認したからだ。
 別れにかわす言葉としてはあまり似つかわしくない台詞だったが、ムラタを相手にと考えれば相応しい言葉だったかもしれぬ。
 膝までどっぷりと血の河に漬かってきた男だ。たとえ指し恵んだ光明に気付き、それを求めようと光を浴びる事が出来るのは果てしない時の彼方の事だろう。 
 生きながらにして修羅道にあえて身を置いたこの男が二度目の生をどのように生き、そして死ぬのか。誰よりもムラタ自身が、その果てにある答えを求めているのだろう。
 シャトルに乗り込み、完成の指示に従ってアメノミハシラを出港しようとしていたムラタは、後方のカメラに映った少年の姿を認め、その口元に笑みを浮かべていた。
 生憎と音声は拾えないが、唇の動きを読んだ。

 

『おれに負けるまで死ぬなよ!』
「くく、身の程知らずの小僧が。……まったく、この世界は飽きぬわ!」

 

 愉快でたまらないと哄笑しながら、ムラタはシャトルを発進させた。
 アメノミハシラから白い光の尾を引いて離れて行くシャトルを、見つめながら、ゼオルートもまた再戦を胸に刻んでいた。
 展望室の一室で、額に止血帯を張り、ゼオルートはいつもの柔和な光を宿した瞳で、シャトルが見えなくなるまでその姿を追い続けた。
 いつかまた、あの剣鬼と剣を交える時を心待ちにしている自分に気付きながら。

 
 

 グルンガストを入手しました。
 ヒュッケバインを入手しました。
 アカツキを入手しました。
 ヒュッケバインMk-Ⅱを入手しました。
 ビルトシュバインを入手しました。